「さて、どうしましょうか?☆」
階段を進んだ後に、新たなるステージ『天邪鬼迷宮』へと訪れる。
入口に佇む大狸から告げられた突破条件『かぎをあつめて突破したならおわり』という不可解。
そして迷宮内にある幾つもの扉、その内の一つへと入った本郷姫奈と呉 迦楼羅は、ある男を目の前にしていた。
そして二人は、ある記憶にその風貌と引っかかる。
「どこかで見たような....うーーーん?会ったことは無いはずなんですけどねぇ?☆」
「....私も、そんな感じがする。」
男の背後の壁に書き殴られた文字は『鍵を奪って脱出せよ』。
確かに男の右手には鍵が握られている。
時間の制限らしきものは無い。
ただあるのは目の前の男のみ。
引っかかる何かの記憶、姫奈は首を傾げながら、男に近付いた。
「にしても天邪鬼....もしかしなくても、何もかもが天邪鬼だったり?☆」
「でも姫奈。逆の意味だったら、ルールが破綻してる」
「そうなんですよねぇ。でも本質は合ってる気がするんだよなぁ....??」
「それでもって、この人は誰なんでしょうかねぇ?☆」
悪魔の笑みで近付く姫奈は、下から覗き込む。
男の左手が一瞬ピクリと反応した瞬間を、迦楼羅は見逃さなかった。
声をかけて姫奈を退かせようとした時には、始まっていた。
パァンッッッ
「あ 思い出したァ.....♡」
弾き飛ばされながら姫奈は思い出す。
この完成された、超越したような『速さ』の正体。
何をされたのかすら分からないほどのその攻撃は、姫奈の顔面を深々と貫き、鼻血を舞わす。
迦楼羅の位置まで戻された姫奈は笑いながら鼻血を拭う。
「あの時のおじいちゃんですよねっ!!?☆」
「絶対そう!!なぁんだ!私達とおんなじだったんですねぇッ!!まさかこんな所でお会い出来るとは思わなかったなァ!!!」
「姫奈!!」
「平気平気♡それより覚えてますか?この人、あの時のおじいちゃんですよ!」
「......」
迦楼羅はその場から動かない男を見つめる。
確かに体格、それと今の洗練された動き、この得体のしれない見覚えと合致する。
しかしまだ何かを見落としている、見覚えの感覚が吹っ切れない、そんな気がした。
「......あ」
「はい?」
「あの顔....そうだ、間違いない。」
「姫奈、覚えてるか?あの親子喧嘩」
「親子喧嘩?.....んんッッ!!!?☆」
興奮した笑みを浮かべる姫奈に対し、迦楼羅は冷や汗をかいていた。
もし自分の憶測が本当だとしたら、今目の前にしているのは。
「『王馬』が言ってた。アイツは地下闘技場のチャンピオン、そしてあの親子喧嘩の勝者だって。」
「間違いなく、地上最強の一人に挙げられる男だ」
ザッ
「うんっ♡話題性はバッチリ!後は"実力"ですね☆」
その情報は逆に姫奈の好奇心を煽った。
その場でステップを踏み、向かう気満々と言った風情。
迦楼羅が口を挟む余地もなく、二人の間合いはすり減った。
「地上最強のお兄さん。私と遊んでくれません?☆」
「......」
仕掛けられない限りは向かっては来ない。
ただ鍵を守るための人形のようなもの。
姫奈は先の一撃でそれを理解していた。
カウンターしか有り得ないのなら、すべきことは一つ。
───仕掛けるのみ。
ババッッ
ボッッ
「あはっっ!!♡」
ラッシュ開始、二発ともに躱される。
そして三発目に完璧に合わされた荘厳な右ストレートが姫奈の頬を掠めた。
バババババッッッ
暴風雨の一粒一粒が鉄球であるかのような、災害のような猛攻にヒリつきながらも何とか姫奈は攻める。
一発でも当たったらゲームオーバー、死の予感さえした。
ただそんな中でしか生まれないのが、姫奈の求める愉悦そのもの。
ザキッッ
「ッッ!!!」
唐突なローキックが姫奈の膝を刈る。
崩れた体勢を一切見逃さず、男の右拳が襲いかかる。
ゴッッッ
「姫奈、大丈夫か?」
意識の隙間、死角、暗殺一家に生まれた迦楼羅は不意打ちにも長けていた。
完璧なタイミングで放った飛び膝蹴りは、超人的な動体視力、というより反射神経で躱された。
「うん平気☆いやはや、本当にあのテレビで見た人なんですねぇ。でもこんなもんじゃないですよね?」
「あの時の貴方は、もっと速かったですよ?♡」
「気をつけて姫奈。王馬が言ってた。アイツは文字通り"何でもあり"だって」
「何でもあり....うんっ、良い響きっ!!☆」
いきなり突っかけた姫奈が仕掛けるは左ジャブ。
───によって誘い出したローキックを飛び後ろ蹴りで躱しながら打つ。
