はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド- 作:トッシー00
「にしても、遊園地なんて久しぶりだなぁ~」
八月初頭。
この日、夜空は従妹の志熊理科と一緒に横縞ワンダーランドへとやってきた。
遠夜駅から電車で乗り継ぎ約二時間、隣の県にあるここら一帯でも大きく、人が賑わう遊園地である。
この遊園地のチケットを知り合いにもらったという理科は、是非とも従兄の夜空と行きたいと七月末から楽しみにしていた。
「お兄ちゃんこっちですよぉ~」
「おーう、そんなはしゃぐんじゃねぇよ。あぶねぇぞ」
理科は若干十六歳ながら、あらゆる会社から新製品の開発などで依頼を多く受ける身。
大学を飛び級で卒業しており、とっくの昔に社会人なのである。
現在は夜空の住む遠夜市に拠点を置いており、忙しい合間を縫ってプライベートを満喫している。
行列を待つこと三十分足らず、入場ゲートをくぐり理科と夜空は一通り遊園地内を探索していた。
「ぐふふ、今日という一日はお兄ちゃんを満喫しちゃいますよ~」
理科からすれば、遊園地のアトラクションなどどうでもいい。
ただ隣にものすごくかっこいい大好きなお兄ちゃんがいて、一緒に遊園地を周ることに意味があるのだ。
最近の夜空は小鷹や星奈と一緒に遊ぶ日が続いている。
従妹としては兄の友人関係になるべく介入すべきではないことだが、忙しい毎日を癒す兄という存在、その大切な兄に甘えたい年頃でもある。
「さ~て色々あるな。『ブラックドラゴン』か、絶叫系は最初に乗るべきじゃねぇな」
パンフレットを見て夜空の目に最初に飛び込んできたのは、この遊園地の一番人気であるブラックドラゴン。
最高速度は150キロ以上、最高部の高度は100メートル以上、コースの全長は約2400メートル。
いたるところに黒が敷き詰められており、その名の通り黒い竜のような威圧感を放っている。
最高部から落下することをある人は『ダークメガフレア』と呼び、アトラクションが終わり涙する客達をある人は『真紅眼の涙』と呼んだりするとかしないとか。
なお、どこかに全長3000メートルの『ホワイトドラゴン』があるなどと噂する人もいる。その怖さはまさに粉砕・玉砕・大喝采である。
「もう十一時くらいですし、最初は何か食べましょうよお兄ちゃん」
「それもそうだな」
どのアトラクションを乗るかはご飯でも食べながら考えればいい。
夜空はフランクフルトが食べたいと言ったので、理科が色々買ってくることに。
「さてと、今日は遊園地でお兄ちゃんと二人でなにして遊びましょうかね~」
と、理科があれこれ妄想しながら屋台の方へ歩いていると。
どんっ!
「あひゃ!」
妄想していて前を見れていなかったか、誰かとぶつかってしまった。
「ちょっと、前向いて歩きなさいよ」
ぶつかった相手はそれなりに怒っているようだ。
理科はすぐさま立ちあがり、相手に謝りを入れる。
「すいません、よそ見をしてました」
「まったく……ってあれ? あんた理科じゃないのよ」
と、理科はぶつかった相手に名前を呼ばれ、その人物を良く見る。
その人物、綺麗な金髪を揺らした、胸の大きな少女。
そう、ぶつかった相手はなんと、たまたまこの日遊園地に遊びに来ていた星奈だったのである。
相手が顔見知りだと知った理科は、大きくこう叫んだ。
「Holy shit !!(※なんでてめぇがいやがるこんちくしょう!!)」
「な、なによ?」
まさかの人物が、今日という日に同じ遊園地に遊びにやってきてしまった。
理科的には、なるべく知り合いに会わず夜空と二人で遊園地を満喫したかったのだ。
それだけに、こういった人物がこの場にいるのは、理科的にはおいしくない。
「ま、まさか星奈さんも遊園地にいらっしゃるとは……」
「パパが知り合いからチケット貰って、たまには庶民の娯楽もいいかなってパパと一緒に遊園地に来たのよ。ほら」
星奈の指差す先には、星奈の父親にして聖クロニカ学園理事長の柏崎天馬の姿もあった。
