「レイヤちゃん」
「レイヤちゃん」
何か聞こえる。
「レイヤちゃん」
うるさい。一体なんなんだ。
眠い。放っておいてくれ。
「レイヤちゃん」
誰の声だろう。懐かしい。なぜかわからないけど少し泣きそうになる。
「レイヤちゃん」
......せん、ぱい?
「レイヤちゃん、起きて」
「っ......」
全身にくる激しい鈍痛で目が覚める。ピントが合わない視界を必死に合わせようと目をこらす。
次第に鮮明になっていく視界が写したものは。
「....な....に.....これ」
地獄、と形容するほかなかった。
周囲には大量の瓦礫が散らばっており、ひどい耳鳴りをかき消すような悲鳴が聞こえる。
まるでユメ先輩を失った時のようだ。
なんでこんな事になったのだろうか。
確か....古聖堂にいて.....先生を守ろうとして.....
「.....っ.......ぅ.....」
思い出した。僕は先生を助けようとして、柱の影に突き飛ばした。
辺りを見回す。でもそこに映るのは瓦礫だけで、先生の姿はない。
「....せ....ん....せ.....」
激痛に苛まれながら僕は立ち上がる。まるで自分の体じゃないみたいに重い。
先生を早く見つけないと。早く、早く。
「....っ....げほっ...ごほっごほっ.....」
激しく咳き込んでしまい、僕は近くにあった瓦礫にもたれる。口からはかなりの量の血が吐き出された。
おそらく、爆風で神秘が弱ってしまい身体に影響が起きているのだろう。
でも、そんなことはどうでもいい。先生を見つけないと。
僕は眼を使い、瓦礫まみれの中から先生を見つけ出す。近くの瓦礫の間に挟まっており、擦り傷や小さな外傷はあるものの、奇跡的に大きな怪我はないようだ。
僕は右手で瓦礫をどかし、間にいる先生を引っ張り出す。
「先生......無事....?」
「....ん....レイ、ヤ.....?」
先生はすぐに目を覚まし、辺りを見回して信じられない顔をしている。
「これ....は....」
「襲撃.....された.....っ....んだと....思う...」
体のあちこちが痛い。視界がたまにぐらつく。
「.....!!レイヤっ....その腕.....」
先生に言われて左腕を確認する。衝撃で破れてしまったのかアームカバーはそこになく、醜い傷痕と縫い目に加え、大きな火傷を負ってしまっていた。
指先から肩口までやられてしまい、満足に動かすことができない。それに左のお腹あたりも焼かれており、ズキズキと痛む。
「...どうりで.....動かないわけだ...」
まるで他人事のように僕は吐き捨てる。
一生ものの傷なんて、初めて受けるわけじゃない。
僕は手に力を込め、微かに指先が動くことを確認した。
「指先が動くから...大丈夫だよ」
「そんなこと....!!すぐ病院に....!!」
続きの言葉を紡ごうとした先生を遮るようにして僕は言う。
「それより先生だよ....とりあえず、ここから離れよう...」
「でも.....すぐにでも診てもらったほうが....!」
先生は折れようとせず、自身の安全より僕の体調を気にしている。どこまで行っても先生は先生なようだ。
「先生を安全な場所に運んだら....僕も病院に行くから....」
それでも先生は食い下がる様子を見せたので、僕は辺りを見回すように先生に促す。それに従った先生の顔がどんどんと険しくなっていく。僕以外にも大量の怪我人がいる事を理解したようだ。
「これは緊急事態.....これを治められるのは、きっと先生だけ....」
「....わかった....」
その言葉を聞いて先生は苦虫を噛み潰すような顔で納得してくれた。
「...先生。これ、持っておいて...」
僕はホルスターからM17を取り出し、先生に手渡す。
「え、これ.....」
「状況が状況だし...敵がどれくらいいるのかもわからない。僕は全力で先生のことを守るけど...それでも守れないかもしれないから、その時はこれを使って」
キヴォトスの人間にとってハンドガンの弾がほとんど効かないことはわかっている。それでも武器を持たない先生にとって気休め程度にはなるだろう。
先生は困った顔で返事もせず、ただ銃を見つめていた。
その時だった。
ドカアアアアアアアアン!!!
