アビドス、柴関ラーメンの広い六人テーブルで俺達は、定例会議の内容をああでもないこうでもないと言い合いながら、ラーメンを啜っていた。ちなみに俺はまだ箸ってやつに慣れてないから練習しつつフォークを使っている。『
「やっぱり動画投稿がいいと思うんだよね、おじさんは」
「でも機材とかどうするの? 編集だって分からないことが多いし……」
「一応俺も投稿はしてるけど、正直話題性だけで視聴率伸びてるくらいだしなぁ」
俺は定期的に活動報告のようなものを動画投稿サイトにアップしているだけなので、動画編集などのノウハウを教えることができない。まぁ、安いものでも機材は手に入るため、やろうと思えばやれるのだが……予算がなぁ……農業もそうだが、ノウハウを知ってる人がいるといないとじゃ全く違う。
「というかさ、なんでまたウチに来たのよ」
定例会議の後バイトに向かった黒見と共に入った柴関ラーメン。集まる場所とか他にあっただろうと言わんばかりの表情だ。
「いやぁ、部室以外で集まれる場所ってここくらいだしねぇ~。あと、先生がセリカちゃんの分もご飯代出してくれるって言うからさ」
「まぁ、ありがたいけど……いいのかしら……」
「大将には許可取ってるんだろ? 問題ねぇだろ」
柴の大将の許可をもらい、黒見はバイト中ではあるが食事を共にしている。たまには賄い以外も食べてみな……だそうだ。いい人だな、柴の大将。
「そういえば気になってたんだが……アビドスの砂漠ってのは遺跡とかもあったりするのか?」
「遺跡ですか? ううん……どうなんでしょう? ホシノ先輩、何かご存じですか?」
「ん~……あるかもだけど、アビドスの歴史館とかが先に出てきそうかな?」
「へぇ、歴史館。いいね、そういうのは観光資源としても有用だ。どうにか掘り起こせねえもんか……」
こう、発破とかでやれねぇもんかね。発掘が得意な連中とか、キヴォトス探せば結構いそうなもんだが……
俺が歴史館などの過去の遺産をどうにか掘り起こせないかと思案していると、不意に入店を知らせるベルが鳴った。出入口を見ると、見慣れない服装をした紫色の髪の少女が扉を引いて中を覗き込んでいるではないか。
「お客さんかしら? ちょっと行ってくるわ」
「おう、行ってこい」
黒見は一言告げてからテーブル席を離れ、覗き込んでいた少女の下に駆け寄る。
「あ、あのぅ……」
「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」
営業スマイルも手慣れてんな。見事なもんだよ、本当に。
「こ、ここで一番安いメニューって、お、おいくらですか……?」
「一番安いメニューですか? そうですね……一番安いのは、580円の柴関ラーメンですね! 看板メニューなので、おすすめですよ」
「あ、ありがとうございます!」
黒見がメニューを提示すると、紫色の髪の少女の後ろから人影が現れた。合計で四人……アビドスの生徒じゃねぇ。改造してるが、ありゃ制服だな。となると、どっかの学園の所属……特徴とすれば……あん? ありゃ角か? 角が生えてるやつが多く入っている学園となると……
「えへへっ、やっと見つかった、600円以下のメニュー!」
「ふふふ、ほら、何事にも解決策はあるのよ。全て想定内だわ」
「そ、そうでしたか……さすがアル様、何でもご存じですね」
「はぁ……」
アル? あのワインレッドの髪の少女の名前か。一応アロナに調べてもらうとしよう。
「アロナ、頼んだ」
『お任せください!』
俺にしか聞こえない声でアロナに情報を集めるように言えば、すぐにデータベースへアクセス、情報をまとめてくれた。マジで優秀だなアロナ。いちごみるくを何本か買っといてやろう。
えーと何々……? ゲヘナ学園の二年生……便利屋68の社長……便利屋の社長なのか、あいつ。学生の身で起業とは大したもんだが……ゲヘナ学園で学生の起業って許されてんのか? 無法地帯とはいえ、法くらいは存在しているはずだろ? 起業はありなのか?
「四名様ですか? お席にご案内しますね」
「んーん、どうせ一杯しか頼まないし大丈夫」
「一杯だけですか? でも、どうせならゆっくりお席へどうぞ。今は暇な時間なので、空いてる席も多いですし」
「いいの? 親切な店員さんだね。それじゃ、お言葉に甘えて!」
そう言って歩き出した白髪……いや灰色の髪の少女────浅黄ムツキというらしい少女は、ふと思い出したかのように指を立てた。
「あ、わがままついでに、箸は四膳でよろしく!」
……ん?
