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瞼の裏に蘇る
混ざり合わない白と黒
亡くした左目痛みだす
ヒミコの娘にして類稀な魔力を持つチコは、魔界に居を構える魔法使いのおばばの手により育てられ、魔王バラモスの尖兵となるべく、様々な魔法を教え込まれた。
魔族の者の中には人間であるチコを快く思わない者も多くいたが、おばばがバラモスから重用されている事もあり、表立って何か仕掛けてくる者はいなかった。
だが、チコが12歳の時、1匹のトロルが執拗に絡んできた事があった。もしかしたら美しいチコの気を引きたかったのかもしれない。邪険にされ激昂したトロルがチコの絹の様な黒髪を掴もうとした時だった。
「…メラゾーマ」
チコの放った火炎魔法によりトロルは丸焼きになった。
その日以来おばばやバラモスの威光ではなく、チコの存在自体が恐れられるようになった。年端も行かない幼い人間の少女が最高位の魔法を使う。俄かに信じられない事だった。
それから1年程経った頃だった。
「サラマンダ様が私に?」
「ああ、お前に会ってみたいと仰られてな」
チコは驚いた。バラモス四天王であるサラマンダ様が直々になんて――
おばばがバラモスに重用されてるとはいえ、それでも四天王より立場は幾分下だ。チコは少し浮足立った気持ちになった。
そして、チコはおばばに連れられて、サラマンダに謁見していた。
巨大な薄紫の龍、チコはその威厳ある風貌に恐れと同時に憧れのような物を感じた。
「お初にお目にかかります。チコと申します」
「ほう、其方が。噂は聞いている。確かにただならぬ魔力だ」
噂とはトロルを黒焦げにした事だろうか?チコは少し気恥ずかしい気持ちになった。
「どうだ、私の下で働いてみないか」
功績を上げれば魔物達も、自分の存在を認めるかもしれない。人と魔の狭間の自分を。いつしかそう考える様になっていたチコにとって願っても無い話だった。
「慎んでお受け致します」
サラマンダの部下となったチコの活躍は目覚ましく、いつの間にかサラマンダの片腕とまで呼ばれる程になった。人間の戦士や魔導士と交戦する事もあったがチコの敵ではなかった。
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「サラマンダ殿ともあろう者がこんな小娘を側近にするとはな」
ネクロゴンド城の廊下でチコは四天王の一人、エビルマージに声を掛けられた。
「サラマンダ様は純粋に力を評価して下さいますので――」
「ふっ、精々サラマンダ殿の名を汚さぬ事だな。人間風情が――」
小物だな、とチコは思った。エビルマージ自身も優れた魔術師であるが故に、チコの底知れぬ魔力を感じ取って牽制のためにそんな事を言ったのだろう。――同じ四天王でもサラマンダ様とは大違いだ――
その事をサラマンダに話すと、
「確かに奴は小物と取られかねない言動が多いし、詰めが甘く迂闊なところもある。だが我々の中でも群を抜いた魔力を持っている。それに戦略知略の面では誰もが認めているところだ」
サラマンダがそんなにエビルマージの事を評価しているのが、チコは何だか面白くなかった。
「だからこそ恐ろしい奴なのだよ」
四天王は互いに反目しあっている。それはお互いの実力を高く評価している故という側面もあった。
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そうして、サラマンダの下で働いて二年近く経った頃、バラモスから直属の間諜に登用するとの伝達があった。
「私に務まるでしょうか――」
珍しく気弱な表情を見せる部下にサラマンダは言った。
「少し外の風を浴びようか。私の背に乗れ」
そして、上空を飛ぶサラマンダの背中にチコはしがみついていた。
チコは内心、間諜の務めが果たせるかよりも、もう少しサラマンダの部下でいたい気持ちが大きかった。だが魔王の命は絶対だ。
「綺麗な夕日ですね」
燃える様な紅が煌々と輝いていた。
「そなたならば、間諜の務めも立派に果たせるだろう。特にそなたの容姿は人間から情報を集めるのに適している」
「容姿、ですか?」
「ああ、私には人間の美醜は良く分からぬが、そなたは美しいと思う。特にその
チコは冷たい目、と言われる事はあったが、夕焼けに例えられたのは初めてだった。
サラマンダ様を見る視線と、他の者を見る視線が全く違うのかもしれない――チコはそう考えた。
「私は魔に生きる者。とうに女である事を捨てた身です。けれども、任務に役立つなら、見た目を利用するのも良いかもしれませんね」
淡々とそんな事を言う少女に、サラマンダは少し痛ましさを感じていた。
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チコがバラモス直属の部下となり少し経った頃だった。その日はネクロゴンド城で四天王とチコを含めた幹部会議が開かれる筈だった。ところが会議の時間が近くなってもサラマンダが姿を見せないのだ。
胸騒ぎがする。サラマンダ様がバラモス様を待たせる事なんて有り得ない。そう考えたチコは外の様子を見てこようとネクロゴンド城外に飛んだ。
その少し前――
サラマンダはネクロゴンドの火山地帯の上空を飛んでいた。ふと下に目をやると一人の人間の戦士が10体ほどの地獄の騎士に囲まれていた。
――いかに腕の立つ戦士であろうとひとたまりもあるまい。
そう考えたサラマンダの予想に反し戦士は瞬く間に地獄の騎士の群れを屠ってしまった。
