はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド-   作:トッシー00

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特別編です。


天馬ストーリー~聖クロニカ学園祭~

 九月中旬。

 柏崎星奈が聖クロニカ学園の生徒会長に当選して一週間ほど過ぎたある日。

 生徒会ではさっそく、十一月に行われる学園祭についての議題が持ち上がった。

 聖クロニカ学園は遠夜市の中でも屈指の名門校。故に学園祭は毎年大賑わいで、生徒だけでなく他校の学生や市の住民なども多数訪れる。

 なので前準備は比較的早くから行われ、来週にも学校の全クラスで出しものを決めるクラス会議が行われるだろう。

 

 そんな一大イベントを前に、生徒会長になったばかりの星奈は頭を悩ませていた。

 学園の理事長の娘としてもあるが、今回はあくまで学園を代表する生徒会長としての役割。

 彼女が動かねば他の生徒が動くことはない、学園祭が成功するか失敗するか、全ての責任が彼女に降りかかってくるのだ。

 当然その責任に押しつぶされるほどの生半可な覚悟を星奈は持ち合わせてはいない。

 だが、いざこういったイベントを前にして、いつものようにあっさりと解決できないのが現状なのである。

 

「パパ。ここ最近の学園祭ってどんなことやってた?」

「おぉ。そういえばもうこんな時期か。そういや星奈は生徒会長になったんだっけか……」

 

 手始めに星奈は我が家で、理事長である天馬に最近の学園祭の事を聞いた。

 天馬は毎年学園祭に訪れ隅々まで見歩いている。理事長とはいえ、自室にこもって仕事に没頭しているだけでは務まらない。

 彼にとって生徒は将来の宝であり、生徒達との触れ合いは彼にとって仕事以上に大切なことである。

 

「そうだな。露店に色々なコンテスト。芸能人を招いたショーに学生達のライブ。後は校内で遊戯の大会などがあったな」

 

 学園祭は二日にかけて行われる。

 特に人気が高いのは、校外の広場で行われるショーだろう。

 毎年街のアイドルや、奮発して有名なお笑い芸人などをお招きしている。

 そして学生の芸なども、時としてプロ以上の笑いを生むことがある。

 

「祭り全体の雰囲気や伝統というのも大切だが。それ以上に私としては、その年の学生の個性や発想、そしてイベントに取り組む姿勢などを重視している。硬く考えず、お前らしく頑張ってみなさい」

「うん、ありがとパパ」

 

 普段は他人の前では素直になれず強がっている星奈も、父親の前では気軽に自分をさらけ出せる。

 去年まではその強気な姿勢が原因で敵を作っていたが、最近では自分をさらけ出せる友達も増えてきた。

 天馬自身もそれを知っていたため、言わずともよかったのだが、あえて星奈にこうアドバイスを送る。

 

「私だけではなく、お前も頼れる仲間や友達ができたのだ。少しはその者たちに頼ってみなさい」

「う~ん。でも私が引っ張らないと……」

「星奈。お前は確かにできた子だ。私としてもそれは自慢に他ならない。だがこの世には様々な人がいる。その大勢の者達の、能力の高さや性格の良さだけを見るのはつまらないのだ。瓦礫の中に光り輝く鉱石があるようにな、どんな人にも個人の考えが主張がある。お前はそれを今まで見ようとしなかったからわからないだろうが、時としてその者の発言一つが社会に大きく影響を与えることもあるのだ」

 

 天馬は己の人生経験と、学園理事長としての視点を交えて星奈に教えを説く。

 星奈自身も、前よりははるかに成長したとはいえ、彼女はまだまだ未熟な面が目立つ。

 成長とは急にするものではなく、成長をしていく段階で少しずつ印を結ぶ物なのだ。

 その天馬の言葉を、今の星奈なら理解できることだろう。だからこそ、今までは言わずとしていたことを敢えて口にしたのであった。

 

「……わかったわ。さっそく夜空と小鷹に相談してみる」

「ふふ。本当に信頼しているのだな……」

「そ、そういうわけじゃ……。いや、信頼しているわ」

 

 星奈がそう言って、天馬の自室を去った後。

 天馬は改めて、娘の成長を噛みしめ、硬い表情を解いた。

 

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 翌日。

 

「学園祭のアイデアねぇ~」

 

 週の休日。

 星奈は夜空と小鷹をファミレスに呼びだし、前日天馬にした相談を二人にすることに。

 

「わたしは今年初めて参加するから、学園祭は楽しみだな」

「俺は去年バックれたからな~」

 

