はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド-   作:トッシー00

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特別編です。


ケイトストーリー~銀色のような淡い恋を~

 それはこの年の一月ごろまで遡る。

 季節は冬、春の陽気はまだまだ先の寒いその時期。

 ここ遠夜市に、ひとりの中学生はいた。

 卒業を間近に控え、同級生たちはそれぞれ決めた進学先の高校に進学する。

 この地区にはそれなりに名を馳せる有名校、私立聖クロニカ学園を始め様々な学校が存在する。

 当然その少女も進学先に悩んでいた。――だが、少女にとっては数ある進学先を、自由に選択する余裕はない。

 

「ちょっとケイト、起きてんの!?」

「んにゃ?」

 

 ケイトと呼ばれた中学三年生の少女が、友達の声に呼びかけられ浅い眠りから覚める。

 見渡すと場所は駅の近くのハンバーガー屋。この日ケイトは、同じクラスの友達数名と一緒に放課後ランチに行く約束をしていた。

 ケイトのテーブルの目の前には彼女が頼んだハンバーガーとジュースが置いてある。そのハンバーガーには手をつけられていない。

 

「んもう、また眠くなるほどテスト勉強してたの?」

「ん~」

「まったく。そんな頑張んなくったってケイトなら高得点で学年一位余裕じゃん」

「そうなんだけど、常々の努力を怠るわけにはいかんのよぉ。ふわあ~」

 

 そう言って、ケイトは大きなあくびをして、まだ眠気は残るもののむっくりと起き上がる。

 その少女――高山ケイトは遠夜市の中学に通う中学生。

 通っている中学は一般的な公立の中学。学校内でも特に頭がよく、クラスの順位は常に上位に属している。

 運動神経も並み以上で人当たりも良い。その上で綺麗な銀髪を持つ外人混じりの恵まれた容姿が加わり、学校内の評価も高い。

 

「そうかいそうかい。なんか行きたい高校でもあんの?」

「そういうわけじゃないんだけどねぇ。というか……家はそこまで裕福じゃないし、簡単にはいかないと思う」

「あ……。そうだったよね。ごめん」

 

 ケイトの家庭事情の断片に触れてしまい、つい謝る友達。

 ケイトは確かに頭がいい。しかし彼女からすれば評判の良い学校に進学したいからというわけではない。

 彼女が常日頃努力を続けている理由。それは彼女にとって大切な家族、そして今こうして学校に通える今の恵まれた自分。

 それらのことを考えて、ぐーたらに生きることを自ら罰していることにあった。

 

「うちのママ、高校はいいところ行けってうるさいんだよねぇ」

「あたしんとこはそこまで。高校なんてどこ行ったって変わんないっしょ」

「今から深く考えたって意味ないし。人生どうにかなるって」

 

 と、軽い気持ちで今の自分とこれからの人生設計を重ねる同級生たち。

 そんな彼女らを、ケイトは表では普通に見ていたが、裏ではどこか呆れを感じていた。

 ケイト自身はそんな悠長なことは言っていられない、今自分に与えられた環境でも必死に生き、将来を深く考えなければならない。

 その考えは彼女が持つ自らの使命感なのか。今の自分のよりどころを作ってくれた家族を想って、そして唯一血の繋がった妹の将来を想って。

 

「夢とかもないし。ケイトは夢とかあんの?」

 

 そう友達の一人に質問され、ケイトはぼーっとしながらも、思ったままにこう答えた。

 

「将来は……学校の先生になりたい……かな?」

「へぇ~。立派な夢だね」

「先生になってもろくな事ないっしょ。今の子供の親どもなんてめんどくさいだけだし~」

「わかるそれ。自分の子供のためなら他人の子を蹴落としてでも優遇されようと努力してるもんね~」

「……そうかね」

 

 そんな同級生の軽はずみな言動を聞いていて、ケイトは正直どう反応していいか分からなかった。

 まだ中学生である自分には子供の親になるという気持ちを生半可では理解できない。

 一応自分には大切な妹がいる。だがケイトは妹の母ではない、唯一の肉親とはいえ保護者を語ることはできても親という立場にはなれない。

 最近多発しているいじめ問題についても、もし自分が子供の親で、その子供が加害者あるいは被害者であった場合の想定など、考えることができても捉える事ができない。

 もし加害者側なら、それを止めることは愚か認めることすら難しいだろう。それが親という物だ。親は何が何でも子供の味方でありつづけたいものなのだから。

 反対に被害者側なら、なんとしても子供を救ってあげたいだろう。だが上記のような境遇を考えると、子供一人のために学校という一つの強大な社会に介入することは非常に難しいと考える。

 今現状、高山ケイトの周りにはいじめなどはない。この現状には満足している。

 むしろ、彼女にとって"地獄"とはすでに味わいつくしたものだった。絶望や失意という言葉は、呆れるほど頭に刻みこまれてきたものだ。

 あれ以上の地獄などあってたまるかと、こうやって必死に生きてきた。全ては大切な家族のために。

 

