はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド-   作:トッシー00

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第30話です。


映画を作ろう

 柏崎家別荘旅行も終わり、夏休みも残り一週間足らず。

 この時期になると、大抵の学生は夏休みの宿題に追われているころだろう。

 追われていないと断言出来てしまうのは、学園一の天才の星奈と、頭がいいくせに元から宿題などやる気がない夜空くらいのもの。

 その二人に比べ平平凡凡のステータスな小鷹は、地道に宿題をやっていたため、後は約二日分。

 

 そんな残りの夏休み、この日は夜空と星奈に加え、理科が小鷹の家に来ていた。

 

「ごほんごほん! 残り少ない夏休みにわざわざすみません。小鷹お姉さんも毎度の事ご自宅を貸していただいて感謝しますよぉ」

「それはいいけど。んで、映画を撮るってなにをするの?」

 

 小鷹はそう理科に質問をする。

 映画を撮るということだが、それは旅行が終わって間もないころ、理科が小鷹に電話してきた内容である。

 

「理科も各方面に名を売らなくては食っていけないクリエイタ―の端くれでしてね。近々アマチュア向けの地元PRビデオコンテストなるものが開催されるんですが、その映画の役者をみなさんにお願いしたいなと思いまして」

 

 理科いわく、そういうことらしい。

 アマチュア向けとはいえ、賞を取ればそこそこ賞金がもらえるコンテスト。

 理科はプロとして仕事をする傍ら、そういったコンテストやコンクールに作品を発表しては地道に名を売っている。

 最近ではクリエイタ―仲間とともに携帯ゲームを開発し大賞に輝いたらしく。仲間とともに数百万以上の賞金を山分け。良い小遣い稼ぎになったのだという。

 

「へぇ~。それであたしたちをねぇ~。やっぱりあんたいい目してるじゃない?」

「あはは。星奈さんほど見栄えのいい女子高生は今時そうそうお目にかかれませんからねぇ~」

「そうよね! あたしみたいに容姿も頭脳も完璧な女神なんて何千年に一度現れるか現れないかの奇跡なのよ!!」

「その通りですねー(わ~い、めちゃくちゃ使いやす~い☆)」

 

 心の中で理科に馬鹿にされているとも知らず、天狗になってはしゃぐ星奈。

 その他、小鷹と夜空、小鳩にも出演してもらうとのこと。

 

「んで理科、ここ遠夜市は別にお肉の名産地じゃねえけど大丈夫なのか?」

「ちょっとどういう意味よ夜空!」

 

 星奈の映画ということは、きっとお肉の宣伝映画になるだろうと夜空は勝手に決め付ける。

 

「大丈夫ですよ二人とも。別に焼き肉のシーンとか肉に関する場面はありませんから」

「ほ~ら、大丈夫じゃないのよ……あれ?」

 

 理科にフォローされたのはいいが、それの返し方がなにかおかしいような気がした星奈。

 が、考えても仕方がないだろう。星奈が色々と悩んでいるうちに撮影機材が小鷹の家に運ばれてくる。

 撮影機材といえど、持ち込んだのは最新型の家庭用ビデオカメラとスタンド。TV局などで使われるような立派な奴ではない。

 

「今回の映画のテーマは"家族"です。なので最初は家庭内でのワンシーンを撮影したいと思います~」

 

 理科はそう言って、それぞれ四人ごとに台本を渡す。

 小鷹、夜空、星奈、小鳩は台本に目を通す。と、ここで小鷹があることに気づく。

 

「これ、配役が決まっていない上にアドリブがやたら多いんだけど……」

 

 台本を開くと、役名はあるがその役をだれがやるかは書かれていない。

 ちなみに役名は順に。父、母、子供A、子供B。となっている。

 

「あぁ。これは役者の個性をみたいので、配役をころころ変えながらなんパターンか撮る予定なんですよ」

 

 理科いわく、みんながそれぞれ個性的なため、役を変える度に違う一面が見れるかもしれないということらしい。

 そしてアドリブだが、その部分はそれぞれ相手に合わせた台詞を言って雰囲気を作るとのこと。

 父親役はこの中で唯一の男である夜空がやるとして、母親役と子供役二人はローテーションで回すことになった。

 

「にしても映画とはいえ、夜空の奥さん役とはね……」

「星奈的にはよかったんじゃない?」

「…………」

 

