主戦場以外の場所でも、学園ではいまだ混乱が続いている。
各々の学生は、見学に来ていた少数の一般人の保護を行いつつ、学園外への脱出を図っていた。
学生たちは混乱しつつも、誘導役、保護役、――そして、その場で防御に徹する殿役などに分かれて行動していた。
「おめぇどういうやっちゃ!」
髪を伸ばし、目を隠した大柄な男子生徒と、ローブを羽織ったピエロのような外見の男が向かい合っている。
周囲にはピエロ男と同じようなローブを羽織った者たちが倒れている。男子生徒、ユーが戦闘不能にした星の子の構成員たちだ。
「意味不明な技でカワイイ部下どもをのしやがってぇぇ〜〜!」
プンプンと怒りながら地団駄を踏む男の動作はコミカルなものの、ピエロの格好をした成人男性がしていることを考慮すると恐ろしさしか残らない。
「俺ぁよぉ、真面目に真面目に仕官しようとしてたのによぉ〜〜。お貴族様がやれ貧民上がりだのやれ珍妙だの、まぁっったく認めてくんなくてよぉ〜〜! 馬鹿馬鹿しいからグレちまったぜえ〜〜!」
「隙ないのに自分語りやめろ。あとお前が珍妙なのは否定できんだろう」
自分語り男が小さい杖をこちらに向けてくる。あれは魔術の指向性を定めるのに用いられる小杖だ。
「《焦点は無。火よ起これ。続いて焦点を火へ。》」
姿は珍妙なくせに、魔術は基本に忠実で、ちゃんと美しい。貴族の集まるこの学園でも【理論派】として充分に高評価を受けるであろう魔術の冴え。案外、昔は真面目に仕官しようとしていたというのは本当かもしれない。
しかし、馬鹿正直に術式の詠唱を口に出してくれるとは。なんとも「やりやすい」ではないか。
「《火は連なり炎となれ。炎は連なり焔となれ。焔を《逃れて炎と散れ》重ねてーー》っチィッ!!」
男の前に集まり、圧縮されていた炎の玉は突如制御を失ったかのように拡散し、めちゃくちゃな方向に飛んでいく。
その幾つかが地面に落ち、凄まじい熱波と共に空気を歪めた。拡散した炎の一部は校舎の壁を、その熱でぐにゃぐにゃに溶かしている。
熱気とは裏腹に、ユーの額には冷や汗が滲んでいた。
「ァァァァ!!! もうっっ! 邪魔するな!」
「だいたいわざわざ人の術式に干渉してくるの頭おかしいだろ!! 失敗したらお前の防御間に合わんだろが!! 自〇志願者か!?!?」
御名答だ。他人の術式への介入には極限の集中、魂の酷使が必要。自分の魔術を展開しておける余裕など微塵もない。つまり、失敗した時点で防御もできず相手の魔術をモロに受け、俺は消し炭になるだろう。
その癖よほど上手く介入しなければ、敵を直接害することは非常に難しい。真っ当に魔術を使えるやつからしたら、この技術をわざわざ鍛え上げようとするやつはそうとうイカれていると思うに違いない。
だが、あいにくこちらはとっくに頭がイかれてる。だいたい魔術能力に欠陥があるやつがこの貴族社会で生きていく時点で、どこかイかれてないとお話にならない。
「まだやるか? こちらはまだまだ元気だぞ」
嘘だ。他者魔術への干渉には、自身の魔力を用いない。
他者の魔力に直接干渉して、魔術の発動に横やりを入れている。
しかし、その分、魂と、精神への負荷がすさまじい。
そもそも、他人の魔術を書き換える行為というのは、非常に難しい。
相手がキャンバスに描いている途中の絵に対して、リアルタイムで今何を描いているのかを現状から予測し、相手よりも先に、意味が成立するような絵をつなげて描くような技術だ。
重ねて言えば、使用可能な絵の具は相手に指定されており、筆も自分の手に全く馴染まないものとする。
つまり、この行為を行うこと自体がリスクの高い、ある意味自殺行為である上に、行為自体の難易度も恐ろしく高いのである。
正直、もうさっさと逃げたい。
しかし、魔術への干渉にはその起こりを見逃さない必要がある。
逃げを選んだ時点で、逃げ切る前に発動の早い魔術で追撃されるだろう。
……、賭けに出るか。おそらく民間人と部活の仲間はすでに逃げることができただろう。
なけなしの魔力で視界を遮る魔術を使用して、ダッシュでガン逃げだ。
筋トレの成果を見せてやる。
まずは煙幕だな。
《焦点は土。渦巻き、舞い上がり、拡散せよ。我が宿敵に帳を下ろせ【土煙】》
ピエロ男との間の土が勢いよく舞い上がり、空中で静止する。一瞬視界を完全に覆った。
「なにィ!? 急に普通の魔術を!?」
まだだ、先ほど発生した火を少し拝借――。
《焦点は火、火、火。収縮、結合。帯状に成形。形状維持、位置は敵前。彼の者の足を止めよ【炎上網】》
直接着弾し、燃え盛る炎は、いまだ敵の魔力に満ちている。アレを使うのは難しい。