「したらこの後カラオケでも行く? テスト明け記念に」

「いいね~。ケイトはどうする?」

「……ごめん、帰って夕御飯の支度をしないといけないのよん。だから今日はパスで」

 

 そう言って、ケイトは友達に軽くだがごめんと謝った。

 

「そっか、したらまた後日だね」

「ごめんちょ。今度は暇な時間を作るからさ」

 

 そうケイトは、数人友達を後にし、一人家へと帰って行った。

 

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 ケイトは今の恵まれた現状を、満足して生きる半面、どこかにやりきれないものを感じていた。

 忙しい合間の絶妙な時間を作り、友達との青春にはそれなりに時間を割いてきた。

 他の生徒や教師たちとは、隔たりのない有効な関係を築き上げてきた。

 勉強だけでなく部活にも熱を入れ、忙しい毎日の不安や、己の過去の出来事をけして表に出すことはなかった。

 そんなとげとげした中学生活を送ってきたケイトが見る世界は、どこかが冷めきっていた。

 満足しなければならない現状を、満足しきれていないのが現実だった。

 自分と妹を拾ってくれたおじさんとおばさんに申し訳がないと思いながら、ケイトはどこか疲れていた。

 

「……馬鹿らしいなぁ。もう」

 

 数日後、ケイトは冬の公園のベンチに腰を預けて座っていた。

 片手にはコーラ缶。それはケイトの大好物であった。

 なぜコーラ缶なのか、炭酸が好きなのかはどうでもいい。

 それと同じように今、どうでもいい空虚な時間をケイトは過ごしていた。

 すっかり学校も終わり放課後、日が沈むのが早い冬はすぐに辺りを真っ暗にした。

 外は寒いから早く家に帰って温かくしたい。が、どこか外で浸りたいものもあった。

 だからこうして冬の星空を見ていたのであった。

 

「……いいよねぇ、星や空は。自由にただ、私達を見下ろしていて……優雅で」

 

 そんなくだらないことを言いながら、ケイトはようやく腰を上げた。

 そしてぽいっとコーラ缶をゴミ箱に投げる。しかし冷たい風に煽られ微妙に軌道を変え、燃えるごみの所に入ってしまった。

 

「……思い通りにはいかないものだね」

 

 ケイトはそれに気づいていたものの、めんどくさかったのか知らないふりをした。

 

「さてと、帰ってなにしようか……」

「……おい」

 

 そうケイトが家へ向かおうとした時。

 突如誰かに声をかけられた。

 

「なんだよぉ。夜遅くにこんな美少女をナンパですk」

 

 そう冗談を言いながら振り返ると。

 そこには少年がいた。高校指定の学ランを羽織った、長い黒髪の少年。

 ケイトは思わずその少年を見て固まった。なぜなら、その少年はとてつもなくかっこよかったからである。

 ナンパなどと軽はずみに言っていた自分が小さく見えるほど、その少年は美麗であった。

 

「あ、あ……」

「おいおめぇ。ジュースの缶を燃えるゴミに捨てたろ?」

「え? は、はい……」

「ったく。ちゃんと燃えないゴミに捨てろ」

 

 そう注意して、少年はわざわざ先ほどの缶を燃えないゴミに捨てた。

 その後小さくため息を吐いて、ケイトの横を素通りする。

 それら一連の流れを、ケイトはただ立ちつくして見ているだけだった。

 

「さてと。俺もこのなりだがこれでもボランティア活動してんの。だから軽い気持ちでゴミ捨てられたりすると迷惑なのよ」

「す、すいま……せん……」

「気をつけろよ」

 

 そう言葉をかけて、少年はあっという間にどこかへと去ってしまった。

 今時の学生にしては、そんな小さいことを注意するなとケイトはめんどくささを感じた。

 だが、それ以上にそんな小さなことにも遵守するその少年に、瞬間的なかっこよさを感じたのも事実だった。

 

「か……かっこいい」

 

 直後、ケイトはそう呟いた。

 その時だけ、冬の寒さを消してくれるほど、顔が熱くなったような気がした。

 

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「ケイト~。ちょっとケイト~!」

「ふえ? ななななに!?」

 

 後日、学校の教室にて。

 この日ケイトは友達と一緒に給食を食べていた。

 

「なにぼーっとしてんの? 眠いの?」

「い、いや違うよ。確かに眠いのはあるんだけど」

「また夜遅くまで勉強?」

 

 そう質問され、ケイトは違うと首を振る。

 実際の所は、昨日公園で出会った謎の美少年の事を考えて寝れていないだけだった。

 が、当然そんなメルヘンチックな話などできるはずがなく、ケイトは理由までは言わなかった。

 

「ふ~ん。それでさその、あたし卒業式の日シュウジくんに告白しようと思うんだけど」

「お、やるじゃん! あたしなんて大したことないからそういった恋の青春とか無理。てかリア充死ねし」

「そ、そんな。あたしだって大したことないって。つかケイトは誰か好きな人いんの?」

「ぶほっ!」

 

