はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド- 作:トッシー00
時は2月まで遡る。
そして2月の14日、周りはバレンタインデーで賑わっていた。
女友達同士でチョコを交換し合ったり、彼女にチョコを貰う男子がいたり。
大抵バレンタインデーと言えば、リア充御用達のイベントとして有名なのだ。
そんなイベントの日。どちらかといえばリア充側に入るであろう少年、三日月夜空はこの日何をしていたのだろうか。
「ハッピーバレンタインってか。ずいぶんおめでたいことだなぁ。そんな日に俺といったら……なんで他人にチョコあげないといけねぇんだよ!!」
この日、夜空はチョコを貰う。もとい……チョコをあげなければならなかった。
というのも、全ては夜空の当時の彼女である少女のこんな一言が原因だった。
『仮にも彼女なんだからチョコよこせ? なんであたしがあんたなんかにチョコあげなきゃいけないのよ。普通逆でしょ、あんたがあたしにチョコよこしなさいよ』
という非常にわけのわからない理不尽な発言が招いた惨劇だった。
普通逆でしょという完全私ルールが適用され、夜空は言い返す気力すら削がれ今、街の店を周っていたのだった。
「ったく世間知らずのお嬢様はこれだから困るんだよ。あぁ腹立ってきたよ、ストレスマキシミリだよ。マジでおこだよおこ!」
とか文句を言いながらも、チョコを買うために今店を探しているのは、彼なりの優しさなのだろうか。
そんなこんなで店にたどり着き、夜空は中に入る。
と、ここで目に入るのはたくさんの中高女子。そう、普通チョコを買うのは女子なのである。
こんなところでチョコを男が買うというのは、チョコを貰えなくて可愛そうな現状をアピールするも同然。
夜空の場合はまだ容姿が整っているからマシだとしても、これはこれで非常に恥ずかしい。
彼女にチョコ要求したら逆にくれるよう言われたなどと、恥ずかしくて言えるわけもない。
「ねぇあの人、結構かっこよくない?」
「でもチョコ買いに来てるってことはチョコもらえないんじゃない?」
「イケメンが必ずしもモテるとは限らないしね~」
とか色々聞こえてくる。
夜空は気にしてはならないと念じながら、あれもこれも全部あの女のせいだと女への怒りで恥じらいを消そうとする。
そして無事チョコを買い終え(ちなみに一番安いやつ)、店から出る夜空。
その際にも、なにやらリア充イベントまっしぐらの女子の会話が聞こえてくる。
「ちなみに誰にあげるつもり? まぁ大体予想付くけど」
「えぇ~。そりゃあ"幸村様"に決まってるでしょ~」
「だよねぇ~。あたしも幸村様にチョコあげるんだ~」
好きな男子の名前だろうか。
二人ともその人物を様付けで呼んでいた。
それも大層な名前だ。きっとかなりの人気者なのだろう。
「ずいぶんモテるんだな、その幸村様というのは……」
夜空は他人事のようにそう皮肉るように呟いた。
ちなみに夜空は未だにチョコを一つももらえていない。
さきほどの女子が言ったように、イケメンが必ずしもモテるとは限らないのである。
「さて、帰るか。あぁそうだ、どうせならタバスコでも仕込んでやるか。いやタバスコじゃ物足りねぇな。もっと辛い奴ねぇかな」
とか夜空が悪い知恵で模索していると……。
「あ! 幸村様!!」
さきほどの女子の言葉が聞こえてきた。
そう高揚した様子を見せると、女子たちはその幸村様がいるであろう方向へ向かっていった。
ずいぶんとせわしないなぁと夜空は横目で女子たちを見やる。
「……暇だし、その噂の幸村様を拝みに行くとするかな」
