「…………先生、起きてください」
妙な電車で見た少女の声とは違う、どこか堅苦しさを想起させる声が聞こえてくる。眠さはそこまで無いが、大型の悪魔複数体を相手取ったせいで体が重い。全く……まさか地獄行きの前に依頼をされるとはな。
どうするかね……漠然とした依頼を放り投げられたせいで何をすればいいのかも分からねぇ。だが、依頼をされてしまったわけだから絶対に遂行しないといけないんだ。『Devil May Cry』の看板を背負ってる人間だからな。
「ビアンコ先生!!」
バチ、と電気が奔るような大きな声を聞き取ると、意識が完全に覚醒する。
閉じられていた瞼が開かれ、俺の視界に飛び込んできたのはクリフォトの中でも、俺の弟であるネロでもなく────紺色の髪にロングコートの眼鏡をかけた気真面目そうな女性……いや、少女がこちらの様子を窺うように静かに見つめいていた。
……どこだ、ここ。
俺を叩き起こしてくれた声はきっと彼女だろう。それよりも彼女の頭に浮かんでいる天使の輪っかみたいなものはなんだ。本当に、それは何なんだ? 悪魔……じゃあねえよな? 尖った耳はエルフ耳ってやつか。悪魔の気配はしないから人間なんだろうが……
「少々待っていてくださいと言いましたが、お疲れだったようですね。中々起きないほどに熟睡されているとは」
「……?」
寝ていた? 俺がここで? どういうわけだ。俺はクリフォトの中でネロに悪魔の力を全部託して死んだはずだ。その後電車の中で白いコートを羽織ったお嬢さんに依頼をされた。ここまでは記憶がある。だが、この場所に訪れた記憶はない。
「悪いな、お嬢さん。俺とあんたは自己紹介を済ませていたか?」
「? はい。先生がここに来た際に」
「っあー……悪い。もう一度自己紹介してもらってもいいか? 物忘れが激しくてな」
ガリガリと右手で頭を掻きながらそう伝えると、少しだけ呆れたような表情を浮かべた紺色の髪のお嬢さんが口を開いた。
「初対面の際にも思いましたが、かなりお疲れのご様子ですね……無理もありません。先生はここに来たばかりで混乱しているでしょう……」
「先生ね……俺は教員免許を持ち合わせてねぇんだが……」
「では、もう一度状況を説明いたしますので、よく聞いてくださいね」
もう一度説明、という言葉に違和感が滲む。
俺の記憶が正しければ、こんなところに訪れた記憶は全くない。情報が全く無い。仕事でレッドグレイブ市に来てたから、財布をニコに預けたままで金もねぇ。武器も────あん? レッドローズはあんのかよ。ネロのやつ、ブルーキングは持っていったのにレッドローズは持っていかなかったのかよ。
「私は七神リンと申します。学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会所属の幹部です」
「あー……ビアンコだ。ここに来る前は移動式便利屋『Devil May Cry』で何でも屋をやってた」
「自己紹介ありがとうございます。……貴方は恐らく、私達が呼び出した先生……のようですが」
「おい、なんだよその推測系は」
あんまりにも曖昧な言い分に俺は思わず表情が引き攣る。
「……ああ、推測のような言い方をしたのは、私も先生がここにいらっしゃった経緯を詳しく把握していないためです」
お嬢さん────七神リンという少女は呆気からんと言い放った。
あまりにも適当過ぎると思ってしまうほど、悪気も敵意も害意もない素直な口調に、俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。
「要するに、俺がここにいる理由は七神には分からないわけか」
「はい。……混乱されてますよね。心中お察しします。しかし、私はあくまで案内役ですから……先生を選んだ方はまた別であり、詳しい説明は私からはできかねます」
「Huh?」
