**「崖の上の卵」の話を最後まで読んでしまうと、あなたの夢の中に卵が現れるかもしれない。**
これは、ある村で語り継がれる奇妙な伝説をもとにした物語である。
村の名前は、今ではもう誰も覚えていない。
地図からも消え、行政の記録にも残されていない。
しかし、確かにそこに「何か」があった。
**崖の上に建つ一軒の古い家。**
**そこで孵る、不気味な白い卵。**
一度、その村に足を踏み入れた者は、決して戻ることができない。
**いや、戻ってきたとしても、もう「元の自分」ではないのかもしれない。**
「崖の上の卵」は、人の記憶に巣食う。
もしかしたら、あなたの住む町のどこかにも、ひっそりと転がっているかもしれない。
もし、道端で白くひび割れた卵を見つけたなら──
**絶対に、触れてはいけない。**
なぜなら、それはもう……
**「あなたのために孵る準備をしている」のだから。**
### **1. 崖の上の家**
その村には、一つの奇妙な伝説があった。
村のはずれ、海を見下ろす断崖の上に、ひとつの古びた家が建っている。その家には、「卵を抱えた老婆」が住んでいるという噂があった。彼女は決して村に降りてこず、誰とも口をきかない。ただ、時折、崖の端に立ち、何かを呟いている姿が目撃されていた。
子供たちはその家を「卵の家」と呼び、決して近寄らなかった。大人たちも「あの家には関わるな」と言い聞かせていた。なぜなら、昔、その家に近づいた者は、皆奇妙な死を遂げているからだ。
---
### **2. 記者の訪問**
「そんな馬鹿な話、信じられるか?」
東京から来たフリーの記者、坂本亮介は、村の老人たちの話を鼻で笑った。
「じゃあ、お前さんも行ってみるか?」
村の居酒屋で地酒をあおりながら、老人の一人が言った。
「もちろんだよ。せっかくここまで来たんだ。お化け屋敷みたいな話を確かめてやるさ」
翌朝、坂本は崖の上の家へと向かった。
家の扉を叩くと、かすかに軋む音がして、ドアが開いた。
そこにいたのは、一人の老婆だった。白髪がぼさぼさで、着物はすすけている。だが、彼女の腕の中には、大きな卵が抱えられていた。
「……何の用じゃ?」
老婆の目は異様に黒く、光を宿していなかった。
「私は記者でして、村の伝説について調べています」
老婆は何も言わず、ただじっと坂本を見つめた。
その沈黙に耐えきれず、坂本は続けた。
「その卵……本物ですか?」
老婆はゆっくりと微笑んだ。
「これはな……孵るんじゃよ」
「孵る?」
「そうじゃ。もうすぐな……」
老婆は坂本の顔をじっと見つめた。その目の奥には、何か得体の知れないものが潜んでいる気がした。
「孵るって……何が?」
老婆は答えず、ゆっくりと扉を閉じた。
坂本は背筋に冷たいものを感じながら、家を後にした。
---
### **3. 割れた卵**
その晩、村の宿で記事を書こうとしていた坂本は、ふと異様な音を聞いた。
──カリ……カリ……
何かが引っ掻くような音。
最初は窓の外だと思った。だが、音は……部屋の中から聞こえる。
「……?」
振り返ると、机の上に置いた録音機の横に、何かがあった。
卵だった。
真っ白で、大きな卵。
「は?」
見間違いかと思い、目をこする。しかし、それは確かにそこにあった。
──カリ……カリ……
音は、卵の中から聞こえる。
坂本は喉を鳴らし、ゆっくりと手を伸ばした。
その瞬間、卵の表面に、ひびが入った。
──ピシッ……
坂本は息をのんだ。
さらにひびが広がる。
──カリ、カリ、カリ……
何かが……中で蠢いている。
「……冗談、だろ……?」
そして、
──パカッ
卵の殻が、割れた。
その瞬間、坂本は絶叫した。
殻の中から現れたのは──
真っ黒な人間の手だった。
---
### **4. 崖の上の惨劇**
翌朝、村人たちは異様な光景を目にした。
