楽器未経験なため、色々拙いのはご了承ください。あくまで、僕にはあのライブがこう見えた、という話になります。
2月15日 武蔵野の森総合スポーツプラザ We will B ライブ中
その日2回目のアンコールが響く中、スクリーンに映像が流れる。
そこに映る、妙な茶番劇を繰り広げてから廊下を歩く声優4人を、僕はアリーナから半分訝しんで眺めていた。
十中八九ステージに戻って来るのだろうけど、何をそこまで意気込んでますアピールする必要があったのか。だがそれは大げさでもなんでもなかった。
予想通りステージに戻ってきた4人は、なんと楽器を手に取り準備し出したのだ。初めての展開に驚きと興奮混じりの歓声が上がる。
怒号にも似た盛り上がりの中で、僕は信じられない気持ちで狼狽えてしまった。
いつか誰もが夢見ただろう、キャストだけでのライブがまさか現実になるなんて。
そんな妄想が現実になったんだと思うと、今度は期待と感動で心が高ぶって来た。
けどその奥底で、どうしても心配してしまう自分もいた。
1万人がしきつまったアリーナという大舞台で。アンコール2回目なんてボルテージも最高潮なタイミングだ。
初めて演奏しながらライブする彼女たちに、相当なプレッシャーを与えているはず。結束バンドの曲はどれも難しいのに、さらに難易度が跳ね上がった場面で無事やりきれるのか?
ハラリと胸を掠める不安を押し殺しながら、カウントを取ろうと構えるドラムを見守った。
ドラムが1カウント取るごとに強張り、笑みを浮かべ、前を臨み、顔ごとスティックを振りかぶった。
最初の8小節までなんのイントロか判別つかなかった。リードギターの甲高い単音弾きとリズムギターの分散和音が嚙み合わず、曲の輪郭が見えないのだ。
心配が焦りを招き、客席のざわめきから自分だけではないと察する。もしかしたら音響のせいもあるかもしれないが、それでも今まで感じなかった違和感に呑まれて落ち着けなかった。
どの曲か理解してあげたいと脳を巡らすが、要らないお節介だった。
一瞬のブレイク後ベースが合流してから、一瞬で解決されたからだ。
ドドッ、ドドッ、と心拍のようにビートされるベースラインがドラムの懸命な8ビートに寄り添う。
リードギターの深いリバーブが利いたコードストロークのよって郷愁の世界観に引き摺り込まれた。ゆったりとした曲調も合間って、その曲が自然と想起される。
フラッシュバッカー。
思い出を瞬間瞬間呼び起こすような、懐旧の情に駆られる曲と分かり、頭の中で広がっていた焦ったい靄が晴れる。
同時に、アリーナに淀んでいたどよめきは爽快な咆哮と変わった。
ボーカルがマイクに吹き込み始め、曲は次の展開へと転換される。
楽器を弾いてるにも関わらず全く惑わない高音歌唱。
バッキングに乗った言葉達は泡となって浮かび上がり、力強いドラミングの余波で弾けて消える。
煌めく泡散の周期を大らかに守っているのが、イントロからずっと同じリズムをキープしているドラムだと気づいたときは鳥肌が立つ思いだった。彼女が一度もドラム演奏をしたことない声優なのが信じられない。ゆっくりな曲調故にリズムキープは見た目ほど簡単じゃないはずなのに。
それを言ったら、彼女と同じ役目を担っているのに余裕のある笑みを絶やさないベースも、楽器付きでも歌唱レベルが全く変わらないボーカルにも驚愕を禁じ得ないのだけど。
ボーカルの溢した呟きはシンバルによって星屑みたいに散らされる。ライブ音に浸りながら、あまりにも様になってるスティック捌きに見惚れていた。
——いつかは消えてしまうけど 誰かの記憶には残れるかな?——
センチメンタルな節回しをリードギターの哀切な助奏が際立たせる。
今、この瞬間を忘れるくらいなら他の記憶全てを切り捨てても良い。
そんなことを思うくらいには、4人によって描かれる音の世界に惹きこまれていた。
一度目の曙光が訪れる。
どっしりしたベースラインが沁み込んだアリーナに、相も変わらない頼もしいリズムと掻き鳴らされるストロークに乗って、感傷的な詩句が叫ばれる。
想いを叩きつけるようなコーラス。まっすぐに、1歩ずつ。丁寧に、最大限に。
今この瞬間に全てを掻きだして残そうという迫力を感じさせる音声が嬉しかった。
紛れもなく、僕らが大好きな結束バンドである、何よりの証拠だから。
心の感情をぶつけようとする魂が耳から胸奥へ伝播され、離れない。
このライブを一生思い出す曲として
1コーラス終わって間奏に入ったタイミングだというのに、まるで1曲弾き終わったかのような大歓声が上がる。
余りの完成度に昂揚を黙していられなかったんだ。1つの音楽に包まれ一体となった僕たちはその歓声の意味を共有していた。
それでも、自分でも言いがかりに思うこの妙な気掛かりだけは、僕しか抱いてなかったかもしれない。
客席から向かって右側のギタリストに視線が吸い寄せられる。
4人の中で一番楽器にのめり込んでいる彼女。余りに集中してるものだから、他の演者と比べほんの少しだけ距離が開いているように見える程だった。
