対黒龍最終決戦兵器な少女 作:クエストてつだって!
西の海の様子を見に行ったハンターさんのことは気がかりだけど、私は私でやることがある。ユクモ村のお祭りに行くことにした。
「なんで私たちまで連れてきたのよ」
「どうせ、暇してたじゃないですか?」
ハンターさんが出立してからというもの、モンスターの狩猟の依頼がパタリと途絶えてしまっていた。
それでも古龍の出没はひっきりなしに起こっているが、古龍の撃退のクエストにはあまり彼女は乗り気じゃない。★7でも受けられる危険度が低めの古龍のクエストもあるけど、それは受けずに女の子の面倒を見ていた。
「あれ、なに?」
「あれは金魚すくいよ?」
それで女の子も一緒に連れてきたわけだけど、こういうお祭りは初めてだったみたいだ。
周りにある屋台やら、出店やらに興味深々だった。
「金魚! カクサンデメキン……いる?」
拡散弾でも作りたいのか。ただ、これは金魚すくい。
「カクサンデメキンは魚竜ですからね」
あんななりして、竜と言うのだから、最初に知ったときは驚いてしまった。
「カクサンデメキン、いるわね。ハレツアロワナもいるわ! それに眠魚も!」
ちなみに、ハレツアロワナも眠魚も魚竜である。
え……? 金魚はどこに?
「魚竜すくいですね、これじゃあ」
そして、周りには猛者の風格漂うハンターたちが集まるのだった。たぶん、みんなガンナーだ。弾丸の調合素材が切れたんだろう。
「やる。カクサンデメキン調合する」
そう言うと、列に並んだ。並びながらも、先にやっているハンターさんたちの様子をじっと観察している。
そして、ついにその時が来る。やる気十分に金魚すくいの丸いアレを握っていた。
「頑張ってください!」
「ん! たぁ!!」
上手い!?
成功するハンターの技術を見ていたのだろうか。紙の全体を濡らした後、掛け声とは裏腹に、優しくそっとすくいあげた。
もちろん、カクサンデメキン一点狙いだ。カクサンデメキンのなにが彼女を引きつけたのだろう。
「あ……っ」
「……!? ……!!」
すくったカクサンデメキンが拡散していく。ついでに紙も拡散した。世は無情だった。
「大丈夫です。いつかきっと、ガノトトスだってすくえるようになりますよ」
「ガノトトス……すくう……?」
「やめてよね? その気になっちゃうじゃない」
魚竜すくいに敗北し、落ち込む女の子を慰めつつ。私たちは次の目的地へと向かっていく。
ここは、わざわざ私がこの日の為に申請をし、プロデュースしたお店だった。
くく、原生林名物……ネルスキュラまんじゅうである。
別に原生林の近くで買えるわけじゃないけど、原生林名物という触れ込みだ。ネルスキュラがいるの、原生林だしね。
「フ……無慈悲の体現たる精緻な鋏角。鮮やかな、命を奪う紫の色彩! お土産に、ネルスキュラまんじゅういかがでしょう」
ちなみに店番をしているのはクルペッコ装備の彼である。キャッチコピーも決まってる。
「た、食べるのよ? あの食欲を奪う毒々しい紫はなに? 鋏角の再現度……喉に引っかかりそう……」
私がわざわざプロデュースして作らせたのに、散々なことを言われてしまう。
帰ったら、お部屋がネルスキュラの抱き枕だらけでも知らないもん。
「ネルスキュラ……食べる!」
お、なかなかにわかっているじゃないか。
「フッ……買ってあげますよ?」
「フッ……毒に気をつけて食べるんだな」
「え……? この紫のところって、ほんとに毒なの!?」
私がお金を払って、女の子がネルスキュラまんじゅうを受け取る。ご機嫌だった。
「はむ」
「あっあー!! ネルスキュラが一口で!?」
「え! 毒は? 毒は大丈夫なの?」
ネルスキュラの消失を惜しむ私と、毒の心配をする声に答えてだろう。
「んあ」
女の子がまんまるのお口を開ける。お口の中には、キューティーなネルスキュラが鎮座していた。つぶらな瞳で、私に助けを求めているようにさえ見える。
ごめんよ……無力な私で……。
「毒は?」
「からかっただけに決まってますよ。ね」
「フ……俺の虚構に惑わされたか……」
「紛らわしいこと言わないでよっ」
ただ、そう。女の子。口の中が真っ青である。
「この色が、ネルスキュラの……ポイズン、パワーァ!?」
「ん」
パックンチョと、女の子は口を閉じる。もぐもぐと、今度こそネルスキュラはお亡くなりになった。黙祷。
「というよりも毒なら、ゲリョスパワーじゃないんですか?」
「……!?」
ふと、声がする。
この声は、確か……!!
