この物語を読む前に、あなたに一つだけ警告をしておきたい。

**「崖の上の卵」の話を最後まで読んでしまうと、あなたの夢の中に卵が現れるかもしれない。**

これは、ある村で語り継がれる奇妙な伝説をもとにした物語である。

村の名前は、今ではもう誰も覚えていない。

地図からも消え、行政の記録にも残されていない。

しかし、確かにそこに「何か」があった。

**崖の上に建つ一軒の古い家。**
**そこで孵る、不気味な白い卵。**

一度、その村に足を踏み入れた者は、決して戻ることができない。

**いや、戻ってきたとしても、もう「元の自分」ではないのかもしれない。**

「崖の上の卵」は、人の記憶に巣食う。

もしかしたら、あなたの住む町のどこかにも、ひっそりと転がっているかもしれない。

もし、道端で白くひび割れた卵を見つけたなら──

**絶対に、触れてはいけない。**

なぜなら、それはもう……

**「あなたのために孵る準備をしている」のだから。**

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崖の上の卵

### **1. 崖の上の家**

 

その村には、一つの奇妙な伝説があった。

 

村のはずれ、海を見下ろす断崖の上に、ひとつの古びた家が建っている。その家には、「卵を抱えた老婆」が住んでいるという噂があった。彼女は決して村に降りてこず、誰とも口をきかない。ただ、時折、崖の端に立ち、何かを呟いている姿が目撃されていた。

 

子供たちはその家を「卵の家」と呼び、決して近寄らなかった。大人たちも「あの家には関わるな」と言い聞かせていた。なぜなら、昔、その家に近づいた者は、皆奇妙な死を遂げているからだ。

 

---

 

### **2. 記者の訪問**

 

「そんな馬鹿な話、信じられるか?」

 

東京から来たフリーの記者、坂本亮介は、村の老人たちの話を鼻で笑った。

 

「じゃあ、お前さんも行ってみるか?」

 

村の居酒屋で地酒をあおりながら、老人の一人が言った。

 

「もちろんだよ。せっかくここまで来たんだ。お化け屋敷みたいな話を確かめてやるさ」

 

翌朝、坂本は崖の上の家へと向かった。

 

家の扉を叩くと、かすかに軋む音がして、ドアが開いた。

 

そこにいたのは、一人の老婆だった。白髪がぼさぼさで、着物はすすけている。だが、彼女の腕の中には、大きな卵が抱えられていた。

 

「……何の用じゃ?」

 

老婆の目は異様に黒く、光を宿していなかった。

 

「私は記者でして、村の伝説について調べています」

 

老婆は何も言わず、ただじっと坂本を見つめた。

 

その沈黙に耐えきれず、坂本は続けた。

 

「その卵……本物ですか?」

 

老婆はゆっくりと微笑んだ。

 

「これはな……孵るんじゃよ」

 

「孵る?」

 

「そうじゃ。もうすぐな……」

 

老婆は坂本の顔をじっと見つめた。その目の奥には、何か得体の知れないものが潜んでいる気がした。

 

「孵るって……何が?」

 

老婆は答えず、ゆっくりと扉を閉じた。

 

坂本は背筋に冷たいものを感じながら、家を後にした。

 

---

 

### **3. 割れた卵**

 

その晩、村の宿で記事を書こうとしていた坂本は、ふと異様な音を聞いた。

 

──カリ……カリ……

 

何かが引っ掻くような音。

 

最初は窓の外だと思った。だが、音は……部屋の中から聞こえる。

 

「……?」

 

振り返ると、机の上に置いた録音機の横に、何かがあった。

 

卵だった。

 

真っ白で、大きな卵。

 

「は?」

 

見間違いかと思い、目をこする。しかし、それは確かにそこにあった。

 

──カリ……カリ……

 

音は、卵の中から聞こえる。

 

坂本は喉を鳴らし、ゆっくりと手を伸ばした。

 

