天竜人? いいえ天翼種です。   作:ぽぽりんご

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なかなか話が進まなかったので、話をぶつ切りにしてでも進めます。
すまない、私の力が足りないばかりに……!



第9話 この世界で、たった一つの(2)

 カモメの鳴き声が聞こえる。

 陸が近いのだろうか。

 

 そう思い辺りを見回すが、見えるのは青い空、青い海と、それを分かつ境界線だけだ。

 不思議に思いながらも、俺は視線を落として再び地図とにらめっこをする。

 この辺に陸なんてないよな? 若干不安になってきた。

 

「進路を右に五度修正。あと三十分ほどでバラティエが見えてくるかと思います」

「うん、上出来ね。風の読みはまだまだだけど、現在地と目的地の把握はバッチリよ」

 

 おお、スパルタンな鬼ババ……ナミから初めて合格点を貰った。俺はやったぜ。俺はやったぜ。

 

「よし、着いたら肉くうぞ!」

 

 どーんと両手を挙げて宣言するルフィ。普段のルフィはただのバカにしか見えない。

 だが、ルフィの言葉には賛成だ。最近の食事は偏りまくりである。新鮮な野菜が食べたい。干し肉をキャベツで包んだだけの物でも、今の俺なら喜んでかぶり付いてしまうだろう。

 

「海上レストランか。わざわざ海上に拠点を構えるって事は、相当なこだわりがあると見た」

 

 ウソップの言葉を受けて、俺はヨサク・ジョニーに質問する。

 

「やはり、お魚がメインなんでしょうか?」

「いえ。お勧めの魚が出る事は確かに多いらしいですが、新鮮な肉や卵、野菜となんでもござれです」

 

 へぇ。

 どうやって補給してるんだろうな。

 

 

 そんな話をしているうちに、水平線の向こうからわずかに煙が上がっているのが見えはじめた。

 近づくにつれて徐々にその特徴的な船体が姿を現す。

 ずんぐりした巨体に、魚の頭やヒレ。

 その周囲には、客のものであろう船が、大魚の威を借りる小魚のように寄り添っていた。

 昼食時だからだろうか。窓からは早足で行きかうコック達が見え隠れしており、慌しい空気がこちらまで伝わってくる。

 

 バラティエだ。

 俺は、ほっと胸をなでおろした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 バラティエに到着した俺たちはやや遅めの昼食を取り、食後のお茶を飲みつつ一息つく。

 ルフィとウソップは、一息つく暇もなく船の探検に出かけていった。

 人の船を探検とか迷惑ではとも思ったが、当然止めはしない。無駄な事をするぐらいなら、お茶でも飲んでいたほうが建設的だ。

 

 お茶を飲みつつこれからどうしようかナミと相談していると、アアーという声が響いてきた。

 声が上がった方を見ると、ぐるぐる眉毛をしたスーツ姿の男性がくるくる回りながら俺達の方に接近してきている。

 男は回転を止めるとナミの足元に跪き、うやうやしく一礼した。

 

「素敵な出会いが生まれた今日という日に感謝を。ああ、なんという悲劇か。その瞳に射抜かれた瞬間、私のハートは奪われてしまった!」

 

 立ち上がりつつクルリと一回転し、今度は俺の手を取って膝をつく。

 え、俺の方にも来るのかよ。二人同時かよ。

 

「君達からハートの欠片でも奪い返さねば、恋に焦がれた俺は耐え切れず朽ち果ててしまうだろう! 麗しきレディ達。どうか私と今晩、ディナーをご一緒してはもらえないだろうか?」

 

 そういいながら、俺を見上げるぐるぐる眉毛……サンジ?

 と、サンジは突然驚愕の表情を浮かべて固まった。

 

「えっ、天使!?」

 

 ガビーンという文字を背景に背負い、変なポーズを取る。

 あれ、サンジってこんなキャラだったっけ?

