はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド-   作:トッシー00

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第16話です。


夜の空を包む日向

 光あるところに影があると誰が言ったものだろうか。

 この社会にて、光の当たる舞台に生きる人もいれば、逆に影の裏でひっそりと生きる人もいる。

 それは学校という社会でも同じことだ。表に立って学園を動かす生徒もいれば、表に出張らず流れるままに学園生活を送る生徒もいる。

 

 今から約三年前。三日月夜空という少年の荒れていた中学生活。

 この話をする前に一つ、彼の人生に影響を及ぼした一人の少女の話をしておこう。

 

 少女の名は"日高日向"。当時夜空の通っていた学校の一つ上の先輩、そして当時の生徒会長であった。

 髪の色は黒色で、三つ編みにした髪を後頭部で団子状にまとめている。

 お嬢様っぽい気品のある顔立ちの美人、キツくもなく華やかすぎることもなく、近寄りがたいという印象を与えない。

 スポーツも万能であり、喧嘩の実力も並み以上。少し喧嘩慣れした男子くらいならば軽くひねれるほどに強いという話だ。

 そしてその豪放磊落な性格と相手に嫌悪感を与えない立ち振る舞いから絶大なる人望を得ており、老若男女あらゆる人種から好意をもたれる人物。

 

 羽瀬川小鷹以上に正義感を持っており。

 三日月夜空以上の人望を持ち。

 柏崎星奈以上の頭脳と身体能力をその身に宿し。

 楠幸村よりも度胸に満ちていて。

 志熊理科に匹敵する閃きを惜しまなく発揮し。

 羽瀬川小鳩以上に自身の人格に素直で。

 高山ケイトよりもはるかに大人びており。

 遊佐葵以上に憎めない女性。

 

 全てにおいて有能。だがそこまでの能力を持ちながら、人に妬まれたこと、あまつさえ恨まれたことすらないという。

 それは彼女の人柄と、生まれながらの統制力があってのものだろう。

 有名な特撮から引用するならば、「自らの学園の生徒全員と友達になる女」と大きく銘打っても、彼女なら本当にそれを成し遂げてしまいそうだった。

 

 それでは本題に戻るとしよう。

 当時中学二年生だった三日月夜空は、とても荒れた学園生活を送っていた。

 中学に入るなり彼の心境は劇的に変化し、気が付けばやばい連中と学校の日々を送り、気が付けば誰かと喧嘩をして家に帰る毎日だった。

 

 小学校に入りたてのころの彼はというと、どちらかといえば非力な方でいじめられていた側の人間だった。

 容姿も女っぽく、喧嘩も弱かった。そして強い者に逆らう勇気も持っていなかった。

 いじめられるのが嫌で学校を休んだこともあった。入学していきなりのことだ。

 小学生同士の純粋なる悪、悪という物を理解できずに放たれるいじめという悪。

 友達という友達もできずに、当時の三日月夜空は非常に寂しい日々を送っていた。

 だが、夜空がいじめられていたある日の事、いじめられていた彼を救ってくれた少女が現れた。

 その少女は当時、小学生の間で最も恐れられていた最強にして最凶のいじめっ子であった。

 その少女、『金色の死神』『遠夜の女王』と呼ばれ、市内全域の小学生に恐れられていた。

 夜空は運が良かったのか、そしてそれが運命というやつだったのか、そんな恐ろしい少女に助けられてしまったのだ。

 その後死神の少女は夜空にも牙をむいたのだが、夜空はその少女から逃げることなく、むしろ感謝をし、友達になろうとまで声をかけたのであった。

 今まで普通のいじめっ子にさえ逆らえなかった少年が、最も危ない少女に対して抱いた純粋なる感謝の気持ち。純粋無垢な素直な少年のその気持ちは奇跡を連鎖させ、その少女と友達になることができた。