その瞬間、卵の表面に、ひびが入った。

 

──ピシッ……

 

坂本は息をのんだ。

 

さらにひびが広がる。

 

──カリ、カリ、カリ……

 

何かが……中で蠢いている。

 

「……冗談、だろ……?」

 

そして、

 

──パカッ

 

卵の殻が、割れた。

 

その瞬間、坂本は絶叫した。

 

殻の中から現れたのは──

 

真っ黒な人間の手だった。

 

---

 

### **4. 崖の上の惨劇**

 

翌朝、村人たちは異様な光景を目にした。

 

坂本の遺体が、崖の下の岩場で見つかったのだ。

 

身体は無残に砕け、顔は恐怖に歪んでいた。

 

しかし、奇妙だったのは、彼が抱えていたものだった。

 

坂本の腕の中には、大きな割れた卵があった。

 

そして、その卵の中身は、どこにもなかった。

 

村人たちは黙って見つめ、そして、誰も何も言わなかった。

 

それ以来、村では新たな噂が流れるようになった。

 

──崖の上の家には、まだ「孵るもの」がいる。

 

そして、それを抱えているのは──

 

あの老婆だけではないのかもしれない。

 

---

### **5. もう一つの卵**

 

坂本亮介の死は、村人たちの間に再び恐怖を呼び起こした。

 

しかし、彼の死を「事故」として片付ける者もいれば、「呪いだ」と怯える者もいた。

 

だが、その夜。

 

村の中心にある神社の境内で、奇妙なものが発見された。

 

**──それは、もう一つの卵だった。**

 

白く、ひび割れた大きな卵。

 

そして、その傍らには、村の若者、**田島優太**が立ち尽くしていた。

 

彼の顔は青ざめ、目は虚ろだった。

 

「……これは……?」

 

神主が恐る恐る声をかけると、優太はぼそりと呟いた。

 

「崖の上に……あった……」

 

「崖の上?」

 

「……呼ばれたんだ……あの家に……」

 

村人たちは顔を見合わせた。

 

「まさか、お前……あの家に行ったのか?」

 

優太は震えながら頷いた。

 

「扉が開いてた……誰もいないと思った……でも、中には……**卵がたくさんあった**……」

 

---

 

### **6. 卵の中の眼**

 

優太が崖の上の家を訪れたのは、昨晩のことだった。

 

好奇心と恐怖心が入り混じる中、彼は老婆の家へ足を踏み入れた。

 

室内は薄暗く、異様な匂いが漂っていた。

 

そして、奥の部屋の戸が開いていた。

 

その中に──

 

**無数の卵が並んでいた。**

 

大小さまざまな卵が、棚や床にぎっしりと置かれている。

 

「……なんだ、これ……」

 

不気味な沈黙の中、優太は思わず近づいた。

 

すると、

 

──ピシッ

 

どこからか、小さなひび割れる音が聞こえた。

 

「……!?」

 

音のした方を振り向くと、**一つの卵の表面に、何かが浮かび上がっていた。**

 

それは、**「眼」だった。**

 

卵の殻に、黒々とした瞳が浮かび、じっと優太を見つめていた。

 

「う……あ……」

 

背筋が凍りついた。

 

その瞬間、家の奥から何かの気配を感じた。

 

──ギィ……

 

廊下の奥で、何かが動く音。

 

誰か……いる。

 

「……ばあさん?」

 

返事はない。

 

だが、何かがゆっくりと近づいてくる足音がした。

 

──コツ……コツ……

 

優太は息をのんだ。

 

暗闇の奥から、何かがこちらを**覗いている。**

 

「……う……」

 

そして、**囁く声が聞こえた。**

 

「……まだ……孵っていない……」

 

優太は悲鳴を上げて、その場から逃げ出した。

 

そのとき、彼は無意識に**ひとつの卵を抱えていた。**

 

---

 

### **7. 崖の上の住人**

 

優太が村人たちに語った話を聞き、村は騒然となった。

 

