赤い瞳をテーマにした短編小説です

1 / 1
赤い瞳

### **赤い瞳**

 

夜の帳が降りると、山間の小さな村は静寂に包まれる。街灯のない細い道を、少年・翔太は急ぎ足で歩いていた。

 

「……早く帰らないと。」

 

母に言いつけられていた門限をとうに過ぎてしまった。今日は学校の友達と肝試しをしていて、帰るのが遅くなったのだ。月明かりだけが頼りの山道を、一人歩くのは心細い。

 

ザッ……ザッ……

 

風が木々を揺らし、枯葉が地面を擦る音が響く。翔太はその音に何度も振り返りながら、足早に歩いた。だが、ふと足を止める。

 

前方に、誰かが立っていた。

 

── こんな夜更けに、誰だろう?

 

街灯もない道の先に、ぼんやりとした人影があった。闇に溶け込みそうな黒い服。長い髪が風に揺れている。翔太は嫌な予感がして、道を逸れようとした。

 

「翔太……」

 

声がした。

 

静かで、しかしはっきりと聞こえた自分の名前。息を呑む。

 

「……誰?」

 

震える声で尋ねると、相手はゆっくりと近づいてきた。翔太は後ずさる。しかし、その人物の顔が月光に照らされた瞬間、息が詰まった。

 

── **赤い瞳**

 

それは異様なほど鮮やかな赤だった。血のような、深紅の瞳。翔太の鼓動が一気に跳ね上がる。

 

「……お前、誰だよ……!」

 

声を張り上げたが、相手は何も言わず、じっと翔太を見つめ続ける。鳥肌が立った。本能が叫んでいる──逃げろ、と。

 

翔太は一気に走り出した。背後から足音は聞こえない。しかし、振り向くことはできなかった。

 

家までの距離はあと少し。見慣れた門が視界に入る。安堵しかけたその瞬間──

 

「翔太……」

 

耳元で、囁き声がした。

 

「うわぁぁぁっ!」

 

翔太は思わず前につんのめるようにして転倒した。息が荒い。恐る恐る振り返る。しかし、そこには何もいなかった。

 

心臓の音が煩いほどに響く。震える手で玄関のドアを開け、家の中へ飛び込んだ。

 

「翔太? どうしたの?」

 

母が驚いた顔で駆け寄ってくる。

 

「か、帰り道で……変な人が……!」

 

「変な人?」

 

「赤い瞳の……!」

 

だが、その言葉を聞いた母の表情が一瞬で変わった。

 

「翔太、あんた……どこで、それを見たの?」

 

「どこって……帰り道の……」

 

「まさか……」

 

母は青ざめた顔で口元を押さえた。翔太はその様子に困惑しながらも、母の腕を掴んだ。

 

「母さん……あれ、何なの?」

 

母はしばらく沈黙した後、震える声で話し始めた。

 

「その……赤い瞳の者に出会ったら、目を合わせちゃいけない。もし目を合わせたら……連れていかれるのよ……」

 

「な、何それ……?」

 

「昔、この村で不幸が続いたことがあったの。原因は、夜道で“赤い瞳”を持つ者を見た人たちが、一人ずつ消えていったから……」

 

ゾクリと背筋が凍った。

 

「見た人たちは、どうなったの?」

 

母は答えなかった。ただ、震える唇を噛み締めている。

 

その夜、翔太は眠れなかった。布団の中で何度も目を閉じようとしたが、瞼の裏にあの赤い瞳が浮かんでしまう。

 

── 目を合わせたら、連れていかれる。

 

母の言葉が脳裏にこびりついていた。

 

翌朝、翔太は学校へ向かった。昨夜の出来事を友人に話そうかとも思ったが、笑われるのが怖くて黙っていた。授業も上の空だった。

 

放課後、帰り道を歩いていると、不意に背筋が寒くなった。まるで誰かに見られているような感覚。翔太は恐る恐る振り向いた。

 

そこには、誰もいなかった。

 

「……気のせいか。」

 

安堵しかけたその瞬間。

 

── **赤い瞳が、茂みの奥からじっとこちらを見ていた。**

 

翔太は息を呑み、後ずさった。心臓が喉まで跳ね上がる。

 

「見てはいけない……見てはいけない……」

 