ずんぐりとした表情をしているが、まんざらでなくすっかり遊園地を満喫しているようであった。
「お~い理科、なんかあったのか?」
と、帰りの遅い理科を心配して、夜空がこちらの方へやってきた。
「ってなんだ、夜空と一緒に来てたのね」
「Holy shit !!(※なんで※※※みたいな女がいるんだこんちくしょう!!)」
「なんで理科と同じ反応するのよ!!」
星奈の姿を見た夜空は、理科と全く同じ反応をして嫌悪感をあらわず。
結局夜空と星奈は鉢合わせしてしまった。もう理科的にはプランが台無しでしかたがない。
「おぉ夜空くん、君もこの横縞ワンダーランドに来ていたとは……」
「あぁペガさん、お久しぶりです」
星奈の父、天馬もこちらの方へやってきて夜空に一声かける。
夜空も挨拶をし返す。しかしその表情はどこか申し訳なさそうだった。
かれこれ夜空が天馬に会うのは半年以来、星奈と色々あってからはなるべく会わないようにしていたのだ。
「ペガさんって……その呼び方はやめなさい。私がペガサスという自分の名前を嫌っているのは知っているだろう?」
天馬は相変わらず自分の名前を良く思っていないらしい。
そんな天馬の方を、理科はまじまじと見る。
天馬から滲み出る秀麗な雰囲気、年を積み重ねながら未だに若々しいその容姿。
まさしく素敵なかっこいいおじさま。そんな天馬は理科からすればどストライクであった。
「お兄ちゃん、この素敵なおじさまは?」
「うちの学校の理事長だ。あぁペガさん、こいつ俺の従妹の理科です」
「だからペガさんと呼ぶなと……。話は星奈から聞いているよ。噂は良く耳にする。縁があればうちの学校にぜひとも招きたいと何度か思ったくらいだよ」
「それは光栄です」
理科はまたいつものように、ニコリとほほ笑み言葉を返す。
一昔前の彼女ならば、この笑みは作り物以外の何物でもなかっただろう。
しかし今となっては、彼女は心の底から笑えるようになっていた。
「あ、そうだ。ペガさん……」
「理事長だ」
夜空が言うと、付け加えるように天馬は言う。
「……理事長は何かアトラクションは乗ったんすか? 俺たちはまだこれからなんっすけどなんかオススメとかあります?」
「ふむ、娘はブラックドラゴンというのに乗りたいと言っていたのだが、私はああいうのは苦手でな。それに私達もこれからだ」
「そうっすか」
娘の星奈とは打って変わり、天馬とは軽快に話を弾ませる夜空。
その光景を見て、星奈は少しばかりやきもきしていた。
理科はというと、やきもきもあるがそれ以上に、夜空と天馬のCPを妄想したりしていた。
「お兄ちゃんとおじさまの組み合わせ。ありですね」
「なんの話してるのよ……」
隣で固有結界に入っている理科を星奈は横目で見やり……。
「てかお互いにまだ周ってないなら、せっかくだし一緒にどこか行きましょうよ」
「ヴェ?」
星奈の何気ない発言に、理科は固有結界を壊すように固まる。
それとこれとは話が違うわと、どうして兄との楽しい二人きりの時間にお前みたいな金髪豚野郎が割りこまなきゃいけないんだと。
理科はすぐさまこの場を離れるよう夜空に促そうとするのだが。
「そうだな、どうだい夜空くん? 差支えなければ」
「う~ん。まぁいいんじゃないっすか?」
「オーーーーーーーーーノーーーーーーーー!」
理科、夜空と天馬の近くで発狂。
この時、理科の中のあらゆるプランがぶっ壊れた。
ちなみに夜空的には星奈と一緒に遊園地を周ることに関して抵抗があったが、天馬を目の前にしてどう断っていいかわからず承諾した次第であった。
それに加え、理科も大人数のほうが楽しめるだろうという、一方的な優しさも重なった故の結果である。
「お兄ちゃんが、素敵なおじさまに掻っ攫われた……」
「さてと、理科はどこ行きたいの」
「お前と一緒に地獄へ行きたい」
「うん、なんかごめんね」
冷めた目で理科に睨まれた星奈は、今になって理科の気分を察したのかとりあえず謝る。
こうして四人は適当にアトラクションを周ることにした。
