はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド- 作:トッシー00
「レイスよ、この私を倒したくば憎め。もっともっと憎むがいい!!」
「魔王ドラグノフ……。貴様は、貴様だけはーーー!!」
次回予告!
魔王ドラグノフとの三度目の対決にもやぶれ、自信喪失になってしまったレイス。
かつてのライバル、そして友であるゲルニカの魂は今もなお、ドラグノフの手のうちにあった。
焦るレイス。そんな彼女の前に、謎の美少年が現れる。
次回、鉄のネクロマンサーストライカーズ四十二話。『レイス、恋に目覚める』。
次回も闇の炎を、サービスサービス♪
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土曜日の午後五時半。
土曜日は小鳩が毎週楽しみにしている鉄のネクロマンサーが放送される日。
普段は部屋に籠っている小鳩も、この時間になると茶の間に下りてくる。
夜空と星奈が家に来ていようとお構いなしに降りてきては、勝手にテレビのチャンネルを変える。
ちなみにこの日はたまたまこの時間まで夜空と星奈が家におり、流れのままみんなで鉄のネクロマンサーを見ることになった。
「いやぁ、鉄のネクロマンサーももう三期目なのか……」
「私はあまりアニメ見ないけど、なんでもすごい人気らしいわね」
鉄のネクロマンサーはファーストシーズンが放送されてからもう六年ほど経つ人気作。
小学生から大きいお友達まで愛されており、ブルーレイも常に初動一万枚は軽く超え、多数のグッズも大きく売り上げを伸ばしている。
ちなみに夜空は小学生の時にファーストシーズンを見たっきりで止まっており、星奈はそういうものに一切興味を持っていない。
小鷹も星奈と同じくそういったものには疎いので見ておらず。そして一番ハマっている小鳩はセカンドシーズンから入ったきり、少ない小遣いを全てそのグッズに費やすほどのファンとなった。
普段から作品のヒロインであるレイスのコスプレをしており、いい具合に作品の影響に浸食されている。現在中二病まっしぐら。
「あと一分ばい……」
「すっごい興奮してるわね……」
「毎週この調子だよ」
普段アニメを見ない星奈は、アニメに興奮する小鳩を物珍しそうに見ている。
小鷹にとっては見慣れた光景。彼女の中二病には呆れながらも、優しく見守っている。
そしていよいよ放送時間、鉄のネクロマンサーストライカーズ四十二話が放送される。
「あれ、小鳩いつもの変な動作はしないの?」
「お、お客がいるからはずかしくてできひん……」
いつもならOPで小鳩は闇の踊り(小鷹談)をするのだが、今日は夜空と星奈がいるため控えている。
そしてOPが終わり、物語は始まる。
前回ではヒロインのレイスが魔王ドラグノフに敗れ、悔し涙を流しながら人間界へ帰ってきたところで幕を閉じた。
そして今回の話は、落ち込んでいるレイスの元へ謎の美少年が転校してくるという話である。
「どうしたの君、元気少ないね」
謎の美少年が落ち込んでいるレイスに話しかける。
そのシーンを見ながら、後ろで夜空が呟く。
「この男絶対再来週あたりで死ぬな」
「むっ!」
不謹慎な発言をする夜空を、小鳩が後ろを向いて睨みつける。
作品にまったく入れ込みのない第三者からすればなんでもない発言だが、熱烈なファンからすればそう言った感情のない発言がいちばん許せないものである。
夜空は小声ですまねぇとボソリ、その光景を近くで見ていた小鷹と星奈はぷっと笑う。
気が付けば物語は終盤、時刻は五時五十分を過ぎていた。
「そっか、これが恋なのか。魔界人の私でも……恋をするんだ」
恋というものを知ったレイスは、この感情を力に変えてドラグノフを撃つことを誓う。
恋は女の子の力になる。そんなことをナレーションが言って次回予告へ。
そして予想通りというべきか、謎の美少年は来週の回で行方不明になるとのこと。
恐らくドラグノフに拉致されたかその次の回で本当に死んでしまう可能性が出てきた。
