はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド- 作:トッシー00
これは一人の少女に起きた奇跡の話。
長い間友達ができなかった、少女の話。
少女には長い間、友達という存在がいなかった。
どうしていなかったか、それは簡単だ。少女は死神と呼ばれ、他の人から見れば恐ろしい力を保持しているからだ。
少女は容姿は普通だ。目つきが悪い強面でもない、笑うのが苦手というわけでもない。女の子として見てもどちらかといえば恵まれている方である。
強いて言うなら、髪の毛の色が他の人に比べてひねくれているくらい。だが髪の毛の色など、染毛剤でどうにでもなるものだ。
性格の方はというと、少女らしさはかけているが正義感あふれ、優しさに満ちている。
そんなどこにでもいそうな普通の少女、だがそんな少女には友達がいなかった。
それを決定づけた理由こそ、少女の闇が生み出したストレスによる"怪力"だった。
昔から言われ続けてきた。その怪力さえなければ……と。
それならば、少しユーモアがかけ、少し引っ込み思案で、今時の女の子っぽくするのが少々苦手。そんな"程度"で収まっていただろう。
が、少女の怪力は一向に無くなることはなかった。
そして彼女はとにかく、"間が悪かった"。
無くならないのなら出さなければいい話である。怪力を隠し続けていればまだマシな青春を送れていただろう。
だが、その少女の怪力は決まって間の悪い所で発動し、結果それを見た他の人から恐怖の目で見られ、関わりを断たれ続けられていたのである。
隠したくても隠しきれない。隠し続けると言うのはけして簡単なことではない、ましてやそれが精神的な病ならなおさらである。
だが、本当に彼女は隠そうとしたのだろうか。
彼女の精神は十年前に破壊されており、今でも一部の感情が欠落した状態である。
彼女の心の傷が生んだ怪力を、彼女は隠そうと努力しただろうか。
自分の忌むべきコンプレックスを、消そうと努力しただろうか。
否、"あえて"その状態を臨んだ結果、わざと間の悪い所でその怪力を発揮させたのではないだろうか。
いつしか、彼女の怪力を見てもなお、彼女とわかり合おうとする人たちが現れ始めた。
彼女は運が良かった。怪力が生まれて十年、今まで彼女に訪れなかった幸運が全て彼女に振りかかったのだ。
三日月夜空という少年に出会ったこと。
その夜空を通して、柏崎星奈に出会ったこと。
その二人の共通の趣味であるMOを通じて、様々な人とチャットで知り合ったこと。
ある日夜空の従妹である志熊理科が遠夜市に帰省したこと。
ある日星奈の後輩である楠幸村を街中で助けたこと。
それら数々の出会いの裏で、一つの狂いもない奇跡的で複雑な人間関係が形成されていたこと。
星奈が前に夜空と付き合っていなければ、そこに星奈はいない。
理科が夜空の従妹でなければ、そこに理科はいない。
幸村と星奈が同じ学校でなければ、あのカフェで幸村との一件が起きてはいない。
MOというゲームをやっていなければ、高山ケイトと遊佐葵には出会っていない。
そして、かつてソラという親友と出会っていなければ……三日月夜空との出会いもなかった。
どんな因果か。
どんな奇跡か。
どういうわけだか、死神と呼ばれた少女はとてつもない幸運を手に入れてしまった。
だが様々な奇跡を手に入れても、少女には戻らないものが存在する。
失った瞳の光。闇に染まってしまった感情のない瞳。
そして怪力は無くならない。どれだけ楽しい日々を送っていても、随所随所で現れる怪力は健在だ。
だがそれらの結果も、全ては少女が心の底で臨んだ上での結果だったとしたら。
少女にはたくさんの友達ができた。だが少女がそれを、一つの事象としか捉えていないとしたら。
少女はかつての大切な親友と再会した。だが今となっては、少女にとってその少年がかつての概念でしかなかったとしたら。
壊れることを恐れるがあまり、全てを壊さんとして殻に閉じ籠り、自身の中の均衡を保つために全てを誤魔化し続けていたら。