ブラックドラゴンは夜空と天馬の意見からとりあえず置いておき、軽いアトラクションを次々と周っていく。
「なんやかんやで理科も楽しんでるみたいだし、よかったよかった」
前ではしゃぐ理科を見て、兄として夜空は一緒にこれてよかったと心の中で思う。
一方で、隣を歩く星奈は、少し前の事を思い出していた。
「なんか……懐かしいわね」
「なにがだ?」
「あんたと……付き合っていたころ」
これは約半年前までの話である。
とても短い間だったが、この二人はかつて恋人同士だった。
星奈が調子に乗り学校の生徒から復讐の手をかけられていた時、夜空がそれを助けたのをきっかけに星奈から告白(ほぼ一方的なもの)。
しかし二人は元から相性が悪かったのか、気がついたら大ゲンカをし、今ではそれを思い出すこともなかった。
なのだが、一緒に遊園地を周る中で、星奈はその頃を想像していた。
夜空はそれを、すでに終わったことだと思っている。しかし、星奈はどう思っているのか……。
「……やめろ。理事長の前だぞ」
「そうだった。まだ話してなかったわね」
「ったく、このバカ……」
そんな時を星奈が思いだすことを、それを振り返ることも、夜空からすれば快く思ってはいない。
その話はとりあえずここで一区切りする。そして時間を見ると午後二時。
そろそろメインアトラクションに手をつけてもいいくらいである。
「パパはやっぱりブラックドラゴンはだめ?」
「あぁ、多分肉体がついていかないだろう。私は少しあちらの方で休んでいるから、三人で楽しんできなさい」
そう言って、天馬はレストランの方へと行ってしまった。
残された夜空と星奈と理科は、改めてパンフレットに目を通す。
「せっかくですし、ブラックドラゴンに乗りましょうよ」
理科は悩むことなく、ブラックドラゴンを指差した。
どうせ来たからには、あの圧倒的な破壊力を堪能したいものだろう。
しかし、そこで星奈がもう一つの意見を出した。
「う~ん、この『戦慄死神屋敷(※お化け屋敷)』も気になるわね」
「!?」
パンフレットにあるお化け屋敷が指差された瞬間、夜空の顔が少し強張る。
しかしまだバレてはいない、夜空はすぐさま何食わぬ顔をして、その裏にある弱点を前に出さないよう答える。
「俺はブラックドラゴンがいいな」
「そっか。じゃあブラックドラゴンにしましょう」
多数決で、ブラックドラゴンにすることが決定になった。
夜空は一安心にほっと付く。これでお化け屋敷に入らなくてもいいと。
と、安心するのもつかの間。
「結構並んでるわね……」
「したらお化け屋敷にしましょう」
「!?」
またも、夜空の背筋がぞくっとする。
今度はこの反応は隠せず、理科が夜空に尋ねてきた。
「お兄ちゃん? どうしました?」
「い、いやあの。お化け屋敷か~。でも今頃お化け屋敷も込んでるだろ。ならこっちに並んでいた方が」
「お化け屋敷ガラガラだけど……」
「おーん?」
謎の擬音を口にして、夜空がお化け屋敷の方を見る。
確かにブラックドラゴンに比べてガラガラの状態。行くなら今が絶好時である。
しかし、夜空は行くことを拒む。なるべく二人を不思議がらせないように話をそらそうとする。
「い、いやでもさ。こう明るい時にお化け屋敷入るってのも」
「中真っ暗よ」
「じゃなくてさ、こうああいうのって安作りじゃん。入るだけ時間の無駄っていうか~」
「評判聞く限り結構怖いらしいですよお兄ちゃん」
「怖い……。したらさその、やっぱこうもうちょっとこう難易度の高いのっていうか~」
なにやら言っている事がめちゃくちゃになり始めた夜空。
その様子を見て、星奈が嫌な笑みを浮かべる。
「……はは~ん。夜空、あんたお化け屋敷怖いの?」
その一言を聞いて、夜空の表情が固まる。
そして理科もはっとして、夜空の方へ顔を向ける。
「お兄ちゃん?」
「ば、ばーかそんなこここ……怖いわけねねね……ねぇだろうが。あんな子供だましが怖いわけがねねねねね……ねぇだろうこんの!!」
完全に動揺を隠せていない。
