「一緒にいてくれないと死ぬ」って言ってくる幼馴染の目が『マジ』で怖い。   作:あずきBAR

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2-やらない。やれない。やるせない。

ピンポーン

 

 昨日とほぼ同じ時間に、一色の家のチャイムを押す。

 

ガチャッ

 

 扉が開かれ、一色が顔を見せる。

 

バタンッ

 

 一瞬で扉が閉じる。

 

 まぁ、ここまでは予想通りだ。

 何もおかしなことはないし、心の準備をしていたから、昨日に比べてずっと精神的ダメージが少ない。むしろ、絶対に会話してみせるという意思が沸々と湧いてくる

 

「一色、少しだけでいいから話を聞いてくれ。別に取って食うわけじゃないんだからさ」

「…」

「頼むよ一色、話すだけだ」

「…な…ぇ、………たの…」

「え?えっと、ごめん。もう一度」

「…なんで、また来たの」

 

 ドア越しにくぐもった声が、不機嫌そうに言う。

 

「なんでっていうか、来たら駄目だったか?」

「駄目」

 

 即答。

 

「だって、この時間は私いつも寝てるもん。チャイムが鳴ったら起きるけど」

「それは…悪かった。じゃあ、何時なら来ていい?」

「来られても困るよ。ほっといて」

「そういうわけには…」

「ほっといてってば」

「でも…」

「ほっといてっ!!!」

 

 突然一色が大声を出し、体がビクッと震える。張り詰めた空気が肺に流れ込み、言葉が喉でつっかえる。なんとか単語を絞り出そうと口を開くが、「それは一色のためになるのか?」という靄が邪魔をする。

 

「もういいから…」

「あの、一色…」

「お願い。帰って」

「…」

 

 

 今日の天気は快晴で、雲一つない空にはオレンジに輝く太陽だけがある。燦々と地上に降り注ぐ太陽光はアスファルトを焦がすと共に、俺の後悔の念をジクジクと焼いた。

 一色は今日も俺を拒絶した。それも昨日よりも明確に、はっきりと言葉にして。

 俺の行動は彼女にとって、迷惑だったのだろうか。

 学校に行くことは一色のためになる、という理由で俺は彼女を外に連れ出そうとしていた。引きこもる理由すら考えず、学校に行ったほうが良いという根拠もなしに。

 自分の決めつけ性質が嫌になる。

 学校に行かないことには、それ相応の行きたくない理由があるはずで、それを考えないだなんて馬鹿にもほどがある。

 

 …なら、なんで一色は高校に進学したんだ。

 一色は中二の時から不登校になった。中二の新学期初日にだけ登校し、それ以降は糸が切れたように学校にこなくなった。だが、俺と同じ高校を受験し、先生たちのサポートもあってなんとか合格。今は俺と同じ1-Cクラスに所属している。

 彼女は今も引きこもり続けているが、本当に学校に行きたくないだけなら高校を受験することもなかったはずだ。一色の本意がイマイチよくわからない。

 わからないから、まだ諦めるには早い気がする。

 

 よく考えれば、しばらく家族以外の人と話していないだろうに、昨日とさっきの様にいきなり直接会話するなんて難易度の高いことだ。

 直接話すのが難しいなら、スマホ越しならどうだろう?

 スマホを握ってLINEを開き、友だちリストを下の方へスクロールする。

 見つけた一色のLINEアイコンは昔と同じ、寝ている三毛猫の写真のままで、懐かしさを覚える。

トーク画面を開くと、こっちも二年半ほど前のまま止まっていて、

 

           学校来てないけど、なんかあった?

 

大丈夫だから気にしないで

 

 という会話で終わっている。

 いったい何が大丈夫なのか、説明すらないから全然分からない。当時の俺も多分、今の俺と同じことを思ったはずだ。思って、そこで止まった。そして今日に至るまで止まり続けた。

「触れてほしくなさそうだし、そっとしとこう」

 そんな言い訳で自分を許して。

 俺はメッセージを書こうとしていた指をずらし、一色のLINEアイコンをタップする。そして目に止まったのは、「通話」の二文字。

 今の気持ちは、ちゃんと声にして伝えなきゃいけない気がする。

「通話」を押す指は、一色の家のチャイムを押した時よりもずっと軽かった。

 

 

 どうして、絶望的な現状を変えられるチャンスを自分から突き放したんだろう。彼方は、私のためを思ってくれていたのに。

 毎日のまったく同じ生活を脱出する機会を与えられたというのに。

 最悪だ。最低で、醜悪だ。無駄に生きてるばかりか、人の善意すら無駄にするとは。

 いよいよ本格的に人間として駄目になっていってる。

 もう、どうすればいいんだろ。

 …どうしようもないかな。

 というか、何もしたくない。

 引きこもってからは体重がかなり軽くなったはずなのに、体が鉛のように重たいし。狂った睡眠時間のせいで、瞼も落ちかけているし。

 

