ザイレムで戦った後、もしフロイトと621が再開することがあったらどういう風に再会するか、というお話。
流血等若干の残酷描写有り。
以前、フロイト死に様合同に寄稿した作品へ加筆修正を加えたものです。
ルビコンⅢにおける資源争奪戦争は、遂に佳境を迎える。ウォッチポイント・アルファにて甚大な損害を被ったベイラム陣営は既に撤退。戦況はアーキバスの有利へと大きく傾いていた。
勢いに乗った彼らはそのまま、コーラルを吸い上げるべくバスキュラープラントを建造。しかし、王手を目前にしてシュナイダーが離反。彼らと手を組んだルビコン解放戦線は、星外企業に対し一転攻勢へと打って出た。
果たして誰が勝者となるのか。舞台は終幕へと向かって混迷を極めていく。
*
この惑星に渦巻くあらゆる思惑を、すべて、惑星ごと、灰燼に帰せんと猟犬が疾駆する。
「お前がレイヴンか……」
蒼穹から、それよりも濃い蒼色をした機体が、重力などまるで存在しないかのように軽やかに舞い降り、猟犬の行く手を阻む。
不意に名を呼ばれ、猟犬は赤く輝くカメラアイを彼のほうへ向けた。見つめ返すは強烈な光を放つネオングリーンの瞳。緑と赤の視線が交差し、戦場には似つかわしくない静謐が時を凍らせる。
ヴェスパー部隊の首席隊長。アーキバスと仕事をしていた時分にも会ったことはなかったが、噂にだけは聞いていた。彼もこちらのことは把握しているようだ。猟犬の、操縦桿を握る手に無意識に力がこもる。
いざ、参らん、と一歩踏み出したその瞬間、ロックスミスが、目の前を飛ぶ羽虫を追い払うかのように、軽く腕を振るう。すると、RaD所属の僚機が――人工知能である彼にとっては肉体そのものである機体が――爆炎を噴き上げ、動作を停止した。
「チャティ……!」
我が子を失ったカーラの悲痛な叫びが猟犬の耳を劈く。
心臓が熱い。喉が渇く。呼吸が乱れ、インターフェースの端で脈拍数が増加していく。一方、思考の底で冷静な自分が囁く。おまえも散々同じことをしてきたではないか。
猟犬はフットペダルを踏み込み、機体の速度をあげた。加速の要請に応えるジェネレータの轟音が余計な声を塗り潰す。戦場に思考は不要だ。殺らなければ、殺られる。
景色が両側に分かれ、彼我の距離がぐんぐん縮まっていく。相対する彼は微動だにせず、見たものを解体し、その中身をすべて舐めとるような視線を、不気味に輝く緑の眼を通して、鋼鉄に隔てられた向こう側から不躾に投げ付けていた。
一騎打ちの火蓋を切ったのはロックスミスだった。まるでひとつひとつが独立した意思を持っているかのように自由自在に飛び回る浮遊砲台と、アサルトライフルの弾幕が、ローダー4の姿勢制御システムを着実に削っていく。
避けるべきものは避け、問題のないものはそのまま受けながら、猟犬も相手を観察する。ヴェスパー部隊首席隊長の機体構成は、武装だけを見ればバランスがとれていた。不可解なのはそのメインフレームだ。彼の地位ともなれば、アーキバス製の、より洗練された最新のものをいくらでも使えるだろう。
彼の機体は、子供が組んだように猟犬にはうつった。これがいい、これで遊びたい、これじゃないと嫌だ、と駄々をこねる子供。それで今の位置にいるのだから、実力は間違いなく本物だろう。
ローダー4の戦闘補助システムが敵機を照準に捉えた。猟犬は操縦桿のトリガーを引く。ミサイル弾頭の黒い群れが解き放たれ、白い尾を振りながら獲物をめがけて飛んでいく。本体は更に加速。ミサイル群を後ろに残し、急速に対象と距離を縮める。
対するロックスミスは剣を構え、迎撃姿勢。電磁波の刃が次第に輝きを増していき、一閃。一文字に宙を裂く。
「……そういう動きもあるのか。面白いな」
その刀身は猟犬を捉えてはいなかった。独立傭兵は間合いに入る直前で急制動。切っ先は機体の鼻っ面を掠めるのみに留まった。