坂本の遺体が、崖の下の岩場で見つかったのだ。
身体は無残に砕け、顔は恐怖に歪んでいた。
しかし、奇妙だったのは、彼が抱えていたものだった。
坂本の腕の中には、大きな割れた卵があった。
そして、その卵の中身は、どこにもなかった。
村人たちは黙って見つめ、そして、誰も何も言わなかった。
それ以来、村では新たな噂が流れるようになった。
──崖の上の家には、まだ「孵るもの」がいる。
そして、それを抱えているのは──
あの老婆だけではないのかもしれない。
---
### **5. もう一つの卵**
坂本亮介の死は、村人たちの間に再び恐怖を呼び起こした。
しかし、彼の死を「事故」として片付ける者もいれば、「呪いだ」と怯える者もいた。
だが、その夜。
村の中心にある神社の境内で、奇妙なものが発見された。
**──それは、もう一つの卵だった。**
白く、ひび割れた大きな卵。
そして、その傍らには、村の若者、**田島優太**が立ち尽くしていた。
彼の顔は青ざめ、目は虚ろだった。
「……これは……?」
神主が恐る恐る声をかけると、優太はぼそりと呟いた。
「崖の上に……あった……」
「崖の上?」
「……呼ばれたんだ……あの家に……」
村人たちは顔を見合わせた。
「まさか、お前……あの家に行ったのか?」
優太は震えながら頷いた。
「扉が開いてた……誰もいないと思った……でも、中には……**卵がたくさんあった**……」
---
### **6. 卵の中の眼**
優太が崖の上の家を訪れたのは、昨晩のことだった。
好奇心と恐怖心が入り混じる中、彼は老婆の家へ足を踏み入れた。
室内は薄暗く、異様な匂いが漂っていた。
そして、奥の部屋の戸が開いていた。
その中に──
**無数の卵が並んでいた。**
大小さまざまな卵が、棚や床にぎっしりと置かれている。
「……なんだ、これ……」
不気味な沈黙の中、優太は思わず近づいた。
すると、
──ピシッ
どこからか、小さなひび割れる音が聞こえた。
「……!?」
音のした方を振り向くと、**一つの卵の表面に、何かが浮かび上がっていた。**
それは、**「眼」だった。**
卵の殻に、黒々とした瞳が浮かび、じっと優太を見つめていた。
「う……あ……」
背筋が凍りついた。
その瞬間、家の奥から何かの気配を感じた。
──ギィ……
廊下の奥で、何かが動く音。
誰か……いる。
「……ばあさん?」
返事はない。
だが、何かがゆっくりと近づいてくる足音がした。
──コツ……コツ……
優太は息をのんだ。
暗闇の奥から、何かがこちらを**覗いている。**
「……う……」
そして、**囁く声が聞こえた。**
「……まだ……孵っていない……」
優太は悲鳴を上げて、その場から逃げ出した。
そのとき、彼は無意識に**ひとつの卵を抱えていた。**
---
### **7. 崖の上の住人**
優太が村人たちに語った話を聞き、村は騒然となった。
「やはり、あの家は呪われている……!」
「今すぐ焼き払うべきだ!」
だが、その場にいた村の長老が、低い声で呟いた。
「……焼くのは、やめたほうがいい」
「なぜです?」
「……あの家にいるのは、婆さんだけじゃない。あそこには、ずっと昔から**『孵るもの』が住んでいる**のじゃ……」
長老の声には、恐怖が滲んでいた。
「崖の上の家は……**あれを封じるためにある。**」
村人たちは息をのんだ。
「もし下手に手を出せば……」
長老は、震える声で言った。
「村が……喰われるぞ……」
---
### **8. 孵化**
その夜、田島優太は神社に置かれた卵をじっと見つめていた。
「……まだ、孵っていない……」
彼は、老婆と同じ言葉を呟いた。
村人たちは知らなかった。
彼が、もうすでに「何か」に取り憑かれていることを。
**──カリ……カリ……**
再び、殻の中から音がした。
