「ありがとう。村を守れたのは、お前らのおかげだ」
黒猫海賊団が、負傷者を連れて引き上げた後。
目を覚ましたウソップから、礼を言われる。
「礼なんていらねぇよ。 俺は、やりたいようにやっただけだ」
ゾロは渋い。
でも、せっかくだし、黒猫海賊団からお金ぶん獲っとけばよかった。
「どうでもいいじゃないそんな事。お宝が手に入ったんだし」
そういうナミは、袋いっぱいに詰まった金銀財宝を抱きしめてホクホク顔だ。
え、お宝って何?
黒猫海賊団の船にあったの?
いつのまに盗ってきたの?
歪みねぇな。
「俺……俺自身についても、お前らにお礼を言いたいんだ。俺は、今回の戦いで決心がついたよ」
ウソップは、海岸……いや、海の向こうを見つめて言う。
「俺も、海に出る。海に出て、世界を見て回る。……ホラ話じゃない。俺自身で冒険して、その話をみんなに聞かせてやりたいんだ」
一同は、押し黙る。
辺りには、波の音だけが響いていた。
太陽が徐々に高度を上げる。
じきに、村の人々も起き出す時間となるだろう。
強まってきた日差しがウソップの肌を焼き、熱を持つ。
「な、なんだよ……なんか言えよ。俺もお前らと同じ、海賊……同業者になるんだ。門出の言葉ぐらいくれよ」
いや、みんなはルフィの言葉を待っていると思うんだ。
ルフィはすぐ口に出すと思ったんだが。
ルフィ以外が言い出すのもなんだしなぁ。
「ウソップ」
と、しばらく時間を置いてから、ルフィが始める。
頭の麦わら帽子に手を置いたルフィの目は、どこか遠くを見つめているように見えた。
ルフィが憧れた赤髪海賊団のかつての姿。
シャンクスや、ウソップの父……ヤソップのことを思い出しているのだろうか。
「俺たちの仲間になれよ」
予想していなかった言葉に、ウソップは動きを止める。
「そ……」
ウソップは言葉が出ないようだ。
ルフィの言葉の後、周囲の人間を見回す。
他の人が反対しないか、不安なんだろう。
「なに馬鹿な事言ってんだ、ルフィ。俺たちゃもう仲間だろう」
今日のゾロは渋カッコイイ。
俺とナミも、ウソップを仲間にするのは賛成だ。
「いっとくけど、きっちり働かなかったら分け前はあげないからね。ちゃんと役に立ちなさいよ」
「これからよろしくお願いしますね、ウソップさん」
俺は、ウソップに手を差し出す。
恐る恐るといった動きで、俺の手を弱々と握るウソップ。
「あ、ああ。よろしく。俺は、ウソップだ。これからよろしくな!!」
ようやく調子を取り戻したのだろう。
いまさらな自己紹介をし、今度は俺の手をがっちり掴んで振り回した。
今後の船内は、今までよりもっと賑やかになりそうだ。
◇◇◇
俺たちはカヤの屋敷に向かう。
他の村人はともかく、カヤにはクロ……クラハドールがいなくなった事に関して、説明しなければならないだろう。
俺たちは、冷たい空気をはらむ門扉を潜り、暖かい空気を放つ庭を越えて、カヤの部屋に向かう。
おかしいな。
屋敷に人の気配が無い。
声をかけても誰も出てこないので、俺たちは屋敷の内部に踏み込んだ。
すると、屋敷の一室で、血を流して倒れこむ執事……メリーと、真っ青な表情でその傷口を押さえるカヤを発見した。
「カ、カヤ! 替われ!!」
ウソップが飛び出し、メリーの傷口を覗き込んだ。
「ウソップさん……」
震える声で呟くカヤ。
冷たくなった体はガチガチに固まり、ろくに声も出せないようだ。
一体いつから、この状態だったのだろうか。
俺は部屋にあった薄手の毛布をカヤの体にかけ、落ち着くように言う。
その間に、ウソップは手際よくメリーの容態を確認した。
「大丈夫だ。血はもう止まってる。カヤ、お前が傷口を押さえてくれていたおかげだ」
ウソップの声を聞き安心したのか、カヤはふらりと体勢を崩したため、俺が支えた。
気を失ったか。
「あのわる執事か」
ルフィの言うとおりだろう。
これは、猫の手による傷だ。
手当てを終え、太陽が頭の上を通過する頃には、カヤもメリーも意識がはっきりとするまでに回復した。