母の言葉を思い出し、無理やり目を逸らそうとした。しかし、身体が動かない。まるで見えない糸で引かれるように、その瞳から目を離すことができなかった。

 

赤い瞳が、少しずつ近づいてくる。

 

── **「翔太……お前も、こっちへおいでよ……」**

 

その声を最後に、翔太の意識は闇に沈んだ。

 

それ以来、翔太の姿を見た者はいない。

 

###

 

翔太が姿を消してから、村は不気味な沈黙に包まれた。

 

母は警察に捜索願を出したが、手がかりは何一つ見つからなかった。村人たちは口を閉ざし、まるでこの出来事そのものを忘れようとしているかのようだった。

 

それでも、母は諦めなかった。翔太の部屋には手をつけず、毎晩窓の外を眺めながら、彼の帰りを待ち続けた。

 

── そして、一ヶ月が過ぎた夜のことだった。

 

***

 

午前2時。

 

窓の外に、かすかな気配を感じた。

 

「……翔太?」

 

母は寝間着のまま玄関へ向かった。鼓動が早まる。ドアノブに手をかけ、ゆっくりと開けると──そこに**翔太が立っていた。**

 

「……翔太! どこにいたの!? 心配したのよ!」

 

母は彼に駆け寄ろうとした。しかし──

 

**何かが違った。**

 

翔太は微動だにせず、じっと母を見つめている。顔色が異様に白く、唇は紫がかっていた。服は一ヶ月前と同じものだが、汚れてボロボロだった。

 

「翔太……?」

 

母は震える声で呼びかけた。翔太はゆっくりと口を開く。

 

「……母さん……」

 

それは確かに翔太の声だった。しかし、何かが……何かがおかしい。

 

そして──

 

**月明かりに照らされた翔太の瞳は、血のように赤く染まっていた。**

 

母の体が凍りつく。

 

「翔太……あなた……」

 

翔太は、ゆっくりと一歩、また一歩と母に近づいた。

 

「母さん……僕、帰ってきたよ……」

 

笑っていた。

 

**その赤い瞳の奥に、無数の何かが渦巻いている。人の魂のようなものが、何かを訴えるように蠢いていた。**

 

母は直感した。これはもう**翔太ではない。**

 

「……違う……あなたは……!」

 

本能的に後ずさる。しかし、翔太──いや、それはさらに一歩近づき、囁いた。

 

「……一緒に、こっちに来てよ、母さん……」

 

その瞬間、母の頭の中に**膨大な映像**が流れ込んできた。

 

暗い森の中。無数の「赤い瞳」を持つ者たち。彼らは皆、夜道で「赤い瞳」と目を合わせた者たちだった。

 

彼らはもう、人間ではなかった。

 

「……いや……」

 

母はかぶりを振った。しかし、翔太は微笑んだまま、そっと手を伸ばす。

 

「大丈夫。こっちは……とても楽しいよ……」

 

母の視界がぐにゃりと歪んだ。意識が引きずり込まれる。

 

「ダメ……私は……!」

 

だが、次の瞬間、

 

「**翔太! もうやめろ!**」

 

背後から低い男の声が響いた。

 

その声に反応するように、翔太の動きが止まる。

 

母が目を向けると、そこには村の古老・田島が立っていた。

 

「……お前はもう、こっちに戻ってくることはできないんだ……」

 

「……おじいさん……」

 

翔太の顔が、一瞬だけ苦しげに歪んだ。しかし、すぐに赤い瞳がギラリと光る。

 

「……何を言ってるの? 僕は……帰ってきたんだよ……」

 

「違う、お前は“連れて行かれた”んだ!」

 

田島は手に持った**護符**を掲げた。それは古びた紙に、黒と赤の文字が書かれているものだった。

 

「**戻れ! これ以上、この世に干渉するな!**」

 

護符が風に舞い、翔太の額に貼り付いた。

 

瞬間、翔太の体がビクリと跳ねる。

 

「や……だ……母さん……助けて……」

 

翔太は苦しげに母に手を伸ばす。しかし、次の瞬間──

 

**バチンッ!**

 

弾かれたように翔太の体が後退し、月明かりの中でふっと**消えた。**

 

静寂が戻った。

 

母はその場にへたり込む。

 

「翔太……翔太ぁぁぁぁっ……!」

 

涙が頬を伝う。

 