その様子を見て理科も確信、そんな兄の不甲斐ない姿を見て失望するかと思いきや。
完全に面白くなったようで、星奈と二人して夜空をお化け屋敷に引きずり込む。
「いっくわよ皇帝~☆」
「行きますよお兄ちゃ~ん☆」
「おい待て考え直せ!! 俺、お化けだけはだめなんだよぉぉぉ!!」
そして、三人は戦慄死神迷宮へと足を運ぶ。
三人のうち二人の少女は笑顔で受付を済ませ、一人の少年は駄々をこねるように地にはいつくばる。
受付を済ませ、中に入るとそこは闇の広がる暗闇の空間。
一つ一つ進む度に、伝わってくるその恐怖は、雰囲気が作り出す一つの作品と言うべきものだろうか。
「い、意外と怖いかも……」
「り、理科もそれなりにこういったホラー作品の現場に携わったことはありますが、こういうのは初めてです……」
夜空を陥れるためとはいえ、入ったところで二人も後悔し始めた。
ちなみに、この二人よりも恐怖に震えているこの男はというと……。
「あぁぁぁぁぁぁぁ! 肌寒いよぉ。なんか出るよ~。ふえぇ怖いよ~!!」
「……しゃれにならないくらい怖がってるんだけど」
普段ならからかわれている仕返しができる場面なのだが、そうするのも可哀そうになるくらい夜空は怖がっていた。
「あ……あぁこんにちは。今日はいい天気ですね……」
「夜空。そこ誰もいないんだけど……」
等々誰もいないところで誰かと話し始めた夜空。
というにも、これは彼なりに理由があった。
「……俺よ、ずっと隠してたことがあって」
「え? なによ」
「理科も知りたいです」
「……"見えんのよ"」
夜空がそう答えた直後、二人も硬直する。
「……なにが」
「俺、昔から"霊感"強くてよ。見えんの」
そう、夜空が初めてこの世ならざるものが見え始めたのは小学四年生ごろ。
小学校のイベントで肝試しをした時の事、夜空にはこの時他の人には見えない何かが見えたのだという。
その見えざるものの顔には決まって、『トモ』と書かれていたとかいないとか。
そして今も、このお化け屋敷で何体か、『トモ』と書かれた幽霊が見えるらしい。
「…………」
「あそこに二人血まみれの『トモ』。あっちには手首から下を無くした『トモ』が……」
「「ぎゃあああああああああああああああ!!」」
それを聞いて、星奈と理科は叫びながら夜空を引きずり全力で屋敷内をかけた。
が、そこは当然お化け屋敷内。アトラクション通り仕掛けが飛び出る。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」
次々と出てくる仕掛けに夜空は叫び驚きとび跳ねる。
今まで数々の人たちを救い、男を見せてきた三日月夜空。
しかし彼にとって幽霊だけは天敵であり、もう星奈の前で意地すら見せようとしてない。
「にににに肉! 助けて!!」
「助けてってあんた! 男でしょしっかりしなさいよ!!」
「無理だ! お願いしますお肉様! 助けてくださいサーロインお嬢様!! 僕を御救いください※※※様!!」
「あんた人に助けてもらう気ないでしょ!! てか他の客いるんだからそんな呼び方やめなさいよ!! 理科もこいつになんか言ってやって」
「おーう肉ファック! 肉がファックこの調理されるのを待つ豚野郎が。ビチクソがこの※※※女ファーーーック!!」
「ごめん! お願いだから口閉じて!!」
もはや夜空は一人称を過去の"僕"にするくらいに負抜けていた。しかしさすがというべきか星奈のあだ名は変えようとしない。
そして理科もどんどんおかしくなり、あきらかに星奈の事を指して悪口を通り越した危ない発言をし出す。
星奈は恥ずかしさでいっぱいになりながらも屋敷を駆け抜ける。
途中、体力が少ない理科も力つき、星奈は夜空と理科を引きづって行くことになる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!」
「ぎゃああああああああああああああああああ!!」
最後の方、仕掛けは気を緩めない。
夜空は驚いて、星奈にしがみ付く。
どんっ!