だが小鳩の着眼点はそこではなかった。今回の小鳩の着眼点は、レイスが恋をしたという所だった。
「若干子供向けだけど、ストーリーが深く設定されてるわね」
「そこがウケているらしいよ。小学校の時から見てる人は今じゃ高校生だしね」
星奈と小鷹も時よりこういう娯楽を見ると、時代の流れを感じ取ってしまう。
大人がアニメを見ている時代とはいうが、小学校のころにやっていた作品がリメイクされたりする今の世の中、アニメに年齢は問われないのである。
「にしてもあれだな、ヒロインの子は中々可愛いな。一度でいいからこういう子とヤりたいわ」
「最低、死ね」
「おいおい小鷹、そういうこと言うなよ」
いつもの調子で夜空が女子の目の前であろうと関係なしにそういう発言をし、小鷹から蔑む目で見られる。
時計を見ると六時を回っており、そろそろ帰らないと危ない時間だった。
「明日は休みだしな。家に帰ってたまには理科とゲームをしてやるか」
「私も帰るわ。じゃあ小鷹また来週学校で」
「うん、じゃあね二人とも~」
こうして二人はそれぞれの家に帰って行った。
来客がいなくなった後の静けさは、思っていなくとも何かと寂しいものがある。
そんな一瞬を乗り越え、小鷹はかたつけをし始めた時だった。
未だに茶の間の前で固まっている小鳩、そんな小鳩に小鷹は声をかける。
「小鳩? どうしたの固まって」
「……恋……か」
今なにか、妹が少し大人になったような気がした。
と、小鷹は一瞬ひやっとした表情になり、小鳩はそう呟いたのち我に帰り、たまに見せるレイシスモードを表に出す。
「く、クックック。我が姉よ、今日はどのような者が食べたいか述べよ!」
「作ってくれるならなんだっていいよ。ただし自分の趣味に偏らないよう。三日連続とんこつラーメンはやめてよ」
「……したらハンバーグで」
「たまには野菜が食べたいな」
「……わかったけん」
こうして本日の羽瀬川家の夜ご飯は野菜炒めになった。
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翌日。
この日は夜空は用事があるらしく、小鷹の家には星奈だけが来ていた。
二人が小鷹の家に来る意味は、隣人同好会(別名:小鷹と一緒にリア充になろうの会)の活動のためである。
なのだが最近は、単に遊びにきているだけになりつつあった。
小鷹の女子力を上げようみたいな話題は一切出なくなり、ゲームやら世間話やらとなんだか普通に友達を家に招いて遊んでいるといった具合だった。
今日は夜空がいないせいか盛り上がりにかけており、星奈は家に来たはいいが持ってきた本を読んでいる。
さすがにこれでは家でやれと言わんばかりだったので、小鷹は何を読んでいるのか聞いてみることに。
「それ、なんの小説」
「あぁ、ラノベよ。読みやすいわよ」
聞かれた星奈は、簡単にそう答えるだけだった。
「ふ~ん、なんのラノベ?」
「これね、図書館で借りてきたんだけど中々人気のある作品。『はがない』よ」
星奈が呼んでいるラノベは、ファンの間では『はがない』の愛称で親しまれている人気作。
内容は友達が少ない少年少女たちが、部活を作って友達を作るため必死に頑張るというもの。
星奈からすればその作品のキャラの環境が自分とよく似ていたこともあってか、結構のめり込んでいた。
「『はがない』ね、なんか聞いたことある」
「キャラ絵も中々美麗で、内容も難しくないしあるあるネタは多いから中々共感できるわ。図書館に行ったら借りれるわよ」
「今度借りて読んでみるよ。ただ傷つかない程度に……」
「そんな空想のやつらと自分を一緒くたにしてたら疲れるでしょ? 私達はそんな人前でゲロとか吐かないし、友達作りのためにいちいち部活なんか作らないし、他人の妹を気にいって必要以上に迫ったりなんかしないわよ」
「……本当に?」
「どういう意味それ? 少なくとも"私は"そういうことしないわよ」
確かに本の内容を見てみると、金髪の巨乳の子が左右の瞳の色が違う女の子を見て飛びついたりしている。