「やはり、あの家は呪われている……!」

 

「今すぐ焼き払うべきだ!」

 

だが、その場にいた村の長老が、低い声で呟いた。

 

「……焼くのは、やめたほうがいい」

 

「なぜです?」

 

「……あの家にいるのは、婆さんだけじゃない。あそこには、ずっと昔から**『孵るもの』が住んでいる**のじゃ……」

 

長老の声には、恐怖が滲んでいた。

 

「崖の上の家は……**あれを封じるためにある。**」

 

村人たちは息をのんだ。

 

「もし下手に手を出せば……」

 

長老は、震える声で言った。

 

「村が……喰われるぞ……」

 

---

 

### **8. 孵化**

 

その夜、田島優太は神社に置かれた卵をじっと見つめていた。

 

「……まだ、孵っていない……」

 

彼は、老婆と同じ言葉を呟いた。

 

村人たちは知らなかった。

 

彼が、もうすでに「何か」に取り憑かれていることを。

 

**──カリ……カリ……**

 

再び、殻の中から音がした。

 

**もうすぐ孵る。**

 

**崖の上の卵は、まだ終わらない。**

 

---

 

### **9. 産声**

 

村の神社に置かれた卵。

 

それは今もなお、じわじわとひび割れていた。

 

──カリ……カリ……

 

村人たちは恐れ、誰も近づこうとしなかった。

 

しかし、田島優太だけは違った。

 

彼はまるで何かに取り憑かれたように、卵の前から動こうとしなかった。

 

村人が必死に呼びかけても、ただひとこと、静かに呟くだけだった。

 

「……もうすぐ、孵る」

 

そして──

 

──ピシッ……

 

卵の表面に、**新たなひびが走った。**

 

その瞬間、神主が叫んだ。

 

「捨てろ! それは……それは**村を喰らうものだ!**」

 

だが、優太は微動だにしなかった。

 

彼の目は、完全に焦点を失っていた。

 

「……ダメだよ……こいつは……生まれなくちゃ……」

 

村人たちは恐怖に震えながら後ずさった。

 

そして、最後の音が響いた。

 

──パカッ。

 

卵が、割れた。

 

そこから現れたのは──

 

**真っ黒な、人間の手だった。**

 

---

 

### **10. 目覚めたもの**

 

村人たちの悲鳴が響いた。

 

卵の中から、まるで赤子のように蠢く黒い塊が姿を現した。

 

それは、明らかに「人間」の形をしていた。

 

だが、**目がない。**

 

耳も、鼻もない。

 

あるのは、ただ大きく開かれた口だけ。

 

──アァァ……ア……

 

それは喉を震わせながら、ゆっくりと優太の方を向いた。

 

「……生まれたね……」

 

優太は、微笑んでいた。

 

その瞬間、黒いものが優太の身体に絡みついた。

 

「優太!」

 

村人たちが叫ぶ間もなく、黒い塊は優太の体に染み込むように吸い込まれていった。

 

──ズズズ……

 

優太の肌が、黒く変色していく。

 

「こ、こいつ……取り憑かれた!」

 

村人たちは恐怖で後ずさるしかなかった。

 

「助けて……」

 

優太は、か細い声で呟いた。

 

その声が完全に消えたとき、彼は、もう**人間ではなかった。**

 

真っ黒な影の塊が、そこに立っていた。

 

そして──

 

**「……ハラヘッタ」**

 

村人たちは、一斉に逃げ出した。

 

---

 

### **11. 村の終焉**

 

次の日。

 

村は、静まり返っていた。

 

誰もいない。

 

誰の声もしない。

 

ただ、村のあちこちに、白く大きな卵が転がっているだけだった。

 

それらは、ゆっくりと、ひび割れ始めていた。

 

**──村は、喰われた。**

 

それでも、崖の上の家だけは、今も変わらずそこにあった。

 

そして、静かに扉が開いた。

 