 突如その話題が自分に向けられ、飲んでいたお茶を噴き出すケイト。

 てっきり自分は関係ないと思い黙っていた分、対応しきれなかった。

 

「どしたの? まさかマジで誰かいんの?」

「いいいいいやちゃうちゃう! 好きな人か……ん~」

「いないの? それ家のクラスの男子に言ったら全員喜ぶよ。ここだけの話、ケイトを狙ってる男子結構多いんだよ?」

「そうなん?」

「自覚ないの? ケイト超美人じゃん。これで狙わない男子いない方がおかしいって」

 

 そう友達に茶化され、どうにも言えない気持ちになるケイト。

 そんな自分に対する他人話題より、ケイト自身の恋という議題に頭を抱える。

 丁度昨日、ケイトが思わず「かっこよす」と呟いてしまったイケメンに出会ってしまった。

 その時の気持ちを恋かどうかはよくわからないが、一応話題を盛り上げるために切り出してみた。

 

「昨日なんだけどさぁ。公園でイケメンに出会ったんだよね~」

「なにその少女漫画の一話見たいな話……」

「マジもんなんだってばよ。その、学ラン着た超髪の長いイケメン。多分……高校生かな」

 

 そのケイトの曖昧な人物情報を聞いて、数人の友達が反応した。

 

「あたしその人見たことあるかもしんない」

「確かその人聖クロニカ学園の生徒でしょ? 知ってるぅ。ガチでイケメンだよねあの人~」

 

 と、意外にもその人物を知っている人は多かった。

 その会話の最中で出てきた聖クロニカ学園という名前。ケイトの予想通り相手は高校生だった。

 

「ふ~ん、ケイトも隅におけないなぁ。つかケイトって面食いなの?」

「そんなわけじゃないけど。でも……かっこよかったんだよねぇ」

「今度会った時に告ってみたら? ケイトだったら多分大丈夫だと思うよ」

「いやいや。そんな中身も良く知らないでアタックするほどあたしは軽くはないのよん。だからけして面食いじゃないし。それに……」

 

 と、最後にケイトは何かを言いたそうにして、結局言うのをやめた。

 その最後に繋がる言葉。それは、自分は恋なんてしたことが無いからわからない。という不安だった。

 そう、ケイトは生まれてこの方恋をしたことが無い。誰かに惹かれたこともない、好きという感情がどんなものかもわからない。

 彼女がこれまで考えてきたのは、家族への感謝と妹の未来だけ。それと自分に置かれた立場や状況だけで、精一杯だった。

 友達もそれなりにいて評判も良い。ぼっちではないし孤立しているなんてことはない。それによって辛い思いをしたことなどない。

 だがそんな自分の過去は壮絶すぎて、どんな状況でも今彼女は幸せだと実感できてしまう。

 

 ――だからこそ彼女の青春はどこかが欠けていて、どこかが不完全で、どこかが……偽りだった。

 

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 ある日の休日、ケイトは街を歩いていた。

 晩御飯の材料を買うために近所のスーパーまで通い、その帰りの最中。

 

「うぅ~さみぃ。なんで冬は寒いんだよぉ。かといって夏は暑いし、一年中春か秋にしておくれよぉ」

 

 とか文句を言いながら、手提げ袋を持って寒い冬の道を歩く。

 こんな寒い日に、ケイトの妹はというと友達と外で遊んでいるというのだから、お子様は元気だなとケイトは心の中思う。

 と、もうすぐ妹が遊んでいるであろう公園の敷地に差し掛かる。

 

「危険なことしてないか、様子だけ見ておくか」

 

 そんなことを言いながら、その公園を通ると。

 案の定ケイトの妹――高山マリアは友達と一緒に公園にいた。

 だがその近くに、なにやら少年らしき人物がいる。

 

「ん?」

 

 しばらく観察していると、なにやらマリアと友達が浮かない顔をしている。

 そして数秒後、マリアが友達と一緒に少年から逃げる。

 するとその少年は、マリアたちを必死の表情で追いかけ始めたではないか。

 

「ななな、なんとぉぉぉ!!」

 

 これはいかんと、ケイトはすぐさまマリアたちにかけよる。

 そしてマリアたちはというと、その少年に捕まってしまった。

 

「んぎゃー! 離すのだうんこ皇帝!!」

「誰がうんこ皇帝だこらぁ!! てめぇら子供だからって簡単に許してもらえると思うなよこの!!」

 

 といった会話が聞こえる。

 この一部始終を見たケイトの頭の中では、完全にマリアが悪い男に襲われていると思っている。

 当然それは許せるものではない、ケイトは勇敢に少年の前に出た。

 

「おいあんた!」

「んあ?」

 

 ケイトの声に気づき、少年がケイトに視線を合わせる。

 二人の目が合う。その時互いに気づいたことがあった。

 その少年はケイトが先日夜の公園で出会ったあの少年だった。長い黒髪の美少年。

 そして少年自身もケイトの姿を見て、先日ゴミを適当に捨てていたあの少女であったことを思い出す。

 

