マイナス・リコイル   作:sem.

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『Mistakes make people, but only mistakes makes a her』

 

 

「黙れ小僧」

 

 

 あれから禊を追いかけた千束は、禊やフキ、楠木と共に射撃訓練場に足を運んでいた。何故そんな所に足を運ぶのかはよく分からなかったが、到着して早々千束の目に入ったのは、謎のリコリスに絡まれた相棒(たきな)の姿だった。

 リコリスがたきなに向けてかけたその言葉の一つ一つに棘があり、曰く「殺人鬼」だの「アンタの席はない」だのといったもの。そんな言葉を相棒にかけられて黙っていられなかった千束は、そのリコリスの首根っこをムンズと掴み上げるとその一言をかける。

 

 

「……アンタ誰ッスか?」

 

「ソイツが千束だ」

 

「フキ先輩〜…あ、司令まで! ……おぉ、()()が電波塔の…」

 

「コルェって言うな」

 

「いやただのアホだ」

 

「むっ!」

 

 

 初対面のリコリスへと千束のことを非常に簡単に説明するフキだったが、その内容が気に障った千束はフキへと鋭い目を向ける。しかし、そんな視線のことなどどこ吹く風、フキはまるで動じずその視線を完全にスルーしていた。

 そんな視線と火花が交わる隙間を、たきなが通り抜けた。その際、千束をコレと呼んだリコリスの肩にぶつかってしまうものの、そんなことはまるで気にならないほど、たきなは必死な顔つきになっている。

 

 

「司令! 私は銃取引の新情報となる写真を獲得し提出しました! この成果ではまだDAに復帰出来ませんか?」

 

 

 その言葉の必死さは誰もが見てとれた。声色も顔色も、真剣という言葉を形にしたかのような様子のたきなであったが、その言葉を聞いた楠木はたきなに対して予想だにしたいなかった言葉をかけた。

 

 

「……復帰?」

 

 

 まるで意味がわからないと。何故そんなことを聞くのかという意味合いの込められたその言葉に、たきなは恐る恐るといった様子で質問をする。

 

 

「せ…成果を上げれば…私はDAに———」

 

「そんな事を言った覚えはない」

 

 

 ———戻れるのか?

 そんな下の句を続ける事すら出来ないほど、迅速に、ハッキリとそう断言した。

 

 

「そ…そんな……」

 

「楠木さん!!!」

 

 

 嘘だ。

 そんなわけない。

 信じられない。

 そのような言葉が脳内で埋め尽くされるたきなは、呆然とその場で動かなくなる。

 

 

「諦めろって言われてるの、まだわかんないんスか?」

 

「おい!」

 

「おー怖っ! さすが電波塔のヒーロー様。噂通り迫力ありますねー!」

 

 

 そんなたきなへと追い打ちをかけるように、あっけらかんとそう述べたそのリコリスは、ついでとばかりに千束のことも煽る。それに噛みつこうとする千束を嗜めるためか、それとも煽るリコリスの方を嗜めるためか。

 

 

「サクラ訓練の時間だ。いくぞ」

 

 

 そのリコリスのことを《サクラ》と呼んだフキは、声をかけると同時にこの場から離れ別の場所へと向かおうと歩きだした。しかし、フキが横を通り過ぎようとしたその直後、何を思ったのか———()()()()()()()()()()()、その腕をたきなが勢いよく掴む。

 

 

「んだよ!」

 

「…あっ、すみません」

 

 

 力を込めてその腕を引き剥がすフキに、たきな自身が自分の行動に驚いたような表情をしてから、慌ててその手を離す。

 

 

「あの時ぶん殴られたので理解してなかったのか? だったら言葉にしてやる」

 

 

 そんなたきなに対し鋭い視線を向けるフキはそう述べた直後、その鋭い顔を一転、目尻も口角も上げて嘲笑うかのように言ってのけた。

 

 

「お前はもうDAには必要ないんだよ」

 

 

 あまりにも苛烈で、強烈で、痛烈なその言葉に、たきなは顔の血の気が引いていく。後悔か、絶望か。負の感情がぐるぐると脳内で激しく動き回る。心が張り裂けそうになるのを必死で堪える。

 

 

「やめろフキ!」

 

 

 そんなたきなとは反対に、千束はフキの胸元を強く掴み上げる。

 

 

「ははっ! まだ理解できないか? なら今から模擬戦でぶちのめしてわからせてやるよ」

 