老婆がそこに立っていた。

 

腕の中には、新しい卵を抱えて。

 

「……まだ、孵らねばならん……」

 

その呟きとともに、老婆は微笑んだ。

 

**──崖の上の卵は、まだ終わらない。**

 

---

 

### **12. 新たな村人**

 

それから数年が経った。

 

村は地図から消えた。

 

「謎の集団失踪事件」として新聞に小さく取り上げられたが、すぐに忘れ去られた。

 

だが、あの村の跡地を訪れた者は口を揃えて言う。

 

**「何かが、そこにいる」と。**

 

村の中心には、今も白くひび割れた卵が転がっている。

 

そして、崖の上の家だけは、変わらずそこに立っていた。

 

ある日、都会から一人の若者がこの廃村を訪れた。

 

名を、**三浦拓哉**という。

 

「……ここが、あの村か……」

 

彼はオカルト雑誌のライターだった。

 

奇妙な失踪事件を追い、都市伝説を検証するのが仕事だった。

 

「崖の上の家……あれか」

 

拓哉は、カメラを構えて家へと向かった。

 

---

 

### **13. 戸を叩く音**

 

家の前に立つと、玄関の扉がかすかに開いていた。

 

誰かが、いる。

 

「……すみません、どなたかいらっしゃいますか?」

 

拓哉は静かに問いかけた。

 

すると、奥から微かな声が聞こえた。

 

「……入って、おいで……」

 

低く、かすれた老婆の声だった。

 

彼は慎重に家の中へ足を踏み入れた。

 

そこは薄暗く、埃っぽい匂いが漂っていた。

 

奥の部屋の襖が、少しだけ開いている。

 

拓哉はそっと近づいた。

 

そして──

 

**見てしまった。**

 

部屋の中央に、無数の**白い卵**が並んでいるのを。

 

その卵のひとつひとつに、**黒い瞳が浮かび上がっている**のを。

 

「……っ!」

 

拓哉は息をのんだ。

 

その瞬間、背後で足音がした。

 

──コツ……コツ……

 

振り返ると、そこに**老婆が立っていた。**

 

だが、その腕の中に抱えているものを見て、拓哉の呼吸が止まった。

 

**老婆が抱えていたのは、田島優太だった。**

 

いや、**田島優太「だったもの」だった。**

 

黒い影の塊と化したそれが、拓哉を見つめ、にたりと笑った。

 

そして──

 

**「お前も、孵るんだよ」**

 

---

 

### **14. 卵の中へ**

 

拓哉は悲鳴を上げて逃げ出した。

 

だが、足がすくんで動かない。

 

──ズル……ズル……

 

黒いものが、拓哉の足に絡みつく。

 

「や……やめろ……!」

 

視界が暗くなる。

 

世界がねじれる。

 

何かが、拓哉の体に入り込んでいく。

 

そのとき、老婆が優しく囁いた。

 

「怖がることはないよ……」

 

「お前も……この村の仲間になるのさ」

 

拓哉の意識が闇に沈む。

 

──カリ……カリ……

 

遠くで、卵の殻が割れる音がした。

 

そして、彼の目の前に、ぽっかりと**新しい卵が現れた。**

 

それは、ひび割れた表面に、**彼自身の顔を映していた。**

 

**拓哉の孵化が、始まる。**

 

---

 

### **15. 崖の上の家は、まだそこにある**

 

数日後、拓哉の失踪が報じられた。

 

「フリーライター、三浦拓哉が消息不明」

 

それを見た者は、こう言った。

 

「また、崖の上の家か……」

 

だが、誰も調査しようとはしなかった。

 

なぜなら、皆知っているのだ。

 

**そこに行けば、帰れないことを。**

 

今日も崖の上の家の扉は、静かに開かれている。

 

中では、老婆が新しい卵を抱えている。

 

それは、つい先日生まれたばかりのもの。

 

「お前も、よく育つよ……」

 

老婆は優しく微笑む。

 

