はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド- 作:トッシー00
遠夜市某所にあるメイド喫茶。
そこには連日、多数のお客が可愛い女の子とおいしいご飯を堪能するため来店する。
今日は休日ということもあってか、メイド喫茶は大忙し。
そんなメイド喫茶で働く学生、高山ケイトは強力な助っ人を連れて来ていた。
「いやぁ悪いねぇ。身近にいる可愛い女の子で時間空いているといったら君くらいしかいなくて~」
「いや、気にしなくていいんで……」
ケイトに連れてこられた助っ人。
最近まで長かった透き通った黒い髪をばっさり切り、ショートカットが似合うボーイッシュな女の子。
その人物は高山ケイトが働くコンビニの同僚であり、聖クロニカに通う女子高生。
名前は……と、ここで一つ問題がある。
この少女の名前をこの世界では"なぜか"言うことができない。
もし名前を出してしまうと存在が抹消されるというか、とにかく色々と厄介なことになってしまうのである。
なのでこの少女は今後"少女"といったように表記される。
「まぁちゃんとお金も出すからさ。小遣い稼ぎだと思って」
「それは助かるのだが。コンビニ以上にこう多い客に接するのは……やはり気が滅入るな」
「そこは今後の君のコミュ能力の向上だと思って~。そういえば部活の仲間から逃げてきたって? またいったい何があったのさ?」
「い……いや。これは私個人の問題だから」
そうケイトが心配そうに尋ねると、少女は恥ずかしそうに相談するのを拒否する。
なんでもこの少女は学校の部活に属しているのだが、とある問題が発生し、部活に居続けることができなくなり、置手紙のような文章をメールで送り失踪してしまったのだという。
何があったのか気になるところであるが、他者のプライベートに露骨に侵入するのは野暮というものだろう。なのでケイトはすんなり引いた。
「そっかい。まぁ嫌な仲間の事なんて忘れてさ、生まれ変わるように頑張っておくれよ」
「が、頑張ってみる……」
そうケイトに励まされ、少女は改めて覚悟を身に固める。
と、そんな時。お店のドアが開き来店の音楽が鳴る。
入ってくるお客を見て、ケイトのメイド仲間が何かとざわめいた。
「け、ケイト! 来たよ! "S様"よS様!!」
「マジで! これで二週連続の来店だよ~ん!!」
「……S様?」
メイド喫茶の店員達とは違い、少女にはS様のことがよくわかっていない。
S様と呼ばれたお客は、なんとも豪華な見て呉れをしていた。
髪の毛は染めるのでは絶対に作れない綺麗な地毛の金髪、そして大きな胸。
容姿端麗。まさしく女神と言っても差支えない程の美少女。それがS様だった。
そんなS様を、少女はなんとも気にいらない目で睨みつける。
「気にいらんな。あの金髪ビッチ……」
「そう言うなよ君~。あの人この喫茶の常連でさぁ。結構店としては助かってるんだよ~」
「そうなのか? にしてもS様ってなに?」
少女がそう質問すると、ケイトは無言でS様を指さす。
すると店員の一人がS様に注文を取りにいっていた。
「ご、ご注文はどうなさいますかご主人様?」
「そうねぇ~。したら今日はこのスペシャルセット。誠意を持って運んで来て頂戴」
「か、かしこまりました~!!」
と、やたら偉そうに注文するS様。
それを見て、少女は気持ち悪いものを見たかのように顔をゆがめた。
「な、なんだあのテンプレ的お嬢様キャラは……。だめだ、あいつとは仲良くできそうにない」
「まぁこういう風にさぁ。常連でうちもお世話になってるし、でもああいう風に好感も持てない。だから敬うけども"名前で呼ぶ価値もない"。だからうちらはS様って呼んでるんだよねぇ~」
「……納得だ」
ケイトのその説明には、少女も精一杯の肯定で返した。
「せっかくだし君。S様にセット運びに行ってよ」