……となれば、あのお嬢さんがここに呼び出したと考えるべきか? が、しかしだ。ここにいるとは思いたくもないが、人間の皮を被った悪魔が────ドッペルゲンガーとかが何かしやがった可能性もある。だからこれは、無益にも見える単なる確認。
「七神、ちょっと聞かせてくれ。あんたは俺に会ったことがあるか?」
要領を得ない質問だと思ったのだろう。七神は首をかしげる。
「………………? ええ。ですから先程、待っていてくださいと伝えて────」
「俺はあんたに会ったことがないんだよ」
「……はい?」
「弟に会った後、電車に乗って変なお嬢さんから依頼をされたことは覚えてる。だが、ここに来た記憶はない」
「……どういうこと、でしょうか?」
凄いな、このお嬢さん。俺の不審な発言に対して眉を若干顰めた程度に留めて、俺の言葉の続きを促した。見たところ、俺より二つか三つ年下だろうが、腹芸ができるとはどうなってんだ。幹部という肩書を持っているだけあって、そういう場所にも行かなくちゃいけないがゆえに身に着けたのだろうが……子供が何でそんなことしてんだよ。
「深呼吸してちょっと思い返してみてくれ。そいつ、本当に俺だったか?」
「………………………………」
七神の記憶が正しいのであれば、俺は脳に何か爆弾を抱えてしまった可能性がある。俺の記憶が正しければ、俺が最後に会ったのはネロとあのお嬢さんだけのはずだ。クリフォトの中でもないこの場所に来た覚えは全くない。
あんまり想像したくないことではあるが、俺は誰かとすげ替わってしまったのではないか? 本来ここにいるはずだった誰かと、入れ替わるように────それこそ、ドッペルゲンガーが本物になり替わるように。もしかしたら俺自身がドッペルゲンガーという可能性もあるが、それはないと信じたいもんだ。
「────分かり、ません。ですが……今は、貴方しかいないんです」
ややあって七神がそう言った。今にも泣き出しそうな、沈痛な面持ちで。
「こんな状況になってしまったこと、遺憾に思います。ですが、今は……」
「オーケィ、分かった。責めてるつもりはないから落ち着いてくれ。ほら、これでも食えよ」
縋るような、懇願するような声音の七神を見て、思わず懐に右手を突っ込んでお菓子を探してしまった。
小さい頃、ネロやキリエが泣いている時にやっていたように懐からチョコレートを取り出して、七神に持たせる。女の子を泣かせたと誰かに知られてみろ、殴られる。
「変な質問して悪かったな。状況はよく分からねぇが……俺の力が必要なんだな?」
「……はい。今は、ビアンコ先生が頼りです」
「分かった。色々聞きたいことはあるが、とりあえずあんたに従うよ、七神。あと、かしこまった言葉遣いなんとかしてくれねぇか? むず痒くて仕方ねぇや」
もっとフラットに接してくれていいぜ?
俺がそう言うと、七神は少しだけ口元を緩ませて口を開く。
「……ありがとうございます、先生」
ああ、それがあんたの素なんだな。敬語が固定とは、まるで聖職者みてえだ。
「ついてきてください」
「あいよ」
にしても学園都市キヴォトス……だったか? そんな場所、地球にあったか? 世界地図とか見たことあるけど、それらしい場所を見たことは一切ないはずだ。
それと、七神の言った連邦生徒会とかいう組織────連邦っていうのは、複数の国家が合わさった形式用語であり、聞き馴染みのない言葉だ。七神リン、っていう姓→名という流れの名前は東洋の方の名前で、日本の名前っぽい。……うん? そういえば俺はどうして七神の言葉が分かっていて、七神の言葉で話せているんだ? ……分からねえことばっかりだぜ。
分からないことばっかりだが、ここまでの情報を鑑みると、キヴォトスとやらは俺が知っている世界とは異なっている可能性がある。昔、ダンテの仕事について行って立ち読みしたライトノベルで読んだ、異世界転生とやらみたいだと感じる。
「先生にはやっていただかなくてはいけないことが────先生? 聞いていますか?」