「ネルスキュラの毒はもともとゲリョスのものでしょう? ネルスキュラはゲリョスの皮を剥いで着ているわけです。そのときに、毒も一緒に利用するわけですけど……はっ!? ネルスキュラは、私と同じくオシャレさんだった!?」
「出たな、怪人ギギネブラ!!」
「ギッギッギ。私こそが、怪人ギギネブラ! ギギィギギィにしちゃうぞー」
「……え……」
「て、振ったのはそっちなんですから、そんな反応しないでくださいよ!!」
彼女こそは、私の友達で、同じく受付嬢。同期の中で一番に優秀だった子である。あの決闘は忘れもしない。
どうやら、私と同じくお祭りの招待状を受け取ったみたいだね。
「ギギィギギィ。……ギギィギギィ」
なにが気に入ったのか、女の子は真似をしてギギィギギィのポーズをしていた。両手をギギィっぽい感じでパクパクとさせるポーズだった。
「えっと、誰かしら?」
「あぁ、紹介しますよ。私の同期でお友達のモガの村の看板娘です」
「モガの村で看板娘やってます! よろしくお願いしますね!」
そんな紹介を聞いて、彼女は首を傾げた。
「前から思ってるんだけど、ギルドガールズって、名前なかなか教えてくれないわよね」
「くっくっくっ……個を消し、役に徹する。それこそがギルドガールズ」
「高水準で、同じ品質、同じサービスをぱぱっとお届けすることが私たちの使命なんですよ!」
「いぇーい!」
「いぇーい!」
ハイタッチをする。なかなかのコンビネーション。いい感じだ。
ギルドガールズって、キャラが濃くないとつとまらないのかしらと、呟かれた。えっ、なんで?
「というか、モガの村?」
「あぁ、孤島の近くの村ですよ。あの、狩場の」
村の名前を言われても、ピンとこないようだったので情報を付け足す。ハンターは、やっぱり狩場で説明をすればわかってくれる。
「って、西海岸よね? 例のタンジアの港も近いわよね。向こうは……その、どうなってるわけ?」
感心ごとといえば、やはりそれか。竜が出現しないという異常事態に、
「私が出発したときには、特にまだ……。軽い揺れがほんのたまに来るくらいでしたね」
「そう、そうね」
ユクモ村は、私たちの街から北へと海に出て、昔の日本モドキみたいな文化をしてる極東の半島を迂回。そこから満潮に合わせて大河を遡上。水源である山岳地帯に狩場の渓流とともに存在する。
孤島から来たとなると、だいたい出発が一ヶ月半前くらいだろう。タンジアの港に向かったハンターさんとは入れ違いだ。
「それじゃあ、しばらくはこっちにいる感じ? 向こうは、危険でしょ?」
「いえ、村のみんなが心配ですし。あ……でも、そこまで心配はしていないんです。なにせ、あっちには私の村のハンターさんがいますから。私が着いた頃には、全部終わってたりなんかして」
「信頼……しているのね……」
「ええ、もちろん! 私たちのために、古龍を退けた村の英雄ですから!」
「……っ。そうね!」
その明るさに、励まされているようだった。あるいは彼女は、その言葉を誰かさんに重ねたのかもしれない。
赴任してきた私よりも、彼女の方がハンターさんとの付き合いは長い。だから、きっと、そういうこともあったのかもしれない。
「頑張れ……ハチミツのおじさん」
女の子が、密かにそう呟く声を私は聞いた。そのエールは、遠く西にいるハンターさんへと届いただろうか。
***
街に戻ったころ、中央から、★9の緊急クエスト『黒焔盛んにして災異未だ止まず』が秘密裏に発布された。
それを、私はハンターさんから貰ったサイン以外が白い紙に書き写した。
ユクモ村には、いろいろな人がきていた。だからこそ、各地の伝承の類いも聞くことができた。
私は、それをノートにまとめた。意味がないかもしれないけど、何もせずにはいられなかった。