田島は深いため息をついた。

 

「……済まんが、あれはもう翔太じゃなかったんだ。」

 

母は嗚咽を漏らしながら、問いかける。

 

「どうして……どうして翔太が……!」

 

田島は静かに語り始めた。

 

「この村には昔から、“赤い瞳”に魅入られた者は戻れないという言い伝えがある……だが、時々こうして、戻ろうとする者がいるんだ。」

 

母は涙を拭いながら震える声で言った。

 

「じゃあ……翔太は……」

 

田島は、寂しげに首を振った。

 

「翔太はもう、“向こうの世界”の住人になってしまった。」

 

母は唇を噛みしめた。

 

「……でも……」

 

その時。

 

ふと、風が吹いた。

 

どこからか、翔太の声が聞こえた。

 

── **「母さん、愛してるよ……」**

 

それを最後に、夜の静寂がすべてを包み込んだ。

 

###

 

── 翔太の声が最後に響いた夜から、一週間が過ぎた。

 

村は何事もなかったかのように、静かな日常を取り戻していた。しかし、母は違った。翔太のいない家は、ただの抜け殻のようだった。彼の使っていた部屋に入ることもできず、食事の準備をしても、ふと「翔太の分も……」と考えてしまう。

 

それでも、翔太の「母さん、愛してるよ」という最後の言葉が、彼がまだどこかにいることを示しているような気がしてならなかった。

 

「……翔太……」

 

窓の外の森を眺めながら、母は呟いた。

 

── そして、その夜。

 

***

 

深夜2時。

 

まただ。

 

母は目を覚ました。

 

── **視線を感じる。**

 

誰かが見ている。家の中からではなく、外から……。

 

恐る恐る窓を開け、外を覗く。

 

**そこにいた。**

 

家の前の道、ちょうど門の近くに、翔太の姿があった。

 

「……翔太?」

 

声が震える。

 

翔太はじっとこちらを見つめている。しかし、目は影になってよく見えない。

 

「翔太……あなた……」

 

母が一歩、窓の外へ足を踏み出そうとした瞬間。

 

── **風が吹いた。**

 

その瞬間、月の光が雲の間から差し込み、翔太の顔を照らした。

 

母の心臓が止まりそうになった。

 

翔太の**目が、真っ赤に光っていた。**

 

「……!」

 

母は息を呑んだ。

 

翔太はゆっくりと口を開く。

 

「母さん……」

 

微笑んでいた。

 

「……僕、帰ってきたよ……」

 

その瞬間、母の意識が引きずり込まれるようにぼやけた。視界が暗くなり、頭の中で何かがざわめく。

 

**── 一緒においで。**

 

そんな声が聞こえた気がした。

 

母は気づけば、玄関のドアノブに手をかけていた。

 

**開けたら、戻れない。**

 

そう直感した。

 

しかし、翔太の声が、さらに優しく囁く。

 

「母さん、寂しかったでしょ……? 僕もだよ……」

 

涙が溢れた。

 

「翔太……」

 

ドアノブを回そうとした瞬間──

 

**バンッ!**

 

突然、背後から力強く腕を掴まれた。

 

「開けるな!」

 

低く、しかし強い声。

 

振り向くと、そこにはまた**田島**がいた。

 

「開けるな! そいつは翔太じゃない!」

 

「でも……翔太が……!」

 

母の目から涙がこぼれる。しかし田島は鬼のような形相で叫んだ。

 

「お前はまだ分かってない! “赤い瞳”は、生者を**こちら側**に引きずり込もうとするんだ!」

 

「そんな……だって、翔太は……」

 

母が再び玄関に目を向けた瞬間、

 

翔太の姿が**歪んで**見えた。

 

── いや、翔太では**なかった。**

 

**そこに立っていたのは、翔太の形をした“何か”だった。**

 

体はぼやけ、輪郭が波打っている。

 

笑顔のまま、翔太の姿をした“それ”が、スッと片手を伸ばした。

 

「母さん……こっちにおいでよ……」

 

だが、もう母には分かっていた。

 

── **これは翔太ではない。**

 

「……あなたは誰?」

 

母は震えながらも、しっかりとそう問いかけた。

 

“それ”は一瞬、表情を固まらせた。

 

「……母さん、僕だよ。」

 

「違う……あなたは翔太じゃない……」

 

