はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド-   作:トッシー00

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第32話です。


それぞれの想い それぞれの叫び

 午前十一時ごろ。

 

「ケイトちゃん、品出しの方頼むわ」

「は~い店長!」

 

 その日の昼ごろ、高山ケイトはセブンスでバイトをしていた。

 普段からあまり人が入らない古いコンビニ。現在は店長と自分、それともう一人の三人で回している。

 レジは店長が見ており、ケイトは店長に指示される通り品出しを行っている。

 

「にしても八月終わりだというのに暑いねぇ。店長もっとクーラーきかせられないのん?」

「こんくらいの暑さくらい我慢してくれい。世間じゃあ節電つって環境に気を使ってんだよ」

「節電つってもねぇ~」

 

 と、客があまり来ないのか呑気にそんな会話を繰り広げるケイトと店長。

 しかし文句を言っても仕事が終わるわけでもない。まだ若い学生の身とはいえ、貧乏な家族のため汗水たらして働くケイト。

 なにより、孤児であった自分達姉妹を引き取ってくれた高山夫妻への感謝と恩返しのため。そしてこれからを生きる妹のためなにより自分が頑張らなければならない。

 ケイトには将来、学校の先生になるという夢を持っていた。それは自分達恵まれない者達でも、人に何かを教え、残せる立場になれると証明するためだった。

 勉学はもとより、なによりも人との繋がりが素敵なものであることをより多くの人たちに伝えたい。そういう願いもあった。

 

 ピロピロ~♪

 

 と、コンビニに客がやってきた。

 いらっしゃいませとありがとうございましたは客への感謝の言葉。それは神に捧げる感謝に等しいと、ケイトは店長に教わっていた。

 ケイトの時より見せるシスターっぽいところは、お客を神様に見立てているところにあるのかもしれない。

 

「いらっしゃいませ~」

 

 そうお客に向かってケイトは言う。

 ケイトは言い終わると、すぐさま品出しに集中する。

 と、ここでもう一度客の方へ振り向く。

 再度見ると、それはケイトが見たことがある人物だった。

 

「……これください」

 

 その人物、金髪の容姿の整った少女がおにぎりとパンを買う。

 そのスタイルの良さ。そして胸の大きさ。ケイトがどこかで見たような気がすると頭の中を検索する。

 その少女はというと、商品を買うと何も言わずコンビニを立ち去った。

 

「しっかし、ずいぶんと美人なお客だったなぁ~」

 

 店長はというと、その客の容姿の良さに思わずそう言葉を漏らす。

 

「う~ん、どっかで見たことあるような~」

「ケイトちゃん。あの子知ってるの?」

「……あ~。よーぞらくんの知り合いだったかな」

 

 よーぞらくん。もとい三日月夜空の事である。

 そう、先ほどコンビニに訪れた客は星奈である。

 個人的な接点はないものの、ケイトは何度か彼女が夜空と一緒にいる所を見かけたことがあった。

 

「あぁ、あのイケメンお兄ちゃんのね。にしてもずいぶんと元気なさそうだったな」

「確かに。なんかやつれてたね。今にも泣きそうな顔して……」

 

 店長もケイトも、先ほど現れた星奈の様子が普通ではないことに気がついていた。

 

-----------------------

 

 午後一時ごろ。

 

「午前の塾も終わったことですし、帰ったら模試に向けて勉強ですね」

 

 そう勢いよく街を歩いているのは、赤い髪の毛が特徴の少女、遊佐葵だった。

 彼女は休日にも関わらず、考えることは勉学や街の平和の事だけであった。

 彼女は自身のクラスの成績はトップなのだが、この遠夜市全域を含めるとまだまだ頂点には経てずにいた。

 同学年と考えると、彼女には超えるべき壁である柏崎星奈の存在があった。今年こそは彼女に勝つことを目標としていた。

 

「さてと……。ん? あそこに見えるのは……」

 

 葵が歩いている真っ先に、見覚えのある人物の姿が見える。

 濁った金髪、そして黒く染まった光のない瞳の人物。

 それはかつて星奈と一緒に歩いていた、羽瀬川小鷹であった。

 こんな時間に街中にいることは別に珍しいことではない。

 

