「揃ってんな、お前ら」
俺がアビドス高等学校に戻ってきた俺の目の前には、いつも通りの対策委員会がいる。用事があると伝えて先に戻るように伝えてはいたが、心配はさせていたらしく、ドローンの起動準備も行っているところであった。
「遅かったね先生」
「まぁな」
「シャーレの仕事?」
「ああ。書類仕事だけがシャーレの仕事じゃねぇ。とりあえず終わらせてきたが」
便利屋68との取引は上手くいった。そのことを暗に示すと、小鳥遊がどこかホッとしたような、見直したような目を向けていることに気付く。完璧な信用はまだ勝ち取れていないが、これも実績の一つにはなるだろう。
「大変なんですね、大人って……」
「何事もコツってやつがあるのさ。仕事との付き合いも、人との付き合いも同じようにな」
「懐に入ってるお菓子もコツってやつなのかな?」
「まぁな。前の職場じゃ、被災地にも行く機会があったからな。菓子類は重要だったんだぜ」
俺達が行く被災地は大体悪魔が原因だったが、人の心を癒すのに菓子類は本当に重宝した。にしても悪魔共はどうして人間を襲うかね……力こそが全てなら、自分達だけで潰し合っていればいいものを。アグニとルドラや、ケルベロスのような連中もいることは分かるが、正直勝手に争っていてくれと思わんでもない。そんな力こそが全てな悪魔の世界において有数の実力者だったというスパーダお爺ちゃんは、どれだけのことをやらかしたのやら。
「特にチョコだな。こういうのは本当に重宝する」
「先生、そのお菓子ってどこから取り出したの?」
「コートからだが?」
「そのコートの中どうなってるの!!?」
ダンテの方が不思議だから俺くらいで驚いてちゃついていけねぇぜ? ……そういえば、俺の遺体ってどうなってんだろうな。勝手に動き出してクリフォトくらい伐採してくれているとありがたいんだが。あとダンテとバージルとネロの仲を取り持っといてくれ俺の遺体。弟のために死んでも動くくらいやってみせろ俺の遺体。クレドがそうしてくれたように、死んでも動け俺の遺体。
「俺のコートのことはいいんだよ。それよりお前ら、武器持って外出な」
「え?」
「ちょっとばかし、仕込みの手伝いを頼む」
俺が窓を開けて飛び降りるのとほぼ同時に、アビドス高等学校を中心として張り巡らせた警戒網に敵対者の反応が写り込む。反応は十人以上、便利屋68と、彼女らが雇った傭兵達の反応だろう。……こんだけの傭兵を雇えばそりゃあ金欠になるだろうよ。見栄を張るやつは嫌いじゃないが、こういう経営については色々話をしないといけないかもな。帳簿とか付けてんのか?
「奥空、とりあえず使えるドローン全部展開しとけ。砂狼、お前もだ」
『わ、分かりました!』
『ん、任せて』
『先生ッ、前も思ったけどいきなり飛び降りるの心臓に悪いから止めてくれない!?』
シッテムの箱を経由した通信で、今校庭に向かってきているであろう対策委員会に指示を出す。黒見からの諫言は気にしない。こっちの方が早い。ブルーキングがあればもっと滞空とかできるんだがな。
「小鳥遊、分かってると思うが────」
『うん、大丈夫だよ』
「よし。十六夜、向こうの動きによっては弾幕が欲しい。可能であれば高所で待機」
『そう言うと思って屋上に向かってますよ☆』
「オーライ。黒見、いつでも撃てる状態で土嚢の後ろに待機。可能であれば裏取りがしたいが……」
『状況を見て動くわ。動けたら裏取りもする形で』
うん、動きがいいな。どう動くのがいいのか考えて行動している。まぁ、ちゃんと考えてなけりゃ今の今までこの学校を守り切れてないから、当然ではあるが。
『校門前大通りに傭兵集団を確認! 真っ直ぐこっちに向かってます! ドローン全機、いつでも行動可能です!』
「全員その場で待機。奴さん、知り合いらしいぜ」
「……確かに、何か見覚えが……あ!? 柴関で見た服!?」
黒見が叫ぶのと同時に遠目に見えたのは、傭兵達の先頭に立つワインレッドの少女────陸八魔と、彼女を中心に歩く少女達。俺と小鳥遊からすれば、これから始まるのは茶番もいいところ。だが、他の対策委員会からすれば柴関ラーメンで意気投合したゲヘナ学園の生徒という認識である。
「誰かと思えば、あの四人……!? ラーメンも無料で特盛にしてあげたのに、私達の学校を襲撃に来たの!?」
「黒見、あんまり叫ぶなよ。潜伏ってのは沈黙が金だ」
「ぐぐぐぐ……!」
