はがない性転換-僕は友達が少ないアナザーワールド-   作:トッシー00

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特別編です。


日向ストーリー(上)~THE LAST STORY~

 お前達、夢はあるか?――かつて少女はそう言った。

 

 夢のためなら盲目になれた。大切な人達と過ごす時間の中で、少女はいつも夢を見ていた。

 夢と願いだ。願いとは人の理想で、それがやがての未来の形だ。未来とは人が一人ずつ決める物で、誰かが決める物ではない。

 だから少女は、少女の周りの人たちの夢や、願いを笑ったことはない。むしろ応援する。励まし、力を貸す。

 少女は人を見た目で判断しない。そこにある個は全であり、善や悪にも意味がある。故にそれを勝手に分けて、傍観することを嫌う。

 それは少女の良い所だ。だから少女は皆に愛される。愛されて、みんなを愛す。

 できるだけ大きい、そして多く。友達になれるなら友達になる。どんな人の個性であっても、気持ちであっても……認めようと努力をする。

 

 少女は元々完成していた。だがそれ故に……その少女は残念だった。

 

 完全であることが……その少女を完成させることを許さなかった。

 

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 これはある世界の話だ。

 別にひねくれているわけでも、異質なわけでもない。その世界もまた……一つの世界の形である。

 その世界で、かつて夢を語った少女は……皆の夢の結晶だった。

 皆が憧れる存在だ。完全で、完璧……完成された存在。

 

 最高の知能……最強の能力……。まさに少女は最上の存在だ。

 

 最上故に、それより上が存在しない。人の夢は叶えていく度に、やがては上限に達してしまった。

 その少女のおかげで、この世界の人たちはそれぞれ……夢をかなえて生きている。

 願いも、理想も。全てが人の思いのままだ。

 人類の結晶。科学の進歩は、人間一人一人に意味を与える。

 その結果、その一人は独りになる。独りで個となり……完成となる。

 完全も、完璧も……全部が一人の思いのまま。

 それが人々の夢だ。願いだ。理想の果ての未来だ。

 能力が欲しい物は能力を与えられ、現実を捨てた物には妄想が与えられる。その結果が……この世界の現実だった。

 

「……しあわせだな」

 

 幸せ……少女は呟いた。

 この現実を見て呟かずにはいられない。なにせ全員が平等に夢をかなえられる、これほど素晴らしい物はない。

 だがそんな現実に送る少女の言葉さえ、どこかに皮肉が籠っている。

 だって、少女は知っているからだ。簡単に叶えられる願いに埋もれる……本当に叶えるべき願いの存在をだ。

 世界の全てに日を当てる存在である少女が、かつて"人間であったころ"に……叶えてあげられなかった願いだ。

 だから少女は……皮肉にも世界に向けて"幸せ"と呟く。

 

「……ある科学者は言いました。『もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も過去も全て見えているであろう。』」

 

 その少女の言葉。かつての有名な科学者であるピエール=シモン・ラプラスが主張した言葉だ。

 その言葉通りの存在が、その言葉を呟いた少女だ。

 少女はずっと昔に、たくさんの人たちの夢のために己を差し出した。その結果、月日や年月が経つ度に自身が人間ではなくなっていっていることに気づいた。

 だが少女は気にしなかった。気にせずに、全ての能力と知性を手に入れ、いつしか未来も過去も知りえる化け物になってしまった。

 

「……くはは。未来と過去の全てを掌握できたところで、おもしろいことなどないのだがな」

 

 またも、少女は呆れるように呟いた。

 そして、おもむろに立ちあがる。

 今日はどうやって世界を見渡そうか。羽を広げて自由に空を飛ぼうか、それとも瞬間的に移動して世界を一周して見ようか。

 考えに考えて。少女はどっちもやめた。もう飽きるほどやっているからだ。

 少女は時計を見る。そして考える……。

 

「潮時か。ならばそろそろ挑戦してみるとしようか……」

 