目を覚ました直後は、カヤの事を心配しベッドの上で暴れたメリーだったが、カヤが姿を現すと、今度は力なくうな垂れる。
これから伝える事が、カヤにとって辛い事実だからであろう。
「お嬢様、無事でよかった……」
やがて決意したのか、目に涙を浮かべて続ける。
「クラハドール!! あいつは……海賊です!!」
息を呑むカヤ。
だが、昨日カヤを連れ出そうとしたであろうウソップの行動と、今日大怪我をして現れたウソップ。
姿を見せないクラハドール。
半ば、予想していたのだろう。
その事実を、すんなり受け入れたようだ。
「しかし何故……もう、こんな時間だというのに」
窓からのぞく太陽の光を見つめ、メリーが呟く。
いきなりクラハドールを倒しましたといっても混乱するだろうから言わなかったが、もういいか。
「ああ、わる執事なら、もう倒したぞ」
あっさり言うルフィ。
「おうよ。このキャプテン・ウソップの大活躍により、黒猫海賊団は尻尾をまいて逃げ出したのさ!!」
どーんと胸を張り、ウソップがうそぶく。
いや、あながち嘘でもないか。
ウソップが行動しなければ、ルフィは手を貸さなかっただろうから。
「な、なんと……!!」
眩しいものを見つめるように、メリーとカヤはウソップを見つめる。
「ですから、安心して寝ていてくださいな」
俺の言葉に、体を浮かしかけていたメリーは再びベッドに横になる。
「ありがとうございます。あなた方は、お嬢様の……いや、この村の人々の、命の恩人だ。この礼は、必ず。どんな事でも、なんなりと」
「ほんとか!!」
その言葉に、ルフィが食いついた。
おい、後にしろ。
「俺たち、船が欲しいんだ!!」
言っちゃった。
ルフィの言葉にカヤが続く。
「私からもお願いします。どうか、彼らに船を」
ああ、カヤは俺たちが船を欲しがっている事知ってたっけ。
「ええ。貴方のご両親が遺された船。その主は、カヤ様。貴方なのです。貴方が望むなら、だれがその行動を否定できましょう」
意外とあっさり話がついた。
だが、これで一息つけるな。
今日は、長い一日だった。
って、まだ昼か。だが眠い。
朝早かったからな。
俺たちはカヤとメリーの様子を伺いつつ、交代で休む事にした。
◇◇◇
翌朝。
メリーはすっかり回復し、船の引渡しの準備をてきぱきと進めていた。
ルフィといいゾロといい、この世界の住人は化け物か。
あ、そういえばウソップももう平気そうだ。
あの後、俺たちはカヤの屋敷でお世話になっている。
現在は、戻ってきた使用人が作った料理を頂いている最中だ。
「これ、うめーーーーな!!」
口いっぱいに食べ物を詰め込みながら、ルフィが喜ぶ。
「知らないようだから教えてあげるけどね。魚ってのは普通、身の部分を食べるものなのよ。」
小骨はともかく、脊椎ぐらいは流石に残しなさい、とナミが注意する。
船の上ではスルーだったのにな。
他の人の目があるからだろうか。
てか、魚の骨はやっぱり食わないよな。
それが正常だよな。
ルフィやゾロを見習って常識を投げ捨てなくて、本当に良かった。
食事後、ウソップは村に向かう。
旅立ちの準備と、村の人へお別れの挨拶をしに行くそうだ。
長年過ごした村だ。
いろいろ思う事もあるだろう。
時間がかかるかもしれないな。
昼を回る頃には、ウソップが戻ってきた。
その背には、荷物でパンパンになったリュックを背負っている。
リュックのサイズは、身長をもはるかに越えていた。
息を切らし、足はガクガクだ。
こいつはもう持たない。
「荷物多すぎでしょう……怪我人が持つ量じゃありませんよ」
俺は、ひょいとウソップの荷物を奪う。
片手で軽々と荷物を持った俺を目にしたカヤが声を失うほど驚いていたが(メリーが一日で回復したほうに驚けよ)、さすがは海賊を追い払った方々ですねと納得したようだ。
ウソップと合流した俺たちは、準備を終えたメリーに引き連れられ、海岸に向かう。
俺の後方では、ウソップとカヤが並んで話をしている。
別れの挨拶をしているのだろう。
◇◇◇
「へぇー、キャラベル!!」
いい船だと、ナミが喜びの声を上げる。