**もうすぐ孵る。**
**崖の上の卵は、まだ終わらない。**
---
### **9. 産声**
村の神社に置かれた卵。
それは今もなお、じわじわとひび割れていた。
──カリ……カリ……
村人たちは恐れ、誰も近づこうとしなかった。
しかし、田島優太だけは違った。
彼はまるで何かに取り憑かれたように、卵の前から動こうとしなかった。
村人が必死に呼びかけても、ただひとこと、静かに呟くだけだった。
「……もうすぐ、孵る」
そして──
──ピシッ……
卵の表面に、**新たなひびが走った。**
その瞬間、神主が叫んだ。
「捨てろ! それは……それは**村を喰らうものだ!**」
だが、優太は微動だにしなかった。
彼の目は、完全に焦点を失っていた。
「……ダメだよ……こいつは……生まれなくちゃ……」
村人たちは恐怖に震えながら後ずさった。
そして、最後の音が響いた。
──パカッ。
卵が、割れた。
そこから現れたのは──
**真っ黒な、人間の手だった。**
---
### **10. 目覚めたもの**
村人たちの悲鳴が響いた。
卵の中から、まるで赤子のように蠢く黒い塊が姿を現した。
それは、明らかに「人間」の形をしていた。
だが、**目がない。**
耳も、鼻もない。
あるのは、ただ大きく開かれた口だけ。
──アァァ……ア……
それは喉を震わせながら、ゆっくりと優太の方を向いた。
「……生まれたね……」
優太は、微笑んでいた。
その瞬間、黒いものが優太の身体に絡みついた。
「優太!」
村人たちが叫ぶ間もなく、黒い塊は優太の体に染み込むように吸い込まれていった。
──ズズズ……
優太の肌が、黒く変色していく。
「こ、こいつ……取り憑かれた!」
村人たちは恐怖で後ずさるしかなかった。
「助けて……」
優太は、か細い声で呟いた。
その声が完全に消えたとき、彼は、もう**人間ではなかった。**
真っ黒な影の塊が、そこに立っていた。
そして──
**「……ハラヘッタ」**
村人たちは、一斉に逃げ出した。
---
### **11. 村の終焉**
次の日。
村は、静まり返っていた。
誰もいない。
誰の声もしない。
ただ、村のあちこちに、白く大きな卵が転がっているだけだった。
それらは、ゆっくりと、ひび割れ始めていた。
**──村は、喰われた。**
それでも、崖の上の家だけは、今も変わらずそこにあった。
そして、静かに扉が開いた。
老婆がそこに立っていた。
腕の中には、新しい卵を抱えて。
「……まだ、孵らねばならん……」
その呟きとともに、老婆は微笑んだ。
**──崖の上の卵は、まだ終わらない。**
---
### **12. 新たな村人**
それから数年が経った。
村は地図から消えた。
「謎の集団失踪事件」として新聞に小さく取り上げられたが、すぐに忘れ去られた。
だが、あの村の跡地を訪れた者は口を揃えて言う。
**「何かが、そこにいる」と。**
村の中心には、今も白くひび割れた卵が転がっている。
そして、崖の上の家だけは、変わらずそこに立っていた。
ある日、都会から一人の若者がこの廃村を訪れた。
名を、**三浦拓哉**という。
「……ここが、あの村か……」
彼はオカルト雑誌のライターだった。
奇妙な失踪事件を追い、都市伝説を検証するのが仕事だった。
「崖の上の家……あれか」
拓哉は、カメラを構えて家へと向かった。
---
### **13. 戸を叩く音**
家の前に立つと、玄関の扉がかすかに開いていた。
誰かが、いる。
「……すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
拓哉は静かに問いかけた。
すると、奥から微かな声が聞こえた。
「……入って、おいで……」
低く、かすれた老婆の声だった。
彼は慎重に家の中へ足を踏み入れた。
そこは薄暗く、埃っぽい匂いが漂っていた。
