艦隊これくしょん「艦これ」―荒海の槍騎兵―1「連合艦隊分断」 作:黒瀬夜明 リベイク
見張り員妖精の報告を受けた青葉は、左四十五度方向を見やった。直後、敵駆逐艦の小口径砲のそれとは、ハッキリと異なる発射炎を認めた。先程まで六戦隊の頭を押さえていた水雷戦隊の先頭に位置していた巡洋艦が、左に大きく回頭し、砲撃を仕掛けてきたのだ。
その間にも、敵巡洋艦が放った砲弾が落下してくる。青葉の進行方向と、左舷側に水柱が奔騰すると、下方向から爆圧が伝わってくる。
「軽巡ホ級にヘ級、重巡リ級まで――」
「うおっ、あぶね!」
「加古!?」
敵巡洋艦の艦種を見極めていた青葉に、突如後ろを進む加古が声を上げた。それと時を同じくして、 後部見張り員妖精から「加古に至近弾!」と報告が入った。
「大丈夫だ!まだやられちゃいない!」
更に後部見張り員妖精からの報告が続いた。「嵐、萩風に至近弾!」
「チィッ、あぶねぇじゃねぇか!」
「わっ!くぅ…マズいです」
青葉は間髪入れずに目標の指示変更を、六戦隊のメンバーに伝えた。
「目標を巡洋艦に変更!各艦、準備出来次第砲撃開始!」
青葉は長10センチ高角砲を左舷側へと向けた。砲術科員の妖精たちが、射撃諸元の計算を終えるまで少しの間が出来てしまう。その間にも敵弾はひっきりなしに襲い掛かってくる。
今のところ直撃弾はない。だが、青葉たちを水柱の檻に閉じ込めるかのように水柱は林立し、その内の数発が至近弾となって、青葉の体を揺さぶる。
(早く!)
青葉も内心で焦りを覚えていた。焦ったところで照準が合わさる訳ではないが、体感的には敵巡洋艦への測的が済むのが何倍にも感じられた程だ。だが程なく砲術科員の妖精たちから、「側的よし!」「方位盤よし!」「高角砲、射撃準備よし!」と声が上がった。
「撃ち方始め!」
青葉は敵弾の飛翔音や、砲声に負けじと大声を張り上げた。左舷側に向けた長10センチ高角砲三基の一番砲が火を噴く。
後方からも射撃音が聞こえてくる。加古や各駆逐艦が砲撃を開始したようだ。
軽巡ホ級やヘ級の6inch砲弾、重巡リ級の8inch砲弾と、青葉と加古の10センチ砲弾、駆逐艦たちの12.7センチ砲弾が互いに命中弾を得ようと夜の大気を震わせながら飛び交い、水柱が何本も奔騰しては消えていく。
海南島の南東岸沖は、まさに乱戦の巷となっていった。
互いに命中弾を得られないまま、砲弾の応酬は続く。敵巡洋艦に直撃弾炸裂の閃光が閃くことはないが、青葉たちにも未だに被弾はない。
「いつまで躱しきれるか…」
青葉は口内で呟く。敵巡洋艦、特に重巡リ級とは火力、防御力の差が大きい。青葉と加古に関しては防御力は同等だが、火力面での劣勢は否めない。
下手をすれば、一方的に叩きのめされかねないが、青葉たちも麾下の駆逐艦たちも強大な相手に屈することなく立ち向かっている。
だが、彼女たちの強運も長くは続かなかった。
「うぅッ!」
「――加古ッ!?」
後方から炸裂音が響いた。加古が直撃弾を受け、苦悶の声を上げると後部見張り員妖精が、「加古、被弾!」と、叫ぶ。
加古の被弾を引き金としたように、味方への被弾が相次いで発生し始めた。
「っ!いったた…ひ、被弾!?」
「くっ!」
「朝潮さん、響さん!――うわぁ!」
「野分!クソッタレめぇ!」
八駆の朝潮、六駆の響、更には四駆の野分が敵弾を受ける。後部見張り員妖精からも、同じ報告が上がってくる。野分は遅れずについてきているが、朝潮と響は、機関部をやられたのか隊列から落伍し始めた。
「グワッ!くぅ…こんの、変態野郎――ガァッ!?」
更に加古への被弾が相次ぐ、「加古、二発目……いや、三発目被弾!」と後部見張り員妖精が、悲痛な声で報告を上げる。
「マズい…!」
青葉の額に脂汗が浮かびあがる。被弾が集中し、先に思い浮かべた「一方的に叩きのめされる」未来が青葉の脳裏をよぎっていく。
ましてや青葉は、未だに敵への命中弾を得ていない。援護したくとも、出来ない状態だ。だがそんな青葉も、一瞬で現実へと引き戻された。
「うわぁっ!!」
青葉の周囲に幾本もの水柱が奔騰し、次いで背中から衝撃が襲い掛かった。前のめりになりながらも、何とか転倒を防いだ青葉だったが、たった今襲ってきた衝撃が何だったのか、青葉にはすぐに分かった。
(そ、そんな…敵機と戦う前に、青葉たち…沈んじゃうの?)