 そこから、夜空小学生の日々は良い方向へと改善されていった。

 誰もが恐れる死神の少女の隣に居続け、言葉一つで少女を制止できるということが他の小学生から見れば、「実はこいつめちゃくちゃ根性があって強いんじゃね?」という風に捉えられたのか、夜空を見直し人が増えた。

 それに加え、夜空をいじめるということはその少女を敵に回すということだったので、結果的にいじめが激減。

 その結果に夜空本人はというと、それに対してやましい心など一切持つこともなく。

 少女を利用しようとすることも、他の小学生達に対して威張ることもなかった。

 ただ単純に、夜空にとってその少女は大の親友だった。恩人であり、尊敬すべき人であり、憧れの存在であり。

 そして……"初恋"の人でもあった。

 これからもずっと、その少女と友達でいられるならと夜空は思った。

 同じく育ったこの遠夜市で、一緒に中学に上がり、高校生になっても一緒に遊んだり楽しいことをしたりできるならと思った。

 そしていつしか少女に送った一言、常に自分の事を守ってくれているその少女に対し送った大切な約束。

 

「そしていつか僕は、君を守れるような強い男になる」

 

 その約束を果たす日がいつかくるだろうと、ゆっくりと流れる時の中で、その約束を果たして見せると。

 しかし、夜空はその約束を果たす希望を、突如完全に消し去られてしまうことになってしまった。

 

 その少女は突然、遠い街に引っ越し、彼の前から姿を消してしまったのだ……。

 

-----------------------

 

「わ、わかった! だからもうやめてくれよ!!」

 

 人が行き交う市内の道端。

 人々はその光景を見て見ぬふりをしながら、関わらないようにその場を去りゆく。

 一人、アスファルトに無様にも倒れ伏せ、鼻血を流しながら助けを請う学生服の中学生。

 そしてその目の前にいるのは、四人ほどの荒んだ中学生の集団。

 うち、一番前にいる長い黒髪の少年が、倒れた学生服の男を踏みつけ言った。

 

「喧嘩で勝てる見込みもねぇのに、俺の仲間の財布を盗んだりするんじゃねぇよ。五体満足で逃げられるとでも思ったのか? オラ!!」

 

 そして少年が学生服の男の腹を思いっきり蹴る。

 

「ちっ、ここじゃ人気に付くな。これに懲りたら二度と俺たちに近寄んじゃねぇよ……」

 

 少年はそう吐いて、仲間を連れて学生服の男から離れる。

 本当はもう少し痛めつけてやりたかった。傷つく覚悟すらないくせに、悪事を働こうとする輩が許せなかった。

 その少年こそが、中学に入り荒れてしまった三日月夜空であった。

 荒れてはいるものの、仲間を大切に思う男であった。仲間が困れば己が傷つくことも恐れず危ない場面に首を突っ込むこともあった。

 だが人から見ればそれは不良と呼ばれても仕方ないことで、仲間のためと謳っていても、それは誰かを傷つけたことに変わりない。

 中学に入り、もう何度親を泣かせただろうか。自身に大切な言葉をくれた母親を、何度傷つけてしまっただろうか。

 夜空は悩んでいた。そして内心、苦しんでいた。寂しさすら感じていた。

 あの別れがあってから、自身の悲しみや寂しさを埋めてくれた人は大勢いた。

 夜空は大切な親友を失っても、それでもその約束を放棄することはなく、強くなろうと努力をした。

 無事に小学校を卒業したはいいが、中学に入ると荒事に巻き込まれ、そして今では荒れた連中を引きいるようになっていた。

 確かに夜空は強くなった。かつていじめられていた弱虫な少年の面影はどこにも見当たらない。

 だが、これが本当に彼が求めていた強さなのだろうか。かつての親友と約束した強さの正解が、これだとでもいうのだろうか。

 仮に今、かつての親友が目の前に現れたとして、自分を見て喜んでくれるだろうか。

 そんなことを考える日々の中で、夜空は答えを出せずにいた。

 

