はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド- 作:トッシー00
十一月中盤。季節は秋から冬へと変わるころ。
学園祭が終わり一ヶ月ほど経ち、学生たちは自分の現状と改めて向き合うこの時期。
ある日夜空が家でのんびりしていた時、意外な人物から電話がかかってきた。
「もしもし、どうした?」
『くはは、久しぶりだな。あの夏以来になるのかな?』
この勢いのある笑い方、そして軽快なリズムで奏でられる美声。
それは夜空がよく知る人物。かつて中学に通っていたころの先輩。
名は日高日向。豪傑にして絢爛。全てにおいて無駄のない完全無欠の生徒会長。
夜空が知る中でも、彼女ほどの存在は他としていない。
誰ひとり彼女に勝てる存在などいない。例えそれが羽瀬川小鷹であろうと、柏崎星奈であろうと。
「久しぶりだな。あんたから電話してくるなんて珍しいな」
『まぁ、今回はちょっと折り入って頼みたい事があってね』
珍しくかしこまるように言う日向。
いつもならやると決めたことは無理にでもやり通し、そして彼女を取り巻く人たちはいつも無理やり巻き込まれるのだ。
頼みたい事などという遠回しな言い方ではなく、「やれ」と一言実行させればいいはずなのに。それが夜空にとっては普通だった。
「んだよ気持ち悪いな。それは命の保証はある頼みごとなんだろうな?」
『くはは。そうだな、場合によっては死んでもらうかもな』
「ふざけんな。俺はてめぇとは違うんだ」
『冗談だよ。この私だって冗談くらいは言うのだよ』
そうあざ笑うかのように、日向は軽々と話を進ませる。
夜空にとってはいつも通りの、頭の中で理解のできる流れでしかない。
彼は覚えている。記憶している。それだけ彼は、彼女との日々を観測し続けてきたのだから。
『実はうちの生徒会、スキー研修なんてものがあってね。それで宿泊先の下見をしなきゃいけないんだ』
「ほぉ~。そりゃあ大層なことで。んで?」
『私は"非常に"忙しい。生徒会の仕事が色々たまっていてあぁ非常に忙しい。こういう下見というのは仕事という名目で羽目を外せる絶好の機会なんだがね、それよりやらねばならないことが多々あってね』
何が言いたいのか、夜空としてはわかっているが日向は遊ぶように用件を濁していた。
彼女からしたら、夜空の反応を面白がって観察しているといったところか。
「用件を言え、じゃなければ電話切る」
『くははせっかちな男だ。そこでその下見、お前さんに行ってもらいたいのだ』
しびれを切らし夜空が切り出すと、案の定わかりきったお願いが日向の口から帰ってくる。
当然そんなことだろうと思っていたため、夜空はわかりきった反応でこう返した。
「断る。なんで俺が他校の旅行の下見なんていかなきゃいけねぇんだよ。めんどくせぇな」
『おいおいよく考えろよ。旅費も全部私の家が持つ、他人の金でリフレッシュ旅行ができるのだぞ? 普通の人なら喰いつくこと間違いなしだというのに、つれないな。まったくお前さんはつれないよ』
「うっせぇよ。だったらお前んとこの誰かに頼め。朱音先輩に神宮寺だっているだろ」
『そいつらも私の傘下だ。忙しいに決まっているだろ』
ああいえばこう言う。日向は反応ひとつ変えずに引き下がることを知らない。
といって無理に電話を切ろうが。携帯の電源を切って音信を途絶えても日向の前では意味がない。
夜空はそれを知っているため、そういった無理やりな行動はしないのだ。
「だったら、あのチビは?」
『チビ? あぁ葵のことか。実はそこなんだよ、そこなんだよねぇ三日月くん』
「なんだよ?」
『今回お前さんには、葵と一緒に旅行に行ってもらおうと思ってたんだよね』
と、突拍子もないことを言い出す日向。
その言葉に、いったいどんな意味があるというのか。
「は? なんでだ?」
