ファーストガンダム   作:桂木先生

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戦争の中に突然放り込まれた青年――神谷悠。
戦場を目の前にして、人は何を感じ、何を選ぶのか。
この第2話では、“ただ巻き込まれた者”としての視点から、
彼が初めて「戦争の現実」に触れる瞬間を描きました。


第2話 無力の実感 (ガンダム破壊命令)

ホワイトベースの艦内には、傷ついた人々の息遣いと、消毒液の匂いが満ちていた。

 遠くで機器の作動音が鳴るたびに、誰かの肩がぴくりと震える。

 ここが安全圏だとは、誰もまだ信じ切れていない。

 

 神谷悠は、簡易ベッドに横たわる少年の腕を包帯で固定していた。

 浅い裂傷だったが、子どもにとっては十分すぎるほどの恐怖だっただろう。

 少年は声を出さずに泣いていた。目尻だけが真っ赤に腫れている。

 

 「……痛かったな。よう頑張った」

 

 小さく声をかけると、少年は黙って頷き、母親の方へ身を寄せた。

 母親も、声にならない何かを神谷に向けて、ほんの一瞬だけ頭を下げた。

 

 その仕草を見て、神谷の胸の奥に小さな棘が刺さる。

 

 (俺は……なんもしてへん)

 

 たかが包帯一本を巻いただけ。それでも人は感謝する。

 けれど、その“感謝”に見合うほどの行動を、自分は本当にしたのか――

 そんな疑問が、心の奥から抜けきらない。

 

 「悠さん、こっちもお願いできますか?」

 呼びかけたのは、フラウ・ボゥだった。彼女も医療班の補助に回っており、片手にはタブレットと薬品セットを抱えている。

 

 「わかった。……今、行くわ」

 

 彼女は相変わらず笑顔を浮かべていた。

 けれどその表情には、疲労の影が薄く差していた。

 無理に笑っている。それは誰にでもわかるほどに、痛々しいほどの笑顔だった。

 

 「大丈夫か、フラウ。……無理、してへんか?」

 

 「無理は……してるよ。でも、悠さんだって、同じでしょ?」

 

 フラウは少しだけ微笑んで、視線を落とした。

 

 「……誰かが動かないと、きっと止まっちゃうから」

 

 止まる。

 それは、この艦そのものが崩れていくということ。

 誰かが息を引き取るのを、ただ見ているしかないということ。

 

 神谷は何も言えなかった。

 目の前の少女が、それでも歩いているという事実だけが、答えになっていた。

 

 「……すごいな、フラウは。俺なんて、動こうと思っても、動き方がわからん」

 

 「私だって、わかってなんかないよ。……でも、怖いから動くの。

  怖いまま、じっとしてる方が……もっと、嫌だから」

 

 その言葉に、神谷は小さく息を吐いた。

 

 彼女は、優しさだけでここにいるんじゃない。

 恐怖と向き合って、それでも前に進もうとしてる。

 

 神谷は目の前の少年――先ほど包帯を巻いた子を見やった。

 彼は、眠ったように母親に抱かれている。

 それを見て、神谷は小さく口を開いた。

 

 「フラウ。俺も、できる範囲で手伝うわ。……まだ何ができるかわからんけど、

  それでも、何かせなあかん気がする」

 

 「うん。悠さん、ありがとう」

 

 静かに交わされたその言葉は、艦内のどこよりも温かく感じられた。

 

 だがその温もりの奥には、いつ襲い来るか分からない“次の死”への気配が、確かに潜んでいた。

 

艦内の照明が突然、赤く染まった。

 直後、耳をつんざくようなアラートが鳴り響き、空気が一気に張り詰める。

 

 《緊急警報。敵モビルスーツ接近中。避難民は速やかにシェルター区画へ移動してください。繰り返します――》

 

 神谷は反射的に顔を上げた。

 フラウも、傍にいた少女の手を握りしめたまま硬直していた。

 

 「……来た、んやな」

 

 自分の口から漏れた声が震えているのを、はっきりと自覚する。

 

 艦が急旋回を始めたのか、重力が揺れ、足元がふらつく。

 子どもたちが泣き始め、大人たちが叫び、避難民の一部が通路に殺到し始めた。

 

 神谷は周囲を見回しながら、叫んだ。

 

 「フラウ! 子どもら、シェルターへ誘導してくれ! 俺は後ろを――」

 

 その瞬間、艦が大きく軋んだ。

 

 ドンッ! という鈍い衝撃音とともに、壁が大きく揺れる。

 神谷はバランスを崩し、後頭部を鉄柵に打ちつけた。視界がぐらりと歪む。

 

