Q.なんで腐向けの企画にカプ要素ほぼなしのロボアクションものを提出した?
A.本当だよ……。
すみませんでした。
*
SFや兵器描写はかなり雑な独自解釈が含まれています。
独立傭兵のACパイロットの戦い方には大まかに分けると三つに分類される。
遠距離から逃げ回りながら確実にダメージを蓄積させる者。
近距離で強衝撃を与えACS負荷限界を狙う者。
飽和攻撃で相手の行動を制限し、確実な一手を狙う者。
スッラの戦術は三つ目だ。
これは彼が臆病とか技能に問題があるとかそういうものではなく、彼の性能――コーラル第一世代型強化人間として保証できる性能が不安定であることが原因である。
いつ幻覚や幻聴・幻痛が起きるか分かったものではないし、最新型の強化人間と比較すれば性能差は歴然。
加えて彼が活動の拠点としていたのはルビコン星系という辺境。元より通信インフラが完全ではなく、加えてアイビスの火の余波でズダズダに引き裂かれコーラル波で通信も不安定。
通信が不安定なものだから遠距離ミサイルや超長距離狙撃レーザー砲などは使用できず、MTやACによる有視界戦闘が成立する――が、辺境星系では遠距離戦用のFCSなどパトロンのいない傭兵には入手しづらく、スッラの体は近距離戦を仕掛けられるほど頑丈ではなかった。
故に、ミサイル、プラズマ、加えてナパーム。そしてターゲットアシストで雑に突っ込んでも当たるブーストキック。
*
ウォルターは職業ACパイロットではない。肩書としてはオーバーシアーの諜報員である。
まぁいざというとき、最終弁としてHAL826を動かせるだけの訓練は積んではいるが……それはオーバーシアーの最高機密である。そうそう明かせるものはない。
只人――健常者とも言う――の彼が使ったことがあるマン=マシンインターフェースは脳波アシスト型。操縦桿とフットペダルが無ければACを手足のように動かすことはできない。
しかし彼の部下であるハウンズ――強化人間のインターフェースは神経接続型。頸椎や腰椎、四肢に追加されたアダプターにインターフェースを直接接続してACを動かす。
只人であるウォルターは強化人間のハウンズにACの操縦方法を教えられない。
だからと言って映像教材のみで戦場に立たせるのは気が引けた。
ウォルターが定期的にスッラを雇っているのはそういう理由である。
*
ピシャテッロ4――ルビコン星系比較的近い惑星。オーバーシアーの保有する秘匿基地でウォルターはそこまで招きたくない客を待つためにウォーターサーバーの横の椅子に座っていた。基地の案内係に応接室の利用を勧められたが、丁重に断った。
《ハンドラー、スッラ様がお見えです》
端末の合成音声に釣れられて窓に視線をやる。紅・白灰・黒の三色で彩られたACが慣れた様子でガレージに入ろうとしていた。
気怠い足を引きずりながらガレージに向かう。スッラとハウンズの相性はどうも悪い。今回もいざこざが起きなければいいのだが。
ガレージに入るとスッラのAC――エンタングルの見た目が変わっていることに気づく。頭部・胸部・腕部はこれまで通りアーキバスのままだが、脚部はベイラム製からアーキバス製に変わっていた。フレームすべてがアーキバス製に換装されていた。
その理由に何となく察しがついたウォルターは呆れながらつぶやく。
「女漁りとは……。相変わらずだなスッラ」
「――ウォルター」
ウォルターの来訪を待っていたであろうスッラは待ち人の苦言に少し厭そうな顔をする。
「早速説教か。私のほうが年上だということを忘れるな」
「年上であることと尊敬されること、尊敬されるべき人物であることはイコールではないだろう」
「大体なんでいきなりそんなことを……」
「お前が昔言っていただろう。『アーキバス製品は女を引っ掛けるのに重宝する』とか。……新しい脚部、アーキバス製だろう?」
「……正解だ」
言い訳をするのを諦めたのか、彼はしたり顔で言った後に馴れ馴れしくウォルターの肩を組んだ。パイロットスーツとスッラの体重がかかり、ウォルターは身を屈めることとなる。
「私のことを覚えてくれていて……理解してくれてうれしいぞ、ウォルター」
「やめてくれ、おぞ気が走る」
粘つく視線に対してウォルターが抗議する。
肩を組んだスッラがウォルターの腕や体躯の感触を感じ、しみじみと言った。
「……老けたな」
「………うるさいな」
傍から見ればスッラよりもウォルターの方が年上だと考えるだろう。これが強化人間の副作用かどうかは分からない。
只人――健常者とも言う――の彼が使ったことがあるマン=マシンインターフェースは脳波アシスト型。操縦桿とフットペダルが無ければACを手足のように動かすことはできない。
そういった意味では技研の実質的な後継組織ともいえるオーバーシアーが重要な、しかも第一世代の強化人間のサンプルであるスッラを使いつぶすのは気が引けるのだが……
