目を開けると、やっぱりクリフォトの内部でもない、白い天井が見えた。孤児院でもないし、ニコの車の中でもない。シャーレの部室を奪還してから数日は見ている、シャーレの部室だ。
「……夢じゃねぇんだな」
アンジェロ二体に切り刻まれた後にベヒモスに轢かれ、ノーバディにぶん殴られたり、ヒューリーに腹をぶち抜かれ、デスシザースに足を切断されたり、ヘルバットの群れに全身を焼かれたりと、散々なやられ方をして再生もできなかったから、『Sweet Surrender』ですら治癒できないレベルまで負傷して死んでしまったわけだが……目が覚めたらクリフォトの中でした、なんてことが起きないかと思っていた自分もいる。我ながら未練がましいやつである。
ネロのやつは無事にバージルをぶん殴れただろうか。ついでにダンテもぶん殴ってくれているといいな。ネロのことだから、どっちも死なせねぇって言いつつも結構本気でぶん殴って、マジで死ぬかと思ったって文句言われてそうだが。
「ま、俺は依頼を完遂しねぇといけないからな」
向こうに帰ったら墓の下でしたなんてこともあるかもしれねえ。墓は海が見える場所にしてくれって伝えてるが、ネロ達のことだから孤児院の近くに墓を作りそうだな。墓参りは楽な方がいいとか言ってよ。ブルーキングが墓標にされてる可能性がある。死人に口なしと言うし、文句を言うことはないが。
まだ日が昇っていない時間帯に起きた俺は、ぼんやりとしている体を起こすためにシャワールームに向かった。孤児院の風呂場も中々広いが、シャーレのシャワールームはもっと広い。大浴場と表現するのが相応しいこのシャワールームは……一人で使うには少々寂しい。ここにネロやダンテがいたら馬鹿みたいに騒いで、馬鹿なことをやってレディやトリッシュなどに呆れられているところだ。
「にしても広いよなぁ、ここ」
シャワールームもそうだが、シャーレの部室となっているこのビルはとんでもなく広い。一つの学園がビルに造られていると言われても納得するくらいには広いのだ。今俺が使っているフロアは生活フロアらしいが……シャワールームだけではなく、個室になっているシャワールームもあるし、食堂だけではなく学生が使うはずの無いバーカウンターも用意されている。あまり酒は飲まないが、間違いなく安酒ではないだろう酒も置かれていた。何のための施設なんだよ。こんなに上等な部屋を与えられたとしても持て余すぞ。というかもう持て余している。
「…………このビルを丸ごと使う必要がある状況を想定されていたとしか思えねえな」
軍事とか、そういったことに疎い俺でもそう感じてしまうくらい、このシャーレという組織はとんでもない気合の入れ方で設立されているように感じた。
ソーラーパネルによる太陽光発電システムだけではなく、何か燃料を入れることで発電が可能な自家発電設備、下手な軍部の装備よりも強力な通信機材やサーバーが揃った機械室……各階に用意された数年分の防災備蓄が用意された倉庫。何人もの人間が住めるようになっている一人暮らし用のアパートのような部屋は、シャーレに所属する生徒が宿泊することもできる仕組みらしい。
さらには、訓練施設やトレーニングルームも充実しており、射撃訓練場、屋内演習場、クライミング、ラぺリング、水泳などの訓練を行える広い施設。あとはレセプションルームも用意されており、維持費がとんでもない金額になっていそうで頭が痛くなってくる。
なのに、その組織が設立された目的が『連邦生徒会で持て余した苦情や生徒の問題への対応』という正直こんな設備は必要なのかと思うものだ。となれば、その問題を解決するだけではなく、それ以上の価値を求められているとしか思えねぇ。何をさせるつもりだ、連邦生徒会。何をやらせたいんだ、連邦生徒会長。
「……アロナ、今日の予定は?」
シャワールームから出て、とんでもなく不味い代わりに全ての栄養を補充できると謳われている栄養ブロックを口に放り込み、コーヒーで流し込む。味が不味いなら、噛まなきゃいいんだよ。
朝食を簡易的に済ませてタブレット────【シッテムの箱】の中にいるメインOS兼俺の秘書であるらしいAIのアロナに声をかけると、ややあってアロナの声が響いた。
『はい! 今日はミレニアムサイエンススクールへ向かい、先生のデビル、ブレイカー? について相談する予定が入ってます!』