 小鷹は転校してきたため去年の学園祭を知らない。

 そして夜空はというと、学生の祭りなんてつまらないと去年は不参加。

 肝心の星奈はというと、去年は初日の体育祭で空気も読まずに縦横無尽に暴れまわり一人満足しただけであり、みんなが楽しめる形を理解できていない。

 つまりここにいる三人は、学園祭初心者。レベル1の旅立ったばかりの新米勇者の集まりだった。

 

「つか、生徒会のメンバー集めて相談すりゃよかっただろうが」

「未だ打ち解けられなくて……」

 

 夜空の言葉に、星奈は俯き気味で答える。

 当選してから数週間では、星奈の悪行の数々が消え去ることはないだろう。

 徐々に距離を詰めてはいるものの、生徒会の人たちは未だ星奈に対して遠慮がちである。

 実際に生徒会メンバーに色々相談等をしたものの、みんなが星奈を怖がって、「会長の好きにしてください。私達はただ従うだけです」と仲間というより部下という感じに。

 今までならこれで好き放題していた星奈であったが、今回はそうはいかない。

 

「ま、仕方ねぇわな。逆らったら退学にさせられるって思いこんでるんだもんな」

「うー」

「まぁ、星奈なら大丈夫だって」

 

 容赦ない言葉を浴びせる夜空。

 落ち込む星奈だが小鷹に励まされ、なんとか元気を取り戻す。

 と、これではただ集まって与太話をしているだけだ。本題は学園祭の事である。

 

「そうさな。学園祭じゃなくとも、地元の祭りの手伝いならしたことあるから、その経験でいいなら相談に乗ることもできるが……」

「そういやあんた、うちのパパと一緒にボランティアなんてやってるんだっけ?」

 

 星奈の言う通り、夜空は月に何度かボランティアに参加している。

 星奈の父親である天馬は、街のボランティア団体の会長もしているため、ボランティアをしている父親を見たことがある。

 その際何度か自分もボランティアに誘われたことがあるのだが、プライドが高い星奈は断りつづけていた。

 

「あぁそうだ。その時地元の祭りの手伝いをな」

「せっかくだし教えてよ。それと……今度あたしもボランティア参加してみようかしら?」

「やめろよ似合わねぇ。家に籠って自慰行為でもしてろ」

「はぁ!? あんた急になんてこと言いだすのよ! てかしてねぇし!!」

 

 せっかくいい流れだったのに、毎度の如く喧嘩になりそうな二人。

 その光景を小鷹はただ、なんともいえない表情で見ていた。

 

「二人とも。もう喧嘩してもわたしは仲裁できないんだからね?」

「む……。そうね、悔しいけど今日は我慢してあげるわ。だから、あたしにアドバイスしなさい」

 

 今までなら二人が喧嘩すれば、小鷹が怪力を発揮して脅せば止まっていた。

 だが今の小鷹は自由に怪力を発揮できなくなっているため、今度からは喧嘩が止まらない場合は見続けることしかできない。

 最も、時と場合で暴発することはあるらしいのだが。

 

「アドバイスね。俺が全体的に見てて思ったのは、やっぱり女子供を起点に人が喰いつく物だろうな」

「へぇ~。それってなによ?」

 

 もったいぶる夜空に、星奈がそう質問をすると。

 

「最近流行りの"ご当地キャラ"ってあるだろ? 世間じゃゆるキャラなんて呼ばれているが、あれが祭りの中に現れた瞬間、写メや握手で賑わってたな」

 

 夜空が言うご当地キャラとは、都道府県、市町村のPRをする可愛いマスコットキャラの事である。

 個性あふれるデザインのなんともいえないキャラクターが、イベントに現れ街のいいところをアピール。

 そこで住民と触れ合ったり、シュールな笑いを誘ったりしている。

 ここ遠夜市にもご当地キャラが存在する。名前は『とーやくん』。

 三人も幾度か見たことがある街の有名マスコットである。

 

「あ~。見たことあるわねとーやくん。他にもグランプリとかやってるやつでしょ?」

「わたしも九州でくま○ン見たことあるよ。握手したっけ中からうめき声聞こえたけど」

「小鷹、その思い出いらねぇわ」

 

 小鷹の発言に夜空は少し冷や汗をかく。

 小鷹は前まで九州にいたことがあり、そこでご当地キャラに怪力の洗礼を浴びせたことがあるらしい。

 今度からはそんなことはないだろうが、キャラクターには"中の人"がおり、当然痛いことをすれば痛いのである。

 

