そのタイミングはうちは一族のクーデター決起集会。
さあこのオリ主は、生き延びることが出来るか。
意識が覚醒した瞬間、俺が視界に捉えたのは、不吉な赤い灯籠と「悪」の文字が書かれた掛け軸、そして殺気立つ忍たちの厳めしい顔つきだった。
「……え、うそだろ」
脳内に溢れ出す現代日本での前世の記憶。オタク特有の爆速理解が、現状を即座に認識させた。
主に立ち読みしていたジャンプから得た『NARUTO』の知識が。そして、自分がよりにもよって、滅亡確定ルートを突き進む「うちは一族」の係長(中忍)に転生しているという現世での知識が。
残酷な現実をどこまでも突きつけてきていた。
しかも、タイミングが最悪だ。
今まさに、長老のフガクが一団の先頭で拳を突き上げ、雄弁を振るっている。
「今こそ愚かな千手どもの里を我が手中に収めるのだ!」
拍手喝采、盛り上がる血気盛んな同胞たち。
どう見てもクーデターの決起集会です。本当に待ってくださいお願いします。何でもしますから。
(待って待って待って! これ、うちはイタチとイタチの協力者(オビト&ダンゾウ他)に夜襲されて全滅する直前の会議じゃん!? 巻き込まれたら確実に死ぬ!!)
冷や汗が背中を吹き出す。だが、ここで「クーデターなんてやめましょう!」と叫べば、身内から「裏切り者め!」と消されるのは火を見るより明らか。
かといって黙っていればイタチに刺される。
この狂気の勢いを止めなければ未来はない。
「あ、あの! ちょっと、よろしいでしょうか!」
俺は右手をピンと高く上げて、震える声を張り上げ、必死に「思いついたちょっとした疑問」を口にした。
「あの、クーデターが成功したとして、その後は、どうしますか?」
視線が一斉に俺に集まる。いきなり何を言い出すんだコイツは。という視線だ。プレッシャーがハンパないな。
俺は喉を鳴らしながら、できる限り「一族の将来を心配している体」を装って言葉を紡いだ。
「仮に……仮にですよ? クーデターが成功して火影の首を取ったとして…… 他の一族はどうするでしょうか? 素直に従わないのでは? ……特に日向とか」
ああ~…… という同感の波動が、場を満たした。
日向は木の葉にて最強。でおなじみの、日向一族は総じてプライドが高い。仮に三代目を討ち取って、うちは一族が覇を唱えようとも、歯向かってくるだろう。
それがアリアリと、みんなにも見えてしまったらしい。
「そうなると奈良や山中といった、いわゆる名家も、日向について我らに敵対してくるのでは?」
少し頭が冷えて、不安になったらしい誰かから、そんな意見が出た。
今更かよ。と思わないでもないが、どうクーデターを成功させるかに全力過ぎて、その後を考えないのがうちはの血だからなあ……
ヤンデレが刺した後の事を考えてないのと一緒だ。
というか。うちは一族が、一族総ヤンデレなのはほぼ公式設定だったわ。
そしてヤンデレの群れらしく「そうなれば戦うだけよ!」という意見でまとまりそうだったので、追加で冷却材を投下する。
「それにも勝ったとしましょう。次は里の他の忍びと、一般人たちです。彼らは素直に我らに従うでしょうか?」
「そこまで力を示せば服従するであろう」
一族の過激派の、原作では名前の無かった誰かから、シンプルすぎる答えが返された。
なので強めのスマッシュで更に打ち返す。
「しなかった場合は、皆殺しにしますか? 里の人間、うちは以外の、その全てを」
シンッ…………
ちょっと強すぎたかもしれない冷却材は、その効果を遺憾なく発揮して、場の空気を冷やしてくれた。 もうヒエッヒエだ。
つい先ほどまであんなに盛り上がっていた南賀ノ神社の地下の会場は、水を打ったどころか、氷漬けになったような空気になっていた。
「皆殺しにまでするのは、ちょっと……」
「やりすぎというか、現実的ではないのでは……」
ボソボソと、小声で隣の人間とだけで、そんな会話が交わされる。
それでも極極一部は「日和りやがったか」「怖気づいたか」という文句を言ってはいるが、その声も音量は大変に控えめだった。
俺はだんだん痛くなってきた胃に冷や汗をダラダラ流しながら、必死に舌を回した。
「里を血の海に変えて、我らも血を流して、殺戮の末に手に入れた何も残っていない里で、本当の意味で『うちはの栄光』を取り戻せるでしょうか?」
もつれるな舌よ。つっかえるな声。テキトーにいい感じの言葉を紡げ、頭。
「…………独立しましょう」
追い詰められた俺のどこかから出てきたプランが、これだった。
逃げるは恥だが役に立つ。ってドラマあったな。一回も見なかったけど。
「木の葉を、捨てましょう。ここに拘らずとも、良いではないですか」
意訳:夜逃げしようぜ
そんな俺の日和った提案に、先ほどまではクーデターという尖りに尖った方向へ突っ走っていた一族のみんなは、それでも一度立ち止まって考えてくれた。
「むしろ、この閉塞感のある木ノ葉を捨て、一族全員で『独立』する、か」
「うむ。その方が、誇り高く生きられるのでは?」
「何もせずただ去るというのは……」
言うべきは言った。長老衆の結論を、他の一般うちは一族や平社員(下忍)、中間管理職の主任・係長・課長(中忍)らと共に、黙って待つこと小一時間。
「全殺しはちょっと……」という日和り論法と、「独立」という聞こえの良い逃げ道の提示。
これが、思いのほか刺さったようだ。
「確かに…… 全住民を敵に回しての統治は骨が折れる……」
「自分の里を皆殺しというのは、うちはの名が霧隠れ以下にならぬか?」
「いっそ里を出て、新天地でうちはの里を作る方が良いのでは……?」
ざわめく室内。流れは変わった。一族の、うちはの里を、という言葉が決定的だった。
長老たちも「うむ。自分たちの里をイチから作ればよいのだな」と、妙な納得の仕方をして頷いている。
結果、クーデターは急遽「うちは一族・全員一斉脱退(引っ越し)計画」へと軌道修正された。
祝!