そこまで女子を虜にする奴はどんなやつだと、夜空は気になり女子たちの跡をつけた。
そして歩いて大したこと無い場所で、その人物を見つける。
すると、そこには夜空の予想を超えた光景が待ち構えていた。
なにやら一人の人物を囲むように、5~6人の女子がいるではないか。
なんの大名行列? とか思いながら、夜空は呆気に取られていた。
「幸村様! チョコを受け取ってください~!!」
先ほどの女子だけでなく、その周りを取り巻く女子からもアプローチの嵐が巻き起こっていた。
ここまでモテるやつがいるとは、世界広しといえど身近にいるもんだなと夜空は驚いた。
そして、その肝心の幸村様の姿は見えない。いったいどんなイケメンなのだろうか。
夜空はなるべく女子たちの迷惑にならないよう、こっそり近づく。
「……んん?」
夜空はその幸村様を肉眼で捉えた。そして軽く戸惑う。
その人物は、夜空が頭で浮かべていたイメージを、はるかに超えていた。
予想以上にかっこいいのか、否、そうではないのだ。
そう、その人物が……夜空が思っていたよりはるかに……可憐な容姿をしていたのだ。
「……うれしいのですが、わたくしはゆっくりさんぽをしていたいだけなので今日の所はお引き取りを」
なにやら幸村様は戸惑っていた。
その人物は、遠目で見る限り男とも女ともとれる容姿をしていた。
しかし着ている格好が浴衣(冬なのに)なので、そのまま女子と認識して間違いはなさそうだった。
だが女子同士でチョコをあげるという話はあれど、あぁも女子にチョコを貰える女子はいないだろう。
いったいどういうことなのか。やっぱり女子というのは間違いで、幸村様は男子なのだろうか。
「すげぇな。ナニ○レ珍百景に投稿できんじゃねぇかな」
とかどうでもいいことを思いながら、夜空はただそれを見つめていた。
「でも、今日という日は一日しかありませんよ幸村様」
「……」
チョコをあげたいという女子たちの気持ちはわかる。
だが幸村からすれば少し過剰で、鬱陶しくもあった。
そんな流れの中で、幸村と夜空の目がぴったりと合ってしまう。
「あ……」
「……」
二人の目が合う。
すると幸村は何かを思いついたかのように、突如女子たちをかき分け夜空の方へかけよった。
そして幸村はなんの表情も変えずに、ただ我が物顔で一言。
「もうしわけありませんが、わたくしこのかたとようじがあるのでこれで」
「は?」
そう躊躇なく女子たちに告げると、幸村は夜空を連れて道の外れの方まで行ってしまった。
その間に聞こえる女子たちの噂など一切耳にせず、女子たちを撒くと、幸村は軽いため息を吐いた。
「はぁ。あのかたがたにはいろいろともうしわけないことをしてしまいました……」
「いや、隣にいる俺の方が一番申し訳ないことされたんだけど」
幸村の勝手なるままに巻き込まれてしまった夜空。
それに気づき幸村が、あらためて夜空に謝罪する。
「あ、すみませんでした。ひとりではなんともなりそうになかったもので」
「いやいいけどよ……その、なんだ」
「なんでしょう?」
そう捨てられた子犬のような顔を夜空に向ける幸村。
ビューティーというよりもキュートという言葉がよく似合う、見るたびに心惹かれそうな、そしてどこか凛々しさもある。
これは男子はもちろん心奪われるだろうが、同性の子も引き込まれてしまいそうな。幸村からはそんなカリスマを感じ取ることができた。
「……いや、なんでもないわ」
と、思わず夜空も頬を染めながらそう返してしまう。
夜空も一男子としては、可愛い子には惹かれてしまう。最も、大したことのない……もしくは外見は良くても根が腐っているような女には一切目を向けないのだが。