「俺もわざわざ滋賀県まで行ってひこ○ゃんに会ってきたほどでな、要はああいうのが一日中会場の中にいると、会場の人は飽きずに楽しんでくれるとおもうのよ」

「いいわねご当地キャラ。聖クロニカ学園のイメージキャラを作って、祭りを盛り上げると同時に学校の良さをアピールするのよ!」

 

 夜空の提案を、星奈はなにやら気にいったようである。

 聖クロニカ学園のマスコットキャラを作って、女子供客の人気を集める。

 今までの学園祭に無い発想、これはやる価値があるなと星奈はメモをした。

 

「スーツは今からでも作れば間に合うだろうしな。友達のよしみだ。理科に依頼してやる」

「さすが顔が広いだけあるわね。頼りになるわ夜空!」

「スーツ代金はお前の貯金にツケとくからな」

「う……。前言撤回、てか金取るのね……」

 

 星奈がすこしがっかりすると、夜空は当たり前だと厳しい顔を浮かべた。

 こうして学園祭の目玉をマスコットキャラに決めた星奈。

 だが肝心なのは、そのマスコットキャラのデザインや名前。

 デザイン等は理科の方でなんとかなるとして、名前や具体的な設定などは星奈側で決めなければならない。

 

「名前ね~。『肉えもん』は……」

「却下。なんであたし前提? それ学校じゃなくてあたしのマスコットキャラになってね?」

 

 さっそく名前決めで夜空は星奈に結び付けて名前を決めようとしている。

 当然そんなものは名前以前の問題で、子供たちが集まってなどくれないだろう。

 

「しゃあねえな。『痴女えもん』は?」

「あんたなんでも「~もん」つければいいと思ってるでしょ!? あたしの悪いイメージに共通名詞つけてるだけでしょうが!!」

「したら、理事長がペガサスさんだから『ぺがさくん』とかは……」

「それパパに却下されるからだめ。なるべくパパの名前に触れないであげて」

 

 星奈の駄目なイメージは当然として、学園理事長の場合は名前にコンプレックスがあるから駄目。

 となると聖クロニカ学園から結び付けないといけないのだが、あまりいい案が浮かんでこない。

 そんな中、小鷹が出した案が目に留まる。

 

「そうだね。『せなっしー』は?」

「だからなんであたし? しかもそれめちゃくちゃどっかで聞いたことあるんだけど」

 

 小鷹が出した『せなっしー』という案。

 結局星奈繋がりに戻ってしまったが、夜空としては中々気に入った名前だったため。

 

「いいじゃねぇかせなっしー。お前いつもぶるぶる震えてるし、おっぱいから何からなにまで」

「それどういう意味よ!? なんかすごい馬鹿にされてる気がするんだけど!!」

「それにおめぇいつもふなっしーみたいに、『あたしが世界で一番輝いてるなっしー!!』って発狂しまくってるもんな。せなっしーで決定だわ」

「発狂してないわよ! 語尾になっしーなんてつけたこと無いわよ!! てかふなっしーに失礼よ!!」

「というかふなっしーだけ伏字ないんだね……」

 

 せなっしーから連想される星奈のイメージを容赦なく言いまくる夜空。

 ちなみに小鷹がさりげなく触れた部分の真意は、ふなっしーは他のキャラと違って非公認であり、別に伏せる必要が無いからである。

 

「というわけでせなっしーで決定~」

「ちょっと勝手に決めないでよ!!」

「別にいいんじゃないかな。今世間で一番人気あるらしいし」

「小鷹まで……。わかったわよ、もうせなっしーでいいわよ……」

 

 というわけで聖クロニカ公認のゆるキャラは『せなっしー』で決定した。

 決定した所で今日の所は解散し、後日から学園祭の準備と並行して、せなっしーのスケジュールを組むことに。

 十月の後半には理科に依頼していたせなっしーのスーツが学校に届いた。

 一学生が作ったパロディものということで、スーツの概容は有名なふなっしーに金髪と蝶の髪飾りを添えただけのものになった。

 後日学校の倉庫に夜空と小鷹を呼び出し、せなっしーに関する会議を行った。

 

「中々の出来じゃない、せなっしー」

「本家に負けず劣らずだな。あ、それと当然これ被るのおめぇだからな」

「はぁ? なんであたしがこんな暑苦しいの被らないといけないのよ?」

 

 夜空にそう決めつけられて、星奈はすんなりと断る。

 