「あなたは、星奈さんと一緒にいた羽瀬川さんじゃないですか? お久しぶりです」

「……」

 

 と、声をかけてみたものの、小鷹はなにやら元気がなく返事をしない。

 ふだんから虚ろな目も、この日は特に生気を宿していない。

 あきらかに様子がおかしい。まるで街を放浪する亡霊のような小鷹。

 

「……あ、あなたは確か」

 

 少し遅れ、葵の存在に気づく小鷹。

 

「遊佐ですよ。にしてもどうしたんです羽瀬川さん? 元気がなさそうですが」

「……ちょっとね」

 

 小鷹はちょっとと言うが、見た感じちょっとどころではない。

 まるで死に場所を探しているかのような小鷹。その様子を見た葵は励ますように声をかけた。

 

「なんかあったんですか?」

「うん。なんかもうどうでもよくなって……」

 

 まるで全てを諦めたように、投げ出すように言う小鷹。

 そう、もう彼女は何もかも諦めかけていた。

 友達だった星奈に全てを否定され、自分の存在が彼女を傷つけていたことを知った。

 全てを誤魔化し、逃げ続けていた自分の行いが、彼女どころか夜空すら苦しめていたことを知った。

 全てが壊れることを恐れながら、結果的に自分が全てを壊すことになってしまった。

 そしてそれによって増加するこのストレスを吐き出すため、どこかで怪力を発揮することになるのだろうか。

 己の難聴癖は、破壊衝動をいかんなく発揮しようとする自己暗示による凶悪な自分を抑えるための、自己否定によるものだった。

 手に入るであろうものも、取り戻せたはずのものも、己の苦しみを理解してもらう機会さえも、全てふいにしてのものだった。

 だがそれさえこの結果に繋がる残酷な現実。故に小鷹はもう、壊れ続ける道を行くこととなった。

 このあとどこかへ喧嘩しにでもいくのか、だれの目にも映らない所で死神に戻りストレスを吐きだそうとも考えていた。

 

「羽瀬川さん……」

「ごめんね。わたしはもう大丈夫だから……わたし……は……」

 

 そう言って、小鷹はこぼれ落ちる涙を見せないように、その場を立ち去った。

 そんな哀れな小鷹を、葵はただ見つめることしかできなかった。

 

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 午後四時ごろ。

 日が落ち始めた夕方時、夜空は遠夜市内にいた。

 星奈達が永夜市に買い物にいったと聞き、数時間永谷で探索を続けたが見つかる気配がなかった。

 もしかしたら遠夜市に戻ってきているのではないかと思ったこの時間。夜空はこの暑さにやられすっかり疲れ果てていた。

 

「ったく、もうすぐ夏休みが終わるっていうのになんで色んな街走り回らなきゃいけないのよ。おかしいっつうの……」

 

 文句の一つも言いながら、未だに二人とも見つかっていないことに夜空は焦りを感じつつあった。

 できればここらへんで手がかりの一つは欲しいところだ。なにか一つでもいい、夜空はそう思っていた。

 

「誰かこう、二人のうちどっちかを見た奴がいれば……」

 

 夜空はそう思い、駄目もとでケイトに電話をかけた。

 この時間ならバイトも終わるころだろう、できれば迅速に電話に出てくれることを祈る。

 

「おぉよーぞらくん。久しぶりだね~」

「おぉケイト。だが今は談笑に浸っている時間はねぇ、聞きたいことが……」

 

 と、夜空がその話題に触れるより先に、ケイトから重要な言葉が飛んできた。

 

「あぁそういえばさよーぞらくん、今日うちのビニコンによーぞらくんの友達の金髪ちゃんがきたよん」

「マジか!?」

 

 まさか最初にかけた相手でビンゴが引けるとは思わなかった夜空。

 これもめずらしく頑張った自分への報復か、似合わずそう神に感謝しながら、ケイトに問う。

 