「おーおーおーいいじゃん! たきな、やろうやろう!!」

 

 

 周りが何か盛り上がってる。しかしたきなの頭にはその言葉は全く入ってきていない。

 

 

「あれぇ? ビビってんすか?」

 

 

 周りが何か話しかけてくる。しかしたきなの頭にはその言葉はまるで入ってきていない。

 

 

「いよーし、2対2で勝負だ———あ、たきな!」

 

 

 色々な感情が渦巻く気持ち悪さから逃げるためか、たきなは呼びかけた千束の声を無視して、その場から一目散に駆け出していった。

 

 

「ぶっはっはっはっ! 逃げやがったよ〜!」

 

 

 そんなたきなの後ろ姿を見ていた千束は、楠木司令を一度睨みつけると、その跡を追うように駆け出していく。

 

 

「おまえも逃げんのか〜?」

 

「サクラ…行くぞ」

 

「うぃっす、訓練の時間っスね?」

 

「ボケてんじゃねーぞ」

 

 

 話しは終わったと言うかのように、淡々とこの場から離れようとするフキの声に、サクラは訓練だと考えて回答するが、返ってきた答えはまるで別物だった。

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………それで?」

 

『ん———?』

『「それで」ってなんのこと?』

『全く全然微塵たりとも見当がつかないなーっ』

 

 

 そうしてリコリスの少女たちが全員その場を去った後———否。()()()()()()去っていった後、楠木は唯一残ったそのリコリスに声をかけた。

 

 

「お前が私にわざわざ何の用だ、禊」

 

『えー?』

『誰かに会うのに理由なんかいる?』

『この世の出会いは全てが天の導きだよ』

『だからこれは運命だったってことだね!』

 

 

 

「……聞き方を変えようか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()千束たちが来た途端、唐突に何の用だ……と言った方が良かったか?」

 

 

 楠木はそう言いながら視線を禊にしっかり向ける。しかしそんな禊は落ち着きのない様に辺りに視線をふらふらと漂わせており、話をまるで聞いていない様にしか見えないその様は、彼女がまったく普通ではない様に感じられる。

 

 

「わざわざ千束とフキをこの場に誘導するかの様に連れてきただろう。諍いを起こしていた張本人であるたきなとサクラの相方である彼女たちを、まるで狙った様に。禊、お前は何を考えている?」

 

 

 だが実際、そんな()()が禊にとっての()()であったため、それを知っている楠木はまるで気にしない()()()()()質問した。

 

 

『そんな大袈裟な』

()()()()僕の大好きな楠木さんに会いたいなと思ったら』

()()()()僕の大好きな千束ちゃん達がここに来ただけさ』

 

「…………」

 

 

 会話にならない。そう感じた。

 言葉が出ない。そう思った。

 ()()()()()()()。そう願った。

 

 正直に話していると言う可能性を全く感じさせないほど分かりやすく、()()()()()()()その有り様は———その勇姿はもはや()()()()()()()()。むしろ惚れ惚れするほど()()()()()()()()()()()

 仕事柄、狂ってしまったとも言う様な異常である人間を何百も観てきた楠木でも、今の禊の在り方は酷く『異質』に見えた。

 

 

『そもそもわざわざそんな事を狙うなんて』

『僕にどんなメリットがあるのさ』

『確かに僕は品行方正の具現で』

『聖人君子の鏡だけど』

『まず千束ちゃんたちがいつ来るかなんて』

『僕にわかるわけないしー?』

『うん』

『やっぱいくら考えても』

『僕は悪くないね』

 

 

 千束やフキなどといったファーストリコリスと呼ばれる人間は、総じて優秀なリコリスばかりである。千束は少しリコリスとしては性格面に難があるものの、その「才能」だけならばまさに、《歴代最高》のリコリスと呼ぶに相応しい優秀な存在だろう。

 禊もそんなファーストリコリスの一員なのだ。……()()()()()()

 

 その少女は———禊は、千束を始めとするファーストリコリスの「特別」な者たちも———。

 セカンドリコリスの「優秀」な者たちも———。

 そして至って「普通」の一般人たちも———。

 

 

 そんなあらゆる人間たちと比べて()()()()()()()()()()()」。その“不正々否堂々”たる様は、楠木の脳裏に直感的にこの言葉を連想させた。

 

 