しかしこの幸村からは、どこかしら強さを感じ取れた。芯があるというか、上手い例えが思いつかないがそのようなものを目から伝わってきたのだ。
「……あの、よかったらメルアド……いやいいか」
「?」
「ま、色々大変だろうがよ。あんたも頑張んな」
そう一言残し、夜空は幸村から去っていく。
「さて、タバスコ買いに行こうか……」
と、幸村から少し離れた道角を差し掛かった時。
目を合わせてはいけない……とわかっていても、思わず見てしまいそうなドス黒いものが夜空目の前に現れる。
「しゅー」
「こぉぉぉぉ……」
「……」
別にそう威嚇を口に出しているわけではない。
だがなんだか、まるで波紋を練るかのような音が聞こえたのは、単なる幻聴か。
それほどの存在感を、その男二人は醸し出していたのだ。
ただの強面か、いや……ただの強面じゃあそこまでの物は感じ取れないであろう。
明らかにヤバい奴か、下手したら"本物"だったかもしれない。
――その時すれ違った、アイロンパーマとサングラスは。
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翌日。
「ったくあの女はよ。もう少し労りってものを覚えねえかな。あぁも人任せで罪悪感一つ感じないのはもう人格が波状してるとしか思えないって」
つい最近聞いたばかりなのは気のせいだろうか。
またも夜空は付き合っている彼女の悪愚痴ばかり。街を歩きながら何度も口にしていた。
夜空としては争い事にはしたくないため上手くやり過ごそうとしているのだが、肝心の相手が簡単に見逃してくれない。
その結果くだらない痴話喧嘩に発展する。もうこれで何度目だと、夜空は寒い冬の外でため息をつく。
「これじゃストレス溜まりっぱなしだ。ゲーセンでも行こう」
夜空は日ごろのうっぷんを晴らしに、駅の近くにあるゲームセンターへと向かう。
中学時代は男友達と一緒に良く行っていたが、高校に進学してからはあまり行かなくなっていた。
夜空としては対戦ゲームが得意であり、前までは高い記録を残していたり、それなりに連勝数を稼いだりしていた。
身内ではあるが、それなりに有名だった夜空。多少上手いだけの相手なら、返り討ちにできる自信があった。
「そういえば新作稼働してたんだっけ? あんまり変わってなければいいんだがな」
夜空は奥の方にあった格闘ゲームのコーナーへと行く。
そこの最前線に設置されていた最新筺体、最近の格闘ゲームはカードで戦績を記録できたりする。
その筺体にて稼働されている人気作。『鉄のネクロマンサー 時の幻影』。
「お~う。主要コンボが繋がらなくなったか。だったらここをこうしてだな」
久しぶりにプレイする夜空は、最初こそ変更点に苦しまされていたが、持ち前のセンスであっさり慣れてしまう。
その後300円ほどプレイした所で、地元学生達が乱入し始めた。
夜空はたった3回しかプレイしていないが、前作までにやり込んだ技術を生かしあっという間に5連勝。
「この人強いなぁ……」
「また勝負してください~」
と、対戦相手とのやり取りを会釈で対応しながら、順調にうっぷんを晴らす夜空。
そろそろ別のゲームに移るかと、そう思っていた時。
ラスボス手前で六回目の乱入者。夜空は受けて立つと指を軽く伸ばす。
「疲れてきたところだが、簡単に負けるわけには……」
と、夜空が気合を入れた時。
急に、周りのギャラリーがざわめき始める。
「おい! "SANADA"さんが来たぞ!!」
「おぉ~。久しぶりに神のプレイが見れるぞ……」
「前作最後の大会でも圧勝だったって聞いたけど……」
そのSANADAと呼ばれた謎のプレイヤー。
周りの反応からして、よっぽどの強者のようだが。