『あいつの気分転換だ。あいつも色々忙しい毎日を送っていてな。勉強に生徒会の仕事、そして志熊……なんだったか、その人のおつかい? とまぁこのままだと疲労で倒れてしまいそうだ』
どうやら日向は夜空に、元気のない葵を元気付けろというのだ。
とは言っても、夜空にも事情がある。タダ旅行は上手い話だが、簡単に乗るのも安直だろう。
それに葵と二人で旅行というのも、学生の男女二人の旅行ということになる。
葵は夜空にとってただの友達という関係なので、考えるほど深い関係ではないのだが。
「そうかよ。あいつ真面目だからな」
『ということだ。頼めるかな? なんなら報酬もつけるぞ? タダで旅行行ける上に報酬まで上乗せだ』
「……しゃあねぇな。いつ?」
『今週の土日』
早いな。夜空は瞬間的にそう思った。
と言っても、彼女の実行が早いのは今に始まったことではない。
そこは諦めるしかないだろう。夜空は素直に受け止めて続きを聞く。
『土曜日の午後の電車で遠夜駅から数時間。そこからバスに乗ってゆっくりぶらり旅、いいじゃないか一学生としては贅沢の極みだな』
「うるせぇ。とりあえず土曜日葵に会って、適当に旅館でのんびりしてくればいいんだな?」
『そういうことだ。ってことで頼んだぜ……"弟"』
「……俺を弟と呼ぶな」
その呼ばれ方を、自分がされるわけにはいかないと夜空はそれを拒否する。
その後、少し間を開けた後。夜空は彼女を心配するような口ぶりでたずねる。
「……なぁ、日向」
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そして土曜日。
夜空はメールで送られた経路に沿って、電車に乗り継ぎ少し離れた旅館のある街へ。
約三時間という長旅に気疲れを感じつつも、あくまで受けた依頼ということで、しゃきっとする夜空。
駅から歩いて数十分、夜空の目先に古びた旅館が見えてきた。
創業約五十年と聞いている。学生の研修としてはこのくらいが丁度よいのだろう。
「あ、夜空く~ん」
と、旅館の入口付近から聞きなれた声が聞こえてきた。
今回夜空と共に下見をすることになった遊佐葵である。
「さてと、葵はどこにいるのやら……」
「……おい」
「あれ? あいつの姿が見えねえ。遅刻か?」
「…………おい」
ゲシゲシと、わざとらしく遠くを見渡す夜空の足を蹴る葵。
蹴られた後、夜空は今気付いたかのように、葵を見つけて一言。
「あ、葵~」
「わざとでしょ? ねぇわざとですよね?」
葵は背が小さい。それを中学時代からよく日向と一緒にいじられていた。
当然今回も、まるでお決まりかのように夜空にいじられた葵。
「んだよ葵。にしてもおめぇ背縮んだか?」
「縮んでねぇし! むしろ大きくなったんですけどね!!」
「そうかそうか。でも相変わらず胸はナイチチだな」
「大きなお世話です!! って漫才やってないで早く入りますよ!!」
おちょくられ葵は顔を真っ赤にした後、二人で旅館の中へと入る。
このシーズン、近くのスキー場は一応人工雪で滑れるようにはなっているのだが、スキー目的のお客が来るのはまだ先。
今回も温泉目的の老人客が多く、夜空と葵のような学生の客は珍しい。
「ようこそおこしやす~」
「おこしや~す」
「ノリノリで返してどうすんですか……」
ロビーまで出迎えてくれた女将さん。
夜空は学生のノリで返すが、葵としては遊びで来たわけでないし、それ以上に人としての対応うんぬんの、真面目なところをついてくる。
その後夜空と葵は女将さんの案内でお部屋まで。ちなみに部屋は二つ用意されている。
いくら計画したのが人間をやめた化け物生徒会長でも、男女一つ部屋はいけないということは充分理解している。
「にしてもこの時期にめずらしいどすねぇ~。学生それも男女で、お二人はどのような関係で?」
「妹なんですよ。今年で小学生に上がったばかりで」
「適当なこと言うなこちとら立派な高校二年生じゃ!!」