 夜空の嫁役をやるということに少し恥ずかしさのある星奈を、小鷹は軽い気持ちで後押しする。

 しかし、星奈はまったく、小鷹の後押しに対して嬉しさを抱かなかった。

 あの日の夜あんな光景を見てしまい、その上で二人のある秘密を知ってしまっているだけに、星奈が抱く感情は苦々しいものだった。

 今二人揃っている。ならばここで追及してしまおうか、星奈はそうも考えた。

 だが、下手に追及してしまえば、星奈にとっては良くないことだらけになってしまう可能性もある。

 なにより皆が集まって楽しく映画を撮るというこの楽しいひと時を、壊してまで知るべきことだろうか。

 悩んだ末、今日一日は、星奈はぐっとこらえることにした。

 

「どうしたの星奈」

「……なんでもないわ。じゃあ最初はあたしがやるわ」

 

 喉から出そうになるものをこらえ、星奈が最初の母親役をやることに。

 一方で父親役の夜空はというと、さっそく新聞を広げてスタンバイしている。

 別に星奈が母親役をやることなど、どうでもよさそうといった顔をしている。

 

「それではいきますよ~。よーいアクション!!」

 

 理科がそう言ってカチンコを鳴らし、カメラを回す。

 星奈はエプロン姿で台所に立ち、夜空は新聞を広げ椅子に座っている。

 子供Aの小鷹と子供Bの小鳩は夜空の向かいの椅子でただ座っている。

 

父『さてと、週末の競馬が楽しみだなぁ~』

母『休日くらい子供たちと遊んであげたら』

子供A『お父さん宿題見て~』

子供B『パパ遊んで~』

 

 ここまでは台本通りの演技である。

 夜空と星奈はそれなりに様になった演技を、羽瀬川姉妹は若干棒読み気味のたどたどしい演技をしている。

 そんな流れで、ここから先はアドリブとなる。

 それぞれが独自のセンスと間の読み合いが光る場面となる。最初に切り出したのは父親役の夜空。

 

「時に母よ、夜ご飯はまだか?」

「うるさいわね。ろくに働きもしないくせに」

 

 話題は今日の夜ご飯の話に。

 星奈の返しだと、どうやら夜空は亭主関白な夫の設定のようである。

 この後星奈はゆっくりと夫の駄目な部分を述べていくつもりだろうか。

 しかし、互いの悪口を言い合うのなら、それは夜空の方が早かった。

 

「そうか、それはすまないな」

「まったくよ。働かないし浮気性、男として最低よね。最低のクズよ! だらしがないだらしがない!!」

「それで、かれこれ二十三日連続で夜飯がサーロインステーキなのだが……」

「あたしどんだけサーロインステーキ焼いてんのよ!!」

 

 思わず役を忘れてツッコミを入れてしまった星奈。

 戦況はあっという間に夜空に傾く。ちなみに子供二人は二人のマシンガントークのせいで台詞を言う隙間が無く黙りふける。

 

「お前は学生時代からすごかったもんな。毎日のようにビッ○ボーイに通ってサーロインステーキ頬張ってた」

「そんなことしたことないんだけど! 何度も言うけどあたしステーキ頬張るような趣味もステーキが好物でもないからね!!」

「店員さんも困ってたもんな。おめぇが立ちあがって『この店のデミグラスソース、ありったけよこしなハァッ!』とかハミングするから」

「ハミングしたことないんですけど!!」

 

 もはや星奈の武勇伝に何か一つ伝説が追加されつつあった。

 

「この浮気性! DV亭主! 死ね!!」

「うわ~んお巡りさ~ん。家の女房がDVしてくるよ~」

「なんですって!! あんたの稼ぎが悪いからでしょうが!!」

「うわ~ん。鬼嫁、肉嫁~」

「うきゅーーーーー!! このろくでなしぃぃぃ!!」

 

 なんかもう映画のワンシーンというよりは、いつもの喧嘩のワンシーンになりつつある。

 これ以上は長くなると、たまらず小鷹は立ちあがる。その光景を見て小鳩はびくつき、理科は楽しそうにカメラを回していた。

 

「このろくでなし男ーーー!!」

「うっせえぞこの※※※妻がーーー!!」

 

「おとうさーん、おかあさーん」

「「!?」」

 

