はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド- 作:トッシー00
その狂気の笑いが、錆びれた廃工場に響き渡った。
そこに屯う屈強な男たちは、一瞬恐怖を抱いた。
そこに囚われた少年と少女は、その男達とは違う恐怖を抱いた。
だがそんなことはお構いなしに少女は笑う。
いつも以上に高らかに、少女らしくない耳に障るような響く声で。
まるで人間ではないような、悪魔のような……そんな声で。
「な、なんだあの女……」
工場にいた一人の男が目を丸くした。
こんな状況で、堅く閉ざされた扉をぶち破って、笑ってこちらを睨みつける。
どう考えても普通ではない。というか、こんな状況に一人女がのこのこ現れて何ができるというのか。
改めてそう考えてみると、男は素で笑みを浮かべた。
「ったく何を見せてくれるのかと思ったらよぉ。おい変な髪の毛の女ぁ。悪いけど俺ら取り込み中でさ、出てってくんない?」
そう言って男が一人、不気味な笑みを浮かべる小鷹の元へと向かう。
馬鹿にしたような笑みを浮かべた男は、部外者はさっさと排除してやるかと、軽い気持ちで小鷹に近寄る。
他の男たちも、何も知らない男たちも、ただ馬鹿にするように笑っている。
だが、そんな状況でもまだ、恐怖を表情から消せない男がいる。
夜空だ。この状況で一番恐怖していたのは夜空だった。
その恐怖はさきほど置かれた状況の比ではない。これから始まるのは地獄、それを何より知っているからこそ、夜空は恐れた。
「……だめだ」
「え? おいおい皇帝ちゃんよ。あの女もお前のお仲間か? モテるねぇ。ま、軽く脅して退場させっから心配すんな」
咄嗟に出た夜空の一言。
そしてその言葉の真の意味を知らないリーダー格の男が、嘲笑うようにそう声をかけた。
「お~い変な髪の毛のお嬢ちゃんよ。聞いてる? 今なら全力で逃げてもいいんだぜ?」
「うふふ……逃げ……る? ふふふ、おかしいこと言うんだね」
「え? いったい何言ってやが」
ガシッ!
男がそう小鷹に言葉をかけた瞬間、小鷹はその男の腕を強く握った。
自分よりも一つ二つくらい背の高い男。その太い腕を握りしめた。
当然普通の少女に握られた程度では、男にとってはなんともないだろう。だが……。
「ぎ……ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁあ!!」
「あん?」
腕を握られた男は、絶叫した。
そして小鷹はその叫びを聞いた途端、より凶悪に笑って見せた。そして……。
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
小鷹はもう一本の手で男の腕を掴み、そして男を振りまわし思いっきりぶん投げた。
これが、高校生とはいえど普通の少女にできる芸当だろうか。
当然、この光景に工場に屯う男たちは目を疑った。
今、何が起こったんだ。未だに状況を掴めない者もいた。
そしてその奥で、夜空が改めて、自分の抱く恐怖に飲まれ戦慄する。
「い、いっでぇぇぇぇぇぇぇ!! う、腕……腕が……」
「お、おいおめぇ。いったいなにしてんの? ふざけてんのか?」
「いや違うって! あの女が俺を投げ飛ばしたんだ!!」
未だにリーダーからすれば、男の言ってることが理解できない。
あんな小さい女が大きい男を投げ飛ばす。実際に目で見ているが未だに信じ切れていない。
そんな誰もが唖然としている状況下で、小鷹はお構いも無しに、高らかに笑った。
「ぎゃははははははは!」
「な、なんなんだよあの女。頭狂ってんのか!?」
「今のはなんかのまちがいだろ! さっさと追い出そうぜ!!」
そう言って、別の男たちが鉄パイプを持ちより小鷹に向かっていく。
そして男の一人が鉄パイプを小鷹に向かって振りかぶった。
小鷹はというと、その鉄パイプを左腕で受け止める。本来なら激痛のはずだが、小鷹はびくともしない。
「え? な、なにこれ?」
その光景を一番近くで見た男は、ようやく状況を理解できたような気がした。
そして小鷹は、その鉄パイプを強引に奪い取り、その鉄パイプを一つ、二つに折り曲げる。
「な、なんだこいつの力!?」
鉄パイプを軽々と折り曲げる小鷹を見て、男たちは思わず驚きを声に出す。
小鷹は鉄パイプを折り曲げた後、ニっと笑い……鉄パイプを持った集団を襲撃する。
「す……数人がかりなら大丈夫だ!」
「殺せ!!」
「ぎゃははははははははは!!」
数人がかりなら簡単に勝てる。なにせ相手は力が強くても所詮は女子にすぎない。
だが、その当たり前の甘い考えはすぐさま封殺される。
小鷹はまずは一人の腹をぶん殴り悶絶させる。