旅館の従業員を前にしても、夜空の冗談交じりの葵いじりは止まること知らず。
「こちらがお部屋となっておりやす。あぁそれと、ゴ○はお近くのコンビニで売っておりますので」
「急になんてこと言いだすんですかここの女将は!!」
「あぁご心配なく。こちとら危険な洞窟探検は控えてますんで」
「おめぇは少し黙ってろ!!」
女将も女将なら夜空も夜空である。
最後にデリカシーのかけらもないやり取りを交わした後、二人はそれぞれの部屋に荷物を置く。
この時点でツッコミ疲れが見えてきたが、あくまで旅館の下見。遊びに来たわけではない。
「さてと、さっそく温泉でも入ってきますかね」
下見初日のスケジュールはのんびりするだけ。
ならば余計な体力は使わず、明日のことを考え身体を休めるだけ。
と、それは夜空も同じことで、彼もバスタオルを持って入浴へ行く準備をしていた。
「夜空くんも温泉ですか?」
「あぁ。電車とはいえ長く揺られるのは疲れた。温泉に浸かってゆっくりしたいのよ」
ここは温泉旅館、ならば来てすぐに温泉というのは普通なのかもしれない。
この旅館の大浴場はかなり大きいらしく、露天風呂から見える雪景色が冬の彩りを鮮やかに表現する。
そんな温泉に心を躍らせ、浴場に向かうと。
そこには男性、女性。そしてもう一つ、混浴というのがあった。
スキー研修の時は当然学生の使用は禁止されるだろう。だが今回に限っては、その制約が無い。
「混浴……ですか?」
「あぁ? なんなら一緒に混浴するか?」
「はい!? そ、そんなの一学生としていけませんいけません!!」
夜空がそうからかうように聞くと、夜空としては予想しきっていた反応が返ってきた。
「冗談に決まってんだろうが。一緒に入るなら巨乳のお姉ちゃんとがいいしな」
「むっ……。ま、また胸ですか。そうですね自分は胸ないですからね~。ナイチチですから興味もかけらもないですよね~。胸が無い上にたいした可愛くないですしね~」
「拗ねてんのか? そういうのが好きな奴もいるからめげるなよ。それにおめぇはそこらの女子より可愛いぜ?」
「な!? あぁもうこの男は隙を見せるとすぐこうやって……そこがまた、ちょっとかっこいいんですよね……」
そんなやり取りを交わした後、夜空は悠々と男湯へ、葵は少し悔しげに女湯へと入って行った。
そして三十分程した後、二人ともほぼ同時に脱衣場を出て温泉前のロビーへ。
このまま部屋に戻ろうとする際、旅館の案内図が目に止まる。
そこに書かれていた『卓球場』の文字に惹かれ、二人は卓球場へと向かった。
「卓球ですか。せっかくですし勝負しませんか夜空くん」
「かまわねぇよ。軽くひねりつぶしてやるよ」
葵の挑戦に夜空が強気に返す。
決まったならばさっそく勝負と、葵は置いてあったシェークハンドを手にする。
一方で夜空はペンホルダー。安定性より速攻で勝負を決める気であった。
そして試合が開始すると、夜空はカットサーブを打ち込み葵から点を先制する。
「ちょ! いきなりカットサーブですか!?」
「だはは。これでも中学のころは授業サボって仲間と卓球場に屯ってたからな。それなりに自信はあんぜ!!」
「むー! そんな不真面目な人になんか負けたくありません!!」
そう自らの不真面目をアピールしながら、夜空は女である葵相手に容赦なく点を稼いでいく。
1セット。2セットと夜空は勝ちを築き上げていく。だが、それで葵は諦めたりはしない。
3セット目では動きに慣れた葵が、夜空と互角の勝負を繰り広げていた。
「そういやおめぇ、物覚えは早いもんなぁ」
「物覚えだけでなく、負けず嫌いなのもありますよ!!」
と、3セット目にして等々葵がセットを取った。
これくらいでは疲れを見せない夜空とは打って変わり、葵は疲れてくたくたになっている。
これではなんのために温泉に入ったのやら、今となってはわからなかった。