 少女はそう言うと、大きく腕を伸ばす。

 そして魔法を唱えるように謳う。それはそれは綺麗な音色で。

 聞こえてくる心地よい音色。だがどこかそこには、儚さが滲み出る。

 

「もう未来にも過去にも飽きた。だから今こそ、自らの夢に旅立つとしよう……」

 

 そう跳ねるように言って、少女は……奥底に眠る大切な者にその気持ちを向ける。

 

「だから待っていろ……"夜空"」

 

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「お前達、夢はあるか?」

 

 ここは生徒会室だ。生徒会室で、その生徒会長は突如として突拍子もないことを口にする。

 生徒会長、日高日向は今日もまた急な話を振る。

 そんな彼女の無茶ぶりに、生徒会会計の遊佐葵は呆れ顔だ。

 

「……あの、日向さん。今は生徒会の議案を話している最中なんですけど?」

「お? くははすまないすまない。私としたことが自身の疑問に逆らうことができなかった。テヘペロ☆」

「テヘペロ☆ じゃないです。少しは真面目にやってください」

 

 ふざけても笑って済ませる。それが彼女のやり口だった。

 ふざけていると思ったら真面目で。だけどやっぱり遠くを見ている。

 そんな日向の質問に、副会長の大友朱音は答える。

 

「夢ねぇ~。やっぱり良い男と結婚かなぁ?」

 

 それに続けて、書記の神宮寺火輪も答える。

 

「私は……最高のお姉さまを見つけて可愛がられたい……」

 

 と言ったように、それぞれがまともなんだかふざけているのか、夢を語った。

 日向のどうでもいい疑問に律儀に答えて議案から話題を反らす二人を、葵は叱る。

 

「ちょっとちょっと二人とも! ちゃんとやってください!!」

「くははそうかそうか。葵は身長を伸ばすことか?」

「余計なお世話じゃ! しかも本気で悩んでることを突っついてくるし!!」

 

 そうやって日向は葵をからかい、一人外を見る。

 一人たそがれるように、遠い目で流れる雲を見る。

 

「……あの、日向さん?」

「あぁ……すまない。はいこれ、資料は用意しておいたから後はそっちで進めておいてくれ」

「え? いやいや確かに手際はいいですけど。会長がいてくれないと……」

「というわけで頼んだ。葵」

 

 そう一方的に、日向は言って生徒会室から出た。

 

「って、ちょっと!?」

 

 そんな彼女を、葵はすぐさま追いかける。

 こう生徒会の仕事を押し付けられては叶わない。ましてや会長がいなければ進む物も進まない。

 葵は扉を開けた。だが、すでに日向の姿はない。

 

「……いない」

 

 彼女が扉を開けて数秒も経っていないというのに、彼女の姿は消えていた。

 日向はいつもそうだった。一方的にそう言ってはあっという間に姿を消す。

 どんだけ足が早いというのか。というより、もうここまで行けば足が早いというレベルではない。

 まるで瞬間的に移動しているかのように、日向はいつのまにか姿を消しているのだ。

 

「……いつもどうやって逃げてるんだかあの人は」

「まぁいいじゃん。資料は揃ってるんだし、さっさと議案を進めようじゃないか。これから男友達と街へ買い物に行く予定がある。お早めにねぇ~」

「私も今日は頼んでいた通販が届くので~」

 

 葵が困っている後ろで、朱音と火輪は己の好き放題言っている。

 毎日のように、めんどくさいことは全部葵に押し付けられる。

 そういう風に頭を悩ませてばかりだからなのか、葵は今日も身長が伸びない。

 

 そんな彼女たちが生徒会室で会議をしていた時。

 その少年は一人、学校の屋上で寝ていた。

 放課後なのに家にも帰らず、未熟な年頃のその少年。

 学校でも粗暴が悪く、いつも誰かと喧嘩したり、いつも勝手にどこかへ行ったり。

 三日月夜空。中学生の彼は、そんな男であった。

 

「……ったくよ、呑気に見下ろしやがって」

 