「その言い方だと肉の方だな。そいつどこへ行ったかわかるか!?」

「どこへ行ったかはわからんよ。しっかしこう意気消沈していたみたいだったよ。なんか喧嘩でもしたのかい?」

「い、いや俺じゃあねぇ。ケイト、バイト帰り疲れてるとは思うが協力してくれ。実は……」

 

 夜空は全ての経緯をケイトに話した。

 

「なるほどね、そりゃあ一大事だ」

「とりあえず面倒なことになるまえにけりをつけたい! 見つけたら連絡くれ!」

「あいよ!」

 

 ケイトは何も言わず夜空に協力をしてくれた。

 持つべきは友達だと、夜空はこの時ほど思ったことはなかった。

 

「星奈……あのバカ」

 

 こうして夜空は街中を走り回る。

 できれば夜になる前には見つけたいと思った。

 しかし時間は無情にも過ぎていくもの。十分、二十分。気がつけば五時を回っていた。

 夏とはいえ日が落ち始め暗くなりつつあった。と、夜空は走る中嫌でも目に留まる光景。

 柄の悪い連中が周りをうろついている。最近ここあたりで荒れている奴らの集まりだ。

 星奈の容姿は折り紙つき。その上気の強さも折り紙つきだ。頼むから面倒事は勘弁と、夜空が心からそう願った。

 

「しかしどこにいやがる……ん?」

 

 そういった嫌な予感を抱くもつかの間、夜空の目には非常にめんどくさい光景が見えてしまった。

 夜空の目の先に見えるのは星奈の姿。ようやく見つかったと思いきや、その星奈の近くには危なっかそうな連中が集まっていた。

 

「あぁ……。こういうのってお約束なのか……」

 

 そう夜空は愚痴をこぼしながら、仕方ないとその連中にかけよる。

 

「なんだこいつ。死んだような目でふらふら歩いて来てぶつかってきて。絡んだら絡んだで何も抵抗しねぇ」

「あんたけっこう可愛いじゃん。一緒に遊びにいかね」

 

 と、前のプールと同じ時のように絡まれている星奈。

 だが前と決定的に違う所は、強気な星奈がいっさい抵抗を示さないこと。

 これは彼女が内心抱く罪悪感のせいか、それとも抵抗する気力がないからなのか。

 

「さてと、何も反応がないなら来てもら……!?」

 

 ガン!

 

 と、一人の男が後ろからぶん殴られ地に伏せた。

 ざっと五人ばかりの集団が、何が起こったのかと後ろを振り向く。

 そこには夜空がいた。夜空は相手の気が動転している隙に残りの連中も殴り、すぐさま星奈の腕を掴みその場から脱出する。

 

「おい、待てコラ!!」

 

 集団の怒号に目もくれず、夜空は星奈を連れて走り去る。

 そしてある程度離れた路地で、夜空は星奈の目を覚まさせる。

 

「おい星奈! 生きてんのか!?」

「あ……よぞ……ら」

 

 あきらかに様子がおかしい星奈。

 きっと寝ていないのもあるのだろうが、それ以上に心に負った傷が大きいようだ。

 

「ったくこの馬鹿! なにされるかたまったもんじゃねぇんだぞ!! せめて抵抗くらいしろよ、てめぇらしくもねぇ!!」

「……放っておいてよ。あたしなんてどうなったっていいじゃない」

「……あぁん?」

「あたしは傷つけたの。小鷹を……大切な友達を。あなたも言っていたでしょ? 彼女を傷つけたら許さないって、だからもう……あたしなんて放っておいてもいいから」

 

 そう投げやりに言う星奈。

 その星奈の態度に、夜空は内心ぶち切れ、叫んだ。

 

「ふっざけんな! このバカが!!」

 

 そう叫び、星奈の肩を掴んで壁際に追いやる。

 それには落ち込む星奈も怯えを見せる。しかし夜空はそんな星奈に対し、説教するようになおも叫ぶ。

 