そして次に、その男の足を掴み、その男を武器にして振りまわし始めた。
振りまわした男の後頭部が他の男二人にぶち当たり、三人程度は余裕であしらって見せた小鷹。
「ぐわ!!」
「いってぇぇぇぇぇぇぇ!!」
その光景を見た男たちは、今度は十人がかりで小鷹を襲う。
だが小鷹は十人来ようが関係ない。一人、一人を確実に葬っていく。
囲まれ、押しつぶされようとも小鷹はその男達を吹き飛ばした。そして無双のごとく暴れまわる。
次々と倒れ、吹き飛ばされ、怯える男たち。今……その男達にとってその光景は、現実なのかと疑いたくなるものになり果てていた。
「ぎゃはははははは!! 足りねぇ!! もっとわたしを楽しませてみろ!! ぎゃは! ぎゃはははははははは!!」
まさにそこは地獄。そう表現するのにふさわしい場所となった。
次々と小鷹を襲う男達。だが何人来ようが小鷹は一切ダメージを追わない。
何回か鉄パイプで殴られた。拳を喰らい蹴りを喰らったが倒れる気配がない。
逆に小鷹を攻撃した側が、投げられたり返り討ちになる始末。次第に男達は、底から小鷹に対し恐怖するようになっていた。
「な、なんなんだよあの女ぁ……」
「ば、化け物……」
そう言って朽ちる男たち。
その光景を見て、星奈は呆気に取られながらこう言葉を吐いた。
「こ……これが金色の死神。これが十年前、誰もが恐れたいじめっ子。小鷹……が」
「こ、金色の死神だと!?」
一人、星奈の言葉を聞いて驚愕する。
そして次々と、その金色の死神というワードに対して、恐怖を拡大させていく者達が増える。
「お、おいマジかよ。俺知ってるぞ……十年前そいつに嫌というほど泣かされたぞ!!」
「ま、まさかこの女が羽瀬川小鷹。遠夜市から消えたって聞いてたけど……」
「てかふざけんな。それって十年前の話だろ!? まだ小坊の時の話だってのに……なんでこの女は健在なんだよ!!」
「あの時から化け物だと思ってたけど。十年経ってもマジやべぇ。ゆ……許して!!」
次々と滝のように出てくる小鷹の逸話。そして恐怖と懺悔の数々。
金色の死神という単語が出たとたん。その大半が戦意を喪失した。
「ゆ、許してください! マジすいませんっした!!」
「女王! 俺っすよ!! 十年前に女王の側近務めてたじゃないっすか!!」
「死神様!! この私めにお許しを!!」
まるでそれは、十年前の再来。
十年前、地元の小学生達はそう嘆き、叫び、許しを請いていた。
思い出してはいけない最悪の出来事。そして今、その地獄は再現されている。
この男たちの嘆きに対し、小鷹は心を沈められるか。
「ぎゃはは……許さないよ。わたしは暴れたりない、もっともっと……わたしを楽しませろよ!!」
もはやそれは不可能だった。
小鷹からあふれ出るのは、十年間抑えに抑え続けていた。死神としての本能。
弱気己を守りつづけていた自己暗示して生まれた存在。それを受け入れ、我慢することをやめた自分。
スイッチが入ってしまったらエネルギーが無くなるまで動き続ける暴走した機械のように、もう小鷹自身では止めることのできない破壊衝動。
「ぎゃああああ!!」
「ぎゃはははは!!」
「ゆ、許して!!」
「あはは! あはははははははははは!!」
まだ息のある連中を片っ端から殴りとばしていく小鷹。
その光景を見て、戦慄するリーダー。
そして、そんな小鷹の所業を見るに堪えなくなってきた、彼女の友人である夜空と星奈。
「や……やめてよ……小鷹。も……もういいって……」
星奈が涙目でそう訴える。
だが小鷹には届かない。星奈の願いなど、小鷹は聞く耳を持たない。
「や、やっべ! なんとか逃げねぇと……」
「っ!!」
リーダーの男が逃げる算段をし、目を反らした瞬間。
小鷹はリーダーの男を頭突きしふっ飛ばす。
「星奈!!」
そして夜空は焦り狂う表情で、すぐさま星奈にこう叫び散らした。
「そこのナイフで俺を縛ってる縄切れ!! 早くしろ!!」
「ひっ! わ、わかった!!」
星奈は言われるがまま、ナイフで夜空の腕を縛っている縄を切った。
そして傷ついている身体にも関わらず。夜空は全力で小鷹の元へと走って向かう。
一方で小鷹は、もう立てもしない男に対してまだ暴力を振るおうとしていた。
「あ……悪魔だ……」
「なんとでも言いなよ。もうわたしは悪魔でも何でもいい。わたしはわたしのために力を振るう。もう我慢しない。絶対に……しない。ぎゃは、ぎゃははははは!!」
「ひ……ひっ!!」
そう笑い叫び、小鷹が留めの一撃を喰らわそうとした時。
「小鷹!!」
夜空が小鷹の名を呼ぶ。
そしてその男の前に立ち、小鷹を制止する。
「夜空……どいてよ。危ないよ?」
小鷹がそう冷徹に吐き捨てたその時……。
パシンッ!!