全滅ルート回避!
俺は心の中で激しいガッツポーズを決めた。
……決めたのだが。
数日後、俺の手元にはズシリと重い、尋常じゃない厚みの書類の山があった。
「よし、言い出しっぺの貴様が、これを三代目火影の元へ届けてこい」
そう言われて渡されたのは、『うちは一族一同 退職兼離脱届』の束だった。
「……はい?」
もう一度言おう。『うちは一族一同 退職兼離脱届』だ。
「我が一族の誇りを示すのだ。隠密に去るのではなく、堂々と退職届を叩きつけて去る! 頼んだぞ」
いや頼んだぞじゃねーし、お前も書いとけよじゃないんだわ。
えっ、これから俺は、あの暗部や暗殺組織を束ねるダンゾウや、苦労人の三代目火影ヒルゼンの待つ執務室に、このトンチキな書類を持って行かなきゃいけないの?
「うちは一族、本日をもって木ノ葉を辞めます」という、たぶん前代未聞の書類を持って?
(……いや、これ謀反人としてその場で捕まるか、下手すりゃダンゾウに消される未来しか見えないんだけど!? 誰か助けてくれー!!)
一難去ってまた一難。俺の生存戦略は、スタート地点から波乱に満ちていて、気付けば一族の命運まで丸ごと乗っかっていた。
ともあれ、任された以上は行かねばなるまい。
俺は手渡された『一族全員分の退職届』を抱え、死ぬ思いで火影邸の最上階へと向かった。
正直、逃げ出したい。今すぐこの書類を捨ててどこかへ疾走したい。
だが、背後からの視線がそれを許さない。
最近うちは一族狩りとかあるからと、俺がひとりで逐電しても困ると付けられた、見張り兼護衛。
彼らの「ちゃんと叩きつけてこいよ」という圧の篭った視線である。
なお前方には木ノ葉の最高権力者が待っている。
前門の虎、後門の狼とはこの事か。詰んでいる。四面楚歌ほどではないが詰んでいる。
ゆえに来るしか無かった火影邸に入り、受付でアポを取り付けて、執務室へと入った。
「失礼します。うちは一族の総意を伝えに参りました」
ドアを開けると、そこには案の定、煙管をくわえた三代目火影・猿飛ヒルゼンと、右目に包帯を巻いた冷酷な闇の支配者・志村ダンゾウが並んでいた。
ダンゾウは居なくても良かったのになあ。いつもどおりにどっかの地下室で陰謀を企んでいろよ。(偏見)
「何の用だ、うちはの中忍」
ダンゾウの鋭い眼光が俺を射抜く。少し胃が痛むが、ダンゾウへのヘイトがその痛みをかき消す。
だいたいコイツのせい。というくらいの諸悪の根源で、都合の悪い事を全て投げつけて消すために、原作者が用意した、ある意味人柱。
読者としてメタ読みをしていた時は、哀れみすら覚えたキャラだったが、こうして当事者。それもうちは一族として当事者になったなら、もう恨みと憎しみしかない。
その怒りに任せて、俺は抱えていた分厚い書類の束を、ヒルゼンの執務デスクの上に「どすん」と置いた。
サンキューダンゾウ。お前のおかげで、コイツを提出する勢いが生まれたよ。
「ん~? ……な、なんだこれは……?」
書類を確認し、困惑するヒルゼン。ですよね。説明は必要だよね。
俺は腹を括り、死んだ目で口を開いた。
「『うちは一族・退職兼離脱届』です。本日をもちまして、うちは一族は木の葉隠れの里から完全に退職させていただきます。長年のご愛顧、誠にありがとうございました」
ご愛顧は、何か違ったかもしれない。
だが営業終了、店仕舞いなのは、まあ、似たようなものだろう。
「……………………は?」
ちょっと長めの静寂。
ヒルゼンの煙管から灰が落ちた。そしてダンゾウの眉間に、見たこともない深さの皺が刻まれていく。
おっ、これは何か怒鳴るな。
「ふ、ふざけるな!! 謀反か!? クーデターの準備を進めていたのは百も承知だぞ! 離脱など認めん、この場で拘そ」
「うるせぇ!!!!!」
俺はダンゾウの怒声を遮り、渾身の力でデスクに両手を叩き付けた。
「謀反なら! 里を襲撃して血の雨を降らせてますよ!
