黒崎コユキ■番勝負~【白兎】からは逃げられない~   作:陸奥苺の頓兵衛

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大変お待たせいたしました。
ちょっと良いシーンを執筆するのに手間取っておりました。
これからは出来るだけ定期的に投稿していきたいと思います。


なお、ここから独自設定がどんどん増えていきます。


五体刀身 仙峯正信

 

 

 消息を絶っていた黒崎コユキが保護されてから、早一週間。

 

 検査を終えて、本日ようやく自室へと帰ってきたコユキは、床に突っ伏していた。

何度も同じ所を調べられ、同じ質問に回答させられ、若干苛立ちを覚えながらも、ようやく解放されて戻った彼女。

そんなコユキを、お帰りなさいませ、我等が主殿といわんばかりに、忍具達がお出迎え。

 

 

 まず、折角葦名から逃げ出せたのに、と思ってしまった。

しかし、捨てる事はどうしても出来ず、手裏剣を始めとする危ない刃物は纏めて角に置いて、安全を確保。

次に爆竹や火吹き筒と霧がらすの羽は、盗まれないように身に隠す。

そして、万が一の為に傷薬瓢箪だけは腰に着けて、他の瓢箪は置物として飾る。

指笛といった、比較的安全な小物類は、以前買っていた鍵付きの箱に収めて厳重に保管する。

 

葦名でかき集めてきた忍具はそのように保管したが、唯一残った問題児が彼女を悩ませている。

 

 

「……………………あれ、どうしようかなぁ……」

 

と、言いながら顔を上げてあるモノを見る。

 

 

 兄弟子との決戦で、偶然拾い上げたの不死斬り『開門』。

妖気の渦に包まれた時、咄嗟に目を瞑り、暫くして開けると跡形もなく消えていた妖刀。

あの時は、自分は相応しいなかったから、手元を離れたのだろうと思っていた。

だが、自室に帰ってきた時、まず目に映ったのがこの不死斬りだった。

 

 

 

 

『私も、他の物と同様に、貴女様の御力になります、白兎殿』

 

 

 

 

 そんな声が耳に入ったのは、幻聴ではないはず。

とは言え、扉を開けたらいの一番に、目に入るポジションから頑なに動こうとしないのは、頭痛の種である。

刃物類と一緒に置いた後、他の忍具達を仕舞って一息つこうとしたら、元の場所に座する黒の不死斬り。

それからも、場所を変えてふとよそ見をしたら元通り、そんないたちごっこを五回も繰り返した末、コユキは敗北を認めた。

 

 

「このまま放置しても危なっかしいし、何よりミレニアムの皆がコレを見て騒がない訳ないし。

でも、仮にこれを背負って生活しても、どう考えても悪目立ちするし、何より動きにくい」

 

と、独り言を呟きながら、仰向けに体勢を変えてから、かつてを思い返すコユキ。

 

 

 葦名を駆け巡った日々は、自分はか弱い娘に過ぎないと、知らしめられた。

人は殺せないと駄々をこねた末に、体術で動けなくさせる技術を学んだ

幾度も地面に叩きつけられて泣きながらも、鉤縄をひっかける練習をしてきた。

 

 そんな愚鈍で我が儘な弟子を捨てずに、指導を行ってきたまぼろしお蝶。

修業の日々を繰り返してきたある日、師から、葦名の底の最奥からここまで戻って来いと、最終試験を課された時は喜びに満ちた。

これでようやく、兄弟子と対等になれる、師匠たちも認めてくれた、と。

 

 

 彼女が試験を受けている時、他の面々は平田屋敷に集まっていた。

燃え滾る屋敷にて師が殺され、兄弟子が闇討ちされ、御子が持つ竜胤の力によって蘇った、あの日。

何も知らない白兎は、怨霊や幽霊に戦慄し、逃げ惑いながら脱出を試みていた。

そして、疲れ果てて倒れた所を、葦名源一郎と契約する形で、救出されたのだった。

 

 

「………………どうして、私が葦名に行ったんですかね……?」

 

彼女は、葦名で何も出来なかったと、思っている。

 

 