「生徒会長なんだろ? お前が被って本家顔負けのパフォーマンスすんのが役目というものだろ」

「あんな激しい動きあたしがするの? あたしの下僕に頼むわよ」

「あのよ、それじゃ前と同じじゃね? おめぇもう下僕任せにするのやめるっつったよな? これからは自分の目と足で学園の生徒と協力して行きたいっつったよな?」

「う……」

 

 かつての生徒会選挙で星奈が見せた決意を盾に、夜空が星奈を説教する。

 といっても、単に夜空としては星奈がスーツアクターをした方が面白いと思っただけで、要はただからかっているだけである。

 

「……わかったわよ。それに、気ぐるみに入っていればあたし、超人気者みたいだし」

「決まりだな。後は台詞だな、声は別の人がやっておめぇがそれに合わせてパフォーマンスをする。それでいいな」

「わかったわ。台詞はわたしが考えるとして、せなっしーの声は誰がやるの?」

「そりゃ……」

 

 星奈が夜空に問うと、夜空は少しせき込み。

 そして、何度か発声練習。そして……。

 

「あたしが聖クロニカのせなっしーなっしー(裏声)」

「ぶほっ!」

 

 なんと夜空は本家のモノマネでせなっしーの声をやってみせた。

 特別似ているというわけではないが、その完成度の高さに小鷹が思わずむせた。

 

「クク……やっばい結構似てるぅ~」

「だろぉ? 小鷹もそう思うよなぁ?」

「……」

 

 単に夜空はモノマネをしただけ。

 だが、それが何を意味するのか、星奈にはすぐわかった。

 

「……つまり、あんたがせなっしーの声をやるってことよね?」

「そうなっしー!」

「……めっっっっっっっっっっっちゃ嫌な予感しかしないんだけど」

 

 星奈はものすごく重苦しい悪寒を感じている。

 それもそのはず、今まで夜空には言葉にならない程弄りに弄られている。

 特に今回のパターンは、かつてステラが小鷹の家に来た時のあれに似通っていた。

 夜空がただのモノマネで終わらせるだろうか、いや……この男に容赦というものなど存在しない。

 

「んだよ、俺を信用できないのか?」

「できない」

「即答ですかぁ~!?」

「もうその人をおちょくる態度でわかるもの。あんた間違いなく本番でやらかすわ」

 

 前よりは距離を縮めているとはいえ、いざという時に別の意味で期待を裏切らないのが皇帝、三日月夜空というものである。

 星奈としてはなんとしてもやらせたくない。だが、それで夜空が引くわけがないのだ。

 

「まぁ任せておけ肉。いや星奈」

「もう名前言い直す時点で怪しいもん」

「まぁ台詞はお前が考えればいいんだし、俺はただモノマネでそれを言うだけ。お前はそれに合わせるだけだ」

「…………」

 

 徐々に星奈の口から了承の二文字を引き出そうとする夜空。

 果たしてこの男を信用して良いものか、星奈は悩んだ末に。

 

「……信じていいのね?」

「おうよ!」

「……わかったわ」

 

 泣く泣く了承、星奈がくじけた瞬間であった。

 この時星奈は知らない、ここで了承してしまったことが、後々後悔するということを。

 

「台詞は考えておくから、後日渡すわ」

「わかった」

 

 と、星奈は次に小鷹の方を見る。

 

「それと小鷹」

「どうしたの?」

「その、学園祭の司会を……あなたに任せたいんだけど」

 

 今度は星奈から小鷹へのお願いだった。

 それは大事なイベントの司会の依頼。

 小鷹は色々あってこの学校では孤独な毎日を過ごしてきたわけだが、今となってはもう違う。

 羽瀬川小鷹はもう、この聖クロニカ学園で一人ではない。皆と共に過ごす、大切な仲間であると。

 

「……わたしでいいの?」

「うん、わたしがあんたにお願いしてるのよ。本当に、あんたにやってほしいなって思ってたし」

「……わかった。引き受けるよ」

 

 小鷹はすんなりと、彼女の願いを受け入れた。

 先ほどの夜空との疑心暗鬼なやり取りはどこへ行ったのか、全然異なる、美しい友情のやり取りであった。

 

「さてと……じゃあメインも決まったし、学園祭張り切って行くわよ!!」

「「お~う!!」」

 

