はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド- 作:トッシー00
今から十年前。
とある日の夕方、子供たちは学校も終わり、勉強の事など忘れ遊びに出る。
ここ遠夜市は、現在となんら変わらずその姿を残している。
子供たちが遊んでいた公園も、十年前となんら変わらない姿でそこに残っている。
とある小学校の近くにある公園、今日もそこでは楽しく遊ぶ子供たちの声が響き渡る。
「あひゃひゃひゃひゃぁぁぁぁ!! ぎゃはぁぁぁぁぁぁはっははははは!!」
「びえぇぇぇぇぇぇぇん!!」
……本来ならば楽しく響き渡るはずの子供たちの声。
だが十年前のその公園からは、子供たちの悲鳴にも似た恐怖の叫びしか響き渡らなかった。
その公園の昔と現在の決定的に違うところ、それはその公園に"主"が存在するか存在しないかである。
十年前、公園には悪魔がいた。
腰まで伸びる闇を帯びた濁った金髪、ボロボロのワンピース姿の当時はまだ幼かった少女。
その眼光は真っ黒に染まっており、その中央から赤い光が煌めいていたとかいなかったとか。
小学生に上がったばかりだというのにその少女はすさまじかった。
公園のベンチを両手で持ち上げては振りまわし、遠くへ投げ捨て同じ小学生達を威嚇した。
果ては木に登ることを強要しては、その木を折る勢いで蹴り飛ばし揺らし、同じ年頃の子どもを気絶させるまで喚かせた。
その少女、『金色の死神』と恐れられた。その他『オーガ』『遠夜の女王』等様々な二つ名を持ち合わせた。
小学生、ましてや小さな女の子に見合わぬとてつもない怪力。他の小学生どころか中学生まで泣かせたと噂が広まった時には完全なる弱肉強食が出来上がっていた。
他校の番長を名乗る小学生男子どもが全員してその少女の下についた。だが少女の飢えは飽くことなく毎日暴れ続けた。
その悪魔の少女の名は羽瀬川小鷹。
十年前、彼女は遠夜市全体に名を馳せる最強にして最凶のいじめっ子であった。
他の子供たちは小鷹が公園に来ないことを祈りながら、恐れながら公園でこっそり遊んだ。
だが小鷹が降臨すれば、他の子供たちは泣き叫びその場を離れた。
当然小鷹は逃がすつもりもなく、十人逃げれば内三人はとっ捕まえ、飽くまで遊び貪った。
「足りねぇ!! もっとこの夜の王を楽しませげははははははは!!」
これが小学生の、ましてや少女の笑い声であろうか。
さながらデーモン閣下か、ダミアン殿下か、それとも別の何かか。
当然、このころの彼女に友達なんていなかった。
元々引っ込み思案であったが、ある日垣間見えた怪力が原因で彼女の周りから他の子たちが離れていってしまった。
それに加え父親が可愛い妹のことばかり目を配るものだから、彼女の孤独感は一層増していったのである。
その孤独感を忘れるためか、自分を孤独にした怪力へのあてつけか、いつしか彼女は大いに暴れるようになってしまった。
「こ、小鷹ちゃんやめてよ!! 痛いよ苦しいよ!!」
「小鷹ぁ? 何度言えばわかるぅぅぅ!! 我が真名はレイシス・ヴィ・フェリシティ・煌閣下だぁぁぁ!!」
今思えば、妹の中二病は当時の小鷹から受け継がれたものなのかもしれない。
だが当時小学生の彼女は今の小鳩よりもはるかにひどい、その発言が下劣な行為にまで達しているのだから救いようもなかった。
だからこそ彼女は暴れた。逆らうものはとことんいじめ蹂躙した。
その度に遠ざかっていく他の子供たち。だが彼女はその寂しさを埋めるため、更に狂暴化し続けた。
そんなある日のことであった。
その日も小鷹は公園に向かった。家に帰っても楽しくはない。
妹ばかり可愛がる父親、自分よりもはるかに可愛い妹。
小鷹は家でこそ大人しく振舞っているが、内心は寂しさではち切れそうになっていた。
現在でこそ妹の小鳩は大切な姉妹であるが、当時の彼女からすればその妹が大嫌いで仕方なかった。
妹にあたれば父親に怒られる。それがいやで逃げるように毎日公園に行っていた。
公園に行くと、なにやら子供たちが騒がしかった。
全部で五人ほど、うち一人が他の四人に踏まれていた。
そう、見る限りいじめである。中央にいる黒い髪の少年は、間違いなくいじめられていた。
「ったくこの弱虫!!」