 瞳を閉じれば、家のチャイムで起きる前に見ていた夢が目に浮かんだ。

 その夢では私は教室で授業を受けていて、私の隣の席には彼方がいた。彼方は先生にバレていないと思って私に話しかけてきてて、すぐに先生に怒られてヘラヘラと謝る。そして、懲りずにまた私に話しかけてくる。

 夢の中の私は笑っていて、今の私とは似ても似つかない。

 何を話したのかすら忘れてるけど、その夢を見ている間は幸せな気持ちになれる。

 真っ暗な学生時代の、貴重な楽しかった記憶の夢だ。その夢を見るたびに、現実とのギャップで胸が苦しくなる。

 本当に、どうしてこうなっちゃったんだろう。

 なかなか寝付けず、見ていた夢を追いかけるように、スマホでLINEを開く。私のLINEはとうに機能を停止していて、今はもう、昔を懐かしむためのアルバムのようになっている。

 何度も見返した彼方とのトーク画面を開き、ぼーっと眺める。

 

 …今なら、謝ればまだ間に合うかもしれない。

 謝罪のメッセージを送るだけで、私の人生はまた動き出すかもしれない。ドクドクと心臓が高鳴る。顔が引きつり、メッセージを書く手が震える。

 

「さっきはごめんなさい。許してください。また彼方と話したいです」

 

 落ち着かない頭でも分かる程にたどたどしい文が生まれる。

 でも、これでもいい。今はとにかく、彼との接点を繋ぎ止めなくては。

 後は送信ボタンを押すだけ。

 押す……だけ………。

 できない。

 ただ押すだけなのに、それだけのことなのに、そんな簡単なことができない。あぁ…そういえば、今とまったく同じ感覚を私はもう数え切れないほど体験したっけ。

 学校に行くだけのことができなかった。

 家の外に出るだけのことができなかった。

 マトモな生活を送るだけのことができなかった。

 人と話すだけのことができなかった。

 「ありがとう」を言うだけのことができなかった。

 本当の気持ちを言うだけのことができなかった。

 嘘をつくだけのことができなかった。

 普通でいるだけのことができなかった。

 そして、彼方にLINEを送るだけのことが何十回やってもできなかった。

 もう私は、何もできない。

 終わりだ。

 

プルルルルルルッ

 

 突然、持っていたスマホが震えた。

 

 

プルルルルルルッ

 

プルルルルルルッ

 

プルルルルルルッ

 

プルルルルルルッ

 

プルルルッ

 

ピッ

 

 コール音を浴びていると、その音が急に止まった。

 出てもらうまで電話をかけるつもりだったので、とりあえず電話が繋がって安心する。

 ただ、大事なのはここからだ。軽く咳払いをし、なるべく落ち着いた優しい声を出す。

 

「もしもし」

「…」

「一色、いきなり家行ったりしてごめん」

「…」

「でも、どうしても話したいことがあるんだよ」

「…わ、あの」

「ん?」

「謝るのは私のほうだよ。私のために動いてくれてるのに、ほんと、ごめん」

 

 一色の声にさっきまでのトゲはなく、しゅんと縮こまったような声だ。

 それに扉越しではないため、さっきより一色の声がクリアになって、聞き取りやすい。

 

「いや、押しかけた俺が悪いんだから、そこは気にしないで」

「せっかく来てくれたのに、怒鳴ってごめんね」

「あぁ、いや…」

「もう私、駄目なんだよ。いつの間にか、状況だけじゃなくて性格まで終わってた。生きてる価値ないよね、ごめん」

「一色」

「はい…」

「俺さ、友だちいないんだよ」

「え?」

「話せる相手はいるけど、一緒にいて楽しいと思える相手がいないんだ」

「う、うん…?」

「だからさ、一色がいてくれないと嫌なんだよ」

「えっ?」

「一色に生きててほしいんだ。生きてる価値ないだなんて、二度と言わないでほしい」

「…ごめんなさい」

 

 一色はさっきから謝罪しか口に出していない。

 しかも、謝罪を口にする度に風船がしぼむように声から覇気がなくなっている。

 本当に、どうして今まで見ないふりをしていたのだろう。長い間、同じ時間を共有した幼馴染をどうして助けなかったのだろう。

 こんなに苦しそうにしているのに。彼女が苦しむのなんて、絶対に嫌なはずなのに。

 そこに理由があるとすれば多分、一色が二年半見ない間にこうなってしまったように、俺もまた長い間、ふざけた嘘っぱちの仮面を顔面に貼り付けていたからだ。

 ”誰にでも優しくて、いつも素敵なニコニコ笑顔の明日彼方くん”という仮面を。

 そいつを演じることばかりに必死になって、本当の自分も、友だちだった人間も見失っていやがった。

 俺は、誰よりも友だちを欲しているはずなのに。

 

「なぁ一色、お願いがあるんだ」

「あっうん。なんでも聞く」

 

 後悔が嵐となって渦巻き、俺の視界を埋め尽くそうとするが、視界が悪くても確かなモノが俺の中にはあった。

 必要な過程を全部すっ飛ばして、とりあえず思ってることを直接ぶつけてみることにした。

 

「俺と友だちになってください」

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