 中学生になった夜空は不良ではあったが、そのルックスは他の女子を魅了していた。

 はっきりというならば美人。そこらの女子よりも綺麗で、整った顔立ちのイケメン。

 入学したばかりのころは、クラスの女子から囲まれる日々が数日続いた。だがそれなりな対応で流し、道を踏み外したところで彼に話しかける女子も少なくなっていた。

 ある日、夜空は一人学園をうろついていた。

 中学二年生の夏ごろ、もうすぐ夏休みという時である。

 廊下を通るたびに他人が自分を避けるのがわかった。男子は恐れ、最初は好意を抱いていた女子たちも今では恐怖心しか抱いていない。

 つまらない、なにもかもがつまらない。無駄な一日だと。

 そんなことを思いながら、ぼーっと歩いていると。

 

 ドンっ!

 

「あひゃ!」

「んあ? なんだ?」

 

 重そうな段ボールを二つ三つ持った小柄な女子生徒が、夜空とぶつかった。

 少女からすれば前など見えているわけもなく、夜空自身もぼーっと歩いていたため、どっちが悪いともいいきれない。

 これが舐め腐っていた男子ならば、どこ見て歩いてんだと無言で睨みつけるところだ。だが相手は小さい女の子、睨む気力もなく。

 

「大丈夫か?」

 

 と、手を差し伸べる夜空。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 少女が夜空の手を取る。

 その少女の髪は赤かった。

 赤く染まったウルフカット、そしていかにも真面目そうな風貌。

 そして身長は、中学生女子の平均身長に比べて結構下の方で、発育が良い方ではない。

 ちょうど中学に入り女子に興味を持ち始めてきた夜空からすれば、眼中にない体つきだった。

 夜空はどちらかというと巨乳が好きだった。でかすぎなくともせめて標準は欲しいと思っていた。

 

「な、なんですかその目は? 舐めまわすような目で見ないでください」

「……見てねえよ」

 

 赤髪の少女にそう言われ、動揺するでもなく普通に答える夜空。

 

「そ、その制服は校則違反ですよ。中学生とはいえ適当に毎日を送っていてはだらけた大人になりますよ」

 

 次に赤髪の少女は、夜空に対してそう注意をしてきた。

 夜空は思った。あぁこいつめんどくせぇタイプのやつだ……と。

 関わるだけ無駄と、通り過ぎようとした時だった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!! あふっ!!」

「……」

 

 後ろで落とした段ボールに躓く少女。

 見た感じ結構痛い転び方をしたように見えた。

 何かの仕事だろうか、あの段ボールを運ばなければならないのだろう。

 その少女は小柄で、あれしきの段ボールとはいえ運ぶには骨が折れることだろう。

 そして自分とぶつかったことで段ボールを崩し、そして転んでしまうとなれば運ぶのは困難だろう。

 はぁ、と夜空はため息を吐き。

 

「……おいチビ、段ボール持ってやる」

「ち、チビとはなんですか!? こ、これくらいの者運び、君に手伝ってもらわなくとも……」

「じゃあ好きにしろよ」

 

 やはり余計なお世話だったか。

 夜空はまた離れようとするのだが、後ろからまたも段ボールを崩す音が聞こえる。

 そして態勢を立て直し段ボールを運ぼうとするのだが、覚束ない足取りでとても危ない。

 客観視していると、少女が後ろの危ない倒れ方をしたので、夜空はすぐさま後ろを支える。

 

「あっ……」

「ほら、あぶねえだろうが。どこまで運べばいい? 言ってみろ」

「だ、大丈夫ですって!」

「うるせえ」

 

 ゴツン。

 と、夜空は少女を黙らせるため軽くげんこつをした。

 

「ぎゃん! ちょっと! 男子が女子に暴力をふるっていいと思ってるんですか!?」

「軽くやったから暴力には入らねぇよ」

「いや結構痛かったですよ!!」

「ならそのお詫びとしてこの段ボール運んでやる。それなら文句ねぇだろ」

 