“それ”の笑顔が、ゆっくりと歪んだ。

 

「……チッ」

 

小さく舌打ちが聞こえた気がした。

 

**次の瞬間、“それ”は黒い霧となって、一瞬で消え去った。**

 

風が吹く。

 

ただの静かな夜が、そこに戻ってきた。

 

母は震えながら、田島にすがりついた。

 

「翔太は……翔太は、もういないの……?」

 

田島はゆっくりと頷いた。

 

「……おそらく、もう完全に“あちら”へ行ってしまったんだろう……」

 

「そんな……」

 

母はその場に崩れ落ちた。

 

── **その時。**

 

どこからか、翔太の声が聞こえた。

 

── **「母さん、ありがとう……」**

 

それは、どこか安らかな声だった。

 

母の頬を、一筋の涙が流れる。

 

「……翔太……」

 

もう、彼が帰ってくることはない。

 

しかし、彼は最後に感謝を伝えてくれた。

 

それだけが、唯一の救いだった。

 

***

 

── それから数十年が過ぎた。

 

村では、あの「赤い瞳」の噂はすっかり消え、誰も口にすることはなくなった。

 

ただ、一つだけ変わらなかったことがある。

 

── **深夜2時になると、村の外れの道に、“誰か”が立っているという噂が、今も語り継がれている。**

 

**その者は、月明かりの下で、赤い瞳を輝かせているのだという──。**

 

###

 

村では「赤い瞳」の話は、すでに昔話のようになっていた。翔太が姿を消してから何十年もの時が流れ、彼の母もすでにこの世を去っていた。

 

しかし、深夜2時になると村の外れの道に「誰か」が立っているという噂は、今も消えずに語り継がれていた。

 

── そして、今年。

 

都会から一人の若者が、この村を訪れた。

 

***

 

「……なんか、寂しい村だな。」

 

青年・**直人(なおと)**は、古びた鳥居の前でため息をついた。

 

都会生まれ都会育ちの彼は、祖父母の家を訪ねるために、この村へやって来た。昔から聞かされていた「赤い瞳」の伝説を半信半疑で覚えていたが、正直なところ、そんなものはただの作り話だと思っていた。

 

── **だが、この夜、彼は本物を見ることになる。**

 

***

 

その夜、祖父母の家で遅くまで酒を飲んでいた直人は、酔いを冷ますために夜の村を歩くことにした。

 

ふらつきながら、暗い道を進んでいく。月明かりだけが頼りだった。

 

「……なんか、変な感じがするな。」

 

ふと、背筋が寒くなる。

 

── **誰かに見られている。**

 

直人はゆっくりと周囲を見回した。しかし、誰もいない。

 

気のせいか……そう思い、再び歩き出そうとしたその時だった。

 

── **道の先に、誰かが立っていた。**

 

**黒い影。長い髪。白い顔。**

 

そして……

 

── **赤い瞳。**

 

直人の心臓が、バクンッと跳ね上がった。

 

「……え?」

 

足がすくんで動かない。

 

**その者は、じっと直人を見つめていた。**

 

それだけで、頭が真っ白になりそうだった。

 

そして── **そいつ** は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……おいでよ……」

 

**ザッ**

 

一歩、こちらへ近づいてくる。

 

直人の頭に、警鐘が鳴り響く。

 

**── 逃げろ。逃げないとヤバい。**

 

しかし、身体が動かない。目が離せない。

 

気がつけば、赤い瞳の中に吸い込まれそうになっていた。

 

── その時。

 

「目を閉じろ!!!」

 

突然、後ろから大きな怒鳴り声が響いた。

 

誰かに肩を掴まれ、力強く引き戻される。

 

「な、何……!?」

 

「いいから目を閉じろ! そいつの目を見ちゃダメだ!」

 

怒鳴ったのは、村の長老だった。

 

その声に驚き、直人はぎゅっと目を閉じた。

 

── すると、耳元で何かが囁く声が聞こえた。

 

「……どうして……?」

 

切なげな声。

 

「どうして、僕を見てくれないの?」

 

直人は、ぞっとした。

 

長老が力強く念仏を唱え始める。その声が響くと同時に、**何かが遠ざかっていく気配**がした。

 

そして── 静寂が訪れた。

 

「……行ったか。」

 