「早く私をもてなしてくれ。アーキバスの味のしない固形食は飽きた」
そんなことを屁とも思っていないスッラに自分の悩みがミクロ的であることを思い知らされた。
*
基地内、談話室。
基地には食堂などなく、一か月ごとにラインナップが更新される冷凍弁当しかない。そんなものでもスッラは満足だったようだ。
「ここの冷食は良い。アーキバスは社員食堂があるのに利益と栄養価優先なのか、七割がペーストかゼリーで食った気がせん」
「……そうか」
ウォルターは木星にいたときの事を思い出す。あの時はよくベイラムの食堂を利用していたがあれは時期や人員、場所によって雲泥の差――文字通り、泥炭を食べさせられたという意味で――だった。
「本題に入ろう、スッラ。今回はハウンズの教育に加えてある依頼をしたい」
「ほう?」
珍しいことだ、と言わんばかりにスッラは目線で続きを求める。
蛇のような眼だ。彼のエンブレムを想起させる。
「今回の報酬は……今回のと次回の依頼の前払いを含めよう」
「ハンドラー・ウォルタぁー……あまり失望させるな。私がお前がらみで金に頓着するような人間だと思うか?」
「あいにく、俺は面倒ごとが嫌いでな。貸し借りという不定形なもので機密情報の担保になると考えていない」
不満げなスッラをその言葉で黙らせる。これは依頼人としての常識でありウォルターの本心でもある。
「相変わらずつまらん男だ。ベイラムのうつけと違ってお前のことは信用しているのだがな」
「『俺』のことを信用するのは構わないが、今回はオーバーシアーの任務でな」
「それを言うとお前の依頼はすべてオーバーシアー関連ではないか」
話が脇道に逸れたのを感じ取ったのか、スッラが「それで?」と話の導線を正す。
「その依頼は――」
時間にして十五分程度。
次回の依頼の内容をウォルターが話し終えるとスッラが納得したように、しかし皮肉気に首を何度か小刻みに縦に振る。
「なるほど。しかしウォルター、それはハウンズを動かさないといけない案件なのか?……それをすることでオーバーシアーになんのメリットがある?」
「封鎖機構の混乱時と復旧時の間隙に乗じてルビコンとの通信網と運輸網を強固にする。そこらへんは工務部と工作部の仕事だ」
「……私を使うのはどういう理由だ」
「ハウンズの傭兵ランクでは封鎖機構のお眼鏡には叶わない。それに襲撃をかけることはできても、攻略は現在の技能と装備では不可能だろう」
「飼い犬の客観的評価が出来ていることに対しては評価しよう。それを念頭に使いつぶす作戦を悲劇的な顔で命令できる精神性もな、ハンドラー」
「……しかしスッラなら」
「あぁ――」
これでスッラはようやく目の前の男が何をさせようとしているか、ようやく理解した。
数瞬、息を止める。この男の蛮行は下手をすれば――いや絶対に傭兵の世界で重大な問題になることが予測できた。
「ハンドラー・ウォルター……お前、他の傭兵から殺されるぞ」
「ルビコンへの道が拓かれるのであれば妥当だ」
「……ハウンズがどう思うだろうな」
自分でもらしくない言葉だ。スッラは思った。回答など予測できるというのに。
「自らを死地へ送り自分は安全地帯で命令するだけの指揮官が死んでも、構わないだろう」
「………――フッ」
それ見たことか。予想通りの答えが返ってきた。
スッラは自らの発言を鼻で笑った。
「了解だ、ウォルター。その次の依頼も受けよう」
「そうか――! それで報酬なんだが――」
「あぁ、それについてはこちらで指定させてもらおう」
その言葉にウォルターが困惑したような表情を見せた。当たり前だ。傭兵が依頼に対して値段交渉することはあれど、指定と限定する事態は異常ともとれる。
ぼったくられるのではないか、と怪しんでいるウォルターにスッラは言った。
「なぁに、あるものを取り寄せてほしいだけだ」
*
秘匿基地近くの演習場。
どんなにAR・VR技術が進化しても、どれだけコンピューターが進化しても現実の身体はクイックブースト時のGに慣れなければいけないしACS負荷限界が来て機体が固まった時の激しい衝撃は味わわなければならない。
ルビコン3という最新ACパイロット育成施設が存在しない環境で独立傭兵として成り上がったスッラとしては、たとえ辺境生まれの老害と誹りを受けようと曲げることはできない教訓だ。
618の駆るAC、ローダーが左腕を振る。ばら撒かれた機雷は宙で爆発した。
「――派手な演出だ」
《――!》
爆炎を隠れ蓑にして発射された分裂ミサイルがローダーに襲い掛かってきた。場当たり的にクイックブースト。
「短絡的だ」
《――っ!》
その程度、分かりきっていた。
エンタングルがアサルトブーストで急迫しローダーが蹴り飛ばす。投射機を楯にすることで損傷は免れたようだが、衝撃が機体を一瞬固めた。その一瞬で右手のハリスを撃ち込む。電磁加速された弾丸がローダーに直撃する。
「どうした? 私を打ち負かすと活きこんでいた割には随分と手ぬるいじゃないか」