それは、他の者から見れば正義などではない、それは紛れもない"悪"である。
全てが独りよがりで、自己犠牲で、嘘の塊で。
でも、少女にとってはそれが悪でも構わない。間違いだろうと、手に入った物を失うくらいなら、正しくなくとも構わない。
それを人は『弱さ』とか、『甘え』とか言うだろう。だがそれらを拭い払おうと踏み出し失うことになるのなら、それが弱くて甘えだろうと構わない。
全てを壊してきた死神だからこそ、もう二度と……。
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夏休み最後の週。
あと数日で学校が始まる。
宿題の見直しも済んだ。あとは学校が始まるまで、夏休みの最後を満喫するだけ。
とはいえ、最後まで遊びつくすわけでもなく、あとは家でのんびり過ごすだけ。
小鷹はそう思っていた。学校が始まればテストが近いだろう、それらの忙しい日々を思い浮かべると、楽しかった夏休みが恋しくなる。
そんな小鷹の元に、メールが一通届く。
テレレレン、ウィー・キャン・メール♪
「星奈から? なんだろう」
相手は星奈からである。
『もうすぐ夏休みも終わっちゃうし。二人でどこか出かけない? 前に行った永夜とかどう?』
とのことである。
お出かけ、それも二人でという条件付きだ。
「別にかまわないけども、珍しいこともあるな~」
確かに星奈の急な誘いは珍しい。
学校終わりの放課後ならばたまにあったが、夏休みに入ると二人でどこかへ行くことなどめっきり減った。
この夏休みの終わり寸前の時期に、最後まで思い出作りだろうか。
小鷹はOKの返事を送ると。星奈から集合時間等の内容が届き、明日二人で永夜市に遊びに行くことになった。
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翌日、小鷹は永夜市へと向かった。
永夜市へは何度か買い物に来たことがある。この夏休み中にも、理科に誘われて一度来ている。
相変わらずこの地方有数の大型都市ということもあってか、見渡す限り建物に囲まれている。
「小鷹、こっちこっち」
駅に着くと、すでに星奈がそこにいた。
時計を見ると時間は昼時、お買い物に行く前にまずは、ご飯を食べに行くことになった。
「お腹もすいたし、どこかへ食べに行きましょ。小鷹が決めていいわよ」
「う~ん。じゃあね……」
そして数分後。
小鷹と星奈がついたのは、焼き肉屋だった。
これには星奈も苦笑い、店内に入り席に着いた後、溜めていたようにこう吐き散らした。
「なに? あんたわざと?」
「いや違うよ。単にボクが焼き肉好きなだけだよ」
本当にそうだろうか。
というかかつて星奈が夜空と一緒にご飯に行った時もそうだが、夜空も焼き肉かステーキかの二択だった。
二人揃ってその選択。完全に星奈を意識してのチョイスだった。
と、気にしていても仕方ないため二人は食べ放題コースを選択。そしてメニューを選ぶのだが。
「んで、何食べるの?」
「ん~。じゃあこれ全部五人前」
「え!?」
小鷹はとりあえず適当にお肉を五人前ずつ頼んだ。
数分後、大量のお肉が小鷹達のテーブルに運ばれてくる。
「じゃあいただきま~す」
「……ちょっと待ってよ。あんたこれ全部食べる気!?」
「え? だめ?」
「いやだめじゃないけど。食い放題だし。でも……えぇ……」
明らかに女子高生二人にしては量が多い。
だが小鷹は次々と焼いて、ご飯と一緒に口に放り込む。
星奈はというとあだ名とは裏腹に肉類が嫌いなため(というかベジタリアンなため)、サラダバーのサラダしか口にしない。
気がつくとあっという間に小鷹は大量の肉を食べ終え、追加注文までし始めた。
「あんた……絶対太るわよ。今がそうでも、三十過ぎたら絶対太る!!」
「そうかな。ちなみに小鳩はボク以上に食べるよ」
「あのちびっこあんた以上に食べんの!? 嘘でしょ、じゃあなんであんなに発育悪いのよ!?」