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 そして学園祭初日。

 つい先週までは中等部の学園祭が行われていた。

 星奈としては流れを掴むという意味で、二日間の学園祭を隅から隅まで視察。

 そして個人としてそれを楽しみ、今回の学園祭に生かすことに。

 そんな学園祭、初日は体育祭となっている。

 最初は学園生徒会長のあいさつ、つまり星奈の挨拶から始まった。

 この手の本番には強い星奈は、覚えた台本をスラリと噛まずに読み上げる。

 もうその姿は、かつての学園の女子たちの敵ではない。

 この数ヶ月で様になった、皆に慕われる立派な生徒会長の姿だった。

 星奈が舞台から降りると、学園理事長、柏崎天馬の挨拶が始まった。

 普段は口数の少ない天馬、だが、娘の雄姿に心揺さぶられたか、いつもよりも厳しい顔つきで、そして緊張した面持ちで舞台に上がる。

 

「……みなさん、おはようございます。この度は晴天に恵まれ、これもみなさんの日ごろの行いあっての成果でしょう」

 

 と、最初にそれらしいことを行った後、天馬は描かれた台本とは違った、天馬自身の想いを口にした。

 

「――毎年、この時期になると生徒達は、学園祭に向けてとても輝かしい目つきになる。私も時々視察に来ているが、通るたび目にする生き生きとしたその姿、正に今を生きる若者の強さを感じます」

「――長くも短い学生生活。その中で一年に一回しかないこの行事に、みなさんは何を思うのか。私は学生時代は真面目だったので、あまりこういう行事に心躍らせることはありませんでした」

「――ですがこの学園の理事長という立場に立ち、今とても後悔しています。皆で力を合わせ一つの行事を作る。それは将来に向けての様々な努力に負けることの無い、一瞬でこそ輝く煌めき。その素晴らしさを、なぜ学生の時に感じることができなかったのかを」

「――みなさんもこの先の将来、期待や不安、様々な思いを抱いているでしょう。しかし……今日と明日という日は――今というこの瞬間に、己の全てを注いでほしいと私は思う」

「――私も理事長という立場ではあるが、この時は学生時代に戻るかのように、みなさんと同じ気持ちで……楽しませてもらおうと思います」

「――学生よ、今この時を……全力で生きてほしい!! ……長々とすまなかった、これで失礼させていただく」

 

 聖クロニカ学園理事長、柏崎天馬の言葉に、学生達はたくさんの拍手で迎えた。

 いつもの彼らしくない熱い言葉だっただろうか、本人は熱弁した後にこっそりと恥ずかしがっていた。

 だが、その言葉を強く受け止める者は多く存在する。

 娘である星奈。そして様々な困難を乗り越えた小鷹。

 そして、今この瞬間を精一杯生きる、夜空。

 

「今を全力で生きる……か。いいこと言うじゃねぇかよ」

「当たり前でしょ。あたしのパパなんだから」

「そうだね、わたしたちは……生きているんだもんね」

 

 それぞれその言葉を胸に、初日の体育祭の準備に向かう。

 と、別れる前に星奈は、小鷹にある勝負を持ちかけた。

 

「小鷹。あんたリレーであたしと当たるわよね?」

「うん。でも、勝てそうにないけどね」

「……"何パーセント"使えば、あたしと対等に勝負できる?」

 

 その星奈の言葉に、小鷹の表情がすこしばかり真剣になる。

 

「……どういうこと?」

「……前に言ったじゃない、あんたと筋力勝負をしてもあたしが勝てっこないって」

「あぁ、言ってたねそんなこと」

「あんた、もう100%は出せないとしても、ある程度その能力はコントロールできるのよね?」

「……まぁ、一応」

 

 それを聞くと、星奈は挑戦者の笑みを浮かべ、小鷹に言う。

 

「あたしね、負けず嫌いなのよ。だから今回、あたしと勝負する際に全力で来てほしいの」

「……」

「あんたの出せる限りでいい。それに、今のあんたなら能力を暴走させることもないでしょ? だから……お願い」

「……わかった」

 

 それは、今まであらゆる存在を退けてきた星奈にとって、珍しいお願いだった。

 自分に勝てる存在なんかいないと、心底愉悦に浸っていた星奈。

 だがその中でも、ずっと小鷹の潜在能力にはライバル心を抱き続けていた。

 ただ表に出さないだけだった。それは小鷹がその力をトラウマとしている事と、勝てないことを証明したくなかったことだ。

 しかし今、挑戦者となった星奈と、乗り越えた小鷹の関係だから事それが言えた。

 星奈は小鷹に勝ちたい。だから、彼女と勝負をしたいと。

 