 そう、夜空は上を向いて呟く。

 何に向かって文句を言ったのか。そこには誰もいない、あるのは……雄大に広がる大空と白い雲。

 夜空はそんな大空と雲に文句を言った。ただ流れるだけ、自由に流れて見下ろしている。

 そんな自由な存在に向かって、文句を言うほど夜空は暇をしていたのだ。

 

「……んで、なんのようだ?」

 

 と、夜空はまたしても誰かにそう問う。

 今度は大空にではない。いつのまにか後ろにいた、少女にだ。

 先ほど生徒会の議案をほっぽり出した。日向がそこにはいた。

 

「何を何を。つめたい事を言うな」

 

 問われた日向は、呑気にそう口を開いた。

 彼女もまた、広がる大空に負けないくらいに自由な存在だった。

 ただそこにいるだけ。ただそこにいてみんなのために動き、ただそこにいてみんなに愛される存在。

 それが彼女だった。誰もがそんな彼女に惹かれていく。

 三日月夜空もまた、彼女に惹かれた内の一人だった。

 

「適当に受け答えしやがって。今日はちゃんと授業に出たぞ」

「今日は……か。どうせなら毎日出てもらいたいものだな」

「悪いな。俺はあんたほど出来がいいわけじゃあないんだ」

 

 そう優等生を気取る日向に、夜空は皮肉を言う。

 夜空は不良だ。そして日向は学校の生徒会長。

 立場は表と裏。善と悪。そんな感じで分けるのは簡単。分けてみるのはたやすい。

 だがそんな二人でも対立はしていない。というより、夜空が突っぱねても日向はしぶとくくっついてくるのだ。

 

「出来がいいか悪いかなんていうのは、誰かが勝手に決めるものではない。生きているうちに、本当にいい奴か悪い奴かがわかってくる」

「そうかよ。だったら俺は……悪い奴だな」

 

 日向の言葉に対して、夜空は笑ってそう答えた。

 自分は悪い奴だ。そう言って、夜空は制服から煙草を取りだす。

 未成年の喫煙はいけないこと。それをわかっていながら、夜空は挑発的にそれを取りだした。

 

「……そんなものに手を出す若人は。大人に憧れを抱いている奴か、大人ぶって満足したいだけのさびしがり屋だけだぞ?」

「はんっ。知ったことか……」

 

 日向の遠回しな忠告を、夜空は笑って返した。

 そして煙草を顔の前に持って来ようとした時、夜空はハッとなった。

 先ほどまで握っていたはずの煙草がない。ついさっきまで握っていたはずだ。自分が持っていたはずだ。

 動転しながら夜空が日向に目をやると、日向は笑いながら煙草を手に持っていた。

 それは、間違いなく夜空が所有していた物。

 

「くはは。生徒会会長として、これは没収だ」

 

 そう勝ち誇ったように、日向は言った。

 いったいいつのまに奪い取ったのか。いや、日向は夜空の近くに来ていないどころか、夜空に触れてさえいない。

 まるでそれは魔法のように……。

 

「ちっ。いつもの手品かよ」

「そんなところだ。無論、タネは明かせないがな」

 

 夜空が文句を言って、日向はそれをバカにするように答える。

 そして日向は、煙草を箱から一本だけ取り出し、そして握りしめる。

 握った手を開いて、それが一輪の花に変わる。そしてその花を夜空に差し出し一言。

 

「今、私からお前さんに贈れるのはこれだけだ。マイ・フェア・レディ」

「誰がレディだ……」

 

 それは男の口説き文句だし、夜空はレディですらない。

 そうやって日向は、他人をからかってはケラケラと笑う。

 だがそんな彼女の行為も、どこか憎み切れない。

 それには悪意が無い。善意というわけでもないが、それは日常に溶け込んでいて、ただそこにあるだけの笑みだ。

 だから誰もが、彼女を嫌いになれないのだ。嫌いになっては、いけない気がする。

 

「……俺、帰るわ」

「そうかそうか。ならば……"また明日"な」

 

