艦隊これくしょん「艦これ」―荒海の槍騎兵―1「連合艦隊分断」 作:黒瀬夜明 リベイク
標準型戦艦棲姫の戦闘不能は、南遣艦隊の艦娘たちに遁走のチャンスとなった。彼女たちは、たった今大爆発を起こして沈黙した姫級の戦艦が、深海太平洋艦隊の旗艦であることを知る由もないが、それでも魚雷の回避によって隊列の乱れた深海棲艦の戦艦部隊からは、確実に混乱しているであろうことが分かった。
「旗艦鳥海より、南遣艦隊全艦へ!最大戦速、現海域より離脱します!」
南遣艦隊旗艦、鳥海から全艦娘へ離脱の指示が飛んだ。鳥海は、脅威と言える深海棲艦戦艦部隊が混乱から立ち直る前に、海南島からの離脱を選んだのだ。
戦力差が明白だったこの戦闘は、敵艦隊を撃滅することが目的ではない。海南島から離脱し、日本連合艦隊本隊との合流が目的だ。
鳥海の指示を受けた各所から、了解!の返答が返ってくる。それは、隊列の最後尾で敵戦艦と撃ち合っていた金剛も同様だった。
「了解ネー!榛名、付いて来れますカー?」
「はい!榛名はっ…大丈夫です!」
直前に、敵戦艦部隊から砲撃を受けた榛名だが、彼女は気丈に振舞ってみせた。だが、金剛の後部見張り員妖精は、榛名が火災を食い止められておらず、また35.6センチ連装砲改二の第四砲塔と、艦載機の射出機が破壊されている事を報告している。
(今はまだ大丈夫そうデスが、早く離脱しないとデンジャラスネー)
金剛は内心で榛名の事を心配していた。日本連合艦隊の中でも快足を誇る金剛型だが、装甲には若干の脆弱さがある。
さきの魚雷命中の影響で、榛名への弾着は遠のいたが、深海棲艦が弱った榛名を見逃すとも思えない。
しかし、榛名が第一から第三までの35.6センチ連装砲を咆哮させる姿を見て、心配は無用だと金剛は察した。
「では急ぎますヨー!しっかり付いて来てくださいネー!」
「はい!」
金剛の機関がうねりを上げ、彼女の身体をぐいぐいと引っ張っていく。敵戦艦部隊の発射炎は、右前方から右正横と推移しながら戦闘は続いていたが、今では右後方へと移っている。
後部見張り員の妖精は、「敵艦隊との距離、離れます!」と報告していた。どうやら敵戦艦との速力差はかなりの物のようだ。
だが、撤退を開始した金剛たちの後方から、砲声が鳴り響いた。後部見張り員妖精がすかさず、「敵艦、発砲!」と報告した。
「逃がしてはもらえ無さそうデース」
金剛は、ちらと後方を振り返った。闇に包まれた海面に、強烈な発射炎が瞬く。金剛はその発射炎と、観測機からの報告で敵の六番艦がもっとも狙いやすい位置にいることを突き止めた。
金剛の35.6センチ連装砲改二が右舷側に旋回し、砲身が俯仰する。
「これでフィニッシュ?な訳ないデショー!ワタシは喰らいついたら、離さないワ!」
直後、金剛の持つ四基の35.6センチ連装砲改二の一番砲が咆哮した。交互撃ち方による砲撃だ。
若干の間をおいて、榛名も残った三基の35.6センチ連装砲改二で砲撃する。時間差を置いて、七発の35.6センチ砲弾が夜の大気を鳴動させながら敵戦艦に落下する。しかし、直撃弾炸裂の閃光はない。全弾が外れたようだ。
「シット!また外れマシタ!」
金剛が悔しそうに唸る。だが、悪い事ばかりではなかった。金剛の35.6センチ連装砲改二の二番砲が咆哮した時、榛名から通信が入った。
「お姉さま!火災は鎮火の見込みです!」
「ナイスネー!でも、消し止めるまで油断しちゃノーデスヨー!」
榛名からの朗報に金剛はホッと胸を撫で下ろした。だが、そんな中でも敵戦艦からの砲撃はなおも続いている。金剛の右舷側に水柱が林立し、一瞬だけ視界を奪う。
今の砲戦距離は一万メートル。この距離での夜間砲戦はどうしても外れ弾が多くなる。だが敵からの直撃も無い分、倍する敵部隊と戦っている自分たちや、前方を行く巡洋艦の艦娘たちも生き延びられているのだ。
(距離を詰めれば、命中率も上がりマスが、それは絶対に駄目デス!)