 兄弟子と合流した後、御子の願いを叶えるべく不死断ちの方法を探し求めた。

だが、不死斬りも主を人へ戻す方法も、兄弟子が手に入れて、自分は矢面にも立てなかった。

 仙峯寺によって造られた変若の御子から、葦名を救う方法を教えられ、柿を求めに走った。

結果、変若の御子の悲願を叶える事も出来ず、かつての恐怖に立ち向かった覚悟も、無駄に終わる形で、兄弟子に敗北した。

そして、介錯される事なく元居た世界へと戻された……()()()()()()()()()()

 

 

 

 

チリン、リンリン……

 

 

「――ん? ああ……結局、返せないままでしたっけ」

 

 ぼんやりと時間を無駄にしていると、鈴の音が一瞬だけ部屋を包む。

葦名で正気を失ったお婆さんから、兄弟子の手に渡った守り鈴は、今キヴォトスに存在している。

 

 荒れ寺で休息を取るついでに、自分の居ない間に何が起きたか知りたいとごねて拝借し、鈴を鳴らした。

あの夜、自分が居ない所で起きた事を追体験し、改めて葦名の過酷さを痛感した。

だからこそ、黒崎コユキではなく白兎として駆けることを決意し、戦い抜いた。

 

 

「…………また、鳴らして欲しいんですか?」

 

チリン、リン……

 

 今の主から発せられた問いかけに、物悲し気にひとりでに鳴る鈴。

このまま、夜まで鳴り続けてもたまったものではないので、手に取って鳴らしてみる。

 

 もしかしたら、平田屋敷の時みたいに、あの夜へと戻れるのではないかと、淡い期待を抱きながら。

そうして彼女は、鈴から溢れ出る不思議な光に、包み込まれていった――。

 

 

 

 

 

 鮮やかな紅と眩い木漏れ日に彩られ、包まれる山道。

黒崎コユキこと白兎は、いつの間にか忍び装束に着替えており、道端に座り込んでいた。

 秘伝書を盗み、戻しに行き、不死斬りを求めにと、幾度も参ったお寺。

金剛山の仙峯寺、不死に魅入られ、教えも務めを忘れ果てた外道の巣窟である。

 

 

「――な~~~んて、そんな都合のいい事起きませんよねぇ。

でも、坊主は兎も角として、この景色は見てて飽きませんねー……生臭坊主共は兎も角」

 

 戻りたいと望んでいた。、あの日のススキ野原ではなく、苦い思い出で溢れる寺院の景色を目にし、落胆する白兎。

しかし、再び葦名の地へと再訪出来た事に、喜びを隠せないでいた。

敵が居ないかどうか、周囲を注意深く観察しながら、かつて起きた出来事を思い出していく。

 

 

 初めて僧侶に会った時、参拝客ですと誤魔化すも、即座に見抜かれて容赦なく顔面を殴打されたのを。

死ぬのは御免と咄嗟に、腕の関節を逆方向にへし折って、師を置いたまま奥へと逃げた時を。

 寺に侵入できたと思ったら、多数の僧兵と野盗に囲まれ、絶体絶命と思われた時、師匠が幻影を用いて助けてくれた光景を。

単独で、秘伝書を返しに行った時、道具と隠密を駆使した末に、無事に戻し終えて帰還できた時の、達成感を。

 

 

(ん~~~……こうして、思い返してみると色んな思い出があったんですねぇ。

でも、お経が全く聞こえてこないってことは、誰も居ないんですか? お寺なのに?)

 

 耳を澄ましても、耳障りで胡散臭い読経の代わりに森のさざめきしか聞こえない。

教えどころか、本堂の護りすらも僧兵等は忘れてしまったのか、と考えながら、白兎は寺院へと足を踏み入れた。

 

 

 平田屋敷の一件を追体験したように、ここに来た意味があるという希望を持って。

また、死を味わってしまうかもしれないが、それを経験したからこそ、臆病でありながらも攻め入る事の出来る白兎になれた。

それ以上に、この場で手を拱いて時間を無駄にするより、動いた方がはるかにマシだと判断した。

 

 

 

 

 

 

「…………あ、あれ? おっかしいなぁ? 何で此処で行き止まり?