ですが我々は話し合いの結果、『お互いストレスになるから、円満退社して新しい会社(里)作ろう』って結論に至ったんです!
殺し合いより平和的で素晴らしい判断じゃないですか!?」
数々の嫌がらせと陰謀と、この前九尾が里を襲撃した犯人扱いと、写輪眼狩りと、と言いたい事は山ほどあったし「クーデターを起こすように仕向けてたお前が言うな」と叫びたかった。
しかし確たる証拠までは持っていないし、ここでせっかく変えた一族の方針を転換するわけにもいかない。
中間管理職の中忍たる俺に、そんな権限は無い事だし。
だがそんなわきまえた俺の、ガマンした上での魂の叫びすら、ダンゾウには不満だったらしい。
「円満退社だと……!? 忍の里を会社組織のように言うな!」
言いたい事も言えない、こんな状況だが、それでも言える事を選んで言ってやった。
「だって警務部と言いつつ、あれ憎まれ役で、給与も休日も待遇も悪かったし!
一族ごと里の一角に、まとめて隔離されて住まわされてたし! ぶっちゃけ風通しも風当たりも最悪でした!
この悪い待遇のまま、ずっと疑われて、それでもこの里のために命がけで働け? イヤです! これ以上引き留められても、双方メリットありません!」
俺の開き直った言葉に、ダンゾウは絶句して顔を真っ赤にしている。
一方で、事態のあまりの明後日な方向への転換に、ヒルゼンは頭を抱えて深いため息をついた。
「……うちはの全忍が、里を出ていくというのか。木の葉と敵対するためではなく、引っ越しのために……?」
「はい。現在、一族総出で荷造り中です。明日には警務部も空になります。引き継ぎ資料は後日郵送しますので」
「引き継ぎだと……!?」
いや、いるでしょ。引き継ぎ。何処の一族だか、どんな集団が警察業務を引き継ぐのかは知らんけど。
原作だと、スッパリ無くなってた気もするけど、忍びの犯罪の取り締まりや、逮捕、捜査自体は必要だとは思うから、その都度忍務が出されたり、暗部がやってたりしたのかな。
やったね、ヒルゼンさま。ただでさえ忙しそうな火影の仕事が増えるよ。
「火影さま」
俺は急に真顔になって、ヒルゼンを見つめた。
そろそろお暇したいので、結論を下さい。
「ここで俺を殺して、一族を力で抑え込みますか? それとも根切りに? 間違いなく泥沼の全滅戦になります。でも、黙って行かせてくれるなら、誰も死なずに済むんです」
イタチも「あれ? 里のために両親を手にかけて、一族ことごとくを葬る決意を決めたのに、思ってたんと違う」ってなってて、この展開にただただ戸惑っていたからな。
色々と手筈とタイミングが狂いきったんだ。他の関係者らも、さぞ困っただろうさ。
ダンゾウが今、地下室じゃなくてここにいるのもそのせいかもな。
頭の中ではそんな事を考えながら、俺は表では殊勝な態度で頭を下げてこう言った。
「どうか、受理していただけませんか? たぶんこれが、うちの一族から里への、最後の誠意のつもりです」
ヒルゼンは目を閉じ、長く重い沈黙の後、ゆっくりと書類の山に手を伸ばした。
「…………………………分かった。一族の離脱を……認める」
「老いぼれたかヒルゼン!!」
叫ぶダンゾウを、ヒルゼンは手で制した。その顔は、クーデターの血生臭い危機を回避できた安堵と、うちは一族を失う失意と、事務作業の絶望が混ざり合った、実に悲惨なものだった。
「では、失礼します。お世話になりました」