長10センチ高角砲の引き金を引きながら、青葉の頭は恐怖で真っ白になりかけていた。防空巡洋艦へと改装を受け、桃園砲術参謀と対空戦闘について自身の腕を磨き、鍛えた青葉と加古。
だが、青葉も加古は被弾してしまった。次からは敵巡洋艦からの斉射が襲い掛かってくる。
無数に落下してきた敵弾が自分たちの体を抉り、火だるまとなって沈んでいく。青葉の脳裏に、絶望感漂う未来図が浮かび上がった。だが直後、見張り員妖精が敵弾の炸裂音に代わって報告を上げた。
敵巡洋艦、火災発生!
「!?」
青葉が顔を上げると、そこには確かに炎上している敵巡洋艦――重巡リ級の姿が浮かび上がっていた。さらに新たな災が現れ、今度は軽巡ホ級やへ級の姿を浮かび上がらせている。三隻の敵巡洋艦は、完全に動きを止めているのがハッキリと分かった。
炎の向こうに別の発射炎が瞬くが、それは青葉たちに向けられたものではなかった。
「青葉さん!今のうちに体勢を立て直して!」
唐突に、鳥海の声が短距離無線機から飛び出した。
「青葉ちゃんたちはやらせないわ!食らいなさいッ!!」
「六戦隊を援護!右舷の敵を叩いてッ!!」
続けざまに愛宕、高雄の声も聞こえてきた。それに続くように、後方から第七戦隊の最上たちが砲撃しながら近づいてくる。
「そうか!」
青葉は状況を理解した。
六戦隊の頭を押さえにかかった敵水雷戦隊だったが、青葉たちを討ち取ろうと左へ回頭した。しかしその行動が、よりにもよって愛宕や鳥海たち重巡部隊との挟撃位置に入ってしまったのだ。愛宕たちはその一瞬の隙をついて一時に、三隻の敵巡洋艦を仕留めたのだ。
突然現れた愛宕たちに驚いた残りの重巡リ級、軽巡ホ級、へ級は、愛宕たちに向けて反撃を行ったが、それは即座に倍の砲弾によって返された。
瞬く間に重巡リ級に直撃弾炸裂の閃光が閃き、轟々と燃え上がる火災を巻き起こす。
続けて軽巡ホ級が被弾、炎上を始めた。
残った軽巡へ級は、敵わぬと見てか、残存する駆逐艦を引き連れて遁走に走り出した。反航戦の位置を保ったまま、次々に六戦隊と南遣艦隊本隊の後方へと抜けていく。
「た、助かったぁ…」
窮地を脱したことで、青葉はその場にへたり込みそうになったが、加古からの声がそれを防いだ。
「青葉…無事かぁ?」
「加古!?そっちは大丈夫なの!?」
「ああ。六番高角砲と後甲板をやられたけど、生きてるよ」
青葉は加古の無事に胸を撫で下ろした。だが今は、急がなければならない。
(加古も野分も、機関部は無事みたい…これなら――)
朝潮、響が隊列から落後してしまったが、自分たちの頭を押さえにかかった敵水雷戦隊を撃退し、退路をこじ開けたのだ。最大戦速を発揮すれば、敵戦艦を振り切って海南島から離脱できる。
青葉はその一瞬だけ、楽観的になっていた。だがそれは文字通り、「一瞬」だった。
青葉たちの右後方、闇夜のかなたに、先程まで渡り合っていた駆逐艦や軽巡、重巡の小、中口径砲のそれとは全く異なる、大きな発射炎が瞬いた。
放たれた砲弾の飛翔音は、青葉の頭上を右から左へと抜けた。二十秒ほど経過したとき、左舷側に爆発光が走り、火柱が上がった。
炎が重巡部隊の先頭を行く、愛宕と高雄の姿を浮かび上がらせている。
「ヤバいのが来やがったな…」
加古が毒づいた時、後部見張り員妖精が緊張した様子で告げた。
深海東洋艦隊の追撃です!