「ああ、そうか。今日がそうだったか」
ミレニアムサイエンススクール────早瀬の通っている学園だ。研究、開発、発明などを行う……千年問題を解き明かすために生まれた学園だそうだ。ニコがいたら喜びそうな学園だな、おい。
現在、俺が持っているデビルブレイカーは『OVERTURE』ともう一つ……体のコリをほぐすのに使っている戦闘向きではない『
「アロナ、早瀬にメールを頼む。今日はよろしく頼む、って感じの意味合いのメールを」
『お任せください! あ、あと、その栄養ブロック、消費期限昨日までですよ』
「それは早く言ってくれ?」
某日、10時30分。
巨大なビルが乱立するエリア、その一室に訪れた俺は、大量の書類を素早く捌いている早瀬と対面していた。
「先日はお世話になりました、先生」
「ああ、気にすんな。弾薬とかに使った費用についての振り込み、大丈夫だったか?」
「はい。先生、もしかしてああいったことは結構慣れているんですか?」
「あー……まぁ、慣れざるをえなかったってのが正しいか? 確定申告とか、ほぼ俺がやってたしな」
そんな話をしている間にも、大量にあった書類は消えていき、数分後には今日分の書類仕事が終わったのか軽く伸びをした早瀬。凄ぇな……あの量をこの数分で捌き切ったのかよ。毎日やってれば慣れるもんなのか? 慣れたくはないもんだな。
「それで……今日は確か、先生の義手について……でしたよね? メールで話していた連邦生徒会の紹介状は持ってきていますか?」
「ああ。間違いないか確認してくれ」
俺が手渡した連邦生徒会のハンコが押されている紹介状をマグカップのコーヒーを飲みながら流し読みした早瀬は、内容を把握した後に口を開く。
「確認ですが、シャーレとしてミレニアムに正式な依頼ということで間違いないですか?」
「ああ。『OVERTURE』と『Sweet Surrender』だけじゃ心許ないんでな」
「状況に応じて使い分けができる、戦闘用兼私生活用の義手……可能であれば複数欲しい、と」
先日の直情的な物言いとは打って変わって、かなり冷静かつ正確に物事を整理して話ができている。こっちが素なのか?
「そうだな。ワイヤースナッチ────ああ、この義手に備え付けられてるシステムのことな。それも使えるようにしてほしい。あと、消耗品だから余計な機能があっても困る」
「そのためならある程度の費用がかかっても問題ない、と?」
「ああ。頼めるか?」
「多分大丈夫でしょうけど……普通の義手を使うつもりは無いんですか? 先生はその……動けるとはいえ、私達と違って一発でも銃弾を受けたら致命傷になりかねません。生徒を部員として迎えた方が────」
「Hmm……お前らを信用してないわけじゃないんだがな? やっぱり俺は現場主義というか、後ろでふんぞり返ってるのは性に合わねぇんだ。それに、自衛はできた方がいいだろ?」
今のところ悪魔を見ていないし、気配も感じないが、だからと言っていないとは断言できねぇ。魔具みたいなもんがどっかにあるかもしれないし、悪魔に近しい化け物がいるかもしれねぇ。かもしれないで油断して、呆気なく死にましたなんて笑えない冗談だ。
「まぁ、そうですけど……」
「もし、早瀬達が倒れた時、手札が無くて生徒を守れない先生は────ダセェだろ」
銃撃戦で死ななかったとしても、早瀬を含めた生徒達が全滅した時に……俺だけが立っている状態で、生徒を守れないのはダサいだろ。クレドが死んだ時、俺に力があればと何度も思った。もう二度と後悔したくねぇ。力が無かったから助けられなかったなんて、俺は絶対に認めたくねぇ。
「……変な人」
「HAHAHA、聞えてんぞ」
「聞えるように言いましたからね」
言うじゃねぇか。
一頻り笑った早瀬は、手を叩いて席を立つ。
「先生、ついてきてくれますか? 義手について解決できる人達を紹介します」
「ああ、頼む」
「ただし、揃いも揃って問題児です。ビックリしないでくださいね」
そうは言いつつ早瀬が引き合わせてくれるということは、問題児であっても腕は確かということだろう。早瀬は……二年生でセミナーとかいうところの会計だったか? ということは、部活の部費とかも分配していたりするのか。そうなると問題児とも交渉しないといけないから、ストレスは多そうだな。……っと、そういえば。