その他美少女なのにゲロを吐いたりしている。
ちなみにその金髪の巨乳の子は星奈に非常によく似ている。性格もそことなく似ている。というかほとんど同じといってもよかった。
「……名前も同じっておかしくないかな?」
「なんかもうこの話すると色々疲れるからやめましょ」
これ以上この話をすると色々厄介になるので、『はがない』の話はここで終わった。
と、二人が話をしている最中。上の階から小鳩が降りてきた。
普段は二人が来ると迷惑にならないように自分の部屋に逃げる。
ただ飲み物が欲しくて降りてきただけなのか、とも思ったが、なにやら小鳩は星奈の方へと向かってきた。
「ひょっとして、星奈に用があるんじゃない?」
「え? 私? な……なにかしら?」
星奈は小鳩を見て、少しばかり戸惑ったように対応をする。
ひょっとしたらまともに会話をするのはこれが初めてかもしれない。
星奈自身、同年齢の同性に対しては威圧的に振舞えるが、年下となると普段の自分を出すことができなかった。
「あの、その……」
何かを言いたそうにしている小鳩、だがあまり他人と話すのが苦手な小鳩はもぞもぞとしている。
普通ならば星奈はここで言いたいことがあるなら言えばいいじゃないと一喝するところだが、年下相手だとそうもいかず、非常にやりづらそうにしていた。
そして数秒後、小鳩は意を決したようにこう言った。
「こ……恋をしたことってありますか?」
「「ぶっ!!」」
いきなりすぎるその発言に、小鷹と星奈は勢いよく噴き出した。
いったい何を言うかと思えば意外にも深い一言、これには二人も意表をつかれたようだった。
だが質問には答えねばなるまいと、星奈は目を反らしながら半分棒読みで答えた。
「こ……恋……ねー。お、おねえちゃんにはちょっとそれ難しいかなー」
どう対応していいのか、星奈は発言と同時に悩みを露わにしていた。
小鷹自身も妹がいきなり何を言い出すのかと、頭を抱えていた。
恐らくは先日のアニメの影響だろう。小鳩はアニメの影響を受けやすい子であった。
「てか、今時の"小学生"ってこんな質問してくるの?」
「星奈、妹は中学生だから……」
「中学生!? これで中学生なの!?」
思えば星奈に小鳩が中学生だと教えたことは一度もなかった。
夜空は小鳩本人に聞いているため知っている。大体の人がこの事実に驚きを見せることも小鷹からすれば見慣れた光景だった。
「こ、これでって……」
「ご、ごめんねその、驚いて。ってことはなに? ひょっとしてあんたの妹、中二病……」
「き、聞こえへんよ~。偉大なる我にそのようなまやかし通用せえへんよ~」
「べ、別にバカにはしてないわよ。そんな偉大なる我とか"
「う、う~」
星奈自身は必死にフォローをしたつもりだったが、小鳩は不貞腐れて自分の部屋に戻ってしまった。
その間わずか三分。星奈からすれば奇妙な三分を味わった気分だった。
「き、嫌われちゃったかな……」
「あんまり気にしなくていいよ。むしろ妹が他人に話しかけようとするのは珍しいことだよ」
「そ、そうなんだ。ならいいけど……」
「……
「……忘れて!!」
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その翌日。
小鳩は学校の帰り道、行き慣れた公園に足を運ぶ。
いつもならばここに宿敵の天使――高山マリアが多数の子供たちを連れてやってきているはずだ。
小鳩からすればマリアはうざったいだけのクソガキであるが、切っても切り離せない妙な仲でもあった。
小鳩自身は特に学校で孤立をしているわけではないのだが、自身の引っ込み思案な性格が原因で打ち解けているわけでもなかった。
変に持て囃してくるクラスの女子たちが、小鳩からすれば時々嫌なやつらに見えてくることもあった。
そんな彼女だからこそなのか、自分と同じくらいの背丈のマリアが程良くあっていたかもしれなかった。
「今日こそはあのガキをコテンパンにしてやるけん」
中学生が小学生に向ける台詞ではないが、実際に小鳩は負け越していた。