SANADAと呼ばれたプレイヤーは登録していたキャラを選択し、すぐさま対戦画面へ。
対戦に入る前に映った画面を見て、夜空は目を疑う。
「680戦665勝って……え!?」
なんとその人物。三ケタも勝負しておいてほとんど勝利を収めているではないか。
しかも下の称号欄には、『群馬の死霊神』と書かれている。
夜空の記憶では、都道府県名が書かれている称号はそのエリア内のトッププレイヤーしかもらえないものだったはず。
まさかの大物出現に、夜空は少しばかり汗を垂らした。
「ま、まさかよ……。ま、まぁ俺だって皇帝だし。そう簡単に負けるわけには……」
いくら相手が凄腕とは言え、自分と同じ人間である。
人には能力の限りがある。だからどこかに隙もあるし、弱点だってある。
夜空は観察眼に絶対的な自信があった。なので、じっくり観察すれば相手が凄腕だろうが負けない自信がある。
夜空が使用するキャラは『レイス』。主人公キャラであり、晩年ダイヤグラムでは高順位にいるキャラである。
対するSANADAは『アシュタロス』。このゲーム唯一の投げキャラで、新作が出るたびに強化されているものの、このゲームでは弱キャラの代表的存在。
初心者狩りとしては絶対的な力を誇る投げキャラであるが、夜空は当然対策を覚えている。
と、第一ラウンドが始まり、夜空は強気に攻めていく。
このままコンボに繋げていきたいのだが、なんと相手のアシュタロス、ものすごくガードが堅い。
それも一回一回のガードが直前でレバーを引くテクニックで、夜空としては攻めていても気が抜けない。
いつもならどこかで引っかかってくれる場面だが、SANADAは一向に攻撃を通してはくれない。
夜空としては有利だが、投げキャラの威圧感が心に余裕を与えてはくれない。
徐々に夜空は精神的に追い詰められていき、わずかな隙を見せた瞬間。アシュタロスの投げ技がさく裂。
「げっ!?」
そのまま画面端へと持っていかれ、夜空はガードを固めるがこれまた相手がとんでもない択を夜空に押し付け、僅か十秒足らずで夜空のレイスからラウンドを取る。
続く2ラウンド目も、精神的に焦る夜空を追い詰めるかのように、今度はアシュタロスが強気に攻める。
そして僅か数秒でパーフェクトKO。結果、SANADAが圧勝という形に終わった。
「なんじゃこりゃ! 人間の動きじゃねぇよ、コンボもミスらねぇし攻撃の択や攻め方、守り方も完璧すぎる。まるで精密機械のようだ」
いったい相手はどんな人物なのだろうか。
一言挨拶しに行った方がいいだろうか、夜空は立ちあがり相手側の方へ顔を出すと。
「……あ」
「…………」
そこにいたのは、先日街で出会った幸村だった。
数分後、幸村は夜空の三倍近くの連勝数を稼ぎ、アーケードモードをクリアして夜空の方へ向かっていく。
「これはこれは、あのときはありがとうございました」
「あ、あぁ……」
そう幸村は、前の出来事について夜空にお礼をする。
こんなのほほんとしていそうな、大人しそうな女の子がゲームではあそこまで粗ぶるとは。
世の中は広いものだなと、夜空は頭の中で思いながら幸村を見る。
「なかなかつよかったですよ。もうすこしれんしゅうすればわたくしもらうんどをとられるかもしれません」
「うん、多分無理そうだわ……」
幸村としては励ましだったのだろうが、どこか挑発的に聞こえた。
暇つぶしでやっているだけの夜空が、本気でやっている幸村に勝てるわけがないだろう。
「つか、あんたゲーム好きなの?」
「かていのつごうでおんしつそだちで。たまのがいしゅつ、すこしでもなにかをやりとげようと。わたくし、しょうぶごとではつねにぜんりょくで、そしてかならずまけるなと"おじき"におそわっております」