 そして競技が始まった。

 赤組と白組で分かれており、小鷹と夜空は赤組、星奈は白組である。

 それぞれ己の身体能力を駆使し点数を稼いでいったが、星奈率いる白組が若干リードという形で。

 星奈としてはそれは嬉しい限りだが、彼女は総合点より、小鷹との一騎打ちを所望していた。

 肝心の小鷹はというと、意外とクラスメートからその怪力を期待されており、いつも以上にたくさんの生徒からエールを送られたという。

 だが小鷹としては星奈との対決があるため、なるべく能力の使用を控えていた。

 現在は使用制限が存在し、瞬間的能力は高くても持続力と持久力に難がある。

 なるべく足を引っ張らない程度に競技に参加をしながら、ついに二人の対決が訪れた。

 100m走のラスト。二年の4つの組の代表が走るこの並びで。

 

「あんまり無理はしたくないけど……これは、負けたくないしね!!」

 

 小鷹はいつものように眼を赤く発光させた。

 そしてスタートの合図と同時に、小鷹と星奈だけ抜き出るように早く駆け抜けた。

 だが途中まで互角だったものの、身体能力が急上昇した小鷹は、ぎりぎりのところで星奈を抜き、負け無しの星奈に黒星をつけた。

 これには星奈はおろか、周りの生徒すら驚きを隠せなかった。

 

「か……勝てなかった……」

「なんとか勝った。けど……やっぱりこれは卑怯だね」

「何言ってんのよ、あんたの力でしょ……。素直に喜びなさいよ」

 

 星奈はそう言い、素直に負けを認めた。

 そして硬い握手を交わし、周りも小鷹を応援する声が増えた。

 こんな光景を、数ヶ月前まで本人自体が味わえるとは思っていなかっただろう。

 それもこれも、全てがこの数ヶ月、彼女たちと過ごしてきた毎日によって得た物だろう。

 と、ここから先も小鷹は能力を使っていこうと思ったが、やっぱり使用制限が引っ掛かり後の勝負では全部星奈に負けてしまった。

 結果三回勝負をしたが小鷹が勝ったのは一回のみ、総合的に星奈率いる白組が優勝した。

 MVPに選ばれたのは星奈、表彰台には数多くの男子生徒が溢れていたという。

 

「負けちゃったね」

「そうだな。だけど小鷹は大きな戦果をあげた。俺はそう思うぜ」

「……ありがとう、皇帝」

「いいってことよ。それに……おもしろくなるのは明日だ」

「?」

 

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 そして二日目。

 露店や出し物、様々なイベントが行われる中。

 ついに星奈が策を練っていた、メインのアレに差し掛かった。

 

「みなさんもりあがってますかーーー!!」

「いえーーーい!!」

 

 小鷹の司会も思っていたより様になっており、学生達はなんとも思わずノリノリだった。

 ステージの奥では、星奈が暑苦しいせなっしーのスーツを着て待機していた。

 数分前に着込んだばかりなのだが、予想以上に暑苦しく、星奈は心の中で文句を垂れていた。

 そしてその奥のボックス内、音響とつながった所に夜空が台本を持ってスタンバイしていた。

 なにやらあくどい笑みを浮かべているようだが、はたして彼はなにをやらかすのか。

 

「それでは学園祭を盛り上げてくれる、素敵なマスコットキャラクターが来てくれています。『せなっしー』です!!」

 

 小鷹の紹介と共に、満を持して登場したせなっしー。

 あの柏崎星奈をモチーフにしたマスコットキャラだが、モチーフ関係なく生徒や客達が思った通りに食いついた。

 やはりこういったマスコットキャラは、人気溢れるものなのだろう。

 

『みんな、せなっしーなっしー!(裏声)』

 

 夜空もめちゃくちゃ張り切っている。

 思わず小鷹は噴き出しそうになる物の、なんとか抑える。

 

「かわいい~」

「せなっしーさま!!」

「いっしょに写真撮って~!!」

(け、結構いいじゃないのよ。あたしみんなの注目の的になってる。あたし今、超輝いてるーーー!!)

 

 思いのほか皆にちやほやされて、思いあがる星奈。

 が、勘違いしてはならない。星奈が大人気なのではなくせなっしーが大人気なのである。

 

『今日はみんなに会いにきたなっしー(裏声)』

(なんだかんだで夜空もやってくれてるし……)

 

 最初の内は特に問題なかった。

 だが、ここから夜空の心の闇が爆発するのである。

 

『みんなに会いたくて、昨日から眠れなかったなっしー(裏声)。もう体中がむずむずするなっしー(裏声)』

(……あれ、こんなセリフあったかしら)

『いくなっしーよ、星奈汁ブシャー!!(裏声)』

(ぶほっ!!)

