黒崎コユキ■番勝負~【白兎】からは逃げられない~ 作:陸奥苺の頓兵衛
シャーレの先生が消息絶つ、と同時にゲヘナ学園を取り囲うように巨大な隔壁が出現した。
消えた先生を見つけるべく、ゲヘナ以外達の生徒達が、自分の学校を優先的に奔走するも、一向に見つからない。
なので、ゲヘナ学園に協力を要請しようにも、一向に連絡が取れず、隔壁に多種多様な攻撃してもへこみすらしない。
それなら上空から学園内に入ろうとした別動隊は、隔壁から撃たれた追尾ミサイルによって、墜落させられた。
さながら、他校の生徒は入って来るな、とでも言うように。
「ん~~~~しょ! よい~~~しょ!! が~~~~んばれ!!! がんばれ、ホシノ!!!
し~~~~~たは見る~~~な!!! 落ちたら折れる!!! もう、いや、だぁ!!!」
事件から半月ほど経った今、隔壁に出来た凹凸を指で掴んで自力で登ろうとするポニーテールの少女。
小鳥遊ホシノ、アビドス高等学校に所属し、ゲヘナ屈指の常識人で、風紀委員長を務める空崎ヒナの友人だ。
先生の事も気になるが、それはヒナ達も同じの筈。
それなら、彼女に協力を求めるついでに学園内も探そうと、単身で登る事を決めた。
とはいえ、ボディアーマーの上から、盾を背中に括りつけての登山は、彼女でも至難の業であり、かれこれもう五回目の挑戦である。
「ひぃー! ひぃー! ひぃー! ひぃー……腰かけたい!! 思いっきり深呼吸したい!! ちょっとでも良い、五分でいいから仮眠取りたい!!!
……そ~~れでも!! 負けるなホシノ!!! あとちょっと!! が~~~~んばれぇ!!! お~~~ちるなぁ!!!」
自身を励ます言葉や、落ちるなと必死に応援しながらも、欲望が漏れるあたり、もう限界の様子。
事実、四肢はプルプルと震え、上がろうとする途中で生あくびして落ちかけるなど、かなり危うい状態だ。
だが彼女の言う通り、あともう少し頑張れば頂点までたどり着く。
暫くの休憩の後、落っこちてしまえば侵入完了、痛いのは避けられないが、もう時間がない。
「ぜぇー……ぜぇー……ぜぇー……ぜぇー……。
や、やっと、登頂、出来、た……し、しんどい…………」
力を振り絞り、合計八十時間もかけて、ようやく頂上に辿り着いたホシノ。
何回か深呼吸を繰り返した後、腹を括って足から落ちていき、無事に着地に成功する。
(……ゲヘナにしてはあまりにも静かすぎる、と言うか人が居なさすぎる。
隔壁が現れてから、大体二週間くらい経ったのかな? 先生が居なくなってからも、だけど。
本当に、何でゲヘナを取り囲む壁が出来たんだろう?)
喧騒や爆発が全く絶えない筈のゲヘナは、普段からはあり得ない程の、静寂に包まれていた。
それは、何度も諦めずによじ登ろうとしていた最中にも、気づいていた違和感の一つ。
突然、現れた天高くそびえ立つ障壁、猫の子一匹すら見えない光景、そして一向に情報が入らない先生の行方。
キヴォトスに広がる不穏な空気を感じながらも、ホシノは友人を探そうと辺りをキョロキョロと見渡す。
すると、丁度正面奥の方に黄昏れているもっさりとした銀髪の少女、空崎ヒナの姿が映る。
あまりの疲労に、目がかすんでいたのかなと思考を巡らせながら、よろよろとした足取りでホシノは近寄る。
「ヒ~~~ナ~~~ちゃ~~~ん、ちょっと良いかなぁ?」
「……ああ、ホシノ、どうかしたのかしら?」
まだ体力は完全には回復していないが、一刻も早く協力を得たかったホシノは渾身の力で、出来るだけ大きな声で叫ぶ。
対するヒナはと言うと、愛銃を片手に握りしめ、いつもと変わらぬ口調で問いかける。
「いやいやいやどうしたの? じゃないよ……って、ああそっか、あの壁のせいで情報が来てないのか。
アレが現れたと同時期に、先生が居なくなっちゃったんだよ! しかももう半月近くも経っている上に、情報が全然入らない!」
だから助けて、と口にしようとした刹那、背後の鳴動と人とは思えぬ、悍ましい唸り声がホシノの意識を向けさせる。
友を信じて反転し、銃を抜いて背後を警戒する彼女を、空崎ヒナは撃ち抜いた。
それは愛銃のマシンガンではなく、隠し持っていた小さなピストルだった。
睡眠不足と疲弊、なにより友人を信じ切っていた心が、ホシノに膝を突かせた。
「あっ、えっ? ………………ヒナ、ちゃん?」