「女みたいな顔しやがって!!」
「やめて! やめてよぉぉ!!」
それを小鷹はしばらく見ていた。
小鷹自身、いじめに関してはどうとも思っていなかった。
その少年がいじめられていようが自分には関係ない。
むしろ、"この私"を抜かして楽しいことをやっていることが気に食わなかった。
当時の小鷹は本気で自分が遠夜の女王だと思い込んでいた。だからこそ他の子供たちは全て、自分の許しを得るのが当たり前だと本気で考えていた。
なので小鷹は、いじめられている少年ではなく、"いじめている少年たち"を蹂躙することに決めた。
「おぉぉぉぉい……。君たち楽しそうだねぇぇぇぇぇぇ~?」
そう悠々と小鷹が公園に姿を現した。
その瞬間、先ほどまでいじめでいい気分になっていた少年たち四人が、一斉に硬直した。
「ひっ!! は……羽瀬川小鷹っ!?」
「やべぇって! 女王来たぞ!!」
「逃げろ!! じゃねぇと殺されるぅぅぅ!!」
まるでそれは世紀末のように、少年たちは逃げ待とう。
それを小鷹は狩人のように、はたまた猟犬のように彼らを追いに行った。
そして内二人を捕まえ、小学生とは思えない怪力で内一人の首をつかみ上げた。
「ゆ……許してくださいぃぃぃ!!」
「どうしよっかなぁ、だってぇ~。このボク抜きで楽しいことやってたんでしょぉ?」
「じゃ……じゃああの弱虫あんたにやるよ!! だから思いっきりいじめてやってくださいよぉ!!」
少年のその逃げ腰の言葉を聞いて、小鷹は三日月のようにニヤリと笑いこう返す。
「そっか~。でもあそこにのたれ死んでるやつをいじめるより……あれより強い君達をいじめたほうが……楽しいのは明確じゃぎゃはははははは!!」
「た……助けて!!」
「だが断るぅぅぅ!!」
小鷹はそう叫び、いじめっ子の一人を傷めつけた。
下手して怪我をさせると大変なので、その怪力パンチをわざとぎりぎり外すように放ちまくる。
一人、泡を吹いて倒れ。隣にいた腰の抜けた少年は涙で動けずにいた。
残り二人は仲間を置いてすでに逃げ出した。明日には彼ら四人の友情は崩壊するだろう。
自分には友情がない分、他者の友情を壊すのは大好きな小鷹。
「まだ、まだ足りないからぁぁぁぁ。KUUUUUA!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
数分後、少年二人は涙ながらに逃げ出した。
それを高笑いで見送る小鷹。だが彼女の飢えは乾かない。
おもしろくない。こんなことをしても面白くないのはわかっている。
むしろ内心では小さな罪悪感を抱いていた。本当にこれでいいのかと戸惑いを見せていた。
だがその小さな良心をも曇らせるのが、友達のいない彼女の孤独感だった。
「……つまらない。つまらないよ」
スイッチが切れたように、小鷹の気分が大きく下がる。
いつもこんな感じだった。やらかした後に来る静けさが、彼女にとっては地獄だった。
「……ねぇ、君」
後ろから声がした。
それを聞いて、彼女はまた生気を取り戻した。
まだいじめる相手がいる。この静けさを無くすことができると。
彼女は振り向き、その少年を見る。
帽子を被った黒髪の少年、一見少女のようにも見える中性的な容姿。
さっきのやつら程度で泣いていただけあって、つまらないだろうなぁと小鷹は思う。
「……ぐはは、まだ得物が」
その次に叫びをあげ、少年を怯えさせようとした時だった。
その少年は、先ほどの自分の行為を見ても尚。
そしてそのおぞましい姿を見ても尚、まっすぐな瞳でこう言った。
「あの、助けてくれてありがとう!!」
その感謝を聞いて、小鷹は一瞬立ち止まった。
泣いて逃げ出すなら分かる。恐怖に怯え言い訳がましく助けを求めるなら尚の事わかる。
だがその少年は自分に感謝した。この悪魔や死神と呼ばれ恐れられている自分に。
そんな自分に恐れることもなく、感謝をしたのだ。
「た……助け……た?」
「うん! 君はあのいじめっ子達を撃退してくれた!! 僕を助けてくれたじゃないか!!」
助けたつもりはなかった。そんなつもりなど微塵もなかった。
だが少年はまっすぐ感謝をする。まるで自分の事を恩人だと、信じて疑っていない目で自分を見ている。
小鷹からすれば、それがむずがゆく、嫌な物を感じた。
