「――行ってきます」
背を向けたまま、緊張を漲らせたしろはの声に、努めていつもと同じように問いかける。
「遅くなるのか、今日は」
ぶたれたような勢いで身を震わせた孫娘は、こちらを向かないまましばし黙りこくり、
「…………帰らない、かも」
短くそう言った。
「……そうか」
よく言い切ったものだ、と感嘆する。それ以上は付け加えず、ワシは自ら背を向ける。
ほどなく、玄関の引戸がやかましく開けられ、勢いよく閉められた反動で指1本ほど隙間を覗かせる。
その隙間から、隠していた古いトランクを引き出すしろはの姿と、
「……!」
ここまで届くほど大きな、息を飲む音が聞こえる。
隠していたはずのトランクの車輪に油が差され、昨日とは段違いに軽快に回るのが余程驚きだったのだろう。
しろはは僅かの間立ち尽くしていたが、首を振り――殆ど音を立てず庭を駆けていった。
そこまで見送ってから、ようやく、長い、長い溜め息を漏らす。
行き先は本土の羽依里の所だろう。しろはも、一夜を共に過ごすのが何を意味するか分からぬ年でもあるまい。むしろ、島の小僧共に手をつけられなかっただけ、よかったとさえ思える。
物思いのまま歩き、気がつけばしろはの部屋の前まで来ていた。なぜか扉が開け放たれた部屋は主がいないせいか、隠し事など何もないと言わんばかりの清々とした雰囲気で、机の上に置いていたポチ袋も姿を消していた。
苦笑する。
孫娘の誕生日祝いが金とは風情も何もないが、今日の道行きには一番役立つだろうし、島の雑貨屋や対岸の店程度では、手に入るものもたかが知れている。
まさか、漫画本で喜ぶ歳でもあるまい。
本棚に並んだ、日焼けした背表紙の漫画にめをやる。この狭い島からでも、画面越しに世界中の物が買える。遠い未来には、漫画のようなそんなこともあるかも知れないが。
仏間にいくと、しろはが点けたのか、まだ背の高い線香が煙を引いていた。朝に汲んだ麦茶のコップが汗をかいている。
蒸し暑くなった。
しろはが産まれた日も珍しく晴れて暑い日だった。お
写真の中の、娘と目が合う。
瞳よ、さぞおかしかろう? 孫の誕生日が始まって早々、家に一人きりにされ、所在なくうろうろする老人の姿は。
心の中だけの問いかけに、愛娘は声を立てるように笑ったまま、静かなままだ。
「……そろそろ、
誰に聞かせるわけでもなく呟き、納戸に足を向ける。
※pixivにも掲載しています。