 と、段ボールを持った所。これまた結構重く、並みの男子でも二つ同時はなかなかにきついものだった。

 

「あ、ありがとうございます。えぇと……」

「三日月夜空。まぁお前みたいな生真面目なやつからしたら名前すら覚える価値もない不良だ」

「三日月くんですか……。素直に感謝しますよ。あ、私は遊佐葵といいます。二年生、生徒会会計です」

 

 少女は葵と名乗った。

 学年は夜空と同学年だが、その少女の事は今になって初めて知った。

 どうも自分はこの学校に興味などないらしい。生徒会の会計であるにもかかわらずこの少女の名すら知らなかったし。

 そもそも会計どころか、副会長、会長の名前すら知らなかった夜空。

 

「生徒会か、そりゃあ口がうるさいわけだ」

「学校の治安は守ってもらわないと困りますからね、三日月くんも制服の着こなしくらいはきちっとしてくださいよ」

 

 と、またも口うるさく言う葵。

 うざったく思う、夜空はこの口うるさい少女に対して悪い気分は抱かなかった。

 先ほど夜空は自分で不良と口にした。だがそれを聞いても葵は逃げようとすることや、下に見ることもなく差別をしようともしない。

 前に一つ上の出来のいい男子生徒が、影でこそこそ夜空たちの事を罵倒し、学園から追い出そうなどの算段を企てていたことがあった。

 最終的には夜空が相当の圧力をかけ、その生徒方を黙らせて問題を終わらせたのだが。

 その他にも、夜空や他の素行の悪い生徒は、陰口を叩かれたりゴミを見るような目で見られたりしたことがあった。

 裏で動く陰険な力関係、喧嘩では勝てない、にらみ合いでは勝てない。だからこそずるい手を使って勝とうとする。

 夜空からすれば、中学校はそんな連中の集まりでしかなかった。

 ここにいる遊佐葵も、本心では自身に恐怖し、上から目線で見下しているのだろうか。

 人は影で何を考えているか分からないものだが、それを詮索するのも、段ボールを運んでいる夜空にはめんどくさかった。

 

「ここでいいのか?」

「はい、ありがとうございます三日月くん! せっかくですしお茶でも入れます」

 

 付いた場所は生徒会室。

 夜空からすれば手伝ったらさっさとどこかぶらぶらしに行こうと思っていたのだが、葵に呼び止められてしまった。

 手伝ってもらったらさっさと追っ払うこともせず、やっぱり自分に対して嫌悪感を抱いてはいないようであった。

 葵のその視線が、夜空からすれば新鮮で、そして同時に怖いものでもあった。

 

「おいおいいいのか? こんな素行の悪い学園のクズを生徒会にとどめておいてよ」

 

 夜空は癪だったので、わざとらしくそう言ってやった。

 葵を試すような一言だったかもしれない、そして肝心の葵が返した一言がこれだった。

 

「三日月くんは自分を手伝ってくれました。確かに校則違反は見過ごせませんが、君を不良と、ましてやクズと罵る権利を自分は持ち合わせてはいませんよ」

「……そうか」

「それに……あなたには優れた部分もあります」

 

 葵はそう言うと、一つ間をおいた。

 夜空の方へ向かっていき、お茶を置いたところで、その言葉の続きを口にした。

 

「優れた力を持つ人には、それにふさわしい場所が用意されていますから」

 

 葵は端的にそう言った。

 

「優れた力……?」

「言い方が悪かったなら謝ります。要は、"人にはそれぞれ役目が与えられている"。あなたは素行こそ悪いかもしれませんが、あなたを必要としてくれる人がいる。あなたと出会って影響を受けた人もいるはずです」

 

 まっすぐに、そう発言をする葵の目には、その言葉に対しての否定など一切含まれてはいなかった。

 夜空からすれば、葵の言葉は良い言葉とも取れたし、同時に……甘ったれたたわ言のように感じることもできた。

 育ちがよく、不自由ない道を進んでこれたからこそ、その言葉は言えたのだろう。

 最も、夜空は自分が不幸な環境にいるだとか、そんなことを思ったことはないのだが。

 