 完全無欠など存在しないこの世界で唯一顕現する『完全』と呼ぶべき存在。

 されどその在り方(アプローチ)は、御世辞にも「優れている」とは言えず、むしろ反対方向に突出している【(マイナス)】の完成系。

 

 

 ——————もはや芸術とも呼べるほど、完全な【負完全(マイナス)】である……と。

 

 

『ほらほら楠木さん』

『千束ちゃんとフキちゃんが模擬戦するんでしょ?』

『早く見に行こ?』

『いやー楽しみだなぁ』

『幼馴染同士の』

『ファーストリコリス同士の』

『正々堂々な戦いを見るのは』

『いやはや一体全体』

()()()()()()()()()()()()———っ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すみませんでした。自分の射撃が甘いばっかりに…先輩にまで恥をかかせて…」

 

 

 その後行われた模擬戦で、フキとサクラは黒星を喫してしまった。途中まではたきながおらず、2対1という有利な局面であったにも関わらず、サクラは千束に存分に弄ばれてしまい、フキはフキでたきなに顔面をぶん殴られてしまう。

 そんな屈辱的な敗北をした二人は、身体中に付着した敗北の証でもあるペイント弾を落とすために、トイレの洗面台で顔を洗いながらそんな会話を続ける。

 

 

「むしろ避けやすかったんだよ。お前の射撃正確だからな」

 

「えぇっ!? アイツ弾避けてんスか!? そういうのはマンガだけっスよね!?」

 

 

 そこでフキに明かされた千束の人間離れした才能に、サクラは驚愕の声を上げる。それも当然で、現実世界に銃弾を避けれる様な存在はもはや「天才」などと言う言葉で表すかも不安なラインであるからである。

 

 そんなフィクションじみた存在に対してフキは、歯をギリッと食いしばると、その怒りを露わにする。

 

 

「そういうところがムカつくんだよ…っ!」

 

 

 そしてその燃えたぎる感情の思うがままに、握りしめた右手を鏡にぶつけ———ようとした瞬間。

 

 

 

『わっかるー!』

『あーいう奇妙奇天烈な存在は』

『少年漫画みたいなフィクションの世界だけにしてほしーよね』

 

 

 

「「!!?」」

 

 

 フキでもサクラでもない。この場にいる二人以外の声色が楽観的な調子で響き渡った。その声の主はいつからそこにいたのか、いつから自分達二人の間に位置していたのか。

 

 

『やあ』

『二人ともお疲れ様』

『僕だよ』

 

 

 まるで最初からそこにいるかの様に、さも当然に会話に混ざってきたその存在の名前は《球磨川 禊》だった。

 

 

「………何しにここに来た、禊。わざわざ笑いに来たのか?」

 

「……禊? どっかで聞いたことある様な……」

 

 

 その存在を認知したことで、顰めた顔を隠そうともしないフキ。対してサクラは、その人物が誰なのかわかっていない様だった。

 

 

「電波塔のもう片方だ」

 

 

 そんなサクラに、フキはたった一言で禊のことを説明した。その言葉を聞いたサクラは、少し考える仕草をした後、その顔を大きく歪ませた。

 

 

「電波塔の………て、まさか()()【球磨川 禊】っスかァ!!?」

 

「……ああ、()()…な」

 

『えー?』

『どのどの?』

 

「あ———いや……そのぉ………」

 

 

 そうして声を荒げたサクラに禊は大きく関心を寄せる。まあサクラにというよりも、()()という部分にではあるのだが。まあしかし禊が興味を寄せているからといって、馬鹿正直に禊に説明することなど出来るわけがなかった。

 理由は至って単純であり、その()()()()()()のことである。

 

 

 その噂の内容を端的に、かつ言葉を選ばずに言うなれば【あたまのおかしい人外(ひとでなし)】と言った意味合いだ。

 何のことかって? 【球磨川 禊】がどう言った人物かを表す噂である、()()が。

 

 

『ねーねー』

『早く教えてよー?』

『さぞかしクールで』

『思いやりにあふれた僕らしい』

『カッコいいものばっかりなんだろうなー?』

 

「あ——いや、そのぉ———……」

 

 

 真逆である。

 

 

「……そんなモンどうだっていい。んなことよりとっとと質問に答えろってんだ」

 

『質問?』

『ああ』

『どうすれば僕みたいに」

『噂になるほどカッコよくなれるかってことかい?』

 