絶対にありなかった方角からの奇襲に、顔色が青ざめるホシノ。
否、何にかは不明だが、自分は恐怖を感じており、それは増すばかりだと、理解した。
「ごめんなさい小鳥遊ホシノ」
高まる動悸を抑えながら、腰を上げようと必死になるホシノを見ながら、謝罪するヒナ。
ホシノには見えていないが、身体や服の至る所が、音もなくひび割れ始めている。
「私達の演技、どうだった? 苦労したのよ? 本心を隠すの。
ミレニアムで起きた“蛇の目”とやらの襲撃までは、流石に計算出来なかったけど、そのお陰で最上の切り札を手に入れたわ」
震える手と肘で上体を起こし、やっと膝を下に入れられるようになったホシノ。
視界はブレ、だらしなく涎が垂れ、ハッハッと息を切らしながらも、必死に足掻いている。
「ミレニアムの敷地内で、ゲヘナ屈指の常識人が襲撃に遭って倒れた。
当然、向こうも泡を食ったみたいね、私達の頼みごとにも、二つ返事で応えてくれたわ。
貴女に当てたテラー弾(仮名)も、ミレニアムが最高傑作の太鼓判を押す優れ物よ」
必死に立て直そうとするホシノを無視して、ドンドン話を続けるヒナ。
ひび割れは遂に全身にまで回り、それでも尚、口は閉ざさない。
「先生は死んだわ、此処ゲヘナ学園で。
先に断っておくけれど、ただの事故死よ……切欠を作ったのは、私達だけれども。
キヴォトスに帰ってきた雷帝を、私たち三年生だけで極秘に殺害して、事後処理をしていた所を、見られたの」
ああ、死体処理器もミレニアム製よ素晴らしかったわと、一旦話を区切るヒナ。
しかし、唐突に出た情報が、ホシノの情緒を狂わせる。
(先生が死んだ? 事故死? 雷帝? 殺害? 死体処理?
一体、ヒナちゃんは何を言っているの? 何でそんな無機質な声で伝えるの? 悲しくないの?)
先生の行方が分かってしまった今、彼女には反撃する力もない。
最も信頼できて、自分が気を許せる唯一の大人、先生が死んだという情報は、ホシノの心を大きく傷つけた。
「殺人と言う起きてはならない事を見つけた以上、連邦生徒会にも伝えると言って、先生が大通りに出たその時よ。
我が物顔で暴走していたクズ共の車が、先生を轢き殺したわ。
それとあの壁ね、先生の遺体を持って帰ろうと向かったら、突然上がったのよ」
まるで私達を隔離するみたいにね、と長い返答を終えるヒナ。
突如、背中からは巨大な翼が新たに生え、腹を掻っ捌いて出てきた何かの両腕が、空崎ヒナの顔を引き裂いた。
彼女は、長かった雛の時代を終えて、ようやく成鳥の時を迎えたのだ。
「ミレニアムも私達と仲良くしたかったのでしょうね、沢山作ってくれたわ、テラー弾。
だからちょっと、適当な連中攫って実験したのよ……限界を超えたらどうなるか、をね。
凄かったわよ、痙攣起こして失禁して、地上にも届きそうな絶叫を上げた末に、事切れた。
敵が塩を送ってくれなかったら、私はもう居なかったでしょうね」
身長が倍近く伸びた、空崎ヒナだったモノは、同じ声色と口調で喋る。
ホシノはもう、足掻くことも出来なかった……今まで何とかして持ちこたえていた心が、とうとう砕けてしまった。
「それで、先生の埋葬を終えた後、アカリが死にたいと懇願したのよ。
先生の死を引き金に、遂に限界を迎えた彼女へ撃ったんだけれど、化物へと変わってしまったわ。
テラーとは別の……例えるなら悪魔みたいな化物に。
さっきの轟音と方角から察するに、いよいよ外へと食事しに向かうみたいね」
当時の事を思い出してしまったのか、悲しげな表情を浮かべるヒナ。
そして、空へと舞い上がりながら、物言わぬ骸と化したホシノ達に告げる。
「アカリの変貌を見届けた後、私達も自分達に撃ったわ、テラー弾。
もう疲れていたのよ、雷帝に受けた傷をひた隠す為に、キヴォトスと言う大舞台で、毎日毎日踊り狂うのも」
そう言いながら、ヒナは新たな姿に進化した相棒の銃口を、大地に向ける。
「だから、これで三文芝居も終いにするわ、皆ももう無理みたいだし。
さようなら、小鳥遊ホシノ……友人である貴女をこの手で殺せるのは、本当に喜ばしい事だわ」
うそじゃないわよ? と優し気に語りかけながら、砲撃を開始した。
とある場所で書いていたSSをここで書き直す形で投稿します。
雷帝やゲヘナ三年生を始めとする多数の独自解釈が存在します、苦手な方は閉じて下さい。