「はぁ!? なんであの気に食わない客に私が!?」
「仕事だよ仕事。そうやって嫌だ嫌だと言っていられるのは学生のうちだけ。社会人になったら通用しないんだよそれ~」
そう学年では後輩の女子に言われ、少女はやるせない顔を浮かべた。
結局少女がS様に注文を運びに行く羽目になり、少女は意を決してS様の元へ行った。
その様子を、ケイトと仲間数名は固唾をのんで見守る。
「……お待たせしましたご主人様」
「遅いわよ。いつもより四~五秒は遅いわよ。って……あんた新人さん?」
「はい、今日限りの助っ人ですが」
「へぇ~。このあたしには当分叶わないだろうけど中々かわいいわね。けどその無愛想な表情じゃせっかくのなけなしの可愛さがもったいないわね~」
「う……うぐぐ……」
客とはいえ、なんという物言い。
これには少女もいきなりプッツンいきそうであった。
だがなんとか冷静さを取り戻し、注文をテーブルに置く。
「注文は以上でしょうかご主人様?」
「今のところはね。またなんかあったら頼むわ」
そうS様は少女を追っ払う。
だがやられっぱなしではすまないのが少女の性分というもの。
「もしよろしければこのお勧めのメニューもいかがでしょうかご主人様」
「え? なによいらないわよ」
その少女の心遣いに、S様はすんなり断るのだが。
少女は帰ることなく、腰からメニュー票を取り出しS様に提示する。
「このスペシャルミートスパゲッティ。スパゲッティミートソースと、あとこのミートスパサラダやミートスパゲッティパフェなんていうのもございますがお肉様」
「なにそのミートスパゲッティ推し!? どこまでミートスパゲッティ好きなのよ! つかさりげなくあんたお肉様って言わなかった!?」
「いえいえ滅相もございません牛女様」
「誰が牛女よ! 肉とたいした変わってないでしょうが!!」
まるでどこかで見たようなやり取りだが、少女のさりげない一手はS様を狂わせる。
奥の方で見守っているケイト達は、心配と同時になにかしら笑っていた。
「ちょっとなによこの店員! 腹立つわね!!」
「お客様。他の人間様に迷惑になりますのでなるべく牛の泣き声はおやめください」
「私も人間よ!! 牛の鳴き声なんかしてないわよ!!」
「ところでこの干し草なんかも……」
「あんたあたしをバカにしてるでしょ!!」
流石にやりすぎか、S様は本気で起こっている。
これでは店の営業に影響が出ると、ケイトが少女をヘルプしに行く。
「あぁちょっと! この店員なんなのよ!! さっきからお客をバカにして、ふざけんじゃないわよ!!」
「もうしわけありませんお肉様。この子新人でしてねぇ~」
「あんたまでお肉様言うな!!」
S様をたしなめに行ったつもりが、ケイトまでS様をお肉様呼ばわり。
ちなみに他のお客はというと特に不平不満を感じてはおらず、S様とメイド達が美少女ぞろいということもあってか一種の見世物のように楽しんでいた。
そんな一悶着の中、店の扉が開き客が二人入ってくる。
「あ、いらっしゃいませご主人様~」
「ちょっとあたし無視!?」
ケイトがS様そっちのけで扉の方のお客を対応する。
その二人のお客の内一人を見て、少女はS様の時とは違った嫌悪を抱いた。
「お~うケイト。約束通り来てやったぜ」
「あ、あの男は……!?」
そう、少女はその男を知っている。
かつてコンビニにてエロ本を我が物顔で買いにやってきては、それをわざとらしく自分の前に見せてきていやがらせをしてきた男。
少女の大嫌いな超リア充にして、どこか他人の気がしない少年。
その男、遠夜市の皇帝の異名を持つ少年。三日月夜空であった。
「よーぞらくん! 来てくれたんだねうっれしい~!!」
「まぁな。せっかくなんで小鷹も連れてきた」
「あはは、あんまり乗り気じゃなかったんだけど……」
素直に喜ぶケイト。
そしてその隣にいる少女。
かつては金色の死神と恐れられた遠夜市最強のいじめっ子。
