「大人しくしてもらえると助かるのだけど」
「ひぇぇぇぇぇ!!!降参っすぅぅぅ!!!命だけはぁぁぁ!!!」
みっともなく路上で土下座をかます団員A子を横目に、私は目の前の少女からの圧力に冷や汗を垂らす。
実際に見たことはなかった。しかし写真では見たことがあった。話では聞いたことがあった。それも、嫌というほどに。故に目の前の一見すると可愛らしいお人形のような少女が誰かわかった。わかってしまった。
「……なに?」
ゲヘナ風紀委員、委員長。空崎ヒナ。
ゲヘナの最高戦力。決戦兵器。対トリニティ最終兵器。終末をもたらすゲヘナ白モップ。ヒバナちゃんが、うちのゲヘナ所属の団員達が揃ってアレルギー反応を起こすほど恐れた化け物だった。
「あ……い、いや、なんでも……」
───そう答えるつもりだった。
「あ……いや、可愛いなって……」
「コウさん!?!?」
何をとち狂ったのか。私の口は自然とそんな言葉を吐き出していた。バカか。私は自分で自分を助走をつけて殴りたくなった。自分のことは自分が1番よくわかっている。私は自分が救いようのないバカだということは理解していたが、これほどまでとは思わなかった。可愛いとか、初対面の子相手に、しかもこの空崎ヒナ相手に。理性が叫んでいる。今すぐこの化け物から殺される前に離れろと。
しかし、私のバカすぎる部分はそれさえも押しのけ身を乗り出して叫ぶ。「うわくっっそかわいいやんけお人形さんかいなんもうヨシヨシしたいわぁなにこのキューティクルな生物国宝やろ世界遺産認定ものやろ」と。
「……冗談はいいわ」
しかし幸いにも彼女の心は広かったようで、ギリギリ許されたらしい。てっきり「不敬。死刑」って斬首されるかと思っていたが、その心配は無用だったらしい。いや、違うな。そもそも気にもされていないのだ。巨大な龍がちっぽけな人間など気にも留めないように、彼女にとって私は気に止める価値もない雑魚なのだ。
「あはは……ごめんね」
「……暴走車両があると聞いて来たのだけど、あなたはその一味じゃないの?」
「とんでもない。むしろ被害者だよ。商品を輸送していたトラックを奪われちゃったところでね……」
そう言って私が視線を向けるのは……爆発四散して絶賛炎上中のトラックだったもの。
「……その、悪いことをしたわね」
「いえ……奪われるよりかは……それにまだ残ってるかもしれないし」
「だといいのだけど……あ」
一際大きな光を放ったと思えば、大きな衝撃とともに、『チュドーン』と音を立ててソレは大爆発を起こした。
「………」
「………」
「……風紀委員に請求書を送って。弁償するわ」
「い、いやいや。流石にそこまでは……ま、まだ無事かもしれないし」
「流石にそれは無理があるんじゃないっすか」
「黙ってろ団員A」
「いてぇ!?団員Aってなんすか!?」
燃え盛る残骸に遠い目をしながらそんなことを言う委員長にフォローを入れながら、私はこの人がとんでもない化け物でありながらも苦労人ポジなのではないかと思い始めていた。なにせこれまで会ったゲヘナ生徒で、あの便利屋連中を除いてこうも他人を思いやってくれる子はいなかった。この子と同じ風紀委員ですら「とられるのが悪い」「無駄な仕事増やすな」などと言って弁償どころか同情すら向けられたことはなかった。
そして何よりこの子の目の下に深く刻まれた隈。何徹したらこうも深いものが刻まれるのか。近くにいるだけでドヨォ〜ンと苦労人オーラが漂ってくる。ブラック企業に勤める社畜みたいだ。
「……何か私に手伝えることがあれば言ってちょうだい。これは私のミスだから」
「いやいや。流石にそこまで風紀委員長さんの手を煩わせるわけにはいかないよ」
「別に構わないわ、このくらい……仕事が一つや二つ増えるなんて些細なことよ。それにもう一度言うけどこれは私のミスだから」
「そうは言っても、本当に大丈夫だから」