「なんでだろうねぇ~」
実際羽瀬川姉妹が焼き肉に行くと、皿が天井近くまで積み重ねられるという。
どんどんお肉を平らげる小鷹をジト目で見つめながら、次第に小鷹は食べる方に集中し始め会話も少なくなっていく。
暇は星奈は、斜め上にあるテレビに目を向ける。すると、ワイドショーでこんな話題が流れていた。
『超能力者は実在するんです。実際に特殊な力を持った人が日本でも多く見られるそうです』
と、超能力特集がやっていた。
超能力などほとんどがインチキ。星奈はそれを見ながら鼻で笑う。
だが、特殊な力という話題に関して、星奈は小鷹を見つめた。
「……どうしたの?」
「いや、あんたのその馬鹿力。ひょっとしたら特殊な力ってやつだったりすんのかなって……」
「う~ん。どうだろう」
「あんたといい夜空といい。そんな特殊な力って……持ってたら割と楽しかったりするのかしら」
「皇帝が……?」
「あぁ知らなかったっけ? あいつ霊感強いのよ。たまに見えざるものが見えたりするんだって」
星奈が話すそれは、かつて遊園地で星奈が夜空と出会った時の話。
その時初めて知ったのだが、夜空は霊感が非常に強いらしい。
普段見えないものが見え、大体その顔には『トモ』と書かれているとかいないとか。
小鷹の怪力も、言い方を変えると人知を超えた特殊な力というやつにもなる。
小鷹と夜空。性質は違えどどこか不思議な力を持っている二人。そして、それは他人事のように話している星奈自身にも覚えのある話だった。
「う~ん。"あたしのも"その人知を超えた特殊な力だったのかもしれないわね」
「え? 星奈もひょっとして怪力だったするの?」
「違うわよ。小さいころね、時々"声"が聞こえたのよ。聞き覚えのない声が何度か囁きかけてきて、怖かった覚えがあるわ」
「へぇ~。星奈も中二病だったんだねぇ」
「小鷹、一発ぶん殴ってもいいかしら?」
お肉を平らげながら平然とした口調で割と傷つくことを言う小鷹。
ちなみに現在はそんなことは無くなったらしく。星奈自身は幼少期特有の幻聴みたいなものと解釈している。
そして数分後、超能力の話題はすっかり消え。今度はこんな話題へと移る。
「ねぇ、突然な質問なんだけど……」
「なに?」
「あんた、夜空の事どう思ってるの?」
「……どうも思ってないけど?」
と、あっさりと答えてしまった小鷹。
あまりにも軽すぎて、思わず呆気にとられる星奈。
「したら……あんた彼氏とか欲しくないの?」
「こんな容姿も大したことない濁った髪の毛の怪力女の彼氏になってくれる人なんかいないよ~」
「……(髪の毛はもとより、容姿に関しては普通にいいと思うんだけど)」
自虐的にそう言う小鷹に、星奈も苦く笑う。
こう、どこか上の空のような、全てを見据えたように言う小鷹に、どこか星奈は置いて行かれていた。
夜空の事も対して意識はしていない。そして自分に対して自信がないと言い切る。
だけど、間違いなくそんな小鷹の事を想ってくれている人はいる。認めたくはないが、夜空は星奈よりも小鷹の方に視線を送っている。
星奈はそれに気づいている。そして……二人がより深い関係で結ばれている事も……星奈は知ってしまった。
だからこそ小鷹の薄い発言に対しても、どこか焦りを感じてしまっている星奈。
この気持ちは何なのだろうか。自分の中のこの劣等感は、そして……大切である小鷹に対して抱く……この危うい感情は。
どうして今、小鷹に対して好意的ではなく、少しの怒りを感じてしまっているのか。
そしてどこかから生まれるこの嫌悪感はなんなのだろうか、自分は彼女をどうにかしてあげたいというのに、どうしてこう……彼女は自分を見てくれないのだろうか。
「……ねぇ小鷹。もしも夜空が、あたしじゃなくて……あんたを選んだら、あんたは彼の気持ちに答えることができるの?」
「……ん? なんか言った?」
「……」
今、星奈はどこか誤魔化されたような気がした。
今までだってそうだ。小鷹はどこか誤魔化している。