《……潰す》
先ほどの蹴りによるダメージの確認か、投射機がパカパカと開いた。
特段なんの号砲もなく、戦闘が続行される。
ローダーが放った肩部チェーンガンを無視しプラズマミサイルを発射。
投射機により機雷が撒かれ、爆発。エンタングルに当たらなかったが、視界とプラズマミサイルが潰される。
――次の予想、相手の武器、アラート音。左手の分裂ミサイルを爆炎に投げ込む。衝撃音。
ローダーが右手をはじかれシュナイダー社のショットガンのレーザー貫手(チャージショット)があらぬ方向へ消えていった。
「ほう……今のは少し惜しかっ――」
ブースターの青い光、ローダーのジェネレーターは内燃型、相手の未知の武装、企業の最新兵器情報――、左へ。
すんでのところでクイックブーストが放たれた。いつの間にか放たれていたレーザードローンが巻き起こった風に煽られ制御を失う。奇跡的に残った一台がレーザーを放ったが地面に焼け跡すらつかない。むしろ落伍、墜落したドローンの爆発のほうが威力がある。
通常ではACの装甲に傷一つつかないだろうが、動作後電気的中性にするため一定時間ハッチを開放するプラズマミサイルの急所に当たれば動作不良を引き起こすきっかけになりうるだろう。
《チッ》
不満を隠そうともしない618だったが、スッラは舌なめずりをした。
まさかここまでやれるようになるとは。しかし武器の選択は――
「武器を狙うのは良いことだ。だが、そもそもその行動が、武器の選択が、リスクに対するリターンがあるのかよく考えることだな」
いろいろと問い詰めてやりたい気持ちはあったが、ぴぴぴと簡素な電子音がそれを咎める。
《618、スッラ、模擬戦は終了だ。ローダーの左手が限界を迎えている》
「ん――」
よく見てみると機雷投射機のハッチがめくれあがっている。やはり無理をしていたのだろうか。
「了解だ、ウォルター」
《……618っ、了解……。――ガレージに、帰投します》
通信機越しに先ほどまで悪態をついていたハウンズが切り詰めていた息を大きく吐き、荒く呼吸するのが確認できた。
*
ガレージに戻りエンタングルから降りると早速ウォルターに詰めることにした。
「VCPLのレーザードローン、実証段階に入っていたとは聞いたことがあったが……実戦では碌に使い物にならんな」
「……あぁ、VCPLからの依頼で傭兵が実践データを集めている。618はそのテストヘッドだ」
「話にならないな、ハンドラー・ウォルター。犬にまともな装備を与えないとは……」
「模擬戦だから使わせた。こちらとしてもあんなものを実戦で使わせるわけにはいかん」
「……都合よくテストに付き合わされた、ということか」
技研の奴らと同じだな、と言いかけてやめた。スッラも超えてはいけない一線は承知している。
「まともな装備、という面では618の装備は貧弱だ。ドローンはさておき
「それに関しては……申し訳ない。うちにそこまでの資金は無くてだな」
「そういうのは犬にするべきだ。……確かに私も退屈だが」
ここまで言って自分がこんなことを言うなど異常だな、と思った。犬に憐憫を抱くことはあれど、失うことを考えるとは。
……まぁハウンズの喪失は則ちウォルターの損失でもあるから、ということにしておこう。お得意様の損失に気遣うのも良いビジネスパートナーだから……ということにしておこう。
そうやって詰めていると視線を感じる。視線を向けるとふらふらの618が欄干にもたれかかりつつもこちらを睨んでいた。
なるほど、飼い主をいじめるなと言いたげだな。第四世代は感情の喪失が激しいとか聞いていたのがウソみたいだ。あれでも感情は乏しいらしい。
ならば少し刺激を与えようとしよう。
「618、これは――っ!」
618へ静止をかけようとするウォルターをスッラは強引に腰を手繰り寄せ、黙らせる。まるで姫をダンスに強引に誘う悪徳貴
族のように。
「そこの犬、別に私はお前の主人を嬲っていた訳ではないぞ。――このようにな」
「スッラ、やめてく――」
618の方を向いてなにかを喋ろうとするウォルターの顎を鷲掴みにして強引にこちらを向かせた。
……老けたな。本当に老けた。髪は白髪交じりだし、こうやって近づいてみるとシワもよく目立つ。
コーラル手術の影響で髪の色素は抜け、不老ともいうべき姿になった……人間もどきの自分とは対照的だ。
「ハンドラー・ウォルタぁー……、こんな犬など放っとけばよい。お前の命令に従うだけで何も考えない――人間性を失った奴など」
「スッラ――」
何か言いたげなウォルターの口に右手の親指を突っ込ませ、喋れなくする。
「もしお前がハンドラーを棄てるのなら……そうだな、私がお前の命令に従おう。その代わりお前も――」