おっきな架け橋は? その先にあった本堂は? ロバートさんのお父さんは何処へ行っちゃったんです?」

 

 

 門近くにあった建物を鉤縄であっさり飛び越え、さっささっさと奥へ進んだ白兎。

しかし、その先にかけられていた筈の大きな橋は無く、代わりに大きな渓谷が存在していた。

記憶と異なる光景に混乱するも、頭をガシガシ搔きながら渋々来た道を戻っていく白兎。

 

 

 

「……ん~? 此処が本堂になっている上に、仏様がお供えされているのは何故?

前に来た時は全て、乱雑に外に捨てられていたのに……」

 

 来た道を戻り、最初無視した建物の中を見回るも、コユキの疑念は増すばかりだった。

祈る意味もないとして廃棄していた筈の仏像が、綺麗な姿で置かれている。

その上、往路復路共に、僧兵は愚か雇っている筈の忍びにすら会わなかった。

この寺に侵入して来る異敵など、存在するはずないと言わんばかりに。

 

「にしても、この小さな仏さん……並べるにしても、もうちょっと丁寧に置けないんですかね?

向いている方向がバラッバラ! 気持ち悪いから勝手に戻しますよー……と言っても、誰も居ませんか」

 

 しかし、ずぼらな者が最後に手入れをしたせいか、像の位置が皆ズレている。

潔癖症とまではいかないが、流石にコレは酷いと、無断で全ての像が同じ方角を見るように回す白兎。

一つ一つ慎重に戻し、最後の仏像を戻した時、カチリと何かの音がする。

 

 罠か!? と咄嗟に像から距離を取ると、背中に強い風を感じて寸前の所で止まる。

恐る恐る膝を付けてから後ろを見ると、床があった所に空洞が現れ、ご丁寧に縄梯子まで取り付けられていた。

 

 

 

スゥ―、フゥー…………腹は括りました、行きましょう」

 

 一度深呼吸をし、意を決して縄梯子を降りていく白兎。

鈴が仙峯寺に導いた理由は、この隠し扉を見つけてほしかったからと。

仮に間違えていたのなら、更に戻って次の道を探すまでだと、そう考えながら。

 

 

 

 

 一歩一歩、慎重に足が縄を踏んでいる事を確認しながら、深い闇へと吸い込まれていく。

上から降り注ぐ淡い光が消えても、まだ下には着けない。

 白兎は思わず、この闇は自分を捕らえる為の牢獄ではないかと、不安になる。

そんな筈はない、きっと降りた先にも何かあると、希望で振り払いながら、足を動かす。

 

 

 どれほど時間が経ったのかは分からないが、その希望は遂に実って、彼女の身体は白い霧のような物に包まれていく。

別に珍しい体験ではなかった、葦名に居た頃はどういう訳か、霧が行く手を阻むことがあった。

そして、それを突き抜けた先には、此方を全力で殺しにかかってくる猛者が立ちふさがることも。

 

 

 

 

「…………屏風のお猿さん達と追っかけっこした空間と似てますけど、違いますね」

 

 霧を抜けた先に目にしたのは、桃源郷を思わせるような景色だった。

ススキや紅葉が宙に浮かび、消えた矢先に合戦場で死合う兵士等の情景が浮かぶ。

 

「あちらが鬼ごっこ用の建造物ならば、さながらこちらは修業……いや、決闘用の場ですかね? お坊さん」

 

「――む? 誰そかが隠し戸を開けたままにしておったか?

期待を裏切るようで申し訳ないが、此処には何もない。

此処は功徳を積み上げた者が、迷いを晴らす為の場であり、娘が居座る理由も無し」

 

 幻想的な空に対し、彼女らが踏みしめるのは、正方形に造られた頑強な木床。

視線の先からは微かな殺気を放つ僧侶が、熱を帯びた両の掌を合わせていた。

彼の言葉から察するに、白兎どころか部外者が来るのは全く想定していなかった様子。

 

 

「――お坊さん方なら、お寺に一人も居ませんでしたよ? 結構長い事居座っていましたけど。

今頃、熱中している別件の探究用に、人集めでもしているんじゃあないですか?」

 

と、ニヒルな笑みと共に皮肉な虚言を述べる白兎。

 

 

 