金剛と榛名は、戦闘が始まる前の作戦会議で「敵戦艦部隊を牽制しつつ、海南島から離脱せよ」と鳥海から伝えられていた。金剛はその鳥海の指示に、
「なら三戦隊は、最後尾に布陣しマース!」
と返答した。
三〇ノットの高速を発揮できる金剛と榛名と言っても、巡洋艦や駆逐艦の艦娘たちよりは遅い。自分たちが中央に陣取れば、艦隊の足を引っ張りかねない。金剛はそれを避けるためと、南遣艦隊の中では一番の分厚い装甲を持っている事を理由に、艦隊の最後尾に付くことにしたのだ。
(最悪の場合は、ワタシと榛名が囮になって……)
鳥海の前ではいつもの明るい調子で振舞ったが、内心では覚悟を決めていた。それは戦闘前にその事を話した榛名も同様で、
「榛名とお姉さまが少しでも粘れれば、それだけ多くの仲間が脱出できます!」
と決意を宿した瞳で言い返してきた。
現在の所は殊の外うまく運べている。自分たちも敵戦艦に命中弾を得られていないが、敵艦隊もそれは同様だ。一時は榛名へと命中した砲撃も、今では無くなっている。このまま行けば、残りの全員で脱出も夢ではない。金剛がそう思った、そんな時だった。
「ッ!」
金剛の視界に、先程まで撃ち合っていた戦艦ル級とは違うシルエットが写り込んだ。戦艦ル級も凄まじい威圧感を持つが、その艦影はそれ以上に見える。
後方に発射炎が閃き、轟音が金剛と榛名の頭上を圧迫しながら、右から左へと飛翔した。直後、海南島の稜線に真っ赤の炎が上がり、土砂を巻き散らした。
金剛が第三射を放った直後、今度は左舷側に巨大な水柱が奔騰した。水柱というより、海水の壁と言えるような気がするものだ。
「姫級が来ましたカ…」
金剛の直感がそう判断した。
ここには居ないが、現在の日本連合艦隊最強の戦艦と謳われる長門と陸奥。その二人と互角に渡り合うのが、今金剛たちが相手取っている姫級の戦艦だ。装甲は戦艦ル級のそれを遥かに超えていると言われているが、定かではない。
(せめて、一隻でも仕留められれば…)
金剛はそう思いながら、第四射を放った。姫級の砲弾と金剛の砲弾が上空で交錯し、互いの頭上から降り注ぐ。だが姫級だけではない。後続してくる戦艦ル級も砲撃を加えてくる。
金剛は第五射を放つ。その直前には第四射弾が弾着しているが、敵艦隊の中に直撃弾炸裂の閃光はない。またもや空振りだ。金剛は若干の苛立ちを覚えたが、それも第六射によって消し飛んだ。その瞬間だった――
「やりました!命中確認です!」
榛名の弾んだ声が、金剛の耳を吐いた。金剛が後方に目を向けると、敵戦艦部隊の只中に、直撃弾炸裂の閃光が閃いていた。更に続いて、二度目の直撃弾炸裂の閃光が閃く。砲術科員の妖精が「命中弾、一を確認!」と報告を入れた。空振りを繰り返していた金剛と榛名は、ほぼ同時に命中弾を得たのだ。
「やりましたね、お姉さま!」
「イエース!さぁ榛名、畳みかけるヨー!!」
「はい!」
依然として敵弾落下の水柱と爆圧が、金剛たちに襲い掛かってくるが、彼女たちの士気は今最高潮に達していた。夜間、しかも一万メートルを置いての砲戦で命中弾を得たのだ。
(絶対に生き延びて、比叡と霧島に自慢してやりマース!)
金剛の内心に、そんないたずら心が芽生えた時、砲術科員の妖精たちが「次弾装填完了!」と報告を上げた。装填の為に仰角を下げていた二番砲が俯仰し、金剛の35.6センチ連装砲改二、四基と榛名の35.6センチ連装砲改二、三基が目標を捉えた。
全砲門、ファイヤァー!!
勝手は!榛名が!許しませんッ!!
金剛と榛名は、この日初めての斉射を放った。強烈な砲声は、ここまで耐え抜いた鬱憤を晴らすような、彼女たちの意思を現した様な音だった。