ガタガタと揺れる、鉄の馬。
外観が真白で酷く目立つそれはこの忍び里に、この世界にはあまりにも不釣り合いなモノだった。
走る度に獣の雄叫びのような唸り声を上げ、雷影も各やと言わんばかりの速度で道を駆け抜け、その蝦蟇の仙人も臆すような図体で何物をも寄せ付けない。
しかし不思議なことにその胃に詰め込まれたナルトは、居心地の悪さは感じつつもその環境に不快な感情は覚えていなかった。
寧ろ定期的に吹き付けてくる風が心地良く、更にその獣の肉壁はまるで革のような素材で出来ており座らされた瞬間からその弾力に魅了されていた。
何の罪も(ちょっとやりすぎな悪戯をした記憶はあるが)犯した自覚のないままに、いつの間にか出来ていたというこの里の治安維持部隊とやらに連行された、という状況でさえなければもっと楽しめたろうに、と心の中で悪態をつく。
「どうです、気に入りましたか?これは絡繰式電動四輪式馬車……長ったらしいので四輪車。その改良型であり、エリートに相応しい機能美と高性能を兼ね備えた最新式。通称、パトカー。素晴らしいでしょう?素晴らしいですよね?何せ運転手を除いても4人乗りですよ4人乗り。こうして対面に座れるほど広いスペースを確保しながらも性能は旧式よりも向上している。職人の腕も然ることながら技術の進歩も、そしてそれを正しく理解しそれを扱うに足るとお上より直々に賜ることの出来た私たちのエリート具合が、特に。」
「知らねぇってばよ……」
何よりも目の前のこの男が、ナルトには何よりも居心地を悪くさせた。
車体と似たような真白な、里ではあまり見ない洒落ている服に身を包み、感情を読み取らせない無感情な無表情のまま平然と毒電波を垂れ流してくるこの男。
会話の内容も無学なナルトにはよく分からなかったが、兎にも角にも此方を見下しているということだけは分かっていた。
分かっていたが、それはナルトにとって慣れたはずのモノであった。化けギツネだの何だの、お登勢に拾われるまでは毎日のように誰かから向けられた悪感情。
だが目の前の男の侮蔑はそれとは違う。自分が化けギツネだから、"うずまきナルト"だから向けてくるモノとは違う。ナルトにはそれが無意識に理解出来てしまっていた。
ナルトを通して、もっと大きなモノを見下している。ナルトという存在ではなく、そこに連なる何かを酷く軽蔑している。
それが何となく感じ取っていたから、一刻も早くこの場から抜け出したかった。
その叛意を形にしようと身を乗り出そうとした瞬間に、見える間もなく喉元に黒い異物を突き付けられるまでは。
「これだから子供はいけませんね…おっと失礼、子供だからこそでしたね。これらの技術は寧ろ貴方方のような今の子供、将来の我々になる貴方に向けた話なのですよ。」
「…訳分かんねーってばよ。」
「では簡単に、分かりやすく説明してあげましょう。」
いちいち納豆のように粘りつくような悪意を平然とバラ撒き、それでいて平静を装い淡々と告げてくる目の前の男に苛立ちが止まらない。ただでさえ自来也との修行を終えたばかりで疲労の溜まっている時に講釈に付き合っていられない。
だというのに、殺気すら感じていないのに、今動けば自分は何となく死ぬのだろうと本能が騒いでいた。
それは果たして、この突き付けられた無骨な黒い何かから感じているのか、それを持つこの男から感じているのか。その答えは出て来ない。
ただ漠然と、一つでも行動を間違えれば自分は呆気なく死ぬのだろうということだけは分かっていた。
そうして逡巡している間にも、男の解説は淡々と続く。
「この車体はチャクラを一切必要としていません。起動にも駆動にも。必要なモノは、何をどう動かすかという理論と、何がどう動くかという理屈と、それらを実際に動かす為の部品。絡繰が噛み合い、それを電気というエネルギーを用いる事で機能しています。」
「…それがなんだってばよ。」