「……ん、ああ、考え事。悪いな。長考癖があってよ。それで、俺にやってほしいことってのは? 新入生の引率……ってわけじゃないんだろ?」
「はい。それは、そうですね……この学園都市の命運を賭けた大事なこと……ということにしておきましょう」
マジかよ、いきなりスケールがデカいぜ。手始めに世界を救えってか? 冗談キツイ────いや、あの神サマとやらを殴り殺した時も、クリフォトも世界の危機だったわ。意外と関わってんな、俺。
「最高に大仕事だな。笑っちまうぜ」
「冗談を言えるだけ良しとしましょうか。さぁ、エレベーターへどうぞ」
七神に促され、到着したエレベーターに乗り込むと、見事なまでに神秘的な光景が広がった。
「キヴォトスへようこそ────先生」
太陽の光に照らされて、立ち並ぶ高層ビルや澄み切った青空のように広がる海原、ショッピングモールに新緑を見せる草木、街灯、交差点や道路を走る自動車など……中々拝むことができないであろう絶景がどこまでも広がっている。
「凄ぇな、ここ」
色んなところを見てきたが、ここまで綺麗な場所は中々お目にかかれない。ダンテやダンテの仕事仲間であるレディやトリッシュ……ネロ、キリエ、クレド、ニコ、孤児院の子供達にも自慢できそうだ。
「キヴォトスは数千の学園が集まってできている巨大な学園都市です。これから先生が働くところでもあります」
「ハハァ……数千とは思い切ったな? 千くらいじゃねぇの?」
「いえ、数千です」
「マジかよ」
「大マジです」
数千を超える学園とかマジかよ。……ああいや、日本の学校制度の……小中高? だっけ? その基準で考えてみれば、意外と妥当な数だったりするか? だが、学校と学園というのは何か違ったはずだが……クレドに言われて教団で色々と勉強したから学校とかに通ったことはねぇが、何が違うんだったかね。
「で? 俺はどこの学園で教鞭を握るんだ?」
「詳細は後程。物事には順序というものがありますから。慣れないことばかりで最初は大変で、苦労すると思いますが……」
「人生なんてそんなもんだ。全部
「重みを感じさせる言葉ですね」
「七神に渡したそのチョコだって小さい頃の失敗から学んで持ち歩いてるものだしな」
成功体験よりも失敗体験の方が多いもんだよ、人生ってのは。クレドを救えなかったことも、ネロを置いて死んでしまったことも、俺の大きな失敗だ。もっと力があればクレドを死なせることなんてなかったかもしれないし、ネロを置いて死ぬこともなかったかもしれない。かも、たらればなんて結果論だが。
「ところで七神。頭の上に浮いてるそれは何だ?」
「これ、ですか?」
「そう、それだ。個性的なアクセサリーだと思ってよ。今時の流行りってやつか?」
ふと、気になっていたことを問うてみる。七神の頭上に浮かんでいる、天使の輪っかのようなもの。三つの彗星を思わせる白色、水色、深い青色と、色の濃度や変色の過程を事細かに表しており、中々凝っているアクセサリーに見えるのだ。
「いえ、これはアクセサリーではなく、ヘイローと呼ばれる……キヴォトスの生徒に携わる機能の一種です」
「へぇ? なら、七神の友達の頭の上にも浮いてんのか?」
「はい。キヴォトスの生徒であれば、ヘイローがありますから」
七神の話を聞いて、この世界は俺が知っている世界とは全くの別物であると確信した。
そもそもヘイローなんて存在を初めて聞くし、俺が生きてた世界でそんなのが頭に浮かんでる奴がいたら十中八九悪魔との関りを疑う。あの時ぶっ殺した神とか、その類だったし。
「先生にも一つ、質問をしてよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「言いにくいことであれば言わなくて結構なのですが……その左腕は?」
そう言われて自分の左腕を見てみると、蒼っぽい鋼の腕があった。凄く自然な着け心地と、慣れによって気付いていなかったが……まさか、この腕があるとはな。ネロのやつ、俺からもぎ取っていかなかったのか?