 小鷹のわざとらしい甘えるような声が聞こえた瞬間、夜空と星奈の口喧嘩がぴたりと止んだ。

 そしてゆっくりと小鷹の方に顔を向ける。

 そこには、包丁を二本持って笑顔で二人を見つめる小鷹がいた。

 

「ね~。あそんで~☆」

「「…………ませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません」」

 

 気がつけば、二人は小鷹に謝りつづけていた。

 二人の喧嘩が終わった所で、理科がカチンコを鳴らしてカメラを止める。

 そして数分撮った映像を見直した後、満足したようで次の撮影の指示を出す。

 

「はいおつかれさまで~す。したら次は母親役を小鷹お姉さんにお願いして再度同じシーンを撮影します」

 

 ローテーションの順で、次は小鷹が母親役――すなわち夜空の嫁役をやることになった。

 その際に、理科からこんな提案が出された。

 

「そうですねぇ。せっかくですから次は夫婦喧嘩のシーンをお願いします」

「おい理科。それって俺に死ねって言ってるのと同じことじゃね?」

「どういう意味じゃこらぁ……」

 

 夜空の物言いに対して皮肉を感じた小鷹が睨む。

 確かに小鷹と夜空が喧嘩をしたら、圧倒的に小鷹が勝つのが目に見えている。

 最もそれはあくまで手が出る喧嘩であるならの話なのだが。

 

「う~ん、お兄ちゃんがどのくらい小鷹お姉さんから逃げ切れるか計測したかったんですが」

「理科。いい加減にしないとお兄ちゃん怒るぞ」

「なら仕方ありません。口喧嘩ということでお願いします」

 

 夜空を雑な扱いで流し、理科はすぐさまカメラとカチンコを持ってポジションに移動する。

 今度は小鷹がエプロン姿で台所に立ち、夜空は変わらず新聞を広げ椅子に座る。

 子供Aを星奈が、子供Bを小鳩が演じる。

 

「よ~い、アクション!!」

 

 こうして理科はカチンコを鳴らし、カメラを回し始める。

 

父『さてと、週末の競馬が楽しみだなぁ~』

母『休日くらい子供たちと遊んであげたら?』

子供A『ろくでなしパパ、宿題見なさいよ』

子供B『パパ遊んで~』

 

 ここまでは先ほどと同じ下り。

 だが、さっきの屈辱を引っ張っているのか星奈の台詞に少し棘があるように聞こえるのは気のせいだろうか。

 

「時に母よ、今日の夜ご飯は当然レトルトか?」

「最初からレトルトって決めつけられてる所に嫌味を感じる……」

 

 それもそのはず、小鷹が料理すれば羽瀬川家でアポカリプスが発生するからである。

 しかも先ほどの会話とは違い、二人の子供たちもそれに乗っかるように「あたしもレトルトがいい!」「我もレトルトで我慢してやるぞ」と言い出す始末。

 この三対一の流れに小鷹は少しばかり傷つきながら、黙って台所でレトルト料理の調理(をするフリ)をする。

 口喧嘩のシーンとはいえ(というかそのシーンならさっきも撮った気がするのだが)、どう切り出せば良いものだろうか。

 悩み上手くアドリブが言えない小鷹。と、そこで機転のきく夜空がしかけた。

 

「小鷹。そろそろ俺、三人目が欲しいな」

「ぶほっ!」

 

 何を言い出すのかと思いきや、いきなりそっち方面の話である。

 いくら映画の撮影とは言え、そういった話を振られると小鷹(高校二年生女子)も戸惑う。

 

「ふ……二人で充分じゃないの?」

「いやいや。この二人は俺らの本当の子じゃないし」

「そこでそんな衝撃の事実言われてもしょうがないんだけど!?」

 

 やたら無理やりな方法でシリアスな状況へ持っていった夜空。

 これには小鷹も驚きツッコミを入れる。当然、子供役の二人もこの状況にはアドリブを入れにくい。

 

「そ、そうだっけ……?」

 

 なんとか役に戻り対応する小鷹。

 が、それでも戸惑いは隠せない。そんな小鷹に対し夜空は容赦なくアドリブをたたみかける。

 

「そうだ。小鳩はコウノトリが運んできた天使の子で、星奈は動物園でズタボロな所を拾ってきただろ」

「あたしの扱いめっちゃひどくない!?」

 