「て、てめぇは……」

「あ、あんた!? いったいどういう了見だい! 妹から手を離せ!!」

「え? あ、あぁ……」

 

 と、少年がすぐさまマリアから手を離す。

 この時少年からすれば、なにか誤解を与えたかもしれないと察した。

 

「助かったのだババア!」

「誰がババアだ! じゃなくて……。あんたうちの妹に何しようとしたんだ!?」

「お~い。なんか誤解してねぇか?」

 

 ケイトの言葉を聞いて、少年はめんどくさいことになったなぁと頭を抱える。

 だが黙っていても誤解は解けない。少年はなんとか誤解を解こうとするのだが……。

 

「なにが誤解だ! 誤魔化すんじゃないよこのロリコン!!」

「ロリコッ!? 誰がロリコンだこらぁ!!」

「あんたのことだよ! こんな小さな子たちをあんな凶悪そうな表情で追っかけて恥ずかしいと思わないのかい!?」

「だ、だから話を聞けよ。俺は……」

「あの時は確かにゴミの分別を怠ったあたしが悪かったさ。けど今のあんたがしてることの方がよっぽど悪い行為だよ! そんな奴に注意されてぽけ~っとしてた自分が腹立たしいことこの上ないったらありゃしないよ!」

「いやだから、少し話を聞け」

「どうもうさんくさいロン毛だと思ったよ。ビ○ズの稲○さんに憧れたかなんか知らないけどさ!!」

「憧れてねぇよ! つか余計な御世話だ!!」

 

 少年は何度も落ち着けと催促するのだが、ケイトは自分の意見をぶちまけるだけで話合おうとする気配がない。

 このままでは完全に自分がロリコンの変態男で話が通ってしまう。当然少年的にはそんな終わり方は癪である。

 

「ちょっとお嬢ちゃんや。それは違うよ」

 

 と、少年が劣勢な状況下で、一人の老人がこの話に割り込んできた。

 

「……ふえ?」

「この子供たちが遊び半分で猫をいじめていたんだ。このお兄ちゃんはそれを注意していたんだよ」

 

 その老人の話を聞いて、ケイトが少年に尋ねる。

 

「……そうなの?」

「あぁ。それで説教してたらこいつら唾吐いて逃げようとしたんだ。だから追いかけたんだが……」

 

 この一連の話を聞いて、ケイトはぽか~んと立ちすくむ。

 今までよくそこまで言いたい放題やってきて、真相は自分の妹と友達が悪いことをしていたのが原因で少年に怒られていただけ。

 数秒の間の後、ケイトは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして。態度を一変して子供達を叱り始めた。

 

「あんた達! 生き物を大切にしないとだめじゃないか!!」

「なんだ!? ババアは私の味方じゃなかったのか!?」

「うっさいわこの出来そこない妹が!!」 ゴツンッ!

「ぎゃん!!」

 

 妹にげんこつを喰らわせ、ケイトは恥ずかしさと怒りで子供たちを叱る。

 普段マリアだけでなく他の子供たちとも親交のあるケイトの言葉は、子供達を反省させるに至った。

 

「ごめんなさいケイトお姉ちゃん。マリアちゃんを怒らないであげてください」

「まったく。ほら、このお兄ちゃんにも謝りなさい!」

「まずおめぇが謝れや……」

 

 どっからどう見ても少年の件に関しては子供たちよりケイトの方が謝る必要があった。

 その後ケイトは何度か少年に頭を下げた。結果的に少年も許してくれたようで、丸く収まる。

 問題ごとも済んだので真っ直ぐ家に帰るだけ、しかしケイトはすぐには帰らなかった。

 せっかくこうして先日の少年と再会できた。なので少し話をしてみたいとケイトは思ったのだ。

 

「その……えぇと。お兄さんは……えぇと」

「三日月夜空だ。聖クロニカ学園の一年」

「や、やっぱり高校生だったんだ……。私は東の方の中学に通ってる中学三年生です。名前は高山ケイト。そこのマリアの姉……です」

「おめぇ年下だったのかよ。しゃべり方がババア臭かったからてっきり学年上かと思った」

「ば、ババア臭いって。そ、そうかな……」

 

 ケイトは少しばかり少年の言葉にショックを受ける。

 妹からもお姉ちゃんではなくババアと呼ばれている。ひょっとしたら少年の言う通りしゃべり方にあるかもしれないとケイトは少しだけ気にした。

 

「み、三日月先輩。その……調子に乗りすぎました」

「もういいよ。別に気にしてねぇし。……ロリコンってのはちょっと傷ついたかな」

 

 どうやら夜空的にはロリコンと言われたことが予想以上に響いたとのこと。

 彼からすれば女子は好きでも幼女に変な気を抱いたことはない。それだけに、面と言われると傷つく何かがあった。

 だが誤解も解けロリコン疑惑も解けた。これ以上気にしては負けだと夜空は自分に言い聞かす。

 