すぐ近くで爆発音が聞こえた。
「っ....!先生、伏せてて....!」
僕はXM7を構え、爆発音の方を警戒する。
土煙の中から現れたのは。
「これ....は....」
数十体、いや数百体は下らないであろう修道服を身に纏い銃を構えた生徒のようなもの。
数も凄まじいが、それ以上に僕は眼前にいる不可解な存在に恐れていた。
「うつ...らない....」
僕は爆発音が聞こえた直後から眼を使っている。僕の眼にはあらゆる物体や動物、さらには小さな空気の流れすらも視れる力がある。それなのに。
この人のようなものは、僕の眼に映らなかった。
「っ....!!」
話が通じる相手じゃない。僕はそう結論付け引き金を引いた。銃弾はそれに命中し、数発を頭に当てることで塵となって消えた。
倒せないことはないようだ。おそらくは実体のある亡霊のようなもの。ただ、数が多すぎる。この量を相手にするとなればキリがない。
これじゃ倒れるのも時間の問題。そう思っていると、別の場所から放たれた銃弾が亡霊を貫いた。
「きえええええ!!!」
「先生、無事でしたか!!」
そう言って姿を現したのは2人の少女だった。黒を基調とした制服に赤のラインが入っている。1人は大きなスナイパーライフルを、もう1人は2丁のショットガンを構えている。
「ツルギ!!ハスミ!!」
少し離れた瓦礫の側から先生の声が聞こえる。どうやら先生の知り合いのようだ。
「あなたは....どこの生徒ですか?」
ハスミと呼ばれている生徒が僕の方を見て言う。
「いろいろあって先生の護衛をやってる。それよりもこの状況、どうする?」
僕はさらに迫り来る亡霊たちに銃弾を叩き込みながら言葉を返した。
「このままだと消耗していくのみ....せめて、先生だけでも...」
その刹那、亡霊の後ろからリーダーと思わしき少女が顔を出す。
「.....追いついた。聖徒会の複製も確認」
赤いヘイローに短く切り揃えられた黒髪、ランチャーを装備した少女は淡々と言葉を口にした。
「条約に調印が為された......それに、人形との取引もうまく行ったみたいだね。アツコ」
おそらくはあれが襲撃犯。僕は眼を使いながら少女を撃とうとするも、亡霊が多すぎて射線が通らない。
その間もどんどんと押し寄せてくる亡霊に、僕たちは少しずつ疲弊していった。
「このままじゃキリがありません....!」
この状況をなんとかしようと口を開いたのはハスミだった。
「せめて、先生だけでも....」
そう言葉を続けた直後、どこからか轟音が鳴り響いた。
ズダダダダダダダッッ!!!
超高密度の弾幕の嵐によって亡霊が一掃される。そうして切り開かれた先にいたのは。
「....空崎....ヒナ....」
ゲヘナの風紀委員長、空崎ヒナだった。
「こっち!」
ヒナがこっちに向かって叫んでいる。おそらくは先生を逃がす為、退路を作ってくれたのだろう。しかし、彼女も頭から血を流している。先ほどあったミサイルの影響だろう。
「正義実現委員会、先生をこっちに!!今は時間がない!!」
ツルギとハスミは少しだけ考えた後、再び口を開いた。
「.....分かりました」
ハスミは瓦礫のそばにいる先生に向かって言葉を続ける。
「先生、私たちがここで敵を止めます。後はあの風紀委員長がきっとなんとかしますから、急いでください!!」
「ハスミたちは!?」
先生は置いていけないと言わんばかりの顔でハスミたちを見つめる。
「...私たちは、先生の退路を守ります」
ツルギと言われる少女が初めて奇声以外の言葉を口にした。
「はい。不快ではありますが....あの風紀委員長は、私たちがそうすると信じているのでしょう。確かに今は、それ以外に方法がありません」
「でも....」
「この事態を収束へ導けるのはきっと先生だけです。ここで先生が倒れてしまっては、本当に収集がつかなくなってしまいます!」
「護衛の方も行ってください、あなたと風紀委員長なら、先生を守り抜けると信じています」
ハスミとツルギは覚悟を決めたようで、先生と僕、ヒナの退路を守るためにここに残るようだ。
「....ありがとう。助かる」
僕はハスミとツルギに向けて感謝の言葉を口にする。
「構いません、それと、最後にあなたの名前を聞かせてください」
「...燐葉レイヤだよ。本当にありがとう」
「羽川ハスミです。また生きて会えることを心から願っています」
僕はその言葉を聞いた直後、先生を先導するようにして駆け出す。
「先生、ちゃんと掴まってて...!」
戦線から遠ざかり、姿が見えなくなる直前、