だからこそ、火によって間接的に炎上した残骸から少しばかりいただいた。
……よし、二重に視界を覆った。今のうちに逃げる。
背を向けた瞬間、背中側から巨大な魔力の励起を感じる。
「《焦点は火。矢となり敵を射貫け、四の【火矢】》」
すさまじい速度で詠唱された【火矢】が同時に四発飛んでくる。
そのうち一発が、こちらに直進してきた。
《風よ逸らせ【風防】》
「ぐぅっ……!!」
なんとか初歩的な風魔術で直撃は避けるも、発生した風に煽られて姿勢を崩し、転倒してしまった。
振り返ると、先ほど張った【炎上網】が、消えている。
いや、先ほどの魔術の速度。
【炎上網】の火を、無理やり自分の魔力で上書きして、自分の魔術に再利用しやがった。
「なぁ~~んだ。風魔術使えんじゃんか。なんでさっき【炎上網】の後でそれ使って、こっちに飛ばさねぇのかさぁっっぱりわからん! 久しぶりにちゃんと魔術合戦できてると思ったのによぉ」
「しっっかしおめぇ、魔力出し惜しみしてんのか? スカスカだったぞ?」
……わざとだよ。風はできるだけ使いたくないんだ。嫌なこと思い出すからな。
しかし、魔力。魔力、魔力、魔力、魔力。結局、魔力量か。
悔しいが、わかっていたことだ。俺は魔力が少ない。
……もっと魔力があれば、彼女に切り捨てられなかっただろうか。彼女に捨てられても、自分で家を盛り返せたのだろうか。
「ちょっち楽しめたし、楽に殺してやる。避けるなよ」
「《焦点は無。火よ起こ《らず、ただ消える》》、ま~たつまらん時間かせ――」
そうだよ。時間稼ぎだよこんなのは。
最終的にはこれしかないと決めていた――。
「――おらっ!! 食らえ筋力!!」
詠唱を中断させてできた一瞬の隙に、ダッシュで距離を詰め、右ストレートをお見舞いする。
見事顔面に吸い込まれるように決まり、鼻を砕いた。
――しかし、行動不能には至らない。
どうやら身体強化で大きなダメージを防いだようだ。
そっち方面の魔術も使えるのか。いよいよもって、お手上げだ。
魂の疲労も限界に近い。次に魔術に干渉しようとしても失敗する可能性が高い。
鼻のつぶれたピエロ男は無言で、しかし強烈な殺意を隠そうともせず、再度魔術の詠唱を始めた。
さすがに無理だったか。
……これは、覚悟を決めるべきか?
突然、パンッと乾いた音が一発響き渡った。
ユーの眼前の男は音と同時に、脚から崩れ落ちて倒れ込んだ。よく見ると、腿からは血が流れだしている。
「ぐっうぅ……ぁ、ご、ごんなもん……!!」
「すぐ治療できるって? そっちに集中してると、魔術的に隙だらけってワケ」
男の腿から流れる血が止まると同時に、男が突如「カハッ」という息を吐き出して、その後何も言わなくなった。
「――そこで寝てろ」
気絶した男の直上には、ここしばらくで見慣れた友人の顔があった。とはいえユーはまた顔を直視できなくなったので、視界の端で確認しているにすぎない。
友人――リィンは、地面にフワリと降り立ち、こちらを見てパチクリと瞬きをした。その後、こちらが誰であるのか気づいたようで、何故かバツが悪そうに一瞬目を逸らした。
「それにしてもユー、すごいじゃん。遠くで誰か戦ってたから急いで来たんだけど……」
彼女は周りを見渡して、倒れている襲撃者たちを一通り確認していく。
「こんなに強かったんだ」
「たまたま相性が良かっただけだ。実際、さっきのやつにやられかけた……。あり、あ、た、助かった」
たまたま、ねぇ。とリィンは呟く。
疑われているようだが、実際、敵に身体強化を得意とする近接魔術士や、武装を用いる相手がいればもっと早い段階で負けていた。
「なんで」
「?」
「なんですぐに避難しなかったの?」
「あぁ、部活のやつらと一緒に、学園内の一般人を避難させてた」
正確には、部活のやつらが一般人の避難誘導をするための殿として残った、というのが正しい。
あいつらは無事だろうか。いや、なんだかんだそこそこ強いし、大丈夫だろう。たぶん。
「……えらいねぇ」
「まぁ、これでも貴族だからな」
彼女は返答に詰まり、一瞬下を向いた、ように見えた。
まるで表情を見せないようにしたみたいだ……。いや、追及するのはやめておこう。
「何がともあれ無事でよかった」
一応他のやつもちゃんと気絶させとこ。と独り言を言いながら倒れた襲撃者へ手を向け、リィンは魔術を使い始めた。
ふと、何の気なしに、その魔術を〈覗いて〉みようと、リィンの周囲の魔力ーー現実子に意識を向けた。
魔術への干渉とは、具体的には相手の用いる現実子に介入し、そこに流し込まれる術式を覗き見て、術式に割り込む行為。
これを応用すれば、慣れこそ必要なものの、他人の術式を覗き見ることができる。