 夜空は鞄を持って、屋上から去って言った。

 最後に日向に言われた、何気ない一言。

 その言葉を、夜空は何度も呟く。

 

「また……明日……か」

 

 帰り際夜空は、自然と笑みをこぼした。

 

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 その年の来年。

 三日月夜空は三年生になり、日向と朱音は卒業し高校に進学した。

 生徒会の会長は葵が受け継ぐこととなり、火輪と他数名と一緒に頑張っている。

 その生徒会には夜空も誘われたのだが、夜空は似合わないとその立場を蹴った。

 だがどこかで彼女達が困っていたら、後ろで助けていた。

 そう、三年生になり、夜空はどこかが丸くなっていた。

 

「あ、夜空くん御苦労さま~」

「おう、資料はここに置いておくぞ。てか師匠一人だけかよ」

 

 今日も生徒会の仕事を手伝う夜空。

 生徒会室には、火輪一人だけ。後は全員別件とのこと。

 余談だが夜空は火輪の事を師匠と呼んでいる。彼女は夜空にとって"あること"の師匠である。

 

「私は力仕事が苦手でして、とりあえず書類の整理をしてたの」

「そうかよ。あぁそうだ、前に貸してくれたDVD中々面白かったぜ。サンキューな」

「そうですか。中々に濃厚でしたでしょぉ~?」

「まぁ百合男子としてはああいうシチュは中々にグッとくるものはあるんだけど、ありゃちょっと密着しすぎだな」

 

 そう、夜空は火輪の趣味に話を合わせる。

 火輪は大の女性好きであり、味方によっては同性愛にも見えるくらいに愛を求めている所がある。

 そして同じく女の子が好きな夜空はそんな彼女の百合好きに共感して、いつのまにかDVDや本を一緒に見る仲間になっていた。

 だから火輪は夜空の師匠ということである。

 

「そうでしょうか? 女の子同士のキスなんて序盤でしかありませんのに~」

「俺は女じゃないからそこはわからん。だが女の子同士がああいう事するのは個人的にアリ」

「ん~。夜空くんが女性だったらどれだけ美しきことか。そこだけが惜しいところなの。前に女装した夜空くん見た時、私、男子と知っても心臓が止まらなくて驚いたの」

「女装したんじゃねぇ。させられたんだ。あの女にな」

 

 夜空にとっては思い出したくないことを掘り下げられ、若干調子が下がる。

 

「さて、疲れたしちょっと休ませてもらうわ」

「どうぞ。せっかくだし……占って差し上げましょう」

 

 夜空がソファーに座ると、火輪はそう言ってタロットカードを取りだした。

 火輪の占いは中学の間でもよく当たると評判だ。男子だけでなく多くの女子が暇があれば火輪の元へやってくるという。

 そして火輪がその申し出を受ける対象は、九割ほどが女子らしい。

 それ故に、占ってもらえる夜空は貴重な男子であった。

 

「それで、何を占うの?」

「別になんでもいいんだがな。ま、来週から始まる夏休みについて占ってくれや」

 

 そう夜空が適当に言うと。

 火輪はタロットカードをシャッフルして、ぐちゃぐちゃにテーブルの上で広げる。

 そしてその中から三枚、カードをめくる。

 

「……『世界の逆位置』『恋人の正位置』『運命の輪の逆位置』」

 

 めくったカードはその三枚。

 そして火輪は、そのカードを見つめて……瞳を閉じた。

 まるで何かを見るように……終始黙りふける。

 

「……なんかわかったのか?」

 

 夜空はやたら神妙な雰囲気の火輪を見て、尋ねる。

 数秒後、火輪は口を開いた。

 

「……夜空くん、何かこう……ずっと思い続けている事とかあるの?」

「は? どういう意味だ?」

「いや、こう言葉にするのが難しいの。けどその……例えば後悔している事とか、その……何かの願いに対して諦めている事……とか」

「ははは。そうだな……あるっちゃある。だが諦めてはいない」

「……そうなの」

 