 

 なにやらせなっしーの中にいる星奈が噴き出した。

 確かに本家にもそういうネタが存在するが、今回星奈はそれを台本に組み込んではいなかった。

 というか表現的に組み込まなかったと言った方が正しいのか。

 

『もう我慢できないなっしー(裏声)。星奈汁ブシャー!!(裏声)』

(ちょっと夜空! それめっちゃ卑猥な意味に聞こえるからやめて!!)

「うおーおまえら! せなっしーさまの星奈汁だぞ心の底から味わえ!!」

(おい下僕ども後で覚えとけよぉぉぉ!!)

 

 とてつもなく卑猥な流れのまませなっしーのPR活動は続く。

 星奈が疲れ果てている事をいいことに、夜空の暴走は止まらない。

 

『ククっ(笑い声)。あぁもう絶頂なっしー。せなっしー、たくさんの男と※※※したいなっしー(裏声)』

(かっちーん☆)

 

 好き放題やる夜空に等々痺れを切らし、せなっしーは大衆をかき分け夜空のいるボックスへ。

 せなっしーが移動していることをいいことに、夜空はそれに合わせた台詞をアドリブで言う。

 

『あぁなんかむずむずしてきたなっしー(裏声)。ちょっと体育館裏で自慰行為してくるなっしーっ痛ってぇぇぇぇぇ!!』

 

 と、そう言った所でせなっしー(星奈)がボックスの扉を開け、そのまま夜空にとび蹴りをかました。

 みんなから見えないボックスの中でごとごとと聞こえる。

 ちなみにその中では、変わらない表情で凄むせなっしーと、それに怯む夜空がいた。

 

「あんたいい加減にしなさいよぉぉぉぉぉぉ!!(スーツの中にいるためすごく声が籠っている)」

「い、いやぁお前のイメージを考えてさ。男子どもが喰いつくように上手くアドリブを」

「それが不安だったのよ! あんたのせいでキャラのイメージもあたしの女としてのイメージもめちゃくちゃよ!!」

「女としては元々だろうがっ痛てぇ!!」

 

 完全に怒った星奈は口だけでなく、せなっしーのままバシバシ夜空をぶったたきまくる。

 ちなみに他のお客はというと、意外とその光景に笑いを弾ませていた。

 その中で小鷹は、微笑したという。

 

「え、えぇと。せなっしーと夜空くんは仲がいいんだね~」

「誰がこんなやつと!!」

 

 小鷹のフォローに星奈は激しく憤慨する。

 もう中の声が表に出まくっているがいいのだろうか。

 と、トラブルに見舞われていた時、なんと奥から思ってもいない乱入者がこちらにやってきた。

 

「あ、あれは!?」

 

 小鷹の声と共に、生徒達が一斉に振り向く。

 すると、そこにいたのは大きな鳥のマスコットキャラクター。

 全体的に水色の、なぜか大きなシスター服を着込んでいる。

 

「……あれバ○ィさん?」

 

 外見は愛媛県今治市のマスコットキャラクター、バ○ィさんに類似している。

 だがこちらのせなっしーと一緒で類似しているだけで、その青のシスター服がパロディ丸出しであった。

 バリィさんに類似したゆるキャラは、小鷹の近くまで来て名刺を渡した。

 

「え~と、『ケリィさん』?」

 

 ゆるキャラの名前はケリィさんというらしい。

 名前も本家に似ているが、やっぱりそのシスター服が目に付く。

 

「んで、何しに来たの?」

『この学校のゆるキャラを倒しに来た(プラカード)』

 

 どうやらゆるキャラにはゆるキャラで対抗するということらしい。

 このケリィさんも別の学校のゆるキャラらしく、学校の代表としてせなっしーを倒すと宣言している。

 勝負を挑まれたせなっしーは、夜空を突きとばしてケリィさんの方へ赴く。

 

「ふふ~ん。いいわよ、相手してやるわよ」

 

 と、ゆるキャラなのにしゃべり倒すせなっしー。

 一方でケリィさんも、プラカードで言葉を返した。

 

『このケリィちゃんに勝てるかねぇ~』

「なんですって、負けないわよ」

 

 二人がにらみ合うと会場は大盛り上がり。

 と、その時さらに。奥から新たなる挑戦者が。

 

「おっとあれは!?」

 