「にしても、おめぇあのガキどもの世話してんのか?」

「あの子たちはマリアとよく遊んでくれてるから、たまに時間がある時に相手をしてあげてるんですよ」

「そっか。……敬語苦手そうだな。外国暮らしが長かったのか?」

「一応日本に来て五年くらいは経ちます。日本語も……必死に勉強しました」

「ふ~ん。名字が高山ってことはお前ハーフなのか? 髪も銀髪だし」

「……私達の両親は、本当の両親じゃないんです」

 

 ケイトのその告白を聞いて、夜空は苦い表情をした。

 

「……すまねぇ、その」

「私達姉妹は孤児で、色んな伝手を得て日本のとある孤児院に預けられました。今はそんな私達を引き取ってくれた高山さんの家で毎日を過ごしています」

「……なんでそんな話を俺に。深く聞くつもりは」

「……なんでかな。誰かに聞いてもらいたかったから……かな」

 

 そう語るケイトの表情は、さきほどまでの生き生きした表情ではなかった。

 あまり思いだしたくない過去に触れ、内にある寂しさを表に出していた。

 

「あそこにいるマリアは唯一血のつながった家族で、良く喧嘩してるけど……何よりも大切な妹なんだ」

「だろうな。誤解だったとはいえ妹が襲われそうになっている所を迷わず助けに行くあたりは……」

「全てを知らなくてはならなかった私とは違い、マリアは何も知らない。知る必要がないとさえ思っています」

「……」

「世の中には知らなくてもいいことだってある。そう思いませんか? そうに決まってる。幸せなら……その方が」

 

 そう乏しく語るケイトを横目に、夜空は割り切れない表情を浮かべ。

 そして余計な世話とばかりに、こう言葉を口に出した。

 

「だが、いずれは気づくことになる。容姿の違い、考え方の違い。それを指摘されいずれはあいつも全てに疑問を抱くことになる。物事は隠しきれない」

「三日月先輩……」

「……だが、あのガキは強い。その時が来てもきちんと受け止められるだろうよ。それにてめぇらの姉妹仲がより強い物ならば、きっとあいつも……お前に弱さは見せないはずだ」

「……あの子の痛みは、全部私が背負うって決めた」

「ふざけんな。それじゃ不公平だろ。痛みは分かち合う物だ、他者を大切に思うならな。誰かを守りたいと思うなら、自分も幸せになろうと努力しろ」

 

 そう夜空に励まされ、ケイトの心の淵から熱い何かが湧き出た気がする。

 胸が高鳴る。ドキドキする。今ケイトは、そんな気持ちでいっぱいになった。

 

「な、なにこの気持ち……」

「どした? 風邪でもひいたのか?」

「いいいいやいや! そんなんじゃないです!!」

「そうかい。じゃあなケイト」

 

 そう言って、夜空は黒い長髪を靡かせケイトの前から去って行った。

 その後ろ姿を、ケイトはずっと見つめていた。

 無意識に手を胸に当てていた。胸の高鳴りが抑えきれなかった。

 

「三日月先輩……」

 

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「三日月先輩……」

 

 翌日学校にて。

 ケイトは登校してからずっと、ことあるごとに夜空の名前を口にしていた。

 意識してかしらずか、勝手に口から出るそのワードを、もう何度口にしたことか。

 

「ちょっとケイト~。生きてるか~」

「ふぎゃ! どどどどしたん!?」

 

 上の空で夜空の事を考えていると、いつもの友達に声をかけられ我に戻るケイト。

 

「なんか今日のケイトいつもよりぼーっとしてるね。なんかあったの?」

「いや、別に……」

「ふ~ん。それでその"三日月先輩"って誰?」

「ぎゅへぇ!!」

 

 思わず変なむせ方をするケイト。

 そのケイトの反応を見て、友達がニヤリと笑みを浮かべた。

 

「はは~ん。ケイトも等々青春ですかぁ?」

「あ……あぁ……。せ、青春じゃないしっ!」

「どうだか? その人って先日言ってた黒髪のイケメンの人? もう名前まで聞きだすとは、ケイト……恐ろしい子」

「違うって! ちが……わないけど……」

 

 そう小声で言うと、さらに友達がケイトをからかってくる。

 ケイトからすればこう言った経験は初めてで、反応が躊躇に、素直に出てしまう。

 

「それで三日月先輩とは上手くいけそうなの?」

「い、いやまだ少し話しただけだし。まだ……相手の事よくわかんないし」

「名前を聞くだけでなく話までしたと。ケイトやるぅ~!」

「くぅ……! 言わせておけばこのぉ~!!」

 

 と、ケイトは自分の感情を理解できないまま、友達に仕返しとばかり襲いかかる。

 そんなじゃれ合いを得た後、改めてケイトは自分の感情と向き合ってみる。

 明らかにケイトが抱いたのは恋心。そう、ケイトは夜空に恋をしてしまったのである。

 