「痛っ……!」
しがみ付かれた星奈は股をおっぴろげて地面に倒れる。
女として良くない姿勢を保ちながら、夜空が上から覆いかぶさってくる。
夜空にはもう何が何だか見えていないようで、星奈の胸を思いっきり握り助けを請う始末。
「ちょっとあんた離れなさいよ!!」
「お化け怖いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「も、もうちょっと……そんなところ握りしめんじゃないわよ!! 夜空ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
こうして他の客や従業員が見てる中、恥ずかしい場面などを掻い潜り無事迷宮を脱出した三人。
外に出るなり、星奈は荒れた息をぜぇぜぇ吐きながら、全力で深呼吸する。
そして夜空と理科はというと、疲れているというより気を失っているようで、しばらく動かなかった。
「はぁ……はぁ……。ったくひどい目にあったわよ……」
夜空の弱点を見つけたことは当然良いことなのだが、それがここまで代償を払うことだったとは。
星奈は先ほどの出来事を思い出すと、顔をトマトのように真っ赤にする。
そしてその出来事を作った本人を見て、顔を反らした。
「……胸揉まれたのって、あの時以来よね」
過去に、星奈は夜空を大観衆の中で自身の胸を揉ませたことがあった。
あの時以降夜空は胸を揉むことを拒否し続けていたが、今回ばかりは半分意識を失っていたせいか思いっきり揉みまくっていた。
「……う~ん、おっぱいお化けが~」
「っっっっっっっ!!」
夜空の寝言らしき一言を聞いて、星奈は顔を真っ赤にして夜空の顔面を思いっきり踏みつけた。
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夜空と理科がどうにか動けるようになるのを待った後、四人は遊園地に隣接している温泉、『湯の楽園』へとやってきた。
遊園地で遊んだ後は温泉で疲れを流そうという天馬の意見である。
なお、天馬は先ほどのお化け屋敷事件の事は聞かされていない。というか言えるはずがない。
「あ~。なんか最後の方は覚えてないな……」
男湯に入り、温泉に入る前にシャワーで身体を流す夜空。
その際、夜空のあまりの美貌に他の男性客の何人かが夜空に視線を向ける。
トレードマークである長い黒髪のせいもあってか、後ろから見れば完全に女に見える夜空。
「はっはっは。ずいぶんと出来た体つきだな」
無論、この言葉からこの小説がそっち方面に発展するわけではない。
冗談は置いておき、後ろからタオルを掛けただけの全裸の天馬が夜空の方へと向かっていく。
そう夜空を褒める天馬の方も、四十代とは到底思えない若々しい肉体美を輝かせていた。
「あ、理事長」
「背中を流そう」
そう言って、理事長はその立派なお稲荷さんを揺らしながら夜空の方へとやってくる。
おじさんに背中を流してもらう趣味はないが、ありがたいことだろうと思い、夜空は素直に背中を天馬に預ける。
「じゃあお願いします」
夜空がそう言うと、天馬は夜空の後ろにどっかりと腰を低くして座る。
そしてタオルに石鹸を付け、夜空の華奢な背中をごしごしと洗い流す。
この光景を今理科が見ていたら、きっと温泉を血まみれにしておぼれ死ぬかもしれない。
「うまいっすね」
「バカな友人に何度かやらされたからな。しかしこうしていると、あの男に初めて銭湯に連れていかれたことを思い出す」
天馬は夜空の背中を流しながら、かつての過去に耽っていた。
天馬には掛け替えのない友人がいるようで、とても大らかでとっつきやすい男のようで、いつも手を焼いていたとかなんだとか。
そんな話を聞いて、夜空も友情というものに感じる何かを思っていた。
「心から信じられる友人ですか。俺もそんな友人が欲しいですよ」
「君は友人は多い方ではないのかね?」
「それなりっすよ。それに……心から全てを許せる友人は、十年前に一度失ってます」
夜空にもかつては、そのような友達がいた。
とても恐ろしく、皆から恐怖の目で見られていたが、夜空だけはその友人を裏切ることはなかった。
ずっと心配し続け、いつかそんな友人の失った光を取り戻したいと、そう願い続けていた。
その友人がある日自分に何も言わずどこかへ引越したと知った時でさえ、その友人を心配し続け、恨むことすらしなかった。
「……すまない」
「いえいえ、失ったものは戻らないんで。そう……過去にいつまでも縛られるのは、愚かなことですから」
「夜空くん……?」
「失ったものは戻らない。"作り直す"しかないんです。百が失ったら、それは一から作り直すしかない」
夜空はその過去に対して、一度も手を伸ばしたことはない。
三日月夜空にとって過去とは、過ぎ去った事象でしかない。
時は常に動いている。手に入るものもあれば失う物も出てくる。それを夜空は知っていた。
だからこそ彼は失ったものを取り戻そうとはしてこなかった。常に新しく、作り変えていく。
