艦隊これくしょん「艦これ」―荒海の槍騎兵―1「連合艦隊分断」 作:黒瀬夜明 リベイク
一航艦が宿毛湾に帰還したのは師走の八日、一二時一〇分だった。まずは第八戦隊の「利根*1」と「筑摩*2」が、続けて第三戦隊の高速戦艦「比叡*3」、「霧島*4」が入港し、それに続いて第六戦隊・第二小隊の「古鷹」「衣笠」が入港した。重巡や戦艦の艦娘に続いて、一航艦の旗艦である赤城を含めた六人の空母たちは赤城が先導するように湾内へと入ってきた。
「思いがけない事になったものだわ」
赤城は口内で一人呟いた。本来であれば今頃は、真珠湾上空へ放った攻撃隊を収容し、引き上げに掛かっている筈だった。だが一航艦は今、本土にいる。作戦前には槍田提督から、「万が一、不測の事態が発生し、これが真珠湾作戦よりも重要度が高い場合には、如何なる状況下にいようと即時引き上げを行うように」と厳命を受けていたが、まさか赤城たちも「作戦開始当日」に本土に戻っているとは、思ってもいなかった。
「うひゃぁ、戦艦のみんなまで勢揃いだ!」
不意に赤城の背後から感嘆の声が上がった。額に日の丸を描かれた鉢巻きを締めた、橙色の着物と緑の袴を身に着け、手には和弓を握った茶髪のショートヘアーの、第二航空戦隊旗艦を務める正規空母の艦娘「飛龍*5」が宿毛湾に広がる光景を見ての感想を述べたのだろう。
「これから南遣艦隊を救援に行くんだから、これくらいの戦力は出すでしょ」
その隣に控えている、飛行甲板に引かれている誘導線を描いた灰色の鉢巻きを額に巻き、緑色の着物に、暗緑色の袴を身に着け、飛龍と同様に和弓を手にした青みがかった髪をツインテールにした第二航空戦隊所属で、飛龍の僚艦である正規空母の艦娘「蒼龍*6」が少し呆れたような口調で答える。赤城は再度、宿毛湾の湾内に視線を向けた。湾口の付近には、扶桑と山城がおり、二人して会話をしている。その奥には伊勢と日向の姿が見える。こちらは扶桑と山城とは正反対に、お互いに何も会話をしていない。互いに水平線の向こう側を見つめているように見えた。そして湾の最奥には長門と陸奥、現状においての日本連合艦隊最強の戦艦が、主砲の砲身に僅かな仰角を掛けて待機していた。
「連合艦隊の総力出撃、か」
赤城は誰に言うともなく呟いた。作戦の緒戦では、第三戦隊の金剛型戦艦姉妹以外、戦艦の艦娘の出撃予定は無かった。ところが今は、金剛と榛名を除いた、日本連合艦隊の全ての戦艦の艦娘たちが宿毛湾に集結している。槍田提督や、呉の荒川提督は、全連合艦隊を出撃させるつもりなのだ。
ほどなくして、一航艦の六人は宿毛湾に入泊した。湾内の隅の方では、第一水雷戦隊旗艦の「阿武隈*7」と、一水戦に所属している九人の艦娘たちが、給油艦から伸ばされた給油管を艤装の燃料補給口に接続し、燃料補給を受けている。択捉島の単冠湾から、日付変更線付近まで航行し、宿毛湾に帰還したのだ。総移動距離は四〇〇〇浬を超える。彼女たちにとっては気苦労が耐えなかっただろう。と赤城は内心で思った。やがてしばらくすると、長門と陸奥を含めた六人と第三戦隊の比叡と霧島が、赤城たち一航艦の元へと向かって来た。皆一様に、焦りを含んだような顔をしていた。赤城たち一航艦の六人と、長門たち六人が顔を合わせた後すぐ、長門が口を開いた。
「状況は、師走の三日に打電した通りだ」
長門はいきなり本題を口にしたのだ。彼女たちに対する挨拶も労いの言葉もない。それだけ状況は切迫しているのだと、一航艦の六人に認識させたい。そう思えるような口調だった。
「深海棲艦の大艦隊が、マニラ湾に出現した。真珠湾を航空偵察していた二式大艇も、真珠湾はもぬけの殻だと報告している。奴らは私たちの知らぬ間に、艦隊の主力を南方へ移動させたんだ」
「そのような大艦隊を一体どうやって……?」
話を聞いていた霧島が考え込むように唸り声を上げた。だが、長門はすぐにかぶりを振った。
「その事にはあとで考えればいい。今はともかく、マニラ湾に現れた深海棲艦を撃破することに集中しよう」