そして、

 

卵の殻の表面に、小さなひびが入る。

 

**──カリ……カリ……**

 

**崖の上の卵は、終わらない。**

 

 

### **16. 霧の向こう**

 

それから半年後。

 

崖の上の村は、再び人々の記憶から薄れつつあった。

 

しかし、その村を訪れようとする者がいた。

 

東京の大学で民俗学を研究する**早瀬麻衣**。

 

彼女は三浦拓哉の失踪を知り、この村に興味を抱いていた。

 

「崖の上の家……消えた村……孵る卵……」

 

どこか作り話めいた話だが、妙に具体的すぎる。

 

**何かが、実際に起こったのではないか?**

 

そう考えた麻衣は、慎重に調査を進めた。

 

そしてある日、とうとう村への道を突き止めた。

 

「行くしかない……」

 

彼女は、一人でその廃村へと向かった。

 

---

 

### **17. 村の跡**

 

村に足を踏み入れた瞬間、異様な静けさに包まれた。

 

「……誰もいない?」

 

道の脇には、崩れかけた家々が並んでいる。

 

誰かがここで暮らしていたはずなのに、まるで時間が止まったかのように静まり返っている。

 

だが、**何かの視線を感じる。**

 

麻衣は注意深く周囲を見渡した。

 

すると──

 

道端に、ひとつの**白い卵**が落ちていた。

 

「……これ……」

 

彼女はそっと手を伸ばした。

 

その瞬間。

 

**──カリ……カリ……**

 

「……!」

 

卵の表面に、黒いひびが走った。

 

そして、卵の殻に**「瞳」**が浮かび上がった。

 

それはじっと、麻衣を見つめていた。

 

**「……孵るよ」**

 

どこからか、声がした。

 

背筋が凍りつく。

 

急いで卵を手放し、後ずさる。

 

──ザッ……

 

足元の砂利が音を立てた瞬間、麻衣は背後の気配に気づいた。

 

振り向くと、そこに──

 

**崖の上の家があった。**

 

まるで霧の向こうから浮かび上がったかのように、突然そこに現れていた。

 

玄関の扉は、半開きになっている。

 

「……呼ばれてる?」

 

気がつくと、足が勝手に動いていた。

 

---

 

### **18. 影の住人**

 

玄関をくぐると、空気がひんやりと重くなった。

 

奥の部屋から、かすかに何かが蠢く音がする。

 

──ズル……ズル……

 

「誰か、いるの?」

 

麻衣は、ゆっくりと襖を開けた。

 

そして、目を疑った。

 

そこには、無数の卵が並んでいた。

 

しかし、それだけではなかった。

 

**卵の間を、黒い何かが這っていた。**

 

それは、人の形をしているようで、していない。

 

いや──

 

**「人間だったもの」**なのかもしれない。

 

「……生まれたのね」

 

ふいに、奥から声がした。

 

襖の向こうから、ひとりの老婆が現れた。

 

彼女の腕には、新しい卵が抱えられていた。

 

「またひとつ……いい子が育ったよ」

 

麻衣は、喉が乾くのを感じた。

 

「……あなたは……何をしているの?」

 

老婆はにっこりと微笑んだ。

 

「ただ……産んでいるだけさ」

 

「何を?」

 

「**次の村人をね。**」

 

---

 

### **19. 孵化の儀**

 

麻衣は後ずさった。

 

「あなたが……村の人たちを……?」

 

老婆はゆっくりと首を振る。

 

「いいや……私はただ、見届けているだけ」

 

「じゃあ……この『卵』は?」

 

「**村の一部だよ**」

 

「村の……?」

 

老婆はゆっくりと床に卵を置いた。

 

そして、麻衣をじっと見つめた。

 

「君も、もうすぐ気づくだろうね」

 

「気づく……?」

 

「**ほら、もうお前さんも、孵りかけているよ**」

 

麻衣はハッとした。

 

自分の腕を見下ろす。

 

そこに──

 

**黒いひびが走っていた。**

 

「嘘……」

 

──カリ……カリ……

 

体の内側から、何かが生まれようとしている。

 

──私は……孵るの?