「もう、頭の中からあの男の事が離れないんだよ……」

「ほ~う。どんな人だった?」

「最初の印象は……最悪だったんだけど(と言ってもほとんど自分のせいなんだけど)。話してみたら、なんかすごいいいこと言ってて、去り際かっこよくて……」

「そうかいそうかい。ケイトなら多分大丈夫だと思うよ、こういうのは焦ったら負けだから、気持ちが決まったら落ち着いて、レッツ告白だよ!!」

「告白……か。ん~」

 

 友達に告白と言われ、正直自身が持てないケイト。

 ただでさえ人を好きになったこともないのに、そこから気持ちを伝えるなんて勇気がいる話。

 今のケイトにはその勇気がなかった。

 今まで妹や家族の事ばかり考えていたこともあって、自分の気持ちでいっぱいになることなどなかった。

 だからこそケイトは悩んだ。頭を抱えた。悶えた。

 

「……頑張って……みる」

 

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 その後、ケイトはたまに夜空と公園で会って話した。

 基本夜空は暇な時は公園に訪れており、そこでのんびりしているのだ。

 あまり過去の事を言うと暗くなるので、話の内容は趣味の話や日本のいいところといった話が主となった。

 夜空と出会ってから一ヶ月。ケイトの中学遅咲きの青春は、彼女が感じるよりも早く時が過ぎて行った。

 後もう少しで中学を卒業する。ケイトは一時、本気で聖クロニカ学園の受験を考えたほどであった。

 しかし私立の高校はお金がかかる。その時はさすがに家族と自分の立場を優先させ、結局公立の高校を受験することにした。

 高校が違っても、同じ街にいる以上どこかで会えるだろう。

 そんなある日の放課後。

 

「今日も公園に行ったら、三日月先輩に会えるかな……」

 

 もう彼と会って何日か経つ。

 会うたびに彼女の中の気持ちが膨れ上がる。

 

「そろそろ、告白とか……してみたりとか」

 

 そんな淡い一言を、呟いている時だった。

 

「ケイトお姉ちゃん!!」

 

 一人の子供が、ケイトの名を叫びながらケイトの元へよってきた。

 見るとマリアの友達だった。なにやら普通の様子ではない。

 

「ん? どした? なにかあったのかい?」

 

 そうケイトが尋ねると、子供は泡食ったような顔でこう答える。

 

「マリアちゃんが大変なんだよ!!」

 

 その一言を聞いて、ケイトが表情を変え叫んだ。

 

「な、なんとぉぉぉーーー!!」

 

 そう雄たけびをあげ、ケイトは子供を連れダッシュで公園まで駆け抜けた。

 公園につくと、マリアと子供たち数人が、凶悪な犬に睨まれ身動きが取れなくなっていた。

 猫の次は犬かと、つくづく動物運のない子供達を発見する。

 

「ま、マリアちゃん……」

「わ……わたしに任せろなのだ。う、うんこ棒を持ってくるのだ」

「そんなのないよマリアちゃん……」

 

 そんなア○レちゃんの武器みたいなものを用意しろとマリアに言われ子供たちは戸惑う。

 動けば襲われるかもしれない。うんこ棒で威嚇することもできない。

 そんな状況で腰が抜けた子供たちを救おうと、ケイトが動いた。

 

「マリア! 今助けるから待ってなよ!」

「お、お姉ちゃんんんん……」

 

 流石にこの場は妹でさえきちんとお姉ちゃんと言う始末。

 妹からの信頼を得られればケイトの中では勇気百倍。

 ケイトはすぐさま犬の方へ向かおうとする。

 しかし犬の鋭い鳴き声に、ケイトも思わず後ずさる。

 

「う……うぐ……」

 

 襲われたら大変だろう。だが大切な妹や子供たちが襲われるくらいなら自分が襲われた方がマシと、ケイトは自分の背中を押す。

 だが抱く気持ちと体の動きが合致しない。思うように動けないケイト。

 

「う、動けよぉ。マリアがピンチなのになんで動けないんだよぉ!!」

 

 何度も駆けつけようとするのだが足が動かない。

 

「うえ~ん! ケイトお姉ちゃん~!!」

「な、泣いたらだめなのだ! 泣いたら……う……」

 

 マリアはなんとか友達を励ます。しかしマリア自身もすでに心が折れていた。

 そんな光景を少し離れた所でただ見ることしかできないケイト。情けなかった。妹の痛みを背負うと覚悟しておいて、この状況で動けない自分が。

 

「う……ううううう! 大切な妹に……手を出すなぁぁぁ!!」

 

 そう言ってケイトは、覚悟を決め無理やり体を動かした。

 狂暴な犬の方へ向かっていく。すると犬のケイトの方に視線を向け、思いっきり走ってきた。

 これでマリアの方へは行かない。だが、今の状況。どう考えてもケイト自身が危なかった。

 

「ひっ! どどどどうすれば!!」

 

 絶体絶命の状況。

 犬に襲われる……その時だった。

 

 ごつんっ!