 ハッキリ言って、仙峯寺拳法は兎も角、僧兵達は死ぬほど嫌いだった。

捨て置かれた幼い死体から振りまかれる死臭と、悪臭漂わせて清潔感もない法衣を纏う僧侶。

攫った子供相手に容赦なく殴る蹴る等、力ずくで従わせたのちに供養もせずに放り捨てる蛮行。

そして、そんな光景を見てもよくある事に過ぎぬと一蹴し、助けずに修業を進行させた師匠。

 

 

 故に、白兎は三度目の来訪では容赦なく叩きのめした。

僧等が編み出した仙峯寺拳法で、売り捌いていた飴で、死んではいないだけの状態にまで陥れる。

修業時代から散々な目に遭っていたのもあって、始めに出会った僧兵を倒せた時には、カタルシスを感じた。

 

 

「そうか……戦が、再び始まってしまったか。

また死が訪れるのか、我が同志たちもまた、悟りの道半ばで途絶えてしまうのか。

何故なにゆえ、他者を害してまで、求めようとするのだろうか……」

 

「……あのー、人の話聞いてます?

それに他人を害すとか、この寺の僧侶が言えたことではないと思うんですよ」

 

沢山の人を殺してきた生臭坊主が、と言いつつ身構える白兎。

 

 

 

 白兎は仙峯寺について断片的にしか知らない。

変若の御子様を創るために、数多の犠牲者を作った事。

それだけに飽き足らず、仏像を捨てて子を攫って実験に使うを繰り返す暴挙。

更に、子を想う心を利用して門番としてこき使われていた父の最期。

 

それらを実行に移した、悪い大人な愚僧の元締めにして仙峯寺拳法開祖、それが仙峯上人。

 

 

 

「ふむ、お主が何を申しているのか、皆目見当がつかぬな。

されど娘よ、お主もまた、怨嗟をその身に宿すのであれば、拙僧が相手となろう。

全ては、短き生命に憑いて回る、怨嗟について悟る為」

 

そう言い終えて、拳を構える仙峯上人。

右手から微かに火の粉が舞う事に訝しがりながらも、白兎は宣告する。

 

「人間を殺すのは忍びないですけど、貴方は弟子達を放任しすぎました、仙峯上人。

……それに、蟲には良い思い出がありませんので、全力で打ち倒します」

 

「是非も無し。

ならばお主の全てを宿して、挑み来るが良い。

仙峯寺開祖、名は正信まさのぶ、参る」

 

「葦名の白兎・黒崎コユキ!! 神仏に代わりに誅滅するッ!!!」

 

 と、啖呵を切りつつ飛び掛かりながら仙峯脚をお見舞いしようと目論む白兎。

しかし、相手は仙峯寺拳法を創り上げた人間、飛び跳ねて後退する大層な動きで避けられ、反撃をくらってしまう。

 

 

 腹部への膝蹴り、間を置かずして掌底を下顎へ、続けざまに鉄槌に似せた拳で心臓を叩いてからの、迅速な背負い投げ。

打撃はかろうじて防げたものの、投げが来ることは予測できずに宙を浮き、そのまま叩きつけられてしまう。

寸前の所で受け身を取り、横に転がって距離を離してから、立ち直る白兎。

虚を突かれたせいで、精神的優位を取られたが、受けてきた攻撃で判ったことがある。

 

 

「イッタタタ……。

私の事を娘と呼んでおきながら、全力でぶちかますとは、僧侶とは思えませんよ。

ですが、どうやら私は、遥々過去へとやってきてしまったようですね」

 

 外道に落ちるよりも、遥か前にとまで言い終えてから、腰に着けた瓢箪の中身を飲む白兎。

受けた傷が癒えると同時に、熱っぽかった頭も随分と冷えてきた。

 

 

 

 三年前の葦名で起きた平田屋敷の事件を、護り鈴の力を以て体験する事が出来た。

だからこの仙峯寺も、白兎が知っている時代ではなく、恐らく寺が造られて間もない頃なのだろう。

事実、拳には力が入りすぎて出が遅かった、だからこそ上手く凌げたのだ。

 

 

 

「ふむ、時渡りの(すべ)など拙僧は知らぬが、お主も嘘を申していない。

鋭い刃物の如き蹴りも、お主が持つ怒りも、全てが本物だ」

 