直人はゆっくりと目を開けた。

 

**そこにはもう、誰もいなかった。**

 

「お前……運が良かったな。」

 

長老が深くため息をついた。

 

直人は震えながら問いかける。

 

「あれ……何なんですか……?」

 

長老はしばらく黙っていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。

 

「あれはな……かつてこの村で、"赤い瞳"を持つ者に魅入られた少年だ。」

 

「少年……?」

 

「何十年も前の話だ。翔太という少年が……赤い瞳を持つ者に連れていかれた。」

 

直人の背筋に冷たいものが走る。

 

**── 翔太。**

 

祖母から聞いたことがある。昔、この村で行方不明になった少年の話を。

 

「彼は……まだこの村にいるんですか?」

 

長老は首を横に振った。

 

「**もう彼は人ではない。** ただ、ずっと待っているんだ。誰かが自分を迎えに来るのを。」

 

直人は言葉を失った。

 

しかし、一つだけ確信したことがあった。

 

── あの赤い瞳の少年は、誰かを呼んでいた。

 

「……助けてほしかったのかな。」

 

そう呟いた直人に、長老は静かに答えた。

 

「……かもしれんな。」

 

「じゃあ、助ける方法はないんですか?」

 

長老は目を細めた。

 

「もし、彼の魂を本当に救いたいのなら……お前が“向こう”へ行くしかない。」

 

「……!」

 

背筋が凍る。

 

「でも、それはつまり……」

 

「そうだ。お前は二度と、この世界には戻れない。」

 

直人は言葉を失った。

 

── **翔太を助けるために、自分があの世界へ行くか。**

 

それとも、何もせず、忘れてしまうか。

 

しばらくの沈黙の後、長老は言った。

 

「……どちらを選んでも、後悔するだろう。」

 

***

 

── それから数日後。

 

直人は村を去った。

 

だが、**それ以来、彼の姿を見た者はいない。**

 

ただ、村では新たな噂が囁かれるようになった。

 

**「深夜2時になると、村の外れの道に“二人”立っているのを見た」**

 

── **一人は、赤い瞳の少年。**

── **もう一人は、赤い瞳を持たない青年だった。**

 

そして、彼らは微笑みながら、通りかかる者にこう囁くのだという。

 

── **「おいでよ……」**

 

###

 

深夜二時、村の外れの道。

 

そこには、二つの影が並んで立っていた。

 

ひとつは、**赤い瞳**の少年。

もうひとつは、普通の瞳を持つ青年。

 

彼らは、じっと夜道を見つめている。

 

── まるで、誰かを待っているかのように。

 

***

 

村の住人たちは、その噂を語ることを極端に避けるようになった。

 

「最近、村の外れで**二人**見たって話を聞いたか?」

 

「やめろ……そんな話をするな。」

 

「でも……本当に誰かが立ってるのを見たんだよ。片方は、赤い目をしていた……もう片方は……普通の目だった……。」

 

「**それを見たら、二度と戻れないんだろ?**」

 

「……ああ。」

 

***

 

それを最後に、「赤い瞳」の噂は完全に封印された。

 

***

 

── しかし、村を出て数年後。

 

ある青年が、とある町の小さなアパートの一室で目を覚ました。

 

「……ん?」

 

彼の名前は直人(なおと)。

 

自分の部屋のはずなのに、どこか違和感がある。

 

ふと時計を見る。

 

**深夜2時。**

 

直人はベッドから起き上がり、窓の外を見た。

 

**── そこに、誰かが立っていた。**

 

**黒い影。長い髪。白い顔。**

 

そして……

 

── **赤い瞳。**

 

直人の心臓が、バクンッと跳ね上がる。

 

「……翔太……?」

 

窓の向こうの影が、ゆっくりと微笑んだ。

 

── 「おいでよ……」

 

その瞬間、直人の視界が暗転した。

 

***

 

翌朝、直人の姿は、どこにもなかった。

 

ただ、彼の部屋の窓の外には、誰かの足跡が残されていたという。

 

そして、それ以来。

 

深夜二時になると──

 

村の外れの道だけではなく、**都会のどこかの道にも、二人の影が現れるようになった。**

 

**ひとつは、赤い瞳の少年。**

**もうひとつは、普通の瞳の青年。**

 

彼らは、微笑みながらこう囁く。

 