「そうね…南方の制海権とシーレーンの確保が出来なければ、私たちは戦わずして、深海棲艦に屈服することになる」
長門と赤城の言葉を受けて、その場にいた全員が一堂に頷く。皆が二人の言葉を噛みしめているようだった。南方の資源地帯から取れる資源。特に艦娘である彼女たちが、外洋へと出て、作戦行動を取るのに必要不可欠な「燃料」が手に入らなければ、日本連合艦隊はやがて立ち枯れる。深海棲艦は、それを知ってか知らずか、日本連合艦隊最大の弱点を衝いてきたのだ。
「てことは、次は南方に出撃して深海棲艦の艦隊を捕捉、撃滅せよ。ってのが、提督たちからの新しい命令?」
今度は飛龍が口を開いた。喋り方こそ、何処か抜けたような喋り方ではあったが、その表情は闘志を燃やしているような、キリッとした表情だった。
「その通りだ飛龍。深海棲艦の戦力は未だハッキリしていないが、恐らく真珠湾にいた全ての戦艦の他に、複数の空母を伴っているだろう」
「それだけじゃないわ。深海東洋艦隊にいたとされている、「四連装砲塔搭載型の戦艦ル級」と、「戦艦タ級」が、この艦隊に合流した可能性があるわ。それだけの戦力を向けられたら、南遣艦隊の戦力では対抗は無理に等しいわ」
長門の後を陸奥が引き取り、更に脅威となる艦隊が出現したことを告げる。その言葉を聞いた瑞鶴が、ウゲェ…とした顔をした。長門はそんな瑞鶴を横目に、赤城に視線を向けた。一航艦の旗艦である赤城の意見が聞きたい。そう言いたげな表情だった。
「任務内容が変更された訳ではないわ。私たち一航艦の受けている命令は、「深海棲艦の艦隊撃滅」…その場所が、真珠湾から、南方に変わっただけ」
「…鎧袖一触よ。心配いらないわ」
赤城の凛とした言葉に、加賀が短く、自信溢れる言葉を継げる。
「フッ、頼もしい限りだ!」
長門の顔に笑みが浮かび上がった。元々弱音を吐くことが少ない赤城と加賀だが、この時はいつも以上に輝いて見えたのだろう。
「真珠湾近海と違い、南方でなら味方飛行場の基地航空隊、そして何より、連合艦隊主力の助力もあるわ。必ず深海棲艦を撃滅できると、私は思っているわ」
赤城の言葉に、もっともだ。と加賀が無言で頷く。真珠湾の近海なら、一航艦の力のみで深海棲艦の泊地を撃破しなければならなかった。だがそれが、自分たちの本拠地に近い南方の海域であれば、数多くの味方の援護を受けることが出来る。これ程、頼もしい存在はない。赤城はそう言いたげだった。
「深海棲艦の艦隊は、今もまだマニラ湾にいるのでしょうか?」
徐に翔鶴が口を開き、陸奥が答えた。
「昨日入った索敵機の報告によれば、飛行場姫の進出が確認されているわ。輸送船団の撤収には時間がかかる筈だから、奴らがまだ、マニラ湾にいる可能性は十分高いはずよ」
「付け加えるなら、奴らは必ずマニラ湾から打って出てくる。分散している私たちを各個に撃破する。そのような作戦展開で来るはずだ」
そう言って長門は、呉鎮守府から持ち込んだ南方要域図を取り出し、皆の前で広げた。それを陸奥が代わりに持ち、長門が指示棒を取り出して海南島を指した。
「南遣艦隊は現在も、海南島での待機を続けている。深海棲艦の艦隊は我々と合流する前に、南遣艦隊を叩くつもりだろう」
「一刻の猶予無し。と言うことか」
脇から日向が呟いた。南遣艦隊の戦力は高速戦艦が二、重巡が七、防巡が二、軽巡が三、駆逐艦が二四だ。マニラ湾に現れた多数の深海棲艦戦艦部隊の攻撃を受ければひとたまりもない。
「一日……いえ、一刻も早く駆け付けないと、南遣艦隊は全滅の憂き目にあいかねないでしょう」
「ああ。だから我々が「共に征く」のだ!」
長門はそう言って周りにいる全員を見渡した。皆が皆、真剣で決意を固めた引き締まった表情で長門を見つめている。長門は握り拳を強く握り締め、言った。
「この国と、南遣艦隊の仲間たちを救えるのは、同じ日本連合艦隊である私たちしかいない!必ず南遣艦隊を救い出し、私たち全員の未来を切り開くぞ!」
オオッー!!
一航艦と合流を果たした日本連合艦隊は、遂に動きだした。この時、海南島の南遣艦隊に向け「イザ、共ニ征カン」と無電が打たれた。