守護刀と境界戦線   作:寝る子は粗雑

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炒飯

 多くの職員、隊員が籍を置くボーダー。

 これに対応して、ラウンジが設置されているがその一方で個人で食事を調達する者も少なくない。

 例えば、玉狛支部の落ち着いた筋肉が提供する料理は美味。

 例えば、冬島隊の世話焼きベビーフェイス。

 

 そして、隊員たちの間で別の意味で恐れられる料理がある。

 

 それこそが、A級隊員加古望が作る“炒飯”である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、とある日の事。

 竹叢雲助は、少々時間を持て余していた。

 真面目な彼は宿題をすでに終えており、それどころか予習復習も万全の状態。

 防衛任務なども入っておらず、本部に来たはいいもののやる事が無かった。

 個人ランク戦でもしようか。そう思い至り、荷物を纏めてから作戦室を後にする。

 

 その時の事だった。

 

「あら、竹叢くん」

「こんにちは、加古さん」

 

 出くわしたのは、加古隊の隊長を務める加古望。

 にこやかな笑みを浮かべ、彼女は竹叢の前に歩を進めてくる。

 

「丁度良かったわ。今、時間あるかしら?」

「え?あ、はい。大丈夫ですよ。個人戦ブースにでも行こうかと思ってた所でしたから」

「あら、それじゃあナイスタイミングね」

 

 両手を合わせた彼女の笑顔は、見蕩れるほどに美しい――――のだが、

 

「?」

 

 何故だか、竹叢のうなじの毛が逆立った。

 それは、言うなれば戦闘の中で磨かれた第六感。生き残る為の感覚。

 これがランク戦や防衛任務であったなら、一切の躊躇なくこの勘に従っていただろう。実際に生き残ってきた実績があるのだから。

 だが、今この場は違う。戦場ではないし、相手はお世話になっている人。

 結果として、うなじを撫でて逆立った毛を均し要件を問う事にした。

 

「何かご用事ですか?」

「ええ、そうよ。実は、今ご飯を作ってるの。その味の感想を言ってもらえる相手を探していたって訳」

「成程。確かに、料理は感想があると作り甲斐がありますからね」

「でしょう?という訳で、うちの作戦室に来てもらえる?」

「分かりました」

 

 料理を作る者として、加古の用件は至極当然の事。

 何故だか、警鐘が強くなった気がしたが、しかし竹叢は一体何を気を付ければいいのかが分からなかった。

 二人並んで廊下を行く。

 

「そういえば、竹叢くん」

「何ですか?」

「あなた、うちに入らない?」

「あはは……前に言った通り、お断りします」

「そう、残念ね」

 

 淡々としたやり取り。そして、この二人が顔を合わせるとほぼ毎回見られる光景でもあった。

 加古のコダワリなのか、彼女の部隊はイニシャルにKが入り、且つ彼女が見出した実力者を選出して組まれている。

 竹叢もそうだ。下の名前が雲助であり、Kが付く事から勧誘を受けた。

 尤も、その時には彼は既に冬島隊に所属しており、追い出されたりしなければこの話を受ける事もない。

 

「残念と言えば、アレもね」

「アレ?」

「二宮くんに弟子入りした事よ」

「あー、アレですか」

 

 加古の言葉に、竹叢は笑みを浮かべる。

 元々攻撃手として弧月一本でやっていた彼だが、冬島隊として動く中で思う所があり射手トリガーを入れることを決めた際の事だ。

 元々、太刀川経由で彼の知り合いとも交流があった竹叢。

 その中で、射手の隊員も複数居た。加古もその一人だ。

 弟子入りとなれば、丁寧に指導した事だろう。それは、加古だけでなく太刀川隊の出水公平も同じくである。

 だが、あろう事か竹叢雲助という少年は、最も厳しいであろう二宮隊隊長の二宮匡貴へと手土産を片手に直接お願いしに行ったのだ。

 紆余曲折アリ、竹叢は射手トリガーのノウハウを二宮に習う事になり、二宮は二宮で不器用なりに自分の弟子を可愛がる結果となった。

 

「正直な話をするなら、無謀な事をする子だと思ったわ。二宮くんってアレだもの」

 

 散々な言い様だが、加古は二宮の同期であり元同じ隊の隊員だった経歴がある。

 故に、二宮という男の為人をよく知っていた。

 良くも悪くもストレート。ぶっきらぼうで、不器用。鉄面皮がデフォルトで、オマケに歯に衣着せない物言いから冷酷な、或いは傍若無人な印象を覚える者も多いだろう。

 ただ、真っ直ぐに接すると分かるのだが、口が悪くとも二宮の毒舌は客観的な視点から見た確かな評価でもあるのだ。

 オマケに、彼は自分が認めるからこそ、認めた相手に相応の能力を求める。

 厳しさは期待の裏返し。

 

「そうですね……僕が知る中で、一番厳しく指導してくれる相手だと思ったからですかね」

「厳しく?」

「加古さんも出水さんも優しい人ですから。公私混同をするとは思いませんけど、無意識的にでも一番難易度の高い事をしようとしている時に手を貸してもらえると思うんです。でも――――」

 

 一度言葉を切る。

 

「僕は、一人で立てる力が欲しかったから。ですから、どんな難題を前にしても背中を蹴り飛ばしてでも挑ませてくれる様な、厳しさが欲しかったんです」

「……成程ね」

 

 竹叢の言葉を受けて、加古は頷いた。

 彼女も、それから名を挙げられた出水もどんな形であれ躓いた弟子が居たならば直接間接問わずに手を差し伸べてしまうだろう。

 一方で、二宮は上から目線に試練へと放り込むさまが想像に難くない。

 

 結果的に、竹叢の選択は吉と出た。それこそ、攻撃手から射手へと転向しても十分前線でやって行けるだけの技量を身に付ける事に成功していた。

 

 それから程なくして、二人の足は扉の前で止まる。

 

「さ、ついたわよ」

 

 加古が先導し、竹叢も加古隊の作戦室へと足を踏み入れた。

 瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、()()()()()

 片や、テーブルに突っ伏してピクリとも動かない。片や、椅子から転げ落ちるようにして横向きに倒れている。

 竹叢の方から顔は見えなかったが、髪型と背中で交流がある相手であるとは分かった。

 

(つ、堤さんと太刀川さん………?いったい、何が?)