── **「おいでよ……」**

 

###

 

都会の夜は、光と音に満ちている。

 

ネオンが瞬き、車が行き交い、酔っぱらいが笑い声を上げる。

 

しかし、そんな賑やかな街の片隅にも、**静寂が支配する場所**がある。

 

── **深夜二時。**

 

誰も通らないはずの細い路地。

 

その奥に、**二つの影が立っていた。**

 

ひとつは、**赤い瞳の少年。**

もうひとつは、普通の瞳を持つ青年。

 

どこか寂しげな笑みを浮かべながら、彼らは行き交う人々を見つめていた。

 

── **「おいでよ……」**

 

しかし、その夜。

 

彼らを見つめ返す者が現れた。

 

***

 

「……ずっと探してたよ。」

 

低く、冷静な声。

 

男は、長い黒いコートを羽織り、無表情のまま二人を見ていた。

 

「君たち、そろそろ終わりにしようか。」

 

赤い瞳の少年が、一瞬だけ表情を曇らせた。

 

「……誰?」

 

「俺か?」

 

男はゆっくりと歩み寄る。

 

「"管理者" さ。」

 

赤い瞳の少年が、スッと後ずさる。

 

隣の青年──直人も、何かを察したように表情を硬くした。

 

「君たちのような存在は、本来“この世”にいてはいけないんだよ。」

 

男はポケットから**小さな紙切れ**を取り出した。

 

それは、古びた護符。

 

黒と赤の文字で何かが書かれていた。

 

── 田島が使ったものと、よく似ている。

 

「君たちは“境界”を超えすぎた。もう、戻るべき場所に帰る時間だ。」

 

赤い瞳の少年が唇を噛みしめる。

 

「……嫌だ。」

 

「帰りたくない。」

 

「僕は、ここにいたい……」

 

彼の声は震えていた。

 

その言葉に、直人が小さく息を呑む。

 

「翔太……」

 

赤い瞳の少年──翔太が直人を振り向く。

 

「直人は、僕と一緒にいてくれるよね?」

 

「……俺は……」

 

直人の手がわずかに震える。

 

── その時、男が護符を空中に放った。

 

**パァンッ!**

 

まるで雷が落ちたような音が響く。

 

翔太が叫んだ。

 

「嫌だ! 嫌だぁぁぁ!」

 

赤い瞳が激しく揺れ、彼の体が**徐々に闇へと溶けていく。**

 

「やめろ!」

 

直人が駆け寄ろうとした。

 

しかし── **彼の足は動かなかった。**

 

まるで何かに縛られたように。

 

翔太は泣き叫びながら、消えていく。

 

「直人……! 一緒に……」

 

直人は手を伸ばした。

 

「翔太……!」

 

だが、次の瞬間。

 

翔太の体は完全に闇に消え、静寂だけが残った。

 

***

 

直人は膝をついた。

 

翔太は、もういない。

 

目の前には、あの男が立っていた。

 

「君は、まだ“こちら側”に戻れる。」

 

直人は、虚ろな目で男を見上げる。

 

「……翔太は?」

 

「彼は、本来の場所に帰った。それだけのことだ。」

 

「……助ける方法は?」

 

「ない。」

 

男は、淡々と答えた。

 

「それが、この世界のルールだ。」

 

直人は拳を握った。

 

「……そんなの……」

 

「納得できないか?」

 

男は小さく笑った。

 

「じゃあ、君も行くか?」

 

直人は息を呑んだ。

 

── “向こう”に行く。

 

二度と戻れない。

 

それでも、翔太がいるなら……

 

男は静かに見つめていた。

 

「選べ。」

 

直人は、ゆっくりと目を閉じた。

 

── そして。

 

「……俺は……」

 

***

 

翌朝。

 

都会の片隅で、一人の青年が倒れているのが発見された。

 

彼は息をしていなかった。

 

警察は「突然死」として処理したが、不思議なことに、**彼の死因は不明だった。**

 

ただ、彼の顔は微笑んでいたという。

 

***

 

── それから。

 

深夜二時。

 

村の外れの道には、また**二つの影**が並んで立っていた。

 

**赤い瞳の少年。**

**普通の瞳の青年。**

 

彼らは、優しく微笑みながら、行き交う者に囁く。

 

── **「おいでよ……」**

 

###

 