「2人とも.....!先生を、よろしくお願いします!!」
ハスミからの言葉が僕の背中を押した。
「...了解」
僕は小さな声でそう呟き、ヒナの元へと走り続けた。
「.....まさか、ここで共に戦うことになるとはね」
先生を下ろし、銃のリロードを済ませる。
僕が知っている中で抜けて強い人は2人。
1人はホシノ。
もう1人はゲヘナの風紀委員長である空崎ヒナだ。
考えうる限り最強の助っ人。これなら先生を安全な場所へと運べるだろう。
「燐葉レイヤ.....なぜあなたが......」
「私が頼んだんだ。嫌な予感がしたから」
先生が説明してくれたおかげで、ヒナは納得してくれたみたいだった。
「っ.....!」
ヒナも怪我をしているようで、度々顔を歪めている。
あのヒナですら無事では済まないほどの爆発だったのだ。先生が無事なのは奇跡と言わざるを得ないだろう。
「ヒナの怪我...ひどい」
医学の知識などないが、僕ですら軽症ではないことがわかるほどヒナは傷ついていた。
直後、ヒナが僕の姿を見て言葉を返す。
「それは....あなたもでしょ。それに、その腕.....」
「あー....気にしないで、ちゃんと戦えるし、元々こうだったから」
「それはどういう.....」
ヒナは理解できないと言った顔で僕の方を見る。
その時、僕の目が再び亡霊たちが向かっていることを感知した。
「ほら、また来たよ」
前方から50体はあろうかという亡霊の大群が押し寄せてくる。僕とヒナは先生の前に立ち、戦闘体制を取る。
「右をお願い、僕は左を」
「...任せて」
覚悟を決めた僕たちは、敵に向かって駆け出していった。
「っ.....まだ、来る....」
何体倒したのだろうか。それすら分からないほど敵を倒しているのに、全く底が見える気配がない。
「はあっ....はあっ....」
ヒナも僕も体力の限界を超えている。眼の力も途切れ途切れになってきており、こちらの限界も近い。
後ろを見ると、先生が僕たちを見守っている。
先生のためにも、後ろに下がるわけにはいかない。なんとしても道を切り開かないといけない。
マガジンを交換して、ふぅと短く息を吐く。再び敵を倒すために瓦礫の側から飛び出す。
しかし飛び出した瞬間、真正面から凄まじい速さで何かが飛んでくる。
まずい。避けられない。
ドガアアアアァァン!!
凄まじい爆音と共に僕は立っていた地面ごと吹き飛ばされた。爆風で数メートル先にあった車にめり込む形で僕の身体は止まった。
「ぁ.......っは.......け.....ほ......」
耳鳴りがひどい。まともに息ができない。苦しい。
「レイヤっ!!!!」
先生の声が聞こえる。内容までは聞き取れない。視界が端から狭まっていくのを感じる。
だめだ。意識を飛ばすな。
僕は残っている力で眼を使い、亡霊たちの間から出てくる4人の少女を確認した。
「...ひ.....な...」
立てないならせめて情報を伝えろ。僕はそう自分に言い聞かせて口を動かす。
「4....人......きて....る....」
「っ...了解、あとは任せて、あなたは少し休みなさい」
音が聞こえにくい。まるで水に浸かっているみたいだ。
すぐ、立って戦わないといけないのに。
先生を守らないといけないのに。
身体が言うことを聞いてくれない。
すぐに戦闘音が聞こえ始める。ヒナがあの4人と戦っている。
紺色の髪をした少女が指揮を執りながら正面でヒナと互角にやり合っており、少し離れた後ろから先ほど見た赤いヘイローの少女がランチャーで援護射撃をしている。さらに後ろから水色髪の少女がスナイパーライフルで隙を狙っているが、ヒナは一切隙を見せず前の2人を相手取っている。桃色の髪の少女は戦闘にあまり積極的ではなく、たまに援護射撃をする程度だ。
しかし、次第に押されているのも理解できた。ヒナは元々満身創痍。そうじゃなくても先生を守りながらというハンデを抱えている。限界が来るのは時間の問題だ。
余裕がなくなってきたのか、被弾が増えてきている。紺色の少女を相手にするのだけでいっぱいになってきている。
「次から次へと....っ!!」
痺れを切らしたヒナが遮蔽戦を駆使して接近戦へ持ち込む。そんなヒナの攻撃を紺色の少女は軽くいなしてみせる。
赤いヘイローの少女は戦っている場所にミサイルを撃ち込んでいるようだが、味方がいるせいか近くの瓦礫に命中している。
違う。何かがおかしい。
僕に当てた時の射撃はとてつもなく正確だった。その気になればヒナだけを吹き飛ばすなんて造作もないはずだ。
なのに、なぜしない?