「っ!?」
夜空が小鷹の頬に思いっきりビンタする。
夜空のその行動に、小鷹は一瞬思考を止め、眼を見開いた。
そんな小鷹に対し、夜空は全力で叫ぶ。
「いい加減にしろ! このバカ!!」
その叫びが、小鷹の耳ではなく、心に響き渡る。
今の小鷹は非常に危ない存在。だが夜空は引くことはしない。
あの時のケイトと同じように。小鷹の友として今小鷹の目の前に立っている。
そんな彼に対し、押さえきれない小鷹は牙を向けようとする。
「夜空。どいてよ……どけよ……どきやがれよ!! わたしがあなたを助けるからさ……あなたはだまって見ててよ!!」
「どかねぇ!! これ以上てめぇに誰かを傷つけさせてたまるか!!」
「うるさいな。わたしがやりたくてやってるんだよ。あなたにわたしを止める理由はないはずだよ。この暴力は強いられたわけじゃない、わたしの……本心なんだからさ!!」
そう夜空にぶちまける小鷹。
だが、夜空はそれでもどこうとしない。
「……じゃあよ、答えてよ。小鷹」
「何をさ?」
「なんでおめぇ……"泣いてんの"?」
「!?」
そう夜空は指摘すると、小鷹は反論を止めた。
夜空は気づいていたのだ。小鷹が死神に戻っている間、ずっと震えていたのを。
そして今、口では暴力を語っているが、その身体は震え……涙を流していた。
そんな小鷹が誰かを傷つけ続けるのを、夜空は見ていられなかった。
止めたかった。自分が止めなければならなかった。例え今ここで死んだとしても、小鷹が誰かを傷つけるのをやめるなら構わなかった。
それほどの覚悟が、信念が、夜空の中にはあった。
それを夜空はぶちまける。あふれ出る信念で、小鷹を全力で止めようとする。
「小鷹。もういい、終わったんだ。だからもうこんなことはやめろ」
「う……いやだ。いやだ!! もっと私の中にあるこのモヤモヤを晴らしたい!! もうわたしは我慢したくないんだ!! 苦しくて寂しくて……そんなのいやなんだ!!」
「……お願いだ小鷹。そんなこと言わないでくれ。苦しいとか寂しいとか……それを晴らしたいとか……そんな……こと」
「夜空……どいてよ!! じゃないと!!」
「……やめて。これ以上"僕"は……誰かを傷つける君を見たくないんだ」
泣きながら己の衝動を訴える小鷹の悲しみ。それに耐えきれず夜空は吐いたこの一言。
喉の奥から、己の底から出てくるその一言に秘められるのは、少年が長い間抱き続けた願い。
絞り出すように夜空は言う。全力だけど弱弱しい。それはこの数ヶ月、小鷹が見てきた夜空という少年とは違う面影を感じさせるように。
「夜空……?」
「ごめんね。本当にずっと、見ているしかできなくって。あの時からそんな自分が嫌で、そんな僕自身が……嫌いで」
「…………」
「小鷹。もう君は、誰も――」
そう、夜空が小鷹に優しく語りかけた時――。
「よ、夜空! 危ない!!」
「!?」
星奈のその声が響き渡る。
そしてその叫びが意味するもの、その方向を見ると、先ほど頭突きで吹っ飛ばしたリーダーの男ががナイフを両手に夜空に向かってきていた。
「これ以上恥かかせんなや……皇帝ちゃぁぁぁぁぁぁん!!」
夜空は反応しきれていない、このままでは避けきれずにナイフが夜空を刺してしまう。
一方で、近くにいた小鷹は夜空よりも素早く反応していた。
小鷹は咄嗟に、夜空を庇うように前に出る。すると当然のごとく、そのナイフは小鷹の腹部に深く刺さった。
「が……っ」
「こ、小鷹!!」
その光景に、夜空は驚愕し、星奈は手で口を抑えた。
ナイフが刺さった小鷹の腹部から、赤い液体がジワリと滲み出る。
男の向かってきた勢いは鋭く、そのナイフはかなり深くまで刺さっている。
「が、がはっ!!」
小鷹は口から血を吐きだす。
それを見たリーダーの男は、にやりと笑みを浮かべた。
そして男はそのナイフを思いっきり引っこ抜いた。その瞬間、言葉にならない激痛が小鷹を襲った。
「は、ははは!! 予想外だったが、これで死神は使いものにならねぇな~」
人を刺しておいて男はそう言ってのけた。
小鷹はというと、想像以上の激痛に悶え、立っていられなくなり倒れ込んだ。
「て、てめええええええええええええええええええええええ!!」
これには夜空もたまらず、怒り叫んだ。
だが先ほどまで喰らっていた痛みが原因で、殴りとばしたくても身体が言うことを聞かない。
「さてと、おいそこの! そいつを押さえつけてろ」
「り、リーダーこれ以上は……」
「あぁん?」
「は、はい!!」
指示された男は夜空の長い髪を掴み押さえつける。
この状況に星奈は腰を抜かして動けない。そして小鷹はナイフによる刺し傷が原因で動けるはずもなかった。
「さてと、こうなったらやけくそだ! てめぇら全員……皆殺しだ!!」
もう男は頭がどうかしてしまっただろうか、完全に我を失っていた。
このままでは冗談抜きで大惨事が起こる。下手したら、誰かが死んでしまうかもしれない。
「う……うぅ……」
小鷹の喉から擦り切れるように出るうめき声。それは痛みの壮絶さを物語るには充分すぎるものだった。
もう小鷹は再起不能。今下手に動けば、小鷹は死んでしまうかもしれない。
誰かが助けに来るのを待つしかないのか、だがこれ以上誰かが来る気配もない。
「さてと、死神だか何だかしらねぇけどよ。調子のってんじゃねぇぞ!!」
ナイフで刺したにもかかわらず、あまつさえ追い打ちまでする男。
夜空が声にならない叫びを上げた。星奈は言葉にならない涙を流す。
その状況で、小鷹は今まで以上の鋭い眼光を、男に向けた。
そしてその足をがっと掴み。引っこ抜いて転ばせる。
「ごぉ!!」
この重傷を負ってもなお、小鷹の怪力は消えない。
それどころか、小鷹の戻りかけていた意識が再び消え。またも死神に戻ってしまった。
さらに、その痛みを消そうと、今までにないくらいの雄たけびをあげた。
「うわああああああああああああああああああああああああああ!!」
どがしゃああああああああああん!!