姫奈の持つ強靭的なバネと反応速度があるからこその芸当。
迫る踵は、瞬く間にバキの顳顬に到達しようとしていた。
ギュルルルルッッッ
「!」
その踵の力の流れにそるように、→に働く力を更に強い→で受ける。
その場で何回転もした後に、男は無傷で立ち尽くす。
「今のは"化勁"?.....でも何か違うなあ?今のを無傷で受け流すのは、私のお友達でも難しいですよ?☆」
「今のは"消力(シャオリー)"。同じ中国武術でも、伝説の技法として扱われている技だよ」
「詳しいですねぇ。迦楼羅ちゃん」
「んーん、全部王馬から聞いたことだから.....でも一つだけ、確かに言えることがある」
一歩、迦楼羅が歩を進めた時、姫奈は立ち震えた。
全身の細胞一つ一つが震え上がるような、そんな感覚を覚えたのだ。
姫奈は悟る。
生まれてきたその瞬間から、目の前の男より、生物としてのランクが違っていることを。
男との間合いが縮まる。
男の瞳が微かに動く。
同時に迦楼羅の体は、大きく変化する。
「こっちから攻撃しない限りは反撃してこない。ただ自分の身を....鍵を守るためだけにしか動かない」
「そして行動に意思を感じない。まるで操り人形みたいだ」
「だから、お前が恐くない」
呉一族秘伝『外し』。
迦楼羅の肉体は青黒く変色し、血流の流れが勢い良く全身を駆け巡るため筋肉と血管が膨張する。
その解放率、実に『85%』。
それは100%に到達したある男を除いて最高値。
迦楼羅の年齢でこの数値は、呉一族でも異端の存在。
強さのイメージがしずらいが、例えるなら迦楼羅と呉一族8人が闘うとする。
───10秒以内に皆殺しにされるだろう。
「(ひゃあ~~~~~っ☆.....相変わらずすごい圧力☆)」
「(ずるいなぁお兄さん....私が一番、迦楼羅ちゃんと闘いたかったのに☆)」
「.....うん!私も一緒に闘うね!☆」
嫉妬する姫奈だが、こうして一緒に闘うのもアリか、と思い直す。
こんなコト、今後一生ない気がしたからだ。
最高のタッグと、最高の相手。
嗚呼、なんて素敵な出逢い(革命)だろうか。
ゾォォォォォォォオオオオオッッッ
少女二人から発せられるとは到底思えないほどの威圧感は、虚空を真っ直ぐに見つめる男の瞳を揺らした。
肉体も小刻みに震え、今にも動き出しそうなほど。
二人が間合いに踏み込んだその時、脳髄に刻まれた命令をただちに行使しようとした───刹那。
男の肉体は、止まる。
「「!」」
迦楼羅の右脚が、姫奈の左拳が、男の皮膚の表面で止まる。
ほんの些細な変化を二人は感じ取った。
堅く軋んだ空気が、柔らかくなったような、そんな気がした。
外しも自然と解いてしまった。
やにわに、動く少年の口元───
「......も....う....だれ.....ッ」
「???.....何───」
ビッッ
「「!!??」」
少年の掌底が自らの顎の先端を弾く。
斜め下からの角度は確実に脳を激しく揺らし、少年の体はグラりと地面へ倒れる。
その姿を呆然と見つめる二人だが、その少年は一つの痙攣と共に立ち上がる。
立ち上がる動作と、後の立ち姿は、先程までの"骸"とは程遠い。
地上最強の貫禄が、一見普通の少年にさえ見える彼からひしひしと感じられた。
毛穴が閉じ、脊髄を這い上がる寒気。
絵の中から、実物が飛び出してきたかのように二人は圧倒されていた。
「───誰も.....失いたくない.....」
「....お前、動けるのか?」
「.....君は呉一族だね。雷庵さんは元気かい?」
「!....本当にお前が、範馬刃牙...!」
「俺を知ってるの?」
「あぁ、王馬から話を聞いた!お前、強いなっ!!」
「え、王馬さんの知り合い?!」
「知り合いじゃない!私の夫だッ!!!」
「おっ、夫~~~~~ッ!?」
腕を組み自信満々にそう言い放つ少女。
刃牙は何となくこの子が一方的に言い寄っているんだろうなと察しがついた。
「王馬も強いけど、お前も強い!!!お前、呉一族の血縁になれッ!!!」
「けつ....って」
「迦楼羅ちゃんは強い人を見たらたまにこうなるんですよねぇ☆」
「.....君は?」
「あ、初めまして 本郷姫奈です☆お兄さん、とっても速いですねぇ☆」
「速い?....範馬刃牙です。よろしく...」
差し伸べられた右手を、バキは見つめる。
姫奈の瞳は星のように輝いていた。
純粋無垢、底が見えない何か。
こんなにも恐ろしい少女を見るのは、生まれて初めてだった。
その右手を握り返しながらも、警戒は解けない。
「二人は、ずっと一緒に?」