「……だが、人は"間違う"。そしてわからなくなる」

「三日月くん……?」

「……失ったものは、二度と戻ることはない」

 

 自分は何を言っているのか、夜空はそう口にした後むずがゆくなって頭をかいた。

 だめだ。この少女といると色々とおかしくなる。

 ここまで間違った自分が、外れた道が軌道修正できてしまうと、勘違いしてしまいそうになる。

 

「悪い、邪魔したわ」

 

 この空気に耐えきれなくなり、この場から離れようとした時だった。

 ガラララ!!

 夜空が生徒会室のドアに手をかけようとした直後、そのドアは勢いよく開いた。

 

「くはは! お勤めごくろうさんだな!!」

 

 そして夜空の目の前にいた、逆光に包まれ輝かしく立つ少女。

 思わず聞き惚れてしまうほどのさわやかな声、容姿は……夜空すら認めざるを得ないほど気品で、そして知性的な顔立ち。

 自分に匹敵するほどの長い黒髪は、三つ編みにして後ろにまとめてある。

 すらっとした綺麗な手足、したたかな服装、そして胸は標準より上くらいの程よいふくらみ。

 

「ってうお! 生徒会室を開けたらなんというイケメン!! がんばって働いている葵の手伝いに来てみたら葵がイケメンといたではないか!?」

 

 出会っていきなりにもかかわらず、状況に対して流れるような説明口調が少女の口から飛び出る。

 なんでこうテンションが高いのか、それなりの状況にも対応できる夜空でさえどうしていいかわからず立ちすくむ。

 

「日向さん!? どうしたんですか!?」

「だから言った通りだ。大切な部下が自身の汚面を仕事で払うというのだからな、そんな事象を「はいわかりましたがんばってください」で傍から見守る生徒会長がどこにおるというのだ!!」

 

 葵の質問に、またも長ったらしく、そしてやたらと高いテンションで答える日向と呼ばれた人物。

 そして夜空の事などお構いなしに、夜空が座っていた椅子に座り、夜空のために用意されたお茶を豪快に飲みほした。

 

「あ、それお客さん用に出したお茶!!」

「気にするな葵、ますます背が小さくなるぞ」

「よけいなお世話です!!」

 

 日向はそうからかい葵の反応を見るや、くははと笑って夜空の方へ視線を向けた。

 

「そしてえぇと、お前は三日月夜空だな?」

「てめぇ、なんで俺の名を知ってんだ?」

「おいおいこの私を誰だと心得ているのだ? この学園の生徒会長だ。ある程度の生徒の名と顔くらいは覚えて当然。それにお前さんのような色男が目に留まらないはずがなかろう!!」

 

 初対面にもかかわらずずいぶんと熱く、言ってしまえば暑苦しく夜空に言葉を放つ日向。

 豪華絢爛、まさに太陽のような輝かしさで、敵対心など微塵も感じる余裕もない。

 普通に接する分ならば、すぐさま挨拶で返したいところだ。

 

「日高日向だ。あらためてよろしくな三日月!!」

「な、なんだこいつ。こんな目立つ生徒会長が、この学校にいたのか?」

「くはは! 侵害というものだな三日月。まぁ最も私は表舞台に出る際には紙に書かれた事柄を覚え皆の前で言うだけだからな。三日月は校長先生の話を長いと感じる側の人間だろ?」

「ま、まちがっちゃいねぇが……」

「くはは、私もだがな!!」

「聞いてねぇよ!!」

 