その後、辛抱たまらなくなり飛び掛かった618と一連の様子を陰で眺めていた他のハウンズがさっきまで模擬戦をしていたとは思えないほどの連携でスッラに襲い掛かったが、AC操縦のみに特化した第四世代と一応戦士としての他の技能もドープされ歴戦の傭兵としての経験があるスッラとの差は明白であったと技術スタッフは話している。
頭痛がしながらもウォルターはハウンズとスッラを正座させて叱るが、「自分に迫るスッラ」と「それに怒り襲い掛かるハウンズ」の光景はこれまでも何度もあったしこれ以降にも何度かあったとスタッフは後に回想している。
*
スッラの髪は半分をエクステで賄っている。理由はファッション。見かけの長い白髪はだれが見てもヘルメットに収まらない。
強化人間用の外部コネクタ付きのヘルメットを脱ぎエクステを仕込む。パイロットスーツとインターフェース間の接続を外すと脳にノイズが響いた。
コックピットハッチを開くとほかのどんな組織とも比べ物にならないほどに清潔で生活感のないガレージが目に映る。
さすがは惑星封鎖機構謹製の基地。
ルビコンのコーラル発生と企業の動向の監視の最後の拠点、コーラル秘匿の最終防衛線であるウォッチポイントε。スッラは封鎖機構の依頼でこのウォッチポイントに訪れていた。
整備デッキを階段でカンカンと音を立てて降りていくと周囲から多くの視線が集中する。機械によって制御された封鎖機構の人間にとって、無頼者のスッラは異様に見えるのだろう。
スッラにとってもここにいる人間は人間には思えない。――面白いものだ。自分は全身にコーラル適応手術を受けた人でなしで、それが人間を語るとは。
《ようこそ、C1-249スッラ様》
下り階段の終着には案内役であろう簡素なロボットが出迎えてくれた。来訪者の案内と監視を行うロボットだ。ロボットに案内されるがままにガレージにほど近い会議室に通される。
《スッラ様、今回は依頼を受託していただきありがとうございました》
ロボットが嬉しそうな感情を乗算した合成音声で答える。アーキバスの傭兵起用担当者はこちらに畏怖と嫌悪をこめた声だったが、これの「いかにも人間が好きそうな声と態度」を再現した合成音声の方が嫌いだ。
「方便はいい。――それで、依頼に変わりはないか?」
《はい。近々行われるであろうルビコンへの違法入星グループがおそらく一週間以内に行われるであろうとシステムは判断しました。スッラ様にはそのグループの撃退のための最終防衛ラインの保守のために依頼を出させていただきました》
「私を――いや、傭兵を雇う理由は? お前たちの兵器を使えば良いだろう」
《現在ウォッチポイントεは兵器の転換を行っています。それにより警備・戦闘用の有人兵器が足りない状態であるからです》
「――ほう」
傭兵支援ギルド経由で送られてきた依頼書通りだ。
スッラが馬鹿正直にこういった質問をしているのは、依頼を受けた時と依頼を実行する場合で変化した状況と依頼がすげ変わっていないかの確認である。
傭兵の依頼が変化するなんてことはよくある。依頼者とのトラブルは日常茶飯事だ。
しかし封鎖機構はそのようなトラブルを起こす気はないらしい。
「報酬は?」
《事前の要望通りに、封鎖機構の人型中枢制御端末『フムス』が近々民間に払い下げられます。スッラ様の報酬はフムスの先行提供、で宜しかったでしょうか》
「あぁ、変わりない」
フムス――失われた言語で腐葉土を意味するこの兵器は封鎖機構が開発した兵器だ。
ACはあらゆるもの……装備から胴体まですべてのパーツが共通規格によって物理的・エネルギー的問題以外の壁が存在しない。
しかしフムスはそういった換装機能が排除され、代わりに後付けのアタッチメントで様々な任務に適応する。有名どころでいうと封鎖機構の門番と名高いバルテウスの中央に陣取る人型がフムスだ。あれはカタフラクトみたく整備性と汎用性を重視した結果らしい。
ACの過剰なほどの柔軟性を排除し、代わりにどんなアタッチメントでも対応できる高いEN出力と機体を常に保護する全天周型のパルス防壁、そして緊急用のアサルトアーマーを備えた兵器がフムスである。
しかし――。スッラは思う。フムスを払い下げる? 新兵器への転換は軍組織なのだからあり得るだろう。しかし封鎖機構は民間に払い下げるほどに経済的にひっ迫していたのか?
「――こちらの認識と相違ない。互いに良い仕事にしよう」
そんなことをスッラはおくびにも出さずに建前を言った。
*
そして四日が経過した。襲撃はいまだ来ていない。
スッラはエンタングルの中でコンソールの上に足をのせてだらしなく座っていた。
本当はACのコックピットではなくきちんと体を自由に動かせる場所にいたいのだが、封鎖機構の人間は外部との接触が本当に少ないらしく居心地の悪い思いしかしなかったので仕方ない。
さすがに端末に保存してある映画やポルノは見飽きた。しかし外部の動画サイトに基地のインターネット回線経由で接続しようにも、行儀のよいフィルタリングがかかっていて面白くない。
(まったく――ここは小学校か?)