 

「ああいや、人間か……失礼。あまりの美しさに、地上に舞い降りた天使なのかと。まさか翼まで幻視してしまうとは……こんな事は、たまにしか無い」

 

 いや、幻じゃないから。

 ってかたまに幻視しているのかよ。大丈夫かお前。

 

「サンジ、客にちょっかいかけてんじゃねえ!」

 

 俺が返答に困っている間に、コックというよりテキ屋のおっさんみたいな風貌の大男が、サンジの襟首をひっ掴んでズルズルと引きずっていった。

 

「……ジンって、男の扱い方がなってないわね。せっかくご馳走してくれるっていうんだから、用意してもらわないと。私達"全員分"のディナーをね?」

「ナミは時々魔女のように恐ろしい事を言いますね」

「魔女で結構! 素直なだけじゃ、世の中渡っていけないわよ。航海術より、そっちを先に仕込むべきだったかしら」

 

 笑顔で恐ろしい事を言い始める。

 やめてくれ。既にナミの調教はお腹いっぱいだ。

 

「お嬢さん方! そういう事なら、俺が力になりましょう。さあ、思う存分この俺を手玉にとり、愛の奴隷に!」

「さぼってんじゃねぇ!」

 

 いつの間にか横に立っていたサンジを、こんどはサングラスをかけた柄の悪いコックが引きずっていく。

 

「あのぐるぐる眉毛なんか、練習にはいいと思うわよ? ああいう輩は後腐れなく付き合えるからね。こっちが本気にならない限り、相手も本気にならないわ」

「あ、まだその話続いてたんですか」

「そうとも! 俺ほど気配りができる男はそうはいない。恋愛のレクチャーなら、俺にお任せを。男性側の心を知るのも、恋愛には欠かせない要素だ。男の心を知り、やさしく癒すのもいい。逆に、男の心を乱すのもいいだろう。ああ、愛とはかくも激しい……」

 

 サンジはセリフを最後まで言い切ることなく、ゴスンと音を立てて床に崩れ落ちる。

 そして、やたら長いコック帽をかぶった義足のおじいさんに引きずられていき、扉の向こうに姿を消した。

 もう、戻ってくる事はないだろう。

 

「アニキ、アピールチャンスです。今のアネキは、男を意識して……」

 

 ゾロにこっそり耳打ちしたジョニーに対し(いや、俺には聞こえてるけどね)、ゾロは唐突に腹にパンチをかまして黙らせた。

 なにやってんだお前。

 

「ゾロ、腹パンで友情は膨らみませんよ。ギガンティックドMのあなたと他の人を一緒にしないほうがいいです」

 

 親切心からゾロが特殊な部類の人間である事を教えてあげたのだが、恩を仇で返され、俺も危うくゾロの腹パンの餌食になるところだった。

 な、なにをするんだぁー!

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「おや、仁君? 奇遇だね」

 

 外の風に当たろうと甲板に上がると、背後から声をかけられた。

 振り返ってみると、いつぞやのわかめ公爵……クロスだ。

 

「クロスさん? たしかに奇遇ですね。クロスさんもお食事ですか」

 

 すごい偶然だな。

 思い返してみれば、海をぷかぷか浮いているクロスを見つけたのだって凄い偶然だ。

 俺とクロスは、何かと縁があるのかもしれないな。

 

「ああ。臨時収入があったものでね。ちょいと豪華な昼食をクルー達と取る事にしたんだ」

「臨時収入?」

「海賊が襲ってきたので、返り討ちにしたのさ。残った連中をちょうど通りかかった海軍の船に引き渡したら、結構な賞金がかかっていたみたいでね。本来、賞金は海軍支部で貰うものなんだけど、大捕り物前に幸先がいいと言って即金で渡してくれたよ」

 

 海賊って……怪我人とか出なかったのか?

