風邪をひいたのみきと過ごす1コマを描いた、サマポケRB・野村美希ルートのアフターストーリーです。

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※サマポケ本編程度の全年齢対象になっている……はずです(笑)



 

 ――サプライズというものは、そうそう上手くはいかないものらしい。

 彼女を驚かせようと事前に連絡もせず、勢い任せで島へ来てみたら、肝心なのみきは風邪で伏せっているという。

 黙って帰ろうか迷った背中をどつかれ、のみきの暮らす宿舎まで連行され。ドア越しに辞退しようとするのみきを「未来の旦那にいま甘えないでいつ甘えるのよ」と一言で打ち切った蒼に押しこまれる形で、

 

「よ、よぉ」

 

 俺はのみきと、気まずい形で顔を合わせることになった。

 

「す、すまないな、せっかく来てくれたのに」

 

 想定とは違うサプライズで顔を合わせたのみきは、寝床で、上半身だけ体を起こしていた。

 パジャマ姿の小さな身体をさらに縮めてそれだけ言うと、すぐに顔を壁に向けてしまう。

 疑問が浮かぶ前に、部屋の中に押しこめたような咳の音がする。俺にうつらないようと配慮してくれたのだろう。

 それでも俺は、のみきの真横まで近づいて座る。お見舞いにもならないが、せめてと思って買った、スポーツドリンクの大ペットボトルと紙コップを隣に置いて。

 のみきも、俺の接近を断ろうとはしなかった。

 

「情けない。見回りでちょっと油断してたら、この通りだ」

「見回りって、この寒さでも脱ごうとする奴がいるのか」

 

 島まで来る道のりを思い出し、俺は身震いする。夏から秋は、空を見上げ、海鳥の行方を追っていた船の上も、いまは厚手のコートを着込んでも歯が鳴り出すほど寒かった。

 

「さすがの良一も今は、な。まぁ、みんなに会いたい、私の趣味のようなものだ」

 

 そう言ってワニのぬいぐるみの傍に置かれた水鉄砲に手を添える。

 

「食事は? 取れてるか」

「大丈夫だ。しろはが持ってきてくれたものを食べて、薬も飲んでいる」

 

 台所に首を向けると、ガスコンロの上に、笛吹ケトルと並んで、小さな鍋が置かれているのが見えた。

 

「島のみんなは優しい。両親がいようが、仕事でいないと思えば、心配してこんな離れまで来てくれる」

 

 目を閉じて、いつものようにほほ笑んでくれる。

 瞼の裏に、数か月前の、成功した方のサプライズを思い描いてくれているんだろうか。

 そういえば蒼も、鍵も確かめずにこの部屋のドアを開けたなと思い出す。鏡子さんのところと同じで、この島では家に鍵を掛ける意味なんてないのだろう。

 と、感傷に浸っていたら、のみきが不意に俺をジト目で睨んできた。

 

「とはいえ。鷹原の場合は、来てくれるならひとこと言ってほしかったぞ。会う前に、もう少し整えたかった」

 

 こんなぼさぼさで……と髪を撫でつけ、いつものヘアクリップを髪に留めると、のみきは鼻をこする。

 その仕草だけでも来た甲斐があったよ、と感謝したくなるほど、可愛らしかった。

 

「そうするよ」

 

 が、大好きなその顔も、いまは照れとは違う色で頬が赤く見える。

 

「鷹原。せっかく買ってきてくれたし、それ、飲ませてもらえないか」

「あぁ」

 

 半透明のドリンクを白い紙コップに注いで、のみきに手渡す。

 まだ十分に冷えていたそれは、一息で飲み干される。

 空になったコップが俺たちの間に置かれたが、俺はそれを眺めたまま、口が重くなってしまう。

 

「……どうした?」

「せめて話だけでもしたいなと思ったんだけど……かえって具合悪くしちゃうんじゃないかと、心配で」

「そんなわけあるか。せっかくここまで来てくれたんだ、私の話し相手になってくれ」

 


 

「鷹原は、今日はなぜ島に?」

「あぁ。学級閉鎖で、急に予定が空いたんだ」

 

 インフルエンザの流行で何クラスも学級閉鎖が告げられ、その影響で各部活も活動中止。どうせあったところで筋トレぐらいの予定だったけど、家で時間を持て余しているうち、ふとのみきの事が気になり、船に乗ってしまったのだ。

 だから、風邪の話を聞いたときには、まさかと思った。

 

「そうか」

 

 のみきは目を閉じ、短い言葉でただ頷いてくれる。

 それだけで、心に暖かい満足感が広がっていく。

 