()()()()()()()()? さっきも聞いたろ。二度も言わせんな」

 

 

 呆れた様に同じ言葉を繰り返すフキの様子に、『ふぅ』と軽いため息をつきながら『仕方ないなぁ』と言わんばかりの様子で述べる。

 

 

『といってもね———』

『至って単純だよ?』

『こんなことも理解できない』

『バカじゃーないだろーし』

『一度しか言わないから』

『ちゃーんと聞いてね?』

 

 

 さっきからこの人は余計な事を言わないと会話できないのだろうか…と、すこし心配になったサクラであった。しかしそんな困惑も、禊の吐いた次の言葉に簡単に吹き飛ばされた。

 

 

『君たちはこれから』

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『第二ラウンドってやつだーね』

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

「……………はあ!? 聞いてねえぞそんなこと!!」

 

「そういうのって普通、私たち本人に聞かされるモンじゃないんすか??」

 

 

 至極当然の疑問である。模擬戦をすると言うのに、当の本人であるフキたちは何も知らされていないのだから。

 

 

『うん』

『だから()聞かされたじゃん?』

 

「——あのなァ!」

 

 

 しかし、それがどうした? 今知っただろう。といった様子で何がおかしいのかわかってない様子の禊に、フキは声を荒げ反論しようとする。しかし、それを遮るかの様に禊がその口を開いた。

 

 

『でも()()()()()()()()だからさー』

『僕だってやりたくないよ別に』

『でも()()()()()()()()()()()()()()()()

『やらなきゃいけないんだよな——っこれが』

 

 

「———ッ!!!? …………そ、うか」

 

「……? フキ先輩?」

 

 

 サクラはその時、フキに違和感を感じる。下を向いて、強く歯を食いしばる様子に何かへの葛藤を感じたのだ。

 

 

「………本部の命令なら仕方ねぇ。サクラ…準備しろ」

 

「え、えぇ!? 今からすぐっスかァ!?」

 

「仕方ねえだろ。ほらいくぞ、早くしろサクラ」

 

「……って。ちょ、ちょっと待って欲しいっスよー!!」

 

 

 唐突。

 突然。

 不意。

 

 つい先ほど負けたばかりだと言うのに、全く知らされていなかった第二試合を行うと言う通達に、内心強い憤りを感じながらも二人は仕方なく模擬戦の準備をし始めたのだった。

 

 

『ま』

『誰もが顔を真っ青にする程』

『頭の中が真っ白になるレベルの』

『完全に真っ赤な嘘なんだけどね』

『………いや』

『別に()()()()()のかな?』

『あはっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………これはなんの騒ぎだ?」

 

 

 所変わって、楠木はたくさんのリコリスや職員がまだ解散してない様子が気になった様で、その場に足を運んでいた。

 

 

「し、司令! どうしてこんなところに?」

 

 

 そんな楠木を目に入れたリコリスは少し緊張した様子でそう声を上げる。そんな様子を微笑ましく思いながらも、決しておくびにも出さずに真顔で質問を続ける。

 

 

「いや何、いまだに解散せずに集まっている様子が気になってな。繰り返すようだが、なんの集まりなんだ?」

 

「え……、多分…模擬戦の観戦だと思いますけど」

 

「……なんだと?」

 

 

 そのリコリスの発した言葉に楠木は眉間にシワを寄せる。模擬戦など、先ほど終わったばかりであるだろう…という考えが頭を埋め尽くす。理由を聞いたことでますます意味がわからなくなった楠木は、顔を顰めてしまったことで「自分が何か粗相をしたのだろうか」と顔を青くしたリコリスに再び質問をした。

 

 

「模擬戦…だと? つい先ほど終わったばかりだろう。何故いまだに人が集まっている」

 

「…え、あ——いえ、多分ですけど——司令が言っている模擬戦って、()()()()()()()()()()()()()()()()()のこと……ですよね…?」

 

「ああ。それ以外に何がある。」

 

「ひ———っ」

 

 

 ますます顔を青くして涙目になってくるリコリスを見ることで、(…少し強めに言ってしまっただろうか……?)という感想が出てきてしまう。(私はそこまで怖いだろうか?)と、少し寂しそうに頭の中で考える楠木だが、そんな事を知らないリコリスは、頑張ってしっかりと進言した。

 

 

「えーっと…その……まだ解散しないのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()……らしいです」

 

「なんだと?」

 

 