夜空の親友、羽瀬川小鷹である。
「んで……なんでおめぇがいるんだよ肉」
「それはこっちの台詞よ。それより聞いてよ! さっき店員に喧嘩売られたのよ!!」
「そりゃおめぇがビッチ臭漂わせてるから悪いんだろうが。お前の存在そのものが逆に相手に喧嘩売ってんだよ。ほら、早くそいつに謝りなさい」
「え……そっか。ごめんなさい……ってなんでよ!!」
夜空に上手く扱われ、思わず謝ってしまうS様――もとい星奈。
そして夜空はそんな喧嘩を売った店員の方に目をやる。すると思い出したかのようにその少女に声をかけた。
「おっ。あの時の姉さんじゃねぇか。なんつうかメイド服似合ってんなぁ~」
「ぐっ……」
夜空は気前よく少女に挨拶し、そして褒める。
一方で夜空の事が大の苦手である少女は、軽く会釈をしスタッフルームに戻ろうとする。
しかしそれをケイトが止め、腕を引っ張り夜空の方へと引きもどす。
「ちょっ、何を……」
「まぁまぁそんな逃げないで~」
そんなやり取りの中。
なにやら星奈が気付いたかのように、少女と夜空を交互に見やり、こう言った。
「……なんかあんた達似てない?」
「「え?」」
星奈にそう言われ、夜空と少女が顔を合わせる。
それを聞いて傍にいた小鷹も、二人を見た後星奈の言葉に同意した。
「確かにそっくり。皇帝のお姉さんか妹さん?」
「ち、違う! 私にこんな兄や弟はいない!!」
少女は頑なに否定している。
どうやら二人には血縁関係はない。
だが互いに少し伸びた黒のショートカット。少しキツめの紫色の目。
性別は違えど、どこからどう見ても兄妹にしか見えない程二人は類似していた。
「確かにこの姉さんとは初めて会った時から他人の気がしなかったが、兄妹じゃないな」
「ふ~ん。まぁ性格は全然違うようだし……。なぜかあたしへのあだ名や扱い方がほとんど同じなのが気に障るけど……」
星奈はどこか引っかかるものを感じながら、なんとか納得した。
その後、夜空と小鷹も席に座ろうとするのだが、忙しくて気付かなかったのか席は満杯となっていた。
星奈の席も二人席を独占した状態で、どうにも座る場所がない。そこで……。
「そうだ。せっかくだし三人ともうちの喫茶手伝ってよ!!」
ケイトはこんなことを提案した。
どうにも知り合いならば全員手伝わせるようだ。だがここで一つ問題が発生する。
三人、と言っていたが。その三人とは誰か。
小鷹と星奈はわかるとして、夜空はそれに含まれるのだろうか。
その疑問は、ケイトが夜空の肩を触ったことですぐに答えが出た。
「え?」
「皇帝もメイドやるの?」
「なんで俺がこんなヒラヒラつけてメイドさんしなきゃいけねぇんだよ!!」
確かに夜空は立派な男子である。
だがそこにケイトは試してみればわかると、奥の方へとむりやり連れていく。
「皇帝くんの女装超みた~い!」
「そうと決まればレッツラゴーゴー!!」
「ちょ、お前らおろしやがれ!!」
夜空をイケメン認定しているメイド数名に運ばれ、夜空も逆らうことができず。
そして数分後……。
「お、俺が……こんな……」
「いや~ん! よーぞらくん超美人!!」
見事に夜空はメイドさんに仕上がった。
ケイトの見立てた通りなのか、予想以上にそれが美少女で全員がびっくりしていた。
星奈は必死に笑いをこらえ、小鷹は少し怒りを露わにし、少女はなんとも言えない表情をしていた。
「す……すごいかわいいわよ……夜空。ぷっはは!!」
「肉こらてめぇ……」
「へ~えかわいいじゃん皇帝。いいなぁ~。女のボクより果てしなく可愛くていいな~」
「ぐっ……ぐぐ! 小鷹苦しい……。首絞まってる!!」
その出来栄えに小鷹は激しく嫉妬を露わにし、怪力を少し発動し夜空にチョークスリーパー。
だが夜空がこうなると、更に少女と瓜二つになり。もはや声以外では見分けがつかない程に。
そのあまりのそっくりさに、星奈がこう感想を述べた。