「そういう時に地元にいると大変なんだよ。同級生がみんな敵扱いしてくるから」

「敵?」

「見せろ見せろって言われて、写真……見せちゃったから」

「なんの?」

「か……彼女の」

 

 立場が逆だろと思いながらも、その単語を口に出すのが恥ずかしく、俺はうつむき上目遣いにのみきを見る。

 半開きにした唇をふるふる震わせ、見る間にのみきが、風邪とは違う意味で真っ赤になった。

 

「へ……変な写真は出していないだろうなけほけほけほっ!」

「大丈夫か!? 心配させてごめん、みんなで取った集合写真で、指さして教えた感じ」

 

 思わずのみきの背をさすりながら答える。

 そして、驚く。

 パジャマ越しでも、手のひらに感じるほど身体が熱い。

 

「のみき、熱いぞ。本当に無理してないか?」

「だいじょうぶ、平気だ。ずっと布団にもぐっていたからだ」

 

 嘘ではないと思う。でも、瞳はぼんやりとして、どことなく潤んでいるように見える。

 本当に俺は何をしに来たんだ。未来の旦那は言い過ぎにしろ、苦しむ自分の彼女に何かしてあげられることはないのか。

 部屋を見回す。

 

「何かできることはないか。しばらく時間があるし、部屋でもあっためようか」

 

 俺は火が消されているだるまストーブに目をやる。灯油が切れたら外に出て入れ直さなきゃいけないし、何より火をつけたまま眠り込んだら危ないからだろうか。

 

「平気だ、これのおかげで、布団の中なら十分汗ばむぐらいだ」

 

 のみきが体を傾け、布団の中に手を伸ばす。

 その仕草は普通なのに、軽く空間が空いた胸元につい目が行ってしまい、慌てて俺は視線を布団に逃がす。

 ほどなく、表面が波打ったオレンジ色のボールのような何かが引っ張り出されてきた。

 

「湯たんぽか」

「乾燥もしないし、冬場はこれに限る」

 

 胸に抱え、自慢げに笑う。

 

「のみき、実際に汗かいてないか」

 

 そののみきに向かって、俺は問いかける。

 髪の乱れは、枕につけていたせいかもしれない。が、パジャマのしんなりした感じは、寝汗のせいじゃないだろうか。

 

「おっと、そうだった。蒼と押し問答していたせいで忘れていたが、ちょうど着替えようとしていたんだった」

「悪い。邪魔してたんだな」

「湯たんぽのお湯もぬるくなっているし、体を拭くのにちょうどいい……」

「ふ……拭く?」

「ん? 何かおかしいことを言ったか鷹原? 着替える前に汗を拭くのは当たり前だろう?」

「お、俺部屋出て待ってるから!」

 

 言い終わりを待たず、俺は即座に腰を浮かす。彼氏とは言え、これはさすがに居ていい状況じゃない。

 

「待って!」

 

 が、駆け出そうとした俺の袖を、のみきが掴んだ。

 

「ひとりに……しないでほしい」

 

 引かれる。

 予想していたより強く、体が引き寄せられそうなぐらい、袖が引かれる。

 その表情に、前に聞いたのみきの過去がよみがえる。

 病院のベッドの上。熱を出して両親を呼んでいるのに、ずっとひとりぼっちのまま。

 どんなに心細かっただろう。寂しかっただろう。

 程度は違えど、俺が来たことで気が緩み、その時のことが頭をよぎってしまったのだろうか。

 

「わかった」

 

 伸ばされた腕に触れ、俺はのみきに向き直る。

 

「湯たんぽのお湯を体を拭くのに使って、入れ替えるんだな」

「あぁ。だから申し訳ないが、風呂場から洗面器とタオルをもってきてもらえないか」

 

 指示されるまま、俺は浴室に入り、なるべく余計なものを見ないようにしながら言われた品を取り出す。

 耳をすますと、どこか、戸棚を開ける音がする。着替えを自分で出しているのだろう。

 正直、助かる。

 さすがに俺も、下着を出してくれと頼まれたら、心が正常でいられるか、かなり怪しい。


「これでいいか」

「ああ」

 

 頼まれた品を目の前に置き、流れで湯たんぽを受け取り、お湯を洗面器にあける。

 穏やかな湯気を立て、ほどよい温度のお湯が中に満ちた。

 

「ありがとう」

 

 指を入れ、温度を確かめたのみきがタオルを浸す。

 

「ふ、拭いてる間はむこう向いてるから」

 

 当たり前のことを口にして、速攻でのみきから背を向け目もつぶり、念のため手で覆う。

 ――だが俺は即座に、自分のうかつな行動を呪うことになる。

 