「あぁそう……」
そうのっぺりと己の信念を語る幸村。言っている事は立派だがあまりに粘っこくてひらがなで表記されているような気がした。
この時夜空は適当にうなづいたが、幸村がさりげなく行ったとんでもない一言に、気付いていたのだろうか。
「というか温室育ちって自分で言うか……。つかのんびり外を出歩いていたら、また女子どもに囲まれんじゃねぇのか?」
「……それもそうですね。まぁさいていげんきけんなことにまきこまれたときにはほけんをかけてはおりますが」
「……なんかたまに気になること言うなあんた」
この時には夜空もなんとなく気づいていた。
「まだじかんもありますし、いっしょにあそびます?」
「へ? なんで?」
「わたくし、あまりたにんとあそんだことがありませんの。ひとりでおさんぽしたりげーせん行ったり。お互いきぶんてんかんなら、もくてきもがっちしませんか?」
と、呑気に幸村は言う。
夜空の知っている女とはまた違った、育ちの良さが滲み出る発言。
過程の事情で苦労しているのはわかるが、夜空としてはその誘いに素直に乗って良いべきか。
可愛い子に逆ナンされたと言えば聞こえはいいが、相手はどうにも隙だらけ。
そして、その隙の多さに隠された、どうにも危険なにおい。
「……別にかまわないが。その」
「なんでしょう?」
前みたいにそう夜空を見上げる幸村。
その瞬間の表情が、夜空としては一番心にキュンとくるのをはっきりと感じる。
「そのよ。あんたを"常に見張っている"怖いお兄さんたちは……俺の事をどう思っているのかな?」
そう、夜空は多少怯えながら、幸村の後ろの方を見て言う。
目の向ける先に僅かに映る人影。だが、一般客とは明らかに滲み出る。オーラが段違いだ。
「まさか、きづいていたのですか?」
「……こう、言いたくないし探るわけでもないが。あんた"やばいとこ"の娘だろ?」
先ほども言った通り、夜空は観察眼に優れている。
それでもって人よりすぐれた直感を有している。
故に、夜空はいらないことまで幸村を通して感じてしまったのである。それを、口に出さずにはいられなかった。
少し間が開いた所で、幸村がその人影のある方へと向かう。
そして数秒後、幸村は何食わぬ顔で帰ってきた。
「……あなたに害はないとつたえてきました。これでだいじょうぶです」
「いや、そういう問題じゃ……」
「わたくし、べつにあなたにやましいきもちをいだいているわけではありません」
「……はぁ~」
どうしてこうも巻き込まれ体質なのかと、夜空は身につけた覚えのない主人公補正に後悔した。
かといって無理に断って逃げるのも、幸村が泣いてしまいそうで怖かった。
そしてなにより、遠くから感じるドス黒く怖いなにか。まるで幸村の言う通りにしろとでも言うかのような、念ではないが感じ取ってしまう夜空。
「……わかりましたよ。んで、なにします"お嬢様"?」
夜空は諦めたかのように、そう口にして幸村とゲームセンター内を探索し始めた。
「あなたさまにおまかせします。どんなゲームでも負けません」
「さりげなく強気だな。それと、俺の名前は三日月夜空だ。あなたさまっていうのはちょっとむず痒いな」
「さようですか。それでは夜空殿と呼ばせていただきます」
様の次は殿かと、どうも堅苦しい幸村に慣れない夜空。
そんなこんなで夜空と幸村が向かったのは、二対二で戦う対戦ゲームのある所。
名称は『エクストリーム・ユニバース』。通称『エクバ』である。
「ひょっとしてこれも強いのお嬢様」
「さきほどよりは弱いですが。わたくしのかいきゅうは『元帥』です」