奥の部屋の襖が、少しだけ開いている。
拓哉はそっと近づいた。
そして──
**見てしまった。**
部屋の中央に、無数の**白い卵**が並んでいるのを。
その卵のひとつひとつに、**黒い瞳が浮かび上がっている**のを。
「……っ!」
拓哉は息をのんだ。
その瞬間、背後で足音がした。
──コツ……コツ……
振り返ると、そこに**老婆が立っていた。**
だが、その腕の中に抱えているものを見て、拓哉の呼吸が止まった。
**老婆が抱えていたのは、田島優太だった。**
いや、**田島優太「だったもの」だった。**
黒い影の塊と化したそれが、拓哉を見つめ、にたりと笑った。
そして──
**「お前も、孵るんだよ」**
---
### **14. 卵の中へ**
拓哉は悲鳴を上げて逃げ出した。
だが、足がすくんで動かない。
──ズル……ズル……
黒いものが、拓哉の足に絡みつく。
「や……やめろ……!」
視界が暗くなる。
世界がねじれる。
何かが、拓哉の体に入り込んでいく。
そのとき、老婆が優しく囁いた。
「怖がることはないよ……」
「お前も……この村の仲間になるのさ」
拓哉の意識が闇に沈む。
──カリ……カリ……
遠くで、卵の殻が割れる音がした。
そして、彼の目の前に、ぽっかりと**新しい卵が現れた。**
それは、ひび割れた表面に、**彼自身の顔を映していた。**
**拓哉の孵化が、始まる。**
---
### **15. 崖の上の家は、まだそこにある**
数日後、拓哉の失踪が報じられた。
「フリーライター、三浦拓哉が消息不明」
それを見た者は、こう言った。
「また、崖の上の家か……」
だが、誰も調査しようとはしなかった。
なぜなら、皆知っているのだ。
**そこに行けば、帰れないことを。**
今日も崖の上の家の扉は、静かに開かれている。
中では、老婆が新しい卵を抱えている。
それは、つい先日生まれたばかりのもの。
「お前も、よく育つよ……」
老婆は優しく微笑む。
そして、
卵の殻の表面に、小さなひびが入る。
**──カリ……カリ……**
**崖の上の卵は、終わらない。**
### **16. 霧の向こう**
それから半年後。
崖の上の村は、再び人々の記憶から薄れつつあった。
しかし、その村を訪れようとする者がいた。
東京の大学で民俗学を研究する**早瀬麻衣**。
彼女は三浦拓哉の失踪を知り、この村に興味を抱いていた。
「崖の上の家……消えた村……孵る卵……」
どこか作り話めいた話だが、妙に具体的すぎる。
**何かが、実際に起こったのではないか?**
そう考えた麻衣は、慎重に調査を進めた。
そしてある日、とうとう村への道を突き止めた。
「行くしかない……」
彼女は、一人でその廃村へと向かった。
---
### **17. 村の跡**
村に足を踏み入れた瞬間、異様な静けさに包まれた。
「……誰もいない?」
道の脇には、崩れかけた家々が並んでいる。
誰かがここで暮らしていたはずなのに、まるで時間が止まったかのように静まり返っている。
だが、**何かの視線を感じる。**
麻衣は注意深く周囲を見渡した。
すると──
道端に、ひとつの**白い卵**が落ちていた。
「……これ……」
彼女はそっと手を伸ばした。
その瞬間。
**──カリ……カリ……**
「……!」
卵の表面に、黒いひびが走った。
そして、卵の殻に**「瞳」**が浮かび上がった。
それはじっと、麻衣を見つめていた。
**「……孵るよ」**
どこからか、声がした。
背筋が凍りつく。
急いで卵を手放し、後ずさる。
──ザッ……
足元の砂利が音を立てた瞬間、麻衣は背後の気配に気づいた。
振り向くと、そこに──
**崖の上の家があった。**
まるで霧の向こうから浮かび上がったかのように、突然そこに現れていた。
玄関の扉は、半開きになっている。