民間のごく一般的――大衆的とも規格化されたとも言う――な動画サイトから流れる音楽を聞き流す。なんでもチャモチャ星とかいうここからひどく離れた工業惑星で流行しているらしい。
右耳から左耳にテンポよく流れる旋律と引っ掛かりのない歌詞を聞き流している途中でスッラはふと何かを感じ取った。
端末を切り、エクステを外す。瞬間、ガレージの中にサイレンの音が充満し始めた。
ACの通信機に着信が入る。
《C1-249、スッラ様。仕事の時間です》
「なるほど、待ちわびたぞ」
コンソールに様々な情報が入る。敵は複数のフムスの廉価コピー品。画像はぼやけて一体システムとやらがどのような判断でコピー品と判断したかわからない。
三機からなる編隊は巡回していた警備部隊が対応中、スッラは別動隊の可能性を考えて防衛システムの隙間を縫うように哨戒してほしいとのことだった。
「――りょーかい」
さして緊張感もない様子でスッラはオペレーターのブリーフィングを頭に入れると正しく操縦席に座りなおした。天井に吊られたヘルメットを被ると網膜投影システムが自動的に無信号であることを伝える。
インターフェイスと自分の体を接続させる。籠手やレガースに似た腕や脛を覆うものをパイロットスーツの上から取り付ける。軟質素材をメインとした制御装置を背中に這わせるように取り付け、スーツのハードポイントにコードを挿す。
そしてようやくACを起動させた。アーキバス製のOSが立ち上がる。
《+OSを起動……完了》
《接続チェック……R1からR6までの接続を確認》
《接続チェック……L1からL6までの接続を確認》
《接続チェック……C1からC5までの接続を確認》
《パイロットの生体認証を確認》
《機体チェック……コア、頭部、右腕、左腕、脚部の接続、通電確認。ジェネレーター負荷、七三%》
《武装チェック……RA確認、LA保持なし、RB確認、LB確認》
《推進システムと接続……成功》
《FCS、正常起動》
《システム、オールグリーン》
《おかえりなさい、スッラ様。システム、通常モードを起動》
過剰なほどの安全確認をこなすのがアーキバスOSの特徴だ。中世的な機械音声が終了すると同時に無機質な文字列とウインドウを示すばかりだった網膜投影が頭部のカメラ越しのガレージの様子を機体管理UIとともに示す。
「スッラ出撃可能だ」
コンソールに語り掛けると封鎖機構のAIが答えた。
《スッラ様、出撃をお願いします。哨戒部隊Aと共に巡回をお願いします》
言葉だけは優しげだがこれは楯となれという命令だ。
了解、と軽く答えて格納庫から抜けるためのゲートの前にエンタングルを動かす。
左手に所持するはずの分裂ミサイルはハンガーに架けたまま。
*
長距離航巡モードのブーストとAIの即時判断で縫うように障害物を避ける。エンタングル――というよりもACは継続的なスキャンは苦手としているため、周囲の監視は同伴している封鎖機構のフムス二機に丸投げだ。
僚機のフムスのレーダー受信状況を確認しながら状況を確認する。宇宙空間ではあるものの周囲のデブリはある程度の指向性をもってエンタングルとすれ違うのは、ウォッチポイントという大質量から発せられる質量といまだにピシャテッロ4の重力圏に引かれているからだろう。
《所属不明機、一。距離二三〇〇》
サポートAIが情報を伝える。その言葉にフムスのパイロットがこちらに連絡する。
《強化人間、おそらく先ほどは陽動でこの不明機は別働だ。……私たちは周囲警戒して備えておく。対処に当たってほしい》
「……了解」
やはり使い捨ての楯だ。
特段の含みも持たせず、しかし内心は嘲り笑いながらスッラはエンタングルを航巡モードからアサルトブーストに変更。《システム、戦闘モード起動》とアナウンスされいくつかのUIが消滅する。ロックが完了したため両肩の高誘導ミサイルとプラズマミサイルを発射。
不明機から射出されたドローンを苦も無く回避する。
不明機はプラズマミサイルをあえて受け止めつつも素早く効果範囲から抜け出し、高誘導ミサイルは高速ですれ違うことで回避。
《コード三一E、戦闘開始》
後方に控えしかし構えるだけで何もしようとしない僚機がそのような通信をするのが聞こえる。
相対速度差で二千以上あった距離を縮め両者は肉迫する。不明機にブーストキックを放とうとすると不明機は素早く左にクイックブースト、エンタングルの背中に機雷を叩き込んできた。
ガァン、と合成音声がスピーカーから鳴る。空気のない宇宙でどこから攻撃を受けたかを分かりやすくするための、どこの企業も採用している機能だ。
「この――っ」
機体を反転させながらハリスを撃つ。長い間隔のセミオート射撃は受け止められる。まるでこちらの攻撃を無視しているようだ。不明機はミサイルのため離れようとするエンタングルを意地でも追いかけて近距離で戦いたいらしい。
そこまで近距離が良いのなら仕方がない。空いていた左手で直接相手をぶん殴った。
一瞬の停滞。すかさず両肩のミサイルをノーロックで飛ばし、相手にダメージを与える。