それを務めて見ないようにして、俺は執務室を後にした。
こうして俺は、前代未聞の「円満(?)退職交渉」を成功させ、無事に火影邸を生きて退出したのだった。
「あ~~~… 疲れた」
火影邸での命がけの直談判を終え、心身ともにクタクタになって一族の集会所に帰ってきた俺を待っていたのは、慌ただしく荷造りを進める同胞たちの姿だった。
まあ、町ごとの民族大移動だからね。トラックとかコンテナとかも無いしね。
と思ったら、なんか巻き物の上に荷物を積み重ねて、封印術で巻き物の中にしまいこんでる。忍者すげえ。
「おお、戻ったか! 退職届の提出、ご苦労だったな!」
長老の一人が上機嫌で声をかけてきたので、少し聞いてみた。
「それで、結局引っ越し先ですが、結局どうなったんですか? 田の国か、滅亡して放置されている渦潮隠れの里の二択までは絞り込めてましたよね?」
ちなみにうずまき一族の里の跡地を提案したのは俺だ。
新しく里を作るにも、元は何かあった土地の方が、楽かなと思ったのと、なんか遺産とか隠してありそうだったからだ。
しかしそっちは残念ながら却下されてしまったらしい。
「うむ! 満場一致で『田の国』に決まったぞ! 気候も温暖で住みやすそうだしな!」
「そっかぁ、田の国かあ……」
言い訳をしよう。
この時の俺は、ちょっとばかり正気ではなかった。
あの火影執務室での、極限の緊張状態から解放された俺の脳内には、大量のエンドルフィンが分泌されていたのだ。
いわゆる「ランナーズハイ」ならぬ「生存ハイ」状態だ。
田の国は、大蛇丸が音隠れの里を作る場所なんだよな。いや、もう作ってるのか。里として成立して、名乗ってるのかは知らんけど。
……待てよ?
田の国に住むなら、ついでに大蛇丸を、こっちに引き抜いちゃえばいいのでは?
ハイテンションになった俺の思考回路は、奇妙な結論へと辿り着いていた。
大蛇丸といえば、元木ノ葉の三忍で稀代のマッドサイエンティストだ。うちはの技術力向上や医療体制の強化、何より防衛力の観点から言っても、彼をスカウトできれば心強いことこの上ないだろう。
ただ人体実験上等の、倫理観のうっすい危険人物かつ犯罪者という致命的な大問題があるだけで。
その事をうっかり忘れた俺は、思い立ったが吉日と、大蛇丸へとコンタクトを取ろうとした。
田の国の大名と交渉し、適当な土地を得た一族が、ピストン輸送で荷運びをするのを他所に、アジトを探り出して、極秘裏に接触を試みた。
そしてまだ立ち上げ中だった大蛇丸のアジトは、意外とアッサリと見つかってしまい、俺は最上級の抜け忍の大蛇丸との接触に、その日のうちに成功してしまった。
なんだこの無駄な幸運。
「……私を、うちはの新設する里に引き抜きたい、と?」
薄暗い実験室で、黄色い蛇のような目を細める大蛇丸。
圧倒的な蛇の威圧感を前にしても、未だハイ状態だった俺は物怖じしなかった。しろよ。
「はい! 田の国にうちは一族で新しい里を作るんですよ。ぜひ大蛇丸さまの知識と技術をお貸しいただきたく。最高の環境をご用意できますよ! 研究費もドカンと出します!」
中間管理職なのは変わらないが、一族の独立の提案者というのと、転生以来のあれこれのショックで覚醒した写輪眼のおかげで係長(中忍)から部長代理(特別上忍)まで出世したので、それくらいの権限はあるだろう。
無くても大蛇丸ほどの大物をスカウトできたなら、それくらいの待遇は普通フツー!