「.......っ...は....!」
先程まで後方にいた水色の少女が別の場所へ移動している。おそらく戦っているヒナは目視出来ていない位置に。
まさか。
わざと外して、瓦礫を壊している?
もし、そうだとしたら。
もし、それにヒナが気づいていなかったら。
「...ヒ.........ナ.....っ.....」
やっと動くようになった身体を無理やり動かし、必死に叫ぶ。なのに口から出るのは銃声どころか風にすらかき消されそうな声。
誘い出されていることに気づいていない。
早く、伝えないと。
ようやくめり込んでいた車から抜け出した僕は、這いずりながらヒナの元へと歩み始める。
「だ....め.....だ....っ.....ヒ....ナぁ....!」
少しだけ声が出た。だけどまだヒナには届いていない。
どんどんと瓦礫が消えていく。もうヒナの身を隠しているものはほとんどなくなっていた。
そして、かろうじてヒナの身を隠していた瓦礫が崩れ去り、ヒナと紺色の少女の周りには砂のようになった跡だけが残った。
その瞬間、水色の少女が照準を合わせ、トリガーに指をかける。
「避けろおぉぉぉ!!!!ヒナぁぁぁぁぁ!!」
その願いが届くことはなかった。
放たれた弾丸はヒナの肩に命中し、ヒナはその場に倒れた。
「ヒ........ナ........っ......?」
頭が真っ白になる。
あの日と同じ光景だ。
まただ。また僕は守れないのか。
「トリニティとゲヘナの主要人物は全部片付いた。残りはもう貴様だけだ、シャーレの先生」
そう言いながら紺色の少女が先生へと歩み始める。
「....君たちが、『アリウススクワッド』?」
自分が自分じゃないような感覚に苛まれながら、僕はその会話を聞いていた。おそらくはこいつらがこの事態を引き起こした張本人だろう。
「ちが......ぼくは......せんせいを....」
正気を保つので精一杯な僕の心は、ようやくここに来た意味を思い出していた。
あの記憶を刺激され、今にも呼吸が乱れそうだ。逃げ出してしまいたい。
違う。それじゃあの頃の僕と一緒だ。無力で愚かな僕には戻りたくない。戻ることは許されない。
全身の痛みに耐えながら、僕は少女と先生の間に立つ。
「.....貴様、まだ動くというのか」
少し驚いたような表情で少女がこちらを見る。
立つしかない。弱い自分のまま生きるより、立ち向かって死ぬ方がマシだ。
「レイヤ....」
先生は「もう立たなくてもいい」とでも言いたげな顔をしていた。自分の命が狙われているというのに、先生は相変わらずのようだった。
「...先生、僕が隙を作る」
僕は銃を構え、戦闘体制を取る。
ヒナとの戦いを見てわかったことがある。
「たぶん、勝つのは無理だから、せめて先生が安全な場所まで逃げられるように時間を稼ぐね」
きっとこの少女1人ですら勝てない。ましてや4人同時に相手にするとなると数十秒持つかすらも怪しい。
「そんな...こと....」
先生は絶望したような表情で僕を見ていた。
僕は先生を心配させないように柔らかく笑う。
「にげて」
その言葉を最後に、僕は少女たちに向けて銃弾を放った。
かろうじて攻撃を交わしながら、僕は3人を相手取っていた。
先生は唖然とした様子で僕たちを見つめているばかり。
倒れた生徒を置いていかないのだろう。なんともお人好しな人だ。
あと何秒持つだろうか。あとどれくらいの攻撃をいなせるだろうか。
僕が倒れた時、先生はこの子たちに殺される。
「させない...守ってみせる」
スナイパーライフルによる狙撃をかわし、ランチャーの爆撃を避けながら紺色の少女と戦い続ける。
きっと長くは持たない。悪足掻きのような戦いだ。
「無意味なことを....!」
紺色の少女が距離を詰めて接近戦が始まる。少女の蹴りが繰り出され、僕は身体を捻ってそれをかわす。すかさず追撃が繰り出されるのを最小限の被弾で済ませ、ライフルで少女を狙う。
「っ...!」
眼で視えているとはいえ、多方面に意識を向けられるわけじゃない。
正面に集中し過ぎている。そう考えた直後だった。水色の少女が位置を変え、僕に向かって引き金を引いた。
遅かった。回避不可能だ。
「ぐ......っ」
弾丸は僕の足に命中し、貫かれてはいないものの大きく身体がよろけた。
その隙を正面の少女が見逃す訳もなく。
ダダダダダダダッ!!