小鷹が右足で地面を踏みつけると、地面が大きく歪みへこむ。
そしてその勢いのまま男の胸倉を掴み。一撃、また一撃と攻撃を加える。
「ぐほ!!」
「ぎゃは! ぐ……はぁ、はぁ。ぎゃはははははははは!!」
小鷹は狂ったように笑う。
そして腹部から血が噴き出す。
完全に痛みを超越してしまった小鷹。そして痛みが無いと言うことは、己の身体の危険信号が消滅したということ。
エネルギーが切れるまでならまだしも、今の小鷹は緊急停止すらしない。
この光景に、星奈が思わず声をからした。夜空は叫んだ。
「やめてよ。このままじゃ……小鷹が死んじゃう……」
「やめろ小鷹!! もうやめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
その二人の必死の願いもむなしく、小鷹は止まることがない。
次第に吐血もひどくなる。だけどそれでも止むことのない小鷹。
「う……うぅ……」
「ふふふ……がは!! はぁ……はぁ……」
そして最後の一撃を、小鷹は放とうとしている。
もう小鷹の足はふらふらだった。本来なら倒れて動けないはずのその身体は、無理やり動かされていた
星奈と夜空はこの光景を、黙って見ることしかできなかった。夜空を捕まえている男は、捕まえている力を緩めずにただ見ている。
工場内に沈黙が流れる。もうこの工場内の人間には、危険とか、後悔とか。そう言った感情などどこかに消え去っていた。
ただそこにある光景が、目に焼き付いて言葉にならないのだ。感情を抱くことさえも許されない。
「がは!! わ……わたし……は」
「し……死神がぁ……」
リーダーの男は鼻や口から出血していても、まだ気を失ってはいない。
小鷹の怪力による攻撃を何発か喰らっているのだが、まだ倒れるまではいかない。
だからこそ小鷹も止まらない。相手が気を失うまで、やめないのが死神。
――それが死神の求めたこと。死神が望んだこと
羽瀬川小鷹が望んだ結果だということが、非情な現実を物語っている。
だからこそ変われない。変えられない。十年の月日を得ても、変わることのない小鷹の心。
でも、それでも信じつづける者がいる。その死神の想いの奥に隠されている、本当の答えを。
それを小鷹が、出して変わることを。
「小鷹……」
「わたしは……わた……し……」
満身創痍の中、小鷹と夜空の眼が合う。
こんな自分を、死神と呼ばれ恐怖されている自分を、夜空は恐怖の目で見つめはしない。
夜空のその目は。大切なものを信じる目。希望をけして失わず、逃げ出すことのない強い眼差し。
その眼差しを再度目にする小鷹。その時小鷹は、あの生徒会長の言葉を思い出した。
『お前さんが本当に抱いている気持ちだよ。それを見つけ出して大切なものに訴えかけてみろ。そうすればその力の役目は終わるはずだ。なにせその答えが……その力を消してくれるはずだから』
小鷹が本当に抱いている気持ち。
それを誰かに訴えかける。
小鷹にとって大切な者たちに、自身の本当の答えを訴えかければ。
小鷹の忌むべき力が……役目を終える。
「……いやだ」
「え?」
「もう……やだ。こんなもの……いらない。こんな力で誰かを傷つけるなんて……したくない」
「こだ……か……」
そして少女は、本当の気持ちを叫んだ。
「もうわたしは……誰も傷つけたくない!!」
その叫びこそ、小鷹の中の答えだった。
今この瞬間、小鷹は答えを見つけ出した。
そしてそれを誰かに伝えることができた。訴えかけることができた。
だからこそもう、自分は誰かを傷つけることはない。だって、その想いを受け取った者たちが、自分を止めてくれるのだから。
そんな自分を見てくれる仲間がいる。そう……心から信じることができるからだ。
「小鷹……」
「小鷹……知ってたよ。あたし知ってるから。ずっと聞きたかったんだから、その言葉」
夜空も星奈も、その言葉を待っていた。
この時、小鷹の目に光が宿る。
ずっと彼女に見せ続けていた真っ黒な闇は払われた。もうこれで、安心して光を見ていける。
「わたしもう……誰も傷つけなくて……!?」
その時だった。
さきほどまで殴られていた男が、反撃とばかりに小鷹に襲いかかった。
「が!!」
「し、死ねや死神ぃぃぃ!!」
「小鷹ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
夜空は叫んだ。
そして床に落ちてあった先ほどのナイフを手に取る。
そのナイフを一切躊躇なく、自分の髪の毛にあてた。
ばつん!!