 夜空は火輪の質問に対して、とても空虚に、力なく答えた。

 それは、彼が果たせなかった約束や願い。過去への後悔が詰まっていた。

 

「この夏。夜空くんは人生の中でとても大きな事に巻き込まれる」

「おいおい、マジかよ」

「日常の……いや、調和の崩壊? 因果の理……運命が無理やり捻じ曲げられる。一つの存在の気持ち一つが、世界や因果を大きく捻じ曲げる……」

「……火輪?」

「それが、やがては大きな選択になる……。まぁ、そんなとこなの」

「……わからん」

 

 どうにも中二臭いことを述べる火輪。

 それが占いの結果だとでも言うのか、にしても意味がよくわからなかった。

 因果や世界が捻じ曲げられる。そんな壮大なことを言われても、それがどう変わるというのか。

 だが火輪の占いはほとんど当たると有名だ。半分冗談に取りながらも、どこかは用心しなければならなかった。

 

「とりあえず、ありがとよ。DVDは終業式の時に持ってくるわ」

「わかったの……夜空くん」

「ん?」

「……何が起こっても、目を反らしてはいけないの」

「……じゃあな」

 

 最後にそう、強い眼差しで語る火輪に、夜空はそっけなくそう返して生徒会室を去った。

 しばしの沈黙、それを打ち破るように……火輪は呟いた。

 

「――"人ならざる者"が、世界や運命を捻じ曲げる。日向……」

 

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 三日月夜空。中学三年生の夏休み。

 大体の生徒からしてみれば受験勉強のシーズンであるが、夜空は特に進路を決めてはいなかった。

 父親は科学者。なので特に希望が無ければそのていの学校に通うのが普通である。

 最も夜空は科学者になりたいわけではない。そして父親も、夜空に科学者になることを強要してはいない。

 結果的にやることのない夜空は、毎日くだらない日々を過ごしていた。

 そんな彼が今、やってきたのは家の近くにある公園だった。

 この公園はかつて、夜空が親友と良く遊んだ公園だった。

 

「ったく、どうすっかなこの夏休み」

 

 呆けているとはいえ、夜空自身も考えている事はある。

 ぶれてはいるが、将来の事はとりあえず考えてみる。

 なんとかなるで済ませてしまうのもありだ。だがきっと、どこかでめんどくさくなるだろう。

 それに学校に行かないと親はうるさい。だから夜空は考えた。

 夜空は漕ぐ。一人ブランコを漕ぎ、そして思い出す。

 きっと親友である彼女が今、この街にいたら。彼女は自分にどう言ったことだろう。

 そして自分は、どうなっていたことだろうと。

 

「……もう会えない奴に、問うもんじゃねぇな」

 

 そう諦めたように、夜空は重く言葉を吐いた。

 もう中学生だ。割り切る物は割り切らないといけない。大人になっていかないといけない。

 いつまでも過去ばかりに縋っていても変わらないと、自分に言い聞かせた。

 

「にしても……どうも不自然だな」

 

 夜空は周りを見渡し、そう呟いた。

 

「夏の昼間だというのに、誰もいやしねぇ。道を通るわけでもないし」

 

 そんな疑問を抱きながら、夜空が公園で一人たそがれていると。

 ようやく一人、それも意外な人物が公園へと走ってきた。

 

「お、久しぶりに見る顔だと思ったら……」

 

 そう元気よく自分に声をかけてくる人物。

 夜空はその声を知っている。驚くように、その少女に目をやった。

 

「ひ、日向!?」

「くはは。ひさしぶりだな夜空」

 

 そう気前よく挨拶をする日向。

 格好は真夏だというのに上下ジャージ。熱くないのかと、夜空は内心思う。

 

「あぁこの格好か。今はランニング中でな、一応中は薄着だ、見るか?」

「見ねぇよ。てか……卒業式以来か?」

 

 夜空が彼女に会うのは久しぶりだった。

 久しぶりに中の良い友人に会えて、夜空は内心喜びではねた。

 