これは、黒龍の伝説。その内の一つだった。
「地は揺れ」
火山の活動か、地震が起こっていたという話は聞いた。
「木々は焼け」
噴火のような力を持つ古龍ならば、森など跡形もなく消せるだろう。最初は、海底火山の活動と、そういう話だった。だから、きっと、そうなのだろう。
「小鳥と竜は消え」
確かに、考えてみたら小鳥を最近見ていない気がする。そして、モンスターの狩猟依頼はパタリと消えてしまっていた。
「日は消え」
クエストが公布されてから、もうひと月が経った。太陽が雲か……あるいは噴煙に覆い尽くされている。大陸全土がこんな様子だと、
「古の災いは消え」
ここから北にある国から私のところに手紙が来た。
爵銀龍メル・ゼナが姿を消した。なにが起こっていると、尋ねる内容だった。それに私は大陸西側、運命の戦争と返しておいた。
最近は頻繁に出没していた古龍だったが、今や一体すら観測されていない。
他にも、各地から情報を集めている。やはり、どこも大変のようだった。この異変に、終末論を唱え始める人間さえ出てきているほどだった。
「そして大陸は沈んだ」
それが、最後の一説だった。
シュレイドが滅んだとか、言い伝えは一つではなかった。今回において、しっくりと来るものがこれ、だというだけの話だ。
あぁ、でも、信じるしかない。西の空を見れば、まるで夕焼けのように赤く染まっている。その赤に、朝夕も、昼夜も関係はなかった。
戦っている。あそこで、戦っているんだ。だから、信じるしかない。
「ハンターさん、頑張ってください」
今日も祈る。赤く染まった西の空へと。
***
敵の名は、煉黒龍グラン・ミラオス。伝承に語り継がれるその存在は、赤い海――厄海に現れたという。
厄海、語り継がれるその場所は少し前まで、だれも知らなかった。だが、それも当然の話だ。
なぜならば、煉黒龍の存在するその海が厄海となる。その巨躯から放出される赤いマグマのような灼熱の液体が、ただの海を赤く染め上げ、厄海へと変えるのだから。
「獅子奮迅とは、このことだな」
二人のハンターの活躍により、この戦線は保たれていると言ってもいい状況だった。
――一人は、モガの村のハンターだった。
最近ではタンジアの港のギルドで頭角を表しつつあるハンターだった。ジエン・モーランやその亜種からロックラックを救い、ナバルデウス亜種の撃退を果たしたという。
武器はガンランス。砲撃の反動を利用して、水中を縦横無尽に泳ぎ回る姿はなにかの冗談かと思ったほどだ。
水中では、このハンターの右に出る者はいないだろう。この防衛戦では、一番槍を務め、水中で煉黒龍と互角に渡り合う姿は圧巻の一言だった。
――もう一人は、遥か東の辺境の街からやってきたハンターだった。
大陸の真反対に位置するその場所から、こちらの異変を嗅ぎつけ、救援にやってきたという。テオ・テスカトルや、ヤマツカミといった古龍の撃退の経験もある凄腕のハンターだった。
武器はヘヴィボウガン。他にも使える武器はあるそうだが、煉黒龍のその巨体、さらには作戦との兼ね合いで、この武器がベストであると判断したようだった。
ガンナーの装備は、剣士の装備と比べた場合、防御力が一段落ちる。だが、あの巨躯の攻撃なら剣士でも一撃だと、むしろガンナーの方が気が楽だと言ってのける姿は頼もしかった。言葉通り、彼は今に至るまで、一度の攻撃すら受けていない。
この二人の英雄級のハンターが交互に戦うことで、かろうじて戦線を維持できていた。
厄災を前に果敢に立ち向かう英雄と、それを援護するそれ以外。高ランクのハンターとは、こうも次元が違うものかと、その凄まじさに感心をする以上に、大した力になれていないという歯痒さがあった。