まぁ、気持ちは分からんでもないが。黒見がどうにか落ち着こうとしている間に、傭兵を引き連れてやってきた便利屋68と対策委員会はお互いの射程距離内で対峙する。堂々としているのを見て、黒見は食って掛かりそうになったが、そんなことをしたら隠れている意味が無いと考え直して耐えている。
「……仕事って、私達の学校襲撃だったんだ。セリカが無料で特盛にしたのに、恩知らずだね」
「あははは、ラーメンの件はありがと。でも、それはそれ、これはこれ。こっちも仕事だからね~」
「残念だけど、公私ははっきり区別しないと。受けた仕事は、キッチリこなす」
「なるほど、その仕事がこれだったんだ」
陸八魔の隣に立っている浅黄と鬼方の言葉に砂狼が銃を構える。俺と小鳥遊から見れば茶番劇にしか見えないが、便利屋68が傭兵を引き連れてきたのだから、彼女らが何をしようとしているのかは一目瞭然だろう。
「うへ、君達学生でしょ~? もっと健全なアルバイトやりなよ~」
「アルバイトじゃないわ! れっきとしたビジネス! 肩書だってあるんだから!」
小鳥遊の言葉に陸八魔は反論し、周りの便利屋を指さした。なるほど、そこは譲れないのか。
「私が社長、ムツキが室長で、カヨコが課長、ハルカは一般社員よ!」
「薄っぺらさが際立つね」
「はあ……敵対してる相手に同意するのはどうかと思うけど、それは私も同感……」
柴関ラーメンでも感じていたことだが、便利屋68は結構関係性がフラットみたいだな。浅黄の陸八魔をからかう姿を見ても、肩書での上下関係があるかと言えば皆無と言ってもいいだろう。恐らく出ているであろう給料も一律……友人であり、仕事仲間って感じで、ごっこ遊びの範疇なのかもしれない。それでも付き合っているのは、陸八魔の人望なんだろう。
「誰の差し金かは答えないだろうし……力づくで口を割らせる」
「ふふふ、もちろん企業秘密よ」
砂狼に対して陸八魔が右腕を掲げると、便利屋68のメンバーと傭兵達が一斉に銃を構えるが────
「……ねぇアルちゃん」
「何、ムツキ室長」
「傭兵の子達、こっちに銃口向けてない?」
傭兵達の銃口は対策委員会にではなく、便利屋68のメンバーに向けられていた。もちろんこれは便利屋68のメンバーが傭兵達に通達している内容で、俺が作ったシナリオである。便利屋68のメンバーと傭兵達にも一芝居打ってもらっている最中なのだ。
「な、ななな何!? どういうことよ!?」
「う、裏切り……!?」
「アルちゃん、お金払ったよね?」
「当たり前でしょ!? ラーメン一杯の残金になるまで払ったわよ!」
マジで経営状態が心配になってきたぞ、おい。一芝居打ってもらうとは伝えているとはいえ、マジで大丈夫か心配になってきた。
「傭兵雇うなら、値切らねぇ方がいいぜ」
「先生が雇い直したのか……!」
鬼方はやっぱり女優だな。声音とか、表情とかが本当に予想外って感じだ。そういう腹芸ができないといけないような環境にいたのかね。
それはともかく、傭兵の世界っていうのは多少の裏切りがあったとしても名が売れるのなら実績になる世界だ。アビドスみたいな学校を襲う仕事と、便利屋68を撃退する仕事、どっちが箔が付くのか……一目瞭然だよな。聞いてるか野良のデビルハンター共。てめえらのことだぞ野良デビルハンター共。
「安い時給で雇いやがって……! 値切りすぎだっての!」
「足元見てんじゃねぇよオラァ!」
傭兵達がギリギリ当たらないスレスレを狙って銃の引き金を引き続ける。どれだけ値切ったんだよ、陸八魔。そりゃ俺が提案したことに傭兵達も乗るよな……いや、本当にどれだけ値切ったんだ。もし自分達より実力が上の連中だったらどうするつもりだったんだよ。
「で、どうする? このまま戦うか、それとも撤退するか。それとも捕虜になるか?」
「あ、う……ぐぐぐ……! これで終わったと思わないことね! 覚えてなさいアビドス!」
「あはは、アルちゃん、それ完全に三流悪役のセリフだよ」
「うるさいわね! 退却するわよ!!」
そんな捨て台詞を吐いて撤退していく便利屋68。よしよし、シナリオ通りだ。仮に雇い主がどこかで見ていたとしても、対策委員会の面々と傭兵という数の暴力に分が悪いと見て撤退したとしか見えないだろう。報酬はちゃんと日を改めて渡すと伝えているし、証明書もコンビニで用意したものを使って作った。便利なもんだな、コンビニ。