 昔から言い伝えであるコウノトリに運ばれてきた小鳩とは対照的に、動物園に捨てられた所を拾われた哀れな星奈。

 そんな扱いをされてはたまったもんではないと星奈は抗議するが、役に入り込んでいる夜空は聞く耳を持たない。

 

「そ、そうね……」

「そもそもこうなったのも、俺がどんだけお前にアプローチをかけてもお前が頑固としてヤらせてくれなかったせいだろうが」

「う……うががががががが……」

「きたーーー! お兄ちゃんの無表情寄り添い責め(サイレント・ストライク)(命名:理科)!!」

 

 この回りくどい部分が憎いところか、夜空の言いたかったことが表立って台詞として出てきた。

 理科は興奮してカメラを回している。なんか「ぐへへ~」とか言っている。

 この流れに対し小鷹は、いつものように怪力に身を任せて対処すればいいのだろうか。

 いや、今回は映画の撮影。それに我が家でもあるため何回も怪力を行使するわけにもいかない。

 なにより、それはこの先小鷹のためにならない。なのでなんとか、映画内のアドリブとして対処することに。

 

「だから、いやだって……」

「んだよ、なんでそんなに抵抗すんだよ?」

「う、だって…………いから」

「え? なに?」

 

「恥ずかしいから!!」

 

 と、小鷹は抑え気味の力で夜空を両手で突き放した。

 

「……え?」

「だって。子作りって……あんなこととかこんなこととか……しなきゃいけないんでしょ? ……ってなに言わせてんのよ恥ずかしいな!!」

「いや、まぁその……くくっ……」

「なに笑ってんだよ!!」

 

 顔を真っ赤にして真剣に感情を乗せてぶちまける小鷹を見て、夜空は噴き出す。

 理科もカメラを回しながらクスクスと笑っている。子供役二人はというと、どうにも言えない微妙な表情をしていた。

 

「す、すまねぇ小鷹。だは……だははははははははは!!」

「む。皇帝に笑われた……」

「にしても小鷹お姉さんは純情ですね~。でも初めて聞きましたよ」

 

 理科の言う通り、今までの小鷹はそう言った話が絡むと全部怪力でうやむやにしてきた。

 だが、今回は己の性への見解を、率直的ではあるが抵抗を言葉にして叫んだのである。

 前からそう言うことに対して苦手ということはわかっていたが、こうも口に出されるとおかしくてしかたがない夜空と理科。

 

「つか、なんであんな展開作ったのさ?」

「いや。今回こそはおめぇ、怪力でうやむやにしないだろうなと思ってな」

「むっ……」

 

 夜空はそう小馬鹿にしたような態度で言う。

 

「でもお姉さん。仮に好きな人にHしようって言われた時、お姉さんは同じこと言えるんですか?」

「うぐっ……。別にいいじゃん、今はそんなこと……」

「ましてやお兄ちゃんのようなかっこいい人に責め寄られて、ヤろうぜなんて言われた日には。理科はストライク・アーンド・ユニバースしてしまいますよ!! 小鷹お姉さんとはいえ、好きな人相手なら絶対に股開きますって!! 間違いないです!!」

「うぅぅ……それ以上言ったら……」

 

 理科に質問され、珍しく戸惑い反撃ができない小鷹。

 そんな光景を、椅子に座っている星奈は黙って見ている事ができず、徐々に不機嫌になっていく。

 そして、身を乗り出して理科と小鷹の間に割って入る。

 

「んもう! この話はこの辺で終わり!!」

 

 と言って、身体を張ってこの話を終わらせようとする星奈。

 

「んだよ肉。空気読めてねぇn」

「なんでもいい。けど……この話はここで終わりなの!!」

 

 いつにもましてむきになる星奈。

 今、必死のこの会話を止めようとしている彼女の意識は、何を考えているのだろうか。

 この会話の流れに、彼女は何を焦ったのだろうか。

 そんな彼女の様子に感づいた夜空は、髪を毛いじり数分黙る。

 

「……わあったわあった。次だ次」

「は、はい。じゃあ次はそうですね、妹さんが母親役をやってみましょうか?」

 

 と、次に母親役に指名をされたのは小鳩。

 さっきまで地味な役回りばかりをしていただけに、急に指名されびっくりしている。

 