そんなテンションだけで乗り切ろうとする俺に、大蛇丸は呆れたようにくつくつと笑い、首を振った。
「面白い提案ね。でも……お断りするわ。私は私で、誰にも邪魔されない自由な研究拠点を作りたいのよ。あなたの一族の都合に縛られる気はないわ」
スカウト撃沈。あとから思えば、逆に助かったまである。当時の俺は、残念な顔をしていたようだが。
そんな俺に大蛇丸はニヤリと笑うと、思いがけない言葉を続けた。
「でも、優秀な医療忍術の専門家が欲しいのなら…… 代わりにあの女を連れて行ったらどう?」
医療と、もういい加減腐ってる期間が長いのよ。と言う大蛇丸の言葉に、誰の事だかピンときた。
「あの女って、まさか伝説の三忍の」
「ええ。綱手よ。今頃、またどこかの賭場でお金をスっているでしょう。あいつなら、今の木ノ葉に愛想を尽かしているし、ちょうどいいんじゃないかしら? え~っと、今どこにいたかしらねえ?」
実は心配していたのか、治療が必要になった時のためなのか。
綱手の居場所を常にチェックしていたらしい大蛇丸から、綱手の居場所(と借金額の情報)を聞き出した俺は、そのままの勢いでその場所へと突撃した。意外と近かったし。
というか、妙に親切だったな大蛇丸。引っ越してきたご近所さんへのアイサツ代わりのサービスかなんかだろうか。
逆に綱手のこちらへの態度は、塩対応だった。
「はあ!? うちは一族の新しい里に、私がゲストとして移住!? バカ言ってんじゃないわよ!」
案の定、最初は酒臭い息を吐きながら一蹴された。
この時俺は、さすがにハイ状態を脱して冷静になっていた。
だが今更引き返せないので、ここで原作知識込みの前世の知識と、現代人の「組織バランス感覚」を生かして考えた。
初代火影の孫である千手綱手を、木ノ葉から離脱するうちは一族の『政治中枢』に組み込むのは絶対にナシだ。そんなことをしたら木ノ葉とモメる。
「初代の血筋がある、そっちこそ本家だと言いたいんかオオン?」と絶対モメる。
あと本人の意向。そもそも綱手自身が政治の重責なんて嫌がる。原作でも火影就任を嫌がってたし。
だとすると、だ。
俺は姿勢を正し、条件を提示した。
「綱手様、誤解しないでください。政治に口を出してほしいわけでも、うちはの重鎮になってほしいわけでもありません。扱いは完全な『客人』です。
政治的責任はゼロ。血を見るような前線にも出しません。ただ、うちの医療忍者の育成や講師として、後進の指導をしていただくだけで結構です」
「……責任ゼロ? 血も見なくていいのか?」
お、少し興味が引けたぞ。弟も、恋人も戦で亡くして、両者を助けられなかった経験から血液恐怖症というトラウマ抱えて、折れた心のまま各地を当ても無く放浪して。
そんなあなたへの、お気楽なぬるま湯に浸かってはどうですか? というご提案ですよ。
「はい! もちろん、講師としての相応の給与はお支払いします。週休三日、残業なし。有給もあり。ゆったり隠居生活を送りながら、医療忍術をご指導いただければ、あとは自由に賭博でも酒でも楽しんでいただいて構いません」
綱手の目と手が、ピクッと動いた。おい今、手でサイコロ振る動きしただろ。
やはり今の綱手にとって、「責任ゼロ」「血を見ない」「高給優遇の隠居暮らし」というワードは、ド直球のストライクゾーンだったようだ。効いてる効いてる。
「おい本当だろうな? 本当に私を政治に巻き込まず、ただの『客分の医術講師』として養ってくれるんだな?」
これ、カネさえあったら、ワンチャン今の綱手を嫁に出来そうだな……
やらないけど。原作だと、木の葉の予算傾けるほど借金してた記憶があるし。
まあ今は原作の何年も前だし、そこまで借金もないやろ。一応線引きはしておくけど。
「うちは一族の名にかけて(待遇だけは)約束します!(現時点での個人の借金は知りません)」
「よし、決まりだ! 行くぞ!」
「綱手様!? いいんですかそんなあっさり!?」
後ろで付き人のシズネが悲鳴を上げたが、すでに綱手の心は決まっていた。だって目が$になってるもん。
こうして、俺はおまけのシズネとトントン(豚)を連れた綱手のスカウトに成功してしまった。
数日後。
「おい。オイオイオイ。なんで一族の引っ越し行列に、初代火影の孫である綱手姫とシズネが混ざっているんだ……?」
荷物を背負ったうちはの長老たちが、目を丸くして俺を見つめる。長老なのに荷運びに参加してて偉い。
俺は意識して作った爽やかな笑顔で、親指を立てた。
「田の国での医療体制を強化するために、フリーランスの医療コンサルタントとして契約しました! 客人扱いなので政治にはノータッチです!」
「「「お前、火影邸に行ってから行動力のベクトルがおかしくなってないか!?」」」
それはもう醒めたから大丈夫です。今はちょっとその結果に、若干ヤケになってるだけなんで、大丈夫ですよ。
なお、うちは一族になぜか綱手が合流した事を知った三代目火影ヒルゼンが「立ち直って良かったが、なぜそこへ行く」と、非常に反応に困ったという噂が俺の耳に届くのは、もう少し先の話である。
田の国に「うちはの里」を建国してから、数年が過ぎた。
家に道に上下水道に、と
インフラ整備。他国との外交。一族の意識改革。連日の激務に忙殺され、俺の疲労とストレスは限界突破を迎えていた。
出世するのも良し悪しである。中忍時代は割りと気楽だった。
そんなある日。まっ昼間から縁側で酒をあおっている綱手様が、くだけた口調で言った。
なお我が家へと訪ねてきてはいるが、別に特別な関係ではない。この人があちこちにフラフラと出歩いては、どこにでも顔を出すというだけだ。
俺としては、続編のBORUTOで独身だったらしいな…… と、シズネの方を口説いているが、お互いに忙しくて、ほぼ進展は無い。
「そういえば、聞いたか? 隣の湯の国に『音隠れの里』とかいう怪しい忍の里ができたらしいぞ」
音隠れと言えば、大蛇丸の里だ。本来はここ、田の国に出来るはずだったし、実際にアジトもあった。 さては国の軍事組織っていうポジションをうち(うちは一族)に先に取られたから、わざわざ隣国に巣食うことにしたのか?