「……絶対強いだろうな」
どこかの宇宙の帝王が言うようなセリフを吐き、幸村は筺体に付く。
と、良く見ると誰かが一人プレイをしている。
協力プレイをしているなら乱入できるが、一人ではCPUが絡むため乱入しずらい。
めんどくさいが、夜空は少し待つことに。
「どうやら誰かが一人プレイしてるみたいだな」
「いっけぇーーー!! そんなやつさっさとぶっ潰してやるわ!!」
一人だというのに、プレイしている人物はやたらテンションが高い。
周りの客視線が痛いにもかかわらず、どうにも気分が乗っているのか気にしていない様子。
その中で、夜空の表情が思わず崩れる。どこかで聞き覚えのある耳に響くその高い声を、夜空は知りたくない所まで知っていたからだ。
「……まさか」
夜空は嫌な予感を抱いたまま、その客の方へと足を向けると。
「どうよ! このあたしを討ち落とすなんて十年早いのよこの機械風情が!!」
「お~う中々お上手ですね。才能に満ち溢れてんじゃないですかぁ~?」
「当たり前よ! あんたわかってるわね、一般客の分際で嬉しいこと言ってくれんじゃない……って夜空!?」
そうわざとらしく声をかけると、その人物――柏崎星奈は夜空の顔を見て仰天した。
「ああああんたこんなとこでなにしてんのよ!?」
「何ってここはゲーセン。ゲーム以外なにするんですか? ゲームセンターで激辛チョコでも食べるんですか?」
「むきー!! あれガチで辛かったんだからね!!」
どうやら夜空はきちんとチョコにタバスコを仕込んでいたようだ。
最初の方の喧嘩の内容も、そのことで発展したものである。
「夜空殿。どうかされましたか?」
様子がおかしいと、幸村が夜空の方へ首を突っ込む。
「あ……いや、なんでもねぇよ。少しイカれた客に絡まれただけだ」
「誰がイカれた客だ! って……あんた確か、楠幸村……だっけ?」
と、ツッコミがてら見えた幸村を見て、星奈が顔見知りのようにそう口にした。
「へ? まさかおめぇ、このお嬢様の知り合い?」
「一応中学の時の後輩よ。って……なんであんたが幸村といんのよ!」
なんと意外な所で繋がりがあった。
だがそんなことはどうでもいい、星奈としては幸村が夜空と一緒にいるのが問題だった。
「あんた……まさかあたしに愛想尽かして……鞍替え……?」
そう星奈は、身体を少し震わせて言う。
「鞍替えできんならしたいがよ……誤解だ。このお嬢様とはゲームセンターでの顔見知りでな、たまたま会ったんで接待していたんだよ」
と、夜空は少しの嘘を交えて星奈を納得させる。
そう、現在の星奈は夜空の"彼女"である。
ただでさえ気が強い彼女。当然彼氏の近くに別の女がいたら、疑うのは当然である。
「お嬢様って……。そ、そんなの信じられるわけないじゃない!! あんたそいつの下僕になったのね! あたしには逆らってばかりのくせに!!」
「俺がお前の下僕だったように言うな! 俺は単にゲームセンターにストレス発散に来たんだよ、誰かさんのせいで募りに積もったストレス絞り出すためにな!!」
「あ、あたしだってあんたのせいでむかついてばかりで、それが嫌でストレス発散しに来たのよ! それなのに……こんな……」
完全に誤解なのだが、状況が状況だったためか星奈は徐々に声を枯らしていく。
こんな状態では星奈は納得しないだろう。かといってここは公共の場、いつものように口喧嘩するわけにもいかない。
運が悪すぎたなと、夜空は頭をボリボリ掻く。
「夜空殿。なにやらわたくしはしつれいをしてしまったようで」
「いや、お嬢様は悪くねぇよ。この女がバカなだけだ」
「なんですって! あぁムカついた!! 絶対にタダじゃすまさないんだから!!