「く、クックック! この我が……皇帝のあんちゃんの……妻?」

「さっきの流れがあるから姉としてはやらせたくないんだけど……」

「心配すんな。俺はそっちの趣味はねぇ。次は小鳩に合わせて演じてやるよ」

 

 とは言ったものの、どうにか信用しきれないでいる小鷹。

 しかし小鳩のキャラを考えれば、そうとう無理でもしない限りあっち方面の話には持っていけないだろう。

 それに夜空もやるときはやる男である。小鳩も乗り気みたいなので、このまま続行することに。

 

「では参りますね~。よーいアクション!!」

 

 小鳩を母親役に迎え、父親役は新聞を広げ椅子に座ることに定着した夜空パパ。

 子供Aは小鷹、子供Bは星奈が演じる。

 

父『さてと、週末の競馬が楽しみだなぁ~』

母『休日くらい我が子らと遊んでさしあげよ』

子供A『お父さん宿題見て~』

子供B『パパ死んで~』

 

 初っ端の会話ですでに星奈から死ねコールを浴びせられる夜空。

 が、本人はそんなことなど眼中になく、場面は進んで行く。

 次からはアドリブである。ここから小鳩の中二病が光る所。

 

「クックック。我が闇の血族も等々現世へと召喚されたようだ」

「あぁ。間違いない、我々の勝利だ」

「クックック。これで憎き天の申し子達への復讐は今宵遂げられる」

「これで我らの理想郷は完成するな」

 

 どうにもこの二人の感性に似た所があるらしく、小鳩の無理やりな暗黒設定に一切惑わず合わせる夜空。

 このやり取りを、小鷹と星奈は呆気にとられるようにただ見ている。

 

「我が夫となりし傀儡よ。よくぞここまで我につき従った……」

「なにを、貴様が私を選んだのだろう? 私と契約し、貴様の体内に二つの魂を孕み、そして現世に産み落とした……」

「……ん?」

 

 気のせいだろうか、うまいこと夜空がこの流れをコントロールし始めた気がする。

 小鷹は一瞬頭を悩ませたが、とりあえず様子を見ることに。

 

「そうだったな。我と貴様の契約で我がこの二つの魂を孕んだのだ……孕んだ?」

「あぁそうだ。私の暗黒が生み出した黒よりも濁る光が、純潔が、貴様の体内に二つの魂を孕ました」

「……クックック。そうだそうだ。貴様の暗黒の純潔が……純潔?」

「そうだ。さぞおいしかっただろう?」

「……おいしかった」

「子を産む際は……痛かったか?」

「……激痛を感じた……?」

「そうかそうか。しかしその痛みを持ってしても、その前に行った契約は……気持ちよかっt」

 

「人様の妹になに言わせとんじゃああああああああああああああああ!!」

 

 どがしゃああああああああああああああああん!!

 

 全てが言い終わらずともわかる。

 もう様子見など必要なく、これ以上妹が汚れてしまう前に怪力で夜空にとどめをさす小鷹。

 

「ほげら!!」

 

 まるで踏みつぶされたク○ボーのように頭がへこみぺちゃんこになる夜空。

 

「こ……こにゃか、にゃにをするのりょ?(※こ……小鷹、なにをするのよ?)」

「ぎゃはは、我が死神大帝だぁぁぁぁ。地獄で魂抜くからちょっと一緒にきてもらおうかぁぁぁぁあ?」

「小鷹。昔の血出てるわよ……」

 

 小鷹の表情は阿修羅すら凌駕する禍々しい表情へと変貌していた。

 このまま夜空は地獄へ連れて行かれてしまうのか、こう書くと冗談のように聞こえるが冗談で済まないから困るもの。

 危うく金色の死神に戻りかけた小鷹であったが、怯えた小鳩の顔を見て落ち着きを取り戻し、なんとかこの場は収まった。

 

「いやぁすまねぇすまねぇ。どうもスイッチが入ると、最後まで突っ切ってしまうもんなのよ」

「んもうお兄ちゃんったら! 小さい女の子までいけるなんて守備範囲広~い」

「てめぇら、覚悟しいや」

「「……すいません」」

 

 小鷹は調子に乗りつづける夜空と理科を一声で黙らせた後、本題を撮影の方へ戻す。

 これで役者の女子三名が全て母親役を演じたことになる。ならばもうこの場面は終わりだろう。

 と、思ったのだが。

 