「……呼ばれてる?」
気がつくと、足が勝手に動いていた。
---
### **18. 影の住人**
玄関をくぐると、空気がひんやりと重くなった。
奥の部屋から、かすかに何かが蠢く音がする。
──ズル……ズル……
「誰か、いるの?」
麻衣は、ゆっくりと襖を開けた。
そして、目を疑った。
そこには、無数の卵が並んでいた。
しかし、それだけではなかった。
**卵の間を、黒い何かが這っていた。**
それは、人の形をしているようで、していない。
いや──
**「人間だったもの」**なのかもしれない。
「……生まれたのね」
ふいに、奥から声がした。
襖の向こうから、ひとりの老婆が現れた。
彼女の腕には、新しい卵が抱えられていた。
「またひとつ……いい子が育ったよ」
麻衣は、喉が乾くのを感じた。
「……あなたは……何をしているの?」
老婆はにっこりと微笑んだ。
「ただ……産んでいるだけさ」
「何を?」
「**次の村人をね。**」
---
### **19. 孵化の儀**
麻衣は後ずさった。
「あなたが……村の人たちを……?」
老婆はゆっくりと首を振る。
「いいや……私はただ、見届けているだけ」
「じゃあ……この『卵』は?」
「**村の一部だよ**」
「村の……?」
老婆はゆっくりと床に卵を置いた。
そして、麻衣をじっと見つめた。
「君も、もうすぐ気づくだろうね」
「気づく……?」
「**ほら、もうお前さんも、孵りかけているよ**」
麻衣はハッとした。
自分の腕を見下ろす。
そこに──
**黒いひびが走っていた。**
「嘘……」
──カリ……カリ……
体の内側から、何かが生まれようとしている。
──私は……孵るの?
「……怖がることはないよ」
老婆の優しい声が響く。
「お前さんは、新しい村人になるんじゃ」
麻衣の視界がぐにゃりと歪んだ。
意識が遠のいていく。
最後に見たのは、老婆の微笑み。
そして、**自分自身が、白い卵に閉じ込められていく光景だった。**
---
### **20. 崖の上の家、今もそこに**
それからしばらくして。
早瀬麻衣の失踪が報じられた。
彼女の足取りは途絶え、携帯も圏外のまま。
そして、彼女の行方を追う者は、もういなかった。
だが、あの村を訪れた者がいる。
その者は、こう語った。
「崖の上の家には……今も、誰かが住んでいる」
「そして、扉の奥には、無数の卵が並んでいる」
「その中に、ひとつだけ……**見覚えのある顔が浮かぶ卵があった**」
**──崖の上の卵は、まだ孵り続ける。**
そして今日もまた、新しい村人が増えていく。
### **21. 再び、村へ**
早瀬麻衣が失踪してから、一年が経った。
村の存在は忘れられつつあったが、ある男が再びそこへ足を踏み入れようとしていた。
**「崖の上の家」── そこに消えた妹を探すために。**
**早瀬翔太**。
麻衣の弟であり、都内の新聞社で働く記者だった。
「姉さんは、まだ生きてる……いや、"何か"になってしまったのかもしれない」
都市伝説とされる話の中に、麻衣の名前を見つけたとき、翔太は確信した。
「確かめなきゃならない……あの村で何が起こったのか」
**崖の上の家に、姉さんはまだいるのか?**
翔太はカメラと懐中電灯を手に、村へ向かった。
---
### **22. 廃村の夜**
村は、静まり返っていた。
いや、"静かすぎる"。
風もなく、鳥の声も聞こえない。
翔太は慎重に足を進めた。
そして、見つけた。
村の中央に**白くひび割れた卵**が、転がっていた。
「……姉さん?」
なぜか、卵を見てそう呟いてしまった。
その瞬間、背後で声がした。
「**……翔太?**」
振り返ると、そこに──
**卵の殻に浮かんだ、麻衣の顔があった。**
翔太の心臓が凍りついた。
「……姉さん……?」
「……孵らなきゃ……」