そして夜空は、掴まれていた髪の毛をナイフで切った。
聖クロニカの皇帝と異名を持っていた男、三日月夜空。
そのトレードマークは、長く伸びた綺麗な黒髪だった。
それを捨て去り、夜空は小鷹の元へ走った。
現在の自分を捨て、過去の自分が抱いた信念のまま走った
小鷹は答えを出した。ならば今こそ、夜空が約束を果たす時。
自らの痛みなど吹き飛ばし、全力で男へ向かっていく。
「なっ!?」
「小鷹から……"タカ"から離れろてめぇーーーーーーーー!!」
そして小鷹を襲おうとする男の顔面を、渾身の一撃で殴りとばした。
「ぐほっ!!」
衝撃で吹っ飛ばされる男。
そして夜空はすぐさま小鷹にかけよった。
「タカ! しっかりしろ!!」
その小鷹に対する呼び名、それは十年前のものとなっていた。
ソラとタカ――三日月夜空と羽瀬川小鷹。
この時全てが回帰した。この瞬間が二人の、真の再会を意味していた。
「よ……夜空……」
「しゃべるなタカ! くっそ出血がひどい。なんとか……なんとかしないと」
「……そっか、やっぱりあなたが……"ソラ"だったんだね」
「……隠していて悪かった。ソラとしてお前と向き合う覚悟が無かったから。でも……今ならソラとして、君を見れるから」
「なんと……なく……気づいてたんだ。でも、わたしも同じ。あなたの真意と向き合うのが……こわ……くて。ごめん……ね……ソラ」
「謝らないでくれよ。おねがい……だから」
夜空は吹き出る感情が抑えられず、どうしていいかわからず慌てふためく。
このままでは小鷹が死んでしまう。
「星奈! 救急車を!!」
「わ、わかった!!」
と、その時だった。
まだ脅威は去ってくれない。
三度リーダーの男が立ちあがり、夜空を睨む。
「どいつもこいつも……こけにしやがってぇぇぇ!!」
「て、てめぇ……」
と、夜空が身がまえたその時だった。
「だい……じょう……ぶ。やっと来て……くれたから」
来てくれた。
その小鷹の言葉が意味する者たちが、工場の扉に立っていた。
「おうおうこりゃあずいぶんと派手に暴れよったなぁ。最近の若者は怖いのぉ」
「さてと。お嬢の頼みだ。いっそやったろやないかい!!」
そこにいたのは、楠組の男二人。
そして中央には、楠幸村がいた。
「お嬢様……どうして?」
「あねごにたのまれました。しかし……しょうしょうおくれてしまったようですね。はやくしょちをいたしましょう」
すぐさま応急処置道具を持ってきて、小鷹の出血を止める幸村。
「く……楠……組……」
ここにきてこの地区で力のある勢力、楠組が現れてしまった。
これには男も心が折れた。その膝が地をつく。
「こいつら最近街で悪さしてたチーマーの端くれでな。ここはわしらがかたつけとくから、救急車来るまであっちで待機してな」
「さ……猿飛さん……」
「感謝はええ。はよせぇや」
猿飛はそう促すと、夜空は一礼し、小鷹を背負い星奈と一緒に工場の外へと出る。
外にはステラとケイトも待機していた。
数分後、救急車がやってきた。だが安心はできない。
小鷹の出血は予想以上のもので、かなり危険な状況に陥っていた。
かといって夜空と星奈にはなにもできない。
この時の二人には、ただ見守ることしかできなかった。
「小鷹……」
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数日後。
羽瀬川小鷹は一命を取り留めた。
そして今日は、聖クロニカ学園の始業式の日。その日小鷹は市内の病院の一室にいた。
病院の先生いわく、あと一週間ほどで退院できるとのことだ。
しかし転校の時もそうだったが、二学期もこうして遅れてしまったと考えると、やはりどこかタイミングが悪い小鷹。
「ひまだなぁ……」
病院では安静に横になっているだけ。
特に趣味もない小鷹は他にやることがない。
病院にいる間、妹の小鳩は星奈の家に預かってもらっているから家族の事は心配ない。
そして星奈と夜空は、あのような大ごとに巻き込まれてしまったこともあり、残りの夏休みは身動きが取れなかったという。
結果的にみんな忙しくて、ここ数日お見舞いには誰も来ていなかった。
コンコン……。
と、小鷹の一室の扉からノック音が鳴る。
そして室内に入ってきたのは、髪の毛を綺麗に切りそろえた、印象の変わった夜空だった。
「あ、皇帝!」
「よぉ、元気にしてたか小鷹~」
「ははは、なんとかね……」
見た目の印象は変わっても、その陽気さは変わることがない。
この数ヶ月、そして十年前と、自分はこの笑顔に何度助けられたのだろうと思い返す小鷹。
「ほら、リンゴ買ってきたぞ」
「ありがと、にしても……髪の毛短くなったね」
「ははは、変か?」
「いや、似合ってるよ。それに、わたし的にはそっちも見慣れてるしね」
小鷹はそう笑って言う。
今の夜空の姿は、小鷹からすればそのまま、十年前の親友が成長した姿だった。
今までは髪の毛が伸びていて面影が無く気づくのが遅れてしまったが、今となってははっきりとわかる。
十年前、自分にとって大切な親友だった彼が、今……目の前にいるということが。
「つか、今ごろになるんだけど……その……」
「なにさ?」
「……久しぶり……タカ」
ようやく言えたと、夜空は思った。
ずっと言いたかった。その一言を。