「これか? これはな、芸術だ。俺の仕事仲間謹製のな」
「芸術……?」
「ま、普通の義手じゃねぇってことさ。着け心地もご機嫌だ」
対悪魔用義手兵装、デビルブレイカー。その記念すべき第一作品、
ご機嫌に義手を動かす俺を見て、少し怪訝な表情を浮かべた七神だったが、何か追加の質問をする前にエレベーターが目的地に到着したことを告げる。
「聞きたいことが増えましたが……着きましたよ、先生。ここがレセプションルームです」
「へぇ、機能美を感じさせるな。いいじゃねぇか」
ごちゃごちゃしている雑貨屋みたいなところも悪くないが、こういった機能性、機能美を感じさせる質素で殺風景な感じも悪くない。白と青。すっきりとした印象を感じさせる部屋は、若干緑が足りてないんじゃないかと思うくらい広々としているし殺風景だ。
「ああーっ!! やっと見つけた! 代行、待ってたわよ! 連邦生徒会長を呼んできて!!」
「あん?」
突然、つんざくような大きな声が俺の鼓膜をぶっ叩いた。ダンテにぶん殴られた時みてぇだぜ。
凄い剣幕と共に怒号を喉から振り絞ったような声音で、代行────恐らく七神だろう────に近付いてくる足音。本気で怒ってるキリエでもこんな怒り方はしねぇわ。そう思いつつ声が聞えた方向を見ると、二丁のサブマシンガンを持った状態で迫ってくる少女がいた。なんだ、銃社会か?
「って、あれ? 代行、その隣の方は……?」
七神の隣に立っている俺に気付いたのか、スーツの少女が不思議そうに俺に視線を向けてくる。頭上には黒い天使の輪っか────ヘイローがある。
「首席行政官、お待ちしておりました」
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が今の状況に納得いく回答を要求されています」
「こちらはトリニティ自警団です。同じく今回の騒動について詳細を────」
おいおい、次から次への野次馬とかマスコミみてぇなインタビューの数々だな。
そんな少女達の頭上を見れば、ヘイローが浮かんでいる。へぇ、七神とスーツの少女を見て思ったが、ヘイローってのは人それぞれ多種多様なんだな。そんな感想を心の中で呟いていると、七神が深い溜息を吐いた。
「ああ、面倒な人達に捕まってしまいましたね……」
「難儀な役職に就いてるみたいだな、七神」
いわゆる中間管理職ってやつ? 行政官……折衝役も担っているんだろう。ストレスがヤバそうだ。
「こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん────こんな暇そ……大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています」
「Hmm……七神、あんたには長期休暇が必要だと思うぜ」
暗黒微笑の類を浮かべる七神を見て、思わずそう言ってしまう。いい性格してるぜ。ただ、疲れて色々と切羽詰まってる感じは強く感じるな。
「今、学園都市に起きている混乱の責任を問うために、でしょう?」
「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ! 連邦生徒会なんでしょ!? 幾千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ!? この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!!」
学校に風力発電? そういったエネルギーに関することを学ぶ学園なのか?
