「……ははっ、しくじったぜ」
異形と瓦礫の山の中から全身から血を流しながら出てきた青年は、ヘラヘラと笑いながら自分の得物である推進装置付きの大剣を背もたれにして座り込んだ。
「おいっビアンコ!」
「おお、ネロ。元気そうで何よりだ。……いや、何かお疲れ気味か? 疲れてんなら座れよ、兄弟」
「俺のことはどうでもいい! お前、その傷……!」
「はっ、安心しろよ致命傷だ。ダンテなら笑ってるとこだな」
走り寄ってきた青年に笑いかけたビアンコと呼ばれた青年は、自分と似ている武器を持っている青年『ネロ』に向かって冗談交じりにそう言う。
体を動かすことすらままならない青年は、まさに今際の際にいると言っていいだろう。
「んなわけねぇだろ! ……そうだ、再生はどうした!? お前の得意分野だろ!?」
「再生な……悪魔の力がもう底尽いてんだ……もう、目も見えなくなってきてる」
「気合いで何とかしやがれ! それでもお前、俺の兄弟か!?」
叫んでいるネロの声すらぼやけて聞こえ始めているビアンコは、自分が歩いてきた人生を思い返しながら懐に仕舞っていたミントシガレットを齧った。
「なぁネロ……色々あったよなぁ」
「おい、なんだよ……いきなり」
魔剣教団に拾われて、血を分けた兄弟であるネロと共に汚れ仕事に勤しむ日々。ネロとキリエのやりとりをクレドと共に見守ることもあった。守るための力を望んで、ネロと共に強くなろうと誓って戦いに明け暮れ、クレドとキリエに死ぬほど叱られたこともあった。
「クレドとキリエ、マジで怖かったよなぁ、あの時」
「……ビアンコ、んな話してる状況じゃねえだろうが」
そんな日々を過ごしていたある年の魔剣祭にて、教皇が殺されて、教皇を殺した男を追って、教団の真相を知って反逆の牙を剥いたこと。クレドを死なせてしまったことは、今でも鮮明に思い出せる。
その後、閻魔刀というとんでもない刀によって一命を取り留めたネロとビアンコは、キリエを人質に取った神とやらを殴り殺した。
「あの神サマの顔、マジで傑作だったよな。俺とお前で交互にぶん殴ってやってよ!」
そして数年後、ネロと恋仲になったキリエが運営する孤児院を拠点として、移動式便利屋『Devil May Cry』の活動を行っている中────不審者にネロは右腕を、ビアンコは左腕を切り落とされ、自分達の腕を切り落としてくれやがったくそったれ悪魔のユリゼンを打ち倒すべくレッドグレイブ市に飛び込んだのだ。結果は……凄腕デビルハンターのダンテに足手纏いと言われてしまう惨敗だったが。
惨敗を喫した一か月後、Devil May Cryの仲間であるニコが作ってくれた
「なぁ、ネロ」
「なんだよ」
「手ぇ、握ってくれるか」
ボロボロになって、ぐちゃぐちゃになっている右腕を伸ばしたビアンコ。その右手を、ネロは左手で強く握った。生身の手から感じる、血の温かさと、冷たくなっていく手が、嫌でもネロに死を感じ取らせる。
「俺の、武器……持っていけ……絶対に」
「ああ」
「俺の義手もな。ニコには……謝っておいてくれ。キリエにも、な」
「ああ」
「俺の分まで、あのクソ親父────バージルをぶん殴ってくれ」
「ったりめぇだ。お前の取り分が無くなるくらいぶん殴ってやるよ」
「ははっ、頼もしいぜ、兄弟」
命の灯が消えていくのを感じながら、ビアンコはネロに最後の誕生日プレゼントを贈るために力を込めた。赤い、血よりも赤くて、太陽の光の様に温かい悪魔とは思えない優しい力が、ネロに流れ込んでいく。陽気に包まれるかのように温かい悪魔の力を注ぎ込まれたネロは目を見開き、ビアンコの手をさらに強く握る。
「……ありがとうな、ネロ」
「ビアンコ……!」
二人の目から、滝のように涙が溢れ出た。後悔は、たくさんある。向こうに行ったら、クレドに怒られてしまうだろうことが本当に怖かったが……ビアンコは笑みを浮かべてネロに言った。
「キリエと、幸せにな。────愛してるぜ」
ふっ、とビアンコの体から力が抜けた。最愛の弟の道に祝福があるように祈り、息を引き取った。
遠くから、電車が走る音が聞えた。
居眠りとか、うたた寝とかをしている時に聞えてくるような、妙にリアリティのある電車の音だ。死んでからも電車に乗る機会があるとは思っても無かった。
……だが、こうしてゆっくり電車に揺られる機会は少なかったから、なんだか新鮮な感じだ。ニコの運転は荒っぽいし、かと言ってネロに運転させると話にならないしで落ち着きなんざなかったからな。
「……ああ?」
目を開けると、電車の先頭であろう席に座っていた俺は、見たこともない場所を目にしている。見たこともない建物がたくさん建っている場所を通る電車────いや、そもそも俺はクリフォトの中でネロに悪魔の力を全部渡して死んだはずだ。