「分かるでしょう?これは鉄の塊です、下手な暗器などでは容易に破壊することも出来ません。速度も公道故に落としていますがその気になればより速く走る事が出来ます。オマケに、これ一台作るのに係る費用は…現状では、と付けなければいけませんが下手な中忍一人を、任務を単独で問題なくこなせる迄に育て上げるのに係る費用より遥かに少ない。」
「…………」
男の語る内容はよく分かっていない。
それでも何となく何が言いたいのか、どう結論付けたいか。薄々予想が付いてきた。
「貴方に突き付けているこの拳銃…人体を容易く貫く弾丸を打ち出す絡繰にしたってそうですが、人を殺めるだけならば忍びは要りません。絡繰で十分です。」
「……テメェ。」
「そう、理解出来ましたか?」
此処に来て漸く、それまで感情を見せて来なかった男が。口の端を、悪意を込めて上げた。怒りを顕にしてしまった自分に対して、嗤うように。
「貴方のような子供が、忍びになんてならなくても済むんですよ。」
「…飛躍し過ぎだってばよ。」
「そうですねぇ。しかしやがてはそうなると思いますよ。何せ忍者なんてのはコストが高い上に結局のところは人間です。いつ裏切るか分かったものじゃありません。それに比べて引金一つ、足踏み一つで容易く人を殺めることが誰にでも出来る絡繰の方が遥かに素晴らしい。やがては絡繰こそが忍者にとって代わるものになるでしょう。」
「…忍者は、ンなことが全部じゃねェ。」
「それだけですよ。忍びなんてものはそんなもんです。」
「ッ……」
理由は分からないが、この男は忍者というものを酷く、いっそ悍ましいほど。まるでかつての自分のように。
憎んでいるのか、疎んでいるのか、見下しているのか。
複雑なそれは、その悪意は、ナルトには分からなかった。
「確かに一部の…それこそ貴方のお師匠さんやらその辺になると絡繰でも取って代わるのは厳しいでしょう。とはいえ、絡繰と違ってその辺の方々はやはり"替えが効かない"。死ねば終わりの人間とは違い、技術を知る人と、それを支える財力、そしてその腕を十分に震える環境さえ整えれば幾らでも代えの利く絡繰の方が、やはり将来性という面では勝っていますね。」
「…テメェが意地でも忍者をこき下ろしてぇのは分かったってばよ。それよりも、何でエロ仙人の事とか知ってんだ。そもそも、何でオレを逮捕なんてしてんだ。」
いい加減付き合っている方がバカバカしくなってくる。
怒りが一定のラインを超えたせいか、或いはこの身の内の激情とは相反するこの車の快適な環境のせいか、一周回って冷静になった思考で尋ねる。
少なくとも目の前の男は最低限の礼儀は守るようではあるし、理由もなしに憂さ晴らしの為に自身を捕まえるような短絡的な人間にも見えない。
お登勢の下で、西郷の下で培った観察力がそう告げていた。
男も改めて問われて落ち着いたのか、何事もなかったかのように平然と無感情に、無表情に戻ると薄っぺらい板のようなモノを弄りながら語り出した。
「失礼、確かにそれを伝えるのを忘れていましたね。エリートらしくもない凡ミスでした。では改めて。」
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「…ウワッ、テメッコノクソボケチビナス!!!チャント前見ヤガレハナッタレガヨ!!!」
第一発見者は、スナックお登勢の従業員。
日が暮れ始めた逢魔が刻。ナルトが修行中で、まだ自来也の下にいた頃。
その従業員は、"店から飛び出すナルトの姿"を目撃したという。
「ッタク…チョットオ登勢サン!アンノクソガキトマタ喧嘩デモ……」
店内は開店前で、嫌なほどに静まり返っていたものの、争った形跡もなく普段通りの光景であったらしい。
「……オ登勢サン?」
そこで血を流し倒れ伏す、お登勢の姿を除けば。
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「……は?」
「私としても驚きでしたよ、まさか貴方が……」
「世話になっていた自身の親代わりの相手を刺し殺そうとした、などと。」