「ひっ!」

「てめぇらしくねぇっつってんだよ、いい加減その弱弱しい態度やめろこのバカ! 何があったかはしらねぇがよ、それで全部投げ出して、自分がどうなっても良いだとかよ、放っておけとか言ってんじゃねぇよ!!」

「だ、だってあたし……傷つけたの。小鷹を……うぅ」

「失敗して落ち込むくらいなら最初っから失敗なんかすんじゃねぇ!! 失敗したなら取り戻せばいいだろうが、それを自分が傷つくことで清算しようとすんな! 他者の痛みを分かち合うだぁ? 痛みを痛みで支払おうとすんな!!」

 

 夜空は星奈に言い聞かすように叫ぶ。

 その叫び、それはかつての自分と重ねた上での言葉だろうか。

 次第に言葉を浴びせられる星奈の目から涙がじわりと滲み出る。

 

「だって、あたし……小鷹を傷つけたの!!」

「失いたくない友達だってなら最初っからそんなことしなければよかっただろうが!! おめぇにとってはかけがえのない友達なんだろ!? 初めててめぇに対して後ずさることのなかった女子だったんだろ!? 建前も着飾りもない、てめぇが認めた……!!」

「だけど、あたし恐れちゃったの! あいつの存在に!!」

「だからこそ立ち向かえよ! それは今までの奴らがお前に抱いた恐れと同じものなんだよ!! おめぇは今初めて、自分と対等以上の……いや、超人だった自分自身を負かすことのできるやつと出会ったんだよ!! そこでてめぇが引いたら今までてめぇがバカにしてた連中と同じだろうが!!」

 

 そう、星奈は初めて他者に対して恐れを抱いた。

 今までどんなことがあっても恐れ知らずで、勝つことが当たり前だと思っていた。

 だが小鷹に対しては、初めて自分が負けるてしまうかもしれないという恐れを抱いてしまったのだ。

 夜空という一人の人間をめぐる関係の中で、星奈は初めて……小鷹に対し"勝てない"と思ってしまったのだ。

 だからこそその焦りが、彼女らしくない一言で小鷹を傷つけてしまった。

 そのことに対する衝撃が星奈を襲い、今……人生で初めて後悔という感情が彼女を支配してしまっていた。

 

「……俺は、お前には失敗してほしくないと思っていた」

「え……?」

「俺は失敗しちゃったから。今こうして後悔しているから。だからせめてお前には……小鷹の友達としてのお前には、こんな思いを抱いてほしくはなかった」

「夜空……あなたは……」

「……まだ間に合う。だから星奈、お前は……」

 

 と、その時だった。

 

「!? 夜空後ろ!!」

「――――!?」

 

-----------------------

 

「お嬢様はどこへ行かれたのか……」

 

 その頃、ステラは車で街中を探っていた。

 その姿はいたって冷静、トラブルが起きても冷静な気持ちを保ち対処すると仕事で教わっている。

 しかし内心は相当揺らいでいた。運転中に無意識に打つ舌打ちがそれを物語っている。

 

「お嬢様……星奈」

 

 それは一人の使用人として使える主人を心配してのものか。

 だがステラの彼女への思いは、その従者としてのそれをどこか超越していた。

 主人と従者という関係よりは、まるで家族に対する心配のように密接な。そんなように見える。

 それはステラという彼女の、複雑な人生の一つに深く関係していた。

 ステラにとって星奈は、長年探し続けていた義妹である。その事実を知る者はごくわずか。

 

「この気持ちは姉としてものなのでしょうか。って、よく言えたものですが……」

「…………」

 

 と、車を運転していたステラが突如ブレーキをかけた。

 先ほど運転中にちらっと見えた人影。

 間違いない。その人はステラもよく知る人物。かつて自分を救ってくれた羽瀬川小鷹であった。

 その小鷹と買い物に出かけた昨日、星奈との連絡が途絶えた。

 ステラはすぐさま車を止め、小鷹の方へかけよる。

 

「小鷹さん!」

「……あ」

 

 肩を叩かれ、小鷹もステラの存在に気づく。

 

「よかった。あなたも行方知らずと聞いていたものですから」

「あ、あ……」

 