気持ち悪いものを感じた。だから小鷹は威嚇を続けた。
「なにを、甘いこと言っているんだ!? ボクはな、お前という弱虫を自分の手でいじめてやろうとしてあいつらを退けたんだ!! あいつらが邪魔だっただけだ!!」
半分本当。だが半分は嘘の言葉だった。
こう言えば少年は逃げ出すだろう、逃げ出した瞬間捕まえて恐怖を刻み込んでやる。
そうだ、自分から逃げ出す奴など痛い目に会ってしまえばいいと、小鷹はそういう算段で少年を遠ざけようとしたのだ。だが……。
「でも、僕が助かったのは事実だ。だからお礼をしただけだよ」
「な!?」
「例え君に助ける気がなくったって、僕には君に感謝をする気がある。それじゃあだめなの?」
まっすぐだった。先ほどまでいじめられていた少年の目ではなかった。
この少年は喧嘩こそ弱いかもしれないが、心は恐らく誰よりも強かったのであろう。
こんな少年と、今まで出会ったことなんてない。感謝をされたこともなく、初めてづくしであった。
そして小鷹はおのずと、それに対して嬉しいと感じていた。
だけど信じきってはいけない。どうせ逃げ出す。親しげにしたところで結局相手は自分に恐怖し逃げ出す。
だから小鷹は、地面を思いっきり踏んで砂場を抉らせ、なおも自身の怖さをアピールした。
「うわ!!」
「ど……どうだ!? こうやってお前も……踏んでやろうか!?」
ここまで言えば、少年は逃げ出すだろう。
だけど、少年は首を横に振った。そしてこう一言。
「ごめんね。僕には君が悪い人には見えないんだ」
「……なんで?」
次第に小鷹は、内から力がぬけ落ちていくのを感じた。
「君は、僕の事嫌い……かな? そうだよね、こんな弱虫の僕なんて」
少年は寂しそうにぼそりと言う。
この少年も同じだ。自分と同じで友達がいない。友達を作れなかった人間だ。
自分に自信がなくて、弱さを見せたが故にいじめの対象になってしまったのだろう。
こんなにもまっすぐなのに、自分とは違って本当の強さを持っているはずなのに。
小鷹は次第にこの少年に対して、違った意味で親近感を抱き始めていた。
ここで自分が『嫌い』だと言ってしまえばそこまでだ。そこで全てが終わる。そんな気がした。
いつもならば言えた。だけどこの時小鷹は、初めて他人に恐怖を覚えた。否、この状況に恐怖を覚えたのだ。
だからこそ言えなかった。嫌いの一言が言えずに、素直なままにこう答える。
「……き、嫌いじゃ……ない」
「本当!? だったらさ、僕と友達になってくれないかな!!」
その言葉を、少年のその言葉を、どこかで小鷹は待ち続けていたのかもしれない。
その言葉が、彼女の全てを救ったような気がした。
今まで抱え込んでいたあらゆるものが外れた気がした。今まで見せなかった感情が、はち切れるように表に漏れ出していた。
その真っ黒な瞳から流れ落ちる涙が、彼女の瞳に光を宿した気がした。
「う……うぅ」
「ど、どうしたの?」
「ひっくぅ……うえええええええええええええええん!!」
こんなに泣いたのは、初めてな気がした。
恐怖の対象であった、悪魔や死神やと呼ばれたその少女が、初めて普通の少女に戻ったような気がした。
この少年ならばきっと逃げない。自分から離れない。
信じれると、小鷹は確信した。だから小鷹はその少年と友達になった。
互いに信じられる。唯一無二の親友となった。
それからと言うもの、小鷹はその少年とよく遊ぶようになった。
たまに少年をいじめようとするやつがやってきては、小鷹は大胆にそいつらを撃退し続けた。
小鷹と一緒に遊ぶようになり、その少年もいつからか、あの小鷹に関われる勇気あるやつだと噂になり、いじめも少なくなった。
少年には友達が増え、小鷹には相変わらず友達はできなかった。
だけど少年は小鷹を見捨てることなく、ましてや逃げることもなく、小鷹の親友で居続けた。
「ねぇ"タカ"、僕の母さんが言っていたんだけど……」
タカ、それが少年が小鷹に付けたあだ名だった。
そう、二人はいつからかあだ名で呼びあうまでに友情をはぐくんだ。
同様に小鷹の方も、少年を"ソラ"と呼ぶようになった。
「なんだよソラ……」
「友達百人なんてできなくてもいいから、百人分大切にできるような本当に大切な友達を作りなさいって。たった一人だけでもお互いのことを誰よりも大切に思える本当の友達がいれば、きっと人生は輝かしいものになるだろうって」