「バリスタ部隊! 撃てぇええ!!」
大量に放たれたバリスタの弾が煉黒龍の翼に当たる。
バリスタへと敵意を向けた煉黒龍がブレスを吐く。その一撃、大規模な爆発により並べられたバリスタの半数ほどが吹き飛んでいく。
これだけで、死傷者は多数。
圧倒的な厄災を前にした人間の無力さを感じ、同時に、今、目の前で一対一で煉黒龍と対峙しているハンターに畏敬の念すら感じてしまう。
改めて、敵を睨む。
煉黒龍グラン・ミラオス。伝承を読み解き、判明した。討ち果たすべき敵の名はそれだった。
最初にその龍を見た時、胸の光が目を引いた。不死の心臓、伝承でそう表されたものがそれだと、一目で見当がついた。
翼へと、尾へと、心臓から赤い光が循環し、マグマのような灼熱の液体がその龍からは溢れ出していた。
おそらくは、それが弱点。まず、その心臓を狙い、攻撃を繰り返したが、それが地獄の始まりだった。
結果から言えば効かなかった。その心臓以外にも、煉黒龍には、核――灼熱核と呼べるものが存在していた。
両肩に二つ、腰……尾の付け根に一つ。おそらくはその灼熱核から、心臓へとなんらかの供給を行い、損傷を帳消しにしているというのが、観察をしていた書士隊の見解だった。
先に周囲の灼熱核の機能を停止させる。その後、心臓を壊し、ようやくこの龍は沈黙するであろう。
だが、それも容易ではなかった。
煉黒龍が怒る。その瞬間に、循環が活性化し、灼熱核の今まで受けた損傷は消えてなくなる。それは、右肩の灼熱核を破壊しかけた際に起こった。
破壊しかけ、見るからにマグマの流れが滞った右翼だった。咆哮と共に、再度、赤い光が煉黒龍の体内を流れ、その姿は、完全なものへと戻った。
それでも、この龍は生き物だった。こんなにも大きな厄災でも、生き物だった。
怒りは永遠には続かない。
大きく暴れたしばらく後、また、その気を鎮めた。
だからこそ、選択と集中が必要だった。
怒りに移行する前に、速やかに灼熱核を破壊する。本当にそれが可能かはわからない。それでも、この人類の、この世界の存亡をかけて挑む他ない。
――あぁ、やってくれた。
モガの村のハンターの健闘だった。水中で攻撃を重ね、右翼を破壊、撃竜砲にて、右肩の灼熱核を壊し切った。
そして今、次は俺の番だなと、辺境の街のハンターが煉黒龍の前に出ている。
一対一。この黒龍は最初から、明確に敵として人間を認識している。
普通、これほど大型のモンスターというのは、人間ほどの小さな存在を意に介さないことの方が多かった。たとえば、ラオシャンロンがそうだろう。
過去、人間に撃退された経験からか、あるいはもっとなにか別の理由があるのだろうか。一人のハンターを無視して進まず、黒龍はハンターと、一対一の撃ち合いを繰り広げている。
そして、その時が来る。幾度となく撃ち続けてきた貫通弾が、ついに貫く。左翼への起点となる灼熱核が破壊される。
援護のため、それを見ていた兵士やハンターたちからは、歓喜の声が上がっていく。
同時に、黒龍へと急ぎ駆け出す影が見える。休んでいた、モガの村のハンターだった。
ここが攻め時と、そういうことか。これが、高ランクハンターか。
「総員! 配置につけ!! このまま押し切るぞ!」
この機を逃してはならないと、号令をかける。そう、いける。このまま押し切れる。
「な……あ……っ!?」
だが、次に煉黒龍の取った行動は、まるで想定外のものだった。
「逃げていく!! 黒龍が逃げていくぞ!!」
海への逃走。
この熾烈を極めた闘いを、制したのは人類だった。
***
太陽が消えてから、二十七日目の正午だった。
「空が……!!」
――晴れる。日が差す。