 とりあえず手がかりとなる小鷹を見つけ、安心するステラ。

 しかし小鷹としては、そのステラと出会ってしまったことで、内心抱く罪悪感が漏れ出す。

 自分と喧嘩をしたせいで星奈がどこかへと消えてしまった。否、もはやそれは自分という存在のせいで星奈は大きく傷ついていたという解釈まで至る。

 自分が突如現れ、彼女の夜空に対する気持ちを無茶苦茶にしてしまった。そう考えると、小鷹は静かに涙を流す。

 

「ど、どうされました?」

「……ごめんなさい。ボク……ぼくぅ……」

 

 このまま大きく泣き叫べば助かるだろうか。

 だが今の小鷹にその元気はない。ただ静かに泣きじゃくるだけ。

 その小鷹の様子を見たステラは、少し困ったように右左をちらっと見やり、とりあえず小鷹に車に乗るよう促す。

 

「車に乗ってください小鷹さん。その……別に私はあなたを責めてはいませんよ」

「う……うぅ……」

 

 その小鷹の反応。

 小鷹が星奈を傷つけたのか、そうも考えたが、それをステラは確信にはしなかった。

 あの時、演技ではあったとはいえ川に飛び込んだ自分を彼女は助けてくれた。

 そんな正義感の強い人が星奈を傷つけるわけがないと。そしてステラはこうも睨んでいた。

 小鷹はどこか自己犠牲の強い部分があると。だから深く考えすぎているのだと。

 

「何があったかは今は聞きません。とりあえずお嬢様を探すのを手伝ってもらえませんか?」

「え? どういう……?」

「お嬢様と昨日から連絡が取れないのです」

 

 それを聞いて、小鷹は思わず驚く。

 やはり昨日自分に浴びせたあの一言に、星奈自身も大きく傷ついていたのだろう。

 だが自己犠牲の強い小鷹からすれば、結局は全て自分の責任なんだと、またも自分を責める。

 

 プルルルルルル!

 

「電話……」

 

 突如小鷹の携帯に電話が鳴る。

 また小鳩からの着信だろうか、見るとそこには『高山ケイト』の名前があった。

 

「出なくてよろしいのですか?」

「……」

 

 近くにはステラもいる。

 これ以上行方知れずを続けていても意味がないだろう。

 小鷹は頑なに取ることのなかった携帯を取り、この時初めて電話に出る。

 

「……もしもし」

『おっ繋がった!! ちょっと羽瀬川先輩!! よーぞらくんが心配してたよ!! なんで今まで電話に出なかったの!?』

「…………」

 

 電話越しから聞こえる叫び声。

 しかし小鷹はその声に答える気配がない。

 

「……失礼」

「あ……」

 

 それに見兼ねたステラが、小鷹から携帯をひょいと奪い取った。

 そして元気のない小鷹の代わりに、ステラは応対をする。

 

「もしもし、お電話変わりました」

『うん、あんた誰?』

「あぁ私、誘拐犯ですけれども」

『はぁ!?』

「……軽いジョークです。私は柏崎邸の家令見習いをしているステラと申します」

 

 こんな時まで無表情に冗談を言ってのけるとは、危機感を表に出さないだけなのか、持っていないのか。

 その後、ステラはある程度の事情、現在の状況をケイトに話す。

 

『なるほど、それでステラさんは羽瀬川先輩と一緒にいるというわけですか』

「はい。小鷹さんの様子から察するに、先日お嬢様となにがあったそうです。小鷹さん本人はそうとう落ち込んでおり、私もどうして良いかと」

『……遠夜駅の近くにセブンスって古いコンビニがあります。そこで待ってますのでちょっと来てもらえますか?』

 

 そう言って、ケイトは電話を切った。

 相手が何者なのかはステラ自身は詳しくない。

 しかし小鷹のよく知る人物で、何か今後の重要な手掛かりになるならと思い、ステラは車を回した。

 

「……だそうです。まぁこのまま何もヒントが無いまま探してもしかたありませんし。それに、今の小鷹さんでは重荷になるだけですからね」

「……」

 