 しゅる……

 ちゃぽ……

 じゅぶぶぶぶ、ぽた、ぽた

 ……さぁ、さぁ……

 

「(おおおおおっ……)」

 

 視覚がなくなった分研ぎ澄まされた聴覚が、のみきの動作のひとつひとつをクリアに伝えてきて、まぶたの裏にクリアな絵柄が投影されていく。

 健全な男子高校生の本能として、これはやばい。ほんの1メートル以内に素肌の彼女がいるのに、耳で聞くだけ。生き地獄と言っていいんじゃないだろうか。

 

「鷹原」

「ひゃいぃっ!?」

 

 妄想が聞かれたような気がして、俺は前転せんばかりの勢いで飛び退き、目を開ける。

 午後の光が満ちた部屋は眩しい。

 

「お、驚かせてしまったか」

「いや問題ない。ちょっと考え事をしていた」

「頼みたいことがあるんだが、ちょっとこっちを向いてくれないか」

 

 声に許可をもらった。

 なんだろう。

 意を決して、恐る恐る、俺は振り向いた。

 

「背中が拭きにくくて……頼めないだろうか」

 

 息を呑む。

 窓を背景に、顔だけこちらに向けて、のみきの白い背中があらわになっていた。

 上着は見当たらない。

 短くそろえられた髪からのぞくうなじから傷一つない背中のラインが、腰のあたり、下着まで見えそうなぐらいまでむき出しになっている。

 薄いレースのカーテンを漉された光が、触ってもいない背筋のやわらかさを、これ以上ない形で伝えてくる。

 生唾を飲み込む。

 いけないと思いながらも、俺はその背姿から、一瞬たりとも目を離すことができなかった。

 

「……鷹原?」

 

 のみきの声に、意識が現実に戻る。

 病気の彼女を、上半身裸のまま、冬の部屋で待たせる。馬鹿にもほどがある。

 声の震えを抑えられないまま、俺はのみきに聞き返す。

 

「あ、あぁ。このまま拭いていいのか」

「た、頼む」

「じゃ、じゃあ……」

 

 挙動不審な俺に何かを悟ったのか、のみきはそれきり何も言わず、顔をうつむける。

 俺はタオルを受け取り、温度を確かめ、慎重に裸の背に、濡れたタオルを置く。

 

「ふぅ……」

「(お、おぉ……)」

 

 安心して漏らしたはずの吐息でさえ、煩悩に毒された俺の耳にはなまめかしく聞こえる。

 

「(集中、集中だ)」

 

 肩。肩甲骨。背骨。腰。

 絶対に直接肌に触らないよう、慎重に小さい躰にタオルを滑らせる。

 触れてしまったが最後、何をしでかすか自分でもわからない。

 それでも、ちゃんと拭くためには目を離すことができない。いくら意識しないようにしていても、眼から脳を繋ぐ神経が自動的に全力を出し、その姿かたちを記憶のアルバムに焼き付けていく。

 

「おわったぞ」

 

 なんとかその言葉を発し、俺はタオルを洗面器に戻す。

 

「……」

 

 パジャマを手渡した方がいいんだろうか。

 

「みゃ」

 

 迷っている俺の前で、のみきから声がした。

 

「ん?」

「みゃえもして、いやにゃんでもない」

「……」

 

 ――動け、俺の脳。

 いま、俺の彼女の野村美希は、噛みながら何て言おうとした?

 

「(まさか……前……も?)」

 

 生唾を飲み込みそこね、俺はむせ返る。片手で口を押さえつつ、万一鼻血が出た時に備えてもう片手で鼻を強く押さえる。

 

「大丈夫か!?」

 

 そしてその不審な様子を、振り返ったのみきが、目を瞬かせながらばっちり見ていた。

 

「あ、い、いや、これは……その」

 

 猛烈に顔の温度が高くなる。

 それ以外も、いろいろと言い訳のできない状態だった。

 一言で言うと、恥ずかしくて死にたい。

 言い訳が言葉にならず、あわあわ口を動かす俺に向かって、ぽつり、のみきがつぶやいた。

 

「……鷹原は……その、私でも……欲情、してくれるのか」

 

 思考がスパークする。

 腕を胸の前で交差させ、けれども正面は向かず半身のまま、のみきが俺を見つめている。

 

「私は……た、たかはらがの、のじょむなら構わないぞ。夢の中では、しょうゆう関係でもあった……わけだしな」

「あ、あぁ」

 