ずっと口に出したかった。再会の喜びを。
「ふふふ、久しぶりだね……ソラ」
同じく、小鷹もそう口に出す。
「んで……いつから気付いていたんだ?」
「疑いは結構前からあったんだよね。確信を得たのは夏に旅行に行ったあの日」
「そっか。したらなんで言わなかったんだ?」
「それは、あなたと同じ理由だよ」
小鷹からすれば、それだけ言えば充分だった。
小鷹も夜空も、どこか恥ずかしがりやで、どこか割り切れない部分がある。
似た者同士だから、この時まで二人とも言えずじまいとなってしまったのだ。
「星奈も誘ったんだがな、まだお前に謝る覚悟ができてないんだとさ。すまねぇな」
「いやいいよ。気にしてないし」
「気にしてなかったら失踪なんかするかよ。ま、俺が言うのもなんだが……許してやってくれ」
「わかってるよ」
そう笑って話をする二人。
この事件も、星奈が不用意に言ってしまった一言が原因でもある。
それを星奈が未だに重く受け止めている、というのも確かにある。
しかし夜空は知っていた。今日、この場に来なかった理由を。
それは、せっかくの二人の再会を邪魔してはいけないと、せめてもの罪滅ぼしとして自ら身を引いたためだった。
彼女の不器用な気づかいに気がついていたからこそ、夜空は余計に、彼女を許してあげたくなっていた。
「……小鷹、俺、色んな事があったよ」
リンゴを剥き終えて、夜空は語りだした。
皇帝としての三日月夜空としては語ることができなかった、小鷹の親友としての彼が話せるこの十年間の出来事を。
「あの日、お前がこの街を去ったあの日から、無くなっていた俺へのいじめは復活していった。みんな死神がいなくなって、各地で喝采が巻き起こってたよ」
「そっか。やっぱり……」
「でもな、俺はそれが気に食わなくて。俺は勇気を出していじめっ子どもを自分の力で倒せるようになった。この時こう思ったよ。「あの羽瀬川小鷹に比べれば、こいつらなんか怖くねぇ」ってな」
「……あなたもわたしのこと怖いと思ってたんだ」
「え? なんだって?」
「だからそれわたしの台詞……」
そうちゃかしながら、徐々に夜空の過去が彼の口から語られていく。
夜空が強くなっていく系譜、それを小鷹は温かく聞いていた。
「だが、"力"ってのは手に入れると溺れちまうもんなんだよな。小坊の高学年に上がるころには、俺はお前ほどではないが恐れられる側になってた」
「力……か」
そう、小鷹にとっても、その"力"というものに対して深い思い入れがあった。
小鷹もかつてはいじめられていた。そして同時に居場所がなかった。
家庭にも学校にも、あらゆる場所が敵だらけ。そんな毎日を過ごしていた。
そしてある日、小鷹は"力"を手に入れた。それから小鷹の見る景色は一変した。
その力で気にいらないものを壊すのが楽しくて仕方がなかった。だからこそ小鷹は、それを捨てることができなかった。
自分を一番傷つけ、背負わせている物だと知っていても。その強大さに溺れてしまえば、それに全てを預けてしまう。
三日月夜空も意味合いとしては違うが、それと近い体験をしていた。
前まで自分をいじめていた者達を倒した時、小鷹の汚名を晴らすという本来の目的は同時に、やり返す快感を得ていた。
その時夜空は少しだけ体験できたという。小鷹の気持ちを、力に溺れる快感を。
「結果的に中学生になっても喧嘩ばかりの毎日でな。皇帝っていうのは高校に入ってからつけられたあだ名だったが。きっと俺はその時から、気にいらないものを踏みにじる皇帝だったんだろうな」
「前から不良だっていうのは聞いてたけど。きっとそれも……わたしn」
小鷹が、自分のせいだと口にしようとした刹那、夜空が人差し指でそれを止めた。
「……ちげぇよ。それは俺が勝手に力に溺れただけだ。お前を守る強い男になるっていう約束を建前に、間違った力に溺れてたんだよ」
「…………」
「でもまぁ、一人のお節介焼きに出会ってそれが間違っていたってことに気づいたわけだ。そして高校に入ってつまらねぇ毎日を過ごしていた矢先、お前が転校してきたわけだ」
「……ねぇ、そのお節介焼きって」
「あぁ、"日高日向"。噂くらいは聞いたことあるだろ?」
「……生徒会長、砂場のひなちゃん」
「後者の方はしらねぇが。やっぱり知ってたか」
夜空の語るその人物を、小鷹は良くは知らないが、強く印象に残っていた。
あの日、車の中で全てを投げやりにしていた小鷹の元へ一本の電話をかけてきた人物。
まずどうして自分の電話番号を知っているのだとか、そういった理屈はどうだっていい。
だがその人物が、まだ顔も会わせたことのないその人物が、何気ない言葉の数々で小鷹の闇を払いのけるきっかけを作ったこと。
今まで誰もが近寄ることのできなかった小鷹の闇を、圧倒的な光で封殺して見せた人物。
その存在に、小鷹は未だに彼女に対して何者なのかを疑念していた。
「わたしも、その人の言葉で変われたんだ」
「……あのお節介焼きめ。やっぱり一つ噛んでやがったのか。また、助けられちまったか」
「でも不思議な人だよね。わたしもあなたも、その日向って人の影響で変わって。まるで……わたしたちを巡り合わせたように」
「言いすぎだ……と言いたいところだが。実際そうかもしれねぇな。まぁあいつは……人間じゃないからな」