「連邦矯正局で停学中の生徒達について、一部が脱出したという情報もありました」
「スケバンのような不良達が、登校中にうちの生徒達を襲う頻度も、最近急激になりました。治安の維持が難しくなっています」
「戦車やヘリコプターなど、出所の分からない武器の不法流通も2000%以上増加しました。これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」
どうなったやがんだ、そのパーセンテージ。悪魔が出現した時よりも治安が最悪すぎねぇか? 犯罪率の上昇なんて生易しいものじゃねぇぞ。物騒とか、そういうステージは飛び越えて世紀末ってやつだ。クリフォトが生えてきた時みてぇな状況だ。
紛争地域レベルに無法地帯になっているってことかよ、このキヴォトスという場所は。
「こんな状況で連邦生徒会長は何をしてるの!? どうして何週間も姿を見せないの!? 今すぐ会わせて!!」
おーおー、混沌としてやがるみてえだ。連邦生徒会長とやらが誰なのかは知らないが、その一人に若干依存していた状況であったのだろう。そいつがいなくなっただけでこんな状態……ってことだよな。どんな敏腕だよ、連邦生徒会長。
「連邦生徒会長は今、席におりません……正直に言いますと、行方不明になりました」
引継ぎもなく失踪かよ。思わず絶句している連中────スーツの少女、黒い翼が生えた少女、全体的に白い少女、薬品の匂いがする鞄を持っている少女を尻目に、連邦生徒会長の失踪について考えてみる。
組織のトップが行方不明となると、何かしらの事件に巻き込まれた可能性があるだろう。周囲の反応を見るに、連邦生徒会長というのは、このキヴォトスにおいてかなり大きな存在だったらしいな。そんな影響力が強いやつが、引継ぎも何もせずに失踪するなんて、考えにくいことだが……
「結論から言うと、『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会長は行政制御権を失った状態です」
「……七神、まさかとは思うが、システム系は連邦生徒会長のみで回してたのか?」
「そのまさかです。ゆえに、認証を迂回できる方法を探しておりましたが……・先程まで、そのような方法は見つかっておりませんでした」
「その言い方だと、方法が見つかった感じか?」
「はい。ビアンコ先生、あなたこそがフィクサーとなる存在です」
「マジかよ」
俺が思わず呟くと、ここにカチコミしてきた全員が驚愕の表情を浮かべて俺を見てきた。信じられないものを見るような、未知の物体を見ているような困惑の色が強い。
「ちょっと待って。そういえばこの先生は一体どなた? どうしてここに?」
「なるほど……首席行政官の隣にいる方が見慣れないと思っていましたが……先生だったのですね」
「はい。これからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が失踪する前、特別に指名した方です。改めて先生、貴方に向かっていただかねばならない場所が────」
「移動か? ヘリか? ヘリは小型、車は大型車までで頼むぞ。俺がそこまでしか免許を持ってねぇ。ハーフマラソン程度の距離なら生身でも可」
こんな状況であってもマイペースなやつだとでも思われたのか、怪訝な表情を浮かべる面々。免許という概念がないとか言わないでくれよ? さすがにないよな?
「こちらでヘリを用意します。オートパイロット機能もありますし、問題はないかと」
「あー……小型であることを祈るぜ。それと、初対面な四人、悪いんだが自己紹介頼む。名前も知らない生徒に先生と呼ばれんのはアレだろ」
俺がにへら、と笑ってそう言うと、押しかけて来た少女達が口々に自己紹介を始めた。
「わ、私は早瀬ユウカです! ミレニアムサイエンススクールのセミナーで会計を務めてます! 覚えてくださいね、先生!」
「トリニティ総合学園所属、三年生────羽川ハスミです。よろしくお願いします」
「同じくトリニティ総合学園所属の二年生、守月スズミです。自警団として活動しています」
「ゲヘナ学園所属一年生、火宮チナツです。以後、よろしくお願いします」
スーツの少女が早瀬ユウカ、黒い翼の少女が羽川ハスミ、全体的に白い少女が守月スズミ、薬品の匂いがする鞄を持った少女が火宮チナツね。よし、多分覚えた。忘れたらもう一回覚えればいい。
「早瀬、羽川、守月、火宮な。俺はビアンコ。ただのビアンコだ。ここに来る前は移動式便利屋『Devil May Cry』で何でも屋をやってた」
「便利屋……?」
「キヴォトスにもいるのか?」
「校則違反者として、いますね」
おいおい、ルールってのはある程度守るために存在してんだけどな。もちろん破らないといけない時はあったりはするが……便利屋だって、ちゃんと経営許可書とか保健所とか諸々に提出してたんだぜ?