「せっかくですし、父親役を変えましょう」

「え?」

 

 理科のその提案に、小鷹は呆けた顔をする。

 

「父親役を星奈さん、母親役を小鷹お姉さんでお願いします。子供はお兄ちゃんと理科がやりますので、小鳩ちゃんはカメラの方をお願いします。掛け声とともにスイッチを押せばいいだけですから簡単です」

 

 ここにきて自らも参戦すると言い始めた理科。

 何かしら怪しい雰囲気を醸し出しながら、流れるままその配役でシーンを回すことに。

 

「じゃ……じゃあ。よーい、あくしょんっ!」

 

 と、小鳩は可愛らしくそう言ってカチンコを鳴らす。そしてカメラが回る。

 配役は星奈が父親役で、小鷹が母親役。

 そして子供Aが夜空で子供Bが理科となっている。

 はたしてどんな場面が出来上がるのだろうか。

 

「さてと、じゃあたまには子供たちと遊ぼうかしら」

 

 最初のくだりはいい加減しつこいため飛ばし、父親役の星奈が子供と遊んであげるというシーンをアドリブで演じる。

 

「わーい、ありがとークッソババア~」

「ぐっ……。そんなこと言う悪い子とは遊ばないわよ……」

 

 夜空は子供役になっても星奈に悪口を言っている。

 

「久しぶりにお父さんが暇を作ってくれたんだから、そんな悪いこと言うんじゃないの」

「はーい」

 

 母親役の小鷹に言われて、素直に従う子供役の夜空。

 と、ここまでは今までに比べても、至って普通のホームドラマだった。

 なのだが、そこで理科が動き、状況が一変する。

 

「パパ、ママ。純粋な子供からのウルトラハッピーな質問なんですけど~」

「ウルトラハッピーは余計だけど……なに?」

 

 その質問がウルトラハッピーになるかは質問内容次第として。

 理科の質問に対し父親役の星奈が対応する。

 

「パパとママは愛し合って結婚したんですよね~?」

「(またそっち系……?)う、うんそうよ?」

「本当に愛し合ってるんですか?」

「え、えぇ。そうよ」

 

「だったら、ここでキスしてみせてくださいよ~」

「「ぶほっ!!」」

 

 唐突な理科の展開の持っていきかたに、小鷹と星奈がずっこけた。

 

「え、えぇ!?」

「だって愛の形といえばキスですよね~」

 

 どこか子供らしく、でも本性らしきものが理科から漏れ出している。

 その理科に、夜空も乗っかるように台詞を重ねてきた。

 

「父さん、母さん。キスしてよー」

「ストレートに言うんじゃないわよクソ夜空……」

「ていうか、役割上男女だけど……ボク達女同士。ボクにはそんな趣味はないんだけど……」

 

 煽る夜空に二人はそれぞれ顔を反らしながら戸惑っている。

 無論、そんな流れはアドリブで吹き飛ばしてしまえばいい話。アドリブの上手い二人を負かすには時間がかかるが、それでもなんとかはなるはず。

 

「でも、キスしないとその"手錠"外れないですよ~」

「なんじゃこれええええええええええええええ!!」

 

 手錠という物騒な言葉を聞き、小鷹は己の右腕を確認して驚愕する。

 そこは天才志熊理科、キスをしろと言った時、すでに手は打ってある。

 気がつけば小鷹と星奈には手錠がはめられていた。本当にいつの間にはめたのかは見当もつかない。

 おまけにキスをしないと外せないと言っている。

 

「ちょっとなによこれ!!」

「こんなの! ボクの怪力でぶっ壊せば!!」

「あぁその点は大丈夫です。その手錠は○ジラが踏んでも壊れないようにできてますから」

「どんだけ!?」

 

 いくら死神と恐れられた小鷹でも○ジラには勝てない。

 小鷹でさえ壊すことができない手錠。それを開発してしまうのが志熊理科の頭脳。

 こんなどうでもいいことのために労力を使ってしまうのが天才少女なのである。

 

「どうすんのよ小鷹? あんまり無理するとあたしの腕が持たないんだけど」

「……いや、なんとか別の方法を探そう」

「…………」

 

 小鷹が別の方法を探そうと、考えを募らせている時。

 まるでかったるくなったかのように、星奈が小鷹の肩を掴み壁側に押し付ける。

 