そう言葉を締めくくり、夜空は窓の外を見る。
今日の天気は晴天。太陽を見ると、先ほど語った女を思い出す。
星を光らせる夜空よりも、そこで輝く星々よりもはるかに輝いていて。
だがそんなことよりも、夜空にとっては今、目の前にいる少女の方が大切だった。
ようやく出会えた。今、改めて実感できる。
「……小鷹」
「ん? どうしたの……って」
急に、夜空は小鷹を抱きしめた。
そしてまた、普段の印象が身をひそめる。
「ごめん、少しだけ俺の好きにさせてくれ」
「……いいよ」
そしてこれからは、十年前の少年が、その想いを語り始めた。
「……会いたかった。僕はずっと……君に会いたかった」
「……うん」
「僕は……強くなれたかな。君を守れるような……強い男になれたかな」
「……うん」
「僕は……約束を……守れた……かな」
「……ありがとうソラ、ボクとの約束を……覚えてくれて」
「……う……うぅ……うわあああああああああああああああああああああああああああ!!」
少年は泣いた。
十年間ため続けたその雫を流した。
ようやく実った。ようやく叶った。
全ての願いをかなえた。約束を果たした。
この瞬間を、ずっと待ち焦がれていた。
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数日後。
「小鷹、明日退院するのよね?」
「あぁ、そんな何度も聞くなよ。てか謝りたいならお見舞いの一つくらい行けばよかったのに」
この日、学校のラウンジで夜空と星奈はこんな会話をしていた。
「だって、その……」
「言っておくけどうやむやにするなよ。理事長も言ってたが絶対に一言詫び入れさせるからな」
「わ、わかってるわよ!」
未だに星奈は小鷹に謝ることができていない。
彼女の不器用な一面が原因か、強がりか、それはわからない。
だが彼女ならきっと自分の力で解決できるだろう。今の星奈なら、きっと上手くできるだろう。
そう夜空は見ていた。それは、彼女の友人としての顔だった。
「んでさ、その……」
「なんだよ?」
星奈はもじもじと、なにかを言いたそうにしている。
それを流し目で見る夜空。そして意を決したように、こう質問をした。
「……なんで告白しなかったの? 小鷹に」
「……なんでかな。俺にもわからねぇや」
「なによそれ。てかあんたって本当に心から好きになった人に対しては素直にならないのよね。あんたって実はヘタレなんじゃないの?」
「誰がヘタレだ。ヘタレじゃねぇよ? ちょっと慎重なだけだよ?」
「どこが慎重よ。いっつもぶっきらぼうのくせに」
さすがにそのヘタレという言葉には、夜空も強く否定した。
だが実際にヘタレなのは行動で示されており、星奈は深々とそれを知っていた。
「でもまぁ、まだあいつとは親友で納めておきたいってものあるな。なにせ十年間、できなかったことが多いしな」
「どうだか。やっぱり逃げてるだけなんじゃないの? あの時だってあたしとやれる寸前まできて結局逃げ出したし。下ネタ好きな割には純情なのよね。実はそういうこと苦手?」
「に、苦手じゃねぇよ! 男なら誰だってそういうこと好きです!! 興味心身ですぅ!!」
「……興味はあっても、本番は怖いんでしょうが」
そんなかつての思い出を引き合いに出され、夜空という男の本心は徐々にむき出しになっていく。
この二人はかつて付き合っていたことがある。だがどうやっても夜空は、星奈との一線を超えようとはしなかった。
何かある度に、まだ高校生だからとか、お酒飲めないからとか、理事長に怒られるからとか、誤魔化しては逃げたという。
よもや志熊理科と対等に話せるほどのエロネタの数々も、実は強がっているのではないかと思えるくらいに、実際の行為に関しては抵抗を示す夜空。
「……じゃあさ、まだあたしにもチャンスがあるってことよね?」
「……まぁな」
「そっか。じゃあいずれは小鷹に宣戦布告しないといけないわね」
「宣戦布告ね。今度は喧嘩すんなよ」
もうあんなことはこりごりだと、夜空はこう釘を刺す。
しかし星奈の言葉の真意を知っていても動じないあたりは、やはり強さがあるのだろう。
「ま、今度はお前が挑戦者だからな。いつも誰かの壁になりつづけていたんだ、今度は挑むことを知れ」
「あんたに言われずとも。あたしも……変わってみせる」
「ふっ。俺お前のそういうところ……好きだぜ」
「なっ! 夜空のバカーーーーーーーーーー!!」
かつていがみ合っていたこの二人も、今では友達同士として接することができる。
否、もうここまでくれば、この二人もまた……親友同士と言えるのかもしれない。
小鷹、夜空、星奈。どこか残念だったこの三人は、十年間を巻き込んだこの数ヶ月の時で大きく変わり始めていた。
夜空と小鷹ではいけない。
星奈と小鷹でもならない。
夜空と星奈でもできない。
夜空と小鷹と星奈。この三人が揃ってこそ、成せることがある。乗り越えていくことができる。
これからも長い時を一緒にしていくであろう、互いが互いを思い合える。
笑顔に包まれた、この三人組ならば……。
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そして……冬。