 微妙に聞きづらそうに口を止めた俺に対し、クロスはあっけらかんと言った。

 

「いやいや心配ないよ。うちのクルーは優秀だからね。誰も怪我一つ負ってないさ」

「それなら良かったです」

 

 ポンと手を合わせ、俺は表情を笑顔に戻す。

 

「メアリーも久々に好物を沢山食べられて、ご機嫌でね。だからその隙を縫って、こうしてナンパに出かけたというわけさ。どうかな。一緒に散歩でもしながら、この後の予定を決めようじゃないか」

「いえ、ご好意はうれしいのですが、遠慮しておきます」

 

 俺は、クロスの背後に目をやりながら返答した。

 ポン、とクロスの肩に手が掛かる。

 

「ハニー……私の機嫌がいいから、何をしに来たって言ったのかしら。どうにも聞き取れなかったのだけれど」

「やぁメアリー。なに、知り合いの女性を見かけたから、君の所まで連れて行こうとしたのさ。偶然の出会いに乾杯をしたくてね」

 

 クロスは振り返り、はっはっはと笑う。

 こいつすげぇな。俺ならこの状況で振り返れないわ。

 

「乾杯はいいのだけれど、その前にお話をしなくちゃならないわね。……ジンさん、お久しぶりです。話は後ほど」

 

 メアリーは俺に会釈し、クロスと共に去っていった。

 

 

 

 クロスと入れ替わりに、ルフィとウソップが現れた。

 なんか目を輝かせて、ドドドと俺の方に駆けてくる。

 おまえら落ち着け。

 

「なあ、いい奴見つけたぞ!」

 

 目をキラキラさせ、心底うれしそうに語るルフィ。

 まるで子供がヒーローを見るときのような目だ。

 

「見た目は軽薄そうだが、中身は男気溢れる海のコックだ。反対する奴らを押し切って、腹を空かせた海賊に飯を出したんだ。"俺は、俺の飯を食いたい奴に食わせてやるだけだ"か……。これはメモしておこう」

 

 男泣きと共に、ウソップがいそいそと手帳にメモを書き加える。

 

 軽薄そうな見た目、か。サンジだろうか。

 まぁ誰にしても、ルフィに狙われたら諦めるしかない。

 だってルフィだもの。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 バラティエに来てから、二日が経過した。

 一昨日は、夕方からクロス達と宴会を繰り広げて一日が終わった。

 昨日は、ルフィがひたすらサンジ(やっぱりサンジだった)に勧誘攻撃を仕掛けていたようだが、効果はない。

 ナミにけしかけられて一緒に食事をした際に俺も誘ってはみたが、血涙まで流しながら断られた。

 そこまで苦しめる事になるとは……なんかすまん。見た目はいいかもしれないが、中身は俺である。騙しているようで申し訳ない。

 

 ちなみに食事中のサンジのエスコートは完璧で、誰だお前と言いたくなるレベルだった。

 気になったのは、話しかけた時に時折「えっ、女神!?」だの、「あっ、聖女!?」だの言い出す事ぐらいだろうか。

 天使はともかく、他のはどこから来たんだ? サンジの中で、俺の存在がとんでもない事になっている。阿修羅をも凌駕するとかいうレベルじゃない。

 一度、サンジの視点でこの世界を見てみたいものだ。新たな扉が開けそうである。

 

 話が脱線した。

 ここにあまり長居するわけにもいかない。数日中に勧誘が成功しなければ、出発しなければならないだろう。

 原作でサンジが仲間になったのって何でだっけ? 印象に残っていない。下手をすると読んでないかもしれないな。

 ワンピースを読んでいたのは、病院での暇つぶし用に置いてあるマンガ雑誌を手に取った時だ。1ヶ月もすれば新しい雑誌に入れ替えられるため、健康な状態が長期間続いている間は読んでいない事になる。

 戦闘シーンはなんとなく覚えているから、読んでいたとしたらそこから思い出せるか?

 イーストブルーでのボス的存在とそれに関連する仲間は確か、モーガン/ゾロ、バギー/ナミ、クロ/ウソップ、ミホーク/ゾロ、アーロン/ナミ……あれ、サンジと絡みそうな奴いないぞ?