「待てやバカが。ここはゲームセンターだ、勝負ならゲームでつけるのが筋だ」
今にも感情を爆発させようとしている星奈に、夜空がそう提案する。
「丁度てめぇがプレイしていたゲーム。二対二のゲームだが、それで決着付けようぜ」
「の……望むところよ! あんたなんかぶっ潰してやる!! 絶対にぶっ潰してやる!!」
「乗ったな。じゃあ俺はお嬢様と組むから、おめぇはそこらの適当な奴連れて組め。外見は完璧なんだ、男一人引っかけるなんざ簡単だろ」
そう一方的に、夜空と幸村は2P側に座る。
何気ない提案ではあるが、そこは夜空、作詩が光るところである。
さりげない会話と何気ない展開の中で、ちゃっかりと最強のプレイヤーを味方につけたのだ。
「ふん! どうせなら負けた方には罰が必要よねぇ。あたしに負けたらあんた、あたしの言いなりだからね!!」
「へいへい好きにしろよ。その代わりてめぇ負けたら覚えとけよ」
お互いに条件を決めた後、星奈はさっそく相方探しへと向かった。
「あぁお嬢様、空気読んで手加減しなくていいから。たまにはお灸を据えてやんなきゃ調子に乗るんでな」
「わたくしもしょうぶしです。それがたたかいというならばようしゃはいたしませんよ。それに……柏崎先輩の姿勢はよくしっておりますゆえ」
話が早くて助かると、夜空は安心の表情を浮かべる。
夜空が諸葛孔明だとするならば、幸村という劉備玄徳を手にした完璧な布陣といったところか。
いくら星奈がどんな強敵を連れてこようが、もう夜空に敗北はないだろう。
「あの生意気夜空に目に物見せてやる。誰か、めっちゃ強い人を……」
「…………」
「え? あたしに手を貸してくれるの?」
「…………」
そして数分後。
「連れてきたわよ、助っ人を」
「よしちゃっちゃと終わらせようぜ~。どんなやつでも負ける気がしないのよ。なはっはっはっは」
完全に余裕を見せている夜空。
連れてきた対戦相手など眼中になく、機体を選択して対戦画面へと移る。
夜空が選んだのはコストが中間の機体。そして幸村は最重量の機体を選ぶ。
一方で星奈は最軽量の機体を、謎の助っ人は幸村と同じ機体を選択する。
そして対戦が始まるや否や、夜空と幸村はチームプレイに走る。
星奈はというと初心者丸出しの個人プレイに走る。相方に選ばれた人は運の無かったことだろう。
(バカが。コストが低い機体で個人プレイだと。やられても被害が少ないからと安心しやがって……)
夜空は幸村と協力して、星奈を適当に遠ざける。
そして向かうはコストの高い方。助っ人を2回倒せば勝ち。
星奈は個人プレイに走っているため、相方を守ることができない。故に、相方の方は二対一という苦戦を強いられるのである。
「こっちにはお嬢様もいるしな、俺が援護してお嬢様が攻撃を仕掛ければ」
夜空は単純な方法ながら攻めに入った。
星奈は遠くの方にいる。これでは勝負に介入できない。
幸村は星奈の相方に絶妙なテクニックで攻撃を仕掛け、それを夜空が援護するのだが。
「ん? 星奈のやつそうとう上手い奴連れてきやがったな。中々攻撃が引っかからねぇ」
どうやら星奈は当たりを引いたようで、助っ人の方は上手く追撃をかわしながら星奈の方へ向かっている。
攻撃が当たる寸前でこれまた神的テクニックでかわしたり、夜空が援護することをわかっているかのように絶妙にちょっかいを出して止めたり。
「……こいつ、後ろに目があんのか? 普通そこでガードできっか」
と、援護に集中しすぎて、こっちから近づいた結果近くにいた星奈の攻撃を喰らう。
星奈は夜空にしか攻撃をしない。あきらかに初心者な上に私情を挟んだ単独プレイなのだが。
その相方が、またなんとも上手く星奈をカバーしている。まるでその人物が星奈を動かすかのように、無駄のない華麗な動かし方だ。
「……夜空殿」
「どしたよお嬢様……」
「……下手したら、わたくしたちまけてしまうかもしれません」
「……は?」
突然、幸村がまさかの一言を漏らした。
さきほどまで負けるわけがないと豪語していたにもかかわらず、突然の宣告だった。