「はい☆箱の中で出逢ってからずっと一緒です☆ね?迦楼羅ちゃん」
「あぁ、もう一人仲間がいたんだけど、この部屋に入った時にはぐれたんだ」
「この部屋に入った時?」
「同じ部屋に入ったのに離れ離れになったんだ。きっとここの性質なんだと思う」
「へぇ....あのー、ていうか、ここはなんなの?」
「?、天邪鬼迷宮。お前も同じ入口から入ったんだろ?」
「あー、いや、実は俺、神の子じゃないんだよ」
「え?」
「欠席した方のルートで生き残って...話すと長いんだけど....訳あってさっきみたいになってて...」
「へぇ~~~!欠席した人は漏れなく殺されたって説が有力だったけど、まさか同じように選別を受けていたんですねえ☆」
「それで、生き残ってるのは刃牙以外にいるのか?」
「うん。必ず、また会うって約束したんだ」
「....会えるといいな!」
「会うさ」
迦楼羅は信用にも信頼にも値すると理解する。
姫奈もまたニコニコと朗らかな笑みを浮かばせていた。
して、此処を出るために何をすべきか。
「鍵、必要なんだろ?ハイこれ」
「.....いや、刃牙が持っててくれ」
「なんでだい?」
「天邪鬼迷宮。もし、本当に天邪鬼ならこの部屋から出るには~☆」
「....『鍵を奪わないで脱出するな』...なんか変だな」
「そう。だからつまり、最初からこの部屋にいた刃牙だけが、この部屋から出ればいい」
「ふんふん☆なるほど!それなら鍵を奪わずに、この部屋から出ずに済みますね☆」
「後は運....」
「あぁ」
刃牙は何の迷いもなく鍵穴に鍵を差し込む。
運に執着してはいけない。
手繰り寄せられる運が味方しなければ、それまでの事。
悩む必要などないことを、嘗て彼らが理不尽な運を突きつけられた故に理解していた。
ガチャ───開く扉、そして閉ざされる扉。
中にいる二人はどうなったろうか。
否、ここで死ぬはずがない。
間違いなく、あの二人は今後また出会う、そんな予感にも似た確信を覚えた。
それにしても、とんでもない使い手だったと、刃牙は冷や汗をかいた。
「(何者だ?.....あの二人.....)」
「....ここは......」
素朴な空間だった。
会社の廊下を真っ白にしたかのような、素朴な景色。
彼女らによればここは『天邪鬼迷宮』と呼ばれる巨大な迷路。
この廊下にある無数の部屋に入り、鍵を得ることで出口の扉が開く。
鍵を集めてゴールしたなら終わり───そんなルールだと察せられる。
天邪鬼迷宮、全てが逆さの迷路に少年は立つ。
「何か.....引っかかるな」
「.....とりあえず、入ってみよう」
人の気配があまりしない、恐らく多数は既に迷路の奥へと進んでいるのだろう。
こんな手前の部屋に入って意味があるのか分からないが、先程の彼女らが別の場所へ移されたと考えるなら、入ってみる価値はある。
扉を、静かに開く。
「!」
半径5m程度の部屋の中、いるのは女2名。
そのうちの一人がハッと目を大きくさせ、手を振る。
持田涙との早々な再会だった。
「良かった!!無事だったんだねっ!」
「涙ちゃん。久しぶり....でもないか。無事で良かった」
「うん。まさか刃牙くんと最初に会えるなんてね」
「あのー、その人は知り合い?」
「うん、さっき話した仲間の一人だよ」
「どうも、範馬刃牙です」
「あ、はぁ、どうも.....」
ぺこりと頭を下ろす秋元。
何かどこかで見たような風貌に、怪訝そうな表情を浮かべる。
一見すれば唯の平凡な少年のハズ、がしかし、集中したりぼんやりと見た時に感じる謎の空気感。
涙の様子を見る限り悪人ではなさそうだが、警戒してしまっていた。
「あ、ちなみにこの人、地上最強なの」
「は?地上最強?」
「そ。地上最強の男。知らない?」
「ちょ、涙ちゃん.....」
「地上最強.....................あーーーーーッッ!!!?」
刹那、部屋の構造が変わる。
壁が勢い良く広がり、おおよそ半径100mほどの円形の部屋となる。
するとその壁から巨大な棘が伸びる。
そしていつの間にか、この空間に何人もの人間が現れていた。
数は30にも及び、刃牙達と同じように混乱している様子。
ゴゴゴゴゴゴゴッッッ
「「「!!!???」」」
その壁がゆっくりと狭まり始めると同時、不気味な笑顔を作った小さな狸が中心に現れ言った。
「一人倒したらおわり」
殺伐とした空気の中、状況を飲み込めずとも。
迷った時には既に、少年は構えを取っていた。
「下がってな、二人とも」