『便利屋68の皆さん、撤退しました……あの、先生、仕込みってこれのことなんですか?』
「まあな。あとでちゃんと説明する」
奥空の釈然としない通信を一度切り、武器を下ろした傭兵達に右手を上げる。
「一枚噛んでくれて助かった。んで、報酬の話なんだが────」
「え? 本当にこれだけなの?」
「ああ、終わりだぞ。報酬の額、こんくらいでいいか?」
「ッ!? …………え、あの……本当に終わり?」
代表らしい少女と同じように不安そうな傭兵達を見て、俺は思わず天を見上げそうになる。便利屋68のメンバー全員に全く当てないギリギリの場所に正確に撃つような実力があるというのに、この子達は普段どれだけ安く使われているのかを察してしまった。相場が安すぎるだろ……
「少なかったか? もうちょい色付けてもいいんだが……」
「いやいや!? 高すぎるって!?」
「おいおい、お嬢さん達の実力ならこれくらいが相場だろ。なぁ小鳥遊?」
「う~ん……あの射撃の腕ならもっと出していいと思うよ?」
「現アビドス最強からのお墨付きが出たぞ。遠慮すんな」
大体子供が傭兵稼業とかどうなってやがるキヴォトス。子供が難しいことは何も考えず学校に通って青春を楽しめるのが健全ってやつなんじゃねぇのか。難しいことは大人がやるべきだって。
俺や小鳥遊がそう言っても、傭兵の少女達は納得できないような、何か裏があるんじゃないかと言わんばかりの表情から変わらない。Hmm……どうすればこの金を受け取ってもらえるのか考えねぇと……さあ考えろビアンコ。彼女達が納得して俺から支払う報酬を受け取るにはどうすればいい? どうすれば彼女達は気兼ねなく報酬を受け取れる? クレドならどうした? ダンテなら、ニコなら、ネロなら、モリソンなら……俺が関わってきた連中なら、どうやって金を受け取らせる? ………………あ。
「納得できないなら、あれだ。俺がいつか依頼するから、その時にちょっとだけ融通してくれないか?」
「えっと……何か、頼むの?」
「戦いってわけじゃねぇんだが……シャーレは色々手が足りないことが多くてな……そういう時に手伝いがいると助かる」
「私達、誰も書類仕事とかできないけど……」
「いやいや、そういうのじゃなくて、俺のプロジェクトだ。報酬と一緒にデータで送っておくから、やりたいって思ったら連絡してくれ。連絡先はこれな」
そうだ、俺のプロジェクトに巻き込んでしまえ。依頼と称して俺のプロジェクトに参加させて学業復帰のモデルにしちまえばいいんだ。学校に入りたいならそのままカリキュラムを進めればいいし、傭兵生活が気に入っているならシャーレで長期的に雇っちまえばある程度の問題は解決すんだろ。七神とかには色々ゴリ押す。
「あ、う、ううん…………分かった。受け取るよ」
俺の押し付けに納得したのかは分からないが、報酬と連絡先を受け取った傭兵の少女。これでプロジェクトに参加してくれたなら万々歳なんだが……
「……じゃあ、そのデータ確認しとく。受ける時は連絡するから」
「おう。ああ、腹減ったから飯奢れ、みたいなのでもいいからな。いつでも連絡してきな」
「変な大人だね、ビアンコ────先生?」
「先生でもビアンコでも、呼びやすい方でいいぜ。……というかいつも言われるんだが、俺ってそんなに変か?」
「「「うん」」」
「はははっ! 即答かよ!」
クレドにしてもらったようにしているだけなんだがな、俺。クレドならこうしたで動くことが多いし、俺の行動指針の中にクレドの存在は大きい。もちろん俺ならこうするで動くことだって多いが。とりあえず殴ってから考えるかとかよくやるしな。悪魔相手ならよくやる。悪魔相手だけじゃなく、喧嘩売ってきた同業者相手にもやったことあったわ。
「まぁ、いいや。またね、先生」
「おう。またなお嬢さん達」
報酬が振り込まれたことを確認した傭兵の少女達は何か食べて帰ろうだとか、何に使おうだとか、女の子らしい話をしながら帰っていった。さっぱりしてんなぁ。
「それで、具体的に何をしたのか説明してくれるよね、先生?」
「ん? ああ、もちろん」
つっても……そこまで難しいことはしてねえんだがな。
対策委員会のメンバー全員の言葉を代弁した小鳥遊の目が鋭く輝いているのを正面から受け止めながら、目が笑っていない対策委員会に肩をすくめる。ま、説明は必要だわな。
モリソンから腹芸を学んだビアンコは下手な悪い大人より腹芸が得意です。芝居?ダンテを見てたら覚えるでしょ。