「はぁ……はぁ……。楽しいですね夜空くん」
「中々楽しかったな」
二人とも、やり遂げたように笑っていた。
まるでこうしていると、周りから見るとカップルのように見えたという。
最も、二人とも互いに繋がることなどないことはわかりきっているのだが。
「あぁ、それとな葵」
「はい? なんでしょう?」
「別に言うことでもないんだがよ。浴衣がはだけて見えてるぜ?」
「……へ?」
夜空に指摘されて、葵は自分の無い胸に目をやった。
「!!!?」
「あ~心配すんな。俺はお前のナイチチを見て欲情なんてしねぇから。それに見られて恥ずかしがる胸でもねぇだr」
「ばかぁぁぁぁぁぁ!!」
「ッゴハァ!!」
卓球場で最後に飛んできたのは、ピンポン玉でなく葵のとび蹴りだった。
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卓球場を後にして、二人は時間をおいてもう一度温泉に入った。
そして午後の十一時ごろ、夜空が葵のいる部屋へと向かう。
「葵さ~ん。ご機嫌いかがですかぁ~?」
「……最悪です」
夜空に少しだけだが胸を見られ、更にごくいつものごとく胸をバカにされ、葵はすっかり機嫌を損ねてしまった。
「まぁそんな激おこしてたってしかたねぇって。星奈が言ってたぞ? 女は男に裸を見られてなんぼだって」
「言うわけ無いでしょ絶対に……」
「まぁ細かいことは気にするな。それより実は、おめぇのために"いいもの"を持ちこんできたんだよ」
いいもの。と夜空は言うが、いったいなんなのだろうか。
それも葵のためである。何を持ち込んだというのか。
「なんです?」
「日向のバカからよ、お前の羽目を外させてやってくれって言われてるからよ、たまには真面目キャラも忘れてよ」
そう言って夜空が取りだした者は、本当に小さな、カ○ジに出てくる小さなビール缶だった。
それを目にした葵は、迷うことなく夜空の頭にチョップをぶちかました。
「んぎゃ!」
「あなたはなんてもの持ってきてるんですか!! 未成年の飲酒は法律上で禁止されてるんですよ!?」
「痛ぇな。そんなキャッチフレーズCMで聞き飽きたって。こうよ、あれも駄目これも駄目じゃあよぉ~。毎日がもたねぇだろ」
「あ、あなたに心配されずとも。私は不平不満など持っていません」
と、言うものの、感情やストレスというものがある以上、たまに発散したいのが人である。
だからこそ夜空は、あえてこの場で、葵にルールを破らせようとしていた。
「葵よぉ。確かにお前の言う通り、秩序ってものは必要だろう。秩序が無ければ人ってのは、なんでも好き放題しちまうからな」
「その通りです」
「だがよ、人ってのは決まりってのがあると破りたくなるのよ。天邪鬼だからな。しかしそれを俺は、悪いこととは思わねぇよ」
「……というと?」
そう葵が結論を問うと、夜空は目をつむり、己のあるがままに答えた。
「人はな、間違わなければ先へは進めねぇからだ。人間は堕落するのさ、聖女も英雄も……堕ちることで人は初めて気付くのよ。自分が……救われたいってことによ」
「……それ、全うなこと言ってうやむやにしようとしてません?」
「あ、ば~れた?」
「死ね!!」
結局かっこつかない夜空。馬鹿にしたような顔を浮かべ、名言であろう言葉すらめちゃくちゃに。
ちょっとだけでもかっこいいと思ってしまった自分が馬鹿だったと、葵はまたも歯痒い表情を浮かべる。
「……わかりましたよ。このまま変な話されてもめんどくさいんで。まぁ、135ccだし」
「一本5000ペリカだから」
「ペリカってなんだよ……」
わけもわからない単価など放っておいて、葵はごくりと唾を飲む。
お酒など初めて飲む。今まで頑なに未成年の喫煙飲酒を守ってきたのだ、飲んだことは愚か味すら未体験なのだ。
ここで禁を破ることを、葵は両親、そして何より自分に申し訳ないと心の中で思い。