 

「……怖がることはないよ」

 

老婆の優しい声が響く。

 

「お前さんは、新しい村人になるんじゃ」

 

麻衣の視界がぐにゃりと歪んだ。

 

意識が遠のいていく。

 

最後に見たのは、老婆の微笑み。

 

そして、**自分自身が、白い卵に閉じ込められていく光景だった。**

 

---

 

### **20. 崖の上の家、今もそこに**

 

それからしばらくして。

 

早瀬麻衣の失踪が報じられた。

 

彼女の足取りは途絶え、携帯も圏外のまま。

 

そして、彼女の行方を追う者は、もういなかった。

 

だが、あの村を訪れた者がいる。

 

その者は、こう語った。

 

「崖の上の家には……今も、誰かが住んでいる」

 

「そして、扉の奥には、無数の卵が並んでいる」

 

「その中に、ひとつだけ……**見覚えのある顔が浮かぶ卵があった**」

 

**──崖の上の卵は、まだ孵り続ける。**

 

そして今日もまた、新しい村人が増えていく。

 

### **21. 再び、村へ**

 

早瀬麻衣が失踪してから、一年が経った。

 

村の存在は忘れられつつあったが、ある男が再びそこへ足を踏み入れようとしていた。

 

**「崖の上の家」── そこに消えた妹を探すために。**

 

**早瀬翔太**。

 

麻衣の弟であり、都内の新聞社で働く記者だった。

 

「姉さんは、まだ生きてる……いや、"何か"になってしまったのかもしれない」

 

都市伝説とされる話の中に、麻衣の名前を見つけたとき、翔太は確信した。

 

「確かめなきゃならない……あの村で何が起こったのか」

 

**崖の上の家に、姉さんはまだいるのか?**

 

翔太はカメラと懐中電灯を手に、村へ向かった。

 

---

 

### **22. 廃村の夜**

 

村は、静まり返っていた。

 

いや、"静かすぎる"。

 

風もなく、鳥の声も聞こえない。

 

翔太は慎重に足を進めた。

 

そして、見つけた。

 

村の中央に**白くひび割れた卵**が、転がっていた。

 

「……姉さん?」

 

なぜか、卵を見てそう呟いてしまった。

 

その瞬間、背後で声がした。

 

「**……翔太?**」

 

振り返ると、そこに──

 

**卵の殻に浮かんだ、麻衣の顔があった。**

 

翔太の心臓が凍りついた。

 

「……姉さん……?」

 

「……孵らなきゃ……」

 

麻衣の声は、どこか遠く、くぐもっていた。

 

「翔太、逃げて……もう遅い……」

 

翔太は足がすくみ、動けなかった。

 

そのとき。

 

──カリ……カリ……

 

卵の殻が、ゆっくりと割れ始めた。

 

そして、中から黒い腕が伸びてきた。

 

**「翔太、おいで……」**

 

**それは、麻衣の声をした"何か"だった。**

 

翔太は息を呑んだ。

 

だが、そのとき。

 

背後から、ガシッと腕をつかまれた。

 

「こっちだ!!」

 

振り返ると、そこには**村の長老だったはずの老人**が立っていた。

 

「お前、まだ間に合う……!」

 

翔太は老人に引きずられるように走った。

 

---

 

### **23. 老人の警告**

 

老人は、かつて村の神主だったという。

 

彼は、翔太を村はずれの古い神社へと連れて行った。

 

そこには、無数の**黒い縄で封印された箱**があった。

 

「お前さんの姉は、もう"孵りかけている"」

 

「でも……助ける方法はあるんですか!?」

 

老人は、重い声で言った。

 

「"孵化の儀"を阻止するしかない……」

 

「孵化の儀?」

 

