ファーストガンダム   作:桂木先生

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戦場に放たれる白い機体。
その中に“アムロ・レイ”という少年がいるという実感は、神谷悠にとってあまりにも現実離れしていた。
だが、目の前で交錯する閃光と沈黙の中で、否応なく“命の消える音”を感じ取っていく――
静かに臨界へ向かう想いの、その先へ。



第10話「軌道の果てに 後編」 (原作:大気圏突入)

艦内に再び警報が鳴り響いたのは、艦橋当直が交代して間もない時間だった。

 緊張の糸が緩みかけたその隙を、ジオンは逃さなかった。

 

 「前方に敵艦発見! 距離、急速に接近中!」

 

 ブリッジ内の空気が一瞬で張り詰める。ミライが操舵に身を乗り出し、ブライトは即座に指示を飛ばした。

 

 「各部署、戦闘配置! 全モビルスーツ、発進準備!」

 

 索敵補助席に着いた神谷悠は、咄嗟にコンソールに指を走らせた。

 隣で状況報告を読み上げるフラウの声が、どこか震えて聞こえたのは、錯覚ではなかった。

 

 「赤マーカー確認。敵MS、三機……機種不明!」

 

 「これ以上、追いつかせるな……!」

 

 ブライトの声が響く。彼の目は鋭く、だがその奥には焦りと責任が同居していた。

 

 「アムロ、出られるか!」

 

 《出ます。すぐ行きます》

 

 無線越しのアムロの声は、落ち着いているようで、やはりどこか硬い。

 まるで“平常”を演じているような声色だった。

 

 格納庫カメラに映るガンダムのハンガー移動――

 それを、神谷は目を逸らせずに見つめた。

 

 (……“これ”が、あの人が乗って戦うモビルスーツ)

 

 機械が動いているはずなのに、そこに“人が入っている”ことを想像すると、胃の奥が冷たくなる。

 あの中で、誰かが息をして、戦って、そして――殺している。

 

 神谷は思い出す。

 「怖くない」と言ったアムロの言葉の裏側には、きっと“見えていないもの”がある。

 だからこそ、その背中が、何よりも恐ろしかった。

 

 「発進準備完了。ガンダム、カタパルトへ」

 

 《了解》

 

 スピーカー越しに響いたその短い返答の直後、ガンダムが重力を感じさせない速度で発進する。

 機体が宇宙に解き放たれる瞬間、ブリッジ内の誰もが無言になった。

 

 

……空気が凍ったようだった。

 艦の振動すら遠ざかり、モニターの向こうで加速する機体の軌跡だけが、残像のように残る。

 

 神谷は、震えていた。

 目に見えてではない。指先も声も静かに動いている。だが、内側が、凍りついたように震えていた。

 

 (あの中に、人が……アムロが、入ってる)

 

 当たり前のことのはずなのに、それを“今この目で見た”瞬間、現実が牙を剥いて迫ってきた。

 

 (あんなもんが、人を殺すんや……人が、人を)

 

 神谷は、モニターに映る敵影にも目をやった。

 赤く点滅する反応。無機質な識別記号。そこに“顔”はない。“名前”も、“命”も、見えない。

 

 それでも、間違いなく“誰か”が乗っている。

 あの向こうには、アムロと同じように操縦桿を握っている人間がいて、

 アムロは、それを今から撃つ。斬る。壊す。

 

 そして――殺す。

 

 (わかってへんのや、アムロは……)

 

 目の前で聞いた。

 「怖いって、何が?」と、彼は言った。

 それは、殺すことへの実感が、彼の中にまだ“ない”証だった。

 

 (けど、殺してるんや。知らんままに、平気な顔で)

 

 そのことが、恐ろしかった。

 アムロが化け物だと言いたいわけじゃない。

 ただ――“気づかないまま人を殺してしまえる”という事実そのものが、ぞっとするほど現実だった。

 

 自分も、いずれそこに立つのだろうか?

 コクピットに乗り、敵を狙い、トリガーを引く日が来るのだろうか?

 

 その時、自分は“殺した”と気づけるのか――

 それとも、自分もまた、気づかずに誰かを“消す”だけになるのか。

 

 「……」

 

 神谷は視線を落とし、震える両手をそっと膝に重ねた。

 

 ブリッジの中に戻った静寂が、彼の胸の内だけを激しく揺らしていた。

 

 

「ガンダム、敵機と交戦開始。交戦距離、近距離に移行」

 

 通信士の声が緊張を帯びて響く。モニターには、交差する赤と青の光点が明滅していた。

 神谷悠は索敵補助の端末に向き合いながら、その様子を必死に目で追っていた。

 

 アムロのモニター視界が一部中継されている。

 その映像には、ザクと思しき機体がフレームの端をかすめ、すぐにビームが閃く。

 爆発。破片。何かが、弾けて消える。

 

 神谷の心臓が一瞬だけ跳ねた。

 

 「……撃ったんか。ほんまに、撃ったんか……」

 

 無意識に呟いていた。

 画面の中に“人間”はいない。血も叫び声もない。

 だが確かに、“何かが”終わった。

 

 《敵機一機、撃破……もう一機……!》

 

 アムロの声は落ち着いていた。まるでゲームの実況のように、機械的に状況を報告していた。

 

 だが、神谷にはわかった。

 その声の奥には、必死に“何も考えまいとする”気配があった。

 

 (考えたら、止まるから――)

 

 以前アムロがそう言っていたのを、神谷は思い出す。

 

 「怖いのは、アムロがそのことに気づく日かもしれないね」

 

 フラウの低い声が、すぐ隣から届いた。

 彼女はモニターから目を逸らさずに、まるで独り言のように続けた。

 