 両拳りょうこぶしを前に突き出した構えを解き、改めて合掌しながら白兎に求める。

それは迷える者を正そうとするモノではなく、一介の拳法家としての言葉だった。

 

「黒崎コユキ殿……今一度、拳を交わしましょうぞ。

貴殿の技を受けた先に、拙僧が求める拳が見えるやもしれぬ故」

 

「――例え今、正気を保った清廉潔白な御仁であろうとも、変わらずにみんな堕ちると思いますよ。

と言うより、堕ちて貰わなきゃ困ります、これからの全てが、狂ってしまう」

 

結局、私がどんなに頑張っても何も変えられないんですよ、と付け加えながら白兎は拳を構える。

 

 

 彼らが狂気に堕ちていない今ならきっと、子供達は犠牲にならずに済むだろう。

しかし、それは変若の御子が誕生しない、つまりの不死斬りが仙峯寺から消える事を意味する。

更に言えば、桜龍と蟲にまつわる書も、龍が元居たとされる、西方に戻す方法も消え失せてしまう。

 

 

「で、あるならば、今度こそ、全てを乗せて撃ち込んでくるがい。

命続く限り道もまた続く、例えそれが迷い道であれど、果ては必ず存在する」

 

と、言葉を区切って、再度構えを取る仙峯正信。

片や向かうべき道が見えない迷い人、片や険しき道を只管に突き進む求道者。

 

 

 

 

『参る!』

 

 

片や迷いを、片や信念を拳に乗せ、打ち合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拳鬼 仙峯正信

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シィッ!」

 

 先の攻防とは逆に、初撃を与えたのは白兎だった。

全力で駆け寄り、殴ろうと拳を突き放つ……寸前で止め、一気に背後へと回り込み、掌底と前蹴りを放つ。

 

 

 鳩尾へのブラフに気を取られ、次への対応が遅れてしまい、真面に食らって飛ばされてしまう正信。

咄嗟に、勢いよく倒れこんで、前へ転がる事で姿勢を正してダメージを和らげて、白兎に挑みかかる。

側頭部への回し蹴りや、両目を狙った手刀一閃は当たらぬも、着地と同時に白兎が放った反撃の正拳を間一髪で避ける。

と同時に、手を掴んで一気に引き込み、今度は肘関節を極めてへし折ろうとする。

 

 

 

「させない!」

 

「グッ! …………ムン!」

 

だが、すぐさま白兎にふくらはぎを蹴り飛ばされたせいで、腕の力が緩み、逃げられてしまう。

それならばと、次は痛みに耐えながら、高速で旋回して肘鉄をわき腹に命中させる。

 

 

「…………っつー……腕へし折ろうとするとか、お坊さんの戦いじゃありませんよ……」

 

痛みが走るわき腹をさすりながら、とても慈愛の技ではないと指摘する白兎。

常人なら骨が折れる程に力を込め、平然と急所を狙う動きは、白兎の言う通りである。

 

 

「我が拳は、戦場にて如何に生延びるかだけを考えて鍛えた物。

故に、腕を砕き足を挫き、首をへし折る――仏とは真逆の……修羅が用いる技よ。

されど勇士が減る以上、我等も修羅に身を落とさねばならぬのだ」

 

そう言い終え、再び構えを取る仙峯上人。

前に突き出された右手からは炎が露わとなり、肘まで包んでいく。

 

 

 戦の性質上、多少の被害者はどうしても生じる、それが幾度も繰り返された場合、山と化す。

剣聖の存在せぬ葦名は限界だった、寺の建立を終えて間もない僧侶達にまでも助成を乞うまでに。

正信も、その嘆願に応えて戦い抜いた結果、怨嗟の火を宿してしまった。

 

 

 

「だから、お寺に誰も居なかったのですね……戦に駆り出されていたから。

だから、貴方はこんな所に引きこもっていたのですね……怨嗟に飲まれた時、同胞達に危害を加えないように」

 

対する白兎は、もう素手の構えを解き、刀を握り締めていた。

 