「あ、お兄ちゃん達遅いですよ!!」
「あねご、夜空殿、星奈殿。もうみんなそろってますよ~」
寒空の冬。理科と幸村の言葉で迎えられる三人。
この日、あの公園にみんなが集まっていた。
かつてタカとソラが出会った公園。そこに集まる人たち。
それは、夜空と小鷹と星奈が出会った人たち。
多くはない、少ないけれど……大切な友達。
「わりぃわりぃ遅くなっちまった」
「ったく大切な天体望遠鏡忘れるバカがどこにいるのよ」
「ははは」
夜空たちが遅れた理由は、夜空が天体望遠鏡を忘れたから。
この日は、かつて夜空と小鷹が約束した、みんなで星を見に行く日だった。
「クックック。おかげで大分寒い思いをしたぞ愚民ども」
「なはは。吸血鬼は寒いの苦手なのか? ダサいな~」
「なっ! あんたはだまっとれクソガキ!!」
「まぁまぁ二人とも。喧嘩すんじゃないよ~」
小鳩とマリアはこんな時でも喧嘩をしている。
そしてそれをたしなめるケイト。この三人もこの日、星を見に来た。
「にしても娘はこんなにも多くの友達を作って。私は嬉しくて仕方がない……」
「おいおいザキ。お前んとこの娘だけのもんじゃねぇぞ~」
「そうだったな隼人。これは星奈と小鷹くんと夜空くん。そしてそれを取り巻くみんなが、この場を作ったのだったな」
「そうだ。まぁだけどさすがは夜空。俺の娘を幸せにしてくれる逸材だけはある」
「おい隼人。夜空くんはうちの婿になる男だ。貴様のとこにはやらん!」
「んだとザキ! あいつは俺んとこの夜空だ! てめぇのとこにはよの一文字もやらねぇ!!」
「まぁまぁ旦那さま、隼人さま」
天馬、隼人、そしてステラもこの場に来ていた。
先ほどの小鳩とマリアと同じように、天馬と隼人も些細なことで喧嘩をしている。
それをステラが冷静に対処していた。どこかにも喧嘩をすれば止めてくれる人がいるみたいである。
「にしても、自分まで呼んでくださってありがとうございます羽瀬川さん!」
「葵も大切な友達だからね。でも……」
「日向さんはなんでも忙しくて来れないみたいです。でも、ものすごく来たがってましたよ」
「そっか。ったく、お礼くらい言わせてよ……」
遊佐葵もこの場に呼ばれてやってきた。
だが、相変わらず日高日向の姿はない。
あの夏からの数ヶ月。小鷹はずっと日向に会いたがっていた。
しかし何度もあちらの事情で会うことができず、この冬の星を見るこの日も、彼女は姿を現すことはなった。
「ま、あいつは神出鬼没だからな。でもそのうち会えるさ」
「うん。会えるといいんだけどなぁ」
そういう夜空も、最近は日向に会っていない。
葵いわく常に元気とのことなので、心配はいらないみたいである。
こうして、夜空と小鷹と星奈。三人を取り巻くみんなと星を見るこの日がやってきた。
夜空からすれば、この日をずっと待ちわびていた。
それはソラとタカがした約束ではない。三日月夜空と、羽瀬川小鷹が約束した大切な日だからである。
あの夏以降、結局二人の呼び名は変わっていない。
夜空は小鷹と呼び、小鷹は皇帝と呼んでいる。
その呼び名が十年前に変わらなかったのは、十年前も十年経っても、二人が大切な親友同士ということには変わりないからである。
そしてそこには星奈や、数多くの仲間達が取り巻いている。だからこそ二人は、十年前よりもすばらしい今を作り上げようとしている。
その気持ちの表れだった。
「綺麗な星空……」
「あぁ、俺らもあの星に負けないように輝いてんだよなぁ」
「何言ってんだか……」
夜空のかっこつけた言葉に、小鷹が呆れる。
こんな会話を、あの夏の日もしたような気がする。
だけどあの時とは違う。小鷹の目に映る星空に、霧はかかっていない。
あの夏以降、小鷹はめっきりと怪力を出すことが無くなった。
というより、随時怪力を発揮することができなくなり、まだ絞りかすは残っているものの、ほとんど消滅したと言ってもいい。
それだけ彼女に心の余裕ができたということと、これからはそんな彼女を見てくれる大勢の者たちがいるということ。
その事実があるから、小鷹は光を見ていける。
「……小鷹」
「なに?」
「もうお前は……どこにも行かないよな?」
「今のところはね。でも……離れたくないよ」
「……俺も、けして離れない」
けして、お前の前から姿を消さないよ……。
もう、どこにも行かないよ……。
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少年たちは星を見る。
その星を、夜の空が照らし出す。
そして少年たちは、この広大な空の下で、思いの限り羽ばたいて行く。
そう、少年達の青春は、ここから始まるのだ。
それはもう一人だけの青春ではない、数多くの友と過ごす夢広がる青春だ。
自分達を見てくれるたくさんの友達。
それはけして多くない、いないわけではないけれど……。
たくさんの困難を得て、触れ合って、その友達の輪を広げて行った。
だからこそ、少年たちは……もう迷わず行ける。
僕たちの翼で……羽ばたいて行ける。
僕は友達が少ないアナザーワールド END。
この数ヶ月ありがとうございました!
まだ特別編とかやるかもしれませんが、ここで一区切りとさせていただきます。
今後も作者の作品をよろしくおねがいします!