「……いい言葉だね」
小鷹のその言葉は、偽りなく素直な気持ちでのものだった。
そんな百人分の友達が、今ここにいる。
隣に、ソラという親友がまぎれもなくそこにいる。
「だから僕はタカを百人分大切にするよ。そしていつか僕は、君を守れるような強い男になる!」
「あは、ボクを守れるような……か。多分無理だと思うんだけど……」
「絶対強くなるからね!!」
それが、小鷹とソラの約束だった。
このままずっと、毎日楽しい日々を送れると、小鷹は信じていた。
だが、その日々はいつまでも続かなかった。
ある日父の羽瀬川隼人が、仕事の都合でこの遠夜市を離れなければならなくなった。
そのせいで、小鷹は転校しなければならなくなったのだ。
もちろん小鷹は必死に抵抗をした。だがそれが運命だった。小さな少女には何もできなかった。
「……どうしたのタカ?」
「ソラ……ボクは……」
言えなかった。小鷹は最後まで別れの言葉を言うことができなかった。
別れを告げずにソラの元を去った。
けして逃げず、裏切ることのなかった唯一の親友を、彼女自身が裏切ってしまった。
幼い彼女にとって、悔みきれない苦い味を残した。初めての後悔だった。
「ソラ、ボクは君と……出会えてよかったよ」
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ソラとの出会いが彼女を大きく変え、転校先ではその狂暴性が一気に失われた。
だがその経緯が原因か、彼女は前よりも引っ込み思案となってしまい、やはり友達はできなかった。
そして沈静化したとはいえ怪力が消えることもなく、悪いタイミングでそれは発動し、暴れることがなくとも小鷹は恐れられた。
だけど、小鷹は二度と同じ過ちを繰り返すことはなかった。それも全てソラとの出会いがあったからだ。
彼が自分を守ってくれると言ってくれた。だからこそ自分は、守られる器にならねばならない。
時の流れでソラの事を忘れていく中でも、その思いはどこかしらに根付いていた。
――そして、十年の時が経過した。
「て……転校生の……羽瀬川小鷹です(DEATH)」
転校初日に扉を粉砕するという、衝撃的なデビューを飾った羽瀬川小鷹。
十七歳の女子高生。少し長めの濁ったボサボサの金髪、真っ黒な瞳。そして怪力が特徴。
結局、この聖クロニカ学園でも、彼女は友達を作れず孤独な日々を過ごすことになるのか、その時の彼女はそう思っていたのだろう。
だが、違った。
そう、この高校には、彼女を救ってくれる存在がいた。
「……羽瀬川……小鷹か」
普段は授業をさぼっているが、今日は気まぐれでたまたま学校に来ていた少年。
三日月夜空。皇帝と呼ばれたその少年は、遠夜市において最も喧嘩を売ってはいけないと囁かれている。
他の女子よりも長い腰まで伸びた黒い髪、一見女にも見える整った容姿の美少年。
不良のレッテルを張られていながら、まっすぐに生きとしを生ける十七歳の少年。
学校なんてつまらない場所だった。毎日が退屈だった。
退屈しのぎに彼女を作ったこともあったが、そりが合わず大ゲンカした上に別れたこともあった。
だがその少年の毎日に、ようやく光が見えた気がした。
「……面白く、なりそうじゃねぇか」
夜空は転校してきた小鷹を見て、ふっと笑みを浮かべる。
その笑みには、どのような意味が込められているのか、それは誰にもわからない。
あの十年前、"二人の僕"が出会ったあの日が……。
それが今の、この十年後へと繋がることになる。
どうもトッシーです。
はがないアナザー、7話までがにじファンからの再掲載で、この8話以降は未掲載の話となっております。
8話を投稿してストックが無くなりましたので、ここから先は更新が以前より遅くなるかもしれません。
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にじファン時代に培った物を生かしつつ、また一からスタートといった具合に頑張っていきますのでよろしくお願いします。
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