「先生はいつ頃からキヴォトスに?」
「さっきまでちょっと仮眠してた。死ぬほど疲れてたんでな。あんたらも無理のし過ぎは美容の天敵だぜ?」
カラカラと笑って言うと、若干だが緊張とか警戒の糸が解れたような気配がした。警戒するなという方が無理な話だ。
「あの……その左腕は……」
「仕事仲間曰く芸術。着け心地も最高にご機嫌だぜ。にしても、さすが医療系。これに目が行くとはお目が高い」
「医療系? 確かに私は保健委員ですが……なぜそのことを?」
「匂いだよ。その鞄、医療品だろ? さすがにモルヒネとかはないみたいだが……痛み止めとか、止血剤、消毒液の匂いがする。あとは……包帯か? まだ使ってない新品の匂いだ」
なるほど、と火宮が納得したように頷いたのを見つつ、怪我をしたりした際にそれを治療できる奴が近くにいるのはありがたいと心から思う。まだ検証していないが、ネロに悪魔の力を全部譲渡しているわけだから、再生なんて芸当はできないはずだ。だから治療ができるやつは貴重だ。
「誰かを倒すよりも誰かを癒す方が難しい。そう考えるとマジで優秀だな。同じ立場で戦うことがあれば頼りにさせてもらうぜ」
「えっ、あ、はい! ありがとうございます!」
「おう。あ、もちろん火宮以外も頼りにさせてもらうぜ? 一人でできることは限られるからな」
人は褒めて伸ばせと言うからな。問題を起こさない限りは褒めて伸ばす方針で行こうじゃねぇか。ネロもそっちの方が伸びやすかったし。
「で? 七神、俺が行かなくちゃいけない場所はどこにあるんだ?」
「そうですね……ここからおよそ30kmといったところでしょうか」
「若干距離があるな」
「はい。ですので、ヘリを用意します。……モモカ、シャーレの部室に直行するためのヘリが必要なんだけど……」
ヘリを操縦するのは久しぶりだが、大丈夫だろうか? 乗り物酔いしない連中しかいなかったから、ちょっと心配なんだが。
俺が少々心配事をしている中、七神は通信機器を使って外部へ連絡を取っているようだ。
『シャーレの部室? ……ああ、外郭地区のこと? そこ、今大騒ぎだけど??』
コール音の後、ヴォンッ、とホログラムが投影された。マジかよ、こんな近未来な技術はSF映画でしか見たことないぜ。
ホログラムに映っているのは、ピンク髪の低身長な少女だった。後ろにうねうねと尻尾のようなものが動いているのは……あの少女のものなのか? 悪魔とかいないんだよな? 大丈夫だよな? 不安になってきたぞ?
「大騒ぎ……?」
『矯正局を脱出した停学中の生徒が騒ぎを起こしたの。そこ今戦場になってるよ。連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良達を先頭に焼け野原にしてるみたいだねぇ。巡航戦車なんてものも持ち出してるし……わぁ、もう混沌混沌』
おいおい悪魔に襲われた町じゃねぇんだから勘弁してくれよ。地獄絵図すぎんだろ、それ。
恨み辛みで世の中のありとあらゆるものをぶっ壊してやろうと考える連中は少なくないんだろうが……テロってのはどこでも起こるもんなんだなぁ。
『それで、どうやら連邦生徒会長所有の建物を占拠しているらしいの』
「おいおい、なんか情報が筒抜けになってるんじゃねぇのか、そりゃ」
色んなインフラが止まってるんだから、どこから情報が漏れたとしてもおかしくはないとはいえ……まさか俺達が向かうべき場所をピンポイントで狙うなんて、情報が漏洩したと考えた方が自然だ。
『まあでも、もうとっくに滅茶苦茶になってたし、別に大したことな……あっ、先輩、お昼ごはんのデリバリー来たからまた連絡するね! ホイじゃ、通信切るね~』
プツン、と通信が切れる音と共にホログラムが消え、レセプションルーム全体が静まり返った。
「………………ふうぅぅぅ……」
「七神、これ終わったら本格的に休むことをおすすめするぜ」