じゃあ、この電車は死後の世界に向かうための電車ってやつか? 伊達に天国よりも地獄が似合う男と呼ばれたわけじゃないが、まさかこんなに綺麗な場所を見ながら地獄に向かえるとは……ネロに自慢できるな。いや、それよりもだ。
「クレドに怒られたくねぇ……」
弟を残して死ぬとか絶対クレドに怒られる案件だろ……いや、クレドは天国にいるだろうから、地獄行きの俺は怒られることはないか? ネロ達は天国行きだろうから、クレドの説教を味わうことになる。そう考えてみれば、地獄行きにもいい所はあるらしい。
クレドの説教を喰らわなくていいと思った途端に心が軽くなった俺は、背もたれに背中を預けて地獄までの旅を楽しむ姿勢になり────ふと、向かいの席に女性が座っていることに気付いた。
物静かに、まるで眠っているかのように俯いている、白いコートを羽織った女性の体には穴が開いている。真っ赤な血が白いコートを汚し、床にも血が零れている。悪魔の力が残っている俺であれば、致命傷でも何でもない傷だが……悪魔の気配がしない女性には、致命傷になりかねない傷だろう。
「────私のミスでした」
俺が観察していると、女性が────よく見れば少女じゃないか────が口を開いた。優しくて、透き通るような、キリエとはちょっと違う優しさを感じる声で、少女は続けた。
「私の選択、それによって招かれた全ての状況────結局、この結果に辿り着いて初めて、貴方の方が正しかったことを悟るだなんて」
「あー……悪いんだが、俺にはあんたみたいな美人との面識はないんだが」
「今更図々しいですが……お願いします、先生」
いや聞けよ。
というか先生って、俺のことか? 俺のことだとしたら、目の前の彼女は相当な目を持っている。悪い意味での、だが。俺みたいなやつを先生にしたら、生徒達は全員不良まっしぐらだろ。
「ビアンコ先生……悪魔でも、人であることを止めず、家族を愛した貴方にならきっと……最善の選択肢を……」
「おいおい、あんた、なんで俺の素性を知って────」
「きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません……何も思い出せなくても、恐らく貴方は同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから────」
「話聞けよ。あと俺は悪魔をぶん殴ることしか脳がねぇぞ。地獄でも悪魔狩りしろって?」
「大事なのは経験ではなく、選択────あなたにしかできない選択の数々」
悪魔狩り以外での選択肢……ってなると、あれか? 孤児院の子供達とか、ネロとかダンテに大好評だったジャンクジャンクピザ作りとかか? なんだ、ピザ屋でも始めろってか? ジャンクジャンクピザセット、ストロベリーサンデーも添えて、なんてな。
「…………責任を負う者について話したことがありましたね」
「待ってくれ。俺はあれか? あんたとショットガンマリッジしたのか? いや、そんなわけねぇよな? 俺、女性経験ゼロだし」
「あの時の私には分かりませんでしたが……今なら理解できます」
……恐らくそういう関係になってはいなそうだ。よかった、クソ親父みたいになったのかと思ったぜ……んなことしたらクレドどころかネロが地獄に殴り込んできてレッドクイーンの錆にされるところだった。────にしても、このお嬢さん、さっきから一方通行で話を進めてる感じがするんだが……あれだ、ビデオメッセージとか、そういったやつみたいに、会話が噛み合わない感じだ。
「ですから先生────私が信じられる人である貴方になら、この捻じれて歪んだ終着点とはまた別の結果を……そこへ繋がる選択肢は、きっと見つかるはずです」
捻じれて歪んだ終着点、と聞いて思い浮かべてしまったのはネロが、キリエが、ニコが、クレドが、ダンテが、知り合いが全員死んで、俺だけが取り残された世界だった。最悪な世界だ。
「だから、どうか……先生……」
「…………はぁ、初対面の男にいきなり色々と頼むって、どういうこったよ」
ネロに全部託して、俺は地獄行きだと思っていたのに、何か違う場所に送られる気がしてならない。ダンテが言っていた、どっかの魔界みたいな場所に。……送られないよな?
「でもまぁ……俺は『Devil May Cry』の人間だからな。依頼されたんなら最後までしっかり請け負うぜ」
猫探しから悪魔退治まで、依頼があるなら何でもやるのが便利屋『Devil May Cry』。あの看板を背負う一人として、依頼を遂行しなくちゃいけない。困ってる奴がいるなら、ネロだってきっとこうするだろうからな。
「任せろ、お嬢さん。あんたの依頼は必ず遂行するからよ」
死ぬと理解した瞬間と同じように視界が暗転し、意識が消し飛ぶ。────なんだ、いい笑顔じゃねぇか。