ずっと前から、そして今も、その闇が染まる瞳は何も写してはいない。
今という現状に、自分に都合のいい事象にだけ目を向け。先に進もうとしていない。
全てを保とうとしかしていない。それを星奈は悟っていた。
そして、その小鷹の気持ちに対して、それを受け入れてはいけないと思っていた。
……それではいけないと、思っていた。
その後、二人は買い物などをして、気がついたら夕方。
見慣れた遠夜駅まで戻ってきて、日が暮れる前に別れようとした時。
「じゃあ星奈、また明日」
「……小鷹」
沈んだトーンで、星奈が小鷹の名を呼んだ。
「うん? どうしたの?」
「……あんたのその明日は……どこにあるの?」
「……え?」
「やっぱり……おかしいわよ。あんた」
次第に。
星奈の様子が変わっていく。
先ほどまでの、小鷹の友達としての星奈が……どこかへ消えてしまいそうな雰囲気だった。
「え? どうしたの急に」
「――あんたは」
――――。
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『くはは。こんな時間に電話が鳴り、いざ着信画面を見ればあまりにもめずらしい名前が表示されていたのでな、驚いたぞ』
夏休み最後の週。
その日の夜、夜空はよからぬ不安に駆られ眠れずにいた。
この不安がなんの不安なのか自分自身にもわからず、だがそれに対して自信が抱く恐怖が尋常ではないことに疑うことなく。
今自身が抱いている不安をどこへやればいいのかわからず、迷った末に夜空は、一人の少女に電話をかけた。
「すまねぇな。こんな時間に……」
『別に迷惑ではない。こっちは夏休みが終わり学校通いの真っ最中だが幸い明日は休日だ。受験勉強は怠っていないが、自身の進路に対してはまだ何をしたいか悩んでいる次第だ』
「そうかよ。つか初っ端からずいぶんとおしゃべりだな」
電話の相手は相変わらずのようで、思わず安心する夜空。
彼女は何一つ変わっていない。中学時代に出会った時から本当に何一つ。
常に頂点におり、常に余裕綽々で。あらゆる人に好かれるその気前の良さも、誰もが勝とうとさえ思うことすらできない貫禄も。
夜空にして"リア王"と呼ばれ、"人外"と烙印を押されたその少女は久しぶりの会話になるにも関わらず、過去と変わらない会話を繰り広げる。
『して、こんな真夏の夜にお前さんは私になんのようだ?』
「その……相談っていうか。なんつうか」
『相談か。良いぞ聞いてやろう。私とて伊達に生徒会長職を務めているわけではない。困っている生徒の悩みはこの私の悩みでもあるからな』
今となっては通う学校も違うので、生徒会長であるかは関係ない。
が、少女はかつての夜空の先輩であった。ならばこそその言葉は、可愛い後輩を想っての一言だったのかもしれない。
口下手で自己意識の高い夜空ではあるが、唯一この少女にだけは、抱えている全てを話してもいいと。そう思わざるを得ないのであった。
「話す機会が無かったから言えなかったんだが。会うことができたんだ、金色の死神と……」
『ほう。それはよかったではないか。お前さんとしては悲願の再会だったのだろう? かつてそいつとした約束を守る時が来たということだ』
「そうだよな。そうなんだ。だが……」
少女は正直にその再会を祝福した。
そう、夜空は再会することができた。かつて大切な約束をした親友に。
しかし、強く変わった自分に対して、その親友は何一つ変わっていなかった。
そのことに対して抱き続けていた苦しみを今、夜空は少女にぶつけ始めた。
「最初は本当にうれしかったんだ。そいつが転校してきた初日、俺は目を疑った。満足できないくだらない毎日が、ようやく面白いものに変わるって、希望を抱いていた」
『それはそうだろう。お前さんは強くなったんだ。そして大好きな親友が自分の元に再び現れた。お前さんの閉ざされた青春はようやく始まったと言ってもいい』
「……しかし、その約束を果たすということが……今となっては"不可能"とさえ思い始めている」