「そうだな。色々と忙しかったからな。最もお前さんは暇そうにしていたのだろうけどな」

「言うなこの野郎」

 

 そんなやり取りをした後、日向は夜空の横のブランコに座った。

 

「んで? 受験間近の中学生が真昼にこんなところでなにをしていた?」

「あ、あぁ。別に行きたい学校とかないしな、知ったことじゃないんだよ」

「おいおい進路は大切だ。進路とは進むべき道ではない、進みたい道だ。だから人には決める権利がある」

「へぇへぇ。久しぶりに会ってお節介はやめてくれよ」

 

 夜空は参ったと、そう日向に言葉を向けた。

 この女はいつもそう。一方的に正論を言って、一方的に満足をする。

 その言葉は欺瞞や着飾りではない。彼女の言葉にはいつも心が宿っている。

 だからこそ夜空も聞く耳を持った。そして聞いていて心地が良かった。

 

「朱音先輩は元気か?」

「あぁ、新たな恋に向かって一直線だ。お前さんに振られちゃったからな」

「そうか、ま……よかったよ」

 

 夜空はそれを聞いて、安堵した。

 どうやら二人とも、変わらない毎日を過ごしているらしい。

 

「時に夜空の方は、恋に青春に忙しいのか?」

「はぁ? どうでもいいよそんなもん」

「そうか? 葵とかどうだ? 背は小さいが肝っ玉は大きいぞ」

「ははは。それ葵に言ったらキレるだろうな。いやあいつはそんなんじゃねぇよ」

 

 そう、会話を弾ませる二人。

 その中で夜空は、恋や青春をどうでもいいと言ったが、内心は違っていた。

 恋をしているか、青春を謳歌しているかと言われれば。恋をしたいし青春も謳歌したかった。

 心のどこかで抱いている。隣の少女に対する想いで。

 

「……せっかくだし、言うだけ言ってみるか」

 

 夜空は、心の中で一つの小さな覚悟を決めた。

 

「ん? どうした?」

「あのよ、日向。ちょっとだけ、俺の話を聞いてくれねぇか?」

「あぁ……かまわんよ」

 

 相変わらず、この女は読めなかった。

 どこかで気付いているのか、なにもわからずそんな堂々と構えているのか。

 この際どっちでも良かった。だから夜空は、伝える覚悟を決めた。

 

「俺よ……あんたのこと……その……」

 

 ――そう。

 その時だった。

 その少年の、青春を謳歌しようとするただ一人の少年の目の前で。

 運命は……大きく歯車を変えた。

 

 ダムダムダム!!

 

 突如として、大きな音が三回鳴った。

 なんの音だろう。瞬間的に、突発的だった。

 そして夜空は目を見開く。隣にいる少女に対して、唖然とした表情でただ見つめる。

 さきほどまで変化も無く、元気だった彼女の身体が……赤くにじむ。

 そして朽ちるように、ブランコからのけ反る。そして……倒れた。

 

「……は?」

 

 思わずそう夜空が口を開いた。

 そしてすぐさま真正面を見ると、そこには人が一人。

 そいつは拳銃を向けていた。まさかとは思うが、日向を銃で撃ったのか。

 本当に一瞬の事だったから、夜空の計算が追い付いていない。

 そんな彼に対して、銃で彼女を撃った本人が……声をかける。

 

「……その女から離れてください……"兄さん"」

「……お前……は」

 

 その人物は、去年に遠夜市にやってきた夜空の義妹である理科だった。

 理科は冷静に、機械のようにこちらに向かってくる。人を撃ったというのに、表情一つ変えない。

 

「な、なんだ? なんかのいたずら……か?」

 

 状況が読めない夜空は、隣を見る。

 そこには日向が倒れている。目を見開いて、胸からはドバドバと血を地面に垂らして。

 

「……血だよな……これ」

 

 そう日向の傍にあった液体を指でとって、夜空は状況を飲み込み始める。

 