あの姉の妹ではあるが正反対に非力な小鳩は、小学生の女の子にさえ喧嘩に勝てずにいた。
そんな意気込みの元、小鳩が公園に向かうと。
そこにはマリアと、もう一人夜空がいた。
しつこくすがるマリアに、夜空は迷惑そうに対応している。
「皇帝、ポテチくれなのだー」
「こんのクソガキ、いつもいつも会うたびにお菓子恵んでんじゃねえよ。てめぇの姉ちゃんにもらえばいいだろうが」
「ババアはお菓子くれないのだ。バイト帰りに持って帰ってくるコンビニ弁当も全部自分で食べちゃうのだ」
「そりゃあ賞味期限ぎりぎりの危ない弁当を妹に食べさせたくはないわな。"ケイト"の野郎、めんどくさい妹をいつも俺に押しつけやがって……」
と、会話をしている二人と、小鳩の目が合う。
「あ! うんこ吸血鬼なのだ!!」
「う、うんこちゃうわ!!」
またいつも通りここで喧嘩が始まるのか。
しかし夜空が近くにいる以上、そんなことをさせるはずはなく。
「おい、喧嘩はやめろよ。しゃあねぇな、小鳩も来たしジュースくらいは買ってやるよ」
「おぉ、皇帝はロリコンなのか!? あの吸血鬼が来た瞬間に優しくなったのだ!!」
「てめぇその口を今すぐ閉じないとマジで泣かすぞ……」
ロリコンと言われこめかみがひくつき、怒りを抑える夜空。
その後夜空はマリアと小鳩を連れて、近くの自販機へ。
「皇帝、わたしは炭酸がいいです! 皇帝の目の前で炭酸をがぶ飲みしてやるです!!」
「てんめぇ、俺が炭酸苦手なのを知っての発言かこのクソガキ……。おい小鳩はどうする?」
「……このオレンジでいいけん」
こうしてマリアは炭酸、小鳩はオレンジジュースを選んだ。
炭酸が苦手の夜空は最後にお茶を選び、公園へ戻る。
ここでマリアはジュースを貰って満足したようで、用は済んだとばかりに走り去って行った。
「あはは、じゃあなー!!」
「おう、姉ちゃんによろしくなー」
なんだかんだ言いながらも、きちんとマリアの面倒を見ている夜空。
マリアの姉、ケイトとは親しい間柄なので、頼まれると断れずにいつもマリアに振りまわされている。
「……仲いいんやね」
「んなことねぇよ、あいつの姉に頼まれていやいや付き合ってやってるだけだ」
「……」
「してお前学校帰りか? 気をつけて家まで帰れよ」
そう言って夜空も家に帰ろうとした時だった。
この時小鳩は何を思ったのだろうか、夜空に対しどのような感情を抱いたのか。
咄嗟に、小鳩は夜空の服を引っ張り、夜空の足を止める。
「ん? どうした?」
「ちょっとだけ、お話を……」
「え?」
「く……クックック! この我と少し余興に付き合え!!」
勢い余って、レイシスモードが表に出てしまった小鳩。
こうでもしないと言いたいことも言えない、情けなさでいっぱいで顔を少し赤くする小鳩。
それを聞いた夜空は、時計を確認し近くにあったベンチに座った。
「……んで、話ってなんだ?」
「その、その……」
「別にレイシスとやらを表に出して話してもいいけど」
「……いい、がんばる」
小鳩は夜空の計らいに対し首を横に振る。
そして少し黙ったのち、口を開いた。
「その、皇帝のあんちゃんが家に来るようになって、姉ちゃんは少し明るくなった」
「そっか、そりゃあよかった。あいつもお前も性格暗い方だからな、でも姉ちゃんの方はそれ以上に恐ろしいか」
「う……」
「否定はしないんだな。怖いか? 姉ちゃんのこと……」
夜空のその質問に、小鳩は答えることができず黙っている。
実のところ、羽瀬川姉妹の仲はそれといって良い方ではなかった。
それを夜空はうすらと気づいていたのだ。小鳩が小鷹を知ってか知らずか避けていたことを。
中二病、レイシスを演じなければ姉とまともに会話できないこと。空想の力を思い浮かべて強い自分を演じなければならないこと。
それは過去に色々とあったことが原因だった。今から十年前、小鷹は非常に荒れていた。
理由は多々あるが、その一つに妹と自分を比べた、容姿に対するコンプレックスがある。
小鷹の容姿は見る人によってまちまちであるが恵まれている方である。だがそれ以上に、小鳩は可愛すぎたのだった。