「なんかクローン人間がいるみたい……」
「むっ……。こんな男に……」
「ま、いいじゃねぇか。よろしくな姉さん」
戸惑う少女に夜空は軽々しく声をかけた。
その後星奈と小鷹もメイド姿になり、業務を手伝うことに。
「メイドさんって一度やってみたかったのよねぇ~」
「せ、星奈はまだしもわたしにこんなの似合わないよ」
「気にすんなよ羽瀬川先輩。先輩もなんやかんやで可愛いよ。あれだよ、羽瀬川先輩ってカズーラの蟲惑魔に似てるんだよねぇ」
「か、カズーラ?」
ケイトは小鷹を前に男子の友達と一緒に遊んでいたカードゲームのモンスターに例えて可愛いと褒める。
他のみんなも小鷹の容姿には文句なしで、流れるままに小鷹もメイドになった。
戸惑う小鷹。あちこち見渡すと少女と目が合う。
「か、かわいいかな?」
「あぁ、かわいいと思うぞ」
小鷹がそう感想を求めると、意外なことに少女は優しくそう答えた。
めずらしく、普段は内気な少女も小鷹には素で接していた。
なぜか少女には小鷹がとても接しやすく、親近感が湧いていたのだという。
「そ、そう? ありがとう」
「ふっ。なぜかな、貴様とは仲良くなれそうだ。まるでずっと前から友達だったみたいに……」
少女は小鷹を、自身の知っている誰かと重ねそう呟いた。
その後、おしゃべりしている暇などなく、すぐさま四人はメイド喫茶を手伝う。
その中でも最も乗り気なのは星奈で、あっという間に多数の男客を虜にしていく。
「あの金髪の子かわいい~!!」
「女神や! 女神がおるで~!!」
「ふふん! あたしの魅力に客どもはイチコロね~」
そう高飛車に鼻を鳴らす星奈。
そんな星奈に、少女は気にいらないと後ろからちょっかいをかけた。
「貴様の魅力は胸だけだ。無駄にでかい牛乳女め……」
「なんですって!? あんたさっきからあたしに向かって何様よ!?」
「おぉ怖い怖い。育ちの良さは人を歪ませるとはこういうことか」
「あ、あんたいい加減にしなさいよ……」
まるでどこかの部活で行われているかのように二人は言い争いをする。
そんな二人の様子を、夜空は面白そうと割って入った。
「いったい何やってんだお前ら」
「こいつが初対面のくせにものすごい馬鹿にしてくるのよ!」
「んなもんおめぇがそんな大きなもんぶらさげてっからだろうが」
「あんたまで胸をバカにするか!?」
夜空も夜空で、少女とまったく同じニュアンスで星奈をバカにする。
「くーっ! あんたら見た目だけでなくそういう憎たらしいところもそっくり、腹立つ!!」
「「黙れ肉が」」
「んが! あんたら本当に兄妹じゃないの!?」
「「違う、赤の他人なのよ(なのだ)」」
夜空と少女は息をぴったり合わせ星奈を蹂躙する。
星奈はとてつもなく悔しがり、指をくわえて涙を浮かべている。
そんな彼女を見て、夜空と少女はやってやった顔で握手を交わす。
「ふふ~ん。あんたもやるな~」
「貴様もな」
「なに仲良くしてんのよ!!」
いつのまにか二人には奇妙な友情が芽生えていた。
そんな様子をケイトと小鷹は陽気に眺めていた。
だが談笑はしていられない。店は繁盛しており、すぐさま仕事に気を取られる。
そんな中、またも客が一人来店する。
「いらっしゃいませご主人様」
そう少女が対応する。
そして店に入ってきた客を見て、ケイトは頭を抱えてこうわざとらしく口にした。
「あー、あぶないおきゃくだー(棒読み)」
まるでどこかで見たことのある反応。
なにせその客。紙の色が染めそこなったような濁った金髪。
そして鋭い目つきをしていた。
そんな少年がこの場に客として現れたことが、なにやら非常に危ないらしい。
「なんだあの客? すっげぇ人相悪いなおい~」
「それなのに変な日常に巻き込まれて、いつのまにかなんかの部活で女侍らしていそうだよね」
「女に囲まれてリア充じゃないとかふざけたこと言ってそうよね、それで鈍感気取って読者に不快感与えてそうな顔してるわ」