 夜空がそうツッコミを入れると、日向は盛大に笑って返した。

 やりにくく、親しみやすい。関わりやすくて、接しにくい。

 普段から人と距離を取っている分、夜空はこの日向に対して抱く感情は複雑なものだった。

 不良と知ってもなお、蔑むことのない葵の精神は、この女の傍にいることが原因なのかもしれない。

 実際に日向も、夜空を学園の不良と知っていてなお、距離をおこうなどと考えてはいない。

 むしろ、もっとよく話をしてみたい。もっと自分を知りたいと、そう意思表示をしているようにも見えた。

 底が見えたわけではないが、かといって奥の部分を多い知ることもできない。

 こんな人を嫌いになる人がいるというのなら、よほどの闇を抱えた人物でなければ不可能なことだろう。

 夜空自身の闇程度では、日向の光が軽く闇を包み込んでしまう。

 

 光のない夜の空。対するは闇のない日の当たり続ける向。

 

 そんな二人の出会いだった。そこから夜空に変化が訪れる。

 それ以降夜空は度々日向と学校で会うようになった。最初は無視をしていたのだが、日向は執拗に夜空に関わろうとしていた。

 その後他の生徒会のメンバーとも知り合った。そんな日々の中で、夜空は自身の悪友たちも次第とバカをやらかさなくなっていた。

 だからといって、その人たちは夜空を見捨てたりはせず、夜空とは一つの友情を結んでいる。

 気が付けば秋、そして冬。季節が変わるにつれて、気が付けば夜空は生徒会に心を許していた。

 

「お、三日月。せっかくだし一緒に帰らないか? 今日は暇をしているのだ」

「しゃあねぇな」

 

 冬のある日。

 三年生である日向は卒業を控えていた。

 生徒会長の後任は、遊佐葵が務めることになり、葵は現在大忙し。

 夜空も生徒会に誘われたのだが、そんな柄ではないと断りを入れていた。

 

「あんた。進学先は決めたのか?」

「あぁ決めたぞ。心配せずとも入試で落ちるようなヘマはしない」

「そうだろうな。あんた、前の学力試験でもここらで一位だったもんな」

「くはは、ほめるでない」

 

 そんな会話に花を咲かせ、寒い冬道を歩いていた。

 

「……なぁ三日月。別にお前さんを責めるわけではないのだが」

「なんだ?」

「お前さん、数日前に朱音の告白断ったよな?」

「あぁ、大友先輩には悪いことをした……」

 

 大友朱音、日高日向の大親友で小さいころからの幼馴染。

 元生徒会のメンバーで、夜空ともこの数ヶ月、親しくしていた仲であった。

 卒業が間近に控えているこの時期で、夜空は告白を受けたのだが、あっさりと断ったのである。

 

「そうか、親友の恋路を応援していた私的には残念で仕方がない。あぁ別に怒ってはいないから安心したまえ」

「ならいいんだがよ……」

 

 ……。

 しばし沈黙が続く。

 日向からすれば、その沈黙が嫌で、すぐさま別の話題を切り出した。

 

「その、ひょっとして三日月には好きな人がいるのか?」

「なんだよそれ? 答えにくい質問をいきなり投げつけてんじゃねぇよ」

「くはは悪い。私自身はまだ恋など経験したこともなくてな、朱音の時もそうだったのだが、ちょっとそういうのに興味があるだけだ」

「……そう、なのか」

 

 この時、夜空は何を思ったのだろうか。

 何気ない会話の中で、日向の言った恋を経験したことがないという発言に、夜空の心が少し揺れた。

 だが質問には答えなくてはならない。だから夜空はこの時、今まで誰にも言うことのなかった、あの過去を切り出すことにした。

 

「好きな人は……"いた"んだ」

「いた……とは?」

「と言っても、小坊の一年のころだから。それが俺たちのいう恋なのか、わからねぇけどな」

 

 それは、かつての親友のことであった。

 かつて自分を助けてくれた。死神と呼ばれた少女のこと。

 皆から恐怖され、それでも傍に居続けた自分。

 そして気が付けば、何も言わずに去ってしまった親友。

 