「え? 四膳ですか? ……ま、まさか、一杯を四人で分け合うつもり?」
俺と同じように違和感を感じたらしい黒見が思わず疑問を口にすると、突然紫色の髪の少女────伊草ハルカが頭を抱えて屈み、謝罪を口にする。
「ご、ご、ごめんなさっ、貧乏ですみません! お金がなくてごめんなさい!」
「あ、いや、そんなに謝らなくてもいいのよ!?」
黒見の声が聞こえていないのか、伊草は謝罪することを止めない。しかしいつものことなのか、白黒髪の鬼方カヨコというらしい少女が肩をすくめていた。ネガティブ思考なのか、伊草は。いや、それにしたってあれは異常だぞ?
伊草の過去に何があったのか若干気になり始めている俺を他所に、黒見は肩を震わせ、目を見開いて力強く伊草の肩を掴んだ。
「お金が無いのは罪でも何でもないわ! むしろ胸を張って!」
「へ? えっ、はい……?」
「お金は天下の回り物って言うし、まだ学生で、それでも小銭を集めて食べに来てくれたんでしょ!? そういうのが大事なんだよ!」
「え、えっと、あの────」
「待っててね、すぐ持ってくるから!」
黒見は風となって注文を伝えるために厨房へ走っていく。砂漠のような極限環境で生活すると、誰でもああなるんだろうかね。
「……何か、妙な勘違いをされているみたいだけれど……?」
「まぁ、私達はいつもそんなに貧乏ってわけじゃないんだけどね。しいて言えば、金遣いの荒いアルちゃんのせいだし」
「アルちゃんじゃなくて社長でしょ? ムツキ室長、肩書はちゃんと付けてよ」
「え~? だってもう仕事終わった後じゃん? ところで、社長のくせに社員にラーメン一杯奢れないのはどうなのかな?」
「……」
「今日の襲撃任務に投入する人員を雇うために、ほぼ全財産使っちゃったし……」
「グフッ」
俺達の近くに座った便利屋68の会話を聞いて思わず噎せてしまった。全財産を使った? それだけの規模の人員を雇ってどこに襲撃かますつもりだ? こんな砂漠に来てまで襲うところなんざ────ああ、うん。アビドス高等学校くらい、だよなぁ……
「先生、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ……」
凄ぇ嫌な予感がしてるけどな……正直な話、今からどうにかして止めておきたいと感じるくらいには。
「ふふふ、でもこうして実際ラーメンは口にできてるわけでしょ? それぐらい想定内、よ────」
俺が嫌な予感に思わず残っているデビルブレイカーである『
「たったの一杯じゃん。せめて四杯分のお金は確保しておこうよ……」
「ぶっちゃけ忘れたんでしょ? ねぇアルちゃん。夕飯代取っておくの、忘れたんでしょ?」
「……」
「あれ? どうしたの、アルちゃん?」
「はぁ……ま、リスクは減らせた方がいいし。今回のターゲットはヘルメット団みたいな雑魚みたいに扱えないってことには同意する。でも、全財産をはたいて人を雇わなきゃいけないほど、アビドスは危険な連中なの?」
嫌な予感的中したよマジで。勘弁してくれ。
俺が天を仰ぎそうになるのを堪えつつラーメンを食べる。……視線が途切れねぇな。警戒されているってわけでもないみたいだが……なんだ? 俺はブラックリストに登録された覚えはないんだが。マフィアとか悪魔にブラックリスト登録されていた可能性はあるが。スパーダお爺ちゃん、あんたどんだけ恨み買ってんだよ。孫の代まで来てんぞ恨み。
「……ア」
「あ?」
「アウトロー……!」
「……ああ?」
悪意はない。悪意は間違いなくないんだが、なんだこいつという思いが一瞬浮かんでしまった。初対面の人間に対して思っていたとしても印象を口にするか、普通。キヴォトスじゃ普通のことなのか? あと、アウトローってなんだよ。
「あ、あなた何をやっている方!? 裏で闇の住人を葬ったり、人に言えないことを依頼されても達成するためなら手段を選ばないような────」
「先生」
「先生……! そうよね、あなたみたいなアウトローなら────って、先生?」
なぜかキラキラした目をしながらやってきた陸八魔が何か色々と言っていたが、それに割り込むように俺が言葉を発すると、ピタリと動きを止める陸八魔。俺の呟きがやけに大きく響いたのか、陸八魔が率いる便利屋68の面々も動きを止めてこちらを見ている。
「ああ、先生だ。名前はビアンコ。調べれば出てくるんじゃねぇか?」
「ビアンコ……? …………赤と白のフード付きのコートに、見慣れない義手……茶色と白の髪……そして大人の男性……」
俺が名前を口にすると、便利屋68の中でも頭が切れそうな鬼方と浅黄がピクリと反応した。恐らく、連邦生徒会が告知した情報と、クロノススクール報道部とやらが大々的に投稿したSNSの記事をチラッとでも見たのだろう。俺の右腕に巻き付いている腕章に視線が向いていた。