「あの家の奥には、"母なる卵"がある」

 

「それを……壊せば……」

 

翔太は、震える拳を握った。

 

**姉を助けるために、崖の上の家に戻るしかない。**

 

---

 

### **24. 崖の上の決戦**

 

翔太は、老人の手に渡された小さな**護符**を握りしめ、崖の上の家へと向かった。

 

扉は、最初から開かれていた。

 

まるで「待っていた」と言わんばかりに。

 

奥の部屋へと足を踏み入れると──

 

そこに、あった。

 

**巨大な卵。**

 

それは天井にまで届くほどの大きさで、ゆっくりと脈打っていた。

 

──ゴポ……ゴポ……

 

「……母なる卵……」

 

翔太は、一歩踏み出した。

 

すると、暗闇の中から老婆の声が響いた。

 

「それを壊せば……お前さんの姉は、本当に"死ぬ"ことになるよ?」

 

翔太は歯を食いしばる。

 

「……そんなこと、させない!」

 

彼は護符を卵に叩きつけた。

 

その瞬間──

 

**卵が悲鳴を上げた。**

 

──ギャアアアアアアア!!!!!

 

部屋中が震え、黒い影が渦巻く。

 

老婆が叫ぶ。

 

「バカなことを……!」

 

翔太は、姉の名を叫びながら、護符を握りしめた。

 

「麻衣!!戻ってこい!!!」

 

**バリィィィン!!!**

 

卵の殻が砕け散った。

 

黒い影が爆発するように四方へ飛び散り、家全体が軋む。

 

翔太は吹き飛ばされ、気を失った。

 

---

 

### **25. 目覚め**

 

翔太が目を覚ますと、村は霧の中に消えていた。

 

崖の上の家も、もうどこにもなかった。

 

「……終わったのか?」

 

そう思ったそのとき、微かな声が聞こえた。

 

「……翔太?」

 

翔太は振り向いた。

 

そこには──

 

**麻衣がいた。**

 

彼女は、普通の人間の姿をしていた。

 

「……姉さん!!」

 

翔太は駆け寄り、麻衣を抱きしめた。

 

「……怖かった……ずっと、闇の中にいたの……」

 

涙を流す麻衣を、翔太はしっかりと抱きしめた。

 

「もう大丈夫だ……」

 

---

 

### **26. 崖の上の卵、まだ孵る**

 

二人は村を後にした。

 

村は跡形もなく消え、まるで最初から存在しなかったかのようだった。

 

しかし──

 

それから数日後。

 

とある山奥で、奇妙なものが見つかった。

 

それは、白く大きな卵だった。

 

そして、その殻には、こう書かれていた。

 

**「まだ、孵らねばならぬ」**

 

──崖の上の卵は、終わらない。

 

### **27. 新たなる目撃者**

 

崖の上の村が消えた――そう思われていた。

 

しかし、それから三か月後。

 

ある男が、山奥で奇妙な体験をした。

 

**中村圭介(なかむらけいすけ)**。

 

林業の仕事をしていた彼は、その日、普段は立ち入らない山の奥深くまで足を踏み入れていた。

 

そこで、彼は見たのだ。

 

**白い卵。**

 

ひび割れたその表面には、まるで「何か」が内側から覗いているかのような黒い模様があった。

 

「……なんだ、これ?」

 

恐る恐る手を伸ばした、その瞬間。

 

──カリ……カリ……

 

「ッ!?」

 

卵の殻がわずかに揺れた。

 

「……まさか、生きてるのか?」

 

恐怖に駆られた圭介は、思わず卵を蹴り飛ばした。

 

ゴロン……ゴロン……

 

卵は転がり、木の根元にぶつかって止まる。

 

「やべぇ、割れたか?」

 

圭介が覗き込んだ瞬間、

 

**卵の表面に、黒い瞳が浮かび上がった。**

 

「……みぃつけた」

 

誰かの声がした。

 

