だから農家だつってんだろ! 作:一般通過魔法の水
目を覚ますと、そこはミレニアムの保健室ではなく自宅だった。
「え?」
時計を見ると深夜1時25分を指している。つまりあれだ。
「ミレニアムへ行ったのも、トリニティやゲヘナに行った事すら夢だったと……これがぬか喜びってやつ?」
だとすればとんでもなく恥ずかしい。
や、恥ずかしいどころかあんな夢を見たって事は、つまりそれだけ私が緊張に駆られているという証左であり、同時に失態を犯す可能性が高いという証でもある。
失敗しようが流れで上手くいってほしい。なんならもし駄目だったとしても、きっとそれはネット小説で、あとがきでどうでもいい言い訳を並べてくれているだろう。そんな甘い発想と現実から目を背けるための妄想の産物があの夢と考えると、ずいぶん青い。
「どうせ自分は他の人より上手くできませんよ」といった内容の子供じみた言い訳を、まさか夢を介して行うだなんて。その発想力をもう少しクリエイティブの方で活かせないものだろうか。
「ああもうこれ以上考え込むんじゃないってば、それより何か来てないかな? こういうときは手紙を読むに限るもの」
二階の自室から一階の店に降りていって外に出ると、すぐに玄関近くの郵便ポストを開ける。
ポストの中には、ネガイ先輩からのお手紙がぐしゃっと潰れて入っていた。忙しいから雑にねじ込んだんでしょたぶん。
「──こっちは元気にやってる、ねぇ。やっぱ相変わらず向こうでも人助けをやってるのかな」
私の方が助けてほしいのにって弱音がこみあげて来る。
「ああもう私、そんなだから緊張するんだっつうの! 弱音を吐いてる場合じゃない!」
けど、本当に?
「……うああぁ、考えんなって! しかたない、気晴らしに時間なんか気にせず出掛けてやる!!」
ポストに立てかけられていた銃を部屋に入れ、睡魔に抗いながら身支度をして、先輩が冷蔵庫に置いてった妖怪MAXを一本だけ取り出して開ける。
飲みなれない味の液体を流し込みつつどこへ行くかも決めずに勢いよく家を飛び出すと、不意に森の方から物音が聞こえた。
「な……なに……?」
イノシシか或いは熊か。それとも別の何某か。
「あれまあ、出て来た出て来たあ」
害獣ではなかったが先輩だった。
「──へっ?」
いやおかしいだろ、と心の中で叫ぶ。
先輩は、確かとあるゲーム会社の本店でバイトしてたんじゃ…?
「バイトはどうしたんですか!?」
「あーとねえ、社長が里帰りしといでって追い出してきたんだよお」
「うっそだろおい!! もしかしてなんかやらかしたんじゃねェだろうな?!」
「むしろ本部とゆーか本店?での売り上げはあ、ボクの入る以前の10倍くらいに増えたよう?」
「おい重要な要、何しに来たんだ重要な要がこんな所に! 早く帰れよ怒られるだろうがこっちが!」
「無理だなあ本当に無理ぃお前を撫でころすまで帰らないいあぁー↑」と、爆発寸前の猫飼いのような口調で化物というかバカ者が迫って来る。
好きな相手には異性や同性問わずなんなら上下関係なんかも気にせず突撃して愛でる一方、こんなくせしていちおう先代の復興委員でもある彼女は、興奮の鼻息をフスンと漏らして天高く拘束した私を持ち上げる。
たかいたかいの構図でどうするつもりだと警戒すると、ふと降ろされた。
何がしたいのかまったく分からない。しかもそのまま寝た、綺麗にうつぶせになって。
「おい、マジ寝?」
このままここで寝られると確実に騒ぎになるから、さっさと家に匿わなきゃ。
さて寝たふりで我が後輩のテリトリーに入れてもらえたのはよいが、こっからどうしようか。
少女はそんなことを思っていた。
久しぶりの町。久しぶりのスタクセル学園。どこをとっても以前と変わらない島の景色は星片ネガイという少女にとって、あんまりにもつまらない。
いや決して、決して彼女に地元を悪く言おうというつもりはない。ただある問題を解決するうえで、今の学園と自治区の停滞の影響はとんでもないのである。
(…このままだと理由もなしにホっちゃんが色々後悔するしい、そんでもって彼女はミスしまくりい…最終的に病んで非行かなあ)
つまらない=自分のせい。