 

「なんか難しい事考えてる? 額に皺が寄ってるわよ。お茶でも飲んで落ち着きなさい」

 

 メリー号の船室で俺がウンウン唸っていると、ナミがこちらにお茶を差し出してくれた。

 考えても仕方ないな。お茶を啜りつつ、一息つこう。

 

「おや、美味しいですね」

 

 お茶を一口飲んで、思わず感嘆の声を上げる。

 緑茶か。久しぶりに飲んだな。なんか高級そうだ。どこに仕舞ってあったんだろう。

 

「そうでしょ。あのぐるぐる眉毛から貰ったんだけど、けっこういい香りじゃない?」

 

 おおう。サンジから巻き上げたのかよ。

 これ、絶対高級品だろ。

 ナミ……まさに外道。

 

「確かにいい香りですね。緑茶を飲むのは久しぶりなので、なんだか懐かしいです」

 

 微妙に薬くさい気もするが、こういう品種なのだろうか。

 個人的には、薬くさい匂いが無いと更に良いんだが。

 前世で沢山薬をのみ続けた結果、最後の方は髪の毛に問題が……うっ、頭が!

 

 

 なんの話だったかな。

 そう、お茶の話だ。

 

 お茶といえば、知っているだろうか。

 実は、緑茶も紅茶も烏龍茶も、同じ木の葉を使っているのだ。

 三者の違いは、発酵具合のみ。

 ティータイムにミルクティーを嗜む白人セレブリティも、縁側で毎日苦いお茶を啜る老人も、元は同じ物を飲んでいるのだ。

 好みは違えど、求めるものは結局みんな同じようなものだというお話さ。

 これは味覚に限らず、他の事にも言えることだ。山登りが好きな人、本が好きな人、ゲームが好きな人、サッカーが好きな人。好みが合わないと思っている相手だって、見えている切り口が違うだけで、実は自分と同じ趣向をしているのかもしれない。

 もっと分かりやすく言うと、巨乳好きも貧乳好きも、結局みんなおっぱい星人でしかない。自分の拘りを愛するのは良いが、血で血を洗う論争を繰り広げる必要など、無い。

 

「ジンって、時々遠い目をするわよね。故郷でも思い出してるの?」

 

 え、いや。

 そんな高尚な物では。少しおっぱいの事を考えていただけです。

 

「そうですね。昔はよく、緑茶を飲んでいたものですから。少し、昔を思い出してしまいました」

 

 なにを言っているんだ俺は。

 おっぱいは平和の象徴、世界政府の旗印をおっぱいに変えるべきとか思ってました。なんという破廉恥政府。

 

 その後も話の流れは変わらず、俺は故郷や昔の自分の話をしばらく続けた。

 今の俺の姿を考えると矛盾点だらけの話だった筈だが、ナミは静かに話を聞いていた。

 

 

 

 話に一区切り付いた所で、俺はさっきから気になっていたことを問いかける。

 

「ところで、先ほどから何やら空気がピリピリしているような気がするのですが」

 

 これは、あれか。嵐かなにかが近づいてきているんだろうか。

 ついに俺も、ナミのように天候を感じる事ができるようになったのか。

 

「そ、そう? 私は何も感じないけど……」

 

 な、なんだって。俺の気のせいか。

 でも、たしかになんかピリピリするんだけどなぁ。

 

 

 

 と、唐突に船が大きく傾き、わずかに遅れて大きな水音が連続して辺りに響き渡った。

 ええ、なんだ。砲撃でも受けたのか?

 

 俺とナミは慌てて甲板に飛び出すと、目の前で真っ二つになって崩れ落ちる巨大なガレオン船を目撃した。

 

「……ッ!? 取り舵! 船を立てて、波に飲み込まれないように!」

「あいさー」

 

 慣れたもので、俺の体はナミの指示に従い動き始める。

 意味不明な光景はスルーだ。そんな物は後で考えればいい。

 

 

 

 波が落ち着いてから。ナミに様子を見てくるように言われた俺はゴーイングメリー号の甲板から空に飛び立ち、上空から状況を一望する。

 周りの視線を一手に引き受けてるのは、十字架を背負った変な髭のおじさんのようだ。

 その鋭い眼を見た瞬間、ああこいつが鷹の目のミホークなのかと納得した。

 確かに鷹っぽい。俺も鳥っぽいと言われた事があるので、お揃いだな。

 

 

 ……ん?