ネクロゴンド大陸はエビルマージの管轄。後々無用な禍根を残さぬためにもこの地域での戦闘は避けたいところだ。だが、サラマンダには一つの予感があった。もしもその予感が当たっていれば、そんな事は言ってられない。
サラマンダは戦士の前に舞い降りた。戦士は突然現れた巨大な龍に、驚く事も無く静かに剣を構えた。サラマンダの予感が確信に近付く。
「もしやそなたが勇者オルテガか?」
「如何にも」
「私はバラモス四天王が一角、火のサラマンダ。いざ、尋常に――」
「「勝負!」」
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チコがその場に着いた時、既に勝負は決していた。
サラマンダは角を斬り飛ばされ、首を断たれ、薄紫の胴体が血で紅く染まって力無く横たわっていた。
別れも、礼も言えなかった。それは戦いに生きる者の
人間とか魔物とかじゃなく、チコそのものを見てくれたのは、おばば以外ではサラマンダだけだった。その事はチコの救いになっていた。人でも魔でもない自分の――
チコはサラマンダが誰かに負けて殺されてしまうなんて考えた事も無かった。
だから――
いつでも伝えられると思っていた。自分がどれだけ感謝しているのかを――
本当は、もっと早くに伝えておかなければいけなかったのに――
チコは長い黒髪と白い長衣を風に靡かせ立ち竦む。
恩義ある、慕っていた上官の死。初めて味わう喪失感に、チコは激しい怒りとそれ以上の悲しみを感じていた。そして目の前の戦士に憎悪の目を向ける。
――サラマンダ様を倒してなお余力を残している。間違いない。勇者オルテガだ。
オルテガは困惑していた。突然目の前に現れた自分の息子と同じ位の年齢の少女に。しかもたった今斬り伏せた魔物を悲哀の目で見つめている事に。
「サラマンダ様の仇を討たせて頂きます」
少女が静かに口を開いた。
「待てっ!君は人間ではないのか?」
オルテガの問いに、少女は薄く笑い、氷の様に冷たい眸を向けた。
「ああ――この姿では闘いにくいですか?それなら――」
そう言って少女は巨大な蜘蛛に姿を変えた。オルテガは覚悟を決めて剣を構えた。
チコは伸縮自在の黒髪を操りオルテガを捉えた。この髪に巻き付かれた人間は何も出来ず締め上げられ息絶えるだけだった。今までは。
オルテガは自分を捉えた髪を掴むと、チコを振り回して岩壁に叩きつけた。捉えられたのはむしろチコの方だった。そして、チコを自分の方に手繰り寄せると剣を振るい八本ある足の内何本かを斬り飛ばした。
チコは驚愕し髪を戻した。こんな人間がいるなんて。髪の攻撃では倒せない。そう悟ったチコは呪文を詠唱した。
「ベギラゴン!」
白熱した炎がオルテガに襲い掛かる。だが――
「バギクロス!」
オルテガもまた呪文を唱えていた。
激しくぶつかりあう炎と真空の渦。そして両方が搔き消えた時、チコの眼前に迫ったオルテガが剣を振り下ろしていた。
ブシュ――
ざっくりと左目を斬られ血が噴き出した。だがチコは必死に髪を操りオルテガの剣を奪っていた。
しかし、オルテガは剣を奪われた瞬間、印を結び呪文を詠唱していた――
「天翔ける雷神よ――」
凄まじい落雷が空を切り裂いてチコに降り注いだ。
これは――、噂に聞いた事がある、
強い――、
そしてチコが取り落とした剣を拾い上げオルテガが間合いを詰める――
その時だった。オルテガが何かに足を取られ僅かに隙が生まれた。この機を逃せば勝てない――
「メラゾーマぁぁぁぁ!!!!」
巨大な火弾がオルテガの腹部に命中する。弾き飛ばされたオルテガはそのまま火口へと転落していった。
勝った?
チコは大きく息を吐き人間の姿に戻った。いや、蜘蛛の形態を保てなくなったと言った方が正しい。力を使い果たしたのだ。夥しい出血でチコの白い長衣が赤く染まっていた。ふと、オルテガが足を取られた物に目をやる。それは斬り飛ばされたサラマンダの角だった。
チコは自分の命が尽きようとしている事を感じていた。もはや立っている事もままならない。死ぬならせめてサラマンダ様の隣で――、そう考えて、チコはサラマンダの頭部の側に倒れる様に横たわり、紅く染まった龍の顔を一撫でした後、眠る様に目を閉じた――
「仇討ち、か。儂には理解できぬ感情だな」
横たわるチコを見下ろして緑色のローブを着た男が言った。エビルマージだ。サラマンダが討たれた事を悟ったバラモスの命を受け、オルテガ討伐に来たものの、既に戦闘は終わっていた。手柄を横取りされた形になったエビルマージは
「勘違いするなよ。儂の私情でバラモス様の手駒を減らす訳にはいかぬからな」
チコを抱きかかえるとベホマを唱えた。
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チコはネクロゴンド城の与えられた一室で寝台に横たわっていた。
「エビルマージ様に感謝するんじゃぞ。あの方が来て下さらねばどうなっていた事か」
見舞いに来たおばばがそんな事を言う。
「放っておいてくれれば良かったのに――」
「何て事を言うんじゃ、お前は」
いっそ見殺しにして欲しかった。私の事を嫌っている癖に――
軽んじていたエビルマージに助けられた事が更にチコの心を重くしていた。そして――
回復呪文で傷は癒えている。だが傷痕は消えない。失った左目も。
チコは鏡を見ていた。
ざっくりと抉られた左目。
サラマンダ様が美しいと言って下さった私の眸。
無残な傷痕と成り果てたソレを見て――
私は生まれて初めて自分が女である事を意識した――
(了)