麻衣の声は、どこか遠く、くぐもっていた。
「翔太、逃げて……もう遅い……」
翔太は足がすくみ、動けなかった。
そのとき。
──カリ……カリ……
卵の殻が、ゆっくりと割れ始めた。
そして、中から黒い腕が伸びてきた。
**「翔太、おいで……」**
**それは、麻衣の声をした"何か"だった。**
翔太は息を呑んだ。
だが、そのとき。
背後から、ガシッと腕をつかまれた。
「こっちだ!!」
振り返ると、そこには**村の長老だったはずの老人**が立っていた。
「お前、まだ間に合う……!」
翔太は老人に引きずられるように走った。
---
### **23. 老人の警告**
老人は、かつて村の神主だったという。
彼は、翔太を村はずれの古い神社へと連れて行った。
そこには、無数の**黒い縄で封印された箱**があった。
「お前さんの姉は、もう"孵りかけている"」
「でも……助ける方法はあるんですか!?」
老人は、重い声で言った。
「"孵化の儀"を阻止するしかない……」
「孵化の儀?」
「あの家の奥には、"母なる卵"がある」
「それを……壊せば……」
翔太は、震える拳を握った。
**姉を助けるために、崖の上の家に戻るしかない。**
---
### **24. 崖の上の決戦**
翔太は、老人の手に渡された小さな**護符**を握りしめ、崖の上の家へと向かった。
扉は、最初から開かれていた。
まるで「待っていた」と言わんばかりに。
奥の部屋へと足を踏み入れると──
そこに、あった。
**巨大な卵。**
それは天井にまで届くほどの大きさで、ゆっくりと脈打っていた。
──ゴポ……ゴポ……
「……母なる卵……」
翔太は、一歩踏み出した。
すると、暗闇の中から老婆の声が響いた。
「それを壊せば……お前さんの姉は、本当に"死ぬ"ことになるよ?」
翔太は歯を食いしばる。
「……そんなこと、させない!」
彼は護符を卵に叩きつけた。
その瞬間──
**卵が悲鳴を上げた。**
──ギャアアアアアアア!!!!!
部屋中が震え、黒い影が渦巻く。
老婆が叫ぶ。
「バカなことを……!」
翔太は、姉の名を叫びながら、護符を握りしめた。
「麻衣!!戻ってこい!!!」
**バリィィィン!!!**
卵の殻が砕け散った。
黒い影が爆発するように四方へ飛び散り、家全体が軋む。
翔太は吹き飛ばされ、気を失った。
---
### **25. 目覚め**
翔太が目を覚ますと、村は霧の中に消えていた。
崖の上の家も、もうどこにもなかった。
「……終わったのか?」
そう思ったそのとき、微かな声が聞こえた。
「……翔太?」
翔太は振り向いた。
そこには──
**麻衣がいた。**
彼女は、普通の人間の姿をしていた。
「……姉さん!!」
翔太は駆け寄り、麻衣を抱きしめた。
「……怖かった……ずっと、闇の中にいたの……」
涙を流す麻衣を、翔太はしっかりと抱きしめた。
「もう大丈夫だ……」
---
### **26. 崖の上の卵、まだ孵る**
二人は村を後にした。
村は跡形もなく消え、まるで最初から存在しなかったかのようだった。
しかし──
それから数日後。
とある山奥で、奇妙なものが見つかった。
それは、白く大きな卵だった。
そして、その殻には、こう書かれていた。
**「まだ、孵らねばならぬ」**
──崖の上の卵は、終わらない。
### **27. 新たなる目撃者**
崖の上の村が消えた――そう思われていた。
しかし、それから三か月後。
ある男が、山奥で奇妙な体験をした。
**中村圭介(なかむらけいすけ)**。
林業の仕事をしていた彼は、その日、普段は立ち入らない山の奥深くまで足を踏み入れていた。
そこで、彼は見たのだ。
**白い卵。**
ひび割れたその表面には、まるで「何か」が内側から覗いているかのような黒い模様があった。
「……なんだ、これ?」
恐る恐る手を伸ばした、その瞬間。