 今のは大人げなかっただろうか、内に膨れる焦りからか思わず小鷹を責めてしまったステラ。

 ただでさえ相手は壊れかけのラジオみたいなもの、かといって励ますだけお節介というものだ。

 なのでステラは、聞かせるわけでもなく。星奈の最近について話し始めた。

 

「お嬢様、あなたと出会ったことに関しては、別に悪い思いは抱いていませんでしたよ」

「……」

「私も務めて間もないですが、お嬢様にはよく話しかけられるんですよ。それで日常の出来事とか、よく耳にします」

「……」

「……夜空さんとは喧嘩しながらも、彼に対して好意的に思っている事などは遠回しに理解できますね。そしてあなたのことは、その閉ざしている心を……どうにかしてあげたいと言ってました」

 

 ステラの口から聞かされる、星奈の表に出さない心情。

 それらを聞いて、小鷹は今どう思っているのだろうか。

 

「金色の死神……でしたっけ? 小鷹さんがかつては街で恐れられるいじめっ子だったということはお嬢様から聞きました。そしてそのことを今でも、深く悩んでいる事を」

「…………」

「でもお嬢様は、過去の事なんてどうでもいいじゃないと……そう言っていました。あの子他人の気持ちとか理解するのは苦手だから、そんなことを何も考えずに言えてしまうのでしょう」

「…………」

「けどそれがお嬢様の――柏崎星奈の強さであり、優しさでもある。それだけは……理解してあげてくださいね」

 

 それは、ステラの口から出たその言葉は……彼女個人の願いだったのだろう。

 今の小鷹に彼女の深い心情を理解することはできない。だが、その言葉の重みは理解できる。

 ステラがどう思い、小鷹にその一言を告げたのか。

 

「……理解は……してた。けど、ボクは聞こうとしなかった」

「…………」

「それを受け入れてしまうことが……ボクには……」

 

 それから数分後、セブンスへと車が到着する。

 そこには宣言通りケイトがいた。

 

「ありがとうございます。いきなりとは思うんだけどね……ちょっと!!」

 

 ケイトはステラに一礼すると、いきなりケイトは小鷹の胸倉をつかみ、車外へと引っ張りだした。

 

「!?」

「いいから来いよ……羽瀬川先輩!!」

 

 出会って早々、ケイトは鋭い怒りをあらわにする。

 そして容赦なく、ケイトは小鷹に牙をむけた。

 

「なんだいその負抜けた面は? 後輩としては見れたもんじゃないよ!!」

「う……だって……」

「だって? 人様に散々心配かけておいて逃げ腰ってさ……助けを欲しながら無理してるその面。あんまり人をナメるのも大概にしろよ!!」

 

 まるでケイトは、彼女を大切に思う人たちの出せない怒りの分まで、その汚れまで請け負っているようにも見えた。

 

「その……星奈さんに何を言われたかは知らない。何があったかも聞かない。けどさ……」

「うるさいな、あなたには……関係……ない」

「そうやって全て自分で背負いこんで逃げるのかい? 全て誤魔化し続ければ解決すると思うなよ……羽瀬川先輩。いや……"死神"よ」

「あ……」

 

 そのワードを口にしたとは、ケイトも小鷹の過去を知っていたということである。

 だが、ケイトは小鷹が死神であろうと関係ない。かつてあらゆる人に恐れられた恐怖の存在であることも関係ない。

 今目の前にいるのは、ケイトがよく知る先輩であり、大切な友達の……羽瀬川小鷹なのだから。

 

「……マリアを通して色んな人から聞いた。それでどこかで、金色の死神があなただったことを知った。つか……濁った金髪の小学生って時点で大体は察しはついていたけどね」

「……だったら、なおさらボクに近づいたら危ないんじゃないの?」

「だから、その考えがおかしいんだよ羽瀬川先輩。どうしてそうやって友達を信じようとしない? どうして壊れることを恐れるばかりで、己の力に溺れ続けるんだい?」

「そ、それは……」

「あなたは最初から怪力が無くなればなんて考えていなかった。それは建前で、その力に溺れ、依存し。己の力による破壊に対して快感を得続けていた。違うかい?」

 