この時少女は、初めて夜空の口から弱音を聞いたような気がした。
自分が知っている少年は、ひねくれてはいるがまっすぐで、どんな困難にも立ち向かい全てを成功させてきた。そんな印象があった。
かつてその約束に対して少年が"諦めない"と口にしたのを覚えている。その少年が今、初めて諦めようとしていた。
『……それはまた重症だな。くはは』
「そいつと数ヶ月共に学校に通ったり、たくさんの友と遊んだり、色んな思い出を作った。だけどそいつは自身の怪力が無くなるどころか、ずっと心を閉ざしたままだ。まるで全てを誤魔化し、逃げているかのようにな」
『それだけ、死神さんの負っていた傷は深かったということか……』
「そいつの父親にも話を聞いたんだが、あいつの過去は想像以上のものだったよ。当時弱虫のガキだった俺には、察するどころか理解すらできなかっただろうな」
夜空は今になって初めて、その親友の苦しみを理解することができる。
十年前、そしてその親友が転校してきた当初は、彼女に対しての認識を甘く見ていた。
それはかつて弱虫だった自分が大きく変わったことに対して、自分も変われたのだからという溺れた考え方のせいだった。
恵まれ、幸せすぎた故に夜空は間違ってしまった。意識してかしらずか、いつしか夜空は親友に変化することを強要してしまっていた。
その結果、そんな自分とそいつの境遇を重ねて考えてしまった時、初めてその大きな差に恐れを抱いてしまった。
何が約束だと、何が守って見せるだと。言葉を着飾ることしかできなかった自分が今以上に情けないと思ったことはなかった。
「俺は一人変わりつづけて、十年間という長い時間に対して考えることもせず。転校してきて一ヶ月、周りに打ち解けるどころか怯えてさえいたそいつの気持ちを何一つ考えずに、己の正体を隠して何気なく救ってやろうと息まいたはいいが……。俺は……」
『難しいものだな。お前さんのその気持ち、理解してやりたくてもそれが生半可では失礼にすら値する』
「何も言わずに街を離れて置いて行ったのはあいつではなかった。むしろ逆で……俺があいつをおいてけぼりにしたんだ。今になってわかる。"僕"がいかに……愚かだったということが」
『……』
徐々に夜空の口調が、少女の知っている夜空のものではなくなっていった。
それはかつて十年前にいた少年のそれになりつつあった。
十年間で変わった部分、着飾っていた部分が無くなり、本来あるべき少年の部分が見え隠れする。
「僕はあいつの親友だ、それは変わらない。だから僕は不安に思う。このまま変わらない彼女の隣に居続けられるのか、いずれ別れが来た時、変わることのできなかった彼女はその先も闇に堕ちていくのか。怖くてしかたないんだ。僕は……怖くて仕方がないんだよ!!」
『"僕"か……』
「……こんなこと、本来はお前に相談することでもないんだがな。だけど星奈にそんな弱音は吐きたくないしな。だからこうして聞いてもらったわけだ。笑ってくれてもいいよ」
『なるほどね。口を滑らせたとはいえ……私は相当"余計な事"をしてしまったかもしれぬな』
「え?」
『あぁなんでもない、忘れてくれ。そうさな……』
少女は当然、今までの彼の悩みを聞いて笑うことなどはしない。
かといって助けてやることもできない。何も知らない自信が助けると豪語するだけ無駄であり、それはお節介ではなく侮辱にすら値する。
ならばこそ今自分がすべきことはなにか。少女は考える。
『とりあえず三日月。その一面は来るべき時まで取っておけ。正直似合わん』
「ちっ。笑えとは言ったがその一言は余計だ」
『なんでもこなす主人公みたいな部分を見せたのはそちらだ。私が知っている三日月はその部分だけだからな。そう思うのも仕方あるまいよ』
「そうかよ。そりゃ期待を裏切ってすまなかったな」
夜空は少女のその言葉に対して、嫌味を込めてそう返した。
『心配するな。お前さんが望む時はやがて来る。人は誰だって壁を持つ、それは人がなにかを乗り越えて成長していくためにな。苦難を知らぬ者に強さなど理解できるわけがないからな』