まぁ、普段はそんなこと考えている余裕なんてないが。
特に深い理由はない。
以前リリアが、彼女の魔術を
一般的な魔術理論として、意識のある対象に直接魔術をかけることは難しい。自身の魔力を相手の身体に流して魔術を行使しようとしても、肉体には当然すでに個々人の魔力が多量に含まれるため、それを使われてすぐに抵抗されてしまう。
だから魔術オタクとして、どういう魔術なのか興味が湧いた。たったそれだけ。
しかし、結果は劇的だった。
《焦点は体表2■■境界の大気。■■分■固定、■■装甲外骨格ロック》《焦点は体表5■m境界の大気。■■流体化、■■衝突頻度制御、非■■■■■流体・■■緩衝層維持》《焦点は骨格牽引■■クエンス。右肩・右肘・右手首の■■装甲区画を直線■■トルへ変位、肉体■筋負荷0■、右腕全体を前方上方へ強■挙上・固定》《観測点は対象頭部周囲■■。初期値[■■: 7■.0■、■■: 21.0■]を検知。焦点は観測点から変更せず。境界内■■■子を外部へ強制排撃、目標値[■■: 99.■■以上、■■: ■.5■未満]へ置換。完了。■■を適用。外部大気の流入を継続的に遮断》《観測点は対象頭部周囲大気。生体判定、無■■吸気確認。■■からの逆■■現象を想定。意識喪失■■■リミット、吸気■回・約5〜■秒と推計。対象の昏■を待機》《観測点は口唇部内側の空気、■■波形。焦点は■■外郭大気。同一振■・同一■相の■■波を直接転■、■■味方方向へ指向性■響出力》《全パラメ■■常時監視。偏差修正。ルー■更新》《……》《……》《……》《……》《……》《……》《……》《……》《……》《……》《……》……
「なっ! ぅぐっ……!?」
意味不明な術式が高速で、濁流のように流れていく。理解不能な単語が理解不能な速度で、理解不能な量で、理解不能な記述方式で。理解不能、理解不能、理解不能。
理解不能――。彼が唯一認識できたのは、この魔術の運用方法が、現代魔術の常識とかけ離れている。ということだけ。
瞬きほどの一瞬。なんだ今のは。
何を見た? 見て、しまっている?
「……? どうしたの? もしかして、どこか怪我してるの?」
いつもの彼女らしからぬ不安げな表情を浮かべて、こちらに駆け寄ってくる彼女の顔を、ユーには直視し続けることができなかった。
先程までとは、全く別の理由で。
何故なら、ユーには今も、この瞬間にも、見えてしまっているから。
《焦点は体表2■■境界の大気。■■分■固定、■■装甲外骨格ロック》《焦点は体表5■m境界の大気。■■流体化、■■衝突頻度制御、非■■■■■流体・■■緩衝層維持》《焦点は骨格牽引■■クエンス。右肩■■装甲区画を空間■■トルへ変位、肉体■筋負荷0■、前方挙■およびバランス保持を制御》《焦点は骨格牽引■■クエンス。左肩■■装甲区画を空間■■トルへ変位、肉体■筋負荷0■、上半身の水平■ランス維持を制御》《焦点は骨格牽引■■クエンス。右肘■■装甲区画を空間■■トルへ変位、肉体■筋負荷0■、屈曲角の微調整を制御》《焦点は骨格牽引■■クエンス。左肘■■装甲区画を空間■■トルへ変位、肉体■筋負荷0■、非対称荷重の相殺を制御》《焦点は骨格牽引■■クエンス。右膝■■装甲区画を空間■■トルへ変位、肉体■筋負荷0■、遊脚期の■方ステップ動作を制御》《焦点は骨格牽引■■クエンス。左膝■■装甲区画を空間■■トルへ変位、肉体■筋負荷0■、支持期の荷■支持および推進を制御》《焦点は骨格牽引■■クエンス。右足首■■装甲区画を空間■■トルへ変位、肉体■筋負荷0■、接■時の衝撃分散および蹴り出しを制御》《焦点は骨格牽引■■クエンス。左足首■■装甲区画を空間■■トルへ変位、肉体■筋負荷0■、接地安■化とモーメント調整を制御》《観測点は口唇部内側の空気、■■波形。焦点は■■外郭大気。同一振■・同一■相の■■波を直接転■、■前方対象方向へ指向性■響出力》《全パラメ■■常時監視。偏差修正。ルー■更新》《……》《……》《……》《……》《……》《……》《……》《……》《……》《……》《……》……
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結局、鳴り響く音響型信号魔術を聞いたリィンがその場を飛び去るまで、ユーは最後の理性で友人に投げかけるべきではない言葉を飲み込んだ。
――
★プチあとがき
「それと、なんで話してる間ずっと斜め向いてるの……?」
「……。(それはともかく一日ぶりに見たら免疫なくなってて、余計顔を直視できなくなっている人の図)」
★報告
少し「小説情報」の部分をシリアス部分を含むように変えました。
あらすじ詐欺になったら困るので。