「「え? なんだって?」って言えばなんでも解決すると思ってるからいつまでもラブコメ主人公気取れないんだよ」
「なんか色々言われてるんだけどぉぉぉぉぉ!」
その来店してきた少年には容赦なく罵詈雑言を浴びせる夜空、小鷹、星奈、ケイト。
「とりあえず追放しよ~う」
「だからなんで!? なんでいっつも俺が出るたび警察に御用になるの!?」
ケイトは店の非常ベルを鳴らそうとしたところを、その少年は必死に止めようとする。
それもそのはず。この少年、いつもこの本編に現れると決まったように警察が飛んできて逮捕されるのである。
原作という世界の主人公らしからぬ扱いに、そろそろ少年も脱却したいと必死に願っていた。
「いやだから。この世界には君みたいな偽善者はいらないんだって。君は友達作る部活の方で永遠に美少女共のおっぱいしゃぶってろよ。ロリ少女と戯れてお兄ちゃんキャラエンジョイしてろよバーカ」
「そんな言い方しなくっても……」
「こっちにはきちんとメインヒロインを必死に救おうと努力してる主人公がいるんだよ。君なんかと一緒しないでおくれよ。ねぇよーぞらくん?」
「よろしくピース」
「いや……そんなこと言われても……」
あっちにはあっちの主人公がいるように、こちらにはこちらのきちんとした主人公がいる。
メインヒロインの扱いはどうあれ、ケイトは無理やりにでもその少年を追いだそうとする。
このままではまた警察に逮捕されてしまうため、少年は必死に助けを求める。
だがこの世界にはこの少年の味方をしてくれるものなどいない。少年の済む世界ならば告白までしただろう金髪の胸の大きい少女も、ここでは少年をゴミのような目で見ている。
「あたしを見ないでよ。みすぼらしいったらありゃしない。このあたしがあんたみたいな腐った金髪のヤンキーに惹かれると思ってるの? 馬鹿にするのも体外にしなさいよこの屑男」
「な、なんかすっごい傷ついたんだけど……」
と、星奈に散々に言われ少年は深く傷つく。
必死にもがいた末に、少年は小鷹の元へ救いを求める。
「お、お願いだ助けてくれ! お前なら俺の味方になってくr」
「ふんす!」
「がはっ!!」
なんと小鷹は救いを求めに来た少年を、なんの躊躇もなく一撃みぞおちにパンチをくらわした。
そして変化した冷徹な紅い瞳を少年に向け、こう言葉を吐き捨てる。
「あなたはハムエッグの黄身も愛したヒロインたちも、ナイフで半分に切り分けるの?」
「ぐっ……なんか俺のような俺じゃないようなやつが言っていたようなセリフを……」
「そんな生半可な覚悟でハーレムラブコメやってるから……大切な幼馴染が逃げるんだろうがぁぁぁーーー!!」
そう叫び、小鷹は少年を全力で吹っ飛ばした。
その後ケイトの連絡で警察がやってきて、少年をあっさり逮捕。
「ひ、ひどすぎる。こんな扱いひどすぎるーーー!!」
「二度と来るな……」
「羽瀬川先輩かっこいい! 自分自身も容赦なく鉄槌を下す。そこに痺れる憧れるゥゥゥーーー!!」
ケイトが褒め称える中、小鷹は手をぱんぱんと払い店の方へ戻る。
こうして店への脅威は去った。その中で少女だけがなにやらやるせない気持ちで外を見つめている。
「なんか可愛そうな気が……」
「いいんだよ。表紙一つ飾れないやつなんかゲストにいらないのだよ」
「そういうことだ。主人公はこの俺、三日月夜空だけで充分」
「つかあんたが主人公だったっけ?」
ケイトはそう捨て台詞を吐き、「いそがしいいそがしい」とスタッフルームへ戻っていった。
ちなみに星奈の疑問だが、主人公が誰かなどこの際はどうでも良いのである。
その後、午後五時になり学生での勤務時間外となり、ケイトとその助っ人達は着替え店を後にする。
今日も疲れたと、助っ人全員共々疲れを顔に出していた。
そして全員が家に帰ろうとした際、ケイトは最後にもう一度あの件について少女に質問する。