「あ、そうだ夜空くん。あれから星奈はいじめられたりはしていないかね?」
いつまでも少年の暗い過去を掘り出すのはよしておくべきだ。
天馬はそう思い、話題を我が娘のことに反らす。
「あれ以降はいじめとかはないですね。でも同じようなことはしてますよ。男子ども集めて学校中を歩いたり」
「うぐ。親として恥ずかしい……」
「ははは。でも……変わったと思いますよ。ほんの少しですけど」
今もまだ、星奈は高飛車で学園の支配者をしている。
しかし一年前ほどひどいものではない。かつては同性の子たちを見下し晒しものにしていたりとやることが外道そのものであった。
だが今ではあまり同性の子とは関わらず。柏崎帝国はあれどそれほど他の生徒達に迷惑はかけていない。
それに、今の彼女には小鷹という友人がいる。小鷹ならば星奈を好き勝手させることはない、それを夜空は知っていた。
「そうか……。夜空くん」
「はい?」
「もしも、またあんなことがあった時は、うちの娘を守ってくれるかね?」
その天馬の質問に、夜空は少し言葉を濁す。
「……難しいですね。俺には」
「なぜ、そう言うのかね?」
「……隠しておくのも理事長には悪いので話しておきます。俺は一度……星奈を泣かせました」
ずっと天馬には言えず、喉の奥で引っかかっていたその出来事。
それを今だからこそ、踏ん切りをつけるように夜空は天馬に話しだした。
「一度喧嘩したんですよ。その時に彼女を泣かせました。だからもう俺には……あいつを守る資格はありません」
「……そうか」
それを聞いて、天馬は夜空に失望するだろうか。
この場で見捨てるだろうか、夜空は色々なことを考えた。
だが、天馬の反応はその枠に乗っとれない、意外なものであった。
「そう、素直に言えることは良いことだな。やはり私の目に狂いはなかったようだ」
「……怒らないんですか?」
「そうだな、その言葉に私が答えるべきはこうだ。私には君を怒る資格はない。それでいいかな?」
「……なんかあったんすか?」
「あぁ、私は一度許嫁を裏切っている。それも……未だに隠し続けている始末だ。だから君より性質が悪い」
天馬は未だに、妻に話すことのできない大変な事実を抱え込んでいるという。
「……なるほど。隠し子っすか?」
「うぐっ……。ずいぶんと感深いな……」
「色々思うところはあるんで。あぁそうだ。あの"外人さん"は元気ですか? 就職活動中とか言って俺らの所へひょいと現れたあの美人さんです」
「あ、あぁ。今はうちの家令見習いをやってもらっている……」
「……就職して間もないのにずいぶんと出世してますね」
「……まぁな」
(あの外人さん、何が就職活動中だ。俺らを"利用"しやがったな……)
かつて夜空たちが出会ったステラという就職活動中のガイコクジーン。
小鷹と星奈は何気なく対応していたが、夜空だけは少しばかり彼女の事を疑っていた。
出来すぎたように小鷹の前で自殺未遂をしかけ、上手すぎるように小鷹に助けてもらい、夜空と星奈のいる小鷹の家へと上がり込んだ。
そしてその容姿、どこかしら"星奈に似た部分"があるのを、夜空は見抜いていた。
このことから、ステラが何か目的で小鷹に近づいたと、夜空は睨んでいたのである。
「こ、これ以上この話はやめよう。あとなるべく星奈には内緒にしておいてくれ」
「わかりました」
人様の家庭をめちゃくちゃにするような趣味を、夜空は持ち合わせていない。
そして話は再び星奈の話題に。
「それでだ。その……夜空くん」
「はい?」
「もしもだ。うちの娘とその……よろしく頼むと私が言ったとしたら、どうする?」
「……お断りします」
「……そうか」
天馬の言う言葉がなにをあらわすかを、夜空はすぐさま察した。
だからこそ、淡い期待を抱かせないため、すんなりと断って見せた。
だが、それだけでは後味が悪いので、夜空はそこにこう付け足した。
「ですが、あいつとこれからも仲の良い友人でいることに関しては、別に嫌とも思わないですよ」
「夜空くん……」
「俺、あいつの事は苦手ですけど。好きか嫌いかで言えば……"好き"なんですよね。あいつのすぱっとした性格が」
「ふっ……ならばこれからも、娘の良き友人でいてくれたまえ」
「……はい」
その後、二人はゆっくりと温泉につかり、心と体の汚れを洗い落とした。
その際、天馬は夜空を見つめ、何を思っていただろうか。
「だが夜空くん、私はまだ諦めんよ……」
夜空こそ、星奈の婿にふさわしいと。
天馬はそう思い、まだ諦めを口にすることはなかった。
それと同時期、彼の友人である羽瀬川隼人もまた、夜空に目を付けることになる。
それが後日、羽瀬川隼人が柏崎邸に久しぶりに顔出しに行った際、三日月夜空をめぐって夜中の十二時から朝の六時まで喧嘩をする事件に繋がるのである。
アニメ放送に合わせた遊園地回です。
ちなみに、アナザー小鷹はブラックドラゴンに乗ってもまったく怖くないらしいですよ(笑)