 「……っつ……!」

 

 頭を抑えながら起き上がろうとしたとき、視界の端に血が滲んだ。

 どうやら耳の後ろを切ったらしい。じわりと温かい液体が首筋を伝う。

 

 「悠さん!」

 

 駆け寄ってきたフラウが、神谷の肩を支える。

 

 「大丈夫……ちょっとぶつけただけや。こっちは気にせんと、避難民たちを!」

 

 痛みよりも、恐怖のほうが神谷の中で勝っていた。

 人が、死ぬかもしれない。

 誰かが目の前で死んでいく――その可能性が、今この瞬間にも起こり得る。

 

 通路では、足をくじいて倒れた女性が泣いていた。

 泣き叫ぶ子どもが、その母親の手を引こうとしている。

 人の流れは止まらない。誰もが、自分の命を守るために必死だった。

 

 神谷は、ぶつけた頭を気にしながらも、女性に駆け寄った。

 彼女の腕を取り、子どもの手を握り、二人を壁際に誘導する。

 

 「ここにいて! 今、人が来る! 動かんといて!」

 

 叫ぶ声に、我ながら震えが混じっているのがわかる。

 それでも、動かなければならなかった。

 恐怖を押し殺して、ひとつでも“できること”を選ばなければ。

 

 (俺は……見てるだけじゃ、あかん)

 

 そのときだった。

 

 《ガンダム、発進準備完了。出撃許可――アムロ・レイ、発進!》

 

 ブリッジからの通信が、艦内に響く。

 

 神谷は、ふと天井を見上げた。

 格納庫へと通じる通路の上――そこから、白い機体が宙へと飛び出していく姿が、小さく見えた。

 

 その機体は、あまりにも――異質だった。

 

 味方なのに。守ってくれるはずの存在なのに。

 その巨大な“人型兵器”の背中に、神谷はなぜか寒気を覚えた。

 

 (ほんまに、これで……俺ら、助かるんか?)

 

艦内の非常灯が瞬き、どこかで聞き慣れない金属音が響いていた。

 神谷はシェルターへ避難する人々を見届けたあと、フラウとともに医療班の応急区画へ戻っていた。

 

 途中、通路の中継モニターが起動し、戦闘の断片的な映像が流れる。

 

 敵のモビルスーツ。

 空間を切り裂くような高速移動。

 火線の交錯――そして、その隙を縫うように突っ込んでいく白い影。

 

 ガンダム。

 

 神谷は画面に吸い寄せられるように立ち止まった。

 その動きは鋭く、洗練され、そして――迷いがなかった。

 

 モニターに映るガンダムは、ビームサーベルを抜き、敵機を一刀のもとに両断した。

 破裂するコクピット。炎と煙。

 音のない映像の中で、それはあまりにも淡々としていた。

 

 「……すごい……」

 

 誰かの声が聞こえた。医療班の一人だろう。

 だが神谷は、思わず口を閉ざしたままだった。

 

 (ほんまに……すごい、んか?)

 

 それは、技術としての凄さかもしれない。

 命を奪う精度として、あるいは兵器としての完成度として、賞賛に値するものだったかもしれない。

 

 けれど、自分の目に映ったそれは、“恐ろしさ”しかなかった。

 

 敵の動きに一切ひるまず、容赦なく、機械的に殺していく。

 まるで感情というものが存在しないかのような正確さ。

 いや、それ以上に――あれは“殺すことに慣れている”者の動きに見えた。

 

 (……あれが、アムロ・レイ?)

 

 戦闘の合間、一瞬だけ映ったガンダムのコクピットカメラ。

 そこに映ったのは、あの少年だった。

 初めて出会ったときは、ぎこちない笑顔を浮かべていた、どこか気弱そうな少年。

 

 それが、いま――敵を殺し、血を浴びてもなお、無言のまま機体を操っていた。

 

 「……怖い」

 

 神谷は自分でも気づかないうちに、そう呟いていた。

 

 その声に反応する者はいなかったが、自分の胸の奥で何かが軋んでいた。

 

 味方のはずなのに。

 守ってくれるはずの人間なのに。

 その背中が、どうしようもなく遠く、そして“理解できない存在”に見えた。

 

 “あの動きは、人間のもんやない――”

 

 それが、神谷の心に染み込むように浮かんだ感想だった。

 

 

 戦闘が終わっても、艦内の空気は重たく沈んでいた。

 非常灯は解除され、照明は元に戻っているはずなのに――それでも、どこか薄暗く感じる。

 無音のような静けさが、壁や床からにじみ出ていた。

 

