ファーストガンダム   作:桂木先生

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この物語は、誰もが知る「英雄の戦い」の、ほんの少し外側で生きた一人の青年の記録です。
特別な力も使命もない、ただそこにいて、ただ生き延びた人間の視点から描くガンダムの世界。
彼が見たもの、感じたものが、あなたの心にも静かに残りますように。



第一話 知らない名前、知ってる戦場 (ガンダム大地に立つ!!)

カツン、カツン――靴音が、静かなドームの中に乾いた音を響かせていた。人工の大気、人工の重力、人工の空と地平線。その全てに未だ慣れないまま、神谷悠(かみや・ゆう)は手にした段ボールの重みだけを頼りに、歩みを進めていた。

 

 ここはサイド7。連邦の最先端技術を誇るコロニーでありながら、戦火を避けた“安全圏”として機能しているはずの場所。だが悠にとって、それはもうひとつの意味を持っていた。

 

 ――ここは、ファーストガンダムの舞台だ。

 

 思い出せるのは断片的な記憶だけだ。確かに「アムロとシャア」がいて、「白い機体」が活躍して、最終的に――いや、そこから先はもう曖昧だ。ネットで見かけた程度の印象。ストーリーを追っていたわけではない。けれど、目の前の景色が、それを徐々に確信に変えていく。

 

 「おーい、神谷さん、こっち!」

 

 明るい声に顔を上げると、フラウ・ボゥが手を振っていた。目立つオレンジ色のワンピースとポニーテール。懸命に笑顔を作るその姿が、コロニーのどこよりも“人間らしい”温度を持っていた。

 

 「悪いな、ちょっと荷重が片寄ってな」

 

 「まったく、避難民のくせに動ける男は貴重なんだから、もっとサボらず働いてよねー」

 

 笑いながらも、フラウの目にはわずかな緊張が滲んでいた。戦争が近づいている。ここが“安全圏”であり続けられる保証なんて、どこにもない。誰もがそれを知っているのだ。

 

 悠は黙って荷物を下ろし、ふと整備区画の奥に目をやった。そこには、まだ幼さの残る少年が立っていた。年齢は自分より一回り下――だが、その瞳だけが異様に冷たかった。

 

 (……誰やっけ、あの子)

 

 ふとした既視感。名前が口の中で転がる。どこかで――どこかで、あの目を見たことがある気がする。

 

 「君、新しい避難民?」

 

 少年が近づいてきて、唐突に話しかけてきた。

 

 「ああ、そう。今日からここで雑用ってことで……神谷悠。君は?」

 

 「アムロ。アムロ・レイ」

 

 その瞬間、空気が一瞬だけ静止したような感覚が走る。

 

 (アムロ……? どっかで聞いた名前やな。いやでも……)

 

 記憶の靄は晴れない。ただ、“何か”を思い出しそうな感触だけが、胸の奥に居座った。

 

 「アムロ……君、機械いじり好きなん?」

 

 「……まあ、父が技術者で」

 

 それ以上、会話は続かなかった。アムロは再び機体の整備へと意識を向け、悠はどこか取り残された気分でフラウのほうへ戻っていった。

 

 「あの子と話したの?」

 

 「ん? ああ……なんか変わった子やな」

 

 フラウは少しだけ寂しそうに笑った。「昔からね。人付き合い、あんまり得意じゃないのよ」

 そう言って、彼女はほんの一瞬だけ遠くを見つめた。

 

昼を少し過ぎた頃だった。突如としてコロニーに警報が鳴り響いた。

 ――非常警報。これは、訓練や誤報ではない。心臓の裏を冷たいものが撫でる感覚が、悠の全身を貫いた。

 

 「ジオン軍のモビルスーツが侵入、避難経路に従って――!」

 

 叫ぶような拡声器の声。人々の足音が一斉に動き出し、わずかな秩序はあっという間に混乱へと変わっていく。

 悠は手に持っていた工具を落とした。手が、震えていた。

 

 (ジオン? 本物の、ジオンの……)

 

 理解が追いつかない。記憶の片隅にある世界と、今目の前で起こっている現実が、重ならない。

 フラウの声がした。「悠さん、こっち! 避難経路は南通路!」

 

 とっさに駆け出す。コロニー内の人工重力が、逃げ惑う人々の悲鳴と混ざって歪んで聞こえる。足がもつれそうになりながらも、悠は必死にフラウを追いかけた。

 

 「アムロは!? アムロはどこ!?」

 

 フラウが叫ぶように誰かに尋ねる。誰も答えない。避難民たちは、自分の家族の名前しか呼んでいない。

 そして、その瞬間だった。

 

 轟音。まるで、世界がひっくり返ったような振動が走った。

 

 「うわっ……!」

 

 足元が揺れ、天井のパイプが砕け、火花と煙が辺りを包む。崩れた通路。悲鳴。誰かが泣いている。

 悠は、フラウの腕を引いて物陰に飛び込んだ。

 

 (ああ……俺、ほんまに、ここに来てしもうたんや)

 

 これが、ガンダムの世界。

 これが、“戦争”だ。

 空想だったはずのものが、皮膚の下で血の温度として、今確かに脈打っている。

 

 「そこの君たち、急いでホワイトベースへ!」

 

 軍服姿の男が指を指す。その先には、見たこともない巨大な船――ホワイトベースがあった。

 悠はその名を、知っていた。たったそれだけで、目の前の現実がさらに怖くなる。

 

