ソードアート・オンライン カタナ使いの歩み   作:千川 悠汰

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はい、あのー、ね。お久しぶりです……ほんとすいません。


ベータテスター

 寒さが厳しくなってくる12月の初め。恐らく現実では誰もが年末に向けて師走の由来通り忙しく過ごしているのだろう。

 そして、ソードアート・オンラインの正式サービス開始からもうすぐ1ヶ月が経とうとしている。しかし未だ迷宮区ボスの討伐どころか、ボス部屋すらも判明していないのだった───

 

「これ、18階東側のマップです」

 

「相変わらず広い範囲だナー。それに加えて、湧出(ポップ)するモンスターとかドロップ品とか細かいとこまで描いてあるのはこっちの商売上がったりダ」

 

 第一層迷宮区に最も近い街である《トールバーナ》。その街中にあるベンチで、僕とアルゴさんは1対1の売り買いをしていた。商売というにはアルゴさんが圧倒的に強くて主導権を握ってるけど。……僕が弱すぎるって訳じゃない筈。

 取り扱っているのは迷宮区のマップ情報。僕らプレイヤーはフィールドを歩くことで、メニュー画面のマップタブの空白部分を埋めていくことができる。また、これを店売りの羊皮紙などに描き出すことで他プレイヤーにもこの記録を受け渡せるのだ。アルゴさんはそれらを集めて色々やっているみたいだ。例えば……《攻略本》とか。

 

「にしても、よく考えましたね。クエストとかモンスターの情報を本にして売るなんて」

 

「ンー、別に慈善事業じゃないしナ。初期投資に見合う利益が出ると思ったからやっただけだヨ」

 

「……確かに」

 

 改めて購入当時の値段を思い返し、少しばかりダメージを負う。一冊あたり500コルという結構値が張る代物で、しかも内容が内容なだけに数冊購入しなければ全情報が揃わないのだ。まあβテスト時代の全情報を記憶なんて真似は当然出来ないので僕も大変お世話になったんだけど。

 

「とはいえダ。無理してやってないよナ?」

 

「あー、まあ、安置部屋で仮眠取ったり、定期的に街に帰って寝たりはしてますけど……」

 

 嘘吐いてないヨナ?とでも言いたげにジトっとアルゴさんがこっちを見てくるが、僕らが大変なのは現状では仕方ないことなのだ。今現在、まともに戦闘をこなせるプレイヤーは正式サービス版にログインした約1万人の中でも割合として少ない訳で、更に率先して迷宮区を探索してるプレイヤーは絞られてくる。となると1人当たりの労力が跳ね上がってしまうのは想像に難くないだろう。

 

「えっと……それじゃ僕は迷宮区に戻ります。またなんかあったらメッセージ飛ばしますね」

 

「ホントに気をつけろヨ。焦ったら死ぬんだからナ」

 

 気をつけます。と立ち上がって席から離れようとしたら、アルゴさんが付け足すように口を開いた。

 

「それと、明日の夕方にここで攻略会議があるみたいだゾ」

 

 情報屋を名乗る彼女にしては珍しい内容だった。少しでも価値があると判断した情報はとことん突き詰め商売道具にする彼女が、なんの要求も対価もなく情報を投げてきた。その事に身構える事もできず呆気に取られていると、《鼠》───アルゴさんはいつもの少しクセのある笑い方と共に理由を明かしてくれた。

 

「カル坊みたいに端から端まできっちりマッピングしてくれるヤツってあんまりいないんだヨ。迷宮区だけじゃなくて普通のフィールドの方まで埋めてくれるのは特にナ」

 

 ただマア、と更に付け加えて

 

「ぶっちゃけると色んなとこで既に出回ってるからなんだけどナ!」

 

 にひひ!となんの悪びれもなく種明かしをしてきた。なるほど、いずれ勝手に僕の耳にも入るだろうと判断するぐらいには広まってる情報だったってことか……僕も少しは他のプレイヤーと接点を持つべきかな。

 

「ナア、やっぱりちゃんと休んでないダロ」

 

「うえっ!?い、いやちゃんと休んでますよ!」

 

「嘘だナ。この話は《トールバーナ》で過ごしてりゃ嫌でも耳に入ってくるんだヨ。だから───」

 

「す、すいません迷宮区行ってきます!」

 

 後ろから「あっオイ!」と呼び止める声が聞こえる。アルゴさんが見抜いた通り、確かにここ数日僕は街に戻らず迷宮区で缶詰になっていた。

 だけど、別に自棄になっていた訳じゃない。……いや、これも自棄なのかな。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ソードアート・オンラインの正式サービス開始から、凡そ3ヶ月前に行われたあるイベントがあった。それは1000人という定員数ながら倍率100倍以上という尋常ではない応募数を叩き出し、日本中のゲーマーが当落結果に命を賭けたように一喜一憂した。

 

 《ソードアート・オンライン・クローズド・ベータテスト》

 

 応募倍率などから分かる通り、たかがゲームのテストプレイヤー募集で済むものではなかった。家庭用としては初であるフルダイブ型VRマシン《ナーヴギア》、これの発明者である茅場晶彦自らがデザインしたVRMMORPG《ソードアート・オンライン》をベータテスト版とはいえ先んじて遊べるのだ。皆が一挙して応募したのは想像に難くないだろう。

 

