視界が赤い。熱くて痛い。
地平線まで、地獄に呑まれてしまった。
ここにいては駄目だ。死にたくないので、歩く。耳を塞いで盲目的に、足を止められずにいる。
喉を通る気体が内壁を剥がし、血液を引き摺り出した。口を押さえた掌から血が伝う。腕を流れ、溶け出した傷口の端と混じった。
咄嗟に逸らした目は、次々と知らないでいたものを映した。瓦礫の下から血が広がっている。誰かの欠片が落ちている。炭の塊が、ぽっかり真っ黒な虚で私を見ている。
怨嗟の声を振り払い、私は再び踏み出そうとした。けれど一歩も進むことができず、その場に倒れた。
燃え続ける炭が足首を掴んでいる。軋んだ脚では振り払えない。
赤黒い炭たちがあちこちから這ってきて全身にまとわりつく。爪が無い手では引き剥がせない。
当然の報いだ。でも、死にたくない。
叫ぼうとした喉は、赤い炎に喰い破られた。
冷気に肌を斬りつけられ、わたしは目を覚ました。
不満げな硬い幹から背を離し、空気に溶ける体温を引き止めるように、ぎゅっと縮こまった。やっぱり、捨てられていたボロ布では頼りない。ミミだって、中の綿まで冷え冷えだ。
太陽の居ない時間を、枯れ木の森で生き延びるのは限界だ。濁った空気は嫌いだけど、人がいる、寒くない場所へ行こう。ただし、誰にも見つからないように。理由はわからないけど、見つかりたくないのだ。
短い間寄り添ってくれたボロ布とお別れをして、わたしは歩き出した。足元で枯れ葉達が騒ぐ。やめて、今は静かにしていて。
躓いた。認識した時には視界は急降下していた。派手に叩きつけられたけれど、なんとかミミを守ることができた。わたしも足に傷を負うだけで済んだ。犯人である、冒険家の根っこのせいで。
土と腕にくっついた枯れ葉を払って、再び歩き始めると、枯れ葉達がまた騒ぐ。だから言ったのに、と怒っている。耳を貸さなかったのだから、自業自得だ。ごめんなさい。
すると、視界の端に、ぼんやりと光が映った。痛くない、穏やかで温かい光だ。
木の陰から覗くと、森の隅に、小ぢんまりとした洋風の家が建っていた。扉の横には『新月喫茶店』と彫られた木の看板がかかっている。
先程の寝床から、そう遠くまで来ていないはずなのに、今まで全く気がつかなかった。そもそも、どうしてこんな所に?
一応、森と反対側に平坦な土の道が伸びてはいるが、近くに建物は一切無く、光すら見えない。遠くから見つけようにも、木々に邪魔されて難しいだろう。
まるで見つかることを拒んでいるかのようだ。喫茶店なのに、変なの。
そんな変わり者の店主なら、きっと――消えかけの街灯に飛びつく虫のように、わたしは走り出した。枯れ葉達の声は聞こえない。つい強く抱き締めてしまったので、ミミは苦しかっただろう。ごめんね。
けれど彼女は気にしておらず、それよりも本当に良いのか、なんて不安そうに見上げる。
確かに、人に見つかってしまう。でも大丈夫だよ。だって、近づいても息が詰まらないじゃない。もし何かあっても、わたしがあなたを守るから。
ミミを優しく抱き、全身で扉を引き開けた。
懐かしい香りが出迎えて、ベルが歓迎の音を鳴らした。