スッラの網膜には見知った不明機の動作と先ほどから何もしてこない僚機、そして0になったタイマーが表示されていた。
ウォッチポイントの格納庫が爆発する。理由は明白、ガレージに置いてきたガワだけがハンドミサイルに偽装された爆薬の爆発である。
《コード一八! 司令部、何があった》
《システムより応答……システムより応答……セクター三三、三番ガレージで爆発事故……システムの表層部分にウイルスを確認……》
《く……コード一九! 強化人間! 基地に戻る――》
安定しないシステムに動揺したのだろう、一瞬意識がスッラではなく基地のほうに向いた。再度スッラに意識を戻す前にアサルトブーストで急迫したエンタングルがその僚機を蹴り飛ばす。戦闘モードに切り替えていなかったその機体はパルスアーマーを展開していなかったらしい。
《なっ、強化人間スッラ! お前、なにを――!》
「騙して悪いが――仕事なんでな」
さてこの依頼は果たして「仕事」なのだろうか? 傭兵としてではなく、まるでウォルターに……いや、やめよう。
自分の感情をあえて観ず、そのまま左手で元僚機の頭部カメラを握りつぶした。
「このまま消えてもらおう」
《くそっ、システムが――》
無論そのままにするほど封鎖機構のパイロットも無能ではない。もう一方のフムスがパルスアーマーを展開しながらこちらに銃口を向けるもIFF(敵味方識別装置)が攻撃を拒否してエンタングルを撃てない。機体システムをパイロットではなくシステム主導で制御している弊害だ。
マニュアルエイムに切り替えられる前に先ほどこっそりと発射していた高誘導ミサイルとプラズマミサイルがパルスアーマーを消滅させる。それで発生した隙を突いて先ほどまでエンタングルと交戦していた敵性機体がフムスを踏みつぶしレーザーで貫いた。
「手慣れたものだな」
瞬間エンタングルが敵性機体との間に掴んでいたフムスを放り投げた。敵性機体により巻き散らかされた機雷が爆発、フムスが吹き飛ばされ周囲に飛ぶデブリに当たって動かなくなる。
明らかにこちらも巻き込むつもりに思えたが……まぁ、一定の働きを示すのであれば問題ない。
「そろそろ脱いだらどうだ? ソレ、重いだろう」
《………》
指定されたチャンネルにそんな通信をすると、すこし嫌そうな声が聞こえた。
エンタングルの攻撃によりボロボロになった元敵性機体の装甲に取り付けられた偽装用リアクティブアーマー「ジャックボックス」が外れ、ローダーが姿をあらわした。
……そういえばこのローダーはウォルターの協力者が用意したACだが、フムスの廉価コピーという売り文句であるらしい。……封鎖機構からどうやってデータを盗み出したのだろうか。
「618、ウォルターとの回線接続権を渡せ」
《……ちっ》
舌打ちとともにデータが送信される。封鎖機構へ潜入するためオーバーシアー関連のデータは機体からも携帯端末からも削除してある。しかしこのままずっと指揮者と通信できないのは良くない。何より――
《スッラ、ウォッチポイントの通信網はどうなっている》
ウォルターの声がいつも通り流れる。いつも通り、冷酷に偽装されたものだ。
「残念だが、すでに通信権が切られている。こっちでは受信できない」
《やはりか。ならばこちらで傍受する。準備をする、お前たちは一応補給をしておけ》
*
ウォルターが「警備が薄手のときを狙ってウォッチポイントに襲撃を企てる者がいる」という情報を流すことで、封鎖機構が警備依頼を傭兵に向けてだす。その依頼を受けた傭兵がその「襲撃を企てる者」の一員だった。作戦というには稚拙だが、実行できたのはスッラがそれなりに高ランクな傭兵であること、ウォルターの通信網攪乱技術で依頼をスッラのみに送らせるという類い稀な状況と技術が絡み合ってできたものだ。
無論、ウォルターの飼い犬たちはスッラとの協力に渋ったがスッラ以上の傭兵ランクの者もいなかったから頷くしかなかった。犬たちが不平たらたらなのは現在でも通信機越しに聞こえる唸りごえで分かる。
スッラはそれを無視しウォルターが贈ってくれた補給シェルパにアクセスした。
エンタングルにコードが突き刺さり機体を覆うパルスバリアが修繕される。所持していた全ての武装をパージしシェルパに架かっていた同種類のものと交換する。
「ほう」
そして左手で新たな装備を握った。
《BAWS製ナパームランチャー「KYORAI」。これでお前に渡す報酬は終了だ》
「無事、調達できたのか」
一回でナパーム弾を三つ発射するというただそれだけの兵器。BAWS――ルビコン3でしか確保できない武装だが似たようなものは他の企業も生産している。この装備にこだわったのは「かつて使っていて使い慣れているから」という理由以外存在しない。
はっきり言って封鎖機構への襲撃とは釣り合っていないほどの安価な武装だが、そこはお友達価格である。……決して私情ではない。
「現在の状況は」
《617たちが囮としてウォッチポイントの防衛部隊と交戦中。……はっきり言って戦力が比較できないほどの差だ。保って十分が限界だろう》
「今後の動向は」
《さきほどの爆発のおかげでガレージにつながる穴が出来た。そこから制圧する。スッラ、ガレージからそこまでの運行データは残っているな?》