並の傭兵ならば、間合いを見誤り刃の餌食になるか、詰める踏ん切りがつかず、ドローンとライフルに嬲られたところを逆に詰められトドメをさされるかだろう。そのどちらでもない、半ば曲芸に近い芸当をやってのけた猟犬に対する、素直な賞賛の言葉だった。
621もまた、無茶な動きをした負荷で霞む視界のなか、彼の動きを綺麗だと思った。鮮烈で、繊細で、大胆で、残酷で、美しい。今まで他の誰にも、同じように感じたことはない。彼を、もっと見ていたい。
到底叶わぬ願いだった。殺らなければ、殺られる。それが嫌なら、尻尾を巻いて逃げ出すしかない。シンプルな理屈。戦場に生きる者である以上、誰であってもこの鎖のように絡みつく掟からは逃れられない。
刃を振るった反動で硬直する彼の機体に向けて、猟犬の握るショットガンが火を噴く。さらに、先ほど放たれたミサイル群が黒い雨となって敵機に降り注ぎ、追い打ちをかける。ACSの限界を超える衝撃に、耐えきれずロックスミスが姿勢を崩す。すかさず、アサルトアーマーを起動。パルス爆発を間髪いれずにたたき込む。
――蒼い機体が、浮力を失い地に墜ちる。
途切れ途切れの通信から、動け、と愛機に呼びかける声が響く。もう動かないのか、と独立傭兵は少々残念に思った。もっと見ていたかった。もし、違う出会い方をしていたら、違う結末だっただろうか。
インターフェースに映る猟犬のバイタル値は、正常に戻っていた。使命を遂行するのに余計な感傷は必要ない。ここで、確実に、終わらせる。
ショットガンより持替えられた、パイルバンカーを握る腕が躊躇いなく、動かぬ機体に振り下ろされる。陽光を受けて白銀に輝く先端が、群青の装甲を穿ち、中へと突き進んで行く。
冷たい切っ先が、狭い鳥籠の中で無防備に曝け出された生肉に触れ、筋繊維、骨、内蔵、神経、血管――人間を構成するありとあらゆる部品――を貫き最奥へと達する。
流れ出ていく体温、肺から絞り出される僅かな吐息……ひとつの生命が潰える感触。第四世代の焼けた脳へ、すべてが鮮烈に、神経接続を通して突き刺さった。
もう、二度と会うことはないだろう……さようなら。
*
時が止まって、この今が、この瞬間が、永遠になればよいのにと、こんなにも望んだことはなかった。まだ足りない。もっとやりたい。愛機に動けと念じる。しかし、仮に機体が万全であっても、最も重要なパーツが指の一本も動かせないのであれば、その祈りが届くことはない。
彼は部隊を取り仕切り、このルビコンにおいても采配を振るっている男に「遊ぶな」と小言を頂戴するのが常であった。何度も見たそのしかめ面は、たとえ本人がその場にいなくとも鮮明に思い描ける。
「遊んでいるわけじゃない。ただ、楽しんでいるだけだ」と、作戦成功率をちらつかせながらやり返せば、目の前の神経質な男が眉間の渓谷をいっそう深くしつつ、しかし返す言葉も無く黙るしかない姿は、フロイトにとってそれなりに愉快なものだった。
今際の際に浮かぶものが、家族でもかつての恋人の顔でもなく、同僚の顔とは。むしろ仕事熱心だと褒められたいくらいだ。
そう、仕事。仕事だ。いつもの実験。真人間でありながら強化人間をも凌ぐ性能を発揮する彼に代表される、人間という個々のばらつきが大きいパーツを排し、常に安定したパフォーマンスを高水準で発揮できる兵器を作り出すための、実験。
その目的は、責任者である第二隊長の目的と言い換えてもいい、人間を超える、死をも恐れない機械の戦士を作り出すことだった。しかし、彼の努力もむなしく、実験はこれといった成果を今のところ上げられていない。
『性能試験』はただの人間が連戦連勝。中身にかかる負荷を考慮しない機動が可能なぶん有利であるはずなのに何が足りないのか。スネイルはその鍵を未だ見つけられずにいた。
そのプロジェクトに彼が熱をあげていることが、フロイトには少々面白くなかった。おれがいるのに。おれでいいじゃないか。確かに死ぬのはいやだ、けれど、おれが怖がったことが一度でもあったか、奴に問い質してやりたい。