 あああ、こいつだ。空気ピリピリの原因。

 この髭男爵が、大量の精霊を引き連れてきやがった。

 ピリピリするとは思っていたが、これ精霊が俺の体に入ろうとしていたからかよ。

 数が多すぎて逆に気づかんかったわ。

 

 ミホークの周りに居る精霊達が、俺を見かけるなり俺の方に鞍替えして周囲を飛び回っている。

 精霊たちの軌跡を追うように、ミホークが上空を飛翔する俺の方を睨みつけてきた。

 

 何だ。めっちゃ見られてるんですけど。

 あ、精霊を寝取っちゃったからですか? ジェラシー、感じてるんですか?

 プフー! そりゃ精霊だって、ガチムチよりムチムチを選ぶよ。

 誰だってそうする。俺だってそうする。

 ミホークさん涙目プギャー!

 

 脳内で一人漫才を繰り広げていると、ミホークが俺を睨む目に剣呑な空気が混じりはじめた。

 

 ちょっと待って、怖いんですけど。

 まるで俺が何を考えているか分かっているみたいじゃないか。

 

 くそっ、なんだよお前。変な髭たくわえやがって。やるのか、おい。

 やるならさっさとかかって来いよ。俺の逃げ足に敵うと思うなよ!

 ごめんなさい許してください。顔が怖いです。

 

 俺が逃げの姿勢に入ると、ミホークはフッと笑い、こちらから視線を逸らした。

 おお、助かった。ミホークさんまじダンディ。

 

 

 

「暇なんだろ? 勝負しようぜ」

 

 俺から視線を外した後に視線を向けた先は、ゾロ。

 いや、駄目だって。そっちも駄目だって。

 ゾロ、勝ち目なんかないぞ。

 

 しかしゾロの方はミホークの方に刀を向け、戦闘準備は万端といった装いだ。

 こういう場合、どうすればいいんだろうか。ゾロの身の安全を考えるなら止めるべきだ。でもこれはゾロが望んだ戦い。しかしゾロに勝ち目はない。負けたら死ぬかもしれない。いや死んだら駄目だろう。でもゾロは死んでも構わないと言う。夢のためなら命を賭けるのがあいつだ。

 ……どの行動も正解ではない。こういう時、俺は動けない。

 前世なら周りに合わせて一緒に進めばよかった。

 でも、今は。周りに合わせたって、一緒には進めない。

 俺は。

 

「ア、アニギ~~!! 大変です、ナミのアネキが宝全部持って逃げちゃいました!!」

「は!?」

 

 と、バラティエの甲板でルフィ達が会話しているのが聞こえた。

 ゴーイングメリー号の方を見やると、確かにバラティエから離れつつあるのが見える。

 え、何で? ナミ、さっきまで俺と一緒にお茶のんでたじゃん。平和そのものだったじゃん。

 混乱した俺はひとまず、ルフィ達の横に降り立った。

 

「ウソップ! ナミを追いかけ……いや」

 

 ウソップにナミを追いかけるよう指示を出そうとしていたルフィだが、俺の顔をみるなり思い直したように俺の方に向き直る。

 

「ジン、ナミを追いかけてくれ。俺は、あいつが航海士じゃなけりゃ、いやだ」

「……了解しました。キャプテン」

 

 俺は翼を広げ、再び空に飛び立つ。

 眼下には帽子を振り、俺を見送るルフィの姿がある。

 

「頼んだぞ! 絶対、連れ戻してくれよ!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 俺は上空から、ナミの様子を伺う。