「ちょっ! 星奈!?」

「いいわよ。女の子同士だし、小鷹となら……してもいい」

「はぁ!?」

「「キマシタワーーーーーーーー!!」」

 

 覚悟を決めた星奈、戸惑う小鷹を尻目に夜空と理科は歓喜。

 まるでその場面は、なんとか大事件が流れてもおかしくない一面となった。

 

「皇帝! うそでしょ!? だってあなた原作の方じゃこの場面そうとう焦ってたじゃん!!」

「俺は俺、あの女はあの女だ。それに小鷹、今まで隠してたんだが俺な……"百合ゲー"好きなんだよ」

「ちょっとどういう……。そうか……あっちの夜空がホモゲー好きだったから……!!」

「"逆"に俺は、百合が好きなの☆」

 

「皇帝ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

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 映画の撮影が終わり、すっかり夕方。

 

「……今日は疲れた」

「お疲れ様です小鷹お姉さん~」

 

 どっと疲れを見せている小鷹とは打って変わり、理科はなにやら嬉しそうにしている。

 ちなみに夜空と星奈は先に帰ってしまった。理科は個人的に小鷹に用があるといい、小鷹家に残っている。

 

「して……ボクに用って?」

「実は……お姉さんとちょっと話をしたくて」

 

 そう言って、理科は小鷹の隣に座る。

 その姿は、先ほどまでおちゃらけていた彼女とは別人だった。

 座った途端、小鷹に見せた横顔は、理科が今まで見せたことのない……本質の一面だった。

 

「今日の映画の撮影、地元のPR用っていうの。あれ、嘘なんです」

「え?」

「本当は、みんなとの思い出のワンシーンを……カメラに記録しておきたかったんですよ」

 

 急にどうしてそんなことをしようと思ったのか。

 小鷹は気になり理科に尋ねると、理科は寂しそうな横顔を小鷹に見せた。

 

「急な話なんですけどね。理科、明日から急な仕事でアメリカに行くことになりまして」

「……そうだったんだ」

「すでにお兄ちゃんには言ってあります。まぁ毎度のことですからお兄ちゃんは別れを惜しんだりはしないんですけどね」

 

 この日の映画撮影、それは志熊理科との最後の夏の思い出作りだった。

 最後の最後で明かされたこと。だが、今思えばこの時に明かされてよかったのかもしれない。

 理科もそう思って終わるまでとっておいたのだろう。最初に知られていれば、皆が変に気を使うかもしれないと。

 

「して、どうしてボクに?」

「どうしても、最後にお姉さんに聞きたくて……でもその前に一つ、お兄ちゃんとの自慢話をします」

 

 そう言って、理科は勢いよく立ちあがった。

 いつもの白衣姿で、腕を後ろに組み、オレンジに染まる夕陽を見ながら。

 己の過去を少しだけ、語り始めた。

 

「理科は……"僕"は昔、相当ひねくれてました。己に与えられた才を誰にも理解されない怒り、妬まれ続けたことで得た痛み、それらを抱えて誰も信じようとしなかった」

「……」

 

 小鷹はその過去を聞いて、少しだけ自分と理科を重ねた。

 その一人称も、今の自分と同じ。それを変えながら過ごしてきたことも、自分と似通う部分があった。

 

「僕は論理的思考が苦手で、いつも他人の複雑怪奇な論理的な考え方に対して、呆れ、つまらないと感じてきました。全ては合理的であればいい、道理にかなっていれば論理を並べて意地を張らなくてもいいんですよ。けど、そんなのを通しきれる天才は感情が無いようなものです。僕はそんな人間でした」

「……そう」

「全てに呆れ果てる自分の裏で隠し続ける、不安や恐怖、世界への否定……変人でしょ? 表では合理的でいられても、裏ではそれに耐えきれない。でも耐えられちゃうんですよ、変人だから……」

「……同じかもね、ボク達」

「……てめぇみたいな常人が僕と同等だなんて思うんじゃねぇよカス」

「……?」

「って、以前までの僕ならそう思っていたでしょうね。けど今はそうは思いません」

 