その光に、曇天に慣れてしまった目が眩んだ。それでも、待ち焦がれたその光を、目に焼き付けずにはいられなかった。
私は、クエストの紙を取り出す。
「『黒焔盛んにして災異未だ止まず』。クエストクリア……! お疲れ様です……っ」
ハンターさんから預かった、サイン以外の白紙の紙は、そのクエストということにした。クエストクリアのハンコを押す。
「ふふ……戻ってきたら、めでたく★9のハンターですね!!」
――だけど、ハンターさんは戻っては来なかった。
***
深海。休息の地と定めた奥深く。禁忌の古龍は傷を休めるべく進む。
不死の巨人を退けたと、人間どもは歓喜に沸いていることだろう。だがそれは、ただのぬか喜びに過ぎない。
此度の侵攻……その反撃により、傷つけられたのは両翼の灼熱核。両翼へ、マグマに近い体液の循環が滞ってしまっている。
ゆっくりと、浸透を始める。胸の灼熱核ならば、こうも簡単にはいかなかった。だが、この程度ならば、数日も休養をすれば万全へと戻るだろう。戻ってしまう。
グラン・ミラオス――それは大地のミラボレアス。
ミラボレアス――それは避けられぬ戦争。
人類が総力を結集し、勝てるか否か。これはただの第一次侵攻に過ぎない。永きに渡る戦いへと発展する。
この黒龍との戦いにより、たとえ勝とうが、人類は壊滅に近い被害を受けることになる――、
ただ、それは――この龍がいなければの話だ。
気配に、煉黒龍は目指していた海底を覗き込む。そこには、既にいた。
正統なる星の頂点。宵闇の煌黒星。あるいは、最強。
この星の全てがこの龍の縄張りであり、それを侵す不埒者の存在をこの龍は許さない。
その龍の名は――、
***
――その日、黒い星を空に見た。
黒龍は去った。されど、空は晴れず、海は赤いままだった。
一度は、撃退に歓喜をすれど、全員が災厄はまだ終わっていないと、確信を持っていたことだろう。
また、次の侵攻がある。
物資をほとんど使い尽くした。使用したバリスタの弾に、修復不可能なほどに溶けたバリスタの数々。補填は困難なように思えた。
回復薬も、何もかにもが足りなすぎる。
人的な被害も恐ろしいほどだ。今回の防衛に関わった人数の半数は、あのブレスや、空から降り注いだマグマに溶けた。
死地に、また多くを向かわせなければならない。
次は、これ以上に万全な体勢で迎え撃つ必要があるだろう。あの龍を鎮めなければならない。
各々が次に考え巡らせる中、ふと、誰かが言った。
「あれは、なんだ」
指をさしたその先で、空に閃きが走る。
――それは、黒い彗星。
その星は、太陽が顔を出さない赤い空を、まるで己が太陽であるかのように、我が物顔で流れて進む。
そして、その黒い彗星は、海へと沈んだ。その海は、厄災の逃げた先の海だった。
「全員! 逃げろ!! 高台だ!! とにかく、高台に行け!! 早く!」
だれもが、そんな黒い星にあっけに取られていた中、一人のハンターが叫んだ。あの黒龍を相手にして、先ほどまで大立ち回りを繰り広げていたハンターだった。
煉黒龍の出現に伴い、あるゆるモンスターは身を潜め、古龍ですらも姿を消したと聞いている。まるでそれは、ミラボレアスと伝承にある厄災のように。
もし、あの厄災に立ち向かう存在がいるとすれば、それは――、
「――煌黒龍アルバトリオン」
あまりの脅威に存在を秘匿されてしまった禁忌の龍。奇しくも、黒龍の文字を異名に有する龍だった。
***
ミラボレアスとは、なにか。捉えどころのないその存在に、煌黒龍は苛立っていた。
その黒龍を知っていた。かつては多くの島々を沈めた。大陸さえ海へと沈めようとしたその龍は、しかして、最後には人の手により討ち祓われた。
そう、最後には。
この黒龍を真に追い詰めたのは人ではなかった。