「……理科……お前!!」

「もし僕の推理が外れていて、これが人殺しになるのならそれでも構わない。だが僕は知りたい、一人の科学者として」

「……はぁ? なに……言ってんだ」

「とにかく離れてください兄さん。あなたは僕達が保護する。だから」

 

 未だに、理科が言っている言葉がわからない。

 日向から離れろ。自分達が保護する。

 一体全体、なにがどうなってそうなるのかがわからない。

 状況を飲み込みながらも、未だに気が動転している夜空。

 

「……説明しろ、なにが」

「いいから、今はただ従ってください。逆らうなら無理やりにでも」

 

 と、理科が夜空に手をかけようとした瞬間。

 隣で、小さく砂の音が鳴った。

 ぴくりと、何かが動く音がした。

 夜空は瞬間的に日向を見る。そして理科も、その光景を目を凝らして睨む。

 何発か銃で撃たれたはずの日向が、少しではあるがぴくり……ぴくりと指を、手を、身体を動かす。

 そして、むくりと人形のように……その少女は立ちあがる。

 

「ひ……日向?」

「やっぱり……あなたは!!」

 

 動揺する夜空、そして叫ぶ理科。

 その二人の視線の先にいる。撃たれたはずの日向。

 銃で撃たれながらも立ちあがる。そして日向の瞳の色が、金に変化する。

 その少女の目を、夜空は知らない。

 

「お、おい……なんで?」

「……まったく。予定時刻より若干早い所を見ると。やはりは"天才"か」

 

 そう、日向は褒めているのか、それともバカにしているのか。そう理科に向けて口を開いた。

 まるで何もなかったかのように立ちあがった日向。そして撃たれた傷が……たったこのわずかな間で"再生"していた。

 この光景を見て、夜空は絶句する。

 

「あ……あぁ……」

「さてと……私の夢の始まりだな」

 

 そう呟いて、日向は笑みを浮かべた。

 

「……お前は……何者だ!?」

 

 そんな彼女に向けて、理科は叫ぶ。

 己の理論を超えた存在を目の前に、怒りをむき出しにする。

 

「メールは送ったはずだ。君の思っている通りの存在だよ」

「っ! 兄さんから離れろ!!」

「悪いがそれは……出来ない相談だ!!」

 

 そう言って、日向は呆然としている夜空の手を引っ張り、理科をすり抜けた。

 その間に理科は、日向の足を銃で撃ち抜く。

 

「ぐっ!」

「日向!」

 

 よろける日向。

 瞬間的に再生するが、それにもタイムラグがある。

 理科はそこを狙って、銃で日向を撃つのだが。

 

「なにも、移動方法は地上だけではない」

「うお!?」

 

 そう啖呵を切ると、日向は夜空をお姫様だっこする。

 そして日向が、金色の瞳を天に向けると。

 その背中から、綺麗な白色の翼が生えた。

 もはやここまできたらなんでもあり、日向は夜空をだっこしながら空中に逃げる。

 

「は……はぁ!?」

「せっかくだ。空を自由に飛んで行こうぜ」

 

 仰天する夜空に、日向はそう声をかけて空を舞った。

 その彼女に対して、理科は驚愕と怒りの感情を向ける。

 

「ぐっ……。あんなものが、僕たちの住む世界にあってはならない……。あってはならないんだこんちくしょうがぁぁぁ!!」

 

 その叫びが、広大な空に響き渡った。

 そして少年の運命の歯車が、大きく周り始める。。

 調和が崩壊する。一人の少年を想う、一人の少女の夢によって。

 

 ――この瞬間、最初にして最後のストーリーが幕を開けた。




最後のキャラクター、生徒会長である日高日向のストーリーとなります。
すいません、現在も書いている最中なのですがまだまだ長くなりそうなので一旦ここで分けます。本当は全部続けて載せてもよかったのですが、ひょっとしたら合計で30000字は超えそうなのでそれはさすがに長すぎるかなと思い、上下で分けることにしました。
はがないアナザーの最後を締めくくる大ボリュームの話となっておりますので、是非ともよろしくお願いします。

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