そう考えがちな後輩を持つネガイにとって、此処の発展の無さは当の後輩たるホシの精神的成長の無さに直接つながってしまう非常事態。
実際、学園へ向かう途中に、櫛見から『ホシが無計画にも外部への事業展開を始めようとしている』との連絡が入った以上、介入は必要不可欠とみて相違ない。
相違ないのだが──────
(こっから先のことをお、なーんも考えでながったなあ…。)
それはそれとして計画性はゼロである。
星片ネガイにとって困っている人を手伝うことは呼吸と同じであり、故になのか「計画」という二文字が脳内辞書に登録されていない。
入学してすぐに復興部を持たされ、はじめは前任が逃げた(?)らしい古民家を自力で新築さながらに修復し、云われるがまま流されるがままに納屋を建て───などなど。
大小さまざまな頼み事をこなして、時には専門知識が必要なものですら設計図ありきとはいえ製造あるいは開発し、それを単独で、しかもほぼ手作業で大量生産する離れ業を見せた、少なくとも『農業部の抱きかかえ部活の初代部長』というより職人。
そんな彼女の計画といえば、人の話をジャーナルという『メモ帳』の様なモノにざっとまとめたりだとか、「〇〇が足りないから××を大量生産しようかなあ!」だとか……とにかくそういった雑なものばかりで、須加からも『掃除は上手いがてきぱき動く事が下手、櫛見のヤツでもまだ賢いぐらいだ』とぼろくそに突っつかれる始末。
つまりどういうことか。
ガバチャー大感謝祭、開幕
「ぐぅ~…(とりあえず寝たふりで時間稼ぐかあ)」
「ああくっそ、重テェな! マジでなんでこんな…こんな寝るかねすぐに!!」
酷い言われようだがガバチャー大魔神には響かない。初めて出会った頃の須加による老害仕草で鍛え上げられたメンタルに、もはや体重云々のディスは通用しないのだ。
「しかも、なんか、階段で頭ぶつけても起きないって、イカレてんだろ?!」
「ん、くぅ~……」
ここで「私とおんなじ無計画ヤローが!」とでも宣えばまだホシに勝機は有ったろうに、しかし彼女の善性ゆえか、それとも単に思いつかなかったのかまたしても空振る。
(とりあえずここぞってタイミングで抱き着いて、一緒に日が昇るまでぐっすりっていうのが一番良さそうかな?)
一方のガバチャー大魔神はというと、珍しく辞書に無いはずの「計画」を立てた。
誰かから抱きしめてと頼まれたことは一度もなかったけどそれはそれ、猫は一度追いかけた覚えがあるから最悪逃げられてもどうにかなる。あとの困りそうな点は全て
そして本当になんとかなった。
「ほい捕まえたあ」
「あっ、おい待てどうするつもり──」
その抱擁は、ただの抱擁にあらず。
「あ、ちょっとま、あの、おい!?!?」
「ぐるりんぱっとお」
「ううぇおッ!?」
デスロールをご存じだろうか。
デスロールとはワニのある種十八番で、
「ぐえ!」
カメの首が引っ込むような目にもとまらぬ速さをもって、ホシは回りながらベッドの掛布団の中に吸い込まれてゆく。
数分ほど掛布団が荒ぶったのち、ひとり満足気なネガイが飛び出す。
やはり私は上手くやれるとでも言いたげな表情のまま、パーカー姿のシルエットは降りていった。
■□■□■□■
ホシの朝は早い。
太陽が昇ると同時に跳び起きた彼女は、まず今日の予定を確認する。
「…うん、今日で合ってる。昨日はおかしな夢を見た気がしたけど、まぁ気のせいかね」
「な~んが変だてえ?」
「うわあぁ!?!?」
気のせいではなかった。昨晩の事をおぼろげにしか覚えていないホシにとって、決して居るはずのない先輩が、さも当然といった表情で階段から顔を出していた。
予定とはかくも予測不能であったのか。
今日の計画が組み立てようとした矢先に崩れた後輩に対して、後輩を驚かせたばかりの先輩は「ベーコンサンドイッチあるよお」とだけ伝えて下の階に戻っていく。
状況を飲み込めないまま服を着替えたホシをよそに、半目というか半眼をしたこの民家の元主は今日も今日とて自由奔放に振舞う。
この状況は二人にとっての「日常」に最も近い。
村田ホシが振り回され、星片ネガイが振り回す。ついでに大仕事の依頼やはちょっとしたお願いをされたのなら、この空間と自治区は全盛期に戻ったといえる。