「早瀬、ふと思ったんだが……キヴォトスは勉強とかどうしてんだ? 生徒しか見ねぇが……」
「キヴォトスの外から来た先生だと馴染みがないですか? キヴォトスではBDを使ってカリキュラムを進めるんです」
「へぇ? 対面式じゃねぇのか。進んでんな」
早瀬の後を追う形で近未来的な廊下を歩きながら話をする。ブルーレイディスクで授業を進めるなんて最近の学校ってのは凄ぇもんだ。俺の常識の更新が大変だな。
「キヴォトスでは教師と対面する授業は絶滅していますからね。個々人の適性や希望によって学ぶべきカリキュラムが全く異なることが多いですから」
「ほー……じゃあ分からないことがあったら?」
「好きこそものの、と言いますし、そういったことは限りなく少ないですよ。あったとしてもケアレスミスレベルのものです」
「Hmm……頭がいい生徒ばっかだな、おい」
俺なんてクレドが作ったテストを何度も赤点になったぞ。最近の学生ってのは凄いもんだな。
「その中で成果を出すのが厄介な曲者な人達が、今から先生に会ってもらう人達です」
「元気なお嬢さん達らしいな。会うのが楽しみだ」
エレベーターに乗り、下へと向かうと────広いガレージのような場所に到着した。しかも色んな場所に爆発痕がある。どんだけ実験をやって失敗してきたんだ。
そんな部屋の中央には、何やらガトリング砲……とは似ているが全く違うロケットランチャーが連結しているような見た目の馬鹿みたいな兵器を弄っている三人組がいた。
「……げ」
「げ、って何よ、げ、って」
どうやら早瀬は問題児と呼ばれる生徒達に苦手意識を持たれているようだ。まぁ、金銭が絡む話は憎まれ役になるやつが絶対必須だからな。それがミレニアムサイエンススクールでは早瀬だったということだ。
「その……ユウカが来る時はいつも請求書とか、部の予算の切り下げですから……」
「早瀬、この手の連中には予算切り下げよりも倍額とかとんでもない金額を叩き込んでやるといいぞ。そうすりゃケツに火が付く」
「……それ、資産が潤沢にある場合ですよね?」
「まぁな。ただ、そういう選択肢もあるってのは覚えておいて損はねぇぞ」
何が役立つか分からないからな、と早瀬の肩を軽く叩いた俺は、不思議な着こなしをしている金髪少女、ネグリジェっぽい服を着た少女、比較的真面な制服の着こなしをしている紫髪の少女を順番に見た後、いつも通り自己紹介から始める。
「初めましてだな。俺はビアンコ。シャーレの先生だ」
「ああ、君がそうなのか。ニュースは見たよ。ユニークな先生だと聞いてるよ。私は白石ウタハだ。エンジニア部の部長を務めている。眼鏡の子が豊見コトリ、ゴーグルの子が猫塚ヒビキだ」
「よろしく、白石。……早速だが、本題に入っても?」
「ああ、もちろんだよ」
「じゃあ早速。────こいつと同じような義手が欲しい」
左腕のデビルブレイカーを白石達に見せると、目を輝かせて、すぐにスンッ、と能面のような表情になった後に仕事についてクライアントから話を聞くプロの表情を浮かべた。
「先生、一ついいかな」
「ああ」
「その義手を作った人は偉大だが────同時に大馬鹿だ」
「ハハハハハ!! いいね! 直球な物言いは嫌いじゃねぇ!」
言われてんぞニコ。お前、偉大かつ大馬鹿だってさ。お前のことだから褒め言葉だって笑うか? それとも「んだとこの野郎!?」って怒るか? ……どっちもかもな。自分の発明を芸術と表現するお前と、ぱっと見てロマンを追い求め続けているこの三人との相性は悪くないと思うが。
「タイムラグが存在せず、しかも滑らかに動かせる義手……確かにミレニアムにもそういったものを研究する生徒はいる。実際に商品化されてるものもあるしね」
「けど、色んなシステムを芸術レベルに無駄なく組み込んで、消耗品想定で造られているものは初めて見る」
「以下の理由から、私達はその方がとても素晴らしい技術者であり、ロマンを追い求める方であるという結論に至りました!!」
ロマンを追いかける者と書いて、大馬鹿と書く。言い得て妙だ。だが、嫌いじゃない。
「機会があれば是非ともその義手を作った技術者と話をしてみたいところだが……」
「先生、その義手って何か名前があるの……?」
ネグリジェみたいな服を着たゴーグルの少女────猫塚だったか────が興味津々な目をデビルブレイカーに向けている。……いや、猫塚だけではなく、白石も豊見も期待が隠せないと言わんばかりに目を輝かせている。技術者ってのはやっぱり似たようなとこがあるのかもな。