圭介は悲鳴を上げ、転げるようにしてその場を離れた。

 

それからというもの、彼は悪夢に悩まされるようになった。

 

──暗闇の中で、無数の卵が並んでいる夢。

 

──そして、そのすべての卵に、「目」がある夢。

 

やがて、彼の家の前に、一つの白い卵が転がっているのが見つかった。

 

---

 

### **28. 麻衣の異変**

 

一方、そのころ。

 

崖の上の村から生還した**早瀬麻衣**は、都内の病院で療養していた。

 

「麻衣さん、体調はどう?」

 

弟の翔太が見舞いに訪れた。

 

「……うん、少しは落ち着いたかな」

 

けれど、その表情にはどこか影があった。

 

「悪夢とかは?」

 

「……毎晩、見るの」

 

「……どんな夢?」

 

麻衣は、震える声で答えた。

 

「……暗闇の中にいるの。周りには、無数の卵があって……」

 

「……」

 

「そして、その卵の中に……私の顔が映ってるの」

 

翔太は息をのんだ。

 

「それだけじゃない……」

 

麻衣は震える手で、自分の腕をまくった。

 

そこには、うっすらと**黒いひび**が浮かんでいた。

 

「……翔太、私……」

 

**「本当に助かったのかな?」**

 

翔太は、言葉を失った。

 

---

 

### **29. 失われた村の記憶**

 

翔太は、再び村のことを調べ始めた。

 

**あの村は、本当に消えたのか?**

 

手がかりを求めて、かつて村の長老だった男を訪ねた。

 

しかし、その家はもぬけの殻だった。

 

まるで最初から住んでいなかったかのように。

 

いや、それだけではない。

 

彼が村の記録を調べると、奇妙なことに気づいた。

 

──あの村の存在自体が、資料から消えている。

 

地図から、行政の記録から、住民票から……

 

まるで、最初から「なかった」かのように。

 

「そんなバカな……」

 

しかし、そのとき翔太は気づいた。

 

**自分の記憶すらも、徐々に曖昧になっていることに。**

 

「……姉さんと俺が行ったのは、本当にあの村だったのか?」

 

頭がぐらぐらと揺れる感覚。

 

──カリ……カリ……

 

どこかで、あの音がした気がした。

 

翔太は、急いで病院へ向かった。

 

---

 

### **30. 麻衣の消失**

 

病院の個室に入ると、麻衣の姿はなかった。

 

「姉さん……?」

 

代わりに、ベッドの上には**白い卵が一つ**、転がっていた。

 

ひび割れた表面に、黒い瞳が浮かび上がる。

 

「……翔太」

 

それは、**麻衣の声をしていた。**

 

翔太は、背筋が凍りついた。

 

「……姉さん……?」

 

「……また、孵らなきゃ……」

 

──カリ……カリ……

 

卵の殻が、ゆっくりと割れ始める。

 

翔太は絶叫した。

 

「やめろおおおお!!!」

 

**しかし、もう遅かった。**

 

卵の中から、黒い腕がにゅるりと伸び、翔太に向かってくる。

 

「姉さん!!戻ってこい!!」

 

だが、その腕は翔太の身体を包み込み、彼の意識は闇に沈んでいった。

 

---

 

### **31. 崖の上の家、再び**

 

その後、翔太もまた行方不明となった。

 

彼の捜索願は出されたが、手がかりは何も見つからなかった。

 

彼が最後にいたはずの病室も、すでに「使用された記録がない」と言われた。

 

**彼もまた、消されたのだ。**

 

そして──

 

再び、霧の中に**崖の上の家**が姿を現した。

 

その家の前には、**二つの新しい卵**が並んでいた。

 

やがて、それはひび割れを始める。

 

──カリ……カリ……

 

中から、声が聞こえた。

 

「……翔太……」

 

「……孵らなきゃ……」

 

**崖の上の卵は、終わらない。**

 

**そして、今日も新しい村人が孵る。**


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