**深夜二時。**

 

静寂に包まれた村の外れの道。

 

そこには、**二つの影**が立っていた。

 

── **赤い瞳の少年。**

── **普通の瞳の青年。**

 

二人は並んで、じっと暗闇を見つめている。

 

まるで、**誰かを待っているかのように。**

 

***

 

都会の片隅で発見された青年の遺体。

 

彼は微笑んでいた。

 

**不明な死因、そして不可解な噂。**

 

それ以来、村だけでなく、都会のあちこちでも「深夜二時に“二人”を見た」という証言が相次ぐようになった。

 

彼らは夜の闇に溶け込むように立ち尽くし、通りかかる者を静かに見つめている。

 

**── そして、こう囁くのだ。**

 

「おいでよ……」

 

囁きを聞いた者のうち、何人かは忽然と姿を消した。

 

***

 

**「……これは、まずいな。」**

 

黒いコートを羽織った男── “管理者” は、静かに夜の空を見上げた。

 

「“赤い瞳”の呪いは、もう村を超えて広がり始めたか……。」

 

── **それは、本来あってはならない現象だった。**

 

“赤い瞳”は、村に根付く因習のようなもの。

 

しかし、直人という存在がその均衡を崩した。

 

彼は、翔太を**忘れなかった。**

 

普通なら、赤い瞳に魅入られた者は**消えるだけ。**

 

だが、直人は自ら翔太の元へ行った。

 

── その結果。

 

「“赤い瞳”は、繋がりを持ってしまった。」

 

呟くと、男はポケットから古びた護符を取り出した。

 

「このままでは、"向こう側"の境界が崩れる……。」

 

それは、人間と異界を隔てる一線。

 

もし完全に壊れれば、"赤い瞳"の者たちは**この世に溢れ出す。**

 

「……そうなる前に、止めるしかないか。」

 

男は、静かに歩き出した。

 

向かう先は──

 

**深夜二時の道。**

 

***

 

夜風が吹き抜ける。

 

村の外れの道には、二つの影が佇んでいた。

 

**赤い瞳の少年。**

**普通の瞳の青年。**

 

そこへ、一人の男が現れる。

 

「……よう。」

 

彼らは、ゆっくりと顔を上げた。

 

翔太の赤い瞳が、月明かりに照らされる。

 

直人もまた、穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「……来たんだね。」

 

男はポケットから護符を取り出した。

 

「お前らは、もう消えなきゃいけないんだよ。」

 

翔太は、静かに首を振った。

 

「僕たちは、消えないよ。」

 

直人が一歩前に出る。

 

「俺たちは、ここにいる。**これからもずっと。**」

 

男は目を細めた。

 

「そうか……」

 

護符を指先で弾く。

 

── すると、空気が一瞬で凍りついた。

 

風が止まり、時間が歪むような感覚が広がる。

 

翔太の赤い瞳が、ぎらりと光った。

 

「消えたくない……」

 

「僕たちは、ずっと一緒にいたいんだ……」

 

「なのに、どうして……?」

 

赤い瞳が、男を見つめる。

 

── その瞬間、男の視界が真っ赤に染まった。

 

**無数の“手”が、男の体を引きずり込もうとする。**

 

「……っ!」

 

男はすぐに護符を掲げた。

 

**バチンッ!**

 

強烈な閃光が辺りを包み込む。

 

翔太と直人の姿が、かすかに揺らぐ。

 

「君たちの存在は、この世界にはもう必要ない。」

 

男は静かに言った。

 

「さよならだ。」

 

翔太の表情が、一瞬だけ悲しげに歪む。

 

「……そうか。」

 

次の瞬間──

 

翔太と直人の姿は、音もなく消えた。

 

闇の中へ、溶けるように。

 

ただ、風だけが静かに吹いていた。

 

***

 

── **それから。**

 

「赤い瞳」の噂は、ぱったりと途絶えた。

 

村でも、都会でも、もう誰も「深夜二時の道」で二人の姿を見なくなった。

 

まるで最初から、そんなものはなかったかのように。

 

ただ、時折。

 

村の外れの道を歩くと、ふと耳元で囁くような声が聞こえるという。

 

── **「おいでよ……」**

 

それを聞いた者は、すぐに足を速めて、その場を離れる。

 

誰も、もう振り返ることはない。

 