 もう一試合? そんな事私は聞いていないぞ。

 突然の自身が関知していない情報に、頭が真っ白になる感覚がする。しかし()()()()()()()を聞いて、さらに頭の中身が吹き飛んでしまった。

 

 

「確か……()()()()()()()()()()()()がフキさん達と戦う……だとか———」

 

 

 もう一人の電波塔リコリス。

 

 

 その言葉が意味するのは。

 

 その言葉が指し示す者は。

 

 つい最近事件を起こしたばかりの、楠木が昔からよく知っているとあるリコリスのことだった。

 

 

 それを聞いた楠木は慌てて同僚や部下へとメールを送る。その内容は「自分は何も聞いていないがどういうことだ」という旨のもの。

 しかし帰ってきた返答はこぞって「楠木さんがそういう命令をしたんじゃ?」といったものだった。

 

 詳しく話を聞くとどうやら、()()()()()()()が「楠木司令(わたし)が模擬戦をもう一試合行うように通達させた」というもの。

 

 この状況でそんな事をするリコリスなど、考えなくてもわかる。

 

 

 この模擬戦の話は先ほどの千束達のものと同様、既に広まりすぎて無かった事にするのは困難らしい。

 

 そう判断した私は、仕方なく先ほどまで試合を観戦した部屋へと再び足を運ぶ。その最中に、確かな不安を覚えつつ、()()()()()()()()()()()()()()()リコリスの名前を出しながら。

 

 

「……禊、お前は本当に———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「何を考えている…………」』

『とか言ってるんだろーな』

『真剣なキメ顔でさ』

『どーせわかるわけねーってのに』

『何も考えてなんかいねーんだからさ』

 

「………なにか言ったか…?」

 

『いや?』

『別になんにもー?』

 

 

 そして再び場所は変わり、模擬戦を行う3人は、舞台裏と言うべき場所に来ていた。フキとサクラは本日二度目となるこの場所で、3人は静かに出番を待つ。

 

 

「本当に私らと2対1で戦うつもりか?」

 

「禊サンは相棒っていないんスか?」

 

 

 それまで無音だったその空間。しかしフキが禊に声をかけたことによってその静寂は破られた。

 普通は相棒を伴っての2対2が基本の模擬戦闘において、相棒を伴わず一人で、しかも二人相手に挑むことなど前例がなかった。そのため相棒がいない事を気になったサクラは、至って純粋に禊に質問した。

 

 

『相棒かい?』

『もうしばらくそんなのはいないね』

『昔は何度か居た()()()けど』

『ちなみに恋人は募集中だよ?』

 

「聞いてないッス、んなこと」

 

「………」

 

 

「らしい」と言う他人事な部分には気付かず、全くいらない情報を開示した禊に呆れた声を上げるサクラ。それとは対照的に、フキは神妙な顔をしながら黙り込んでいた。

 別にフキは他人事な禊に対して何か思ったわけではない。禊の相棒と言われて、ただとある「二人の少女」を思い出していただけだった。

 片方は自分もよく知るやかましい少女。

 そしてもう一人は、自分のよく知らない———

 

 

『ねぇフキちゃん』

 

 

 そんなフキを見た禊は、その近くまで歩き出しフキの隣に立つと、肩を組みながら耳元で囁いた。

 

 

『この模擬戦なんだけどさあ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『僕』

『わざと負けたげよっか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

 

 

 

 

 ———今コイツは何を言った……?

 

 ———今私は何を言われた………?

 

 

 

『よく考えたらみんなの見てる前でフキちゃん達に酷い事したくないしさー』

『別に負けたからって何かある訳でもないし』

 

「……禊ぃ! テメェって奴は…」

 

 

 

「ちょ!? えっ! えっ!? どうしたんスかフキさんッ!?!」

 

 

 

 理解し難いその言葉に、怒りを覚えたフキは咄嗟に禊の胸ぐらを掴み上げる。

 本部の決めた模擬戦に対する不真面目な態度。自分達対戦相手に対する敬意の無さ。そして『負けてあげる』というまるで()()()()()()()であるかの様な言葉。

 人の大事な物を大事とも思わない気持ち悪さも。

 自分の大事な物なんか有りませんとでも言うかの様な異質さも。

 

 

 何もかもが、気味が悪かった。

 

 

 

 

 

 

 禊のことをもっと知りたかったと後悔したのに。

 

 生きていた禊ともっと関わりたいと決意したのに。

 