 神谷は医療区画のベンチに座り、手のひらを見つめていた。

 指の隙間からは血の跡が消えかかっている。

 敵ではない。避難民の血だ。シェルターへ逃げ込めず、転倒し、倒れていた女の子を抱えて走ったときの。

 

 「……あの子、無事やったんやろか」

 

 誰にともなく呟いた言葉は、静かな艦内に溶けていった。

 

 あの時、足が震えて動かなかった。

 爆発音が響くたび、耳を塞ぎ、目を逸らした。

 それでも、誰かを庇い、支え、走った――そのことだけが、いま彼の中に残っていた。

 

 艦の振動が止み、機械の音だけが遠くから微かに聞こえる。

 その静けさが、逆に胸をざわつかせた。

 

 「悠さん、ここにいたんですか」

 

 静かに声をかけてきたのは、セイラ・マスだった。

 制服の上着を脱ぎ、シャツの袖を軽くまくっている。

 その姿からも、戦闘後の疲労がにじんでいた。

 

 「あ……セイラさん。お疲れ様です」

 

 神谷は立ち上がろうとしたが、セイラが小さく首を振った。

 

 「座っていてください。……少し、話せますか?」

 

 彼女はベンチの端に腰を下ろす。

 その動作は、医療班としての冷静さと、どこか優しさが混ざり合っていた。

 

 「……悠さん、震えています」

 

 そう言われて、神谷は自分の手を見た。

 指先がかすかに、微細に震えているのがわかった。

 

 「……怖かったんやと思います。あんな戦い、間近に見たの初めてで……

  それに、あのガンダム……アムロくんの……あの戦い方が……」

 

 途中から言葉が詰まる。

 何をどう話せばいいのか、自分でもよく分からなかった。

 

 セイラは神谷の言葉を遮らず、ただ黙って聞いていた。

 

 「……あの子、強いですね。でも、それが……逆に、怖いんです。

  俺、あの子より年上やのに、守ってもらってるばかりで……情けなくて」

 

 自嘲気味に笑った神谷に、セイラは少しだけ視線を逸らしたあと、静かに言った。

 

 「年齢は関係ありませんよ。戦場では“どんな選択をしたか”がすべてです」

 

 「選択、か……」

 

 「悠さんは、逃げる人の中で、立ち止まって誰かを助けた。

  それだけで、十分“戦った”と思います。……私は、そう思います」

 

 その言葉に、神谷ははじめて、ほんの少しだけ胸の重さが軽くなるのを感じた。

 

 たとえ、誰かを倒したわけじゃなくても。

 誰かを救いきれたわけじゃなくても。

 それでも、自分なりに――この艦の一部として、“あの戦い”に関わっていたのだと。

 

 「……ありがとうございます。セイラさん」

 

 「どういたしまして、悠さん。……それじゃ、私は仕事に戻りますね」

 

 立ち上がりかけたセイラに、神谷は思わず問いかけた。

 

 「セイラさんは、怖くないんですか? あの戦場にいることが……」

 

 セイラは足を止めて、静かに言った。

 

 「怖いですよ。毎回。でも、私が怖がっていたら、誰かが死ぬ。

  だから――怖くても、やるんです」

 

 それだけ言って、彼女は静かに歩き去っていった。

 

 神谷はその背中を見送りながら、唇を引き結んだ。

 

 (俺も……怖くても、前に進まなあかんのやな)

 

 重力がほのかに揺れる艦内で、彼はゆっくりと立ち上がった。

 震えは、まだ止まっていなかった。

 それでも、彼の足は――確かに、一歩を踏み出していた。

 

 

 

 




ご覧いただきありがとうございました。
アムロの戦いは味方であるはずなのに、神谷にとっては“異質なもの”に映りました。
そしてセイラとのやり取りを通じて、彼は初めて「怖くても進む」という選択肢を知ります。

この物語は、英雄の背後で、それでも必死に生きようとする者たちの記録でもあります。
神谷の視点は、私たちが“その場にいたら”感じるであろう感情を、代弁してくれるはずです。


第3話「沈黙の観測者(原作:敵の補給艦を叩け!)」

戦闘の興奮が去った艦内で、神谷は新たな任務――整備補助の手伝いに足を踏み入れる。
そこには、戦場を支える者たちの“無言の覚悟”があった。
そして彼は、整備区画で一人の整備士と出会う。
言葉少ななその男は、神谷に“戦いを見守る”という重みを教える。

そして――白い悪魔が、再び宇宙を駆ける。

「……この動き、人間がやってるんか……?」

次回、沈黙の中で見えるもの。それは、英雄への畏怖か、それとも――。



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