「飛ばしても8分かかる。どうにかして持たせろ」
《わかった、617達に――待て、そっちに高速で……避けろ618、スッラ!》
ウォルターの言葉のすぐ後にコンソールが警告音を出す。すかさず618とは逆方向にクイックブーストをかけると自分たちがいたすぐそばにミサイルが殺到する。
「これは……まさか」
網膜に投影された機影。傭兵なら誰でも知っていて、しかしデータ以外では知ることは少ない機体。生で見たことのある人間は悉く死んでいる。
《特務無人機体、バルテウス……!》
大量のミサイルと火炎を撒き散らすことで絶対的な攻撃力を保持した封鎖機構の最終兵器。弱点を挙げるならば周囲の被害を考慮しない攻撃をするため随伴機がいない程度である。
「618、どうする。二人で仲良く協力するか?」
《イヤだ》
「じゃあバルテウスとやり合え。俺の装備じゃパルス防壁は抜けないし、お前の装備じゃ基地の破壊は難しい」
殺到するミサイルをクイックブーストで回避し、誘導を切るためにアサルトブーストを飛ばした。
《スッラ、それは――!》
「早くしなければ基地の防御が固くなるぞ。それに犬との協働など、私にとっても犬にとってもストレスだ」
《――》
スッラの言葉の正しさを理解したウォルターが何も言えずに黙った。それを良いことにエンタングルはウォッチポイントへ向かった。
*
「618、いけそうか?」
ウォッチポイントεから極々離れた宇宙船からウォルターは呼びかける。
《いけ、ます》
「……そうか」
音声通信はリアルタイムだが、モニターには五秒に一度更新される敵機とハウンズを表すアイコンを映す航宙図のみ。封鎖機構に通信を悟られないために情報のやり取りの量が少ない。
だから618がどのように戦っているのか分からない。善戦しているのか、苦戦しているのか分からない。
ここでは618の支援はできない。ほかのハウンズたちの様子も伺う以外できない。だからハウンズたちの陽動によって撒かれた複数の遠距離通信装置からウォッチポイントの通信設備のシステムを攪乱させる。自己成長するウイルスAI、防衛システムの堅牢さを利用して稼働する電脳パラサイト、そして原始的なアルミニウム片。
これで戦場を把握できる手段は宇宙船に有線接続された監視端末しかない。
(……頼んだ)
愛情をもって保護し育てた者に死にに行かせるという非道な行為を前にウォルターは祈る他なかった。
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オブジェクト通知を確認。見るとウォルターのエンブレムが貼られたデブリが漂っていた。情報通りだ。アクセスをすると起動する前にそのデブリをウォッチポイントの壁面に足で押しつけすぐに離れる。
轟音。爆発。崩壊。防壁を崩壊させるための攻城兵器、通称「HEATパイル」。ベイラム製のパイルバンカーとは異なる兵器で装甲を穿ったのちに内部から爆薬で吹き飛ばす兵器。
その装備負荷と巨大さからACの兵装ではなくあくまで使い切りの単発兵器でしか運用できないそれはそれだけの結果がスッラの眼前に広がった。
瓦礫を蹴り飛ばしガレージの中に入る。瞬間、多種多様の弾丸がエンタングルの表面で弾かれた。ガードメカから歩兵用のバズーカまで。AC狩りを請け負う歩兵の脅威を知っているスッラは卸したてのナパームをまき散らして区画にあった動くものをすべて焼き払う。
起動中の開放していたフムスのコックピットにハリスの銃身を突っ込みパイロットと内装のみを破壊した。
降りていた隔壁が解放され別区画が現れる。ウォルターの工作は既に基地の中枢システムまで侵食しているらしい。
0気圧環境下によって風船のように弾けた人間の血がパルスバリアによって分解されるのを無視し、エンタングルが蹂躙をする。
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レーザードローンがパルス防壁によって消滅した。
新兵器のレーザードローンとやらはレーザー兵器として運用することはむずかしい。だから荷電粒子コンデンサーを爆発させる特攻兵器として運用する。
バルテウスのアームから放たれた業火が機体を焼く前に618は上昇回避した。
確かウォルターが火をつけるには酸素が必要だと言っていた。酸素は空気に含まれるらしいが、どうして空気のない宇宙で点火するのだろうか。
視界の端で信号弾が上がる。赤、白、赤。作戦成功の合図だ。
ここで引くのはスッラの有能さを示すようで業腹だが、機体のAPは半分を切りリペアキットの残数はすでにない。
こちらとすれ違うようにバルテウスが肉薄しショットガンを撃ち込まれた。姿勢安定がギリギリだが構わず敵機の視界をつぶすように太陽守をまき散らした。逆にスタッガーに陥ったバルテウスは無防備だが強引に攻撃をしない。こちらのほうが機体の状態は悪いのだ。
ローダーを反転させアサルトブーストで戦線からの離脱を図る。追いすがるミサイルに対して障害物代わりにすべての兵装をパージ。