「『OVERTURE』。これがこの義手の名前だ」
覚えている限りの仕様を書き込んだ書類を白石に手渡すと、彼女はその仕様書を興味深そうに見た後、どこか楽しそうに笑う。
「序曲の名を冠した義手か。ロマンを感じるね」
「その他の仕様書も具体性があって、図面も凄く洗練されていますね? 先生、もしかして工学の心得が?」
「いや。ただ、昔、弟と一緒に銃を作ってたことはある。自分の得物の手入れは自分でやってたし」
ネロが持つブルーローズと俺が持つレッドローズ。悪魔の外殻を粉砕する弾丸と悪魔の肉体を貫通する弾丸を絶妙なタイミングで叩き込む銃であり、もはや人間では使えない重量と反動の銃だ。俺とネロが他とは違ったからこそ使える銃であり、少し前に七神から「頭がおかしいんですか?」と言われた代物である。
「なるほどね。先生の銃についても今度詳しく聞くとして……まずは採寸だね。戦闘発生時に使うということだから、運動時のデータ収集も行いたい。無いとは思うけど、拒絶反応などがないように血液採取も……ヒビキ、機材を準備してくれるかい?」
「分かった。ちょっと楽しみ……」
「コトリは戦闘用ロボを用意してくれるかい。警備ロボットとして提案して没になったものがあっただろう?」
「分かりました!」
没となったロボット……何が原因なのかは知らねぇが、色々作ってんだな、エンジニア部。……もしかしたら、イクシード搭載の機動大剣も作れたりするのだろうか。
「ところで先生、この義手に自爆装置をつける予定はあるかな?Bluetooth機能や決済機能も付けれるけど」
「今のところは無いな。暴発されても困るし、消耗品に付けるもんじゃねぇだろ」
「うーん、まぁそうだね」
……俺が前みたいに再生できるなら、検討したんだがな。自爆機能。肉を切らせて骨を切るって戦法も、俺が悪魔の力で再生しまくれたからできたことだ。……こうして考えてみると、俺はネロよりも悪魔の割合が強かったのかもな。左腕を切り落とされた後も、傷の再生をすることができていた。ダンテとバージルの父親の……スパーダお爺ちゃん? が凄い悪魔だったってことなんだろう。
バージル? 子供ほったらかしで力を求めたクソ親父のことなんざ知るかよ。バジルの方がまだ好きだ。……いや、実はあんまりバジルも得意じゃない。ピザのバジルはいいんだが、パスタのバジルは得意じゃない。……でも、何で力を求めたのかはあんまりよく知らねぇんだよな。ダンテから何か聞けばよかったか……? いや、ダンテがそう簡単に話してくれるかは分からないし……………………
「ネロに全部任せりゃいいか」
「ネロ? 先生のご友人ですか?」
俺の呟きに早瀬が反応する。
「ん? ああ、いや、弟」
「えっ、先生って弟さんがいたんですか?」
「ああ。自慢の弟だ。写真は無いけど、俺とは髪の色が違うくらいで、結構そっくりでな」
一応双子だしな、俺とネロ。よくクレドとキリエにウィッグを使って悪戯しようとしてすぐにバレて怒られたりした記憶がある。お互い声変わりの時期でガサガサ声だったってのに、よく気付いたもんだ。
「ちなみに腕を奪われて義手なのもお揃いだ。ネロは右腕、俺は左腕。左右対称ってやつだな」
「そんな左右対称聞きたくなかったです────というか何で奪われたんですか!?」
「知らね」
あんのクソ親父が……息子の腕切り落としやがって……あの時のことを思い出してギリギリと歯軋りをした後、苛立ちを消すために懐からミントシガレットを取り出して齧る。ネロ、マジでバージルを俺の分までぶん殴ってくれよな……ビッタンビッタン地面に叩き付けてやれ。頼んだぞネロ。
「先生、準備できたよ」
「おお、今行く。早瀬、紹介してくれて助かった。色々話をしたいとこだが、また後でな」
「はい。……と言っても、エンジニア部の監視も兼ねて私も立ち会うんですけどね」
ああ、そうなのか。それくらいの問題児って感じなのかね、あの三人は。
この後めちゃくちゃデータ収集した。
ちなみにこの世界のDMC5のネロのデビルトリガーでバージルみたいに分身します。
「俺が勝ったら言うこと聞けよクソ親父」のシーンが「“俺達”が勝ったら、言うこと聞けよクソ親父」になります。