「…………そうですね……機会があれば、そうします」
腹の奥底から溢れ出てくる苛立ちを堪え、眼鏡を光らせる七神はまさに噴火寸前の火山といったところだ。苦労してんだな、七神。あとでジャンクジャンクピザとコーラとストロベリーサンデーを差し入れてやろう。
「どうする? 目的地まで国際マラソンか? あ、キヴォトスなら学園都市マラソンか?」
「そう……ですね。問題が発生しましたが……まぁ、許容範囲です」
そう言った七神がチラ……と横目で四人を見ると、彼女らの顔色が変わる。嫌な予感、面倒事に巻き込まれる予感ってやつを感じ取ったのだろう。七神の頭の中には、名案があるらしい。
「丁度ここに、各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので……私は心強いです」
「へ?」
「キヴォトス正常化のため、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう」
「ハッハァ! いいね、クールな発想だ! このお嬢さん達が了承するかはともかくとしてな?」
「そうよ! 先生の言う通り、私達、行くだなんて一言も言ってないんだけど!?」
まぁ、そりゃそうだよな。理由もなくいきなり戦場に放り込まれたらそう言うだろうさ。でもな、これはお嬢さん達にもメリットがあるはずだ。七神の言い方が言い方だからちょっと伝わりにくかったようだが。フォローは……しとくべきか? 一応先生って立場だしな。
「人手が足りねぇこの状況、猫の手も借りたいわけだ。七神、連邦生徒会で使える戦力は無いんだな?」
「はい。悔しい限りではありますが」
「ま、そうじゃなきゃ他学園の手を借りることもねぇわな……で、協力した連中に治安安定以外のメリットは?」
「そうですね……最も大きいとすれば、食品、医療品などの物価高騰が安定することでしょうか」
いいね、そういうメリットが人を動かす要素として大事なんだ。それだけで足りないなら、そうだな……ああ、これがある。
「シャーレってのが何なのか分からねぇが、俺は先生として学園都市の危機を解決する。ここまでは間違いないか、七神?」
「ええ、間違いありません」
「そんな俺達にお嬢さん達がついてきたら、事件の早期解決に貢献したという実績が手に入る。それと同時に各学園に起きた問題を解決できるとなれば、悪い話じゃねぇだろ」
この状況をどうにかしたいと考えてここに来たとなれば、手早く解決する方法があってしかもメリットがあると言われたら飛びつかざるを得ないだろ。
「困って誰かに頼るだけがお前達の人生か? 自分で覆してやろうと少しでも思わないか? 待つのはここまでにして、動いてみようぜ」
「「「「…………」」」」
「何、どうとでもなるだろうさ。案外世界救うのも家族を救うついでに行けたりするんだ。その倍はいる今なら、ちょっと頑張りゃいけんだろ」
ニッ、と笑ってやると、お嬢さん達が驚いたような、凄いものを見たような目でこちらを見てきた。信用がないってのは初対面だし、自覚も理解もしていたが……ちょいとばかし傷付いちゃうぜ。ダンテの方が女の子の扱いに慣れてるだろうから、こういうのに傷ついたりはしねぇんだろうが……生憎俺は女性経験ゼロだ。
「ほら、納得してついてくるやつはついてこい。七神、ヘリが無理なら車か?」
「あっ……ええっと、そう、ですね。ヘリが難しいのであれば、車で行くしかありませんね」
「なら、車手配してくれ。運転は俺がやる。────Hey、置いてくぞ?」
フリーズしてる連中にもう一度声をかけると、ハッ、とした表情を浮かべて七神に車両の情報を聞きながら歩く俺の後を慌てて追いかけてくる気配がした。戦力はいくらあっても足りねぇから、本当にありがたいぜ。
ビアンコはネロの2Pカラーみたいな外見してます。