そして、おちょこ一口飲む。。
「…………」
「イケる口じゃねぇか。成長したじゃねぇか葵よぉ~」
たった一口であるが、初めてお酒を口にした葵。
その後、味に慣れたのか。あっという間に135ccを飲みほしてしまった。
「さてと、やっぱ一缶じゃ足りなかったかな。まさか飲んでくれるとは思わなかったもんなぁ」
「…………」
「おい葵。どうだった初めての酒はよ?」
「…………」
「やっぱ不味かったか? 今回きりだから勘弁してくれよ。日向だってお前のことを思ってだな」
そう何度か声をかけるが、葵の様子がおかしい。
「……ひっく」
「え?」
「……うっ……ひっく!!」
「え~と……葵? いったいどうしt」
と、様子のおかしい葵の肩に、夜空が手を置いた瞬間。
「耳に響くんだよこのくそわりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
と、葵が夜空に思いっきりタックル。
まさかの攻撃に反応しきれなかった夜空は、思わずずっこけて机の角に頭を打った。
「うごっ!!」
一体何が起こったのか。
恐る恐る葵の方を見ると、葵の目つきが明らかに尖っていた。
そして表情や雰囲気も、いつもの葵とはまったくの別人に変貌していた。
「おいこの、いつまで寝てんだよさっさと立てこの野郎!!」
「え、えーーー! ちょっと葵……葵さん!?」
「んだよてめぇオレの名前気安く呼んでんじゃねぇぞこら!!」
「オレ!?」
もはや口調や一人称まで変わっていた。
お酒を飲んで豹変する人がいるというが、噂以上にここまで変わる人がいるとは思わなかっただろう。
当然今、一番驚いているのは夜空だろう。
「あの、葵さん。なんか羽目外すってより別のもん外れてませんか?」
「んだぁ? なにが外れたって? オレはいつも通りオレだろうがよぉ? ナメたこと言ってんじゃねぇぞクソ夜空よぉ~!!」
「クソ夜空って……。いやだって明らかにいつもの葵さんじゃないじゃん? なんかもう別の何かやどってますよね? 尾獣あたりやどってますよね~?」
そう慄くように夜空は後ずさり。
一方で葵は、これまで夜空が見たこと無いような鋭い形相で夜空を睨みつけていた。
「そ、そろそろ僕、部屋戻った方がいいですかね?」
「なに寝ぼけたこと言ってんだ? てめぇオレの敷居跨いでおいてタダで帰れると思ってんじゃねぇぞ! 朝まで帰さねぇから覚悟しとけこのビチグソがぁ~!!」
なんかもう目の前にいる女の子は、夜空の知っている女の子では無くなっていた。
お酒を飲んで内なる力が解放し、なんかもう別の存在がログインしているような、とにかくそれは遊佐葵ではなかった。
「じょ、冗談ですよ~。朝までお供しますよ葵さん~。てか……本当にあなた葵さん?」
「当たり前だろうが! 今日てめぇが一緒に旅行付き添うって聞いてオレがどんだけ楽しみに待ち望んでいたかてめぇわかってんのかぁ!?」
「なっ……。そ、そうですか?」
「それを会ったら会ったで胸だのチビだの好き放題いいやがってよぉ! それしかねぇのか? オレにはそれしかないんですか!? もっといっぱいあるだろ? オレの可愛い所あんだろうがよ!!」
「そ、その通りです葵さん!!」
どこか酒で変貌した中で、徐々に内に隠していた本音らしき言葉が混じってきた葵。
「ったくいつもいつもてめぇは女ったらしで。朱音先輩の告白断ったと思えば、好きだった日向さんには告白せずに我慢するし。いざ気付けば柏崎星奈と恋愛関係だぁ? どんだけリア充だよ爆発しろよマジで!!」
「い、いやあ滅相もない。俺なんざ女ったらしの三枚目ですよ……」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞこの!! おめぇなんかヘドロの底を漂う惨めなボウフラにも劣るうんこだろうがよ!!」