 ナミは船首に寄りかかり、まっすぐ進行方向を見つめていた。

 まっすぐな視線ではあるが、俺には何かから目を逸らすためにそうしているようにしか見えない。

 あんなに賑やかで狭苦しかった船の上には、今はナミ一人。

 ナミも船も、少し寂しそうに見えた。

 

 向かい風が強い。

 この状況で、ナミの操作する船に追いつける奴はそうはいないだろう。

 

 俺は、後ろを振り返る。

 人間の目ならば、人の姿を見るのは不可能な距離。しかし、俺の目ならば問題ない。

 ガレオン船の残骸に視線を阻まれ詳細まで把握する事はできなかったが、ゾロとミホークが戦っている事だけは分かった。

 

 ミホークは強い。

 今のゾロでは、勝てない相手だ。

 

 だが原作では、生きていた。

 俺が介入さえしなければ生きていた。

 ルフィが俺にナミを頼んだのは、俺とナミの仲がいいからか? 飛んで移動できるからか?

 ……いや。ルフィには、この後ろ向きな気持ちを見透かされてしまったのだろう。そんな気がする。

 

 何のことはない。

 俺は、現実から目を背けて逃げ出したのだ。

 今までと、同じように。

 

 今からでも戻ろうか?

 俺なら、ミホークにも勝てるかもしれない。

 ミホークの気まぐれを期待するよりミホークを倒すほうが、よっぽど現実的じゃないか。

 

 と、ゾロの事を頭に思い浮かべる。

 世界一の剣士になると決めた時から、とうに命は捨てていると豪語するあの馬鹿。

 ミホークとの戦いを邪魔したら、きっと本気で怒るだろう。

 それはそれで、怖い。嫌われてしまうのは、怖い。

 俺は、自分の体をぎゅっと抱きしめた。

 無事でいて欲しい? 夢を邪魔したくない? 嫌われるのは怖い?

 どの思いを優先すべきなんだ? 俺は、どう行動すればいい?

 

 ……ああ、駄目だ。

 俺は、自分の意思で決める事ができない。

 ずっと、流されて、生きてきたから。

 周りが期待する自分を演じてきたから。

 前世の頃から。ずっと。

 

 

 

 やがて、戦いが終わり。

 ゾロの敗北と、生存を確認する事ができた。

 何故だかまだ別の戦いは続いているようだったが、ミホーク程の相手でなければ、ルフィやゾロが負けることはないだろう。

 俺は、ほっと胸をなでおろした。

 

 だが、今回はたまたま良い結果になっただけだ。

 俺はこのままでいいはずがない。

 いつまでも幸運やわずかに残った原作知識に頼り、流されるままに過ごしていいはずがない。

 一度死んで、やっと後悔する事を覚えたのだ。後悔したのなら反省して、次に生かさなければならない。

 

 そう思うが、俺の気分は沈んだまま浮かんでこない。

 今まで、ずっと周りに合わせて生きてきたのだ。生き方を変えるには、どうしたらいいのか?

 誰か、教えてくれ。

 

 

 

 俺は、沈んだ気分のままナミの背後にゆっくりと降り立った。

 

「……ジン。なにしに来たの?」

 

 こちらを一瞥もせずに、ナミが問いかける。

 

「ナミを、連れ戻しに来ました」

 

 言うと、ナミは溜息をついて少し顔を上げた。相変わらず、後方を振り返ろうとしない。

 

「まったく、本当に。もしかしたら効かないかもとは思っていたけど、やっぱりあんたも出鱈目ね。睡眠薬飲ませたはずなのに」

 

 ああ、やっぱり何か仕掛けていたのか。

 やけに薬くさいとは思ったよ、あのお茶。

 

「そんなもので、私は止まりません」

「……そうよね。あんた達は、私が何やったって、止まらないわよね」

 

 ナミは天を仰ぎ、続ける。

 

「だから、何も言わない。あんた達は、動き出したら止まらないから。……これは私の問題なの。何も聞かずに見逃して」

 

 いや、そういうわけにはいかないだろう。

 いまさらナミ以外の航海士なんて、ルフィが認めるとでも?