 かくいう僕も応募した1人であり、年齢の問題は父親の名義を使わせてもらって何とかした。もちろん父親に了承はとってあったし、遊ぶ時間帯や1日何時間までといった細かいところまで約束を取り付けて、正式版の購入まで含めて許可をどうにか得ることができた。まあ、こう(・・)なってしまっては時間制限など何も意味をなさないけども……

 ともかく、3ヶ月前にも僕はこの世界で過ごしていた。そこでネットゲームらしく他テスターと交流して、パーティーを組んで敵mob倒してと楽しく遊んでいたのだが……今は同じようにとはいかない。特に既に2000人ものプレイヤーが死亡してしまった現状では。

 

 僕らベータテスターには正式版の優先購入特典がベータテスト参加権利とともに与えられていた。なので、理論上1000人のプレイヤーがこの正式版においてもある程度のアドバンテージを得てこのゲームを遊ぶことが出来たのだ。とはいえこれが普通のゲームであればこれはそこまで問題にはならなかっただろう。

 ネットゲームというジャンルが生まれてから多くのタイトルが早期アクセスプレイヤーやテスターにある程度の見返りを用意していたように、SAOにおいては10層迷宮区までの情報というのがベータテスターに与えられた権利の1つという訳なのだ。だが、この状況では情報の格差が問題を引き起こした。

 

 いや、問題というには僕らの方にしか非がないと言わざるを得ない。なぜならば、その情報や経験を以て新規プレイヤーを教導していればきっと死亡者数を抑えられたからだ。

 傲慢ととられるだろうか、それとも図に乗るなと怒られるだろうか。でも新規プレイヤーたちの少ない数はそう捉えているし、僕自身多少でも責任感や負い目を感じていないと言えば嘘になる。新規プレイヤーにレクチャーできるものとしたら、湧き効率の良い狩場やソードスキルの威力ブーストといったテクなどの詳細なものから、そもそも仮想世界でのアバターを動かした戦闘方法の習得や武器種の特徴といった基礎的な面まで色々ある。

 もしそれら全てを僕らベータテスターが教えていたら?第一層主街区にてレクチャーを受け持っていれば平均的な底上げが出来ただろうし、新規プレイヤーが手探りでフィールドを探索して死亡することもなかったのではないか───

 

 そこまで考えて僕は慌てて頭を振った。これらは全て理想論に過ぎないし、少しでも実行に移せるかと問われれば無理だと答えざるを得ないと思う。

 実際問題として、そもそもMMORPGにおいてリソースはプレイヤーとの奪い合いになってしまう。特にデスゲームと化したこのSAOではレベルとステータスによる安全マージンは絶対に死守したいものであるから、余計に他プレイヤーに分け与えたりレクチャーする余裕などないと断定できる。僕もこうして1人で迷宮区で狩りに没頭しているのはそういうリソースの奪い合いに少しでも勝つためだし。

 

 そういう諸事情があってかベータテスターは自身のことをベータテスターを明かさないようにしているし、相手が同じベータテスターだと気づいても口にしないようにしている。……なぜかアルゴさんは僕のことをベータテスターとしてハナから目を付けていたようだけど。

 

「っと、着いたか」

 

 迷宮区までの時間が随分短く感じたがそれだけここに来るのに慣れたと言える。本当は慣れる暇もなくフロアボスを倒せなきゃダメなんだけど。

 

 第一層の迷宮区は恐らく全20階の階層から成っている。湧くのは主にコボルト系のモンスターで、亜人系モンスターらしく武器を使ってくるのが特徴だ。武器を持っているということはソードスキルを使ってくるということ。SAOでの戦闘に不慣れな者はかなり苦戦するが……迷宮区に来れる時点でそれなりの経験はあるとアーガス───茅場晶彦は踏んでいるのだろう。実際、武器を持っていると言ってもそこまで複雑な技はまだ使ってこないので、対処するにしても余裕はかなりある。

 

「ふっ、ほっ!えいやっ!」

 

 1匹は手早く片付け、すぐさま2匹目にかかる。向こうが武器を構える前に《リーバー》で首を狙って弱点クリティカルを発動させ、一気にHPを持っていく。一撃では倒せないが、ソードスキルのノックバック効果はこういう時にはかなり馬鹿にできない。現にコボルトが武器を構え直した頃には僕の技後硬直が終わって通常攻撃によって仕留めることができた。

 

 と、その時だった。少しばかり遠くの方で剣戟の音が鳴り響いた……気がした。いや迷宮区なのだから他のプレイヤーがいるのは当然なのだけれど、下に向かう階段への最短ルートの方向から聞こえたような感じがしたのだ。敵mobの横取り禁止といえ、戦ってるところを素通りするのはどうにも気が引ける。

 まあ、物陰から覗いてみて大丈夫そうだったら戦闘が終わるまで待とう。《隠蔽》スキルは持ってるしコボルトのポップ(湧き)にさえ気をつければ問題ないはずだ。

 

 そう思って近づいた僕は───彗星を見た。

 一本の白く真っ直ぐ伸びていく光だった。速くどこまでもいくような、とにかく綺麗な光。それがプレイヤーによるソードスキルと理解するまで、僕は暫くの間呆けてしまっていた。

 

 




なんでアルゴが掟を破ってまでカルシスのことをベータテスターって呼んだかについてはちゃんと理由があるので頑張って書きます。
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