そして母が幼いころに他界したこと、そして家を開けてばかりの父がいざ家にいるとなると、小鳩ばかり可愛がってしまったこと。
その時の小鷹が小鳩に向ける視線は、憎しみと嫌悪に満ちていた。幼いながらも、小鳩はその視線に対し恐怖していた。
そして一度だけ、本当にたった一度だけ。小鷹が小鳩に向けたその一言が、今でも忘れられなかった。
――お前なんか生まれてこなければよかった。
本当に一度だけだった。それが今もなお、小鳩の頭の中から離れることのない呪縛のような一言。
そしてそれは小鷹も同じで、今もなおその言葉を口にしたことを悔いている。
今ある小鷹の妹に対する優しさは、当時の憎しみの裏返し。悔やんでも悔やみきれないかつての過ち。
「……質問を変えるか。嫌いか? 姉ちゃんの事」
「そ、そんなことはあらへん!!」
「ならまだ大丈夫だな。きっとそのうち、レイシスにならなくてもいい日が来るさ。おめぇは強いよ、なにせあの姉ちゃんの妹なんだからな」
夜空の何気ない優しさ、それに心打たれる小鳩。
ゴスロリ衣装を着て、カラコンをはめて、とにかくアニメの影響を受けている小鳩。
クラスメートはそんな小鳩を可愛いものとして見て、小学生は気味悪がったりしている。
唯一、姉とこの夜空だけは、そんな自分に対して対等に接してくれている。
そして夜空は姉とは違い、罪悪感から来るものではない。小鷹自身はそういうつもりはないのだろうが、過去がそうと決めつけてしまう。
そんな屈折した小鳩の人間関係の中にいる三日月夜空という存在。それが今の小鳩にとって、とても温かい存在だった。
「あんちゃんは、どうしてそんなにかっこよくていい人なん?」
「おいおいそんなに褒めんじゃねぇよ。俺はそんなにかっこよくていい人でリア充じゃねぇよ」
「リア充とは言ってへんよ」
「とにかくだ。俺だって"間違った"ことはある。だからこそかな、他人の間違いに対して無関心ではいられないのさ」
「……レイシスは、間違いなん?」
「お前がそう思えば間違いだし、そう思わなければ間違いじゃない。どっちにしろ後のお前には重要なものになる。そんなもんだよ」
夜空の言うことは小鳩にとっては難しいことで、よくは理解できなかった。
だがこれだけは言える。小鳩にとってレイシスは、間違いではないと。
否、正確には間違いにしたくはないことだと。
「……うちは、レイシスでなければいかんのじゃ」
「ん?」
「……もう、姉ちゃんをレイシスにしてはいけない」
「……小鳩?」
小鳩はそう呟くと、勢いよく立ちあがった。
「……あんちゃん。その……ありがと」
「……あぁ、じゃあな小鳩」
そう言うと、夜空は家に帰って行った。
去り際、小鳩は自身の胸を押さえ……自身に言い聞かすように言った。
「そっか、これが……"恋"」
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その夜。
「……姉ちゃん」
「ん? どうしたの小鳩?」
珍しく、食事中に話しかける小鳩。
そして、レイシスの状態で意気揚々とこう言った。
「我は、恋を知ったぞ」
「……え?」
「クックック、これでまた一つ闇の力が強まる」
そう言い終わると、小鳩はまたご飯を食べ始めた。
「……ひょっとして、いやまさかな」
小鷹には覚えがあった。小鳩が恋をする相手を。
もしかしたらもしかするかもしれない。確かに相手は優しくて、かっこよくて、小鷹自身もそこそこ思うところがある。
だが、小鷹は一つ思いだす。
『にしてもあれだな、ヒロインの子は中々可愛いな。一度でいいからこういう子とヤりたいわ』
その瞬間、小鷹は握っていた箸を、意識してか知らずかぺきりと割った。
「ひっ!?」
「あ、ごめんね小鳩」
「う、うん……」
小鳩の恋の相手は、女子の目の前でそういう発言をする危険な男でもあった。
近づけてはならないと思うのは姉としての愛なのか、それとも別の何かか。
「……小鳩に変なことしたら真っ先に始末してやる」
ものすごく物騒なことを考える小鷹なのであった。