つまらない。退屈だ。実験も、降ってくる任務も、この惑星も……。
全く代わり映えのしない日々。愛してやまないロックスミスと共に空を飛んでも、景色が褪せてみえる。以前はこうではなかったはずなのに。
目眩のする現実は、彼を自己嫌悪へと陥れるのに十分だった。
彼にとってACを駆るのは楽しみだった。だから続けてきた。ただ、楽しかったから……。理由なんて、それで十分だった。
なのに、いつの間にか、誰かが、勝手に、彼に重荷を背負わすことが増えていた。
そんなもの気にしなければいい、と軽々しく人は言う。その通りだ。しかし、目の前を小蠅にうるさく飛び回られて全く意に介さないというのは、人間である限り無理な話だろう。
嗚呼、でも、あの瞬間。猟犬と剣を交えた瞬間。燻る火種が燃え上がり、炎が全身を灼き尽くした。
せめてもう一度、あれと同じ高さを翔べるのならば、もう一度、再び訪れることのないあの瞬間を味わえるのならば、何を差し出しても構わない。悪魔だなんだに魂だってくれてやってもいい。
無論、そんなものはいやしない。
彼は無意識にため息をつく。肺から呼気が漏れる代わりに血液が泡立ち、強化手術を施していない彼専用に改造の施されたパイロットスーツをさらに汚す。
血に塞がれて右目は見えない。無事な方の視界も、像が結べなくなってきている。世界が遠のいて行く。
僅かに残された力を振り絞って、彼は、ロックスミスの心臓部にあけられた穴から天を仰いだ。地上から見るより宙が近く、紺色の中心から漏れ出す光が眩い。
その光、すべてを見下ろす恒星に向かって、鳥が一羽、翼を広げ飛び立っていく。
この高度に生物が居るはずもない。しかし、フロイトには、その姿がはっきりと見えていた。
*
「ヴェスパー・ワン、機体反応消失――」
地上での掃討を終えて、自らもザイレムに乗り込み後方で作戦指揮を執っていたスネイルには、今しがた自分の耳に飛び込んできた報告が理解できなかった、したくなかった。
些事ではなかったのか。なかったとしてもフロイトさえ居れば十分だったはずでは。まさかあの忌々しい駄犬ごときにあの男が遅れをとったとでもいうのか。
そんな、バカな。有り得ない。有り得ていいはずがない。しかし、何度確認をしてもモニタ上には機体反応消失の文字が点滅している。視覚デバイスが、不具合を告げるビープ音を鳴らしてくれたらよいのに。
呆気にとられている間にも、最新型強化人間の幾重にも強化を重ねた電脳は休むことなく駆動し、思考の欠片がいくつも瞬いては消えていく。
とにかく、なにか指示を出さなくては。混乱しきっている現場をまとめ上げられるのは自分しかいないのだから。
「救護班! 現場へ急行しなさい。私も共に向かいます」
「はっ!」
言うが早いが、自らもオープンフェイスに乗り込みブーストを吹かす。蝸牛のごとく鈍重な機体が、それの最高速度を以て爆心地へと飛ぶ。
恒星間入植船の上、超高高度。重い雲に覆われた地上とは違う、どこまでも高く蒼い空。眼下に広がる雲海。青と白のコントラスト。ここはいつも晴れている。
第二隊長にはのんびりと景色を見ている暇などない。ここに来る以前から、ずっとそうだった。無茶ばかり要求してくる現場を知らない上層部に、問題児だらけの部隊。トップがあの有様である以上、現場で指揮を執る役目は必然、彼に回ってくる。
第一隊長に関しては、指揮にしろ日頃の事務仕事にしろ、遂行能力がないというわけではない。できるくせにやらないのだ。日頃から進言しても、あろうことか「こういうことは、おまえのほうがうまくやれる」などと囁き籠絡を試みてくる。それで気を良くし、毎度引き受けてしまう自分が、彼は情けなかった。
なぜ今、こんなくだらないことが浮かんでくるのだろう。まさか、懐かしんでいるとでも?