「良く言うよ。苦難知らずの人外が」
『くはは、褒めるな褒めるな』
「褒めてねぇし……」
少女の相変わらずの物言いのおかげか、落ち込んでいた夜空の表情が徐々にやわらかくなっていく。
その手腕はさすがな物だと、夜空は口には出さずとも内心は認め褒めていた。そして尊敬していた。
『とは言ったものの先ほどの言葉は励ましでも何でもない。あと少しのはずだ。お前さん達がわかり合うのはな』
「おいおい、まるで未来を予知しているかのような物言いだな。相変わらずその自身たっぷりな台詞はどこからでてくるんだ?」
『本当に未来を予知している……と言ったら?』
「信じねぇぞ」
さすがに人外と呼ばれたその少女であっても、未来を予知するまではできないだろう。
相手はただの生徒会長。ただそこにいるだけの生徒会長である。
『あぁそれとこれは余談なんだがな。お前さんも気づいているとは思うが最近ここ遠夜市は非常に荒れている。かなりイカれた危うい連中もうろついているから、気をつけると良い』
「なんかな、前も街中で暴力騒ぎがあったし。お嬢様も言ってたが、数年前に比べてかなり荒くれ者が増えてるんだとさ」
『お前さんは堕ちるなよ。葵に聞いたぞ? 一回学校で暴力事件起こしたんだって?』
少女の言うそれは、かつて星奈が学校の生徒の逆襲に会っていた際に助けた時の話。
生徒一人を助けるためとはいえ、夜空がやったことは喧嘩であり、人を傷つけることに変わりはない。
ちなみにそれ以降はもめ事には巻き込まれていない。それは夜空が皇帝と呼ばれ、遠夜市で喧嘩を売ってはいけない男の一人として名を連ねている事も一因なのかもしれない。
「あのチビよけいなことを。もう暴力に委ねることはしねぇよ。俺自身も……あいつにもそれはさせねぇ。絶対にな」
『それでこそ三日月夜空だ。おっともうこんな時間だ。早く寝なくてはおばあちゃんに怒られるのでな。これで失礼させてもらう』
「あぁ。ありがとよ……"日向"」
そう言って。夜空は電話を切った。
彼の中にあった不安が、どこかしら消えたような気がした。
確かにまだ、親友は闇に囚われている。
だが日向の言う通り、親友が闇から抜け出し、救われる時が来るのかもしれない。
不安要素は残るが、今はそれを信じるしかない。夜空はそれを信じて、その日は眠りについた。
通話が終わり数分、少女は携帯のアドレス帳を見つめながら、ふっと笑みを浮かべ言った。
「仕方ない、少しだけ……力を貸してあげるよ」
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翌日の午前九時ごろ。
プルルルルルルルル!!
学生の夏休みならまだ寝ていても良いこんな時間に、夜空の携帯から着信音が鳴り響く。
それに起こされ、夜空は不機嫌そうに電話を取った。
着信画面を見ると。名前が表示されていない。知らない電話番号だった。
「……もしもし」
少し不機嫌ながらも、夜空は電話に出る。
『もしもし、良いお目覚めになられましたか?』
「最悪の目覚めだバカ。って……その声どっかで……」
相手は知らない電話番号だが、その声には聞き覚えがあった。
『あぁこれは私個人の携帯電話でして。私です。ステラ・レッドフィールドです』
「ステラ……って。あぁ、あの時の外人さんか」
電話の相手はステラ。かつて橋で自殺しようとしていた際に小鷹に助けられ、そのまま小鷹の家に就職難を相談に来た謎のガイコクジーンである。
その後就職の方は星奈の家の家政として採用されたが、今では家令見習いというとてつもない短期間で出世をした。
そもそも最初に出会った時から謎で怪しい雰囲気を醸し出しており、夜空としては今一つ普通の外国人とは思えなかったという。
「んで、こんな時間になんの用っすか? こちとら学生の夏休みでできるなら午後一時までは寝たいんですけど……」
『迷惑をおかけしている事に関しては謝ります。ですがどうしてもあなた様にお伝えしなくてはならないことが……』