「が……。すげぇ精神削られるんですけど……」
果たして葵は今自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。
絶対に意識吹っ飛んでいるだろう。葵は酒にまかせて好き放題言いまくる。
それを夜空は、強靭なる精神力を持ってしても、聞くに堪えず存在が小さくなっていた。
「ふざけんなよ。ふざけんなってふざけんな……」
「葵、大丈夫か……」
「や、優しくすんじゃねぇよ! そういう君の姿が、どれだけオレ……自分の中で輝かしくて、憧れのように見えたか……」
「…………」
「自分、は……。ずっと、あなたに助けられて、その度に、君……に……、けして叶うことの無い感情を抱き……続けて……」
徐々に吹き飛んでいた本来の意識が戻ってきた葵。
だが、酔いによる勢いに、今まで隠してきた想いが抵抗できなくなり、葵は自覚がある状態で、今まで夜空に抱き続けてきた感情を爆発させた。
「あの時、あなたがくだらないことで自分になんでもするって条件を出してきた時、自分は必死に葛藤したんだ」
「……」
「それ使って、自分が叶えることができなかった……君とのひと時を作ろうって。でも……そんなの、ただの口約束で、なにより……女としてそれだけは……やっちゃいけない……って」
己の感情をぶちまける度に、葵の声は震えていく。
気がつけば目から大量の涙を流していた。それでも、押し殺すことのできない感情を、葵は吐きだすしかできない。
そして、その葵の感情をうやむやにすることを、夜空にはできなかった。
聞く。そしてちゃんと受け止めること。それが、彼女との友情の証なのだと。
「……君が余計なことさえしてくれなければ、こんな気持ちいだくことなんてなかったのに。彼女を作るならそうしてくれれば、それだけで自分は諦めがついたのに! あなたがただ……誰にでも優しくするから!!」
「……すまねぇ」
「すまねぇって……。君の辛さや気持ちだって理解できてるのに。君が日向さんが好きなのも知ってるし、けしてあなた達が結ばれないのも理解できてるのに。日向さんは人間じゃない、人と恋をすることなんてできない。それだけが自分があの人に勝てる要素だと知っていても、自分には踏み出す勇気が無くて」
「……あぁ、そうだ。その通りだ。中学三年生の夏、俺はあの光景の全てを受け入れた。俺が恋をした少女は正真正銘の化け物で、けしてこの世界にいてはならない存在だ。それを知っているから俺は、理解したからこそ俺は……今、ここにいる」
「…………なんで、君はいつもそうなのかな。なん……で」
そう言い終わると、葵は泣くじゃくる子供のように、静かに眠りについた。
とても寂しい寝顔だった。悲しい寝顔だった。
生徒会で唯一、夜空と日向の事情を知る物。
それを受け止めた。が、遠すぎてずっと追いつけず、それでもこんな自分のために頑張りつづけてきた。
そんな彼女に、夜空は何度も感謝した。何度も、何度も……。
だが、そんな彼女の本当の願いを、夜空は受け入れることはできない。
それがただ、悔しくて仕方がなかった。
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翌日。
次の日は本格的に旅行の下見を行った。
葵は酒の影響で頭を痛めていたが、本人のガッツできちんと仕事をこなした。
そして午後のバスに乗り、二人は遠夜市に戻ることに。
「今回はいい休日だった。日向に礼を言っておかないとな」
「それはなによりです。自分としても、なんかすっきりしました」
「ひょっとして全部覚えてんのか?」
「断片的に、ですけどね。でも肝心なところは全部覚えてますよ、しないつもりだったのに……告白、しちゃいましたしね」
そう葵は、顔を赤くして頬を書いた。
酒の力を借りたとはいえ、今まで抱え込んでいたものを全て吐きだした葵。