軍事組織同士だからと、距離を取ってくれたのか。意外と律儀だなあ。
酒を飲んで余裕綽々な綱手様に若干イラッとしながらも、俺の脳みそは、そこまで考えた所で限界を迎えていた。
普通に疲れていたのだ。というか休日で、寝ていたのだ。だから昼間に自宅にいたわけで。
過労と睡眠不足と寝起きで、完全に曇りきっていた思考回路は、ひとつのダメな答えを出した。
(引っ越したのか…… なら挨拶行かなきゃ……)
完全に平和ボケした思考である。頭はボロボロだったが、前世の社畜精神と転生後の手癖というのは恐ろしい。
気づけば『田の国うちはの里長から、湯の国音隠れの里長への公式挨拶状』と手土産まで抱えて、音隠れの里へと出発していたのだから。
なんか息をするように、形式だけは完璧に整えられていた。
その妙な用意周到さが仇となった。
門番の忍たちも、完璧な形式で提出された公式文書と「うちは」の家紋に気圧され、そのまま俺を通してくれた。
そして気がつけば、俺は最奥の里長の部屋にまで案内されていたわけで。
そこにいたのは、すでに他人の体を乗っ取り、器(姿)を変えていた大蛇丸だった。
原作知識でそれをごく自然に察すると、俺は普通にアイサツしていた。
「よく来たな。何用だ? うちはの使者」
「いやあ、お久しぶりです大蛇丸さま! こうして引っ越してきたとお聞きしまして、ご挨拶に伺いました!」
姿形はまるで別人だが、疲れ果てて目が曇っていた俺は、一族の写輪眼を所有しているにもかかわらず、その異変に全く気づかなかった。
ニコニコと爽やかに挨拶する俺に、大蛇丸は一瞬だけ呆気に取られた顔をしたが、やがて「くくく……」と腹を抱えて笑い出した。
「まさか、あの時のスカウトマンがこんな形で挨拶に来るとはね……。相変わらず度胸があるわね」
大蛇丸の笑い声を聞いて、俺の頭の中に冷や水がぶっかけられた。
なぜ人は手遅れになってからでないと、過ちに気付けないのか。
目的地に到着してから出ないと、忘れ物に気付けない仕様は、初期設定か構造上の欠陥ではないでしょうか神よ。
(……あ、れ? 姿が変わってる……? 蛇のチャクラ……うわ、やっば!!)
覚醒していた写輪眼が、生命の危機に勝手に起動する。
遅まきながら、目の前のバケモノの正体を正確に捉えた。マジで遅いわ。
まだイタチを狙って返り討ちになっていないから、さほどの執着は無い、はずだが。それでも
大蛇丸はうちはの血と眼を狙っている。
そして今の俺は、自ら大蛇丸の作った里の最奥に単身で乗り込んできた、絶好の実験材料(極上のうちはの肉体:写輪眼付き)だ!
背中に冷や汗が出た。すごい出た。一気に出すぎて痛みすら感じる。
大蛇丸の黄色い蛇の瞳が、獲物を吟味するように怪しく光る。
(ヤバいヤバいヤバい!! 襲われる! 解剖される!! なにか……なにかこう、いい感じの話題で興味を俺の肉体から逸らさねば!!!)
過労でカラカラと空回りする脳みそ。必死の現実逃避。咄嗟に口から出るデマカセ。
そうして俺の口から飛び出したのは、下っ端役員(特別上忍)という己の権限では、絶対に言ってはいけない最悪の一言だった。
「そ、それで大蛇丸さま! いつ木ノ葉を襲撃しますか!? ウチも勿論、一口乗りますよ!!」
権限の問題だけじゃなかったかもしれない。
「……………………は?」
大蛇丸が、本日二度目のフリーズを起こした。
だが俺は止まるわけにはいかなかった。脳内には「止まるんじゃねぇぞ」と天を指差す火星ヤクザと、「ワシャ止まったら死ぬんじゃ」と大げさにゆらゆらする関西芸人がタッグを組んでダンスをキメている。
「木の葉崩し……ですよね!? 我らうちはも元木の葉として、あの里の防衛ラインや抜け道は熟知しています!