ミラボレアスとは、いつもそうだ。まるで、こちらには興味がないかのようであった。
現れては、決着を付ける前に消えていく。かつても、数度の激突はあれど、いなされ、逃げられていた。決まって、その存在を感じ取れないどこかへといなくなってしまう。
だが、今回は、そうでない。なぜなら、相手は万全でない。
そして、知っている。
――エスカトンジャッジメント。
海底における温度の急激な減少。それは、煌黒龍が操る属性を切り替えた際の余波にすぎない。
瞬く間に、海水が、海底から海面まで凍りつく。
過去、数度の激突により、煌黒龍は理解していた。この敵の弱点となる属性は氷である。
一瞬にして、氷漬けとなった煉黒龍。残っていた、腰の灼熱核が破壊されている。だが、その不死の心臓は脈動を続ける。体から溢れるマグマにより、氷は溶け、煉黒龍はその自由を取り戻しつつあった。
煌黒龍は泳ぐ。氷塊の中を泳ぐ。極限状態に適応したその体は、深海であろうと、マグマであろうと、あるいは氷の中であろうと、行動が可能だった。
接近する脅威に気がつき、黒龍はかろうじて動く首をこちらへと向ける。そのブレスは、街一つを容易く溶かすほどの熱量が込められている。
――龍光が煌く。
氷活性状態から、龍活性状態への移行。それに伴う龍の力の爆発。
その暴威を間近で叩きつけられ、怯み、完全に動きを中断する。
致命に近い一撃を受け、硬化が始まる。それは、黒龍が絶命の際に至った故の防御反応。壊されていた両翼の灼熱核に体液が循環し、再び、翼からマグマが溢れ出す。
一時的に煉黒龍の状態が、万全、あるいはそれ以上に引き上げられていた。
煉黒龍はとぐろを巻く。取った選択肢は現状の打破。全身から溢れ出るマグマの循環を活性化させる。氷塊を溶かしき――、
――エスカトンジャッジメント。
短時間、二度目の氷活性状態への移行。連続での属性の切り替えにより、煌黒龍の体には凄まじい負荷が及ぶ。だが、それを気にしていられる相手でもない。
さらには最初の冷気の爆発よりも格段に規模が小さい。
だが、とぐろを巻いた煉黒龍を、衝撃で大きくのけぞらせ、そのままの形で凍結させることには成功した。
狙うはただ一点。煮えるマグマのように赤く、黒龍の胸に輝く不死の心臓。
至近距離、渾身のブレスを放つ。氷の暴流を浴びせかける。
「……ッ!! ……!」
圧倒的な冷気に晒され、胸の灼熱核……不死の心臓は輝きを失う。
煉黒龍は完全に沈黙をする。
――咆哮が、海底に響いた。
それは、勝鬨だった。海や、空を染めていた赤は消え、代わりにこの海底は神域へと変わる。
そう、神域。煉黒龍が存在する海こそが厄海ならば、煌黒龍の存在するその場所こそが神域だった。あらゆる天災の降りかかり、神さえもが恐れをなすその領域だ。
しばらくは、ここに留まるべきであろう。激戦で無理をした体を休める必要があるか。
煉黒龍は討ち果たされる。だが、不死の心臓は止まらない。復活は数百年後か、あるいは千年以上後となるか。
それはまた、別の話だ。
***
水を凍らせたとき、その体積は膨張する。
煌黒龍の放ったエスカトンジャッジメントにより凍結した海。それにより膨張した体積に押し広げられる形で、その波は起こった。
津波。
人類と、黒龍との争いの跡を、波は消し去っていく。
不幸中の幸いか。かの禁忌の龍の脅威から逃れるために、沿岸の一般人の避難は既に完了していた。
大波により、多くの建物が浚われたが、人的な被害ほゼロと言えるほどだった。
人的な被害はない。極一部、前線で戦っていたハンターを除いては――此度の戦いにおいて、英雄と呼べるほどの活躍を見せた辺境の街のハンターは、この津波の後、行方不明となった。
MH3編、完