依頼は様々で困りごとも十人十色、故にこそ非日常は常に存在する。
日常へと戻ってはまた非日常が起き、時折非常事態もある。そんな島だからこその特徴もある。
外に売り込むのに躍起にならずともよく、ただしっかりとやるべきことをこなせばよい。
それだけでこのスタクセル学園は成長と躍進とを繰り返し、果てに三大校をも追い抜くだろう……というのが此処の生徒達の曰くらしい。
もっとも、問題は曰くを知らない生徒がたった一人だけ存在しており、なおかつそれが今の復興委員の "長" であるという事だろう。
知らぬが仏の裏事情ならともかく、誰もが知る常識を知らないとあらば大変だ。
まして現復興委員会のリーダーとしての自覚が無く、しかも委員会の存在理由や存在価値に疑問を抱いている人物なのだから。
「…なんですか先輩。」
「ああ、いやあ、なんというか焦ってるんじゃないかと思ってねえ」
───彼女の心が休まらないのは、ある意味で当学園にも責任はあるでしょう。
いつかの日のネガイに生徒会長が言い放った言葉もまた、ホシの不要な焦りをより悪いものへと変質させる要因であった。
ホシがこの自治区において何をつまらないと見做すのか。彼女はこの自治区に活気が無い時期の殆どを、全くもってつまらないと見做す。
つまり代わり映えのしない、いわゆる世間一般だと日常の範疇として扱われる状況を、決して楽しめないのだ。
これは一見するとただの小さな悩みにも思えるが、道端のゴミをずっと放置しておくだけでゴミの怪物が現れるスタクセル島では、なんと自殺願望に等しい危険信号である。
もし日常に飽きてしまえばどうなるか。すごい軽いノリで色彩が大量に現れるかもしれない。
もしくは憂鬱さに引き寄せられて、もっとろくでもない存在が現れるかもしれない。なんなら「朝起きたら無名の司祭とカイザーと花鳥風月部とゲマトリアと聖4文字の五つ巴が起きてました」くらいは余裕で有り得る。
よって、これから二人がすべきことは一つだけ
目的を入れ換えること。
平穏に怪物を見出してしまうのなら、その怪物を存在しないと理解できるまでの間は応急処置をせねばならない。そしていつかは理解しなければならない。ここまでをしっかりと把握した逃げてない方の前任者は早かった。
(この子は理由が無い訳じゃない、誰かの夢をかなえようとしてるんだ。)
復興委員会たるもの、誰かの夢を代わりにかなえるのも仕事の内。
ホシは入学早々押し付けられた身でありながら無意識にも、そして懸命にも仕事をこなそうとしている。
だが、たまたま安定して機能が働いている学園を見て、ありえない可能性と疑心暗鬼が湧いて出たのだろう。
いつかまた何かあるかもしれない。もしかすると嵐の前の静けさかもしれない。どんな事を考えているのか全然分からないにせよ、おそらく良くない妄想に囚われているに違いない。というか絶対壮だ。
ならば、置き換える目的は楽しい内容の方が良い。
「アオハルはいいぞう、友達同士で旅行に行くのも素晴らしいしい、そうだ都会だったっけえ。どうせ向こうに出かけるのならあ、都会デビューとでも思っとけい」
「えっ急になんすか」
「いいから黙って聞けえ」
どうせ失敗にもビビってんだろ、だったら全部ついてってやる。
トリニティは陰湿ないじめが起きがちだがお前の銃は物騒過ぎるから問題ない。ゲヘナも同様でミレニアムは面白いぞ、コネ持ちが保証してやる。
といった内容をベラベラと喋り倒して、コーヒーを一口だけ飲む。
「なんで全部知ってるんです?」
「顔に全部出てるからなあ? 順番に並べるとミレニアム、トリニティ、ゲヘナだろう?」
「キッショ! 顔だけでわかりすぎだろ!!」
「酷いねえ?」
まあいいかと呟きながらサンドイッチにかぶりつくと、ホシも同じように豪快に食らいついた。
出発当日の今日、誰も背負わせていない責務は無くなって。
「…ぶっちゃけ今もこわい?」
「いや、なんか遊びに行くみたいでワクワクしてきました」
「最高じゃん~、ブラックマーケットの美味しい鯛焼き屋さんをお、今度教えたげるねえ」
「ブッ……!?」
ホシは少しだけ前を向いた。