 

「きゃん!!」

 

 なにやら大きな石が犬に当たった。

 石が投げられた方向を見ると、そこにいたのは夜空だった。

 

「ったくこの馬鹿犬が。どうせ来るなら俺んとこに来いや」

「み……三日月先輩……」

 

 そう夜空が犬を威嚇する。その姿をケイトは目に焼き付けた。

 犬が夜空の方を向いて吠える。だが夜空は負けじと鋭く犬を睨んだ。

 

「……きゅ~ん」

 

 そう犬はしょんぼりして、逃げるように夜空とケイトの元を去って行った。

 

「こ、怖かったよケイトお姉ちゃん~!!」

「う……うえ~ん! お姉ちゃんーーー!!」

 

 子供たちもマリアも、緊張がほどけて泣きながらケイトの方へよってくる。

 その子供たちをケイトは優しく抱きしめる。この時ちょっぴりケイト自身も泣きそうになっていた。

 

「まったく。心配かけさせんじゃないよガキども……」

「どうやらなんとかなったみたいだな」

「み、三日月先輩。あ……ありがとうございました!!」

「別に。気にすんな」

 

 そう澄ました顔で夜空はその場を去ろうとする。

 この時、ケイトが夜空に抱いた気持ちがより一層膨れ上がった。

 言わなければ。もう破裂しそうだと、ケイトは必死に覚悟する。

 ここで言わなければ。伝えなければ。この破裂しそうな熱い気持ちを……。

 

「み、三日月先輩!!」

「んあ?」

 

 そうケイトが夜空を引きとめる。

 

「そ、その……」

「なんだよ?」

「わ、私……その……先輩の……事が」

 

 と、後もう少しで告白できる。そんな瞬間だった。

 

 ピロロロロロ!!

 

「ん?」

「あ……電話だ。げっ! あのクソ女か!!」

 

 クソ女と、夜空が苦い顔をして叫ぶ。

 なんか電話に出ようか悩んでいる。最終的にはめんどくさそうにその電話に出た。

 

「……はい、もしもし」

『もしもしじゃないわよ!! あんた今どこをほっつき歩いてんのよ!?』

 

 なにやら電話越しから女子の叫び声が聞こえてきた。

 

「なにって、人生の路頭に迷ってるって言うか……」

『うるせぇわ!! なんであんた最近あたしから逃げてんのよ!!』

「逃げるっちゅうか。てめぇが何日か前にくだらないことで怒るからだろうが。少しはそのすぐ怒る癖直せやバカ」

『それは……あ、あんたが悪いのがいけないんでしょ!!』

「んだこらぁ! てめぇ女だからってなんでも許してもらえると思うなよ!!」

『うっさい! それにあんた……仮にも……』

 

『――仮にもあたしの"彼氏"なんだから、少しは大目に見なさいよ!!』

 

「……え?」

 

 夜空の電話から聞こえたその一言に、ケイトは硬直した。

 そんなケイトの様子など知らず、夜空は電話の相手に怒りをむき出しにする。

 

「うるせぇ! てめぇこそ俺の"彼女"なら少しは気を使えや!!」

『あんた男でしょ!? あたしに気を使わせるとかバカなんじゃないの!?』

「バカはおめぇだ! なにその見え見えの男女差別、その高飛車な性格直さねぇから理事長に毎度尻叩かれんだろうが!!」

『あんたには関係ないでしょうが! パパはあたしに愛を持って叱ってくれてんのよ!!』

「いつまでも親に叱られてんじゃねぇよ! もう切るからな!!」

『あ、ちょっと!!』

 

 ブツッ!!

 

 夜空はそう怒鳴り散らして電話を切った。

 そしてすぐさま電話の電源を切り、一つため息をつく。

 

「ったくあのクソ女、いつか泣かす……。え、なんだっけ?」

「……その」

 

 今の通話の内容を聞いてしまった以上、ケイトの告白は意味のないものになってしまった。

 なぜなら夜空にはすでに彼女がいたからだ。そう、ケイトの恋は実らなかったのだ。

 告白をする前に撃沈してしまった。そのことへのショックと、恥ずかしさでケイトはいっぱいになる。

 涙がせり上がってくる。このままだと大好きな人の前で泣き叫んでしまうかもしれないと、ケイトは必死にこらえる。

 

「その……先輩の……」

「……ケイト?」

「先輩の……ロン毛はやっぱり似合わないですよぉ~」

「……はぁ!?」

 

 ケイトは上手く誤魔化したような気がした。

 悲しみが爆発するのを必死にこらえながら、どうにか話を誤魔化そうとする。

 

「やっぱり稲○さんはあのなりだからロン毛が似合うわけで、先輩だとちょっと女の子っぽいっていうか。短髪の方がいいと思うよん」

「よ、余計な御世話だバカ……」

「はは、それはごめんね。ごめ……あ……そろそろ家に帰って……夕飯の支度しないといけないから、私帰るねん!」

 