 「あれ……あかん、ヤバいやつや……!」

 

 「悠さんっ、行こう! ここにいたら死んじゃう!」

 

 フラウに引かれるまま、悠は船の中へと滑り込む。薄暗いハッチの奥、整備員たちの怒号、響き渡る爆発音。

 目の前で世界が崩れていく。

 

 

---

 

 そして、艦内のモニターに映った。

 

 ――白い機体が、立ち上がっていた。

 

 「あれ……なんや、あれ……?」

 

 悠は思わず、息を止めた。

 鋼の身体。無表情のマスク。赤と青の配色がどこか派手で、戦場にそぐわないほどに“浮いて”いた。

 けれど、モニターに映るそれは、まるで人間ではない何かのようだった。

 

 ザクが向かってくる。

 白い機体が――動いた。滑るような加速、腕の振り、ビームサーベルの発光。

 そして、爆発。

 緑色の機体がバラバラに砕けていく。

 その中心にいた、**白い無表情な“顔”**が、悠の目を離さなかった。

 

 (あれの中に……誰か、いるんか……?)

 

 もちろん、いるはずだ。そうでなければ動くわけがない。

 だが、それが“人間”であるという実感が、どうしても湧かなかった。

 いや、むしろ、考えたくなかった。

 

 「人……が、死んだんか、今……?」

 

 誰にも答えられない問いを、唇が震えながら漏らす。

 

 隣の誰かが歓声を上げた。「すごい……あの白い機体、敵をやっつけた!」

 けれど悠には、“やっつける”という言葉が、やけに遠く思えた。

 

 (あれが味方? あれが……俺らの守り手?)

 

 心臓の奥が、ひやりと冷える。

 守られているはずなのに、むしろ“狙われている”ような、そんな錯覚。

 白い機体の顔が、こちらを向いたように見えた瞬間、悠は思わず目をそらした。

 

 (怖い……なんやねん、あれ……)

 

 それは“強さ”じゃなかった。

 悠がそこに見たのは、“人を殺すことに何のためらいもない”という、純粋な無機質さ。

 鋼鉄の仮面が、まるで生きているように敵を葬っていく光景が、いつまでも目に焼き付いて離れなかった。

 

 

戦闘が終わったのは、それから数分後のことだった。

 けたたましかったアラートも、途切れがちな通信も、嘘のように静かになっていた。

 だが、悠の耳にはずっと、あの白い機体がザクを引き裂いたときの爆発音が残っていた。

 

 「……終わったのか?」

 

 誰にともなく呟いたその声は、思っていた以上にかすれていた。

 冷えた手のひら、汗で濡れた背中、震える膝――どれも、自分のものなのにどこか他人の感覚だった。

 

 「生きてる……んやな、俺」

 

 その実感だけが、いまは唯一の現実だった。

 

 ホワイトベース内部では、すでに避難民の点呼と医療対応が始まっていた。

 混乱の中、フラウ・ボゥも必死に誰かを探し回っている。アムロの名前を呼ぶ声が、遠くで何度も響いていた。

 

 けれど悠は、それを追おうとは思えなかった。

 (あの白い機体の中に、アムロが乗っていたんか……?)

 いや、乗っていたのかもしれない。けど、そう思いたくなかった。

 

 あれは“人間”には見えなかった。

 むしろ――人間であってほしくなかった。

 

 「乗ってたんやったら、もう……あの子は、戻ってこられへんやろ……」

 

 誰にも聞こえないように、小さく呟いた。

 

 休憩用のベンチに腰を下ろすと、整備班の数人が駆け足で目の前を通っていった。

 「モビルスーツデッキ、ガンダム帰還!」「急げ、放熱が間に合わんぞ!」

 

 ガンダム――そう呼ばれている。

 人々が讃えている。

 だが悠の脳裏には、あの冷たいマスクと、爆発四散する敵機の映像が、ただただ焼き付いていた。

 

 (あれが“希望”の象徴? ……俺には、そうは見えん)

 

 どこまでも無表情で、命を奪うことに一切の“感情”を見せなかったあの機体。

 たとえ中に誰かがいたとしても、それを“人間”とは呼べなかった。

 

 ふと、足元に小さな破片が転がっているのに気づいた。

 焦げたボルトの欠片。それはきっと、誰かが守ろうとした機械の一部で、誰かがそこにいた証だ。

 拾い上げて、じっと見つめる。

 

 (俺は……ここで、何をするんやろ)

 

 逃げ込んだつもりだったホワイトベースが、戦場の真ん中だと知った。

 誰もが戦っている。

 守るために、殺すために、あるいはただ生き延びるために。

 

 悠にはまだ、何もできない。

 でも、はっきりとわかることが一つだけあった。

 

 ――もう、“普通”には戻れない。

 

 それでも、生きている。

 生きて、この先を見てしまうのだ。

 

 ガンダムの影が、艦の格納庫に沈んでいく。

 その影の中に、あの少年――アムロ・レイがいるのかもしれない。

 でも、もうあの瞳は見えない。それが、なぜかとても恐ろしかった。




【次回予告・第2話「見ているだけの俺たち」】

ジオンの追撃が迫る中、ホワイトベースは宇宙を離脱する。
生き延びた安堵の裏で、悠の胸に残ったのは“何もできなかった”という悔しさだった。
繰り返される戦闘、縮まらない距離、そして――アムロの背中が、少しずつ遠ざかっていく。
次回、「見ているだけの俺たち」。
それでも俺は、まだここにいる。
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