「な、なんすか?」
『あ、少なくともあなたへの告白とかではございませんので』
「電話切ってもいいっすか?」
『すみません。ジョークです』
くだらないことを交えながら、ステラは表情一つ変えずに話す。
夜空自身、本題もくだらないことなんだろうなと、めんどくさがりながら対応していた。
……しかし、次のステラの一言を聞いて夜空の眠気は急激に覚めることになる。
『星奈お嬢様が、昨晩から家に帰られていないのです……』
「……は?」
それを聞いて、夜空の目に力が入る。
『昨日小鷹さんとお出かけに行くと言ったきり、連絡も途絶えておりまして』
「小鷹と?」
『はい。とても真剣な表情をしておりました』
星奈が家に帰っていない。
そしてそれに小鷹が絡んでいる。
夜空はこの時、昨日抱いていた不安の先にあったものを理解した。
色々と詮索できる。良いものから嫌なものまで。だが瞬間的に横切ったのは、最悪に近い想像だった。
「……小鷹とお出かけで、行方がわからないと来たか」
『迷惑なのは承知の上です。そちらの方でもお嬢様の捜索をお願いしたいのです。できるかぎり今からでも』
「ペガさ……理事長はそれを知っているのか?」
『旦那様は数日前から仕事で家を開けております。心配をかけたくはありませんので早々に、なるべく内密にしておきたいのです』
だからこその個人携帯なのかと、夜空は納得する。
あの父親の事だ。娘の事なら仕事をほっぽり出してでも駆けつけるだろう。
それなりに大きいことでもない。理事長に報告するのはもう少し後でも構わないだろう。
夜空はすぐさま寝巻から普段着に着替え、出かける準備をする。
「わかった。街の方だな? 今すぐ向かう」
『ありがとうございます。こちらも車で隈なく探しますので、何か分かったら連絡をください』
「おう」
そう言って、ステラは電話を切った。
星奈が行方知らず。そして小鷹とのお出かけ。
さらに昨日の晩に日向が口にしていた遠夜市の荒れた事情。
なるべく最悪なことが起こる前に処理しておきたいところ、夜空が急いで玄関の方へ向かう。
と、その時。
プルルルルルルルル!!
「今度はなんだ?」
再び夜空の携帯に着信が鳴る。
画面を見ると、表示されていた名前は『羽瀬川小鳩』。
このタイミングでの小鳩からの電話。嫌な予感がして夜空はすぐさま電話に出る。
「もしもし、どうした!?」
『ひっ! こ、皇帝のあんちゃん!』
急いで電話に出たせいなのか、夜空の第一声の勢いで小鳩が驚いてしまった。
「すまねぇ、驚かせたか。して、用はなんだ?」
『そ、その……。姉ちゃんが昨日から、家に帰ってこうへんっくて……』
「!?」
星奈に続き小鷹まで行方知らず。
その時、夜空は確信した。
二人は買い物に行った際に、何かがあったことを。
日向の言う荒れた事情に関してなら、小鷹がいるため巻き込まれることはないだろう。
なのでその線はまずない。ならば考えられることは……。
小鷹と星奈の間に、何かしらの亀裂が入った可能性がある。
「……知らなくてもいいことまで知ったな。あの……バカが!!」
『ど、どうすればええんじゃ!』
「おめぇは心配すんな小鳩! お前は大人しく家に居れよ。姉ちゃんは俺がかならず見つけるから!!」
そう言うと、小鳩は少しだけ安心したようで、うん、とうなずき電話を切った。
そして夜空は近くのバス停まで走る。今なら九時代のバスで街中までいける。
なるべく早い方がいい。夜空は焦りを感じながら、二人の無事を信じた。
大切な二人の友人の、無事を。
最後の星奈と小鷹の会話を曖昧に終わらせたのは、他人を傷つけるというシーンの都合上、星奈に対するイメージを私個人で決めてはいけないなと思ったからです。
あの会話の後星奈は小鷹を傷つけてしまうわけですが、なんと言って喧嘩したのかは、読者であるみなさんのご想像にお任せします。
正直そのシーンをどう描くかに戸惑り、一ヶ月も更新が遅れてしまいました。申し訳ありませんでした。