「連邦捜査部シャーレ……!?」
「へぇ……?」
「Yes.よろしくな」
俺がミントシガレットを齧りながら笑いかけると、鬼方と浅黄の表情が警戒に染まる。何だ、随分と警戒されてるもんだな。警戒しているのは裏の住人だからか? それとも、得体の知れない存在だからか? まぁ、何でもいいんだけどよ。
「……あの、アル様、シャーレというのは何でしょうか?」
「えっ、私!? えっと、そうね、シャーレというのは……」
「簡単に言えば学園自治区に独自介入可能な何でも屋だ。詳しいことは面倒だから連邦生徒会公式サイトでも確認してくれ」
正直俺も持て余している権限なんだよな、と呟きつつ、今にも銃を抜きそうな便利屋68の面々と、何が何だか分からないと言わんばかりの表情を浮かべるアビドス高等学校の面々を交互に見つつ笑う。
「とりあえず飯食ってから色々話そうか。俺としてはここでやり合いたくねぇし……ここのラーメン、結構美味いぜ」
「……」
「Hey,Hey,警戒し過ぎだろ。分からんでもねぇが、顔には出さない方がいいぜ? それとも何か? 俺に知られちゃ不味いことでもあるのか、鬼方?」
何をするかを具体的には知らないが、お前らの情報は把握しているぞという意味で鬼方の名前を出せば、表情が硬くなる。アロナの情報なら18歳……来たばかりの俺でも分かるくらい荒波のような治安の悪さのキヴォトスで18年も生きているのだから、頭は切れて当然……だが、まだまだ経験不足ってとこだな。頭の回転は速そうだが。
「はい、お待たせしました! 熱いのでお気をつけて!」
空気が澱み始めている中、黒見が注文のラーメンを手にテーブルへと戻ってきた。ドンッ、と音を立てて置かれたラーメンは────予想以上に大きい山盛りラーメンであった。若いならあれくらい食べられるのかねぇ。
「────なにこれ!? ラーメン超大盛じゃん!?」
「ざっと十人前はあるね……」
「こ、これはオーダーミスなのでは? こんなの食べるお金、ありませんよ……」
「いやいや、これで合ってますよ。580円の柴関ラーメンです。ですよね、大将!」
黒見がラーメンを持ってきたことで一触即発な状況から一変、驚愕と困惑の色が強く滲む便利屋68の面々に対して黒見が柴関ラーメンの大将に声を掛ければ、彼はカウンター越しに親指を立てて笑っていた。
「ああ、ちょっと手元が狂って量が増えちまったんだ。気にしないでくれ。こっちのミスだから、料金は柴関ラーメンの並一杯分だ」
「大将もああ言ってるんだから遠慮しないで! じゃ、ごゆっくりどうぞ!」
そう言って黒見がテーブルを離れると、便利屋68の面々はテーブルに置かれた山盛りのラーメンを見て目を輝かせる。一触即発な空気は一体どこへ消えたのやら。やはり腹が減っては何とやらってことなんだろう。
ややあってチャーシューと麺が山盛りの柴関ラーメンを四人で分けて食べ始めた便利屋68は、驚いたように表情を輝かせた。
「おいしい!」
「中々イケるじゃん? こんな辺鄙な場所なのに、このクオリティなんて!」
「でしょう、でしょう? 美味しいでしょう?」
色めき立つ便利屋68に声をかけたのは十六夜。ニコニコと屈託のない笑顔を浮かべた彼女は、さっきまで浮かべていた困惑や混乱など無かったかのように、便利屋68の面々へ親し気な様子で頷いて見せる。
「えっと……?」
「先生の言った通り、ここのラーメンは本当に最高なんです。遠くからわざわざ来るお客さんもいるんですよ」
「ええ、分かるわ。このレベルのラーメンは中々お目にかかれないもの……」
陸八魔が十六夜の言葉に同意すれば、奥空や砂狼、戻ってきた黒見が嬉しそうにしながら便利屋68と交流を始めた。交流に参加していないのは俺と────いつものようにぼんやりしていそうに見えるが、話を聞いていたらしい小鳥遊だ。
「先生、多分私達だよ?」
「ああ、だろうな」
食事をしながらも、向こうには聞えない大きさの声で話をする俺と小鳥遊。鬼方と浅黄はこちらをまだ注意して見ているようだが、俺も小鳥遊も口元が見えないようにしているため、口の動きで何を言っているのかは判別できないはず。
「ま、どうにかするさ。お嬢さん達が寝返るかどうかは分からねぇが……やりようはある」
「へぇ? どうするつもり?」
「傭兵の雇い直しか、便利屋68の依頼を曲解させる」
モリソンやダンテ、レディやトリッシュと言った一癖も二癖もある連中を相手にしてきたんだ。ある程度の腹芸も交渉もできるさ。正直得意分野ではないが。
「じゃ、期待してみようかな?」
「ああ、任せろ」
お互いに笑みを浮かべ、ラーメンを啜る。……替え玉頼むか。
「小鳥遊、替え玉は?」
「え、いいの~? お願いしちゃおっかな~」
「オーライ。大将、替え玉二つ!」
「あいよ!」
さぁて、上手くいくといいんだが。