「俺は弱虫だった。泣き虫だった。喧嘩をする勇気も、傷つく覚悟もないやつだった。いじめられていた俺を、まぁ自分の渇きを癒すためだったとはいえ、そいつは助けてくれた。同じ小学生だというのに、髪の毛が金髪で。でもそれがまた、綺麗じゃない濁った金髪でさ。珍しい外見の奴だったよ」

「……それさ、『遠夜の女王』のことか?」

「……知ってるのか?」

「当時の同級生がしょんべんちびるほどいじめられたって聞いて、仕返し程度に一回喧嘩しに行ったことがある」

「……結果は?」

「砂場の砂をかけた後全力で逃げてやった。あんな同じ小学生なのに公園のベンチ振りまわしたり、中学生をジャイアントスイングして池にぶんなげるようなやつ、さすがの私でさえ勝てるはずがないからな。いやぁあの時は怖かった怖かった」

 

 その話を聞いて、夜空は複雑な感情を抱く。

 それを聞いて親友を庇えばいいのか、化け物の親友が振りまいた種なのだから放っておいてあげるべきなのか。

 ここは何も言うまいと、夜空は敢えて黙ることにした。

 

「そうか、『三日月の勇者』ってお前さんのことだったのか」

「なにその二つ名? 初めて聞いたんだけど」

「遠夜の女王を駆逐したって話題になってたぞ? みんなが口をそろえて「あのオーガを黙らせる奴だ。これからはそのお方を勇者と呼んでみんなで尊敬しよう!」って言ってた」

「知らね~」

 

 今になってそんな事実など、夜空にとってはどうでもよかった。

 

「んで、お前さんはその親友がいなくなって、色々寂しさを覚えてしまったんだな」

「あぁ。最初は俺に愛想を尽かして何も言わずにいなくなったんだと思った。俺があいつと誓った約束、それを笑ってたんだとも思った」

「ま、大げさにいうならば『裏切られた』と」

「そうとは思わないように頑張った。今もその隙間を埋めようと、悩んで、考えて。あいつと約束した「強さ」はどこにあるんだろうかって、答えはまだ見えねぇ」

「……お前さんの"友達"として言わせてもらうとすれば。私はお前さんを評価しているぞ。お前さんは間違いなく『強い』」

 

 その話をしていた時の夜空の顔は、とても辛いものだった。

 だからこそ日向は言った。彼の友として、共に学園を過ごした者として。

 そう、今の三日月夜空には、親友のいなくなった隙間を埋めるための選択肢など、余るほどあったのだ。

 答えはそこにあり、ただ多すぎるというだけで、選べなかったというだけで。

 もうその隙間は埋まっているはずなのに、彼はそれを認められないだけで。

 もしこの先、神様が奇跡を起こしてくれたとして。彼女が、夜空の目の前に現れたとしたら。

 

 彼女は夜空を、「強くなった」と言ってくれるだろうか。

 

「……日向、俺……わかった気がする」

「お、何をだ?」

「俺は確かに間違えた。悩んだ。苦しんだ。寂しさを感じた。そして……"やらかした"」

「……」

「やらかしてやらかしてやらかして。でも俺が……三日月夜空が選択したのは……"諦めないこと"だ」

 

 この時この瞬間、当時中学二年生の三日月夜空が、親友を失ってから七年経ったこの瞬間に得た答えの一つ。

 それが"諦めない"ことである。けしてその親友が戻ってくるわけではない、そんな奇跡など待ち望むわけでもない。

 かといって、親友がいなくなったことで全てを投げ出すようなことはしない。約束を果たす相手がいなくとも、一度交わした約束は守る。

 自らに多大な影響を与えた。全ての元凶となった親友にささげる答えが、それだった。

 

「俺は諦めない。例え二度と会えなかったとしても、俺は自分の道を進む。かつての親友を守れるくらい強くなるために」

「……かっこいいじゃん。あれだな、三日月はリア充の中のリア充だな。くはは」

「あんたに言われたくねぇよ。"リア王"が……」

 

 夜空は冗談も交えて、前に授業で聞いたシェイクスピアのタイトルをなぞって日向をそう呼んだ。

 