体をバンド仲間達に向けていることはあった。だがイントロのときからアイコンタクトをしている瞬間を見なかったのだ。
あの、いつもメンバーと楽しそうにかけあうあの人が? そんなつれない態度を大事な仲間達に取るだろうか。
コミュ力が高く輪を大事にする人だと思っていたから強く違和感を抱く。
でもきっと自分の思い違いだと信じつつ視界の隅でずっと彼女を捉えていると、曲は2番に入り音数が急に少なくなった。
ボーカルが1人で弾き語る。一時的に静かになった曲調が、薄明の如き淡い彩りで僕を包みこむ。
高山に湧く天然水のように透き通った体が、咽び泣くようなチョーキングの勢いに飲み込まれる。
そのリードギターと共に、負けないくらい派手なパフォーマンスで再登場したドラムは、今までより尚も難易度を上げて16ビートを堅実に刻む。今まででも十分凄いのに更に上があったことに、目と耳が信じられない。
荒れ狂う音楽の中を自在に泳ぎ回る歌声は僕の脳天を突き抜けて、僕を連れてどこかへ流れて行きそうだった。
激流にシンバルの波紋が広がり、一転して穏やかな清流へと変わる。
——ボヤけたままのフォーカスじゃ 君の本物は映せないよ——
歌唱と演奏で交錯する対旋律。
ベースのカウンターメロディがいじらしいくらい切なくて、胸が締め付けられる。
なのにその儚げで優しい歌い方は、どこか微笑んでるようだった。
2度目の来光が射し込む。
1コーラス目の焼き直しに、僕はようやく落ち着きを取り戻す。
そして黒いパシフィカに食らいつく彼女を見やって、先の気掛かりが思い違いじゃなかったと再認識した。
僕らのリードギターはやはり、一度もアイコンタクトを取らずにいた。
ベースの表情がずっと柔和で、ボーカルだって間奏中はリズム隊とアイコンタクトを取るから、1人輪の外にいるようで余計に際立つ。
心配や不安というネガティブなものじゃない。
いつもの彼女らしさをかなぐり捨てるほどに余裕を失くすくらい、何を背負ってるのだろう。
その答えはサビの終わりと共に思い知ることになった。
孤高のギタリストが結束バンドお決まりの
16分で連打されるピッキングの嵐にアリーナから期待と興奮の歓声が上がった。
いや、ヒーローの挑戦にエールを送りたいがための、祈りだったかもしれない。
そんな幾千万の思いを浴びて、億千万とネット回線越しに聞いているだろう客にすら応えようとして。
このライブに携わった、計り知れないマンパワーを慮って。
何より、すぐそばでバッキングしてくれている仲間との結束を背中で負って。
唸るように乱高下する、ほんの少しだけゆったりした2小節。
それは全ての思いを昇華するための、準備期間。
そして。
目も耳も置き去りにする凄まじい高速ストロークに、僕らの神経は痛快に切り刻まれる。
元々経験者だったわけじゃない。彼女はこのバンドに会うまで初心者だったからこそ、その音は狂暴な力を持っていた。
そんな彼女によって完全に奪い去られた意識は、高く高く舞い上がるギターの音色と共に天井のライトに吸い込まれて行った。
僕らのヒーローは、真向から背負いきった上で、全部やりきったのだ。
そんな偉業の残響を、慈しむような呟きが大切そうに包む。
——光る——
朝日に負けない焼き付けるようなまぶしさに、僕はただただ疑問が思い浮かぶ。
どうしてここまでのことができたんだろう。
ミュージシャンでもないただの声優4人が、それぞれ忙しい立場なのに。
1人1人が楽器を使いこなし、4人で音を合わせて一体となり。
心奪うほどの世界を生み出すなんて、決して簡単なことじゃないはずなのに。
重なる音からそれぞれの苦労を断片視してしまったからか、それとも落ちサビ特有のノスタルジックな演奏と歌が心に沁みたからなのか。
何の涙かもわからず、目が滲む。リズム隊がフィルインしてクライマックスを迎えてしまった。
そして、その局面にふさわしい演出を目にした途端、溜まっていた涙はあっけなく溢れる。
演奏してる彼女達が後ろの大画面に4分割で映し出されたのだ。
ズルいと思わずにはいられない。でもここで素直に涙するのはここまでが完璧だったからだった。
響き渡る楽音と、流れる涙と、胸を満たす感動を抱いて。
こう思わずにはいられなかった。
アウトロから緩やかに落ち着いて行った曲調がついに最後の長い長い和音を響かせた時、彼女達のウイニングランを祝した大歓声が上がる。
万来の祝福に負けないくらいの喜びを彼女たちは即興演奏に乗せて爆発させていた。聞いているこちらに感情が伝わって来て、分かち合ってるみたいだ。
ひとしきり暴れ回った4人はやがてビブラートされた和音の中で弱まっていくドラミングだけになり、一旦落ち着く。
幕を引くために、噛みしめるように叩きつけられるフロアタムへの一打ずつに、ギターがストロークを合わせて。
最後は4人全員で一音を合わせ、文句のつけようがないライブはゴールインした。
その日最大の拍手が地鳴りのようにアリーナを揺るがす。
僕たちは堪えきれない感動と興奮を発奮させようと皆、手を突き上げ想いの限り打ち鳴らしていた。