 今までだれ一人、触れようとしなかった小鷹の内なる心情。

 己の中に生まれ続けるストレス。それを解放して何かを傷つけることに快感を得る自分。

 それは間違いなくこの十年間小鷹の中に存在し続けていた。ただ小鷹はずっと、それを表に出さないように押さえ続けていたにすぎない。

 そう、消そうとはしていなかった。だからこそ小鷹は救われようともしなかったのである。

 だからこそ他人の優しさにそむき続け、他人からの愛情を否定し続けてきた。

 もしその愛情を受け入れ、力が失われたとして。いつしかその愛情に……裏切られてしまったら。

 だからこそ怖かった。小鷹はそれを恐怖し続けてきた。

 そんな自分のその想い。それを深くも理解せずにここまで言い浴びせるケイトに対し、小鷹も内から怒りがわき出る。

 

「……ふざけるな。そんなもの……最初っからわかってるのに!!」

「羽瀬川先輩?」

「優しさと鈍感さだけで全てを解決できるような人間に……なれるものならなってみたいよ。けどね、自分には力で相手をねじ伏せる不器用なやり方しかできないから。穏やかを求めても結局生まれる破壊衝動に飲まれてしまうから、わたしはどうしようもなく……困って……」

 

 もはや小鷹の中では、本来の"わたし"と、全てを否定する"ボク"とが混じり合い、何が何だかわからなくなっていた。

 そしてただ、ただ自分が思い抱くことを。訴えかけるように叫び続ける。

 

「こんなの初めてだった。ボク自信が我慢して毎日を過ごすことができる優しい世界が初めてで……力を消すことがなくても、それを認めてくれる仲間達がいて。穏やかな闇の中で過ごせるこの世界だけは……この世界だけは壊したくなかったんだよ!!」

「我慢し続ける世界だと……? そんなもの……許されるわけがないだろ!!」

「なんで!?」

「それはな羽瀬川先輩!! 嘘にまみれた世界なんだよ!! 自分の嘘を受け入れてくれる甘ったれた世界なんざこの地球のどこにも存在しないんだ!! 己の闇を受け入れ妥協し続けるなんてな、そんなもんいつしか壊れてしまう。要は時間稼ぎでしかない!!」

「う、う……」

「病人は病気を治すために日々苦しみに耐えるように。人が矛盾をはらみつつも答えを手に入れるように。問いには必ずしも答えがある。人間は壁を見つけ超えていくため必死になっているんだよ! だけど先輩のそれには答えが無い、成長もない。ピーターパンのネバーランドを求めるようなものだ。愚かとしか言いようがない!! それに……」

「あ、あ……」

「あんたが一番、我慢できてねぇだろうがぁ!!」

「う……うわああああああああああああ!!」

 

 どがしゃああああああああああん!!

 

 小鷹は浴びせられる厳しい言葉の数々に耐えきれなくなり、力で解決をしようとする。

 しかしそんなもので解決はできない。ケイトは強い心で小鷹に向かっていく。

 

「そんなことしても私は怯まないぞ! 例え先輩に殴りとばされようとも骨が木っ端みじんになろうとも、私は……大切な先輩の捻くれた心をぶん殴るまではけして逃げはしない!!」

「なら……やってやる。わたしを困らせる者は全部……ぜん……ぶ……」

 

 拳を握りしめる小鷹。

 しかしその拳から、一撃が放たれることはない。

 小鷹の中の破壊衝動は確かに存在する。しかしそれと同時に、高山ケイトに対する友情も確かに存在する。

 ケイトは自分を困らせる者。だがけして敵ではないのだ。

 それは小さいころからずっと小鷹の中に眠る優しさという強さ。それが小鷹を強くせき止めていた。

 

 プルルルルルル!