「おいおい三日月。リア王では最終的に悲惨な結末を遂げてしまうのではないか?」

「あんたは全てが出来すぎてる。そんな人生は甘くねぇってことよ」

「くはは! こりゃ一本取られた!! 忠告として受け取っておこう。おっともうこんな時間だ。では三日月、もう残り少ないが、お前さんとの残りの中学生活、謳歌したいものだ」

「はいはい、わかったから長々と言わなくていい。さっさと帰れ」

 

 そう言うと、日向は手を振りながらも、悠々と家に帰って行った。

 そしてその姿が見えなくなると同時に、夜空は呟く。

 

「……ありがとよ」

 

-----------------------

 

 それから三年後の夏。

 この日は聖クロニカの終業式。

 そして今日から、皆が楽しみにしていた夏休みが始まる。

 

 この数ヶ月で、羽瀬川小鷹は様々な人たちと知り合うことができた。

 夜空という友達もでき、少なくとも今まで以上に夏休みを楽しむことができそうにいた。

 理事長の長い話が終わり、皆がクラスに戻る。

 

「ったくよ、ペガたんの話はなげぇんだよ」

「ちょっと夜空。人のパパをそんな軽々しく呼ばないでよ。それにあんた一応土日のボランティアでうちのパパにお世話になってんでしょ?」

 

 柏崎天馬、聖クロニカの理事長。

 天馬と書いてペガサスと呼ぶ名前から、夜空は愛称でペガたんと呼んでいる。

 当然本人の前では理事長で通すが、聞こえないところではそう呼んでいた。

 

「確かに理事長をそんなふうに呼ぶのはどうかと思うな」

「そうかよ……」

 

 小鷹にも注意され、少し不貞腐れる夜空。

 

「それよりも夏休みだ。ケイトとプールに行ってプリプリデカプリ子でも探しに行くかな」

「ずいぶんと楽しそうな予定で詰まってるんだね皇帝」

「そ、そんな怖い目で見んなよ小鷹……」

 

 と、そこで夜空は小鷹と目が合う。

 そう、この夏休みは小鷹という友達がいる。

 苦手だが、一応星奈もいる。

 夜空にとっては、暇を持て余さない夏休み。そして、身近な友人と過ごす最高の夏休み。

 いや、夜空はこの時思う。彼女にとって、最高の夏休みにしてあげようと。

 

「……小鷹」

「な、なに?」

 

 急に真剣な眼差しで見られ、戸惑う小鷹。そして……。

 

「……楽しもうな、夏休み」

「皇帝……」

 

 急に言われたので、何かまたやらしいことでも考えているのかと、小鷹は思う。

 だが、この時はそう詮索するのは愚かなことだと思った。

 そう、小鷹からすれば、この少年と出会わなければここまで来ることはなかったのだから。

 

「……"夜空くん"」

「あぁ、って……え?」

 

 急に、慣れない呼ばれ方をされ、戸惑う夜空。

 小鷹もそれに触れられることを嫌だと思ったのか、少し顔を赤らめ、焦ったようにこう感謝した。

 

「あ、ありがとね!! この二ヶ月……楽しかったよ!!」

「あ……あぁ」

 

 そう言うと、小鷹は小走りで教室へと帰って行った。

 この感謝の言葉を、この時夜空はどう受け取ったのか。

 内心少し恥ずかしさがあり、どよめきがあり、戸惑いがあり。

 そして、それらをかき消すほどの……喜びがあったことだろう。

 

「……小鷹」

 

 そして、去りゆく小鷹を見ながら、夜空が自分に言い聞かすように呟くのだった。

 

「……"今度"は、俺がお前を連れて行くから」




どうもトッシーです。
この話で、物語の前半が終了したことになります。
キャラもある程度出そろいました。そしてここから夏休み編に入ります。
原作とは真逆の、"諦めなかった"三日月夜空の活躍に注目してください。

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