音隠れとうちはで組めば、三代目火影の首にも手が届くでしょう! そう。これは共同軍事作戦の提案ですよ!」
完全にハタリと止まる大蛇丸の殺気。
マッドサイエンティストの興味は「目の前の忍の肉体」から「まさかのうちは一族との大規模木ノ葉襲撃同盟」という巨大な政治的ビジョンへと一気に持っていかれた。
「ふぅん。面白いわね。あなた、本当にただの忍なのかしら? いいわ、その話、詳しく詰めさせてもらいましょう」
「あ、本日はご挨拶だけですので! 詳細はまた後日!」
俺は手土産の暁の情報を机に叩きつけると、脱兎のごとく音隠れの里から逃げ帰った。
当然だ。今思いついただけの、でっち上げた計画の詳細を詰められるわけが無い。というか、詰めた計画を持ち帰ったら、怒られるではすまない。
現時点で既にすまなそう? まあ、それはそう。
実際、数時間後。バチクソに怒られている俺の姿が、うちはの集会所にあった。
怒られるで済むのが、身内に甘いうちはのいい所だ。少なくとも俺には都合が良い。
「大蛇丸の潜伏先を探り当てた功績は素晴らしい。……だが」
長老衆の冷ややかな視線が、正気に戻って青ざめている俺に注がれていた。
「お前、勝手に『木ノ葉襲撃の軍事同盟』を約束してきたそうだな?」
「い、いや! あれはブラフというか、命の危険を感じて咄嗟に……!」
何とか言い訳をしようとする俺に、画面外からの大蛇丸の追撃が入った。
「大蛇丸から『木ノ葉共同襲撃の件だが』と、さっそく書状が届いておるぞ!! 正式なヤツでな!」
危険人物の潜伏先であり、隣国の里の機密を発見したプラスと、勝手に他国との軍事同盟(しかも木の葉崩し)を提案してきたマイナス。大負けに負けて、プラマイゼロ。
その夜、俺が経験したのは、木の葉時代よりもはるかに長い、長老たちからの説教の嵐だった。
それから時は流れ、ついにその時がやってきた。
田の国に根を下ろしたうちは一族は、決して大世帯ではないものの、全員が戦力として研ぎ澄まされた精鋭集団だ。
伝説の三忍・綱手様を「高級顧問(ただし放置)」に据えた医療体制と、前世の知識を活かした俺の産業振興・防衛策もそこそこの功を奏し「小さくとも決して舐めてはならない忍界の独立勢力」として確固たる地位を築いていた。
――問題は、あの大蛇丸である。
「うちは一族という最強の協力者を得た」と思った大蛇丸は、テンションが爆上がりしてしまったらしく、原作のスケジュールを大幅に前倒しして木の葉崩しを決行することにしてしまったのだ。
いや、止めようとはしたのよ? でも言ってもあの人、聞かないの。
「ちょっと大蛇丸様、早すぎません!?」
「何を言っているの? 準備は整ったわ。うちはの戦力と我が音隠れが組めば、今すぐでも木の葉なんて潰せるでしょう?」
ノリノリの大蛇丸に押し切られる形で、俺たち「田の国うちはの里」も木の葉崩しに参戦する羽目になった。
そして迎えた決戦の日。
木の葉隠れの里の7割が、突如として音隠れの忍たちが放った幻術で舞う、眠りに誘う羽と煙幕に包まれた。
「敵襲だーっ! 敵は、敵は……!」
混乱に陥る木の葉の忍たち。だが、彼らをさらに絶望させたのは、紫炎陣の結界が張られた火影邸の屋上に降臨した「あの家紋」を背負った集団だった。
「敵は…… うちは一族!!」
帰って来たのだ。一時は木の葉も、その強さを誇った一族が。
今度は、敵として。
「なぜ彼らが大蛇丸と組んでいるんだ!?」
成り行きぃ…… ですかねぇ…?
うちは一族からの視線がなぜか俺に集中している気がするが、気のせいとして振り切る。
そんなどこかヌルい空気とは違って、追い詰められた空気で悲鳴を上げる木ノ葉の忍たち。
実際に三代目火影・猿飛ヒルゼンが、火影邸の屋上へと追い詰められている。
その前には変装を解いた大蛇丸と、その横に立ちたくもないのに立たされている俺がいた。
「大蛇丸……! それに、うちはの……! 揃いも揃って、わしを殺しに来たか」
血吐くようなヒルゼンの問いかけ。
大蛇丸は一番出来が良かった弟子で、俺も、というかうちは一族も、元は里の一員。
いずれも元は仲間で身内。それが道を違えて、殺し合いだ。
そうなってしまった。そうしてしまったのは間違いなく自分自身にも非があると、指導者、責任者としての自覚と、悲しみが感じられた。
そんな師の悲痛な声を聞いた大蛇丸は、狂気の笑みを浮かべて、クククと喉を鳴らす。
「そういうことよ、さるとび先生。我が音と、かつてあなたが追い出したうちはの共同戦線。
……あなたの撒いた種が、あなたを殺すのよ」
「……」
俺は死んだ目で、そっと前に出た。
ちなみに、俺の背後にはうちはの精鋭たち、そしてなぜか特等席(VIPパイプ椅子)に座って酒缶をあけている綱手様の姿がある。
「あの、火影様。お久しぶりです」
深刻な空気に、いたたまれなさすら感じながら、俺は久しぶりに会った元上司に、普通にアイサツした。
三代目は少し、どう反応したものかと迷ってから、やはり普通に返してくれた。
ついでに、気になっていただろう事を質問してきた。
「…………うむ。息災だったか。ところで、なぜ綱手がそこにいるのじゃ?」
うん。まあ、気になるよね。いい空気をツマミに、堂々と酒をかっくらってるからね。
「話せば長くなるので割愛しますが……とりあえず、僕たちうちは一族は、大蛇丸様との同盟条約に基づき『火影室および重要施設の差し押さえ』を担当させていただきます」
「差し押さえ……!?」
予想していなかっただろう単語に、三代目が絶句する。でもこれただの宣言なのよね。
あとは勝手に実行するぜ!