 そうやって表情を見せないように後ろへ向くケイト。

 その去り際、夜空は思わず……申し訳ない顔をしてこう一言口にした。

 

「……ケイト」

「な、なんだい?」

「……悪かったな」

 

 その言葉を聞いた瞬間、後ろ姿のままケイトは口を手で押さえた。

 もう感情が抑えきれなくなり、少しずつ目から涙を流す。

 だけどそんな姿は見せられないと、ケイトはその声色だけは、いつもの調子を保った。

 

「な、なにが? おかしな先輩だな……。謝られるようなこと……した覚えないから!!」

 

 そう言って、ケイトは走って家に帰った。

 今まで抱いていた恋心と別れを告げ、悔しさを抱き、悲しい気持ちを抑えきれないまま。

 

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「ただいまなのだ」

 

 数時間後、マリアも家に帰ってきた。

 家の茶の間を通り過ぎると、ケイトが浮かない顔をしていた。

 

「ババア、その……今日は心配かけてごめんなさい」

「……」

「心配かけたからババア、浮かない顔をしてるのだ」

 

 と、マリアはマリアなりに自分の行為を反省していた。

 無論、ケイトはマリアが危ない目にあったから落ち込んでいるのではない。

 自分の初めての恋が破れたことに、ひどく落ち込んでいたのだ。

 

「……マリア」

「ん? どしたのだババア」

「ちょっとだけ……胸を貸してくれないかい?」

「え?」

 

 そう言って、ケイトはマリアに抱きついた。

 そして押さえこんでいた感情を、一気に爆発させ……泣き叫んだ。

 

「あ……ああ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

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 そして四月。

 ケイトは高校へ進学した。

 ケイトの通う公立には、ケイトの中学時代の友達の多くも同じくそこへ進学した。

 高校での新たな青春の始まり、中学の最後に経験した悲しい恋の青春を踏まえた新たな学園生活の始まり。

 入学式の数日後、ケイトは久しぶりに公園に立ちよった。

 

「……久しぶりに来たね」

 

 そう呟いて、公園を見渡す。

 今日はマリアも家にいて、子供たちもいない。

 そんな日に公園に来たのは、ひょっとしたら彼に会えるかもしれないという……淡い期待を抱いていたかもしれない。

 

「……もう、会えないのかね」

 

 と、諦めかけたその時だった。

 

「お、なんか久しぶりに見る顔がいるな」

 

 後ろから声がした。

 振り返ると、そこにはかつて恋をした少年――三日月夜空が鞄を背負って立っていた。

 

「三日月先輩……」

「久しぶり。その制服……高校入学おめでとう」

「あ、ありがとうございます」

 

 久しぶりに会っても、やっぱり夜空はかっこよかった。

 またケイトの胸に熱くなるものを感じたが、それは前ほどではなかった。

 

「げ、元気……でした?」

「どっちかというと変わらねぇ毎日に飽き飽きしてるわ。だから元気と聞かれたら元気じゃない」

「そ、そうですか? 彼女さんとは上手くいってるんですか?」

「え? 彼女? あぁ、あいつとは別れたよ」

「そうですか……はいぃぃぃぃぃ!?」

 

 あっさりとそんな事実を口に出され、ケイトは思わず驚愕した。

 

「わ……別……れた?」

「やっぱ相性悪かったのかな。先月くらいに大ゲンカしてな。もう学校でも顔すら合していないよ」

「そそそ……そうなん……だ」

 

 それを聞いて、ケイトの中でまたもや希望が芽生え始めていた。

 ならば今度こそ自分の気持ちを伝えられると、一瞬告白が頭によぎる。

 ……だが、ケイトはしなかった。ケイトの彼への恋はあの瞬間で終わった。

 これ以上、執着する必要はないと。改めて自分の中でそう納得した。

 

「そっか。……彼女さんも惜しいことしたもんだね」

「そう思うか? そりゃいい励ましになった」

「はは、そりゃ何よりで」

「ていうか、変に敬語使うならこれからため口でいいぞ。俺はそういうの気にしないし」

「そうかい。そりゃあ助かる。三日月先輩――いや、よーぞらく~ん!」

「……急に柔らかくなったな」

 

 こうして、ケイトと夜空は友達になった。

 その後ケイトはアルバイトを始めたことであまり夜空と会う機会が少なくなってしまった。

 それでもたまには会って遊んだりしている。もう彼女の中では、夜空は憧れの男子ではなく、気さくに話せる一人の友達でしかない。

 けど、それで程良かったのかもしれない。きっと夜空には、自分以上にふさわしい女子がいるはずだと、不思議かそう思ったこともあるという。

 

 ケイトの恋の青春は一時的に幕を引いた。

 

 だが……彼女の"本物"の青春は、まだまだ先長く続いて行くのである。




二人目の特別編は高山ケイトです。意外な人選と思った方もいるかもしれませんね。
原作とはまるで違う設定や展開ですが、彼女というキャラを表現出来ているでしょうか?
感想や評価の方はまだまだお待ちしております。

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