──カリ……カリ……
「ッ!?」
卵の殻がわずかに揺れた。
「……まさか、生きてるのか?」
恐怖に駆られた圭介は、思わず卵を蹴り飛ばした。
ゴロン……ゴロン……
卵は転がり、木の根元にぶつかって止まる。
「やべぇ、割れたか?」
圭介が覗き込んだ瞬間、
**卵の表面に、黒い瞳が浮かび上がった。**
「……みぃつけた」
誰かの声がした。
圭介は悲鳴を上げ、転げるようにしてその場を離れた。
それからというもの、彼は悪夢に悩まされるようになった。
──暗闇の中で、無数の卵が並んでいる夢。
──そして、そのすべての卵に、「目」がある夢。
やがて、彼の家の前に、一つの白い卵が転がっているのが見つかった。
---
### **28. 麻衣の異変**
一方、そのころ。
崖の上の村から生還した**早瀬麻衣**は、都内の病院で療養していた。
「麻衣さん、体調はどう?」
弟の翔太が見舞いに訪れた。
「……うん、少しは落ち着いたかな」
けれど、その表情にはどこか影があった。
「悪夢とかは?」
「……毎晩、見るの」
「……どんな夢?」
麻衣は、震える声で答えた。
「……暗闇の中にいるの。周りには、無数の卵があって……」
「……」
「そして、その卵の中に……私の顔が映ってるの」
翔太は息をのんだ。
「それだけじゃない……」
麻衣は震える手で、自分の腕をまくった。
そこには、うっすらと**黒いひび**が浮かんでいた。
「……翔太、私……」
**「本当に助かったのかな?」**
翔太は、言葉を失った。
---
### **29. 失われた村の記憶**
翔太は、再び村のことを調べ始めた。
**あの村は、本当に消えたのか?**
手がかりを求めて、かつて村の長老だった男を訪ねた。
しかし、その家はもぬけの殻だった。
まるで最初から住んでいなかったかのように。
いや、それだけではない。
彼が村の記録を調べると、奇妙なことに気づいた。
──あの村の存在自体が、資料から消えている。
地図から、行政の記録から、住民票から……
まるで、最初から「なかった」かのように。
「そんなバカな……」
しかし、そのとき翔太は気づいた。
**自分の記憶すらも、徐々に曖昧になっていることに。**
「……姉さんと俺が行ったのは、本当にあの村だったのか?」
頭がぐらぐらと揺れる感覚。
──カリ……カリ……
どこかで、あの音がした気がした。
翔太は、急いで病院へ向かった。
---
### **30. 麻衣の消失**
病院の個室に入ると、麻衣の姿はなかった。
「姉さん……?」
代わりに、ベッドの上には**白い卵が一つ**、転がっていた。
ひび割れた表面に、黒い瞳が浮かび上がる。
「……翔太」
それは、**麻衣の声をしていた。**
翔太は、背筋が凍りついた。
「……姉さん……?」
「……また、孵らなきゃ……」
──カリ……カリ……
卵の殻が、ゆっくりと割れ始める。
翔太は絶叫した。
「やめろおおおお!!!」
**しかし、もう遅かった。**
卵の中から、黒い腕がにゅるりと伸び、翔太に向かってくる。
「姉さん!!戻ってこい!!」
だが、その腕は翔太の身体を包み込み、彼の意識は闇に沈んでいった。
---
### **31. 崖の上の家、再び**
その後、翔太もまた行方不明となった。
彼の捜索願は出されたが、手がかりは何も見つからなかった。
彼が最後にいたはずの病室も、すでに「使用された記録がない」と言われた。
**彼もまた、消されたのだ。**
そして──
再び、霧の中に**崖の上の家**が姿を現した。
その家の前には、**二つの新しい卵**が並んでいた。
やがて、それはひび割れを始める。
──カリ……カリ……
中から、声が聞こえた。
「……翔太……」
「……孵らなきゃ……」
**崖の上の卵は、終わらない。**
**そして、今日も新しい村人が孵る。**