 ルフィはそんなの……

 

 いや、ルフィだけの話ではないか。

 ゾロも、ウソップだって、ナミがいなくなって良い顔をするわけがない。

 自惚れかもしれないが、ナミだって俺達と一緒にいたいと思ってくれているはずだ。

 5人共、仲間がいなくなるのは嫌に決まっている。

 

 

 ……5人?

 

 わずかに引っかかりを覚えた。

 5人と認識しているのに、今名前があがらなかった奴がいる。

 5人は、ルフィ、ゾロ、ウソップ、ナミ……それと、俺だ。

 

 ああ、そうかと。

 俺は妙に納得した。

 

 俺が駄目な部分が、ようやく見えたような気がする。

 こんなにあっさり答えが見つかるなんて、ついさっきまであんなに悩んでいたのが馬鹿みたいだ。

 そもそも、父さんや看護師のおねーさんが、何度も俺に答えを教えてくれていたのに。

 俺はそれを、本当の意味で理解できていなかっただけだ。

 

 人が行動する理由なんて、言ってしまえば簡単な話。

 そうしたいと思うから、行動するんだ。

 自分の思いを持とうとしていなかった俺が行動できないのなんて、当たり前じゃないか。

 

 俺の今の気持ちは、何だ?

 それを口に出せばいい。それを行動に移せばいい。

 それが、最初の一歩。

 

 俺は、ナミが一緒でなければ嫌だ。

 

「私は、ナミが一緒でなければ嫌です」

 

 俺の言葉に、ナミは体を強張らせた。

 ようやく、ナミに俺の言葉が届いたような気がした。

 

 沈み込んだ気分が浮かび上がってくる。

 そうだ。俺は、ナミと一緒にいたい。

 思ったことをそのまま口に出すだけで、バラバラに千切られ隠されていた自分の気持ちが一つにまとまっていくように感じた。

 

「……ナミはどうですか? 私達と一緒に居たくは、ないですか?」

 

 ナミは答えない。

 答えないが、答えは一目瞭然だった。

 

「戻れとは言いません。それだけ、聞かせてください」

「……ええ、そうね。あんた達と一緒にいて、楽しかったのは否定しないわ。私だって一緒に居たくないわけじゃない。でも、それとこれとは話が別よ」

「……それだけ聞ければ十分です」

 

 俺は、ばさりと翼を広げた。

 口に出したら、次は行動だ。

 口に出しただけでは願いなんて叶わない。行動をしてこそ、願いが叶う目も出てくる。

 

「ナミの左肩にある刺青の()()をぶっ飛ばしてしまえば、ナミは必ず戻ってきてくれると理解しました」

 

 おっと、少し口が悪くなってしまったな。思ったことをそのまま口にしているのだから当たり前か。

 ナミの左肩にあるのは、アーロンのマーク。ナミは隠していたようだが、同じ部屋で過ごしているのだ。俺の目から逃れられると思うな。アーロンのマークだけでなく、ナミの体のことは隅から隅まで把握しているわ。がはは。

 

 ナミは慌てたようにこちらを振り返り、俺に手を伸ばす。

 空中に舞った雫が、俺の決意を更に強く固めた。

 

「駄目、やめなさい! いくらあんた達が化け物みたいに強くても……本物のバケモノには、かないっこない!!」

「バケモノというなら、私のほうがよっぽどバケモノです。いままで、隠していただけで」

 

 秘密ですよ、と。

 人差し指を口に当て、悪戯が成功した時のように、俺は笑った。

 普段ならこんな仕草はしないが、女性としての嗜みを持ちなさいとナミに口うるさく言われているからな。俺だってやればできると、ナミに見せてやろう。ただ、やらないだけなのだ!