 「今は、きっと“敵”っていう記号を撃ってるだけ。でも、いつか――」

 

 その言葉の続きを、神谷は口にしなかった。

 

 かわりに、神谷は自分の心臓の音を感じていた。

 ドク、ドク、と、耳の奥に響いていた。

 “誰も死んでいないような戦場”のなかで、自分だけが“生きてる”と気づかされるような鼓動。

 

 (……俺も、あそこに出たら、“同じようになる”んやろか)

 

 見えないものを、見えないまま殺す。

 それが“普通”になっていく。

 そんな場所に、自分はこれから足を踏み入れるのだ。

 

 神谷は無意識に、自分の手を膝の上でぎゅっと握った。

 

 その手が、いつか“トリガーを引く”ためのものになるのかと思うと、

 今はまだ、血が引くような冷たさしかなかった。

 

 

 

「ガンダム、第二波との交戦に入ります!」

 

 通信士の報告が重く響き、ホワイトベースのブリッジ内は再びざわめきに包まれた。

 モニターには、新たに現れた複数の反応が接近する軌跡を描いている。

 

 「敵、3機編隊。ガンダム、包囲されかけています!」

 

 ブライトは即座に指示を飛ばす。

 

 「ミライ、航路変更。できるだけ地球重力圏へ近づけ! 降下タイミングを逃すな!」

 

 「了解、推力調整に入ります!」

 

 艦全体が小さく震えた。

 ジオン艦からの攻撃が船体の近くで炸裂し、振動が装甲越しにブリッジを揺らす。

 

 「うっ……!」

 

 咄嗟にコンソールに手をついて体を支えた神谷は、歯を食いしばった。

 その揺れの中に、ほんのかすかな“重力の歪み”を感じる。

 

 地球が近い。大気圏突入が目前に迫っている。

 それは、目に見える変化ではなかったが――体が、肌が、耳の奥が、その変化を敏感に察知していた。

 

 (ほんまに……降りていくんやな、俺ら)

 

 自分の意思で“地球に行く”のではない。

 この艦は、戦争という流れに押し流されて、ただ“落ちていく”のだ。

 

 アムロのモニターが再び切り替わる。

 ガンダムがスラスターを吹かしてザクの攻撃をかわし、空間を駆けるように旋回する。

 

 機体の動きは洗練されていた。

 怖いほどに――正確で、そして“美しかった”。

 

 けれど、その美しさの裏に、確かに“誰かの命”が潰されていた。

 

 「これが……戦争、なんか」

 

 呟いた神谷の声は、誰にも届かなかった。

 それでも、自分の中で臨界点が近づいているのを感じていた。

 

 今までは、見ているだけだった。

 けれど、このままでは、自分も“その中に”入っていく。

 

 その事実が、神谷の心の奥を、じわじわと焦がし始めていた。

 

 

艦内がわずかに重くなる。

 ブリッジの壁やコンソールの端々が、じんわりと“地球の引力”を感じさせ始めていた。

 

 「大気圏突入まで、あと一分!」

 

 通信士の声に、全員の意識がモニターへ集中する。

 アムロのガンダムは既に先行し、推力とシールドを使って降下準備に入っていた。

 

 《ブースター分離、シールド展開。降下モードに移行》

 

 アムロの声は、まるで“作業”をしているかのように落ち着いていた。

 けれど神谷の目には、その沈黙の中に無数の“叫び”が潜んでいるように思えた。

 

 「……なあ、アムロ。ほんまに、落ちてくんやな……あんたも、俺らも」

 

 神谷は、端末に向き直り、グラフィック化された地球の青を見つめた。

 かつて“知っていた”地球とは違う。

 けれど、それでも何かが――胸の奥の何かが、強く引かれていくのを感じていた。

 

 「艦姿勢、安定しています。突入コース、問題なし!」

 

 ミライの声が鋭く響く。艦が小さく振動した。

 外壁にうっすらと熱が走るような感覚が伝わってくる。

 

 「このまま……降りて、いくんですね」

 

 フラウが小さく呟いたその声が、神谷の胸の中に染み込んだ。

 

 “降下”――それは、ただの航路の変化ではない。

 この艦が、乗員たちが、戦争という現実へ“本格的に入っていく”ということだった。

 

 そのとき、神谷はふと振り返り、整備区画の方向を見やった。

 

 (ジム……)

 

 白く無骨な量産機――だが、自分が初めて“兵器の中にいた”という感覚を知った場所。

 あの機体の中にもう一度座ったら、自分は――

 

 (俺も、あそこに立ちたいんや。立って、目ぇそらさずに、生きたいんや)

 

 それは、決意というにはあまりに細く、かすかなものだった。

 けれど、確かに、心の奥から生まれた願いだった。

 

 外の空間が灼ける。

 船体が熱に包まれ、視界に赤い光が走る。

 

 ホワイトベースと、神谷悠を乗せたこの艦は――

 今まさに、“空の向こう側”へと堕ちていこうとしていた。

 

 




見えない敵、見えない死。
ガンダムの戦いを“観測する者”として見つめていた神谷の中で、言葉にならない何かが確かに動き始めました。
彼が感じた違和感、恐怖、焦燥は、そのまま“人が兵器を操る”という矛盾の象徴でもあります。
次に彼が見る地球は、もう“知っていた場所”ではない――。


【次回予告】

降下完了。地上へ。
だが、そこに待ち受けていたのは、“歓迎”ではなく“追撃”だった。
降り立った地で、神谷は再びアムロの背中を見る。
そして、その戦場の只中で、自らもひとつの選択を迫られていく。
次回、『空を這う影(原作:黒い三連星・前編)』――
新たな戦いの火蓋が、地上で切られる。
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