中央には、太くしっかりしたメインマスト。
後方には風上に向かう時に威力を発揮する、三角帆を備えたマストもそびえている。
船首には、航海の無事を祈るために作られた像が設置される。
この船の守り神は、羊のようだ。
また、現実的な自衛手段として、数門の大砲を備えている。
話を聞く限り、船内には複数の部屋と、キッチンまで完備しているらしい。
メリーに続いて、俺たちは船に乗り込んだ。
懐かしそうに船を見回しながら、メリーが船の説明を始める。
そういうば、カヤの両親は船旅が趣味だったという話だ。
メリーもこの船で、カヤの両親と共に旅をしていたのだろう。
カヤも、幼い頃この船に乗った事があるのかもしれない。
船内の傷を見て、時折あっと声を上げる事があった。
この船は、大事にしないといけないな。
メリーの説明が終わると、俺たちは一旦船を下りた。
「寂しくなりますね」
カヤが、目を伏せる。
「今度この村に来る時は、ウソよりずっとウソみたいな冒険譚を聞かせてやるよ。だから……泣かないでくれよ、カヤ」
これでお別れって言うわけじゃない。
ウソップはそう言うが、これが今生の別れとなる可能性だって高いのだ。
それに、ウソップだって泣いているじゃないか。
「すみません。別れる時は、笑顔でって決めていたのに……私は、弱いですね」
本当に弱かったら、ウソップを引きとめているだろう。
あ、駄目だ。こっちまで泣けてくる。
メリーは既に号泣し、ハンカチで顔を覆っていた。
カヤは、笑顔を作り、言う。
「ウソップさんのお話、また、楽しみにして待っています」
だから、必ず帰ってきてくださいね。
無事を願うカヤの声が聞こえたような気がした。
俺以外の人にも聞こえただろう。
これは、空耳なんかじゃない。
「キ、キャプテーーーーーーン!!」
と、遠くからウソップ海賊団の子供達が駆け寄ってくるのが見える。
船に乗り込み、子供達に向けて大きく手を振るウソップ。
その後、船の縁に足をかけ、腕を突き出して叫ぶ。
「お前ら!! 達者でな!! 俺が断言してやる。お前らの夢は、必ず叶う!!
諦めるな! 自分の信じる道を突き進め!!
忘れるな! 自分の夢を!!」
俺たちもウソップに続き、船に乗り込んだ。
海岸では、カヤ達が手を振っている。
それに並んだ子供達も、ぶんぶんと手を振り回した。
船が、徐々に海岸から離れていく。
海岸に打ち寄せる波の音が少しずつ離れていくのを、耳で感じた。
ああ、少し辛いな。
見ているだけで、こんなに辛い。
バギーがいた町から出る時、船出はコレぐらいがちょうどいい、なんて言っていたゾロの気持ちが少しわかった。
船出のたびにこんな思いをしていたら、きっとみんな旅なんてやってられないだろう。
ゾロも、自分の故郷を出る時は辛かったのだろうか。
海岸が見えなくなってからも、時折そちらに目を向けてしまう。
と、背後に近づいてきたゾロが、唐突に俺の頭にポンと手をのせた。
「これからウソップの歓迎会をすんぞ。せっかくだから、豪華な飯を頼む」
あと、酒もな。
ゾロはニッカり笑って言う。
酒はいいが、飲みすぎるなよ。
お前はザルすぎる。酒を飲みつくされたら堪らん。
さて、料理の準備に動こうかと思うが、ゾロが俺の頭にのせた手をどけない。
なにかまだ言いたい事があるのだろうか。
あー、と頭をガリガリ掻きながら、目を泳がせるゾロ。
口を開くのを躊躇っているようだ。
なんだ。ゾロが言いにくそうにするとか、相当だぞ。
どんなトンデモな要求をするつもりだ。
「……あんまり気負いすぎるなよ。歓迎会じゃあ、お前もきっちり笑え」
笑えば、悲しいのなんて吹っ飛んじまう、と。
あれ、もしかして俺慰められてる?
ゾロに?
なんて事だ。明日は雪か雹か。
「はったおすぞ」
まぁ、気持ちはありがたく頂いておこう。
俺は、ニッと不敵な笑みを浮かべ、ゾロを指差し宣言する。
料理は、取っておきのを用意する。期待して待っていろ。
するとゾロは納得したのか、俺の頭から手をどけた。
船乗りは、よく笑う。
その笑顔の理由を、俺はほんの少しだけ理解した。