「ごほ......っ......」
その銃弾のほとんどは僕の腹部に吸い込まれていった。そのまま地面へと叩きつけられる。僕の身体はもう言うことを聞いてくれなかった。
「全ては、無意味だ」
少女はそう言葉を吐き捨て、ライフルのリロードを済ませる。
全力で戦ったのに、少女はほとんど無傷だった。
「か....はっ.....げほ.....」
動こうとしても、ほとんど動けない。
僕は呼吸もままならないまま血液混じりの咳を繰り返す。
「レイヤっ!!!」
瓦礫の陰に隠れていた先生が姿を現す。
ああ。だめだ。先生。
こっちに来ちゃだめだ。
そう言いたいのに、喉から漏れるのは必死に酸素を求めてもがく咳と笛のような呼吸音だけ。
「貴様を守るものは消えた。あとは貴様を処分するだけだ」
少女が先生に向かって歩き始めた。
瞬間、僕は右腕で少女の足を掴む。
足掻きという他になかった。それでもやるしかない。
1秒でも時間を稼げば、誰かが先生を助けてくれるかもしれない。
「......そんなに死にたいのか、ならば楽にしてやる」
少女は横たわる僕の首を掴み軽々と持ち上げる。
「が.............ぁ........」
空気の通り道を潰され、反射的に手足がじたばたと動く。右手で掴んでいる腕を剥がそうとしてもびくともしない。
「我々キヴォトスの人間は神秘により並外れた力を発揮できているとされている」
「これほどの怪我を負い、この数の銃弾をまともに受けてもまだ神秘は貴様を守り切れるだろうか」
「やめて!!!レイヤが死んじゃう!!!」
先生が珍しく叫んでいる。頭に酸素が回らない。何も考えられない。
少女はライフルを僕の胸へ向け、引き金に指をかける。
「ぁ.........っ......」
ダダダダダダダッ!!
全弾が僕の胸に命中し、先ほどまで暴れていた僕の手足はだらんと力を失う。そのまま少女は手を離し、僕は糸の切れた操り人形のように地面に転がった。
「.....っ....」
痛い。痛い。いたい。
耳鳴りがひどいのに心臓がうるさい。もう手足がついているかもわからない。ノイズが走るような音がすぐ近くで聞こえる。
「貴様の負けだ。大人しく消えてもらおう」
再び少女が先生の元へ歩き出す。
止めないといけないのに、動けない。
動かないと先生が死んでしまうのに、身体の感覚がない。まるで意識だけがそこにあるかのようだった。
誰か、助けて。
先生を、助けて。
「レイヤちゃん」
声が聞こえた。聞き覚えのある声。忘れるわけがない、僕の目の前で散って行った声。
「こっちだよ、レイヤちゃん」
先生の方から聞こえる。
朦朧とした意識の中で、僕は心の拠り所を見つけてしまった。
となれば、後はそれに従うだけ。
「一緒に逝こう」
僕はされるがまま、その声が示した方向に進む。
先生が立っているところから聞こえたので、先生を身体全体で突き飛ばす。
その瞬間、世界がゆっくりになり、銃口が向いていることに気づく。
でも、そんなことはもうどうでもいい。
「よくできたね、レイヤちゃん」
先輩。連れて行って。
もう、疲れたんだ。
「いいよ。一緒に逝こう」
僕の視界には、失ってしまったはずの先輩が写っていた。先輩はにっこりと笑い、僕に手を差し伸べてくれている。
迷わずに僕は左手を差し出す。
ああ、ここにいたんだ。
先輩。
何かが割れる音が辺り一面に響いた。