 まるで人柄をころころ変えながら、過去を掘り下げていく理科。

 生き方が違えど、理科と小鷹には似たような部分が存在する。

 だが小鷹は理科とは違い、論理的な思考で全てを壊してきた。

 他の人と違うのは、小鷹の場合はその論理を一方的に相手に押しつけるところ。

 全てが自分勝手で、己の論理を確立させ、相手の考えを封殺する。

 それが金色の死神のやり方。そしてそれは、かつての志熊理科にとっては最も忌み嫌うやり方でもある。

 だが今こうして、対極のはずである二人はわかり合っている。

 それは、二人がある共通した人物によって生き方を変えられたからである。

 

「わずか十二歳で大学を卒業して、あとは社会の人形のごとく生きようと諦めかけていました。でも……その時出会ったんですよ」

「それが……三日月夜空?」

「そう、全ての計算が通じない唯一無二の存在。合理も論理も無い第三の思考、直感的思考です」

 

 全てを考えではなく、己の感で行動を示す直感的思考。

 それが三日月夜空の真骨頂。彼は確かに考えもするが、そのほとんどが直感的に行動している。

 いうなれば、論理と直感の融合。彼が頭のいいヤンキーと言われるのもそこにある。

 彼は考えるには考える。しかしその考えに全てをゆだねたりはしない。

 だが、そんな考えで動いた所で大抵の人間は成功しない。だが、夜空だけは別であった。

 

「全てを直感的に解決してしまう三日月夜空。お兄ちゃんはまさしく計算が追いつかない人でした。そんな人を……一般的にはこう言うのでしょう」

「……それは?」

「そう……"主人公"というやつです」

 

 理科の例えは射を抜いていた。

 主人公、夜空という男はそう呼ばれるにふさわしい人物と言えるだろう。

 

「物語の主人公というのは、決められたロードを辿る上で必ず失敗しない。言ってしまうならお兄ちゃんはその類の人間なんですよ。計算を抜きにして、全ての成功が約束された人間なんです」

「……言いすぎじゃないの?」

「いや、そんな人物の言葉だからこそ僕は変われました。今僕が変わっていなければ、夜空お兄ちゃんは失敗したことになる。それが結果論という物です」

「なるほど……」

 

 結果的に、理科の人間性はここまで穏やかな物に変わっている。

 ならばこそ、夜空は今も尚成功し続けていると言うことである。

 

「いつしか僕は、そんなお兄ちゃんの事が好きになってしまいました。顔も良くて面倒見がよくて何でも成功させて、本当に憎たらしいくらい主人公やってるんですよあの人」

「はは、そうか。やっぱり皇帝はモテモテなんだね」

「……なに、他人事みたいに言ってるんですかお姉さん?」

 

 そうジト目で、理科は小鷹のおでこにデコピンする。

 

「痛っ!」

「ふふふ。ここからは理科があなたに質問するタイムです」

「質問?」

「前にも聞いた質問を少し緩やかなものにします。お姉さんはお兄ちゃんをどう思ってます?」

「……どうって」

 

 改めて、こんな質問をされると、小鷹自身も答えに困る。

 小鷹にとって夜空は大切な友達。だが、小鷹がそれ以上の物を夜空に抱く理由があっただろうか。

 ……いや、その想いが明確になり始めているのだ。全ては別荘でのあの日、あの時間。

 小鷹が夜空に、かつての親友の面影を重ねた時に。

 

「……ボクにとっての三日月夜空……ね」

「聞かせられる範囲でいいですから、聞かせてもらえます?」

「……大切な親友に……似てる人。いや……似てるというより……多分」

「なるほど……。そっか、あなただったんだ……。金色の死神って……」

「え? なんだって?」

「……いえなんでも。なら、あの人の従妹としてあなたに一つ」

 

 そう言って、理科は小鷹に顔をぐっと近づける。

 そしてそれは願うように、小鷹に向けて放たれる。

 

「あの人の事、見ててあげてくださいね」

 

 そう言った後、理科は小鷹に握手を求める。

 

「今度こっちに帰ってくるのは冬あたりになりそうです。それまで……お元気で」

「……うん、お元気で」

 

 こうして、二人は固い握手を交わした。

 

 翌日、理科は朝一の飛行機でアメリカへと渡った。

 次に会えるのは冬だという、それまでしばしの別れとなる。

 小鷹にとって志熊理科は、とても大切な友達。

 

 別れとなった今も、そして……これからも。




夜空と理科が従妹という設定になったのは、容姿が似通っているというネタからです(いたち氏が書いている漫画ならわかりやすいかもしれません)。

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