幸村のプレイも限りなく無駄が無く、理想的だ。だが、それでも星奈にダメージを与えることができても、その相方には決定的な打撃を与えることができない。
「たしかにわたくしは、うぃきぺでぃあ等でかかれているような理論上のプレイを心がけております。ですがそれでも、どこか無駄がでてしまうもの」
「ま……そうだな。そりゃ"人間"だもんな。そりゃ多少の無駄くらいは……」
「ですが柏崎先輩が連れてきた相手。まるで囲碁将棋の最強CPUのような、完璧で無駄のないうごきをしております」
「……つまり、何が言いたいんだよ」
「おおげさではありますが。柏崎先輩と一緒にプレイしている方は……"人間じゃない"です。こんなプレイをみせつけられれば、そうおもわざるをえません」
「おいおいお嬢様よ。そりゃなにも言いすぎ……」
と、夜空と幸村が同時に落とされたところで、夜空は唾を飲み込んだ。
今幸村が大げさに言った言葉。笑い話のように聞こえるが、夜空は一つの特例を思いだした。
人間業ではないとんでもないことを、もしできる人間がいるとしたらどうだろう。
いや、その人物が"人間じゃない"としたらどうだろうか。
そしてその存在がたかがゲームだろうと、大人げなく本気で勝つような奴だったら。そんな性格の知り合いが、夜空にはいるのだ。
「……まさかな」
結局、精神的乱れを起こした夜空は、そのまま負けてしまった。
「か、勝った!! 勝った勝った!! どうよ夜空ざまぁ見ろげははは!!」
もう後半は美少女の笑いではなかった。
幸村がついていながら夜空は負けてしまった。あと先が怖いことになるだろう。
「あ、こりゃ地獄コースだわ」
「しかたありません。あいてがつよすぎました。わたくしもまだまだしゅぎょうぶそくです」
そう口にする幸村も、とても悔しそうにしていた。
その後夜空は星奈にいちゃもんをつけられたくなかったため、彼女が浮かれている隙に幸村と逃走。
気がつけば夕方。幸村はそろそろ帰らばければならない時間である。
「夜空殿。ほんじつはとてもたのしかったです。いろいろありがとうございました。おんにきります」
「まぁ、あんたが楽しかったんならそれでいいわ」
「……もしよろしければ、こんごもわたくしとあそんでくださいますか? "お友達"として」
そう幸村は夜空にほほ笑みかける。
お友達を強調したのは、夜空と星奈の関係を意識してのことだろうか。
「あぁ、まぁあんたが何者でもかまわねぇ。いつでも気軽に声かけてくれや」
そう夜空が言うと、幸村は会釈をして、ゆっくりと去って行った。
そして夜空が一息するもつかの間、夜空の方へ向かってくる足音が。
星奈のものではない。それは重くのしかかる、男のものだった。
「おうガキ。いや……お嬢の友達にガキは失礼やな」
「……いえ、俺なんてガキで結構ですよ」
「ふっ。俺は"猿飛"、隣のハゲは"三好"という。この借りはいずれ……お嬢を、よろしくおねがいしやす」
そう深々と頭を下げ、猿飛と三好は幸村の方へと向かっていく。
明らかに本物。夜空はそれを感じ取ってはいたが、一学生が深く介入するのは子供心でも危険だと、身で理解する。
最も、彼の場合は極道の世界以上に、危険な世界を観測してきたのだが。
「……楠幸村ね。いい友達ができたな」
「夜空ーーー!!」
そうふけっていると、空気の読めない女が夜空の方へ走ってくる。
「やっべ! 逃げるんだよぉぉぉぉぉぉ!!」
「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
こうして、夜空の日常にまた一つ、面白い事象が増えたのであった。
七人目は楠幸村です。
今回の彼女は原作とは違い最初から女性と名乗っています。
そこに個人的なアレンジで、女性だけど女にモテまくったり、実家が極道で芯が強いといった、原作の要素にニュアンスを変えた表現を取り入れました。
ゲームが得意というのは、原作の彼女の母親の職業に由来する設定です。