周囲の景色が流れるように後方へ去る。随伴のMTからすれば十分速いが、それでも焦燥感に焼かれる彼にとっては遅すぎるほどだ。速く、もっと速く。既に自身の性能を限界まで発揮している内燃機関と推進器が、さらなる加速の要請に悲鳴をあげる。
日頃より自らを企業と公言して憚らない彼にふさわしい、全身をアーキバス及び同社先進開発局製の武装で誇らしげに固めた機体。それをこれほど鈍間に感じる日が来るとは、夢にも思っていなかっただろう。
時の針が進む度、彼の額に滲む汗の玉が増えていく。
あの男を失うわけにはいかない。ACの操縦に最適化された強化人間や人工知能をも凌ぐ人間。外れ値。
ブラックボックスの中身を解明するまで、死なれては……脳に機能を停止してもらっては、困るのだ。有機コンピュータさえ確保してしまえば、残りの有機物――肉や骨など――は必要ない。代わりの身体を拵えてやればこと足りる。
生体パーツとして加工された人体や、人工知能を用いた機体は、誰もしくは何を素材に使おうと、安定性と引き換えにどれも似たような挙動になってしまう。それでは、ある程度経験を積んだ有人機体には歯も立たない。大量投入を前提とした物量作戦なら使いでもあろうが、それは第二隊長が目指すところではなかった。
当然、首席隊長を使っても同じような結果になるだろうことはデータが示している。それでも、あの男なら、フロイトなら、不可能を可能にする鍵さえも握っているはずだ。そうでなくてはならないし、そう信じさせるに足る何かが彼には備わっていた。
永劫とも思えるほどの時間がすぎ、やっとの思いで消失反応の検出された現場に辿り着く。彼は、報告を聞いてから今までの一瞬で、十年は老けたような心持ちがしていた。
青い空の下、第一隊長の愛機、ロックスミスが、静かに佇んでいる。
コアのど真ん中に空いた大穴を見れば、中身がどのような状態であるかは明らかだった。スキャンをかけるまでもない。第二隊長は自らの機体から降りると、黒い煙をもうもうとあげている蒼い機体に駆け寄て、ハッチをこじ開けにかかった。
ぴたりと閉じていた隙間が徐々に開かれてゆくごとに、噎せ返るような鉄の臭いに加えて、僅かに甘い匂い――死にゆくもの独特の香り――が、彼の常人より遙かに優れた嗅覚を刺激する。
扉が完全に開かれる。狭い操縦席と、その上に力なく横たわる身体。その中央に空いた、向こう側が見通せるほどの穴から血液の川が幾筋も止めどなく流れ出て、下方で合流し赤い海を成している。
……血の色が変わり始めている。遅かったか。それでも、やらないわけにはいかない。
「……救護班。脳の保存と、遺体の回収を」
了解しました、という言葉と共に作業が開始され、先程までフロイトだったものを運び出す作業が、粛々と開始される。筋繊維の千切れる音と共に、上半身が引き摺りだされ、残された下半身がずるりと、コクピットの狭い床に崩れ落ちる。
赤黒い血、白い骨片、健康的な色をした内臓、エトセトラ。彼を構成していた諸々が零れ落ちて、ただ立ち尽くすスネイルの足元を汚し、惑星間入植船――生命を運ぶ船――の表面をいずこかへと流れ、散っていく。
彼は、もう何も映すことの無い双眸を閉じてやり、認識票の片割れを回収する。
名前、識別番号、そして血液型の刻まれた、ステンレスの小さな板。本来なら宗教も刻まれているはずだが、そこは空欄だった。
上官の胸元で揺れるそれに、そんな時代遅れのもの必要ないでしょうと言えば、好きでつけているんだからいいんだと返される。何度も繰り返した、もう二度とすることのない、決まりきったやりとり。
いつものように、人の顔を見るなり減らず口を叩いてくれたなら、どれだけよかっただろう。何故、こんな最期を迎えても笑っているのか、その眼に何を映していたのか、結局、この男のことを理解できたようで、何一つできないまま別れが来てしまった。
彼は、べっとりと血に塗れた銀の板を、潰してしまわぬよう繊細に、失くさぬように力強く、握りしめる。
そして、散乱した、意味の無い有機物を踏みつけることのないよう注意を払いながら、彼は物言わぬ鉄の塊を後にしようとして、ふと空を見上げた。
成層圏の紺碧の空に、星系を照らす恒星だけが煌々と輝いており、星は見えない。
何を当たり前のことを、と彼は我に返る。よほど動転しているのだろう。昼間に、星が見えるはずもないのに。
*