── それが、一番安全な方法だから。

 

***

 

**── “赤い瞳”の伝説は、これで終わった。**

 

…… **だが、本当に終わったのだろうか?**

 

どこか遠くの町の夜道で、深夜二時。

 

古びた街灯の下。

 

**二つの影が、静かに佇んでいた。**

 

彼らは、誰かを待っている。

 

そして、そっと微笑む。

 

── **「おいでよ……」**

 

###

 

── 深夜二時。

 

都会の片隅、薄暗い路地の奥。

 

誰もいないはずの道に、**二つの影が立っていた。**

 

**ひとつは、赤い瞳の少年。**

**もうひとつは、普通の瞳の青年。**

 

彼らは静かに、通りを眺めている。

 

**まるで、誰かを待っているかのように。**

 

***

 

「……終わったはずじゃなかったのか?」

 

黒いコートの男は、護符を指で弾きながら、遠くから二人を見つめていた。

 

「消えたと思ったが……やはり、簡単にはいかないか。」

 

彼らの存在が消えたはずの“境界”に、まだ揺らぎが残っている。

 

このまま放置すれば、いずれ異界との繋がりは強くなり、“赤い瞳”の呪いは再び広がるだろう。

 

男はため息をついた。

 

「仕方ない。**今度こそ、完全に終わらせる。**」

 

***

 

**路地の奥。**

 

翔太と直人は、静かに立っていた。

 

「また来るね。」

 

「うん。またね。」

 

そんな、他愛のない会話を交わすように。

 

だが、二人とも分かっていた。

 

**── もう時間がないことを。**

 

彼らの足元が、じわじわと黒い霧に侵食され始めている。

 

翔太が、小さく笑った。

 

「やっぱり、僕たちは“ここ”にはいられないみたいだね。」

 

直人は唇を噛みしめた。

 

「そんなの……納得いかない。」

 

「でも……これがルールなんだ。」

 

翔太の赤い瞳が、どこか悲しげに光る。

 

「直人は、本当は生きていられたのに……僕と一緒に来てくれた。」

 

「……俺は、お前を独りにしたくなかったんだ。」

 

直人は翔太を見つめた。

 

「……本当は、お前を助けたかった。」

 

翔太は、静かに首を振る。

 

「助ける方法なんて、最初からなかったんだよ。」

 

直人は目を伏せた。

 

── **なら、どうすればよかった?**

 

彼は自分の命を捨て、翔太と共にあった。

 

それでも、終わりは来てしまう。

 

結局、何も変えられなかったのか。

 

翔太が、小さく笑った。

 

「でもね、直人。僕は幸せだったよ。」

 

「……」

 

「最後の最後に、独りじゃなかったから。」

 

直人は、翔太の言葉に、静かに息を呑んだ。

 

その時。

 

── **バチンッ!**

 

強烈な音とともに、**護符が舞い降りる。**

 

「やれやれ。やっぱり、君たちを“この世”に置いておくわけにはいかない。」

 

黒いコートの男が、静かに歩み寄ってきた。

 

「……もう終わりにしよう。」

 

翔太と直人の足元の霧が、さらに濃くなる。

 

まるで、彼らを“向こう側”へと引き戻そうとするかのように。

 

翔太は、静かに目を閉じた。

 

「そっか……じゃあ、さよならだね。」

 

直人は、ぎゅっと拳を握る。

 

「……ああ。」

 

翔太が最後に、微笑んだ。

 

「ありがとう、直人。」

 

── **瞬間、彼らの姿は霧と共に消えた。**

 

静寂が訪れる。

 

護符が地面に落ち、音もなく燃え尽きた。

 

男は、静かに空を見上げた。

 

「……これで、本当に終わりだ。」

 

そう呟き、踵を返した。

 

もう、赤い瞳の少年はいない。

 

もう、あの囁きも聞こえない。

 

── それで、よかったはずだった。

 

***

 

**── しかし。**

 

それから数年後。

 

夜の都会。

 

深夜二時。

 

ひとりの若者が、ふと立ち止まる。

 

路地の奥に、**二つの影が佇んでいた。**

 

── **赤い瞳の少年。**

── **普通の瞳の青年。**

 

彼らは、微笑んでいた。

 

そして、静かに囁いた。

 

**「おいでよ……」**


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。