今になって思う。日向の目的はそこだったのではないかと。
「……夜空くん」
「どしたよ?」
「日向さん、最近学校来れない日が多いんですよ」
「ふ~ん。生徒会長が欠席とは大物だな」
その話を聞いて、夜空は何気なくそう返して。
「……夜空くんなら、気になるところがあるんじゃないですか?」
「……それは、口にすべきか?」
「してくださいよ。あなたにできない覚悟が、自分たちにできると思います?」
そういう葵の言葉は、夜空を試すものだったのか。
それとも、夜空に縋るものだったのか。
その言葉を夜空がどう捉えたかはわからない、だが、彼は己に従い答える。
「にわかには信じられない話ばかりでよくわからないしな。俺の親父や志熊博士も調べてみたとは言っていたが、日向に関してはわからないことが多い。こうなった以上、もう全部あいつに任せるしかないだろう」
「そうですか……。自分、あの人が卒業するまでは、傍にいたいなって心から思っているんですけどね」
「……恐らく最終的に、あいつに関しての記憶は消えちまうだろうけども。それでも、俺たちとあいつは友達だ。それはけして変わらねぇだろ」
「そう……ですね。全く、これじゃまるで恋愛物のハーレム主人公みたいですよ、夜空くん」
「ふっ、やめてくれ」
葵にからかわれ、夜空は静かにそれを否定する。
そんな大層な立場に自分なんていない、自分は一人の人間として、今を生きているだけ。
そして……。
「恋愛物のハーレム主人公ね。俺には縁の無い話だ。ずっと……堕ちている途中なんでね」
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「……なぁ、日向」
電話を切る間際、夜空は彼女の名を呼ぶ。
「……今回旅行に行けないのって、仕事のせいじゃないんじゃないのか?」
そう核心づく夜空の言葉に、日向は表情一つ変えずに、いつものように大らかに答えた。
『くはは。お見通しか?』
「違う、予感だよ。あんたの存在は不安定そのものだからな」
『そうだな。確かに二年前に比べて、あまり"現界"できなくなってきている』
それを聞くと、夜空は一つため息をつく。
「ま、あんたがこれ以上ここに居座る理由もないだろう。俺は小鷹を救うことに成功した。あくまでも俺自身の力で、俺が願うままに、俺自身に従うままにな」
『あぁ、その通りだ』
「だったら、あんたの望みが叶ったも同然だろ。それともまだ心残りがあんのか?」
そう夜空が、らしくなく意地悪そうにそう尋ねた。
人間ではなくなった彼女が抱く、心残りとはなんなのか。
二年前、三日月夜空の中学三年生の夏。
あの時夜空が観測た衝撃は本物であり、そしてその経験と記憶が、小鷹を救うに至った。
一瞬で崩れさった何気ない日常。夜空を襲う謎の特殊部隊。
夜空とは違う別の夜空が至った残酷な結末。生まれてくるはずだった夜空の姉。
光の翼を纏い、空を飛ぶ少女。
きっとそれらがなければ、少年と少女はまた、同じ結末を繰り返していたのかもしれない。
「それともあれか? 別れを惜しんでいたりするのか?」
『くはは。それも感動的なものだな。心残り……意外とあるかもな」
「……なんだよ?」
そう夜空が、神妙そうな顔で尋ねた。
もう夜空には、失う物は何もない。
全てをやり終えた彼に、日高日向は何を求めるのか。
『お前さんの……"未来"だよ』
八人目はゆさゆさこと遊佐葵です。
この話から最新刊である9巻の要素が大きく絡んできます。
徐々に日高日向の正体にも近づいてきました。ちなみに彼女の要素や伏線は、真・最終話の日向ストーリーで全て回収するつもりで書きます。
余談ですが。日向の設定は9巻の影響が強いというわけではありません、ただ前から考えていたものに9巻の"ある要素"が面白いほどに上手く乗っかってくれたため、そのおかげで以前より深く書き込むことができそうです。