「そういやさ、失踪した件なんだけど。まだ話す気になれない?」
「うっ……。その、なんだ」
ケイトが最初に聞いた時より、少女は言うかどうかを戸惑っていた。
この場にはケイトだけでなく、夜空たちもいる。相談するなら今だろう。
悩んだ末に、少女は全てを話した。
「なるほど。自身にとって一番最初の幼馴染だったというアイデンティティを崩されたあげく、その少年にとっての最初の友達という場所まで奪われ、居続けることもできずに逃げ出してきたわけだ」
「あぁ、そうだ」
「ふ~ん。よーぞらくんはどう思う?」
ケイトはそれらの話を聞いて、夜空にその感想を求める。
それらにたいして夜空は、頭をぼりぼり掻いて、自分なりの感想を述べた。
「そうだな。なんつうか……俺としてはくだらねぇ」
「なに?」
夜空のその物言いに、少女は軽く睨む。
だがそれには一切怯まず。夜空は強い意志を持ってこう答える。
「くだらねぇんだよ。一番とか最初とか。そんなもん気にする必要はねぇ」
「なぜだ? そいつにとって私は……」
「だってなぁ。そいつにとってのお前は……"この世に一人しかいねぇ"だろうが」
その夜空の言葉を聞いて、少女ははっとなる。
「例えお前がそいつの最初じゃなくても、始まりじゃなくても。そいつとお前の出会いは一つしかないし、いつ何時そいつの傍に居続け、思い続けたのは紛れもない。あんた自身の他でもないからだ。そうだろ?」
「そ……そうだが」
「だろ? そこに場所とか存在感だとか。くだらねぇもん押しつけんな馬鹿が。真にそいつのことを思いやるなら、お前らしく、そいつの進むべき道を見届け、観測しろ。そして困った時は、助けてやれよ」
立てつづけにそう豪語する夜空に、少女は圧倒される。
いつもならば言い返していた。だが、この時ばかりは言い返せなかった。
その少年が考え、示している事には覚悟があった。彼の全てがそこに存在していた。
ただ大切な者のそばに一人しかいないであろう自分という存在を、頑なに貫き続けた。
だからこそ三日月夜空は、その少年は――間違うことなく全てを救うことができたのだ。
「俺にも、守りたい者がいる。守りたい奴らがいる。そいつらにとって大切にしたい、たった一人の己という存在がいる」
「皇帝……」
「夜空……」
その夜空の言葉に、小鷹と星奈は素直な心でそれを聞く。
「ま、俺は女じゃないから、乙女心ってのはわからねぇけどな。けどよ、信じていれば絶対に……あんたは救われるだろうぜ」
「そ、そうかな?」
「あぁ。だからその時は……あんたもそいつらと向き合う覚悟を決めろ。そいつらにとって大切な……あんたという一人の存在としてな」
そう言葉をかけ、夜空はじゃあなと去って行った。それを星奈とケイトが追いかける。
少女はそんな強き少年の姿を、ただただ見ている事しかできなかった。
そして去りゆく際、小鷹が少女に優しく声をかけた。
「がんばってね。あなたもあなたなりに……」
「あ、ありが……とう」
「ふふ。じゃあね」
そう言って、少女は皆と別れた。
そして改めて自分を見つめ直す。
今、大切な者達から逃げ出した自分が、どうするべきなのかを。
迎えに来てくれるのを待つべきか、それとも自分から恥を忍んで戻るべきか。
その答えは……まだ出ない。
だが少女は決心した。もしやり直すことができるのなら、次は……一人しかいない己という存在を大切にしようと。
あの少年の言葉をけして忘れない。そしていつか、あの少年のような強い心と、覚悟を持とうと。
「ふっ……。私の青春は、まだ終わっていない……よな」
そう呟き、少女は遠夜市の中へ消えてゆく……。
四人目の特別編は三日月夜空です。その名の通り夜空の特別編です。
原作の彼女、そして今作の彼の考え方の相違。それを踏まえた上での共通点などを自分なりに表現しました。
けして変わることのない夜空の大切な人への想い、そこに注目してみてください。