 不死斬り『開門』、徒手空拳を主とする白兎にとって不釣り合いな大太刀。

だが、錆び丸を持ってきていない以上、これを振り回して斬り祓うしかない。

かつて怨嗟に飲まれかけた仏師殿の腕を切り落とす事で、鬼へと落ちる事を差し止めた葦名一心の如く。

 

 

「…………祓うのか? 祓えるのか?」

 

「分かりません。

ですが此処でやらねば、貴方はいずれ鬼へと成り果ててしまう。

刀は碌に握った事も無いですが……何としてでも、やり遂げて見せます」

 

 瓢箪の中身はまだあるものの、目的を果たすには飲む暇などある筈がない。

相手も此方の意図は分かってはいるが、そう易々と斬らせてはくれないだろう、迷い人を鍛える為に。

それでも、白兎は成し遂げるであろう……覚悟を決めた時は、いつも成し遂げたように。

 

 

 

「参ります、仙峯上人殿」

 

「来たまえ、黒崎コユキ殿」

 

簡潔に挨拶を終わらせ、決闘は最終局面へと移る。

 

 

 右へ左へと軽快なステップで動きながら、打撃で体力を削っていく仙峯正信。

一方、白兎が手にしていた刀はいつの間にか消え失せ、再び仙峯寺拳法元にした格闘技で戦い始める。

直線的な殴打や蹴りに、急速に背後に回り込んで痛打を浴びせ、手傷を負わせていく。

 

 しかしそれも、何度も与えると見切られ、反撃されるようになり、白兎は徐々に劣勢になっていく。

それでも尚足掻こうと、白兎は掌底と肘鉄を繰り出すも、動きを覚えた正信にあっさり避けられてしまう。

勝った、確信を持って一気に距離を詰めよりながら手刀を繰り出し、突き刺さる感触を覚える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、感触は幻の如く消えた

 

 

 

 

 

 

そして、彼が気付いた時には、紅く染まった水が噴き出していた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――見事。

よもや幻影に惑わせてから、大地の力を借りて我が腕を断ち斬るとは」

 

「鍛錬を積んでいるといえど、小娘の私では人間の腕なんて断ち斬れないと、解っていました。

だから、多少の傷は覚悟して、あえて隙を見せて頂きました」

 

それで、怨嗟は断てましたか? と、頭に手を当てながら白兎は問う。

正信は吹き出る血を抑えながら、確かにと簡潔に答える。

 

「白兎殿も、迷いは晴れましたかな?」

 

「…………迷いは、まだ、晴れていません。

ですが、迷いながらも、着実に歩いて行こうと思います」

 

「であるか。

それもまた、人生なり……存分に迷い歩み給え、怨嗟と共に。

いつしか、その身に宿る怨嗟が晴れる事を、拙僧はこの寺より、祈らせて貰うとしよう」

 

隻腕の僧侶の言葉を心に刻み、お気遣い感謝いたしますと共に一礼し、去っていく白兎。

その小さな背がらは、小さな灯火が揺らめいていた――。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

――戦いの残滓 拳鬼 仙峯正信――

 

 

心中に息つく、類稀なる強者との戦いの記憶。

今はその残滓のみが残り、記憶は確かに白兎の糧となった。

 

 

 

若き日の仙峯上人こと正信は、槌にも刃にも鎖にもなる変幻の四肢を操る武術家だった。

しかし、ある戦場で怨嗟の火種を宿してしまい、一転、悟りの道を歩むこととなる。

怨嗟について悟ろうとする最中、正信は己が短き命にも気付き、時の流れが緩やかな幻廊にて改めてやり直した。

 

 

 

短き生命について悟った折、隠し戸を暴き、侵入した白兎によって、怨嗟の火は彼女へと宿った。






と言う訳で、仙峯正信こと若き日の仙峯上人との戦いでした。


セキロ本編では戦わないですが、仙峯寺拳法を編み出したという情報を元にし、この話は出来ました。

一心が国盗りを成すより前に出来た仙峯寺にまだ飴はなく、戦いに身を投じながら細々と暮らしていました。

その後も飴を作る技術を確立するも、同志達が死にゆくのを恐れた僧たちは死なずについて研究し始め、皆外道に堕ちていきます。

そうでなければ、龍の帰郷への道はなくなりますので
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