 

「心配しないで下さい……なんて、言っても無駄でしょうね。ならこう考えてください」

 

 俺は空に舞ってナミの手から逃れ、胸を張ってこう言った。

 

「私は臆病ですから、危なくなったら逃げだします。逃げ足で私に敵う奴なんてこの世にいません。私一人で戦う以上、私に敗北はありえません。……あ、敗走は戦略的撤退、という事で」

 

 止めても無駄だと悟ったのか、どう止めればいいかわからないからか。ナミは言葉を返さない。

 ルフィやゾロとずっと一緒にいた俺は、すっかりあいつらに染められてしまった。

 だからきっと、こういう所も既に染められてしまっていたのだろう。

 何を言われたって。自分の意思でやりたいと思ったのならば、決して止まりはしない。

 

「……泣かないでください。もうナミが泣く必要なんて、無いのですから。次に会うときは、いい笑顔を一つお願いします」

 

 俺は、今の俺ができる最高の笑顔を見せ、ナミの前から姿を消した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 俺は天高く舞い上がり、地上を見下ろす。

 地上には、果てなく広がる海が続いている。

 海の機嫌を伺うように時折ひっそりと島々が顔を出し、更にその自然の隙間を縫うように町が造られている。

 町の様子は、様々だ。明るい町、元気な町、暗い街、活気の失われた町。貧しくとも笑顔の耐えない町、裕福だが生命力に乏しい町。

 

 さて、アーロンはどこにいるかな?

 話自体は、アーロンをぶっ飛ばしに行くとの伝言ついでにヨサクとジョニーから聞いている。

 コノミ諸島にアーロンパークを構えている事も、コノミ諸島の場所も、アーロン自身の事も。

 おおよその場所さえわかれば、目印があるから見つかるだろう。

 

 ……お、目印(アーロンパーク)発見。

 あとは向かうだけだが……アーロンとはどう戦えばいいかな。

 力を炎や雷に変換すると飛びながら攻撃できないが、変換しないと威力調整ができず周辺の町ごと吹き飛ばしてしまう恐れがある。

 やはり、近接戦闘がベストだろうか。

 しかし、俺はクロに苦戦するレベルだ。近接戦闘でアーロンに勝てるか?

 

 俺が少し迷っていると、俺の周りに漂う精霊達が自己主張を始めた。

 うん? いや、その手ももちろんあるんだけどさぁ。

 それが一番単純なんだけどさぁ。

 体の感覚が変わっちゃうと、うまく動けないかもしれないしー?

 それに初めてはやっぱり、怖いしー?

 

 精霊達は、俺の言葉を無視して俺の体に入ろうとしてくる。

 あっ、やめて、無理やりはやめて! わかった、わかったから!

 

 覚悟を決めて、俺の体をツンツンしてくる精霊達を体の中に迎え入れた。

 上空の遥か彼方からケタケタと笑い声が響いてくるが、とりあえず無視だ。お前の事など知らん。

 強烈な眩暈が俺を襲う。手を伸ばせば、水平線に掛かる雲にすら手が届きそう。

 実際に手を伸ばして握ってみると、俺の手に潰された水蒸気が拳から零れ、空中に渦を作った。

 どうやら、雲がある場所まで転移したようだ。手を伸ばしたら届きそうだと思ったのは、錯覚ではなかったらしい。

 

 今更だが、本当に人間をやめてしまったんだな。

 少し悲しい気もするが、受け入れるさ。

 この力があれば、仲間を救う事だってできる。いい事じゃないか?

 周りに流され、ただ進むだけでなく。自分の意思で、進む道を決めることができる。

 それは、力がなければできない事だ。

 

 視線を遮る邪魔な雲を吹き散らし、俺は視線を再びアーロンのいる島に向けた。

 

 さて、準備は整ったし、行くとしよう。

 首を洗って待っていろ、アーロン。

 

 

 俺は、島の上空に転移した。

 

 




空襲警報発令。
ヒャッハー無双させたい気も少ししますが、本作は無双成分は自重気味です。
でもゲージ(精霊)が溜まったから、無双乱舞一発だけなら撃ってもいいのよ?


・番外編
クリーク「……? ……ッッ!? ~~~~!????? ――――???????」


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