俺は前世の社畜・公務員魂を炸裂させ、懐から大量の「差し押さえ用赤紙」を取り出した。
「大蛇丸様には『木ノ葉崩しに一口乗る』と約束しました。約束しましたが、木ノ葉の人間を殺すとは一言も言っておりません!
我々の目的は、かつて警務部として理不尽に没収された予算! 未払い残業代の回収! ならびに木ノ葉の重要書類の接収です! 野郎ども、かかれぃ!!」
「「「おおーっ!!」」」
合図とともに、うちはの忍たちが一斉に火影邸へ突入。暗殺どころか、ろくに戦闘すらせずに金庫や機密書類、高級そうな掛け軸や壺を凄まじい手際で運び出していく。
その士気が異様に高く、その手際は妙に洗練されていた。
「な、何をやっているのよ貴方たち!? これが貴方たちの木の葉崩しなの!?」
さすがに困惑して叫ぶ大蛇丸。お前たちはそれでいいのか? とマジレスしている。
一度はクーデターを実行するまで思い詰めた、そんな里を相手にこれでいいのかと。
そんな大蛇丸に、俺は堂々と向き直った。
「大蛇丸さま! 我々うちは一族は『物資と経済的ダメージを与える担当』です! 暗殺という一番おいしいメインディッシュは、提唱者である大蛇丸様にお譲りします! さあ、思う存分師弟対決を楽しんでください!」
「都合のいいこと言って押し付けないでちょうだい!!」
大蛇丸のツッコミが響き渡る。
さすがは木の葉出身。ツッコミスキルは魂にまで染み込んでいるようだ。
一方、大事な書類や金庫がどんどん運び出されていく光景を見た三代目は、自分の命の危険よりも「里の財政と事務の崩壊」という現実に直面し、顔面を蒼白にさせていた。
「ま、待て……! その金庫には来年度の予算案が! 頼むから書類だけは置いていってくれえええ!!」
先ほどとは一味違った、悲痛な叫び。なんか無力な老人味は上がっている気がするそれを、俺はひとことで切って捨てた。
「ダメです! 未払い残業代の代わりに回収します! あ、こちらの『ダンゾウの裏金帳簿』もいただくので!」
「それだけは持っていけ!! なんならそのまま闇へ葬ってくれ!」
俺たちがマルサかガサイレか。という活動をする横で、それでも大蛇丸と三代目が師弟の情愛(と殺意)をぶつけ合う。
術と術をブツけあう、高度なバトルが繰り広げられているが、なぜか原作ほどの盛り上がりは、双方感じていないようだ。不思議な話だね。
こうして、うちは一族による「超ハイテンションな大規模足止め&家財没収作戦」は、つつがなく終了した。
結果として、うちはが木ノ葉の一般市民や忍を一切殺さず、ひたすら「備品と書類」を奪っていくという奇妙な立ち回りをしたおかげで、原作のような惨劇は回避された。
なんと屍鬼封尽すら使われず、三代目の死亡すら回避されたのだ。狙っていたわけではないが、めでたい事ではないだろうか。
三代目が死亡したら、うちで好き勝手してメンタル回復中の綱手さまに、五代目火影就任要請が来ちゃうかもしれないし。
なお三代目と大蛇丸の決着は「……疲れたから帰るわ」という大蛇丸の撤退で終わった。
というか、本当に疲れた顔をしていた。
そうして両者疲弊による「なあなあな引き分け」で木ノ葉崩しは幕を閉じた。
なお、後日。
大蛇丸から「二度と貴方たちとは共同作戦を組まないからね!」と書状が届き、木の葉からは「返してください」という泣きつくような嘆願書が届き、俺はまたしても長老衆から「で、結局どれくらい儲かったんだ?」と集計作業を丸投げされて修羅場へと挑むのだった。