 奥から現れたのは、赤い兜を被った猫のゆるキャラ。

 外見は滋賀県彦根市マスコットキャラクター、ひ○にゃんに類似している。

 だが特徴的な三日月の兜を被っているのまでは良いものの、その服装はなぜかメイド服である。

 

「……あなたは」

『『ゆきにゃん』ともうします(プラカード)』

 

 これまた名前も似ているゆきにゃんというゆるキャラ。

 これもまた、別の学校から送られた刺客であった。

 

「や、やべぇゆきにゃんガチで可愛い。ちょうかわいいよかわいい~」

「皇帝、キャラ忘れてるよ」

 

 元々ひ○にゃんのファンである夜空は、ゆきにゃんの可愛さに目を奪われてしまった。

 それは思わず夜空の理性すら吹き飛ばすものだった。

 

「なによ、あんたもあたしと勝負?」

『ぜひおあいてねがいます』

 

 と、二人もせなっしーにライバルが現れてしまった。

 すると、奥の方でまさかまさかの三人目が現れた。

 丸い顔文字が書かれた被り物をした、下半身に美脚を露わにしているゆるキャラである。

 

「今度はなによ……」

 

 ここまで来ると小鷹も気疲れを見せる。

 その全容は東京都は西国分寺のゆるキャラ、に○こくんに類似している。

 かつてファンによる不正投票で有名になったゆるキャラで、その後は自力で三位に。

 に○こくんに似たキャラは小鷹の目の前までやってきて、お得意のポージングを決める。

 

「……んで、あなたの名前は」

『名は『りかこくん』。特技は妄想をユニバースに変えることなんだブン! と、僕はキメ顔でそう言ったんだブン!(プラカード)』

「あなたアメリカに行ってなかったっけ?」

 

 その有り余るテンションのせいでりかこくんの正体を察してしまった小鷹。

 というか前の二人も、小鷹はどこかしろ見覚えのある二人だったので、中の人はわかっていた。

 すると紹介するや否や、りかこくんは倒れている夜空の方へその美脚で走って行く。

 

「なにおめぇ? え、なになに? 『僕の中央の穴、開いてますよ』? おぉそうかそうか、まぁ従兄妹同士だしなぁ。だったら危険な洞窟探検も、ありっちゃありk」

 

 どがしゃーーーん!!

 

 と、夜空がりかこくんの股間を触ろうとしたところで、小鷹が思いっきりげんこつを二人に放った。

 

「「たーんえっくす!!」」

「おいてめぇら学園祭の最中でやめろや? てかボク久しぶりにツッコミした気がするぞおい」

 

 当然やらせるわけにはいかなかったため、小鷹は久しぶりに怪力を使って二人を成敗。

 りかこくんが再起不能になったところで、せなっしーとケリィさんとゆきにゃんの三つ巴が行われようとしていた。

 

「こうなったら、誰がこの遠夜市で最強かを決めるわよーーー!!」

『負けないよん。このケリィ、本気を出したら一撃なんだよん~』

『ゆきにゃん、まいります』

 

 と、勝手に始まるバトルロイヤル。

 学生達は大盛り上がりでその対戦を目にしていた。

 

「クックック。魔界の魔物たちの闘争が始まる……」

「うおぉぉぉ!! やれやれなのだ~!!」

 

 と、客の中には小鳩とマリアの姿も。

 静かに観戦している小鳩の横で、腕を思いっきり振りまわすマリア。

 その結果、腕が小鳩の顔面に直撃し。

 

「痛っ! もう少し静かにすれアホー!!」

「なんだ!? だったらわたしと勝負するのだーーー!!」

 

 別の所でも、死闘が繰り広げようとしていた。

 なんやかんやで大盛り上がりで、大成功となった学園祭。

 その光景を目にして、小鷹は心の底から笑いがこみあげてきた。

 

「はは、ははは。ま……めちゃくちゃになったけど、楽しいからいいよね」

 

 そう言葉で締めくくり、実況席に戻りゆるキャラ同士の死闘を精一杯実況する小鷹。

 その学生達の輝く光景を、遠くで天馬は、普段は見せない笑顔で見つめていた。

 

「ふっはっは! 楽しいものだな、学園祭は!!」

 

 青空の下で聖クロニカ学園は、今日も笑顔で包まれている。




九人目は柏崎天馬です。といっても本人はあまり出てなかったりします。
本編の中にもある学園祭をモチーフにしたストーリーです。隣人部の関係上大した触れられていなかった学園祭ですが、アナザーワールドでは大体オリジナルで学園祭を表現することができました。
隣人部メンバーが全員出た、文字通りお祭り的な話となっております。

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