 

 この緊迫した最中、小鷹の携帯が鳴り響く。

 着信画面に表示されている名前は『遊佐葵』。

 葵とは昼間に一度出会っている。こんな時に何の用なのか。

 

「出なよ先輩……」

「……」

 

 ケイトに言われ、小鷹は電話を取った。

 

「……もしもし」

『羽瀬川さん! 大変なんです!! 夜空くんと星奈さんが危ない連中にワゴン車で!』

「え?」

 

 それは突然の宣告だった。

 夜空はさきほどの連中に不意打ちを食らい、そのまま星奈と共にどこかへ連行されたというのだ。

 その電話越しの叫びはケイトとステラの耳にも入り、二人の顔にも焦りが見える。

 

「お嬢様と夜空さんが……」

「厄介事に巻き込まれたって……その車の特徴は!?」

 

 ステラとケイトが隣でそう叫び問う。

 その問を小鷹が葵にする。

 

『銀色のワゴン車。ナンバープレートは『さの51-49』です。あとは見失ってしまいました。見つかると危なかったので』

「……ありがとう葵ちゃん。それだけ知れれば充分。なんかあったらまた連絡ちょうだい」

 

 そう言って、小鷹は電話を切った。

 そして数分後、小鷹は真っ青な表情でステラとケイトを見る。

 

「……全部……ボクのせいで」

「いえ小鷹さん、そんなことは……。とりあえず急がないと」

 

 ステラはそう小鷹を励まし、すぐさま車に乗り込む。

 ケイトと小鷹も続いて乗り込む。

 車の詳しい情報はわかっているとはいえ、この広い遠夜市で探すのは困難。

 でも早くしなければ、夜空と星奈はひどい目に会ってしまう。

 

「二人とも……んもう!!」

 

 さすがにこの状態では、ステラも焦りを表に出してぶつけるしかなかった。

 ケイトもさきほどとは打って変って動揺している。

 そして小鷹は、自分の中で葛藤している。

 その危ない連中、小鷹ならなんとかできる可能性がある。

 だが今の自分の精神状態ならば、下手すれば今まで抱え込んでいた全ての負を撒き散らす場合もありうる。

 そう、自分にとって恐れていた事態。

 金色の死神の復活。それが充分にあり得る話であった。

 

「羽瀬川先輩、ひょっとして迷っているのかい?」

「……でも、二人を助けるためだ。ボクがやらなくちゃ……」

「ちっ。責任と罪悪感だけで正義を気取るとろくなことにならんぞ羽瀬川先輩」

「じゃあ……どうすればいいのよ!!」

 

 ケイトの言う通り。己の自己犠牲で生み出した使命感こそ、悪い方向へ転がるものだ。

 だがそれで自分が黙っているわけにもいかない。その矛盾を乗り越えることが、今の小鷹にはできない。

 

「最悪私が対処します。これでも腕には少々の自信がありますので」

「で、でも……」

 

 ステラはやる気充分であった。

 ステラに任せておけば全てが解決するだろう。だけど全てが終わったとして、小鷹に何が残るのだろうか。

 星奈とのいざこざを引っ張りつづけるのか。それによって夜空に迷惑をかけ続けるのか。

 かといって、死神に戻ったことで全部を破壊してしまう恐れに対しては、この先どうすればいいのか。

 

「わからない。わからないよ……」

「先輩……」

 

 と、その時だった。

 

 プルルルルルルルルルル!

 

「今度はだれ……」

 

 またも小鷹の電話が鳴る。

 着信画面を見ると、見知らぬ番号が表示されていた。

 いったい誰からなのだろうか、こんな時にそんな謎の多い電話を取っていいものだろうか。

 小鷹は悩む。ひょっとしたら夜空と星奈をさらった相手からかもしれない。

 

「……もしもし」

 

 小鷹は答える。そして……。

 

『初めまして。"金色の死神"さん……』

 

 そして死神の少女はこの時、初めて己の力と向き合う覚悟を手に入れる。




全員が我慢せずにありのままに過ごせる世界を望みながらも我慢している原作小鷹と、自分の破壊衝動を我慢し続けられる甘い世界を望みながらも我慢できていないアナザー小鷹。そこらへんも原作との対比となっています。

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