 声が裏返っている。すぐにでも服をかけてあげるべき彼女を前にして、でも、俺は一歩も動けない。

 なぜなら、内なる獣に抗うだけで、精いっぱいだから。

 渾身の力をこめて、俺は自分の心に向かって叫ぶ。

 我慢しろ。

 キスで病気が移っても構わないし、うつったせいでここでのみきと枕を並べて寝込めるんだったらむしろご褒美だと悪魔が集団で囁いているが我慢する。

 

「な、なに言ってるんだ。まず病気を治すことだけを考えろ」

「そう、だな」

 

 沈んだような返事が耳に届く。

 ――何もしないのも、失礼か。

 のみきの声色に誘われるように、俺は。

 ……自分の耳を、むき出しの背中につけた。

 

「ひゃうん!」

 

 返ってきた可愛すぎる反応に、本能が暴発しかけたが、全身全霊で抑え込む。

 どくん、どくんという心音に混ざって、気管が狭まったような音がする。

 

「ひゅーひゅー音がしてる……のみき。まず今は休んでくれよ」

「……」

 

 無言のまま、のみきはパジャマを手に取った。

 でもその顔はさっきと違い、どこか満足げだった。

 笑って俺は、とどめの一言を口にする。

 

「そ、そういうことは、元気になったらきゃんぎゃえよう」

 

 噛んだ。盛大に噛んだ。

 こういう経験のない男子高校生に、最後までカッコつけるのは無理だ。

 

「そうだな。すまない、熱のせいかおかしなことを言った……ん?」

 

 いつものように笑い始めたのみきが、ふと片眉を吊り上げた。

 

「――すまない鷹原、コンロの上にあるやかんを、急いで火にかけてもらえないか」

 

 急に抑え気味になった口調に、俺は、のみきが敢えて口にはしなかった目的を察する。

 

「沸かしたら、これに入れてくれ」

 

 ずい、と手渡されたそれを体の前に抱え、俺は台所に向かう。

 

「だ、大丈夫なのか入れちゃって」

「問題ない。満タンになるまで頼む」

 

 念のためやかんの中に中身があることを確かめ、コンロを点火し、つまみを強火に持っていく。

 ほどなく、笛が鳴り始めたやかんをもちあげ、自分がやけどしないよう、俺は狭い注ぎ口に慎重にお湯を注いでいく。

 素手で触るには熱すぎるそれを、長袖の袖口で取り付け、完成したそれをのみきに手渡す。

 のみきは久々に手にした獲物の感触を確かめるように撫でていた。

 

「まぁ……この寒さではかえってご褒美になるかもしれないが」

 

 が、次の瞬間、狩人の表情が浮かび、のみきの目が怪しく光る。

 

「悪質な出歯亀には相応の報いを与えねばな」

 

 言い終わりと同時に窓が開き、ハイドログラディエーター改の銃口から入れたての熱湯が放たれる。

 同時に聞き覚えのある複数の男女の、本気の悲鳴がこだました。

 

「(南無阿弥陀仏……)」

 友人達の成仏を願う俺の傍らで、のみきは、その悲鳴が遠く聞こえなくなるまで、憑りつかれたように愛銃を乱射し続けていた。

 

「まったく!」

 

 頭から蒸気を吹き出しそうな剣幕で、肩を怒らせたのみきが寝床へ飛びこむように座り込んだ。

 

「その元気なら、すぐに治りそうだな」

 

 一連の様子に吹き出しながら、俺は今度こそ腰を上げる。

 このままいたら、せっかくの決意を翻してしまいそうだった。

 それでも名残惜しく、のみきの髪をくしゃっと撫でる。

 くすぐったそうに目を細め、のみきが穏やかな表情に戻ってくれる。 

 

「あぁ。明日にはちゃんと動けそうな気がする」

「またな」

 

 片手をあげる。

 切羽詰まったような気持ちも、今の騒動のおかげか、きれいさっぱりなくなっていた。

 いつでも来れる。いつでも会える。

 だから、何も焦ることなんてない。

 満ち足りた気持ちで、俺はのみきを見返した。

 

「――おや? まだそこにも残っていたか」

 

 そんなのみきが、妙な事を口走りながら、明後日の方向を向いていた。

 

「静かに応援してくれていああなたに、連中と同じ仕置きは酷な気もするが……」

 

 俺には何も見えないが、のみきの目には『誰か』がしっかり捉えられているようだ。

 まだ熱湯が残るハイドログラディエーター改の狙いも、ぶれることなく、しっかりとつけられている。

 

「この部屋の覗き魔という点で、変わりはないからな」

 

 口元を緩めたまま、スコープに目が合わせられ……そして、引き金に指がかかる。

 

「悪く思わないでくれ」




※pixivにも掲載しています

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