(あれ、ドローンって捨てて良かったっけ)
たしかあれは企業の試作兵器で漏出厳禁だったはず。
(まぁ、いいや)
ミサイルの猛攻でボロボロになっていることを期待しながら618は戦線を離脱した。
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ウォッチポイントε――ピシャテッロ星系とルビコン星系の間にあるコーラル管理の拠点は謎の勢力によって一時機能不全を起こした。この事態を受けて惑星封鎖機構は今後一切傭兵を使わないことを宣言、更なる戦力の拡充を行うことになる。
襲撃の一端となった独立傭兵スッラは迫りくる追っ手を回避しルビコン3へ密航を果たし、現地戦力で対処することになった。
そして扇動者として挙がったハンドラー・ウォルターの排除は彼を乗せた宇宙船への攻撃という形で行われ、失敗した。任務を請け負っていた基地が作戦決行同時刻にAC三機の襲撃を受け、無視できない被害を受けたためである。
621密航の三年前の話であり――先にルビコンに密航していた618がスッラの手により殺された二年前の話である。
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ルビコン3のオールマインドのACパーツ工場の一角にスッラのガレージがある。
《強化人間C1-249、スッラ》
オールマインドの定期連絡だ。端末こそ起動するが、ベッドの上で寝っ転がったままでスッラは機械音声を聞き流す。
「あぁ、生きてるし逃げ出してもない」
《密航者が現れました》
「そうか」
興味はない。ルビコン3においてコーラルを求めて密航する者は木っ端から組織までさまざま存在する。
《AC単機で密航したようです。ただ……機体がRaDの2000シリーズなので》
「2000シリーズ……?」
RaDの2000シリーズはルビコンではよく見られる。しかしルビコン外から来た密航者がルビコンぐらいでしか流通されていないRaDのACを利用するのは……。
起き上がって端末を取る。
「封鎖機構のフムスのコピー品じゃないか?」
《ですがあの頭部は2000シリーズです》
端末に表示された画像は監視カメラで遠くから撮影されたのかブレブレであるが、その特徴的な――ボルゾイを想起させる箱形の頭部をスッラはよく知っている。
《RaDの2000シリーズを運用する星外組織はスッラも御存知でしょう》
「オーバーシアー……」
ルビコンに密航してどうしてウォルター率いるハウンズがローダーつまりはRaDの2000シリーズを利用していたのか分かる。恐らくRaDの経営陣にオーバーシアーの一員が混ざっているのだろう。
思い出す。たった一匹でルビコンに密航してきた618を踏みつぶし、ナパームで焼き殺したことを。生きながら焼かれた618がウォルターの名を呼んだことを。
裏切ったスッラではなく618の名を呼ぶ憔悴しきったウォルターの声を。
――実に不愉快だ。
《すでに降下地点に無人機を派遣して調査させているのですが――スッラ、話を聞いているのですか?》
「ならばウォッチポイントだ」
《はい?》
オールマインドの報告など興味もなかった。ウォルターが、悲嘆にくれながらも犬に無謀な作戦を下せる調教師(ハンドラー)の癖は何度も何度も味わっている。
「オーバーシアーは必ずウォッチポイントに襲撃をかける。コーラルを噴出させて、そこから集積地を割り出すだろう。だから封鎖機構よりも前に襲撃を感知しなければならない」
《なるほど、参考にさせていただきます》
「それと――」
端末に向けてスッラは忠告するように言った。
「私はお前のコーラルリリースとやらに興味はない。興味があるのはハン……いや、オーバーシアーとの決着だ。邪魔をするならばこちらも然るべき手段を取ろうとしよう」
オールマインドとの会話でウォルターの名前は出さない。このAIもどきの杜撰さはよく知っていたから、勝手なことをされて計画が崩壊されては困る。
それに、自分よりも先に何の関係も感慨もない存在がウォルターを傷つけることなどあってはならない。
《わかりました、そのように》
何やら返事をしたオールマインドの言葉を無視してスッラは部屋を出る。排気システムによって頻繁に外気と交換されるガレージ内の気温は低く、端子が透けて見えるシャツでは寒すぎるが興奮した肉体を冷ますには足りない。
あの日からエンタングルの姿は変わっていた。脚部はオールマインドの中量二脚、右手も左肩もオールマインド製だ。しかし右肩の六連プラズマミサイルはレーザードローンの自爆に巻き込まれ一基が喪失、左手にあったナパームは墓標にした。
「ハンドラー・ウォルター……」
数年のうちに様変わりした愛機を見ながら、それでもスッラ別のものを見据える。
「何度でも――何度でも、お前を……」
私は彼に何を求めているのだろう。
具体化するのが、その光景が脳裏に映るのを恐れてスッラはその思考を閉じる。
少しでも具体化すれば、自動的にウォルターに向けている感情が判明する。そんな
感情を無駄だと――蛇足と嗤い炙るほか、己の業を隠す手段はなかった。