 

 もう大事な幼馴染を見殺しにしないと決めたはずなのに———。

 

 

 

『あは!』

『なに、怒ったの?』

『やーだー!』

『あれだけたきなちゃんたちを煽っておきながら』

『自分は感情の抑制すらできないってことー?』

 

 

 その幼馴染は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 当の自分自身は()()()()()()()()()

 

 

 そんなフキから目を離し、背を向けて禊は歩き出す。

 

 

 

『忠告してあげる』

『そうやって僕を不快に思っている内は』

『百年かけても君は()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『受け入れることだよ』

『フキちゃん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『不条理を』

『理不尽を』

『嘘泣きを』

『言い訳を』

『いかがわしさを』

『インチキを』

『堕落を』

『混雑を』

『偽善を』

『偽悪を』

『不幸せを』

『不都合を』

『冤罪を』

『流れ弾を』

『見苦さを』

『みっともなさを』

『風評を』

『密告を』

『嫉妬を』

『格差を』

『裏切りを』

『虐待を』

『巻き添えを』

『ニ次被害を』

 

 

 

 

 

 

 

 

(いと)しい恋人(こいびと)のように()()れることだ』

 

 

 

 

 

 

『そうすればきっと』

『僕みたいになれるよ』

 

 

 

 

 

 

 ———コイツと関わりたくない。

 

 ———挙動、身振り、振る舞い、一挙手一投足。

 

 

 

 

 

 ———その全てが気持ち悪い。

 

 

 

 

 

 

「…………なんなんすか、アイツ」

 

 

 眉間に皺を寄せた、嫌悪を表す表情でサクラはフキに話しかける。サクラは禊の『敗北(やおちょう)宣言』こそ聞いていなかったが、その後の取っ組み合いやフキの動揺、そして禊の発言等全てを耳にしていた。

 それを聞いてサクラが感じたものは至って単純。

 

 

「…得体が知れないヤツっすね。その……気持ち悪いってゆーか、なんてゆーか———」

 

 

 ポケットに手を突っ込み、キザな振舞いで去っていった禊の背中にサクラはそう呟く。距離的に聞こえていないであろうその声に反応したのは禊ではなく、近くでその言葉を聞いていたフキだった。

 

 

 

「…………あれが【球磨川 禊】だよ。電波塔事件を解決した英雄の片割れで———」

 

 

 

 そうしてフキは頭に思い浮かべる。リコリスの間で囁かれる、【球磨川 禊】の噂の一つ———()()()()()を。

 

 

 

 

「—————— 負  なんて言われるヤツだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 もう直ぐで始まろうとしている。そんな時間ギリギリとなっている現在、フキの心は全く穏やかではない。

 

 つい先程敗北したばかりだから?

 相手が自分の幼馴染だから?

 そいつに『八百長』を唆されたから?

 

 

 ———否。

 

 

 フキの心を強く揺さぶっているのは、そんな()()()()()()()()ではない。しかしその原因を一言で説明して仕舞えば———()()()()()。それに尽きる。

 

 自分は何故ここまで恐れている…? 自分は何故ここまで心がひりついている…?

 

 全くわからないと言うのに、自分が怖がっている事だけはわかる。そしてその感覚を()鹿()()()()()()()ということも、フキはその経験上分かっていた。

 

 リコリスは死亡者の多い仕事である。だからこそ、そんな死地の状況に立った際、不意に感じる『第六感』———『直感』は、全く馬鹿にできないのである。

 また、フキはそんなリコリスの中でも最上位である《ファーストリコリス》、その感覚は特に優れているだろう。

 

 

 別に直感(それ)は、千束みたいに常軌を逸したフィクションじみた能力というほどでもない。ただの経験と予測から生じる学習の結果であり、命を張る事の多い人間は、鋭さ鈍さ関係なく皆持ってるような物。そんなありふれたものが、ファーストリコリスである自分は特に優れている自覚がある……それだけである。

 

 

 つまり今自分は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事である。それも自身の幼馴染相手に。

 

 

 意味の無い嫌悪。

 理由のない恐怖。

 

 そして、自覚のない違和感。

 

 

 それらが重なり合って生まれたその、まるで背中を優しく撫でられているような不気味な直感は、まだ試合が始まってもいないというのにいつまでも身体から離れない。

 

 

「フキさーん? そろそろ始まるっすよぉー」

 