申し訳なさそうな顔をする彼女の提案を断り続ける。これは彼女のミスだというが、そもそもトラックを奪われたのは私たちの責任だ。たとえゲヘナの治安がカスなせいだとしてもその道を選んだのは私たちだ、故に彼女に責任を負わせるわけにはいかない。疲れ切った女の子相手に責任転嫁するほど私の性根は腐りきってないしね。
それに、いくらこの化け物を可愛いお人形ちゃん扱いする私のバカな部分も流石にこれ以上このこと一緒にいるのは危険だと言っている。今回は被害者であるものの私たちはヘルメット団。普段は彼女達風紀委員と敵対することも多い組織なのだ。そのトップと長時間一緒にいていいことはないだろう。
「……そう、じゃあ、少し携帯を貸してもらえないかしら」
「え?あ、うん」
「……よし私の連絡先を登録しておいたから、何か困ったことがあれば言って。私にできる範囲なら、手伝うから」
「え!?ま、マジかいな……」
「じゃあ、ごめん。私はそろそろ行くわね。次の仕事が溜まってるから」
「あ、ちょっと」
そう言って彼女は踵を返す。思わぬものを手に入れてしまった驚愕もあったが、それ以上に言わなければいけないことを思い出して、声をかける。
「その……今回は、ありがとう。助かったよ」
「!?!?!?!?」
振り返った彼女は、私の言葉を聞くとともに表情を急変させた。それはもう、ボンッと音が鳴るくらいの勢いで。ただお礼を言っただけだったのだが、また私何かやっちゃいました?と思っていれば、すぐにその理由は明らかになった。
目を向けていた彼女の表情。その少し上の、彼女の頭の上に載せられた異物。それの出所を辿れば、私からそれは伸びていて。彼女の髪型を崩さないように、優しく左右に撫でていた。
────そう、私は無意識のうちになでなでをしていたのである。
あ、死んだ。
私の理性はそれを認知した瞬間絶命していた。
そうなれば活性化するのは私のバカすぎる部分だ。
「本当に、ありがとうね。いつも頑張って、ゲヘナの風紀を守ってくれて。こんな隈まで作って。大変でしょ」
「え……な、なにを…」
「本当に、ありがとう。でもね、たまには休んでもいいんだよ。君みたいな可愛い子が働いてばっかなんてダメだ。たまには休まなきゃ」
「!?!?!?」
「たまにはこうやって人に甘えてみてもいいんだよ。君にはそう言うことも必要だって私は思うんだ。自分を犠牲にしてばっかりじゃなくて、たまには誰かに甘えないと人間ってのは壊れちゃうのさ」
「………」
「だから今は、私に存分に甘えてくれていい」
子供を寝かせるように、ぽんぽんと背中を軽く叩きながら。
その光景を、ようやく再起動した私の理性は認識して、再度シャットダウンしかねないほどの絶望に苛まれた。私のバカの部分は「満足です。こう言う子は甘やかさないとね」と我が人生に一片の悔いなしとでも言いたげな表情を作っている。
冷や汗がブワッと出て来た。
やばいどうする。いや、どうしようもない。この先に待ち受けるのは死であることが確定事項だ。それはどうしようもない事実で、確定した未来だ。
そのはずだった。
「…………ママ……」
「……へ?」
小さく消えかけそうな声でそんな単語が聞こえて来た後、スゥスゥと、一定間隔で聞こえてくる小さな呼吸音と、微かに上下する胸の中の彼女。彼女は、空崎ヒナは、私の胸の中で安心したような表情で眠っていたのだった。
「へ……?」
胸の中の彼女と、団員Aがいた場所を見比べる。助けを求めるように。しかしやつはもういなかった。逃げ出した後だった。
場に残されたのは私と、私の胸の中で眠る空崎ヒナ。そして燃え盛るトラックの残骸。
なに、これ。
後日半強制的に交換された連絡先を通して口止めと定期的に赤ちゃんプレイ(?)を要求されるようになったのは別の話である。
ちなみにトラックの中身は奇跡的に無事だったので失踪した団員Aちゃんがコウを見捨てて届けたため事件は無事解決しました。