さきの交戦よりしばらく後、独立傭兵レイヴンはオーバーシアーの要請により、ザイレムに僅かばかり残った企業勢力の掃討作戦に従事していた。
企業の擁する最高戦力を以てしても止めることの叶わなかった猟犬にとって、それは狩りというよりも一方的な殺戮に近かった。傭兵が操縦桿を握る指に力をこめる度、新たな死が積み重なっていく。
あらかた片付け終え、帰投準備を始める猟犬の眼前に、灼けた茜色をたたえる空から、見覚えのある青い機体が墜ちてくる。
――敵か。
すかさずスキャンをかけ機体データを取得。表示された機体名に、猟犬は目を疑った。
確かに息の根を止めたはずだ。まさか、仕留め損ねたのか。それともアーキバスは、人体実験の果てに、死者の蘇生すら可能にしたのだろうか。再教育センターにおける自らと主人に対する仕打ちを思い返し、猟犬は顔をしかめる。
『……レイヴン、そこにいるのか』
開かれた通信回線より、聞き覚えのある声がノイズ混じりに響く。猟犬は、後方支援のカーラにデータ分析を要請する。
やや間をおいて、返答があった。該当データ一件、ヴェスパー・ワン。彼女の声は驚愕に震えていた。
『また、やろう。あの時の続きから……』
声の主が、戦闘モードを起動。猟犬に、疑問を抱く暇はない。敵機が得物を構え、ドローン展開。妖精の群れが虚空に光の軌跡を描きながら、不可解な事象に未だ混乱している猟犬へと迫る。
応えて、傭兵は飛び回るそれらを振り切るため、床につくほどフットペダルを踏み込む。ジェネレータが吼える。答え合わせは終わったあとでも間に合う。接敵、戦闘開始。
彼の操る群青の機体は、何ひとつ変わっていなかった。アーキバス製とベイラム製の入り交じった構成のメインフレームも、すべてがあのときのままだ。
しかし、直感が告げる、何かが決定的に違う。まるで鏡像のような、似て非なるものを相手にしている感覚。
もしや、鋼鉄の鎧、その中身は空ではないか。傭兵は背に薄ら寒いものが走るのを感じた。そうだとするならば、全ての事象に説明がつく。以前とはうってかわって単調で精細を欠く動きにも、黄泉帰にも、合点が行く。
「ビジター……。あの機体、生体反応がない」
やはり、そうか。身体が、なんだかひどく重たくなったような気がする。哀しい。そう、哀しいという言葉が最も適切だと、独立傭兵は思った。例えようのない、そもそも例える言葉の持ち合わせが少ないのだが、それでも例えるならば、胸からあふれ出した憂鬱が操縦席を満たして、哀しみで窒息してしまいそうだった。
創造主は、あの嫌味な第二隊長は、ヴェスパー・ワンの、人間の、フロイトの、生まれ変わった姿を見て、満足しているだろうか。この出来だと、否だろう。記憶も、機能も、すべて寸分違わず再現したはずなのに何故と、今頃頭を抱えているに違いない。その姿を想像して、猟犬は少々気が晴れた。
何はともあれ、まるっきり様子の変わってしまった彼との戦闘は、長引かせるだけ時間の無駄だろうと、猟犬は判断する。もうあのとき感じた鮮やかさも美しさも、どこにも見当たらない。
無人機の動きは、どれもそこまで違ったものではない。ある程度経験を積んだものならば、戦闘中に行動パターンを割り出すなど造作もないことだ。
解析したパターンを元に、背を屈め獲物に狙いをつける肉食獣のように、一撃必殺の機会を伺う。
弾幕が止み、機体の動きが一瞬停止したところを狙い、遠隔火力を叩きこみつつ急接近。推力の乗った蹴りを放ち、ACSの負荷を限界へと持ち込む。同時に、アサルトアーマーを起動。そのままリペアの隙をあたえず心臓部をめがけ杭を振り下ろし、彼を再び死出の旅へと誘う。
『レイヴン……お前におれはどう映っている』
呼吸も声帯の振動も伴わない、不自然に滑らかな音声が問いかける。
『何も見えない、何も感じられないんだ。透明だ、何もかも……』
猟犬は、正真正銘の機械であった友人のことを振り返る。彼ですら、死ぬのは一度きりだった。
対して、人間だった彼は此度の戦闘で破壊されても、戦闘データを引き継いで、シリコンの薄片上にまた生を受け、そして死ぬ。不要と判断され、消去されるまでそれを繰り返す。
もし、あのとき、トドメを刺さずに放っておいたら、彼は人間のままでいられただろうか。……起こってしまったことは変えられない。栓のない話だ。
突き刺さった杭から、腕を伝って、脳神経へ。神経接続のもたらすフィードバックは、無だ。以前のような熱も、肉の感触もない。
そこには、冷たい鉄塊だけが、ただ静かに横たわっていた。