「……………あぁ、今いく」

 

 

 椅子に座り込み項垂れるように頭を下げていたフキを呼ぶ一つの声。その声を聞いたフキはその場から立ち上がると声のする方へ向かって歩き出す。

 サクラはただフキが集中するための精神統一でもしていたとしか思っておらず、歩いてきたフキに対してやる気を露わにしていた。

 

 

「さっきの試合では負けたっすけど、次で挽回するっス!」

 

 

 どうやら千束たちとの試合で負けた事を気にしているようで、同じファーストリコリスである禊に対して対抗心を燃やしているらしい。フキもファーストであることはどう考えているのか知らないが。

 

 

「……フキさん。流石に球磨川(アイツ)は弾を避けるなんて曲芸じみたコトはしないっすよね…?」

 

 

 どうやらから元気だったらしい。

 

 

「…………別に千束みてぇに、来る弾を避けることは出来ないらしいぞ」

 

「よし! なら大丈夫っす!!」

 

 

 フキは言葉を濁した。フキは以前に禊から「ターゲットに向かって走っていけば自ずと弾に当たらない道筋(ルート)が見える」なんて聞いてたことは隠して。

 ちなみにその時のフキは、「こいつも千束と同類だろ」と感じていた。

 

 

 

「…………」

 

 

 相変わらず【嫌な予感】は晴れることがない。模擬戦が決まってから常にザワザワする背中は、心を蝕んでいく。

 

 

《双方準備は出来たか?》

 

 

 何処かのスピーカーから機械的な肉声が流れてくる。その音声が聞こえてくると同時に、フキとサクラは手に銃を構えて戦闘体制に入る。

 

 片方は「負けられない」と考え。

 

 もう片方は嫌な予感を払拭すべく深呼吸する。

 

 

 

 

 ———そして、もう一人は何を考えているのだろうか。誰にもわからない。

 

 

 

《それでは双方構えて———》

 

 

 とくん——とくん。

 

 心臓音が聞こえる。

 

 

 

 

 

 すぅ———-ふぅ————

 

 呼吸音が聞こえる。

 

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 

 

 

 

《はじめ!!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして始められた模擬戦は———

 

 

 

 

「ひ………ひぃ!!?」

 

 

「ま……じか…よ」

 

 

 

 

 

 見るもの全てに対し———

 

 

 

 

 

「これ……は」

 

 

「う…っ——」

 

 

 

 

 

 誰もが顔を顰め、目を逸らし———

 

 

 

 

 

 

「ひ………や、たすけ」

 

「はぁ!! ……はぁ!! おぇ……」

 

 

『あれ——』

『一体全体どうしたんだい』

『そんなに怯えて』

『そんなにうずくまって』

 

 

 

 

 

 

《………勝者———》

 

 

 

 

 

 

 残酷な結末となった。

 

 

 

 

 

 

《———勝者、()()()()()()()()

 

 

『君たちの勝ちだね』

『おめでとう、二人とも』

 

 

 

 勝者の二人は綺麗な制服のままその場で埋まっており。

 

 

 

 敗者の少女は全身ボロボロの状態で笑顔で立ち尽くしている。

 

 

 

 

 何もかもがおかしい。

 

 

 何もかもが気持ち悪い。

 

 

 

 

 

 

 —————————()()()()()()誰も口を開かない。

 

 

 

 

 

『あーあ』

『見てよこれ』

『インクだらけ傷だらけ』

『はぁ———』

 

 

 

 誰もが口を閉ざしていた。負けたというのにまるで何も感じてないような無関心さに鳥肌がたった。

 

 

 

 

 

 誰もが生唾を飲み込んでいた。負けたというのに立ち尽くし、勝者が逆に地に伏している現状に恐怖を覚えた。

 

 

 

 

 

 

『また勝てなかった』

 

 

 

 

 そして、その結果を見守っていた誰もが同じ言葉を考えていた。

 

 

 

 

 何もかもが。

 

 

 ただひたすらに。

 

 

 

『どうして勝てないんだ』

『僕は』

 

 

 

 

 

 ()()()()()——————と。

 

 

 

 






 間違いが人を作るが、彼女は間違いのみで作られている。


(注)作者は英語が苦手です。英語有識者の方、間違いがあればご指摘を。

 そして他にいいタイトルがあればどうか教えてください。(必死の懇願)(タイトル考えるのめんどくさいという本音)
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