 

 交流がある隊員の一人である堤大地と敬愛する師匠である太刀川慶だった。

 テーブルの上には、二つの皿が置かれそこに盛られたのは山型の米料理。

 

(炒飯……炒飯って、あんな色でしたっけ?)

 

 甘いニオイがする。しかし同時に、焼けた魚のニオイもする。

 意味が分からなかった。なまじ、料理が出来る分竹叢の脳が目の前の光景を受け入れる事を拒んだというのもある。

 

「それじゃあ、竹叢君。空いてる席に座って」

「あ…はい………あの」

「なあに?」

「つ、堤さんと太刀川さんはどうしたんですか?」

「ああ、二人?炒飯の味見を頼んだんだけど、寝ちゃったの。疲れてたのかしらね」

(絶ッッッ対違う……!)

 

 今更ながら、竹叢は己が死地に飛び込んだ事を理解させられた。同時に、先程まで鳴っていた警鐘が、そら見た事か、と言わんばかりに鳴りを潜めている。

 しかし、逃げられない。ここまで来て、言を翻して逃げ出すという選択肢を取れないのが竹叢雲助という少年であったから。

 とはいえ、死ぬと分かっていてもせめて心構えは欲しい。

 

「あ、あの、加古さん」

「ん?」

「ち、因みにどんな炒飯なんですかね?」

「それは……そうね。ホタテのバター醤油――――」

(あ、意外と普通――――)

「――――フルーツミックス炒飯かしら」

(どうして…………)

 

 竹叢は天井を仰いだ。

 おかしいのだ。真っすぐに進んでいたかと思ったら、四回転半捻りでも加えて地面に潜って空に飛び出す様なルートを辿ったのだから。

 前半は、まだいい。海鮮炒飯などもあるのだから、ホタテを入れてもいい。

 だが、後半がおかしい。そもそも炒飯に入れる具材ではない。

 心構えも糞も無かった。

 処刑台に登る死刑囚の様な心持で、竹叢は椅子に座る。

 加古が奥に引っ込んだのを見送ってから、改めて二人を沈めたであろう炒飯?を見やる。

 

「このニオイ………蜂蜜?こっちは……カスタード。そこに……し、ししゃも?いくらまで………」

 

 震えてきた。もう、遮二無二逃げ出しても誰も責めないのではないか。

 最早、遺書でも認めそうな心情の竹叢。

 果たして、その時はやって来る。

 

「お待たせ。さ、どうぞ」

「あ、ど、どうも………」

 

 受け取った皿。

 その上に盛られた炒飯は、成程パッと見は真面。

 所々に缶詰の桃やパイナップル、ミカンにナタデココが見え隠れしているが、そこに目を瞑れば炒飯である。

 匙を手に、竹叢は生唾を飲み込んだ。

 斜め後ろからの圧が凄い。

 

「すぅ……ふぅ…………ッ」

 

 改めて対面し、竹叢はドッと脂汗が滲むのを感じた。口の中がカラカラに乾き、その一方で生唾が止まらない。

 ここまで緊張しているのは、初めての防衛任務でトリオン兵と相対した時にも無かった。

 食べない、という選択肢は既に無い。意を決し、一口分掬い上げて、竹叢は震える手のまま口へと突っ込んだ。

 

「ッ!?」

 

 衝撃。

 下処理が確りとされているらしいホタテは、貝の旨味をたっぷりと含んでおり、バター醤油の香ばしさがそれらをより引き立てる。一緒に合わせられた卵も程よい塩味を感じ、家で作るべちゃりとした炒飯ではなく、パラパラとした本格系。

 だが、それら一切合切を横合いから吹っ飛ばすのが混ぜ込まれたフルーツミックス。

 それら単体ならば、デザートとして十分なものだっただろう。果物それぞれの甘酸っぱさにナタデココの食感が合わさり、甘いシロップがそれらを調和させる。

 それぞれが単体であったなら、良かった。だが、現実問題は竹叢の口の中で最悪の化学反応を叩き起こしている状態。

 ホタテの旨味がフルーツミックスによって生臭さへと変わり、塩味と甘味と酸味が殴り合っている。

 

「お味はどうかしら?」

 

 無慈悲な問いだ。今すぐにでも白目を剥いて泡吹いてぶっ倒れそうな状態の竹叢に対して、加古は一切の悪意無く問う。

 これが、先に出てきた二宮などだったなら、あらん限りの罵詈を持って酷評したかもしれない。

 だが、残念ながら竹叢はそんな事を言える悪い口を持っていなかった。

 

「て…………」

「て?」

「て、天にも………昇る味……デス(death)……」

 

 カラーン、と儚い音を立てて匙が落ち、真っ青な顔で白目を剥く竹叢。

 真面な舌と感性を持っている彼には、キャパオーバーであった。

 

「あら、疲れてたのね。それにしても、ふふっ……天にも昇る味だなんて、嬉しいわね」

 

 泡を吹き始めた少年の頭を撫でて、機嫌よく加古は次なる味見係(犠牲者)を探しに作戦室を後にする。

 

 この後、三人は無理矢理引きずられてきた二宮によって無事救助された。

 後日、焼き肉を奢る三人が見られたとか。

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